雲南、見たり聞いたり感じたり

雲南が中心だった記事から、世界放浪へと拡大中

ドイツ編1 モモと揚げアイスバイン

2019-01-27 11:28:53 | Weblog

写真は、ドイツ・ベルリンの目抜き通りから一つ通りに入ったクアフェルステンダム通りにあるシルトクレーテ(Schildkrote)。その名物、揚げアイスバイン。1936年創業のビールのおいしいお店。女性店員が毅然と生ビールを注いでくれ、サーブも女性。ドイツでは女性のかっこいい店員が目に付いた。

【揚げアイスバイン】
ベルギー、オランダからドイツへと列車で入ると、地続きだというのに、そして景色は同じヨーロッパだというのに、人の動きも密度もまるで違っていました。

 まず、ドイツは時の流れが日本と同じ。人の歩みも早く、ブレーメンでは夕方になると子どもを自転車の後ろの座席に載せて、いかにも忙しいという感じで滑走しているお父さん方や、雨が降ると、実用的であればよいとばかりに前のほうが少しやぶけた傘を指したフワフワ髪でイケメンの男性など、驚くほど全身に「忙しさ」があふれています。さすがミヒャエル・エンデの『モモ』の国。灰色のスーツを着た時間泥棒の着想はこの国でないと生まれないのかも、と納得です。『モモ』がドイツに次いで人気のある国は日本です。時間に追われる感覚は世界でもドイツと日本に特に現れているのかもしれません。

というわけで料理も注文すると、わりとすぐに出てきます。日本と同じくらいの早さです。量は、さらに多くなりました。

ベルリンの時は9月、ヨーロッパの新学期。どこかの大学の交流会でしょうか? 同じような年齢層の若者が英語とドイツ語のちゃんぽんで話ながらパブに入ってきました。女性も含めて、きっちりとビール一杯に一人一皿を注文しています。注文の品は店「Schildkrote」の名物、揚げアイスバイン(骨付き豚肉)でした。人の顔ぐらいのサイズはあろうかという肉の固まり。味もビールの苦み? らしきものがあり、なんともキャベツの酢漬けとよく合います。

みな会話を楽しみながら、それをモリモリと食べ、お皿があっという間に空になるなか、一人、お肉を半分以上残してしまってもうしわけなさそうにしている男性が。顔を見ると東洋顔。「マサル」と呼ばれる名前からすると日本人でしょう。

ちなみに我が家は3人で一皿がちょうどでした。日本人はヨーロッパの人より胃腸がゆっくりか、小さいに違いない・・・。
(つづく)
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オランダ編8 おいしかったオランダ

2019-01-18 09:15:37 | Weblog

写真はオランダ・ホールンのミシュラン獲得の中国料理店・マダム・チェン。経営者らしき人の写真が貼ってあり、明らかに中国系のお顔立ちの女性だった。久々のご飯。それをおはしで食べて、ホッとする。なにより料理の出てくるスピードが速く、久々に1時間半の着席で済んだ。
 オランダでは電車にもレストランにも愛犬を連れて行くことができる。ただし、犬を飼うためのハードルが日本よりはるかに高く、しつけも専門職に頼んできちんとしてもらうことは常識で、犬を飼う人は税金も課されるので、お金のある人の贅沢です、オランダに詳しい日本人留学生がさびしげに語っていた。
 ただ、犬税があるからか、大きな公園には犬が大小便のするスペースが作られ、犬専用の散歩道まで整備されているところも。かなり驚く。

ゲントの城砦公園内にある犬用トイレ。
 
【オランダはおいしい】
 結論からいうと、オランダも料理の美味しい国でした。客観的にみても欧州では人口比でベルギーに次いでミシュラン店の多い国となっています。

 気になって入った店はほとんど大当たりといえるほどのおいしさだったというのに、日本のガイドブックのテンションの低さはなんだったのでしょう。そして入った店の多くは日本語のガイドブックに紹介されていない店ばかりでした。

 聞くところによるとオランダの外食店のレベルは近年上がってきているとのことなので、日本のガイドブックの取材が追いついていないのかもしれません。私自身、かつてガイドブックを手がけていたときには、だんだん編集部の予算不足で現地調査も十分でないまま、前の紙面のリライトだけで済ませていくよう指示されたことが増えていったものです。本が売れないので、予算も縮小、さらに内容が薄くなる、という悪循環に陥っていることもあるのでしょう。

(次回はドイツです)
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オランダ編7 スパイスたっぷりのインドネシア料理を堪能

2019-01-10 17:23:08 | Weblog


写真上は、ライデンのインドネシア料理の店「スラカルタ」。すべての料理がステンレスの板の上で温められた状態で出てくる。正方形の小皿が8つ載る温め器が3人前で8かける3以上で24種類以上並び、それぞれに違う料理が盛られる様は圧巻。まさに宮廷風。
写真下はライデンの寿司、弁当と書かれた日本料理店。ほかにもたこ焼き店など日本料理の店も多い。ライデン大学近くの洋館には明治期、ライデン大学に留学した津田真道、西周が暮らしていた、と書かれたプレートもあった。
        

