遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



....陽は西の地平に沈み 薔薇色の雲、菫色の雲が香るような夕暮れ

澄みとおった哀しみがひたひたと寄せくる

やがて夜気が降りて幾重にもひとの営みをつつんで運びゆく

ひいやりと墨色にくるまれてわたしたちは夜を旅する

これは夢....日々の暮らしのテーブルの上の白磁の皿も

明るく滲むイルミネーションも 古着屋の店先にはためく幟も

伝票も、部屋のすみにふわりたまった埃も 一抹の不安も....


わたしたちの本体は永劫の闇に浮かんでいる

ましろな繭にくるまれて長いながいながいまどろみの中で

ただ昏い夢を見ている



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    26日、参観日第三時限食育の時間がはじまりました。最初に「青葉家今むかし」およそ15分のペープサートと実演によるドラマです。校長先生の代役のご先祖様役は教頭先生がひきうけてくれました。先生方の熱意とがんばりにわたしは脱帽しました。先生方の演じる....ハンバーガーをほうばり、ゲームに夢中になり、けんかする今の子どもたちは実に生き生きしていました。途中順序は入れ替わったりしましたが、打ち合わせとおり、修正せず流れにのってアドリブもまじえものがたりは進みました。

    見ている子どもたち、またおかあさんたちはどんな感想を持ったでしょう。つぎは栄養士さんによる三大栄養素についてのゲームとエプロンシアタ-です。みんなで歌を歌い感想をきいて、それから青葉家の50年後のものがたりをわたしがして、最後に六年生を送る会を「からだにいいお好み焼きパーティー」をすることを発表して終わりました。みんな盛り上がりました。

    職員室で教頭先生とねぎらいあい、校長先生もまじえてお話しました。みなさまの近くの学校はいかがでしょう。..そうしたがらない学校は多いのですが、この学校は地域のボランティアを積極的に受け入れています。ボランティアが学校に入るということは受け入れ態勢を整えねばならないし、学校の内情が外に漏れるというリスクもあるのです。....しかし、と校長先生は言います。「そのことで子どもたちにプラスになる可能性があるのなら...たとえば....がおはなししてくださるとき、子どもたちは考えられないほど集中してものがたりに入りこんでいます。それはわたしたちではできないことなのです。地域の方々の熱意とご協力には頭が下がります。」

    わたしは以前からこの小学校の先生方のあたたかさや子どもたちへの思いに胸を打たれておりました。子どもたちへのかわいさだけでなく、応援したい気持ちになるのでした、校長先生はこう言われました。....「だれかひとり熱いひとがいればだいじょうぶじゃないかと思うのですよ。その熱が次第にまわりにひろまってゆきますから....」ほんとうにそうだ....とわたしは思いました。ひとはもともと熱いものなんだ、みんなでなにかやりたいものなのだ....だれでもいい だれかがプロメテウスのように火を運び火をつければ、遅いということはないのです。




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   お葬式がすんで、そのまま帰ろうと思ったのですが、結局バスに乗って火葬場までゆきました。「ごめんね おかあさん ごめんね」救急車を早く呼ばなかったことで自分を責める従妹の慟哭を聞きそのまま帰る気にはなれなかったのです。

   バスで偶然紫の法衣を召された導師の隣に座り、環境問題や温暖化のことから5000年前のギルガメシュの石版にノアの箱舟とおなじような大洪水の記述があること、人類があやまちを繰り返すのはなぜか..と話ははずみました。原初キリスト教と仏教の類似からイエスのことば「....天の国はそこにあそこにあるのではない、あなたの胸のうちにあるのです」ということばに惹かれるとおはなししたら、仏教にも「己心の仏、唯心の浄土」ということばがあると伺い、はっとしました。伽藍のなかではなくて ひとの心のなかに弥陀がおいでになる、西方の十万億土ではなくて ひとの心のなかに浄土...天の国がある。それはイエスのことばにかさなるだけでなく、鶴城さんのいう「ひとのうちなる神性に向かって語る」にも通じることばでした。

   導師に従妹に自分を責めることはないのだ、叔母はしあわせな一生を送ったのだということを伝えてほしいとお願いすると、導師はこころよく引き受けてくださいました。そして そのあとのことです。「亡くなった方のために、残された者が功徳を積むことができるでしょうか、たとえばひとさまのためになること、役立つことをすることで...」とわたしが問うたとき、導師はこのように言いました。

   「ボランティア活動をすることは間違いではありません。けれども、わたしはこう考えます。...他人とこころを通じあわせることはたいへんむつかしいことです。まず 自分の家族、そして親戚のひとたちに必要な手助けをすること、愛しあってなかよく暮らすことが一番の功徳です。家族や親戚には共通の土台があるからわかりあえるのは早いはずですよ...」

   そのことばはひどくわたしの心を突きました。きのうお通夜の席で叔母が言ってくれたことが思い出されたのです。「直(なお)の葬式のとき わたしの兄がね 向こうの親戚はみなよいひとだが、かずみさんは特別のひとだ。あのひとはひとがいやがること、できないことをすすんでさりげなく引き受けやってくれた、ああいうひとはいないよ」....直というのは21歳で永眠したわたしの従弟、かずみというのはわたしの夫のことです。

   そして叔母はこうもいいました。「洋子ちゃん 家で食事のしたくをしてくれるまりちゃんのことを忘れないでね、あたりまえのことだと思ってはだめよ。まりちゃんはほんとうにやさしい子だよ、まりちゃんのしあわせを考えてあげてね」.....

