遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



   川越に車を置いて 立川に回った。説経節をはじめて聞くのでわくわくしていた。説経とは、もとは経典を講じ教義を説くことであったが、鎌倉時代には身ぶりや音楽的要素を加えてしだいに芸能化の傾向を深め中世末から近世初めにかけて、説経節と呼ばれるようになった。説経節を語る者は僧ではなく賤民であり、各地を放浪しながら民衆に説経節を聞かせることで生計をたてていた。説経節は古浄瑠璃 能・狂言 歌舞伎などに多くの影響を与えたいはば芸能の原点である。

   「小栗判官」「刈萱」「信徳丸」「山椒太夫」「信太妻」の五説経を水上勉さんが現代語訳したものを横山光子さんが語り用に脚色した本を手に入れたのは4年前の語りの祭であったような気がする。気になっていたが 先の日曜日公演の話を聞き急遽出かけることになった。

    立川はすっかり様変わりして近代的な都市に変貌していた。ことにビルを縫う回廊がめづらしく目をひいた。その回廊をたどってゆくと青い空をうつしたようなガラス窓のビル 女性センターと図書館の一角にアイムホールがあった。横山さんの語りはもう始まっていた。ささらの音がなぜかとても懐かしいのである。竹を細かく割ったそれがささらという名であることを知っているのが不思議だった。石動丸が13歳にしては幼くて 7歳くらいとしか思えない。それに今の感覚ではなぜ親子の名乗りをしないのか納得しかねるのだが 聞いているうちに引き込まれて違和感も感じなくなった。そのあとの13代目薩摩若太夫の刈萱よりおもしろかった。横山さんがひとつのことに向ってどんなにか精進努力されたか 目に見えるようであった。

    終って櫻井先生 君川さんとオープンテラスでティータイム。楽しい時間を過ごした。説経節はうつしえや車人形などの芸にもつながってゆく。わたしは古浄瑠璃からものがたりを発掘したい望みを持っている。でもいつになるのかわからないなとビルの稜線に区切られたちいさな空と白い雲をみながら思っていた。青少年センターがとれなかったので 泊まれるワークショップの会場を探さなくてはならない。3日の発表会のために衣装を捜して袖をつけなくては...語りの祭に1回くらいは練習しなくては...そのまえに仕事のやま、山。どうしよう 請求書はまわってくる。三毛猫ヘアをなんとかしなくては。どうせなにもかもは無理である、落ちるものは落ちる。ブログとミクシィやめることができればね...とふと思うがそういうものでもないことは過去が実証済みである。だが 時間は節約しよう。もっとたいせつなものはある。



    

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   このブログに何度も書いてきたF社さんとの交渉がおわり、きのう合意書を取り交わす運びとなった。契約書に反映されなかった契約以前のセールストークとの差異をめぐる攻防だった。ひとつ パートナーシップについて ふたつ販売手数料について みっつメンテナンスについて それに交渉の過程であらわになった処理能力について 。

   はじめは契約書を盾に まったく理解されなかった。何度も何度も話した。千の昼とこのブログに書かれた日記の内容から営業トークについて迫っていった。また過去の実績 F社との長年にわたる関わりを営業が何代も替わり 会社組織さえ変わっていて なんの積み上げもないひとたちに伝えるのは至難のことだった。F社の実態が二社であり権限の強いほうはうちとはなんの関わりもない会社で 4月の移動で本件に関わるひとの多くがすでに移動していたのである。半年にわたる闘いの結果 ほぼ認めていただけたのはそれはうれしいことである。それがただの文書に終るか 果をもたらすかは 未知数であるが 大きな会社がこうしたことを認めるのは組織としてはたいへんなことらしい。

   今 思えば 無茶な手法であったしよくそれによくF社さんもついてきたものと思う。対手が誠実であったと言えることはうれしいことだ。こうしたトラブルでは泣き落としは一切通用しない。力勝負 胆力である。最後に支店長が 「奥さん 大の男が五人 あなたに全面降伏ですよ」とおっしゃったので 笑いだしそうになった。禁じ手もつかわざるを得なかった。語り手としての心意気 わざ 役者としてのテクニックも必要に応じて発揮されたし 結果として生きたレッスンでもあったと思う。けれどもこれは勝利ではない。これからがほんとうの勝負である。

