遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



  デヴィッド・アーモンドの「肩甲骨は翼のなごり」を読みました。正統を継ぐファンタジーのように思われました。わたしは良きファンタジーを神話の嫡出子のように考えています。表面に書かれるできごとはさまざまですが、根底に流れるのが生と死、甦り....愛による救済...であるからです。 これからお読みになる方のために詳しく書くことは避けますが、個の救いが世界の救いにつながってゆく同じ作者の「火を喰う男」はそのようなものがたりでした。

  心を打つものがたり(ドラマや映画を含めて)の底にはある普遍のテーマが流れていることが多いように思います。「薔薇のない花屋」は最近ではおもしろいドラマでしたが、主人公のふたりの青年、見捨てられお互い同士しか頼むものもない「名も無き戦士」である、陽と陰といってもいいふたりが「涙」を取り戻すシーンが印象的でした。凍り付いていた涙の「雫」は溢れる愛情を受けとめたとき、流れたのです。それも「甦り」にほかなりません。

  父と子、魂の遍歴、男と女のありよう、(日本などでは滅びもまたテーマのひとつです) 神話にはさまざまなテーマが含まれていて、その最も大きなテーマが光と闇のたたかいであり、生と死であるわけですが、テレビや映画だけでなく、アニメ、漫画、ゲームなどのサブカルチャーにもいわば本家取りというほど、色濃く反映しているのは、それらのテーマがひとの琴線に触れるからではないでしょうか?ひとの奥底に埋もれている忘れてはならないたいせつなものを揺さぶるのでしょう。

  さて、今日はハタモトヒロというシンガーの歌をはじめて聞きました。不思議な声でした。風が木の枝をきしらせるような声 体がリラックスするような心地よい声、五官にひびく、骨を震わせるような声...歌詞はいらない メロディラインだけでいい声 倍音が多く含まれていると思いました。



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   今日はたまりにたまった本やレジュメ、書き物の整理をしました。マリア関連の十数冊の本、秩父事件関連の本、ひとつものがたりが生まれるたびに本や資料が増えてゆきます。まだ語られていないエリザベート本やブリュンヒルデに関する本は残してあとはしまいましょう。”文書や雑誌は読まないで捨てる”のが片付けの鉄則だそうですが、そうもいかずそのなかで発見したものが三つあります。ひとつは一年半前いただいたあるヴォイストレーナーさんからの手紙、もうひとつは薩摩琵琶奏者鶴城さんの書かれたもの、最後のひとつは1月1日のセッションの内容でした。最初のふたつはきのう書いたものと関連が深いので要旨を書いておきます。

  「呼吸(エネルギー)が振動して音(声)になり、その音がかたちになったものが音霊・言霊になります」

  「言葉の実体はひびきである」.....ことばの実体は意味としての音声や文字にあるのではなくひびきそのものにある。ここでいうひびきとは音声になる以前の霊妙な波動の世界であります。

   情報として与えられていても、覚る、身体と心と魂で理解するには「時」を待たなければならない...手放してはじめて手に入るものもあるようです。

  昨日の日記からさかのぼりますが、3月17日NPO法人語り.....の会理事を辞任いたしました。一部で3月16日という日にちが飛び交っておりますが17日に口頭で申し入れをしたことに相違ありません。このブログを通しみなさまにNPO法人化に向けてお声がけをし、ご理解とご協力をお願いいたしました。その当人が辞めるにあたり、経緯を説明させていただかなくてはと思います。わたしが会の運営に関わりましたのは一昨年の総会時に友人から声をかけられたのがきっかけでした。その後運営委員会に出席をかさねるごとに、語り手たちの会を支えるしっかりした組織が必要だと痛感するようになりました。

  一年前 NPO法人化の動きが出て以来、会の目的を果たし、会員のみなさまが求めるものを提供し、社会的に認められるようになるためには最良の選択であると信じ、さまざまな方にお声がけし打ち合わせをかさね、伊豆にも参りました。わたしなりに夢と希望を抱きみなさまとともに努力をつづけてきたつもりです。それなのになぜ当初予定の4月の発足直前に理事を辞したのかといえば、動機のうちでもっともたいせつにしていたものが。ちいさな大事なクリスタルの乳母車のように掌-たなごころ-から転がり落ち砕け飛び散ってしまったからです。

  誤解を招くことがないように申し添えますが、語りについての考え方の相違ということでは全くありません。語りについての考え方は100人いれば100の考えがあります。それにはみなその方のたいせつな想いがこもっています。その想いをたいせつにするのが語り手たちの会であると考えています。

