遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



前日プログラムつくり 当日は直前にリハをしただけなのに 30日は終わったあと とてもずしりとしたものがありました。野村先生の炎のような講義とも呼応して すべきことはたくさんあっても手につかなくて とりとめなくぼうっとしておりました。カタリカタリのみなの語りは、とても豊かな研ぎ澄まされたものになっていました。聴いてくださった方々を全身の感覚でうけとめ 見えないキャッチボールをしていたのだと思います。わたしのつなぎのトークのことばや情感も 原発 報道の問題北朝鮮ミサイルなど 即興も含めて以前とは違うものになっていました。野村先生の総括にあったように みなさまとの「うつくしい出会い」に感謝します。下記にあるのは聴いてくださった方の感想です。

感想から.....

□ こんな重い語りの会ははじめてでした。仲間同士でいったりきたりの語りの会が多すぎますね。Mさん すごいわ。涙でお化粧が落ちちゃいました。心を動かされて 夜寝られませんでした。やる気がおきて 夜 ずっと仕事をしていました。

□ 今日は感動しました。それぞれ、いろいろな方の個人の思いが、戦争という大きな『くくり』ではなくて、個人の思いや暮らし・生活が変わってしまったり、奪われたこととして、イメージとしてはっきり思い浮かべることができて、共感することができました。泣いちゃいました。ほんと、良かったです。

□ 二年前 図書館で聴いたときより一段とパワーアップしていました。「語り継ぐ」というのは とても大切なことですね。あらためて感じました。私に今できことは何だろう.....考えてみたいと思います。

□ 今日は、皆さんの語りを聞かせて頂いてありがとうございました。私は戦争のことをこんなにも知らなかったのだということにかなしくなってしまいました。私は今まで何を見て何をしてきたのだろうと....。今ある 幸せを 守っていかなければと思いました。

□ ありがとうございました。重いテーマを精力的に語り、活動されていることに感謝です。沖縄の集団自決の話などなど 生の声を聞く旅などもしてきましたが それを行動に生かすということがこれからのテーマかと思いました。真剣に練習を重ねられているのを感じました。すばらしい時間でした。私も 10年分の抱っこ 多一さんの戦争 とかなんでもない日常がこわれてゆく戦争の話を細々つづけています。

□ すばらしい語りでした。切々と伝わってきました。

□ 今まで避けていた戦争の話ですが、今の世の中 語り継ぐことが大切だと感じさせられました。せっかくの会に若いひとの参加が少なかったのは残念ですが ぜひこれからも出前で 中学生 高校生 につたえてほしいと思いました。私も機会をもらい 伝えないと思いました。ありがとうございました。 ほんとうに子どもたちに命の大切さを伝えたいです。

□ 平和について考えさせられました。語り手の皆様 とてもすばらしかったです。ありがとうございました。

順不同

.........
つぎは 4/14 3.11 津波の語りと創作 白い天使 4/22は語り+αで個人の内面の扉をたたくことがテーマです。語りとは共同体のためのものだけではなく もっとパーソナルなものでもあったように感じるのです。不思議なことに 語りを聴いたそのことで生き方が変わったという方をわたしは何人か 知っています。

偶然というものはありませんから 少人数でもいい しあわせな出会いを 語りをとおしてかさねてゆきたいと願っています。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




     終了しました。参加してくださった方々 ありがとうございました。ブログからも4名のみなさまがおいでくださいました。熱く心を交わしたひとときでした。みなさまに時の階段を下りていただき 少年少女にかえっていただき ヒロシマ ナガサキ イラク チェルノブイリなど6名の証言を聴いていただきました。わたしのつたない民話も聴いていただき 思いもよらないカタリカタリのみんなからの誕生日の花かごと手紙もいただき 野村先生の熱情あふれる講義もあいまって 子どもたちのために 世の中をすこしあかるくするために 語りをとおしてできること 身体でもって今しなければいけないことを 手をつなぎこころをつないで ひとつひとつしてゆこうと覚悟が決まりました。そう....ジョー・オダネルのように。

     どうか これからもよろしくお願いします。野村先生の講義は すこし後にまとめさせていただきます。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




カタリカタリ きのうのおはなし会

たんぽぽぽんと咲きました 手遊び うさぎとかめ後日談 アナンシと五 魔法のオレンジの木 頭に桜の木

春のおはなし会でした。みんな よく聴けるようになりました。ウサギとかめの後日談 おもしろかったです。わたしは 魔法のオレンジの木を語りましたが いまいちでしたね。このおかあさん とてもわるいおかあさんなんですが それにしても子どもがおかあさんを殺してしまうおはなしです。

このものがたりについて 桜井先生は.....子どもの成長期....抑圧するものをはねのけようとするちからが語られていて 子どもたちへの応援になる と教えてくださったように思います。