   わたしが望むようなことまた違った意味でもF社さんそのものが変わってくだされば、営業とはなにか 機械を売るつくるビジネスの向こうに何が見えるか何を見なくてはいけないか考えてくださる一石になればと願っている。それは現在以上の繁栄をもたらすはずだ。そしてそれ以上にうちの会社がわたし自身がもっと進化しなくてはと思う。 かげで応援してくださった方々 家族 そして天で見守ってくださった大いなる方 ほんとうにありがとうございました。ひとつの終わりはひとつのはじまりです。




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   朝 小学校のおはなし会。今日は5年1組 手遊びから「稲むらの火」「空と海と大地の話」 稲むらの火は前回よりずっとものがたりの力を増した。聴き手の子どもたちの目が迫ってくる。子どもたちの目には 山のような重さと百雷の轟きを持って押寄せる海の壁が見えているのだろうか。空と...は大地ができあがったところで聴き手の集中が途切れてしまうような気がしてならない。どうすればいいだろう。途中 知的障害の子どもたちのクラスの先生が見学に見える。打ち合わせのあとでスタートすることが決まった。あたらしい取り組みがはじまる。

   午後 カタリ・カタリ 倍音についてのミニワークショップ、ゲーム、驚いたことにメンバーはほぼ丹田を意識して発声することができるのだった。2年前なら思いも及ばないことだが 日々の積み重ねは侮れないものである。つぎに白雪姫を語る。Jさんの「鏡の告白」が秀逸。この方の発想は飛んでいる。ついでにリズム感がふつうとは違うので とても心地よい現代的な語りとなる。それからわたしが初版の白雪姫(継母ではなく実の母親が白雪姫を殺そうとする)語った。朝 本を一読しただけだったが語れてしまうのが不思議だった。昔話の力であろう。最後にみなですこしずつつないで語る。メンバーの感想...とても新鮮だった。読むと聴くではまったく違う。聴くことでものがたりの全容が初めてつかめる。数冊の本を読んだがそれぞれものがたりの筋が違うのでおどろいた。ちいさい子から高学年まで語ることができそう。
 
    わたしはものがたりへの先入観を棄てようと思った。グリム兄弟は兄弟が書き記したものをそのまま語れとは言わないだろう。今のことばで 今の状況下でグリムを語ったら どうなるか やってみたい。


   

   

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    朗読をしている友人からTELがあった。なぜかいつも長電話になる。10/3 トムの会の発表会に出るなら聴きにゆくということから話ははじまったが ほんとうに言いたいのは CDデビューが決まったが失敗したら次がないので心配だということのようだった。今度の録音を踏み台にしたいという友人に 「踏み台と考えないで 今もっているものすべてを差し出せばそれでいい あとのことは心配しないでも必ずついてくる」と隠し切れない怒りをこめてわたしは話した。友人はあっけにとられたようだが頷いた。

    友人は悪気なく話したのだ。 だがこころのなかで踏み台ということばに腑に落ちないものがあった。 いままでなにか 踏み台にしようとしてやってきたことがあっただろうか自問する。いつも そのとき限り と思ってやってきたような気はする。失うものを懼れることもなかったと思う。ただ燃え尽きたと自分で納得できるようにすべて出し尽くしたいと思った。そのようにできたこともあり 後悔の臍をかむこともあった。

    わたしは練習はそんなにするほうではない。その一瞬に賭けるというか 勢いと想いでいく。練習しすぎるとなぞってしまう 新鮮さが失われるのがいやで本番勝負なのだが いちど 後悔のあまり号泣したことがある。シンフォニーホールで 語ったときのことだった。本を2.3度読んだだけでなにもしなかった。練習しなくてもできるとそのときは自信を持っていたのだ。絵のない絵本のフランス革命のとき 王の玉座で死んだ少年のものがたりである。