  楽しい語りも悲しい話も、神話、民話、語りもの、童話、参加型、タンデムストーリー、パーソナルストーリー、幼稚園・学校で、デイケアで、病院で、カフェで、ステージで、なにを語ってもどこで語ってもどのように語っても良いと思います。それぞれの意見、それぞれの想いは尊重されるべきですし、そのなかで心をひらいて語り合い、それぞれがより深くより豊かなものを目指してゆけばよいのだと思います。ですから意見の相違やまして批評に関わることが原因ではありません。心がポッキリと折れてしまいました。理事辞任に関する限りは個人的な問題です。

  過ぎさった日々を振り返って愛惜の念がないわけではありません。が、これ以上続けることはできなくなりました。力足らざること心脆きことをお詫びし、今後は外から理事会が語り手たちの会の礎となりますように祈らせていただきます。理事長ならびに副理事長のうち2名の方には意志をお伝えしてあります。こののちのことは理事会で決定次第、述べさせていただきます。
  
  

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  白木蓮が白い炎のように立っています。白木蓮の周辺には静寂があると感じるのはわたしだけでしょうか。孤高の木です。櫻がほころびはじめました。わたしはこよなく櫻が好きでした。咲き初めの頃も、爛漫たる満開のときも、そしてなにより風に舞い散る終焉のとき、蘂の雨が路上を紅く染めるときも。また、櫻は朧に霞んで彼岸とこの世の境を流れるレテの川の堤に咲いているように思います。ゆえにこそ亡き愛しい方々の面影が甦ってくるのでしょうか。そして櫻は包み積みきし罪咎を清め他の祓い戸の大神たちと永劫に流してくださる瀬織津姫の花でもありました。

  3月23日のコンサートが終わって、多数のお手紙やメールをいただきました。ほんとうにありがとうございました。(それからお礼が遅れましたが当日は美しい花束の数々ありがとうございました)....ご連絡いただいた方のうちふたりの方とお会いしました。不思議だなぁと思いますのは、それぞれの今が呼応しあっていること、なにかをきっかけにそれぞれの今が動き出すのだということです。つつましい試みでしたが、その意味で「マリアム」や他のものがたりには意味があったように思います。

  わたしはながいこと、HPやブログで語りとはなんだろうと模索してきました。最初に語りについて書いたのはこの文章です。二年前、デンマークの語り手ベリット・ゴダガーさんのストーリーテリングを聴かせていただき、そのスピリチュアリティに感銘を受けたあと、またキャシー・ミヤタさんの講座に出席し心躍らせた前後だったと思います。さまざまな気づきがありました。語り手の心と身体と感覚の一体化の必要性、身体と呼吸の重要性に気づいたのです。

  そしてヴォイストレーナー、川瀬さんの弾くチェンバロの音、耳障りだと思ったチェンバロから光が零れ落ちていることに突然気づき、愕然としました。それはなんと言ったらいいでしょう。第三の目が開いたような感覚でした。そして水戸先生の弾くビウエラを聴いたときも涙が零れ、レッスンを重ね聴力が鍛えられていくうちにリュートの響きが光そのものであると感知するようになりました。チェンバロもビウエラもリュートも古楽器であり、古楽は倍音の宝庫なのです。そして倍音は光です。これらのことはしばらく混沌としてあったのですが、コンサートの三日後、パズルが解けるように輪になったのです。

  語りの本質はことばを伝えることではない、ものがたりを伝えることでさえないと書いたことがあります。その先がよくわかりませんでした。メッセージを伝えること...だれからの...どのような....それは宇宙の意志のようなものでしょうか....愛..平和..生きとし生けるものへの共感..命の喜び..生と死の意味...。これはこれで正しいと思います。....でも、それだけではない。 語るということはエネルギーの伝達であり、波動であるように思います。呼吸はエネルギーの源、エネルギーそのものです。そのエネルギーが声帯を振動させかたちになって声・音になります。この声は身体・心・魂に共鳴して倍音を発生させます。

  身体の重要性についてひとつは、身体を緩ませて共鳴しやすいからだにすることであり、脱力です。呼吸の重要性のひとつはエネルギーを強めることです。そして倍音・光となる声を出すために、共鳴する心と魂を鍛えること。感覚の働きのひとつはそれをコントロールすることです。そのうえにものがたりが乗るのではないでしょうか。エネルギーは宇宙とそのなかに生きるわたしたちを連動して流れています。その大いなる息吹を伝えるのが語りの本質ではないでしょうか。息吹とは癒しと甦り、再生、生命の弥栄です。

  わたしには長いこと不思議でならなかったことがもうひとつあります。ときおり技術もないわたしの語りを聴いて、慟哭する方 タオルやハンカチで顔を覆って泣く方がおられることでした。なぜあのものがたりで!?そのこともわかったように思います。ひとはみなトラウマを抱えています。その傷がなにによって生じたのかわかっている場合はそれほど大きな問題はないのですが、子どもの頃、あるいは前世において生じたトラウマは理由がわからないだけに対処のしようがなく、そのトラウマが知らず知らず人生に翳を落としてしまうのです。たとえば成功しそうになったときなぜか逃げてしまう。なぜか男性がこわい。ものがたりには小説や映画を含め トラウマの原因と同じようなシチュエーションを観て読んで追体験したとき、そうしたひとの傷口を涙とともに癒し浄める働きがあります。これはギリシャ悲劇の昔からあったことではないでしょうか? 