   わたしは火葬場まで来てよかったと思いました。従妹の笑顔も見られたし、わたしも気づかせてもらったからです。情けはひとのためならず...ひとのためにすることは畢竟自分の身にかえってくるのだといいます。その意味が二重に身に沁みました。わたしにはまだまだしなくてはならないことがたくさんありますが、最初に家族のしあわせを考えよう、そうする時なのだと思いました。導師、延養寺のご住職は「いつでもたずねていらっしゃい、櫻の季節はとても美しいところです。宗教や哲学のはなしはわたしも好きです。いくらでも語り合うことがありますよ」とおっしゃって帰ってゆかれました。埼京線のホームからばら色と紫の空にきりりと富士山のシルエットが見えました。....深夜、為すべきこともできなくて費えたように思われた今日の一日もマグダラのマリアを語るために必要な一歩だったのだと覚りました。




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   叔母のお通夜に行きました。叔母は倒れてから1週間で、子どもたちや兄弟や甥姪にいとまを告げる時間をくれ、介護にみなが疲れ果てるまえに旅立ってゆきました。武蔵浦和の美しいホール、波のように花々をしつらえた祭壇で叔母は微笑んでいました。叔母は突然たおれ、それまでしごく元気だったのにもかかわらず、こんな申し送りをしていたそうです。

「延命処置はしないで、葬式は質素に、式場はあたらしいところで」

   そして庭の手入れをしてあったそうです。父のときもそうでした。準備万端ととのえて旅立ってゆきました。亡くなるまえ魂は知らせを受け取るのでしょうか?

   お葬式や結婚式に列席させていただくと日頃疎遠だった一族が一堂に会して出自をたしかめあい、それぞれの近況を知ることもあってか、旅だつ愛するひとをめぐってさまざまなことを思います。片眼が不自由な生まれであったため祖父や祖母に溺愛された叔母のこと、秩父の母の実家で8人の若き日の叔父叔母と過ごした夏の日々、リカちゃん人形の洋服をもらったこと....。

   そして自分の人生について考えます。来し方、この世での残された日々について....。そして子どもたちのこと、愛するひとのためになにができるか、
この世に生まれてきたことにどんな感謝を残してゆけるか....。




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   夫が野菜をたくさんいただいてきました。うちの会社のリサイクル事業の一環としてつくっている肥料をつかってくださっている農家がくださったのです。葱は甘くやわらかくそのまま食べることができます。夫はほんとうにひさかたぶりに台所に立って葱のサラダをつくり、わたしは伊勢丹で買ってきた和牛のスジをことこと煮込み、娘は手早く鯖を焼きながら、トマトとホウレン草のサラダをつくります。末の娘が授業でならったいちご大福をつくります。何気ないけれどおほどかな時間が過ぎました。いつか忘れがたい思い出になるかもしれません。

   けれども、春一番が吹き荒れた今日、わたしのなかにも突風が吹きすさびました。ウィムさんの講座が人数の関係で二日になり、手紙をつくったり名簿をつくったり準備のなかで細かな齟齬がいくつかみつかり、もうすぐ手の届きそうな春に浮き浮きしたところを冷たい風で頬を打たれたような気がしました。こうした見た目ほんのちょっとした行き違いの積み重ねが金属疲労のように徐々にそして確実なダメージにつながってゆくような気がしたのです。

   わたしは今地声の鍛錬をしているのですが、声が体内に反響する量が日をおうごとに大きくなってゆくのがわかります。身体もどうように可動範囲がひろがってゆきます。自分のことをつきつめてゆくのになんの遠慮もありません。それをしたからといって語りがかわってゆくかどうかわかりませんが、よくなるも反対にわるくなるも結果は自分で受け取るだけです。

   けれども集団の名においてすることは、たとえそのことで報酬を受けずボランティアでしたとしても、責任は負わねばなりません。決められた時間のなかでワークショップでできることは限られておりますが、参加者のひとりひとりの気づきにつながるように、またなごやかな実り多い講座となるようにスタッフは心を配り最善を尽くさねばならないとわたしは肝に銘じています。自分のためにする...という声を聞くとそういう考えもありましょうし、結果として自分の実りにつながるでしょうけれど、首をかしげてしまいます。

   わたしはワークショップはリセットのチャンスであると考えています。今までの自分になにかを積み重ねる..というより、今まで自分が知らず知らず身に着けてきた既成概念や思い込みから自由になって、自分のなかに眠っていたものを呼び起こし、新しい回路をつくってゆくためのビッグチャンスなのです。日常のなかでも注意深く日々を送っていると気づきはあるものですが、そこから離れてその道の先達やプロの導きで、エクササイズをすることから単なる知識ではない、身体の体験をとおした気づきが生まれます。さまざまな人生を送ってきた個性豊かな参加者とともに体験し感じたことを共有することが気づきを加速します。

   今まで体験したなかで記憶に残るワークショップには必ずサプライズがありました。...たとえば声は喉からだけ出るのではなく、身体全体を共鳴させるということを実際にパートナーの身体で実感したとき、ことばが意味でなく響きで伝えられるということをエクササイズをとおして自分の耳で知ったとき、自分のなかに数十年前の幼児のときの感覚がいまだに息づいていることを知ったときなど、数かぎりない新鮮な衝撃がありました。今までこんなものだと思っていた自分の身体と感覚と心が無尽蔵の宝庫かもしれないという畏れにも似た思いともつながることさえありました。