幼稚園で語ったときは 子どもたちとうたいながら おどりながら語ったのですが 今日は なにか すっきりしませんでした。次回は子どもたちのだいすきな怖ーーーいおはなし特集です

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )






......昨日の講義で野村敬子先生は、庄司アイさんの「東日本大震災体験の語り」について 事実譚 生活譚というジャンルであると教えてくださいました。わたしは事実譚という区分を知らなかったのでパーソナルストーリー・歴史のなかの個人のものがたりとして物語を語ってきました。「語り継ぐ戦争と平和」の波多先生 ジョー・オダネル マシューとビクトリア 18歳の少年飛行兵 名もない少女 戦争に遭遇し運命と戦い賢明に生きたひとりひとりのいのちのものがたり..... をカタリカタリは代わりに語り おつたえしたいと思います。どうぞおいでください。

なお 昼食の後13:00より ひきつづき野村敬子先生の講座「こころを語る いのちを語る」第二回目があります。二回目のみ単独で聴かれても 語りというものの底深く流れているもの 日本の文化 ひとがいかにしてものがたりをつむぎ ひとのいのちにむかってきたか を知る手立てとなると存じます。あわせてご案内申し上げます。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    きのう 津軽三味線の会に行きました。3/17 高橋竹山さんの三味線を聴きにいくつもりだったのですが 10日前友人から誘いがあり こちらにうかがうことにしたのです。

    三越や三愛のすぐちかく 小料理屋さんで 20名少数限定の会 お客さまも面白い方が多かったです。歌手霧島昇さんの娘さんとか作家さんとか.....わたしは一番前で 30センチ離れていない場所での演奏でした。奏者山中信人さんは15歳から青森で三味線の修行をなさった方でした。わたしは酩酊しました。脊髄から脳天まで三味線の響きに貫かれ あの世とこの世をいったりきたり 疾走したかの感がありました。有名な津軽じょんがら 旧節 新節 新旧節 と聴かせていただきました。

    終演後 山中さんに こそっと「どちらがお好きですか」 とうかがいましたら すこし困った顔をなさって「実は旧節です」とおっしゃいました。.....わたしもそうだったんです。今 ジャンジャカジャンジャン ロックみたいな新節がもてはやされておりますが 旧節は つややかな音は波のように重なって とても豊かでした。.....津軽三味線とコラボしたらおもしろいだろうな.....と思いました。インパクトのあるものがたりがいいですね。たとえば 雪女とか 鬼女房みたいな.....。 

    3.11から1年たちました。4号機が燃料棒にしかるべく安全な措置を施すまで持つだろうかということはさておいて これから3.4年後 起こるであろうパニック 中期的に見て 日本の人口の激減は避けられないことのように思われます。限られた時間をまざまざと目の前にして パソコン屋さんがくるのでとり散らかった部屋を片付けながら しみじみ考えておりました。山なす書籍 書き散らした草案や資料 わたしはいったいなにをしているのだろう。あれもこれも手をつけて 残された時間のなかでなにができるのだろう......

     「原発」をなくすためにできるだけのことをする。
     
    それは変わらない、けれど ふと あたりまえのことに気づきました。それは 自分しかできないことを優先的にするということ。家族のしあわせのためにすることももちろんです。それから まわりをあつくあったかくあかるく する.......なんですか 声に力が無くなった人が多い。たたかわずしてあきらめちゃっているひともいる。うちの弟なんかそうですね。すっかり洗脳されて 自分で処理できる範囲の外は 拒絶 受け取ろうともしない。

     腹がたつけど そこで怒っちゃいけないんだな あきらめてもいけないんだ.....わたしができることといったら語りしかないのだから それで 元気が出るようなことやってゆく。場所をあたためてから 大事なことも話してゆく。昨日聴いたことば 入る は 出る の返り....できるだけ自分から出す 愛 呼吸もそうだし 人間のいとなみはみなそうです。できるだけ 出すこと わたすこと あたためること...... まず場があったまらないと 語りだって伝わらない。

    それから 語りをきりひらいて前に進むということについても 他の語り部さんがやっていないことを優先的にしようと思います。それは神がたりだったりパーソナルストーリーですね。いにしえの神々を語る神がたりのためには調査が必要です。それから身体も心も魂も清めてゆくことが必須.....

    パーソナルストーリーって 自分やまわりのひとのおはなしだけではないのです。たとえば ヒロシマ たとえば南方戦線 たとえば フクシマ たとえば戊辰戦争の一兵卒 たとえば ..... 巷のひとびとのいのちのものがたり それはパーソナルストーリーです。生きるということはたいへんなこと 笑い泣き 懸命に生きたひとびとのものがたりを語る そのことに力を注いでいきたい。

    神がたりとパーソナルストーリー いはば 天のものがたり 地のものがたりですね。........でもそんなこと考えるまでもなく 子どもたちが目をきらきらさせて 参加型に興じるときとか おばあちゃまたちががはがは笑うときとか そこに神さまがいらっしゃるんだと思います。全国の 語り部さん ストーリーテラーさん 日本をあっためましょう。あかるくしましょう。

        



 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




 あなたは広島と長崎への原爆投下をきっかけに政治への意識を持つようになりました。福島で起きた大惨事は、あなたにとって広島や長崎と同様に重要ですか?