   語りにもそのような力、長い間の苦痛を癒し明日に向かって歩き始める勇気を与える力があります。声が、響きが、ものがたりが内奥を揺るがしとよもすことがあります。 わたし自身も7年間に3つ、そのような語りに出会いました。キャシーの空と海と大地の話...そしてエロスとプシュケ サー・オルフェオ。....

   
   手放してはじめて得られるものがある、3月16日からこのかたさまざまなことがありましたが 櫻のときは旅だちのときでもあります。あらたになにをすべきか見えてきたことはとてもうれしく思います。きのう友人と会いました。コンサートのあと体調がすぐれずにおりましたが、貸してくれたキラキラ光る結晶を握り締めたとき涙があふれ、身体が楽になりました。「セドナの石です」それは聖地の癒しの石でした。





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   23日の語りについてずっと考えています。さまざまな状況のなかでみなさまのお力をお借りし精一杯のものを差し出したと思います。100%満足できることはそうはありません。けれど自分のなかでなにかが違っていたという声がしてならないのです。  

   なぜ、語るかはひとによって違います。ものがたりによりますが、わたしは天地とつながり、ひととつながる そのありえない震えるような至福を感じたからこそ、語りつづけてきたのでした。けれども、23日はその天地とつながる脈動が希薄だった。それがなぜなのかは今はまだよくわかりません。場所が違っていたのかも知れません。わたしが回路を閉じていたのかも知れません。

   すこしずつコンパスがずれてきたのなら、自分が進むべきまっすぐの方向に修正しなければと思います。7年前、語りについて感じた原点に戻るときなのでしょう。わたしは片手で魂の求めることをしようとし、もう片方の手であこがれのあとを追ってきたのでした。追わずにはおれなかったしそれもまたしあわせだったのです。けれどもそのあこがれは地に墜ちてしまいました。

   ときに、悲しみがこみあげてきます。でも歩きはじめましょう。試みをつづけましょう。仮に間違えたにしても、しないよりはしたほうがいい。傷ついたとしても試みたほうがいい。いつかはほんとうに求めるところの近くに行き着けるでしょう。もっと慎重に、されど果断に、流されないで、自分のうちなる声を信じて


   

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   感想はさまざまでした。マリアムに惹かれた方もいて、スピリチュアルなものがたりをと帰ろうとなさらず語ってくださいました。芦刈の「歌」から歌をもっと歌ってください、この方は作曲家でした。酒ばらからこのつぎはもっと軽妙な語りが聴きたいというひともいる。どなたが「いろいろな語りがあるのねぇ」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおり、語り手がいるだけ、またひとりの語り手のなかにもさまざまな語りがある。それは語り手の人生、語り手の今と深く関わっています。そしてどのような語りに惹かれるかも聴き手の人生や聴き手の今と深く変わっているのだと思います。語りは生きものです。

   100人いれば100人の考え方がありますね。ひとりひとりの語りについての考え方をわたしは尊重します。それはその方の人生や今から導きだされるものですから...。そして自分も日々あらたでありたいと思います。わたしは今日、ほんとうに上手くなりたい...と思います。これまで上手い語り手になりたいとは金輪際思いませんでした。なぜ考えが変わったか、身体や技術があってそのうえにものがたりがのるからです。そしてそれは努力で変えられることですから。わたしはこの8年、水や美しい花々を求めて深い森を彷徨っていた。それは努力というより大好きだったから、子どものように探索してきたのでした。これからは意図的に自分を語り手として鍛えてゆこうと思います。

   そしてなによりいい人生を送りたい、いい関わりを持ち続けたい、これが私の最大の感想です。それが語りのエッセンスだから....。響かせる語りをするための最大の糧だと信じるから....。たのしく元気に行きましょう。あらためて昨日きてくださった友人たち、いつも私を支えてくれはじめて聴いてくれた子どもたち、HIKOさん、カタリカタリのみなさん、叱咤してくれたあいはらさん 花粉症にめげないで素晴らしい演奏をしてくださった水戸先生、貴重なアドバイスをくださった先生、最後にいつもヨシュアのようにわたしをつつんでくれたかずみさん、ほんとうにありがとうございました。