    なにも降りてこなくて まるではだかでいるようにこころもとないうそさむい感じ 深海にひとりいるようなとても孤独な感じがした。そのときわたしは 聴いてくださる方に今持っている最良のものを差し出す努力をしなければならないのだというあたりまえのことを覚ったのだ。それから練習をすこしはするようになった。

    友人は練習魔というくらい真面目なひとである。師の教えを聞き守りことばをひとつひとつ吟味して 語感を確認し イントネーション 間 プロミネンスを微に入り細に入り検討する。そうしてつくりあげた朗読には 惹きつけられる力がある。ただの朗読はわたしは気持ちよく眠ってしまうことが あるのだけれど、友人の朗読には魂がこもっていると思う。わたしが努力しているのは友人とは違う側面である。考えること 感じること 開くこと 発声 脱力 それは自分の肉体とこころをどうすれば つかってもらえるよきうつわにできるか...という点に集中している。

    ものがたりのそとがわからつくっていって魂をいれること 原初的な世界とのつながりを求めものがたりに命をこめることのあひだは遠くかけ離れているのだろうか。友人のいうように いつかふたりがたどりつくところは同じなのだろうか。...これは標題にあるような朗読と語りの一般的なことを話しているのではなく 朗読者として一風変わっている友人と やはり今の現状のなかでは相当はずれている語り手のわたしとの比較である....

    友人がいうようにわたしも プリミティブな強引さから もうすこし洗練を加えたほうがいいのか 悩ましい夜だった。



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   ミクシィをはじめてから この日記のいろあひがすこしずつ変わりはじめた。毎日毎夜 webの海に向って ことばを紡ぐことは 自分のたどる道を確かめそして これからゆく道を探ってゆくための ちいさな灯台のちいさな灯しのようだった。でも そこには わたしはここにいます というメッセージがやはりこめられていて わたしはいつも はるか彼方からの応えを待っていた。いっしょに考え 遠く離れていても その存在をこころに感じながら 山をのぼり 谷をくだり 砂漠を越え 世界の涯まであるき いつかはともに極光を見たかった。

   だからコメントをいただくと とてもうれしくて でも不思議に 語るひとたちから返ってくる木魂は少なかった。とても多くの方が訪れてくださるようになったのだけれど。 ミクシィに行ったのはだからそんなわけだった。ただ伝えるだけでなく わたしもここにいます という囁きでも頷きでもいい待っていた。わたしは望むことが多かったのだろうか。

   ミクシィでも やはり語り手たちからの反応はそう多くはない。けれども以前より 応答ができるようになり わたしたち語り手たちの会以外のコミュニティもいくつかあって さまざまな考えを知り さまざまな情報を得 またこちらからも発信することができる。そして コメントをとおしてまたメッセージからわたしはたくさんのひとびととつながっているという確かな手ごたえ ぬくもりを感じることができる。

   肩からすうーっと力が抜けたように思った。最初の日記や千の昼千の夜のころは暮らしのなかに語りがあったのだけれど ブログになってからは語りのなかに生活があった。わたしは声高に叫ぶこともあった。語りにはとても深い意味と可能性があるのに気づいて 知ったからには伝えなければできることを可能なかぎりと頑張ってしまったのが 今はすこし面映い。

   ひとは生きていて その生き方 その心映え 魂のありようは仕事に出る ことばにでる おこないに出る。おのずと表れる。だから芝居だとて語りだとて同じこと 生にどう対峙しているか そんなおおげさでなくても 自分がすきかひとがすきか世界を自然をどう思っているか... 芸人になろうというのでもなければ それだけでいいのだ。語りはシンプルだからなおのこと付け焼刃や見せ掛けは通用しない。はったりはけっこう使えると思うけれど。そして世界観があえば また自分の人生に重なれば響く、韻く。けれども たとえ普遍的なものであっても いえそれゆえにこそ いとしいもの美しいものたいせつなものは そのひと固有の体験やそのひとの奥処-おくが-を通さなければただのことばに過ぎない。韻き揺り動かすことたまにはならないのだ。