   もちろん、参加者が得るものはそれぞれがいままで積み上げてきたものやキャパシティにもよるのですが、いいワークショップは参加者のるつぼのなかで化学反応を呼び起こし、それぞれの今に必要な変化をもたらすのではないかとわたしは感じています。そしてそういったワークショップにはひとりまたは数人のキーパーソンがいることが多い、彼または彼女は感受性が高く、洞察力にとんでいて、ワークショップに最後のエッセンスを加えてくれます....体験から感じ取ったことをことばにすることによって、またその包容力によって。ワークショップをひらく醍醐味とは出会いと覚醒の現場にいあわせることではないでしょうか。スタッフにとってもキャリアとかでなく結果として自分の目覚めにつながるとしたらそれもまた喜ばしいことです。

   そのようなワークショップがひらけたら、わたしは本望です。死んでもいいとはいわなきけれど....。けれどもあたりまえのことですが想いはひとつではありません。さまざまな局面においてわたしが目指すものや理想と組織のなかのそれぞれのひととのあいだの落差を痛切に感じることがあります。それは会社においても学校においてもカタリカタリにおいてもあらゆる組織のなかで起きることです。話し合いだけで溝を埋めてゆくことがどこまでできるのでしょうか。あたらしいことにチャレンジするのは実にたいへんです。計画する、同志をつのる、交渉する、手紙を送る、ときに根回しをする、連絡をする、プレゼンのごときもの、...許可、そしてようやくはじまるための準備.....物事は実に多くの些事から成り立っていて負けそうになります、所詮ひとりでやるのが潔いのだと思う時もあります...ひとりでできることには限りがあるとしても。.....そして試合に負けたところで世界が終わるわけでもありません。




   

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  わたしはなんてツイてるんだろうと思います。ほんとうに必要なときに必要な方々と出会えるなんてこんなラッキーなことはありません。.....語りとの出会いは朗読の講座を受けたとき...なにか違う...このままゆくとわたしは閉ざされてしまう..と感じていたとき偶然眼にした深夜テレビのCMからはじまりました。ASKというアナウンサースクールの講座案内だったのです。

  そこでわたしは語り...なる魅惑に充ちたものを知り、高橋さんや野田さんと今もつづく縁が生まれました。次なる出会いは役者・壌晴彦さんで、それは今は亡き会長(うちの会社の協力業者さんの会)の日舞の発表会に行ったときロビーにあったちらしからでした。タクシーもない栃木の山奥のワークショップに語りの研究セミナーを抜け出して出かけたのが昨日のことのように思われます。琵琶奏者・鶴城さんはネットの海で出会いました。

  オペラ歌手でありヴォイストレーナーでもある刈谷先生はASKでいっしょだった橋本さんの紹介でご縁ができました。この方からは歌ばかりでなくステージに立つ心構えや見せ方を教わりました。...あまり身についてはいませんけれど。リュートの水戸茂雄先生はスタジオプラネットのオーナーでもある友人と食事をしたとき、ふともらした「リュートを習いたいの」という一言から友人が紹介してくれたのです。あのときグッディーズカフェのテーブルにはウナギのピッツアと赤ワインがありました。ドミノくずしのようにひとつ知ろうとすることがつぎにつながってゆきました。それは遅遅とした歩みでしたけれど確実な1歩1歩でもありました。まるでどなたかが曲がり角に手を置いてくださったように...。

  語りは目的ではありません。けれども、語りをとおして終生の師やたくさんの友人と出会ったことがわたしの人生をどれだけ豊かにしたかことばには尽くせません。そればかりでなく、キリスト教や古神道や仏教などの教えや経典を読んでわからなかったことが、語りをとおして血肉として理解されてきたのはわたしにとって晴天の霹靂にもひとしいことでした。身体と心と魂のかかわりやことたまの意味、祈りの意味...そうしたことがくるくるとリボンがほどかれて薄紙がいちまいいちまいめくれていくように、語りをもっと知りたいという努力から、また語っている一瞬のうちに耀きほどけてきたのです。脳の権威、茂木先生がおっしゃったようにわたしたちは体験をとおしてこそほんとうに学ぶのですね。

  謎がすべて明かされることないでしょう。けれどもこうして語りというひとつのことに夢中になることが地下の水脈を掘り当て真理の水を汲み渇きを癒すことにつながってきたように思います。すべての出会いに感謝いたします。さぁ このようにツイてるわたしですから、基礎講座に向かう途中のさまざまな問題もきっと乗り越えられるでしょう。コンサートの終わったあとの一杯のお酒も美味しくいただけるでしょう。あと一ヶ月テキストもまだですが、神仏を信じ、しかし頼らず、感覚を信じて進む。少々の不安もありますが、ツイているから大丈夫。



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   6年2組のおはなし会、15分前に学校に着きました。語るものがたりは早朝決めました。「月の夜晒し」を語り終えてしんと静まった教室で、5分ほどおはなしをしました。....いのちの入れ物である身体をたいせつにしよう、たいせつにするとはどういうことだろうか...お風呂に入る、運動をする、体に良い食べ物をいただく、そして自分の身体をたいせつにするように、自分のたいせつなひとの身体もたいせつにしよう。先祖や両親から受け継いだいのちを自分の子どもたちに手渡してゆこう...みんな たくさんのものがたりを聴いてくれてありがとう、二年間ありがとう。みんなのしあわせを祈っています。

