雲南、見たり聞いたり感じたり

雲南が中心だった記事から、世界放浪へと拡大中

暴れる象と芸象 1

2016-02-28 14:25:36 | Weblog
写真上は景洪市のシーサンパンナ原始森林公園の熱帯雨林。下は公園内にある愛ニ族の居住施設内の踊りと結婚式の見世物。
この15キロ先に象が暴れた野象谷がある。このように原始森林や少数民族の生活を「展示」したテーマパークは景洪市だけでも大きいものだけで4つあり、飽和気味だ。

【象の生息域が4分の1に】
ここ数週間ほど、アジア象が大暴れするニュースが日本のテレビを賑わせています。

・2月10日、インド東部の村で森からやってきた雌のインド象が町に入り、100カ所以上が被害を受けた。

・2月12日、中国雲南のシーサンパンナで雄の象が山中から国道に現れ、ここ数日で観光客の乗用車28両を破壊した。

という話です。シーサンパンナの象の話題が中国のネットで話題にのぼったのがバレンタインデーの2月14日だったこともあり、雌の象にフラレた腹いせに車にぶつかっていった、という尾ひれがついて「あれじゃあ、彼女にふられるだろう」というコメントまで付される始末。

象があばれるニュースはじつは雲南ではめずらしくありません。

とくに乾期は野生の象の発情期で、果物がよく実る雨期に比べて活動範囲が広がりがちなのです。もっと深刻な象と人の死亡事故も上記の話題の数日前にあったのですが、こちらがニュースにのぼっていないのは、緊張をほぐす「動物ネタ」としてのおもしろさが日本で求められたのでしょう。

これらの問題は、うすうすお気づきだとは思いますが、象の生息域が急速に狭まったことにあります。中国国内だけでも、ここ40年で生息域は4分の1以下に減少し、それらの地域も島のように細かく分断されてしまっているので、象が少し動くと、すぐに人里に入ってしまうのです。頭数も現在218~242頭ほどとなっています(『南方週末』2015年7月30日)

野生動物の生息域の減少は世界中で問題になっていますが、中国やインドでは、たまたま象が目立ったというわけです。

さらに近年、中国の自家用車保有台数の増加もあって(※)シーサンパンナに乗用車で来る観光客が急増、とくに象が車を破壊した日は中国で最も長い休みとなる春節で、人々の喧噪も乗用車の排ガスの匂いも、ピークに達していたのでしょう。

中国でも野生象の生息地が分断された状態で7カ所ほどにせばまる中、野生象が暴れたのはシーサンパンナの首都・景洪市から北36キロにある野生象保護区域の野象谷へ向かう国道でした。      (つづく)

※中国の乗用車保有台数はアメリカ、日本に次いで3位。日本は約6000万台、中国は5600万台。バス・トラックなどを含めると2位が中国、3位が日本となる。(2013年末現在。日本自動車工業会が国土交通省の資料などを基に作成)(2013年末現在。日本自動車工業会が国土交通省の資料などを基に作成)
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映画「最愛の子」を観て 下 日本の家族の特殊性

2016-02-20 10:26:27 | Weblog
写真は大理近くの雲南駅(鉄道の駅ではなく、かつて昆明やミャンマー、インドからチベット、四川へと抜ける交通の要衝地だったところ。馬が日に数百匹行き交っていたという。)の門前で仲良く遊ぶ子供。

【日本で無理心中がおこるわけ】

 また、日本が1945年の敗戦後、中国から引き揚げる時に預けた子供を、我が子のように養育した養父母も少なくありませんでした。

それは今も変わらず、中国内の旅先で親が入獄や自殺してしまい、ひとりぼっちで身元不明になった子供を、付近の人が親身に育て、何十年後かにその親戚と偶然再会し、その養父母に感謝した話も少なくありません。

日本では親が自殺したい衝動に駆られたとき、子供を死なせる無理心中をマスコミの報道で聞くことが多いのですが、中国は子供が一人残っても、養父母が見つかりやすい社会のためか、無理心中はあまり聞きません。

げんに中国の「百度」には日本のマンガ・名探偵コナンの無理心中事件で、子供を巻き添えにする意味がわからず、質問や論争が行われていました。(http://zhidao.baidu.com/question/83528272.html、他には2013年5月27日埼玉県蕨市に日本人に嫁いだ女性が夫に無理心中させられた疑いの強い事件を取り上げて、日本人に嫁ぐことは、どうなんだろう、、と論争するサイトもある)

 じつは中国語には無理心中に相当する単語がなく、日本の新聞を翻訳する際に「強迫殉情」という言葉を当てています。無理心中を訳すときに作られた造語で、無理強いして家族を己の死に従わせるという、意味をつなげた言葉です。

 我が子であろうと、なかろうと一途に育てる力の分厚さはどうやら中国の人の方が優っていると思うのは、実感するところ。
 どんな子にも愛情を向けられる特質が善と出るだけではない社会を、しみじみ考えられる映画、でもありました。         (おわり)

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奇跡の三重奏 〈映画「最愛の子」を観て 中 (ネタバレあり)〉

2016-02-14 12:16:28 | Weblog
写真は雲南北東部の黒井村にて。子供が大人の見よう見まねで観光ガイドごっこをしている。黄色に案内の旗を持ち、合図のための笛を首からぶら下げ、妙に大人っぽい顔がほほえましい。