....あとフィギュアの真央ちゃん ありがとう、失敗しても取り返す 身体の力をぬく 細部にこだわりながら、流れと勢いがたいせつ、ボディ、技術と表現 観客の心を掴む。語りとフィギュアは似ているなぁと思うときがよくあります、アスリートたちに学ぶことはたくさんあります。あぁ やることたくさんありますね。コカのカメみたいに知恵をしぼって勇気を持って泳いでゆきましょう。

....とこう書きながら わたしはなにかたいせつなものがすり抜けていくような気がしてなりません。なにかが違う。わたしが求めていたものはこのようなサロン風のものだったのだろうか、もっと原初的な本質的なものではなかったのか....聴き手がいなくては語りにはならないのは言うまでもないが、今、自分に圧倒的に欠けているのは自分のためでない祈り、天とのつながりのように感じます。わたしは芸能の原点に還りたいと望んでいたのではなかっただろうか。自分をつなぎ目にして縦につながる、横につながる、そのつなぎ目に徹するのに技術が必要なら技術を学びたいけれど。

  なにかが違っています。軌道修正しなければ。本道に戻らなければ。読んでくださる方を意識しすぎると、やはり本筋からずれてしまうような気がします。もっと自分に正直にならなければ。そうしないと書いている意味さえなくなります。
  




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   終わりました。この一年の重しがとれてわたしは空に飛んでゆきそうです。とにかくよかった、ひらくことができて、ひとりじゃないんだってわかって、あしたにつなげてゆけそうで.....来て下さったみなさま。さまざまなサポートをしてくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。

  昼頃、水戸先生に促されて近江楽堂で声を出し、先生からダメだしをいただいたときは、正直真っ白でした。近江楽堂は残響が多いので、後ろの壁に反射し、天井付近で音を巻き込む、反響して音がはっきり伝わらないのです。ことばをひとつずつゆっくり、はっきり区切るそれしかないと思いました。それに緩急が利かないのはものがたりを伝えるにはとても痛いです。それでもやるしかない....絶望感がひしひし募る、時間は刻々と迫る。

  予鈴、本ベルいよいよ始まりました。「マリアム」はまだ生まれて6日、こなれてないのと、一音一音にとらわれて、ものがたりの勢いはなくなる、エピソードが前後するは、緊張で上あごと下あごがひっついてしまい、非常に苦労しました。水戸先生はテキストを持って終盤リュートとあわせるつもりが、あまり違っていてすじが追えなかったそうです。

  二番目の問題はかっこつけてメガネを置いてステージに出たので聞き手のみなさまの顔が見えなかったことです。語りは聴き手の顔が見えて、聴き手とのやりとりがあってはじめて語れるのだなぁとしみじみ思いました。コンタクトが必要です。心残りがないわけではありません。ちかじかリベンジというのもなんですが、語り直したいと思います。今回語った「マリアム」は外典というより外伝に近いオリジナルですが、もうひとつの福音書に近い「マグダラのマリア」のほうも手直しして語ってみたい...と終わったばかりなのにもう明日のことを考えています、サガですね。

   二部は残響は気にしないで、自分らしく語ることにしました。メガネもかけました。友人の目が支えてくれました。芦刈の歌、酒とばらの日々、コカのカメで閉めました....スタッフのなかでは師へのオマージュ、パーソナルストーリー「酒とばらの日々」がよかったというひとが多かったです。反省点は多々あります。たとえ、事情があったにせよ、6日前のプログラム全面変更はたいへんです、まわりのひとも自分自身も。舞台設定も第六感でバッグに詰め込んだのが使えたのはいいのですが、段取りはもうすこし計画的に。それと近江楽堂はひとがぎっしり入っていないと語りにはむつかしいと思いました。もともと古楽のためのホールのようですね。

   得たものもたくさんありました。一月から取り組んできた、身体つくりと発声が決してむだではなかったことを実感しました。まだ充分にコントロールができているとはいえませんが、以前よりはらくらくさまざまな声を出すことができます。声は大小、高低、緩急、メリハリの他に重み軽み、深い浅い、なめらか粗いなどさまざまな変化が可能です。ことばをそっと置くことも前よりはできたように思います。また、課題も明確になりました。自分とつながっていない語りは、語りとはいいがたいのですが、つながってそれから自分とはがす作業が必要です。自分のなかに落としすぎてはいけない....わたしはときどきはまります。そしてゆだね切れなかったことが一番の心残り...まだ先は長いです。

   