    こうして文字にしてみても、とても全部は書けません。果たして伝わったかどうかはわからないけれど、伝えずに語らずにはおれませんでした。そのあとカタリカタリでヴォイストレーニングのワークショップの打ち合わせのあと、メンバーの戀のものがたりをふたつ聞きました。ひとつは「いたちの子守唄」もうひとつは「鉛の兵隊」です。ひとになにかに恋い焦がれる...それはなんと純な感情でしょう。涙が滲んで落ちました。今日の子どもたちが人の成長につながるようないい恋に出会いますように....。わたしの語るものがたりにも戀のものがたりは多いのでした。恋を語りたくなりました。




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  きのう電車のなかから月を見ました。すみれ色の中空にかかる月はまどかなクリーム色でもう冬の冴え冴えとした月ではありませんでした。春は間近にきています。

  20日 妙に心がざわついていらいらとしていました。午前中は娘たちとことばの投げあいをし、自力整体で座布団をなげつけたい衝動をおさえかね、夕方には母にTELでとどめの一撃...といっても母はゴッドマザーですからビクともいたしません。夜、会社にTELがありました。母の末の妹...和子おばさんがくも膜下出血で呼吸停止とのこと、それを聞いてわたしはそうだったのかと思いました。今までにも縁あるひとになにかあったときいわれのないざわめきを心身に感じたことがあったからです。

  あちこちにTELして病院をしらべ日赤に着いたのは夜中近くでした。おばさんは自律呼吸ができなくなって機械につながれていました。わたしは実は怠け者のヒーラーです。けれども近しい方に終わりのときがきたときまじめなヒーラー(癒し手)になります。癒しは身体をとおして行いますから、肉体がここにある間しかできないのです。そして肉体をとおして霊的なものを癒します。

  身体とは魂の入れ物であって、いのちをはこぶものです。身体がなくなっても魂は旅をつづけますから、癒されることは今後の魂の旅におおきな影響をあたえるのです。なぜそうなのかはわからないのですが、今までに三度なくなった方がその夜お礼に見えたことがありました。亡くなった方を見たり感じたりすることはできますが ことばは発しません。

  元気でいらっしゃるうちにどうして癒すことができないのだろうとその時は思うのですが、元気なときはあまり本気にはしてくれないものですし、自分がいつか死ぬのだなどと考えないものです。それにわたし自身恥ずかしいような気持ちもあるのでしょう。結局ギリギリ今しかないときになってようやく、役目を果たすことができるのです。それはわたしがこの世でその方にできるいちばん大きな贈りものです。....語りよりもっと大きなことかもしれません。

  命の器、魂の器である身体が、どんなにたいせつなものかこのごろ身に沁みてわかってまいりました。身体の状態がいいということは命の質を高めます。ことになにかを表現したいひとにとって、自分の身体の状態を良く知り、手入れをし、つねにいいコンディションに持ってゆくことはとても大事だと思います。身体の状態によっても表現は左右されるからです。ことばさえもそうですね。

  きのう、ひさかたぶりに資金ショートとなり銀行に駆け込みました。うっかり20日の支払いを忘れ、入金が500万遅れているのに資金の段取りが後手になっていました。わたしはいったいなにをしているのだろう....ほんとうに大切なことはなんだろう、叔母のこと、基礎講座のこと、コンサートのこと、食育の脚本、カタリカタリ、子どもたちのこと、会社のこと、洪水のようにおしよせるくさぐさのことを前に思いあぐねて立っている非力なわたしがいます。




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   風光る午後、子どもたちは校庭で野球をしてあそんでいました。

   今日は2/27の参観日にする食育の打合せにきたのです。食育とは食に関する知識を習得し、子どもたちが自らの食を自分で選択する判断力を身に付けるための取組みのことです。2005年文部省は食育基本法を定め、子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも「食」が重要であると明記し、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けたのでした。

   学校でも子どもたちの「食」がおおきな問題になっています。キレる子ども、無気力な子どもが増えています。家庭における子どもたちの個食、偏食,朝ごはん抜き...などが子どもたちに与える影響を見過ごしになできません。それをつぶさにみている先生がたと参観日に食育をテーマになにかしようというおはなしになりました。

   お茶をのみながら3人の先生方とわたしと働く女の立場、母の立場からでざっくばらんに話し合いました。働きながら子育てをしている現実に立ったとき、いけないとわかってはいるけれど、冷凍食品、ファーストフード、カップヌードル、ファミレスなしの生活は考えられないという切実な意見がありました。学校でも朝ごはんぬきの子どもが増えている、朝お菓子を食べてくる子もいるけれど、それだって食べないよりはまし…..だと先生はいいます。

   そこでまず、おかあさん方が恥ずかしい思いをしないものに、楽しいなかになにか残ればいいねということで意見が一致しました。….子どもたちに質問するとあけっぴろげになんでも家内のことをしゃべってしまいますから、ドラマ仕立てにしようということになりました。人形とペープサートをつかって劇をします。

   舞台は今、日曜日の朝おかあさんと子ども三人の家庭でおこるものがたりです。…….….。仕事に疲れたおかあさんは朝ごはんがつくれません。そこで子どもたちはバーガーショップに行きます。お昼もカップヌードル……イライラした子どもたちは大喧嘩をはじめます。そこにご先祖さまがああらわれ一喝…..おかあさんと子どもたちをタイムマシンに乗せて50年前の世界へ……そこで子どもたちは….....配役は3人の子どもたち...先生。ご先祖さま...校長先生....おかあさん....森です。

   そのあと栄養素についてのエプロンシアター、最後にみんなでうたを歌おうということになりました。そしてそれを6年生を送る会につなげて、みんなで身体にいいおやつをつくろう。。。ということになりました。リハーサルは22日、本番は27日です。……どんなことになるでしょう。先生方のお顔は輝いていました。.....あとでご報告しますね。

   ものがたりといってもほんとうにさまざまです。そして子ども
たちのしあわせのためにストーリーテラーができることはたくさんあります。わたしは環境のパネルシアターをつくったように「食」のものがたりをペープサートか、パネルシアターにしようと思いました。環境のパネルもとても子どもたち喜んでくれましたよ。みなさま、なにかいいアイデアはありませんか?