ある日、広島から来た新聞記者が私にこう尋ねたことがありました。

「広島への原爆投下の後に起きた人間の悲劇を、世界は記憶し続けるでしょうか?」

彼の問いは、ずっと私の心に刻まれています。福島での事故が起きて最初に思い浮かんだのが、原爆投下の後で亡くなった何万人もの人々の姿、そして生き延びた被爆者たちの際限ない苦しみのことでした。日本を占領していたアメリカ軍は原爆被害者たちの検査はしましたが、治療はしませんでした。彼等はただ、核兵器の破壊的な威力を知りたかっただけなのです。私たちは後に放射能被ばくの影響を、個々の民間団体が行った調査の結果から初めて知りました。被ばく者に癌が生じていること、そして病気が時に遺伝する性質のものであることを知ったのです。

福島での原発事故が起きた後、広島で被ばく者を治療した医師たちが、事故で汚染された地域の住民たちを放射能の危険から守るべく先頭に立っています。これから何年もの間、私たちは福島原発事故の後遺症に直面することになるでしょう。現在に至るまで、核兵器の廃絶は私にとって重要な関心事でした。でも(今の私は)原発を止めることが、一人の市民として、そして作家としての自分にとって最も重要なことの一つだと考えています。

問 今回の原発事故は自然災害によって引き起こされた面もありますが、それ以上に備えが十分でなかったことが主な原因と考えられています。日本人は、民主主義よりお金もうけを優先させる経済発展モデルの悪弊に気づくでしょうか

今回の事故で明らかになったのは、日本社会の民主主義が脆弱なものであったということです
ぼくたちは問題に声を挙げることができるでしょうか。それとも、このまま黙ったままでいるのか。今から10年たてば、日本が「民主国家」の名前にふさわしい国であったのかどうかが分かるでしょう。こんなに深く日本の民主主義が未熟であったことを感じたことはありませんでした。今起きている危機は、福島原発事故についてだけのことではないのです。私が最も絶望させられたのは、電力会社、政府の役人、政治家、メディア関係者が結託して放射能の危険を隠すために行った「沈黙による陰謀」とも呼ぶべき行為です。去年の3月11日以来、たくさんの嘘が明らかになりました。そしておそらくは、まだこれからも明らかになってゆくでしょう。これらのエリートたちが真実を隠すため陰謀を巡らせていたことが明らかになって、私は動揺しています。ぼくたちは、そんなに騙しやすい国民なのでしょうか?

問  日本人は世界で初めて被ばくを経験した国民です。それなのに、なぜこんなにたやすく原子力エネルギーが安全だと言う言葉を信じたのでしょうか。

広島と長崎に原爆が落とされた時、僕は10歳でした。終戦の後、安心した気持になったのを覚えています。戦争が終わったからこれで学校に行ける、と。でも年齢を重ねる過程で私は、日本が戦争を放棄する憲法を持っているにもかかわらず、沖縄をアメリカに渡してしまったことに気づきました。こうして(米軍の)核兵器を沖縄に設置し、「原子力の平和利用」に向け突き進んで行ったのです。私は当時、こうした流れを批判すべく、『広島ノート』と『沖縄ノート』を書きました。1947年にできた憲法のもう一つの重要な柱である「民主主義」は、福島での大惨事の発生によって明らかに揺らぎました。私は、市民社会が目を覚まして代替エネルギーの開発を求め、地震学者たちの警告に耳を傾けるよう求めることを望んでいます。

問  ヒューマニズムが破壊されてゆく中で、文学はどのような役割を果たすのでしょうか

私が(『群像』に執筆中の)『晩年のスタイル』の中でずっと心に留めているミラン・クンデラの言葉にこんなものがあります。
「小説家というものは皆、自分から行動を始める時、一番大切な物以外は全て切り捨てなければなりません。自分自身と自分以外の人に対して、根本的なモラルの重要性を強く説かなければなりません。」

日本人の作家としての私の役割は、原発をなくすためにたたかうことです
日本の市民社会が(原発をなくすという)この「大仕事」を完成することに成功する日、私の仕事にはやっと意味が与えられるのです。これは国民の意志が、おそらく歴史上初めて勝利するということに他なりません。「大惨事」という言葉には、私にとって二つの隠れた意味があります。一つは、今日日本が経験している(原発事故による)大惨事。そしてもう一つは、人生の黄昏時にさしかかった全ての作家が経験する大惨事(注)です。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