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  心は決まりました。あの日から一年たって結局こういうことになるのだなぁと不思議な気もします。マグダラのマリアは「マリアム」としてかきなおしました。アドバイスくださった方に感謝いたします。旅だちのものがたりです。さまざまなことがはっきりいたしましたら、整理して伝えるべきところはお伝えしたいと思います。

  内容を見直してみなさまに役立てていただけるところは公開したいと思いますが、今その時間がありませんのでもうすこしお待ちください。

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   今日は「マリアム」を語ってみました。三日前に生まれたものがたり。マリアムとともに今生きています。テキストで覚えると字が浮かんでしまうので、映像を呼び出すようにしているのですが、一部分しか見えません。夜明けの空の白い月。神殿のレリーフの肌色っぽい壁、泉の水のきらめき....全体が大画面で見られたらいいのですが.....。

   

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   カメみたいだ...と思わず笑ってしまいました。石をなげられるとあたまも手足もひっこめて、そのうえハリネズミみたいに目くら滅法攻撃してしまう、わたしははっきり言って武闘派です。友人から行き方が不器用だね、せっかく一生懸命やっていたのにもったいないよ...と諭されました。わたしはひとの心に疎かったのかもしれません。理解されていると甘えていたのかもしれません。

   でも失うとしたらそのつながりはもったいなくない、もうあたらしいものを生み出さないつながりなのだと思います。コカのカメのように考えて考えて話し合ってもしかしたら戦ってそれでだめなら大海に出よう。7年間走りつづけたのだから、それもいい、なにがおきてもチャンスと考えることにします。四苦八苦したマリアだったのに、「マリアム」はあっというまにできました。

   あたたかいまたさりげないメールやメッセージありがとうございました。23日が過ぎたら、答がでたら報告します。

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   昨日、夜中に東京につき 4時頃までテキストをなおし語りにし明け方ちかくまで起きていました。会社にいるとお客様さまがつぎつぎ見えます。仕事はつぎつぎ生まれます。家に帰ってもなぜでしょうね。語るための時間の隙間がないのです。そして今日ふたりの方に聞いていただきました。感想は惨憺たるものでした。つまるところマリアが生きていないことにつきるようです。わたしのオリジナルのシーンは二箇所 あとはマリアの視点で聖書の記述をものがたり、またマリアの福音書から忠実にとったのですが、切り張り細工になってしまったのかもしれません。語り手自身がものがたりを信じて語ればそれはそれで伝わるのですが、今日のわたしには疲れと恐れがありました。さぁ 元気をだして一から練り直し。

......ここでみなさまにおつたえすることがあります。わたしがこのブログを書き続けてきたのは、その日そのとき感じたり気付いたりしたことをもういちど確かめるため、記録するためでした。そしてそれを心同じくする方とわかちあうためでした。ですから、できるだけ真実を書いてきました。すこしオブラートにつつんだことはありますが、その時は直接 思ったこと、感じたことを伝えるようにしてきました。ウラオモテがあること、スジの通らないことはしたくないからです。

   なにかを差し出すことにはリスクが伴います。受け取り手はかならずしも善意ばかりではないし、ときに書くことで第三者に迷惑を及ぼすこともあるからです。書くことはそのリスクを引き受けることでもあります。わたしは細心の注意をはらったつもりですが、もし不用意に不快を感じさせてしまうことがありましたらまことにもうしわけなく思います。

   しかしながら、わたしが書いたことについて責任を負うのはわたし自身であり、書きすぎであるとか、あまり書くべきでないとか、果ては書くなとか、たとえどんなひとであっても言われることではないと思います。まして売名のために書いている、ひとを利用している、えらそうであるなどと聞くと、ことばもありません。読むひとの心の鏡次第で映りようもさまざまです。

   ブログのUPを待っていてくださる方、毎日訪れてくださる方には申し訳ないのですが、しばらくのあいだ、とりとめのないカテゴリーのほかはパスワードによってごらんいただきたいと思います。ご希望の方はご連絡いただければ、パスワードを送らせていただきます。こんなことで....とも思いますが、その時がきたのかもしれません。わたしはここに書くことで自分の今を確認し、足らざるものを思い、勇気をふるい起こしてきました。これからもそれにかわりはありません。春がたずさえてくるのは花ばかりではない、嵐もまたあたらしい季節に必要なのだと思いながら、ざわめく心を解きはなちたい衝動に揺れています。







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   おはなし会でおせわになっている小学校に行きました。今日は6年生を送る会...みんなでからだにいいおやつ、お好み焼きをつくって、いただいてたのしく過ごしました。わたしは三冊の文集をいただきました。5年生から2冊、そしてA学級の天使たちから1冊、宝物がふえました。