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   今日はバレンタインデー みなさまはたいせつな方にチョコを贈られましたか?
私の夫の誕生日はあした..特大のハートのチョコとバースディプレゼントを送ろうと思います。今日は社員さんたちに愛のギリチョコを配りました。

   今日はまた先日体験を受けた武田梵声さんのヴォイストレーニングの初日でもありました。湯島駅近く迷子になって迎えにきていただきました。どの先生にも手をかけさせる弟子のようです。武田先生のメソッドは声の自由の獲得のために声帯に関る60の筋肉を自在に動かせるようにすることです。

   最初の二年お世話になったヴォイストレーナー苅谷先生はオペラ畑でベルカント発声でしたので、後ろに抜ける発声……ファルセットはある程度できていたのですが、その後三年ルイのことでおやすみしたままで近頃は高音部もガタガタでした。武田先生の指摘でわたしの課題は頭声区(ファルセット)と胸声区(地声)の境目部分をなめらかに出すこと、そして地声そのものをより安定させることだとわかりました。ただ深い声だけでなく明るく深い声、明るく平たい声、また仮声帯をつかったサビのある声など うーーん まだ想像がつきませんが出せたら確かにおもしろいと思います。

   武田先生は歌唱指導によるトレーニングではなく発声のメカニズムを7つに分解して指導します。人間離れしたとんでもない声の持ち主で弟子にもとんでもない声を要求します。わたしは八方破れになり、開き直っておそらくすごい形相で発声をつづけました。今までわたしは統合されたもの、語りや芝居や歌をとおしてなにかをつかんできました。このように部分、要素に分解して学ぶことでこの先なにが起きるでしょう。それはまた今までに知ったあるいは得たものと引き換えに手に入るものかもしれません。それもまたよし、失わずして得られるものはありません。
  
   うれしいことがふたつありました。語り手たちの会の宮川さんからTELをいただき、なんと古楽の水戸茂雄先生と懇意だったとわかりました。水戸先生が本邦の古楽リュートの第一人者であることをよくご存知でした。3/23のコンサートにはおいでくださるとのことです。思わぬところでつながっているものですね。7月水戸先生は松明堂ホールでコラボなさいます。バッハをリュートで弾ける演奏者はそう多くはおりません。 海外で知られているほど国内でその名は知られていないのですが、わたしは水戸先生の一音、一音がとても好きです...それはクリヤーで芳醇な煌く雫の連鎖が水晶の教会堂を構築してゆくような調べです。

   ひととひとのつながりはダイナミックに新しいなにかを生み出してゆきます。素晴らしい方々とわたしとのえにしを、必要としている他の方々につなげてゆけたらこんなにうれしいことはありません。そしてもうひとつ、語り基礎講座① 2/12初日に定員を超えました。秋田、新潟、宮崎、神戸、名古屋など遠方からも申し込みくださった方々の熱い思いをひしひしと感じ、受講者、講師、スタッフひとつになってつくってゆく講座に胸高鳴っております。




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   自力整体をはじめて1ヶ月...左の肩甲骨が浮き出てきました。右は痕跡のみでまだお肉に埋もれています。肩甲骨は翼の名残..右の肩甲骨があらわれたら飛べるような気がします。

   わたしの利き目は左目ですが(人差し指を立てて片眼で見ます、両目で見たときと同じように見えるのが利き目です)その左目の可視範囲がひろがりました。過積載の大型ダンプがビュンビュン行きかう恐怖のダンプロードを運転していて以前とまったく違う安定走行ができるのに驚いて気がついたのです。また自力整体のあと声の高さが1オクターブあがるのに気がつきました。そして細かいことが気にならなくなりました。売り上げが下がっていても平気!!なにを言われても平気!!でもないけれど、むやみと明るい今日このごろです。

   身体の声が聞こえるようになって毎日からだを動かしていると、右半身が固まっているのがよくわかります。右の中指の角度がおかしいことに気づきました。身体が欲していることがすこしわかるようになり、それに応えてゆくうちに身体が変わってまいります。年をとることは昨日できたことが今日はできなくなることだと聞いたことがあります。それが日に日に身体の各部分の可動範囲がひろがってゆく、喪われた機能が甦ってくる..それはなんともうれしくスリリングです。

   わたしや家族ばかりではありません。難病に悩む友人は「希望がわいてきた」と、母のお師匠さんは「医者に行くより楽になる、ほんとうにありがたい」と丁寧に指導してくれる穂積さんに感謝しています。芸は身をたすく...と申します、わたしには芸といわれるほどのものはないのですが、身体の重要性に気づき身体を整えようとしたことでこんなに世界が変わるとは思ってもみませんでした。友人を間接的に助けることもできて思いがけない贈り物をいただいたようです。...さて、これで語りがどう変わるでしょう。

  
   夕泥むころ 娘たちとストーブを囲んでおしゃべりしました。デスノートや蜷川芝居..小栗旬、藤原竜也、韓国映画、アニメ、実写と漫画ついでにタカラズガで話ははずみました。...たとえば若いひとたちから多くの支持を得た日本のアニメカ、゛ンダムやエヴァンゲリオンのヒーローは優柔不断でくよくよ考え人間関係に悩む...どちらかといえば弱者であって、屈強なアメリカンヒーローとは雲泥の差があるのですが、これはなぜか?? ストーリーは二重構造をしています。地球あるいは星あるいは人類の危機が存在する。その危機はどこからくるのか...外部からくるのか内にあるのか...そして主人公の少年少女はうちに欠落を抱えていて敵と闘いながら、自分と闘い喪われしものを再構築していく...