【多様なルーツを反映】
オランダ料理の特徴はフランス料理のように手数やソースにこだわるのではなく素材勝負、でも味付けはやや塩味が濃い印象。また、20世紀前半まではインドネシアなどを植民地にして香辛料をふんだんにとりいれていたせいか、スパイスの使い方がうまいなあ、と感じました。

宮廷風インドネシア料理の店も数多くあります。その一つ、ライデンの「スラカルタ」に夕飯時より少し早めに出向いたのですが、6時には満席になっていました。給仕の人の顔立ちもインドネシアの方のようで、味もココナッツミルクの甘さとピリ辛スパイスが絶妙のバランスで成り立っていました。

本場のインドネシアでは衛生面に注意しないとならないので、頭の片隅で食べていいものといけないものをより分けつつ食べているという感覚があるのですが、オランダのインドネシア料理ならその心配はなし。

ベルギー、オランダ、ドイツのいずれの国でも感じたことですが、窓からトイレから、なにからなにまでホコリ一つなくきれいに磨き込まれています。清潔好きと言われる日本より、よほどきれいです。食べ物もこれなら大丈夫だろうと安心して食べることができました。インドネシアとは、値段にも相当な開きがあるほど高めなので、単純比較してはいけないのでしょうが。

こうして料理の面からもうかがえるように、多様な民族がオランダ人として暮らしていることが、行ってはじめてわかりました。大航海時代以来、世界各地に植民地をつくっていたことが大きな要因です。

歴史的に見てインドネシアをルーツとするオランダ人が当然、多いのですが、じつはオランダが植民地として占領していたインドネシアを日本軍が1942年に占領したとき、オランダ人との間に生まれた日系人も少なくないと、とオランダ史を専門とする研究者から聞きました。

 その占領は負の歴史といえる過酷な状況だったため、彼らは歴史の谷間に取り残され、日本ではほとんど知られることなく、苦労されているとのこと。私もオランダに来るまで知りませんでした。これらの歴史は知る必要があるな、と感じました。

[参考 :NHKBS1「父を探して~日系オランダ人 終わらない戦後」(2017年10月8日放送)、ブログ「KOTARO JOURNALオランダ人が持つ反日感情とは」https://kotaro-journal.com/anti-japanese-sentiment-in-the-netherlands]

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オランダ編6 エンクハウゼンの料理

2019-01-06 12:30:31 | Weblog

写真上は茫漠としたエンクハウゼンのゾイデル海屋外博物館のほんの一部。学校や小間物屋、畑などが点在している。建物の中の様子も当時を忠実に再現していて、見応えがある。時間がいくつあっても足りない。

写真下は屋外博物館の建物の一つ、粉屋の売り場の後ろに置かれていた茶の袋。日本髪を結った女性の絵の上にロンドンインポート(輸入)と書かれた文字が見える。オランダは16世紀、日本が唯一認めた交易国として日本との通商で大いに利益を上げた。

【じゃが、にしん、キャベツ】
クロケットを食べた町外れのホテルの近くには巨大な屋外博物館があります。エンクハウゼンはもともと北海とつながり、オランダ東インド会社の重要な港の一つがありました。長崎にも船を送っていたそうです。

ところが1932年に北海とエンクハウゼンの間に大堤防を築いて目の前の海が湖となってしまい、街の産業が一変することとなりました。

 そこで、当時の施設を保存しようと、海とともに暮らした当時の建物を街ごと移築して、実際に職人さんが作業する風景も見せる、という明治村のような博物館ができあがりました。広さは15エーカー。東京ドーム約1.5個分の敷地と目の前の湖が一体となり、よりいっそう広く感じます。

 屋内の博物館もあり、そこではかつてのエンクハウゼンの村の賑わいの記録映像や暮らし方、服、刺繍、食べ物、船の原寸大模型などなどが、これでもか、というばかりに丁寧に展示されていました。充実の展示と施設で、ざっと見ても1日、たっぷりかかります。食べ物は、素手でじゃがいもを掘り、網でニシンを捕り、あとはキャベツ。キャベツはスープに入れたり、ピクルスにしたり。

 この3種類でたいていの食をまかなうシンプルな食生活。ポテトだらけの食事は街の伝統であり必然なのです。値段もとてもリーズナブルでした。

 ちなみに屋外博物館にもレストランはあります。社食のようにトレーを持って、フライドポテトやクロケット、サンドイッチなどをゲットして、最後にお会計。ただ、たいへん混んでいたので、博物館の敷地を出て食事に行ったのでした。
(つづく)
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