   コカノカメやゲーム、バクダンドカンやあぶくたったが楽しかったこと、おはなしがおもしろかったことが細かい綺麗な文字、はねるような元気な文字でつづられています。語ったことさえ忘れていたおはなし...もありました。それぞれのこころにひびくものがたりはちがうのだ...とあらためておもいました。来年は今年よりもっと元気を持ってゆこう、わくわくするおはなしを持ってゆこう....それからこんどはじまるゆうゆうぷらざで、ストーリーテリングの手ほどきができたらと思っています。

   A学級の6年生の6人にチューリップとスィトピーのちいさな花束をもってゆきました。なんとみんな男の子でした。赤とピンクの花を抱いた6人ははづかしがるそぶりもなくすっくと堂々と立っていました。どうか世間の風がこの子たちにやさしく吹いてくれますように....いい出会いにめぐまれますように....わたしは胸がいっぱいになりました。一年前神経質でいつもぴりぴりしていたHくんはとてもおだやかになり余裕がうまれ校長先生を驚かしたそうです。そのHくんが自分から6年を代表して謝辞を述べました。...「ありがとうございました。みんなのことは中学生になってもずっと忘れません」....みんなもわすれないよ...そしてわたしもわすれません。一年間たのしかった....ありがとう。



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  ついにくつしたがなくなりました。一昨日までは色違いでもなんでもとりあえず手当てができたのですが、きのうから素足でお仕事、素足デストーリーテリング、スッピンでワークショップ、数年前まで日曜も休日もなく、31日フル稼働 そのうえ夜勤という労働基本法無視が年度末の公共事業の状況でした。往時の盛況にくらべれば….売上半減ではありますが、それでも年度末の忙しさは格別です。

  そのなかできのうはビウエラレッスン、わたしのビウエラがなぜポツン、ポツンなのかようやくわかりました。一音弾いては確認、一音弾いては響きを確認していたのです。つまりミ、ファ、レ、ミ、ファ、ソ、と弾いていた…..語りでいえば、む、か、し、む、か、し、。ビウエラの演奏も呼吸、語りと同じ!! それに気づいたとき なにかがひろがりました。息を吐きながら弾く….だからフレーズがある。歌いながら弾くのはとても自然なことなのです。なれないとむつかしいけれど…..演奏も想いやメッセージを声ではなく音にのせて手わたす....語りと同じなんだ…..なぜ気がつかなかったのだろう….

  今日はやまもとのりこさんのW.S 風さんと演劇集団ポップコーンのひとたちも参加してくれました。やまもとさんはひとりひとりの疑問に答え、ひとりひとりの発声の注意点を指摘してくれました。ポップコーンのひとたちは日頃体育館で活動しているので口跡はうつくしいし、アクセントも美しい、やまもとさんのおはなしでは体育館でマイクなしがいちばん役者さんの発声に負荷がかかるのだそうです。(..戸外はもっときついかも)カタリカタリは情感に頼りすぎているかもしれない、仲間うちで気心が知れているから足りないものがあっても伝わってしまう….そこに頼りすぎているかもしれないと思いました。もっと発声をきっちりやりたい…..と思いました。

  声はのりものです。そこにおのずと乗るものがある、そして乗せたいものがある。やまもとさんは努力でつくれるものがテクニックだといいました。乗せやすくするのがテクニックといってもいいでしょう。呼吸の強さがあります。口腔内の反響があります。横隔膜や骨盤底があります。発声のメカニズムを知り駆使できるようにする、それは身体の鍛え+テクニックです。その他に語りやすい場所や環境というものがあります。ひろさや反響、会場の雰囲気、(語り手が)聴き手をよく知っているかどうか、聴き手の年齢層その他のさまざまなレヴェルというものがあり、その障害を乗り越えるのもテクニック=努力の部分があるでしょう。天性だけではないということ、努力で補えると知るのはいいですね。

   それでは、おのずと乗るものはなにか……ワークショップのあとお食事会で、いちばんてぢかに発声を変えるのはなにかと問うたとき「それはあなたの人生」とやまもとさんは笑いにまぎらせて言いました。悲しみや喜びをどれだけ味わってきたか、どうやって人生と戦い、また抱きしめてきたか、他者への想い、夢やのぞみ 純粋さ したたかさ 固さ やはらかさ そうした私たち自身の「今」が声には乗ります。それも素敵なことですね。わたしたちの声は唯一無二のあなただけの、わたしだけのものなのです。その声を磨いてゆきたいと思います。

   こんなことを申したあとでなんですが、それでもわたしはコンサートに味方の聞き手がほしい。尾松さんからきてくださるとおてがみをいただきました。どきどきします。尾松さんは素晴らしい語り手であると同時に素晴らしい聴き手です。できたばかりの「わたしのディアドラ」を語ったとき、聴いてくださった尾松さんのお顔を今もありありと覚えています。どんなに力をいただいたことでしょう。