   だから 生きること。いのちを充実させること。ひとびとと出あい 頷きあい たがいの人生を称揚すること めぐりのひとびとをたいせつにすること。

   ここで書いてきて気づかせていただいたことはたくさんある。気がついてまだ書ききれていないこともまだたくさんある。思いをめぐらせ 行動を起こしてゆけばゆくほど 気づきは増えてゆくから。 たぶん これからもこうして書き続けるだろう ブログにもミクシィにもそれぞれすこし違うことばで。ふと思う。こころの脱力ができたのかもしれない ..すこし自由に羽ばたけそうな新しい朝。





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   突然 長男が部屋に来て「おかあさん 家を出るよ」と云う。あっけにとられてしまった。「どうしたの?突然!?」「前から自立しろと云っていたでしょう」それはそうだけれど、今 このときに?と云うのが偽らざる気持ちだった。こんな風に晴天の霹靂で またいつのまにか 長いこと望んでいた願いがかなうことがままある。

   この町に語りを広めること 日次決算 会議の充実 家族の愛和 語り手として語る場所をいただくこと 願いはかなう...望んで努力さえすれば....しかしそれはいつも願っていたこととは微妙に違うのだった。この隙間はなんだろう。夢は かなえられなければこそ 美しいのだろうか。いや そんなことはない。 かなった望みが褪せているなら もっと鮮やかに望もう 努めよう。 今日 F機械がきた。機械が売れたという。手数料を払うという。激昂 話し合い 証拠さがし 書類つくり 交渉 そして交渉 長い長い道だった。その話を聞いたときはあっけなく感じた。でも 今 わたしはすこし泣いている。 だれも認めてくれなくてもいい どんなに自分が努力したかわたしだけは知っている。 そして助けがあったことも わたしはよく知っている。



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   今日は荻窪の名曲喫茶「ミニヨン」で「櫻の会」の打ち合わせがあった。4人で頭を寄せ合って 語りの会のタイトルは「四つの旋律」副題は冬に語るステーリーテリングとした。ひとりひとりのタイトルについては決まったひともいれば決まらないひともいるが会の概要は決まった。コンセプトは聴き手も語り手も楽しめる気のおけない(打ち解けた)語りの会 ただし’見えないモノ’を語るという語りのテーゼははずせない。パーソナルストーリーはもちろん 精霊のおはなし 伝説も本やテキストのままでは語らないだろう。

   三軒梯子して リハーサルの日程が決まったときはもう4時だった、来るときに気になった駅前の古書店に回ってみると予感のように掘り出しものがあった。浄瑠璃選集などは見るだけにして [7つの愛の物語]を求めた。それはアメリカのストーリーテラーが書いた本でトリスタンとイゾルテ イシスオシリスなどの愛の物語が7つ書かれている。訳者は語り手ではないし そのまま語ろうとは思わない。いくつか読んでイメージして自分のことばでものがたりは組み立てるのだがひとつのしるべにはなる。

   赤羽から特急に乗った。ありがたいことに喫煙車両も連結している。本を手に座席に浅く腰をおろしわたしは思いをめぐらしていた。今日この本が手に入ったことには意味があるのだろう。...あと数年で戀のものがたりも語れなくなるだろう。今しかないのかもしれない。ミニヨンで秩父事件は語れまい。2月 スタジオプラネットさんで語りのコンサートを開けないだろうか。冬物語というタイトルで。

   わたしはひとりの語り手に導かれ 語り手になった。ながいことそして 目指すひとと同じような語りはできない、資質が違うのだと気付いた今も ずっと凝視めつづけている。わたしにできることはわたしの語りを語ること そして、かって自分がそうしていただいたように 今度はわたしが誰かを語りへいざなうことである。ひとはだれでも語ることば、語るべきものがたりを持っている、そっと手をさしのべ 必要なときほんのすこしの火種を差し出すことによって 想いは赤く高くもえあがりやがてことばとなるだろう。あとはすこしのあいだ見守れば こんどはその語り手がだれかに松明を手渡してくれるだろう。ひそやかに受け継がれてきたそして一時は消えかかったほんとうの語りを甦らすための礎の石のひとつになるためにこのままでは足りない。まだまだ自分を磨かなければなるまい。