   日本人はなんでも道にしてしまいますが、アニメもまた成長譚でありイノセンスのものがたりであり、喪うことで獲得してゆくというものがたりの定石を踏みながらひととはなにかを問うているように思います。完全なるものはその完全性ゆえに不完全なのです。ひとは不完全であるゆえに半身をまた喪われたものを捜し求める...生きるとはその回復の過程であるようにわたしは感じます。まさに人類補完計画なわけです。

   語ることや芝居をすることは統合を加速します。なぜなら語ることも演じることも生きることのシュミレーションであるからです。虚構でありながらそこに真実が生まれる...わたしたちはそのなかで幾度も死に、再生を繰り返しながら自分自身に、そして喪われたもの足らざるもの求めていたものに気づいてゆくのです。RADAの前校長ニックさんの「芝居を学ぶことは人生を学ぶことだ」が至言である所以ですね。

   スターヲーズ他ヒットした映画の多くが神話や昔話の構造やプロットによっているのは周知のことですが、モノガタリの構造やプロットに規則性があるのはなぜか? これは興味深い問題です。わたしたちはその規則によらないモノガタリに出くわすとき不安を覚えます。たとえば主人公に助け手があらわれない、正義が負ける、カタルシスのない悲劇を観たときどうもすっきりしないのですね。モノガタリのパターンは幼い頃から聴いたり読んだりしたことで記憶されたのでしょうか、それとももっと古い遺伝子レベルのあるいは集団的無意識に刻まれていたことなのでしょうか?


. ...以前述べましたように、わたしは語り手が選ぶものがたりは語り手のうしなわれたものを示唆する場合があるように思います。そしてその底に人類のドラマの記憶と 喪われしものを取り戻したいという希求があるように思います。光と闇は相対するように見えますが闇があって光耀くのです。自分のうちなる闇、他者の闇 この世界の内包する闇をまず抱きしめようよ...と娘たちに伝えたいのですが それはなかなかむつかしくて苦労しております。

   

   

   

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  一昨日は市の文化祭で詩を語りました。原爆詩のなかから、村木三郎さんの「震える菊」を語りました。あまり有名ではなく戦争を糾弾するでもない淡々と静かなことばが続くのですが、心に響く詩です。相方の橋本さんとひさかたぶりのおしゃべりをして文化会館を出たら、駐車場で亡くなった父の風貌を彷彿とさせる方が走りよってきました。「よかったよ」...「来年もたのしみにしているよ」といってその方は去ってゆきました。

  文化祭も馴れてきてしまったね...と話したところでした。ある程度の水準にはできるようになって、当初の燃えるような想いからかけ離れてしまったように感じていました。ことに今日は用意された照明がピンスポットなので客席は暗闇です。気配で客席の呼吸を感じるしかありません。またマイクカがセッティングされていて やはり肉声でないと語った気が 心の奥に届く気がしないのです。そんなことからビウエラの弾き語りをする予定でしたが冒険を恐れ語りだけにしてしまってどこかもやもやしたものが残っていたのです。ですからその方の激励のことばは身に沁みました。心が躍るようでした。これからは妥協しないで差し出せる最上のものを差し出したい、原爆詩を語りつづけようと思います。

  昨日は群馬の板倉プラントから目白で開かれた運営委員会兼理事会に向かいました。とてもにぎやかでなごやかな会でした。今年度の総括と次年度の計画発表の合間に会員の方にもさまざまな意見があるという話題が出ました。たとえば舞台で語る、おとなに語る..ことに対して語り手として潔しとしないという意見もあるのです。わたしは本来の場は幼稚園、小学校ですがデイケアでもおとなのための会でもまたステージでも語ります。

  日本という国はものがたりの宝庫であり、おはなしのろうそくや子どもむけに噛み砕いた本や昔話だけでなくさまざまなものがたりが語られるのを待っています。あなたにしか語れないものがたりがまだ眠っていて呼び覚まされるのを待っています。五説教、古浄瑠璃、世話物、お伽草紙、ふるくは古事記、史実と伝説のあわいのものがたり、近世の歴史..パーソナルストーリー...地域に伝わる伝説...文学の膨大な遺産そして世界各地の神話・伝説・昔話などなど....この豊かな語り文化は子どもたちだけのものにしてはもったいないと思いませんか。

  それぞれの意見があっていいと思いますが、語りの歴史、芸能の歴史を考えたときおとなに語ることはごく自然のことですしステージで語ることも邪道ではありません。心ある演劇人は舞台に上がるとき一礼しますが、それはとても道理にかなったことなのです。神社の境内にある舞台はかつて客席を向いてはいませんでした。ご神体の方向が正面でした。舞台は神が降りる場でもありました。語りも含め芸能の原点は祈りであり神降ろしでもあったわけです。