【日本で「無理心中」が起きるわけ①】
 深圳に出稼ぎに出ていた離婚した夫婦の子がほんの一瞬、目を離したスキにさらわれた。その夫婦が子を追う過程と、発見された後の子供と養母の様子を描いたもので、もともとピーター・チャン監督が中国中央電視台のドキュメンタリーをもとに映画化したものです。

 映画館を出る時には、思わず目頭をぬぐう観客が大勢いました。実話のもつ力です。

 ただ、これは誘拐事件の本当に奇跡の一端でしかない、と複雑な気持ちになりました。

 背景には、一人っ子政策のひずみ、農村には年金制度がまだまだ、という社会保障のひずみ、急激な経済発展による社会の流動化、都市戸籍と農民戸籍、出稼ぎ先に戸籍が移せない、男尊女卑の根深い風潮、清朝以前からあった誘拐が生業の村の存在、など中国の課題が複合的に存在しています。

 映画では、誘拐したのは養父となった人で、子は買ったものではなく、さらに実の父母が子をさがし当てた時にはその養父は死亡しており、しかも養母は誘拐の事実を知らずに育てていたと奇跡の三重奏。

 その上、映画のケースは誘拐から3年後の発見ですが、実際には見つかるケースは非常に少なく、発見されてもすでに10年、20年経っているのはざら、なかには67年後、という人もいます。(http://www.baobeihuijia.com/succeed.aspx?keywords=&page=11)

 日本でもNHKスペシャルで何度か中国の誘拐事件が扱われました。なかで誘拐された子供が大きくなって、その事実を知り本当の親を探す若い男性の話が印象に残りました。

 彼は都会の片隅で力仕事をしつつ、誘拐っ子を買った養母と知りつつも優しく養い生活していました。

 そして、もしやと思われる情報があると中国全土に行き、少し気の触れた屋台のおばあさんにも、一縷の望みを抱いて話しかけ、結果、警戒されて暴力をふるわれ、実母ではないと判明しても、その人に同情して幾ばくかのお金を渡し、また失意のなか、養母を世話するためにマンション地下の穴蔵のような小さなアパートに帰っていく、という、それこそ胸の締め付けられるような話でした。
                     (つづく)

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誘拐事件が減らなかったわけ(映画「最愛の子」を観て) 上

2016-02-05 17:10:56 | Weblog
写真は雲南の子供とお母さん。黒井駅という小さい駅だが、それでも子供の手はしっかりお母さんに握られていた。昆明駅では、時折、誘拐グループが子供を連れ去り、遠くへ連れて行く際に使われ、時折、誘拐グループが捕まっていた。(雲南の黒井駅にて)

【誘拐っ子を買うのは無罪】
雲南で子供および女性、誘拐事件が多発していると以前、当ブログでも書きました。
 ほんの一瞬目を離したすきに連れ去られたり、家に鍵を閉めて寝かせて買い物に出たすきに盗られたり、大胆にも親が手をつないでいるにもかかわらず、もぎとって車に乗せて走り去る、などという事件まで起きていて、私も幼児を持つ身としては、道路側に娘を絶対に歩かせないなど、そこにある危機として対処していたものでした。

買うニーズさえなければ、誘拐事件も減るのに、と思っていたのですが、買う側に罰則規定がなかったとは、いままで知りませんでした。

それが昨年(2015年)11月、ようやく買う側にも罰則がある法律が施行されました。

具体的には刑法第241条第6款の
「誘拐された婦女子を買った者で彼らを虐待および行動を阻む行為を為なかった場合、刑は減、軽もしくは免除される」
の免除の文字を削除した法律の改定が2015年8月29日に公布され、2015年11月1日より発令されました(人民網2015年8月29日より)

免除、とは事実上の無罪です。

しかし、誘拐された子供を買う行為が無罪とは理解に苦しみます。中国の法務者も混乱しがちな法律と考えていたのか、2006年の司法試験には上記の条文の正誤問題が出たほどです。

http://sifa.kaomanfen.com/question/51g1qj.html
(問題は「誘拐された婦女を買った者が、誘拐された婦女の要望によって元の住所地に帰るのを阻止しなかった場合、買った者の刑事責任を追求すべきである」、答えは、「誤り」。)

ただ、なぜ、このような奇妙な条文が今まであったのか、考える必要がありそうです。

まず、信じられないことですが、婦女子の誘拐が法律で禁止されたのが1991年。ほんの四半世紀前のことなのでした。
 ようやく法制化したものの、当時、農村部のかなりの地域で女性を売買して嫁をめとる売買婚が風習として根強くあり、ただ禁止するだけでは現状に合わなさすぎるため、風習を追認する形で1997年にいわゆる免除規定が追加されたというわけでした。
 
 免除規定を入れないと誘拐事件を罰する法が実効できないほど、中国では婦女子の売買は根強かったということです。まずは買われた婦女子がせめて暴力で傷つかないように法で守る必要があったのでした。
ただ、当然ながら。これでは誘拐事件は一向に減りません。それどころか、ここ10年、年間20万人もの子供の誘拐事件が起こり続けたのです。

そんな中、一本の映画がこの法律の改定へとつながるきっかけをつくったのです。中国で大ヒットした「最愛の子」(ピーター・チャン監督、2014年中国公開)。
先日、東京銀座シネスイッチに見に行きました。
(つづく)
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