 
   

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   さまざまひととの出会いがあってさながら坩堝のなかにいるようだ。命の祝祭という感じ...それはなにかに押されるようにさまざまなところに出かけ 扉を叩き 語り 試みることを繰り返した結果なのだが ここで得たものを果たして租借できるのだろうかといささか危ぶむ。語りのことだけ 会社のことだけ 考えていたときには思いもよらないうねりが起きて 波に浚われてしまうのか わだつみの底に沈むのか はたまた 新しい大地にたどりつけるのか もうわからない。

   ただ 意味なく終わらせたくはない。力のかぎり泳ぐだけ 水が冷たくなっても水の色が暗くなっても 目を見開いていくだけ マスクリートのように。

   会社にブログ形式のHPのページの作成と更新手続きを教わる。4つのサイトを運営できるか それも疑問符。(ここまでは夜中に書いた)

   そんなことは言っていられなくなった。ミクシィでさーやさんから「ヴェラ・ドレイク」がいいと聞いていた。それをWOWOWで2.3日前観たが 地味だけれど画面に釘付けになるような映画だった。今年観た映画でもっとも心を打たれた。今日あのシーンはインプロ(即興)と確認できた。なんということ。CHOKOさんは金沢RADAでニックさんがインプロにはそのひとの人生が出ると言っていたとさーやさんへのコメントで書いている。そうだ 語りにも生き方も魂もなにもかもあらわに出る。隠されたものがおのずから出るそれだから表現なのだ。インプロはそれをより明確にする 感覚・意識・肉体の真剣勝負。

   インプロをやりたい、学びたい。芝居や音楽やその他のアートを学ぶことは冒険だ。わくわくする冒険。アートは人生を深める加速をする。ミクシィは出逢いを加速する。うじうじしないでこのまま突っ走る。




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   12/3語りの会「海の微睡み 空の夢」のちらしの原稿ができた。印刷してみないとわからないがなかなかきれいである。これから会社のちらしを作製する。順序が逆だがやはり 美しいもののほうがやる気がわく  
 
   丹田呼吸法についてミクシィであちこち調べていたら解ってきた..ように思う。ミクシィに入ってからgoogleはあまり使わなくなった。ミクシィは検索エンジンの役目も果たす。同じことを検索しても早く確実にターゲットに近づける。というのもgoogleでは見かけの情報が多すぎてhitする前に疲れてしまうのだが ミクシィは生の声をたどっていけるので 細かい支流まで確実に遡れるのだ。

   倍音・丹田については かって壌さんから聞いて 頭でわかってもからだではわからなかったことや天音さんのワークショップでからだでわかったが理論としてわからなかったことがすこし理解できた。丹田はからだの器官ではない。意識するもの、意識すると確かに存在するものである。からだの縦の中心 横の中心 どこにも書いてはいないがいはば支点のようなポイントである。だから丹田を意識するとからだが揺らがないのだと思う。

   腰から声を出すという壌さんのことばもようやく理解できた。発声とは呼吸法である。高い声域を絞りだすとき からだをねじるのは気道を確保するためだというのも納得できた。そこでアレクサンダーテクニークの脱力とからんでくる。ひとは誰しもからだのくせを持っている。このくせを理解しすこしずつ正しい楽な姿勢になおしてゆく。からだの緊張をとり 自然な呼吸、自然な深い呼吸をすることが 聞いても発しても気持ちのいい発声につながるはずだ。

   自分の声が以前より深い位置から出ているのを感じる。自分の声はからだに反響するから 客観的に聞く声とはかなり違うのだが 洞窟のなかで反響しているようなすこし強めになったような気がする。たくさんの声が反響しているような金属的な感じがわずらわしいと感じたとき ふと思い出した。