......きのう ふと 水晶を手にしました。12ミリくらいの全体にグレーがかった水晶の玉 ジーっと見ていると夜明けの空のような藍色がたちあがってくる....光をおびた深い青 その青に吸い込まれそうでした。青はどこまでも広がってわたしは藍のそらを仰ぎそのなかにいました。この石ともうひとつのまろやかな透きとおった水晶をくださったひとは遠くに去りました。.....わたしはそのひとが石屋でひとつひとつ手にとって石を吟味している姿をうしろから視て愕然としました。

   その石にこめられたあたたかなきよらかなこころに気づいていないわけではなかったのですが わかっていたからこそ赤い錦につつんで茶のバッグに入れて そのままにしていたのだということもわかりました。その石の青にただ引き込まれていたあとバッグのなかの本に気づきました。それは 渡邊真喜子さんの本でした。読んでいるうちに 声が出したくてたまらなくなり、天とつながる声 地とつながる声をだしてゆきました。 

   わたしの声は思ったより細く 最初息も切れていましたが しだいに真っ芯をとらえ 声がほとばしる一瞬もありました。ひとしきりうたったあと.....娘が おかあさん 「さっきの声はなに 頭の中でビンビン響いたよ」といいます。たぶん 天とつながった声のときなのでしょう。

   声は光なのです。これはほんとうですよ。だれの声も光なのです。よいナビゲーターがいればなおのことよいのですが 声は宇宙にさえつながります。渡邊真喜子さん と天音。さんはすばらしいナビゲーターでした。真喜子先生は亡くなり 天音さんはリハビリ中です。わたしは天音さんの個人レッスン..で 自分の声が緑と紫のオーロラのようにかがやきながら そこにあるのを視ました。天にのぼるというより そこは宇宙だった.....内在する宇宙と大宇宙はつながっている 。....そういうことなのだと今はわかります。

   ハープシコードの天板のウラに描かれた鮮やかないろあいの花々が空中に咲きこぼれて ひらひらはらはら 空気に溶けてゆくのも視ました。天音。さんのあまりきれいだとはいえない部屋はクリスタルのきらめきに充ちそこでは幾度か奇跡を視ました。.......そんなことをおもいだしているとき 声と宇宙がつながるように 石もなにかとつながる.....もしかしたら石 とくに水晶系は増幅器....という感じがしました。それから 食べもの.....

   つながるために 肉食はよくはないのでは という感じがしました。わたしは しばらく体調がわるいのですが 3.11以降の食糧事情で 野菜おさかなが品薄となり 我が家はもともと肉を食べなかったのに 肉の割合が増したこととかかわっているように感じたのです。

   スピリチュアルなことは 身体とは別物と考え勝ちですが 実は食べものはとても大事なのです。食べものは即わたしたちのからだをかたちづくるので 不純なものを多く入れると響かなくなります。身体は魂のうつわであり 天とつながる魂をいただく神殿であり 身体があるゆえにこの世の行をさせていただけるたいせつなものです。戦後の日本人の(意図的になされた)食の変化は 日本人の精神性の劣化を招かなかったでしょうか。語りの会のある朝 わたしはものをいただきません。大きな会の前は 本能的に3日くらい肉食をしませんでした。たぶん 身体はわたしたちが思うよりずっと わたしたちのことを知っているのではないでしょうか? 

   パパがでがけに「今日はぼたもち 食えるかな」と言ったそうです。22年度のあずき お水に浸しています。あずきたった煮ったった ♪ うたいながら あずき炊いて きなことごまもよういしましょう。今日のそらはとても静か お彼岸びよりです......そうだ 考えてもみませんでしたがここ数日 亡くなったなつかしい方々のこと 子どもらに語らっておりました。今日は父祖 はるか祖霊を想い感謝する日でもあるのでしょう。彼岸とこちらはつながっています、どうぞよき一日を。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    きのう 午前中は買い物とカフェ 午後は自主上映会にゆきました。多くの知人と会いました。10年ぶりの再会もあり 語りの会にきてくださったおかあさん方から声をかけていただいたりしました。カタリカタリの仲間とも会えて楽しい日となりました。

    大田さんは 家永教科書裁判で、30年にわたり家永教授を支え 教育内容に対する権力の介入が日本の教育荒廃の病根であることを訴えました。教育とは教え諭すという上から目線のものではなく 子どもが自ら学んでゆくことをささえてゆくことだ....という視点、それはあたりまえのようで とてもあたらしいものにわたしは感じたのです。

    その根っこに 太平洋戦争で 輸送船を米軍に撃沈され 漂流しジャングルをさまよった経験があるといいます。なすすべもなかった東大のいわばエリートだった大田さんに比して 農民兵 漁民兵は生きる力を身につけていた、それを目の当たりにした大田さんは いままで学んできたことはいったいなんだったのだと自問したそうです。