  小学校や幼稚園などどこで語るときもどの神さまというのではないのですが、わたしは神さまに祈ります。「どうかうつくしいことばと御心にかなう語りをおゆるしください。」....舞台に立つことはわたしのなかでそれまでの努力の発表の場であり、お客さまとの交流の場であるばかりでなくささやかな神事といってもいいかもしれません、捧げ物といってもいいかもしれません。その場では特別のことは起きることがあります。師匠水戸先生は言いました。「最上の演奏をしているときはひとりではない。なにかがいっしょにいる」シャンソン歌手は言いました。「天使が降りてくる」壌さんは言いました。「役者は依り代である」

   そしてこれもまた真実です。「1回のステージは100回の練習に勝る」ステージに立つことはひとりの力ではできることではありません。そして実に多くの些事と労力から成り立っているのです。けれどもその実りは豊かで子どもたちや高齢者への語りという日常の活動にその果を差し出すことができます。「ひとまえで語るなんてそんなことできない」と言っていたなかまたちがカフェでお客さまに聴いていただいて以来、語りへの思いは深まり、語る声に深みを増したのをわたしはとてもうれしく心強く思っています。
  
  語り手たちの会はNPO法人としてすべての会員のみなさまに語りの本質を忘れず時代や社会の要請にあわせ、さまざまな可能性を提示できればいいなと思います。また何が求められているのかアンテナをはりめぐらして、望まれるサービスが会員のみなさまにまた地域社会に提供できるようになるなら、それはなんて素敵なことでしょう。語りの裾野はひろがり深さもましてくるでしょう。


  

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主宰語り手たちの会

次の要領で、語り・ストーリーテリング初心者のための基礎講座をひらきます。 
あなたの扉がひらくかもしれない、あなたの可能性がひろがるかもしれない                
そういう講座でありますように……


     


1対象  語り・ストーリーテリングをあらたに始めたい方、
始めて間もない方優先

2期日  2008年6月8日開講、以降7/6 7/27 9/7 10/5 11/9 12/7
         9:30~16:00×全7回……予定 

3講師  松本永実子(劇団昴傘下演劇学校JOKO主任講師・演出家)、
     やまもとのりこ(同上ヴォイストレーナー、ならびに蜷川ゴールドシアタートレーナー)
     オランダのストーリーテラー、ウィム・ヲルブリング
     櫻井美紀、片岡輝 他

4内容  実践を中心としたワークショップ形式
     (①身体と感覚と心の一体化 ②発声 ③ものがたりを聴く 
      ④ものがたりを語るまでを楽しく) 

5場所  6,7月……東京都北区・岸町ふれあい館
    (JR京浜東北線王子駅北口徒歩5分)予定
     8月以降……東京都北区・北とぴあ
(JR京浜東北線王子駅北口徒歩1分)予定

6金額  36000円 (材料費は実費です。 1000円以内)

7定員  18名   2/12申し込み受付開始 定員になり次第締め切ります

《 申し込み先 》  e-mail luca401@mail.goo.ne.jp  森まで



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   一昨日 母に誘われ木下大サーカスを観にゆきました。青い天幕の中はジャングルとサバンナの匂い、そして微かに吹き溜まりの匂いがしました。サーカスをひとことでいうなら緊張と弛緩です。サーカスの緊張といえば獰猛なライオンや虎のうなり声、調教師の運命は!!とか空中ブランコで手を放した一瞬!!...とか美女の輪切りとか...ですが、弛緩には大まかにいって二種類あるようです。ひとつは緊張が期待とおり解かれるとき、もうひとつは緊張が意外なことで解かれるとき、当然後者のほうがおもしろいですが、プログラムはその三つの繰り返しでできているのです。あの大河ドラマ”ガラスの仮面”でいい役者とは観客に緊張と弛緩のリズムを与えることができる...とあったような気がします。お笑いも芝居もおなじですね。そのことでもっと書きたいことがあるのですが、さきに進みましょう。


   永見子さんのワークショップでわたしは今日真っ白になりました。....昨年はほとんど欠席だったので台詞についてダメ出しを受けるのはひさしぶりであがりまくりでした。わたしはギリシャ悲劇の代表作オイディプス王からオイディプスの妻であり母でもあるイオカステの台詞にチャレンジしました。台詞と向かい合っているうちにイオカステはオイディプスが実はわが子ではないかという疑念を持っていたと感じました。オイディプスの名の由来になったかかとのキズそして年齢、妻として臥所をともにしていたら気がつかないはずがない。そしてその前に予言とおり父王を殺したかもしれないというオイディプスの重要な台詞があったのです。解釈はさまざまですが今回指示されたのはそんなことは考えないもともとのギリシャ悲劇とおりの強く強く押していくキャラでした。過去イオカステを演じた麻美れい、鳳蘭は元宝塚の男役ですし、それだけのキャパと強さを必要とする役なのでしょう。

   永実子さんから指摘されたわたしの台詞...男のひと(など)、母と供寝をする(こと)といってしまう...いつも曖昧にしているのです。そしてこれが洋子さんのパターン...と言われたのは台詞のトーンを途中で落としてしまうことなんですね。わたしってこんなに優柔不断!?押しが足りない?? 「日本人に特有な話法がある」と永実子さんは言いましたが、わたしのくせを知っていてこのような課題を出したのでしょう。もちろん語りと芝居は違いますがものがたりを伝えるうえで強いキャラクターを語る場合もあります...レンジが広ければさまざまなひと、さまざまなものがたりを語れる可能性がふえるのです。