   きのう水戸先生が「大それたことを語るのだから….」とおっしゃいました。自分の息子さえ救えないわたしにマグダラのマリアが語れるのか、イエス・キリストが語れるのか、こわくなるときがあります。テキストは日日かわってゆき、練習するいとまもなく、23日はもうすぐそこです。聴き手のみなさまのお力をお借りしてはだかで語るしか、やはりないようです。



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   朝 夫と自治医大病院本院に行きました。夫がようやく「電車で行こうか」...と言ってくれたのでほっとしました。とても車が好きなひとなのですが、夫は長距離は無理でわたしは高速がだめなのです。4号線を宇都宮まで行って帰るのは寝不足のときは堪えます。

   自治医大に通うようになって四年....もしかしたら今日が最後かもしれません。担当医の先生が国立病院に転勤になったのでいっしょについてゆくことになったのです。思えばいろいろなことがありました。七人の医師を目の前に宣告を聞いたときは眼前が白くなりました。夫ととりあえずの危機をのりこえ 二度にわたる目の手術を受けました。絶望と希望のあいだをいったりきたりしていたあの頃を思い出すとき、目の前に過ぎるのは眩しい陽射しと病院の砂漠のような駐車場にうつる自分の黒い影....。夫はがむしゃらなひとでしたがだんだん穏やかになりました。わたしよりずっと...あのひとはつらかったでしょう。自分と折り合いをつけながらここまできたのでしょう。

  午後は幼稚園のおはなし会 親子のおはなし会そして今年度の最後のおはなし会でもあります。今日は子どもたちから返ってくるものをしっかりうけとめて先にすすもうと決めていました。ひさびさに会心のおはなし会でした。いちべいさんではおおわらい、おおはしゃぎ おばあさんと怪物のおはなしでは固唾をのんできいてくれました。男の子が石臼のあしおとをしてくれました。それからソーディー、ソーディーでは歌って ビッグハングリーベアー!!で大笑い みんなもいっしょにビッグハングリーベアー!!最後に北極の白熊の親子の話を即興でしました。

  温暖化で氷がとけて、氷がありません。泳ぎつかれたおかあさんはちいさいヌークをやっと流れてきた氷のうえに押し上げます。そしてヌークのまわりをぐるぐる泳ぐのですが.....みんなもヌークたちを応援してね。むだな電気は消してね。
ろうそくを消してみんなにさようなら♪をすると子どもたちはみな手をさしのべてきます。もりさん♪ もりさん♪ わたしはこのときほんとうにしあわせです。

  夕方 仕事のうえでお通夜に行くときルイに本を届けました。するとアパートの外階段で2年生くらいの女の子とその弟らしき子がじっとわたしを見ています。ちかづいてこんにちは♪と声をかけると...「もりさん。。」幼稚園の卒業生でした。おかあさんもでてきて楽しく立ち話をしました。今もお風呂に入るとき ずんずちゃっちゃ♪をしているそうです。...そういえばきのう会ったおかあさんも「寝るまで子どもがいちべいさんをしていました」...と話してくれました。....子どもたちのおかげでわたしは生きるのをゆるされているのかもしれない...とふと思いました。

  夜は会社の全体会です。今日わたしは気押されず元気に議事を進行し、言いたいこともズバリ明るく言えました。なんとかなる...なんとかなる....だが....23日は近い...練習はどうする....どうする...



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   朝、テキストをつくりなおして送りました。「シャルマンにて」は全く趣の違うものがたりになりました。今日は支払日です。40件あまり送金して気がつくとお昼 H小図書ボランティアの学年末反省会件おつかれさま会です。通称図書ボラは市内の小学校にさきがけて結成しました。カタリカタリのSさんが当市に越して来たとき、お子さんの通う学校の図書室を見かねて、荒地に道をつけるがごとく、闇に灯火をともすがおとくまわりに声をかけながらはじめたのです。10年前のことでした。

  声をかけていただいたそのなかにわたしもいました。二年読み聞かせをつづけたある日、天啓をいただくように語りに導かれました。エルサ・ベスコフのペレの新しい服、ペレの「ありがとう」のことばが文化会館の大ホールの天井をとかし11月の空に響きひろがっていった、あの眩暈のような感覚を忘れることはできません。わたしの語り手としての原点でしたし、自分を見直すきっかけ、生まれ変わるチャンスをいただいたと思っています。