    戦後 大田さんは 居場所のない農家の次男坊三男坊たちと青年学級をひらきます。そのなかに弟妹の面倒を見る必要から 高校にもいけなかったうらわかい女性がいました。青年たちは詩をもちより悩みを共有し ガリ版を切って機関紙も印刷するまでに成長してゆきました。ところが、女性は父親から 青年学級への参加を禁止されてしまいます。仲間たちは彼女を支えました。そして ある日 娘は思い切って 父に語りかけるのです。「とうちゃん かあちゃんとおなじようになるのはいやだ」と.......「オレだって話せばわかる」 娘は父の許可を得て小躍りします。そして大田さんの紹介で幼稚園の保母さんになるのです。その充実したしあわせそうな顔......彼女は自分で運命をきりひらいたのでした。わたしは その方に いつしか母のおもかげと長女のおもかげをかさねあわせていました。涙があふれました。

    大田さんは毎週 一週間分の新聞の折込広告の重さをはかっています。その重さは欲望の重さなのだそうです。現代社会はなんとかしてモノを買わせようとします。そこでわたしはハっとしました。新聞をやめて2年 テレビをやめて9ヶ月 すっかりモノを買わなくなったことに気づいたのです。やっぱり知らぬ間に洗脳されていたんですね。わたしたちはいつのまにか国民・市民・人間から 消費者にされてしまいました。消費者は労働を金に変え金をモノに変えます。そのシステムのなかで次第に孤独になってゆくのだと太田さんはいいます。

    では どうすれば わたしたちは孤独から逃れゆたかに生きてゆけるのでしょう。太田さんは考えます。基本的人権とはなにか.......それはいのちだ。ではいのちの本質とはなにか.....
① いのちはひとつひとつがちがう。
② いのちはじぶんから変わってゆく。
③ いのちはここちよくかかわる。 ひびきあう。

いのちは自然の摂理とともにある。太田さんは地域のミュージアム化をめざしてゆきます。ひとびとがよりそう場を模索してゆきます。ゆめとあこがれをで自分やまわりのひとをあたためながら......

著書を買いました。ぱらぱら めくったなかに あることばを見ました。柳田國男が 語ることは かかわること といっているというくだりです。...... ひびきでつたえる語り部としてはとても意味深いことばですが ネットで検索してもでてきませんでした。

ずっと 低調だったのですがなにか吹っ切れたようです。わたしの夢 あくがれる心持をかたちにしてゆきましょう。多くのひとのたくさんの夢 あこがれとひびきあって補いあい 助け合って生きてゆきましょう。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




Ⅰ 米国での公式発表上の目的

地球温暖化の軽減対策及び紫外線対策。米国政府も正式に米軍が気象操作を行なっていることを認めている。 米国では学校の
科学の教科書にさえ気象操作のことが掲載されている。

→ では なぜ 日本では ケムトレイルが隠蔽されているのか??
 
Ⅱ 推測されている真の目的

①電磁媒体(複数種の金属粉)を散布することにより、気象操作、人工地震などの多目的兵器として開発された統合地球物理学兵器 (HARRP)が発する電磁波の効果を上げる。つまりケムトレイルとHAARPのセットで気象操作や人工地震等の目的遂行をより確実なものとする

②散布したポリマーが大気中の水分を吸収することで人工の雲が発生する。これにより日光を遮蔽すると同時に降雨量が減少する。つまり、「雲は多いが大気が乾燥し、雨が降らない」状況を作る。この結果、意図的に特定地域、国家に干ばつ及び農作物の不作状況を人工的に引き起こす
 
③様々な有害物質、細菌、ウィルスを散布することにより、人体に障害、疾病を発生させ、時には死に至らしめる。 同時に製薬産業の利益増加に寄与する。生物兵器の実験も行われている。→

④バリウムを散布することにより、地上画像をレーダーで捉えやすくして、住民監視や軍事偵察に利用する。(胃カメラ撮影時に造影剤としてバリウムを飲むのと同じ原理。)

ケムトレイル 福島県郡山市写真 → こちら

ケムトレイルの撒布は 3.11の一年前 2010年2月から激しさをましました。首都圏ばかりではありません。九州 長野 新潟 ほぼ全区域 毎日のように撒かれています。首都圏では 騒がれるようになったので ショート撒き 夜間撒き 雨雲の上空 で撒かれているようで(雲の切れ間に見える) 以前よりわかりにくくなりましたが 最終的にはとけてうすーくくもったように ヴェールをかむったような状態になります。どうか一日に何度か空を見上げてみてください。昼間の虹 垂直雲 透明な飛行機雲(ステルス機による)真冬の積乱雲 むかしは見られなかった 奇妙な雲とであうでしょう。青い空は希望そのもの......せめて空だけは取り戻したい......