   大昔..平成天皇と美智子皇后がお若くていらっしゃったころ聞いた話です。「....と思いますとか考えますとか語尾につけるのは自分のことばに自信がないひとだそうですが、わたしもそう思います。」と当時皇太子であった天皇がおっしゃいました。美智子さまは「..そう思われるのですか」と一矢返されたそうです。さて、このブログを読んでくださる方はお気づきでしょう。わたしも...思いますとかありましょう..とか...ではないかと...など....ということを多用しています。これはひとつには読んでくださる方に反感を持たれないよう配慮しているのですが、それだけではないかもしれません。

   曖昧にぼかす....以前はこれほどしていませんでした。もっと歯切れのよい文章を書いていたのですが、読んでくださる方の顔が見えないこともあり、ときどき誤解を招くこともあって 次第に文体が変わってきました。軋轢を極力減らして本質に近いことをなるべく多くの方に...というスタンスになったのです。...しかしこれは日常にも翳を落としているのかも知れない..と今日わたしは気づきました。ひとはそれぞれの場で使い分けがでじるほど器用でいられるわけがないのです。それでこれからしばらく考えますや思いますは使わないで書けるかどうか試してみようかと...オゥ 危ない 試してみます。

   聴く方の心に響くものがたりを語る一番の近道は自分自身の魂を磨くこと...とわたしは折にふれ書いてまいりました。それはほんとうだと今も思います。けれども 今わたしが試行しているのは魂はすこし置いて、発声も含めた身体の調整、そして語りを体系として見、体系のなかの要素を学んでゆくことです。それは学んでゆくというより、自分のクセを知る、自分を撓めているものから解放すことに近いでしょう。たとえばわたしの右ひざが不自由なのは軟骨が減ったことがそもそもの原因ですが、身体のバランスをとるためにある部位の筋肉が伸び、ある部位の筋肉が縮んでしまったことが最大の要因なのです。右の腰から両脚にいたる筋肉の凝りをほぐすことで症状は改善してきました。わたしにとっては上虚下実(下半身、腰を入れ 上半身の力をぬく)のための最初の関門です。発声についても本来自由で大きな可能性を持つ声帯の機能のなかで十二分に動かされていないところを目覚めさせ改善してゆく....イメージからも入ってゆけるが、まず意識し動かしてみる。


   以上のことは今年のはじめ語り手になろうと決意したことからはじまりました。心と身体のくせを直していくことがつぎのステップに欠かせない、これは直感でした。長年しみついたものから自由になるには時間が必要です。精神と身体性とわざがむすびつくまでの間ひょっとしたら語り自体が揺らぐかもしれません。それでもいつかはファルセットと地声がブレイクし溶け合うように魂と身体がほんのすこしずつ渾然と実ってくるのではないか...そこに期待をかけて進みましょう。もしわたしにとりえがあるとすればそれは、あきらめないこと、たとえ挫けても、もう一度立ち上がる意志のちから...だけです。

   
   

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.....光溢れる午後息子と話しました。やつれたおもざしに胸はいたみましたが伝えるべきことばは甘いものではありません。それだからわたしは学校に語りにゆくのかもしれないと思います。.....わたしの子どもたちにもうできないことをこれからの子どもたちにわたしたいのかもしれません。

   今日おはなしに行きましたら、校長先生がカタリカタリも含めて4月から入ってくださいとおっしゃいました。カタリカタリではグループとして活動の場がなかったのであたらしい一歩になりましょう。高齢者の方に戦争体験を語っていただく場もいただけることになりました。小躍りしたい気持ちでした。
 
   マグダラのマリアのちらしを送った方から手紙をいただきました。千の昼のころからきてくださったMさんはわたしのHPやブログから壌晴彦さんを知ったそうです。その方は壌さんの50歳からのシェークスピア第四期に参加 3月 ヘレンをなさるとのこと...(わたしが参加したのは初回、壌さんの試みが蜷川さんのゴールデンシアターにつながり、やまもとのりこさんはゴールデンシアターのヴォイストレーナーでもあります)わたしの拙い日々の日記からなにかが生まれている...それはとてもしあわせなことです。

   語りや芝居をすること...はわたしたちが生きているこの世界のうつくしさも醜さもよろこびも痛みもともに抱きしめ感じ取ることではないかと思うのです。心と魂と身体が一体化し混ざりもののない目線で見たとき世界は突然変貌するときがあります。変性意識....と呼ばれるものかもしれません。そのときわたしたちは個の欲望に意味などないことを知り、わたしたちが置かれているかなり悲惨な絶対的だと思える現実が鏡の向こうの世界にも等しいことを知ります。それを知るひとがふえればふえるだけ、足音をたててちかづいてくる破滅が遠のくのではないかと思うのです。

   夕方湯島にヴォイストレーナー武田梵天さんをたずねました。以前から語り手たちの会に興味を持ってくださったとのこと、機能から入る発声のメソッドはすこしやまもとさんと共通しますが、アジアの喉音発声、声明発声また仮声帯発声などにごりを入れた発声指導はいままで聞いたことのないものでした。わたしの声は深いところから出そうとするあまり 軽い声が出にくいようです。 以前から感じていたことですが地声からファルセットへのつなぎに難があるようです。武田さんは声はイメージで出すのだといいます。(これは古武道にも通じます)イメージすることによって発声に関わる60の筋肉が動くわけですが それに体系をつけて指導するという指導方法です。著書を読みましたら、世阿弥の風姿花伝のことを書いていらして共鳴しました。

   今日は書くことがたくさんあってトピックの羅列になってしまいました。よい週末をお過ごしください。


ギフト 美しく儚い地球


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