 この日を最後に引越しや身体の不調で去ってゆく方が三人います。二年代表を務めたOさんからあたらしいふたりに代表もバトンタッチしました。Oさんが悩みながら模索しながら成長してゆくさまをわたしはつぶさに見ていました。がっかりしたり希望にふるえながらあたらしい試みに取り組むのをみていました。…こうして図書ボラは受け継がれてゆくのです。最後にひとりひとりが感想をのべたとき、みな一様にひとのつながりというもの、絆というものに言及していたことが印象的でした。朝いそがしく集まってクラスに入り、報告をしあい次回のために準備をする…そのあわただしい時間のなかにほっこりあたたかい気持ちやすらぐ場所があってわたしたちひとりひとりに勇気と元気をくれたのでした。

  そのあと幼稚園に急ぎました。こどもたちとおかあさんが待っていました。ここもあたたかい場所でした。おはなしがおわると子どもたちはもりさん、もりさんと手をさしのべてきます。語ることをとおしてわたしたちのうえに春の雨のように豊かな、希望にみちた交流がふりそそぎます。

  今日 わたしがこんなにやさしいきもちで学校や幼稚園に行き、仕事に没頭できたのは朝かかってきた一本の電話のせいでした。それはKさんからの電話でした。「二月から気になってなんどもかけたけれどつながらなかったのよ、あなたのことが気にかかって…わたししかわかってあげられないことがあると思ったの」........Kさんも昨年身の細る思いで「月の夜さらし考」というあたらしい試みを乗り越えたのでした。気持ちの揺れを体験してきたからいえるねぎらいのことばでした。当日はいいオーラいっぱい出してあげるからね...その言葉はどんなに勇気を与えてくれたことでしょう。

  きのうわたしは孤独をかみしめながら東京に向かいました。そしてセミナーのなかまたちと会いました。そしてKさんからの声が響き、図書ボラやカタリカタリのなかまたち、会社のなかまたちがいることに気がつきました。ひとりではないのでした。...荒地をひとり歩くような寂寞を感じるときもあれば、こうして湧きいずる清冽な水をわかちあい、あかあかと燃える焚き火であたためあうときもある、生きるのはときにつらいけれども、こんな日があれば乗り越えてゆけます。




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   一昨日 お世話になったクリニックの先生に花束をと、お花屋さんに行きました。あれ以来夜ごとの痛みは嘘のように消えてしまったのです。クリーム色の薔薇とブルーの小花と白の星のような花で春らしい花束になりました。薔薇のない花屋...今回のクールで一番おもしろいドラマ...のポスターがかかっていたので 「薔薇のない花屋さんてほんとうにあるのですか?」と訊いたら「ありますよ。薔薇のないというより薔薇の買えないお花屋さんでしょう」という答がかえってきました。薔薇は値動きが激しいうえに、品薄で仕入れができないときもあるそうです。

   今日は研究セミナーの同窓会が北とぴあでありました。「語りの宴」は美味満載....いささかナイーブになっていたわたしは、仲間たちの語りを聴いて今日は実によく泣きました。そして笑いました。一年前にくらべて、なにがあったというのでしょう...30周年の風の洗礼を受けたから?...仲間たちの語りは長足の進化を遂げていました。自在な語り、それぞれの語り...話からものがたりまで実にゆたかでした。

   終わったあとK先生が「かたり」という本の紹介と講評...一重の語り。実体験にもとづく語り手と語りが一体になった話と二重の語り、ものがたりに自分を投影した語りについて話しました。そのあとの方が岩の上でゆかいに踊りを踊っていたとかげが前足、後ろ足、右足、左足、尻尾をどうやって出そうか考えているうちとうとう踊れなくなってしまった話をされ「語りたいものを語り続けてください」と話されました。

   それからご自身のライフストーリー、芸術の語りについて....語られて、それはとても心に沁みてわたしはやはり泣きました。HP,ブログそしてこの場で先生と目に見えないキャッチボールをしていて、たしかなボールを先達としての愛情をもって返していただいたからです。わたしはひとりで穴を掘り自分の退路さえつくっていたのでした。霧が晴れ視界はクリヤーになりました。わたしの弾き語りについての感想は「もっと練習しなさい」でした。夕べから練習していてのですが、椅子が低いのと、手がふるえるのとで1/3も弾けませんでした。あぁ。。。あんなに練習したのに....。

   「マリア」について闇が足りない...と思いました。芝居でいえば障害です。闇がないと光が差し込みません。深い闇があってこそ拮抗して光が溢れるのです。今のままでは薔薇のない花屋のように寂しい...「シャルマンにて」ももうひとひねり。書き直すことにしました。素晴らしい語りを聞かせてくれたみなさん、チケットをもとめてくれた...三年間苦楽をともにした友人のみなさんに感謝します。ありがとう・・・




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