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




3.11の前 最後に行った茨城 これほどのケムトレイルの空 見たことはありませんでした。







コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )





抜粋

『できれば、大量の石鹸と水を使ってシャワーを浴びて、放射能汚染を取り除きます。皮膚をごしごし洗ったり、引っかいたりしてはいけません。 』
『シャンプーまたは石鹸、そして水で洗髪します。コンディショナーを使うと、放射性物質が髪の毛に結合して簡単に洗い流すことができなくなるので、使ってはいけません。 』


→ こちら 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




闇夜のカラスを検索したらこんなところに出会いました。HAARPが 一人でも多くのひとに認知されればわたしたちにとって大きな武器になります。核と同じように反対運動が生まれ アメリカにストッパーをかけられる。どうか 一人でも多くのひとにつたえてください。

オバマと地震兵器 → こちら

→ こちら

大沼氏 「ええ、オバマさん今“核の無い世界”って事を言ってるんですけど、核兵器っていうのは文字通り物理学兵器ですよね。でね、今核兵器以上にもっともっと恐ろしい物理学兵器の存在が世界中で疑われているんです」
アナ 「どんな兵器なんですか?」
大沼氏 「それはもう既にニックネームがついておりまして“HAARP(ハープ)”って言うんですよ」(中略)この統合地球物理学兵器“HAARP” どんなものなのか簡単に説明させていただきますと“電離層ヒーター”といわれているんですよ」
アナ 「電離層ヒーター?暖めるんですかね?」
中略
大沼氏「はいはい、そうです。このHAARPっていう統合物理学兵器っていうやつはこの電離層に向かって電波を発射するんですね。それを発射する基地がどこにあるかって言うとアラスカにあるんです。フェアバンクスとアンカレッジの間にあってですね、1990年代から建設が始まって21世紀、つい最近になって完成したと言われているんですね。これを作ったのはどこかといいますとアメリカの国防総省“ペンタゴン”ですね。空軍と海軍の協同プロジェクトなんですね。それに多分目くらましと言う事があるでしょうけどもアラスカ大学が絡んでまして一応学術研究であると。電離層を研究するという形をとっているんですけれども、そうではないんで無いかと、そういう見方が広がっているんですね」
アナ 「電離層に電波を当てて何をしようとしているんですか?」

大沼氏 「その電波なんですけどもアメリカ最大のラジオ局の出力の7万2千倍なんですよ。電離層の局地的に360万ワットといわれていますが、それを当てるんですね。照射するんですね。それをしますといろんな事が起きるんですが一つは電離層に穴が開くんですね。指向性の有る電波を出しますから例えば日本上空の電離層を狙ってそこに穴を開ける
アナ 「穴を開けるとどうなるんですか?」

大沼氏 「そうすると宇宙の放射線が入ってくると。それが一つなんですね。それから色々有る、四つ位有るんですが、もう一つはこれが実は最初始まった理由なんですが電離層を押し上げるんだそうです。そうするとそこを通ってくる例えばソ連のICBMをプラズマとかで撃墜することが出来る。つまりレーガン時代のSDIですよ。その次に今一番問題になっているのがこれなんですけれども、電離層に低周波の電波を当てて跳ね返って地球に届くと。超低周波の電波は地中を限りなく通過していくんですね。地中の地震が起き易い活断層に向かって跳ね返した電波を当てると。」
アナ「活断層を刺激する様な事になるんでしょうか?」
大沼氏 「地殻変動を起こす、つまり地震を起こすと。“地震兵器”ではないかという、そういった疑いさえ有る」
アナ 「そんな事が出来るんでしょうか?」

大沼氏 「うーん、これはね、僕は科学者じゃないんで何とも言えないんですけどもただ一つ言えるのは、今90歳になられるお婆さんのロザリー・バーテルさんっていう世界的に有名な科学者の方がいらっしゃるんですよ。第二のノーベル賞といわれる“ライト・ライブリフッド賞”を取った方で日本の学術会を見ても共同研究なんかをなさってる大変な方なんですが、この方がおっしゃてるんですね。この方が統合地球物理学兵器が非常に怖い、情報を開示して欲しいと言ってるんです」

大沼氏 「もう一つですね、非常な低周波なもんですから、確か10ヘルツという数字が出ていましたけど、これが電離層で反射してある特定の地域に来ると我々の脳がやられちゃうんですね
アナ 「えぇ?」
大沼氏 「我々の脳波と同じなんですね。今言った四つの非常に恐ろしいところがあるっていうことでロシアの国会の国際委員会って言う所で調査をしまして国連に対して何とかしてくれとアピールしているんですね」
アナ 「それはどういう事、どんな目的でしているのかっていうのをはっきりして欲しいですね」

大沼氏 「オバマさんは核って言いましたけど、核が広島・長崎に投下されるまでは何も分からない訳ですね。何をしているのか。軍事っていうのは秘密ですから。このHAARPにしても機密が守られているんでしょうけれどもオバマさんがせっかく大統領になって “核の無い世界”を言っているのであればもう一つのスーパー物理学兵器であるこのHAARPについてもきちんと情報開示して欲しいですね

アナ 「そのオバマ大統領といいますとアメリカと中国の戦略経済対話というのがワシントンで始まっていまして、中国との新たな対話の枠組みを重視する姿勢を示したんですね。で、オバマ大統領、米中両国間の関係が21世紀を形作る、世界中のどの二国間関係よりも重要だというコメントを出しているんですね」
大沼氏 「現職の大統領が言い切ったのは始めてでしょうね。ヒラリー・クリントンさんが二年前に雑誌の論文に出して非常に大きな反響を呼んだんですけども。日米関係こそ世界で一番大事な二国間関係って日本政府がずうっと言い続けてきたんですね」
アナ 「もう飛び越えちゃいましたね」
大沼氏 「外務省にコメント出してもらいたいですね」
アナ 「今朝のゲスト、ジャーナリストの大沼安志さんでした。ありがとうございました」

ユーチューブ、凄い再生回数なので既に知っている方が多いと思いますが、一応載せます。
日本って、政府も、マスゴミ(カスゴミ)も、み~んな作り笑いの「猿芝居」ですね。
ちなみに、私の知り合いの元アメリカ空軍にいた方は、3月初めにアメリカの友人から電話が来て、3月11日の事を知っていてと言っておりました。もしその話が本当ならば・・・・。

転載 終わり

まとめ 統合地球物理学兵器 (HARRP)の目的
①電離層を押し上げる→ソ連のICBMをプラズマとかで撃墜することが出来る
②電離層に穴をあける。
③電離層に低周波の電波を当てて跳ね返し 特定地域の活断層を刺激する→ 四川省 東日本大震災など
④10ヘルツを電離層で反射させる。特定地域のひとの脳がやられる。実験済みだそうです。

アメリカにとって日本は用済み これからは米中関係が世界を決める。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )














→ こちら

助け合いと感謝の心をわすれない ともに手をたずさえ 復興に向かう。.....野田首相

東日本大震災から1周年 ここに一同とともに震災で亡くなられた多くのかたがたに哀悼の意を表します。 思いもかけない地震 津波で二万人あまりのひとびとの命が失われました。...このなかには消防団員をはじめ 危険を顧みずひとびとの命を助けたり 防災活動にたずさわり命を落とした多くの人々がいたことを忘れてはなりません。 放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。このたびの大震災にあっては国や多くの市町村や多くのボランティアが被災地に足を踏み入れ、さまざまな支援活動を行ってきました。このようなことは 被災地の人々の心をなごませ被災地の未来に向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に被災地や被災者のために働いてきたひとびと また原発事故の対応に尽力してきたひとびとを深くねぎらいたく思います。世界各地のひとびとから被災地に向けられた厚情に感謝しています。国民みなが被災者に心をよせて被災地のようすがたゆみなくかいぜんしてゆくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく子孫に伝え 今後ひとびとが安全に生活してゆく国土が築かれてゆくことを一同とともに願い、御霊への追悼のことばとします。.....天皇陛下のことば抜粋

→ こちら
→ こちら

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




    今日は 中小学校 幼稚園をとおして今期最後のおはなし会でした。今年度はどのくらい 語ったでしょう。幼稚園 のべ 24クラス 小学校 21クラス 中学校16クラス 学童3回 親子おはなし会3回 中学校2回 語り祭り1回 どろんこお話会1回 デイケア3回 大学でのおはなし会1回 のべ75回 カタリカタリが16回くらいありましたから 91回ということは 4日に1日語っていたんですね。語ったものがたりの数は概算で延べ153話.......うーーん 来期はもっと語れるかな。

    幼稚園のおはなし会は楽しかった。ほんとうに楽しかった。位置づけとしてはわたしのなかではストーリーテリングです。今日の内容は現場で決まりました。

① 手あそび ”もちっこ焼いて” とっくりかえして焼いて (最初はしょうゆをつけて)食べたらうまかんべ モグモグパクパク つぎはきなこ みんなにリクエストを聞いていきます。のり あんこ ここまでは定番 ママレード バター チーズ トッピングにさくらんぼ スイカ メロン 最後は 冷蔵庫をのっけて バリバリ食べて 大笑いでおしまい。

②手袋シアター ”たんぽぽ ぽんと咲きました”。

③ ”にゃーご”パペットをつかいます。
みんなのなかから みかんの木が見えないよ! という声 それで 「みんな心の目持ってるんだよ むつかしいことばだと想像力っていうんだよ 目をつぶって 心の目で見ようよ。 一本の木がお空に向かってのびているよ さわさわ風がふいて みどりのはっぱがゆれてるよ それから はっぱの影に みかんが見える 見える?」 見えるよ!!みかんがあっちにもこっちにもなっているよ!

④ そのまま タヒチの昔話 ”魔法のオレンジの木” オレンジの木 たーかく たーかく のびて のびて ♪ みんなで歌います。オレンジの木になります。

⑤ コカのカメ

これを 二クラスしました。 「泣いちゃったよ」 「おもしろかったよ」 「またきてね」の声 最後にハイタッチして ありがとう またねー

幼稚園年少さんはたのしく たのしく みんなでものがたりを生きます。年齢があがるごとに徐々に 本格的なものがたりにひきこんでゆきます。楽しく元気にから 小学校 中学校 おとなにむけて 次第に 語りの要素が深くなります。

語りのなかには文学も創作もありますが もっとも語りの本質が出るのは 昔話 神話ではないでしょうか。語り部にはシャーマン的な要素があります。古代の語りは神語りや部族のことでしたでしょうから 神おろしも必須だったのではないでしょうか。神と人間をつなぐのがシャーマン 女性を巫女みこ 男性を巫覡おかんなぎ といいます。巫女は憑依型 巫覡は自分からいくタイプが多かったそうです。古代の天皇スメラミコトは巫覡でした。夢見は天皇にとってたいせつな役目でもあったのです。

さて シャーマンの力を高めるにはどうしたらいいのでしょう。これは特別のものではないのですよ。みなさんのなかにも眠っているかもしれない力です。勘働き シックスセンスもつながる力です。でも同じ見えないものでもあぶないものとつながる危険もないわけではありません。金銭のみならず 私欲のためにはつかわない。霊力を高めるには悪しきことから遠ざかることなのでしょうね。意識をクリアーに保つのはむつかしい。添加物などの不浄なたべものをとらない。朝日とともにおきる。自然とともにあることでちかづいてゆけるような気がします。ストーリーテリングにもほんのすこし その要素は残っています。癒しにつながるのはその力かもしれません。ひとをしあわせに導く力です。Hさん あなたの持っているのはそういう力です。







コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )




    中学校最後のおはなし会 今年は一度も忘れることなく 休むことなく 遅れることもなかったのですが 最終日 息子とのやりとりから....3分前の到着となりました。「おりゅうと柳」を語るつもりだったのですが もうすぐ1周年、福島からの転校生がいるかどうか訊ねてから 3.11 庄司アイさんの語りをしました。息ととのわぬまま語りました。女の子がふたり泣いていました。後ろの男子のまっすぐな視線を感じて語りました。もちろん 伯爵の天使 つつじの娘 その他のおはなしでも泣いた子たちはいたのですが.....。

    実は2月 こんなことがあったのです。「福島からの転校生がいるので 震災の話は考慮してほしい」.....それは 語り ではなく 津波にあった子どもたちの作文集 の読み聞かせのことだったのですが 読み聞かせのボランティアのなかで波紋を呼びました。.....交通事故に家族があった子どもがいるかもしれない 障害のある家族がいるかもしれない おとうさんや おかあさんが亡くなった子がいるかもしれない ..... なにによってだれかが傷つくかもしれない.....そう考えていったら 選書は限られてくるのではないか ...... 共有することも必要なのではないか......

    あたたかい 元気のでる ためになる(と思う)....絵本やものがたりだけがふさわしいのだろうか......それは読み聞かせするひと 語るひとの疑問のひとつだと思います。

    以前 童話の残酷シーンが問題になったことがありましたね。グリムは死で彩られています。日本の民話にしたところで カチカチ山で おばあさんは食べられてしまいます。昔話の本質は生と死 再生なのですから....発端句むかしむかし...と結句めでたし めでたしなどがあるのは ここからものがたりの世界だよ ここから現実の世界に戻るよ ということなのだと思います。わたしがティンシャを前後に鳴らすのはそういう意味が実はあるのです。

    おかあさんたちからは ディランの絵本の流される ということばが気になって.....とか さっちゃんの魔法の手 を読みたいのだが読んでいいかわからない という悩みが語られました。わたしも 天使の着ぐるみ について語ることをためらっています。紀の長谷雄卿のはなしで躊躇したときは 先生から子どもたちはおとなとして扱ってもらえるこういう話が聞きたいのです。教訓くさい話よりも。.....とエールをいただいて三年生には語っているのですが....。

    中学校のおはなし会で最初に校長先生がおっしゃったことばは 「みなさんが子どもたちに話したいおはなしを 語りたいものがたりを 」でした。そのことばを抱きしめながら だいじょうぶかなと感じたら事前にみんなに聴いてもらおう ということになりました。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 前ページ