   ブログやHPに たくさんの糸が撚りあわさったような声になりたい と書いたことがある。そうか こういう声!? 強く望んで 努めれば 必ず望んだものはかたちを換えても手に入る と信じてきたのだけど またひとつ道標まできた。

   ちなみに倍音は7つのチャクラ にそれぞれの音がある? 下からM 尾てい骨 U(ウ)性器O(オ)丹田A(ア)心臓E(エ)喉I(イ)額 N 頭頂部 を意識して発声する。意識して発声してみると 確かにその場所に響いている。のばした母音がある一定の波(周波数)となり 何かと一致する瞬間がある。それはとても心地よい。天とつながる感じだ。

   つぎは呼吸法と脱力である。呼吸についてもそれぞれがクセを持っている。そのままふつうにしている呼吸は呼吸 意識してするのが呼吸法。吸気は呼気のためにある。この項もうすこし確認する必要がある。 そして脱力 横たわって五体に意識を持っていって脱力すると必ず 余分な力が入っているのがわかる。わたしの場合は後頭部と頸の裏とその付け根のあたり背中の上部 そして胃の裏である。いづれにしてもいつのまにか染み付いてしまったくせをどうただしてゆくかが課題のようだ。
 
   



    

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   今日は4年生のおはなし会、「稲むらの火」と「空と海と大地の話」をする予定だったが どうも居心地がわるい。先生の要望であったが稲むらの火 はまだ早いように思った。そこで急遽「ジャックと泥棒」にした。早めについてクラスに入る。先生はまだ見えていないので 子どもたちと机や椅子をかたづける。

   語るのはひさしぶりだが 4年生に「ジャックと泥棒」は ノリのいいおはなしだったはずだ。...が何人か参加してこない。..子どもたちにリスクを与える気はないが 顔の無表情なのが気になった。...けれども「空と海と大地の話」では生命の木をみんなで 支えよう立て直そうとするあたり 参加するところからぐんぐん 集中が増してくる。空気がピンと張り詰めている。神話の力を感じる。 そして参加する物語がただ聴くよりも 子どもたちのなかにあるなにかを引きだしてくるのを感じる それぞれの持つなにか そして一体となったなにかが 目に見ることはできないが そこに細かい細かい粒子のように充満しているのを感じる。

   校長先生にお茶を淹れていただく。話が進むうち学校の抱えている問題 学年の抱えている問題がつくえのうえに積み上げられてゆく。本来家庭の荷うものさえ 学校は背負わざるを得ない。そうしなければ 教科学習までたどりつけないのだ。家庭の力はとても弱まっている。筑波大学付属小の先生の悩みと公立小学校の悩みはおなじではあるまいが ベースには家庭教育の放棄そして外注化があるのではないだろうか。積み上げられた問題はひとりひとりの教師の努力で埋まるようなものではない。地域や社会 国家が真剣に取り組まなければ 将来の日本に禍根を残すことだろう。わたしもできるかぎりのことをしようと思う。次回打ち合わせの約束をした。

   社員さんの家庭訪問をしたあと 図書館で10/3の発表会のリハーサル。地道な会である。語るものがたりは おなじ「空と 海と...」である。リハーサルは苦手である。 けれども 声がすこし変わったのに気づいた。安定した感じ 大地とつながっている感じ 前よりポーンと抜けた感じである。2.3迷いがあるが本番までに解決しよう。




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   今は...秋というより 夏の終わり 雑木林ではまだ蝉が鳴いている。 下生えの茂みに赤 白のみずひきそう、真っ赤な彼岸花。 熟みつかれた季節に抗うようにこうべをあげる。 髪を引かれるように まだまだと夏を戀う。だれもいない風景に陰のように寄り添うてみる。




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    きのう 王子の北とぴあで運営委員会が開かれた。主たる議題は来年に迫った創立30周年記念事業の企画についてである。あらためて片岡、櫻井、末吉、三田村各氏から企画案が出された。三田村氏は2007年を祝祭年間に...という年間4回(オープニングからパネルディスカッション、シンポジウムまで )の案、櫻井先生は内外のプロの語り手の招聘、片岡先生は12月東京家政大学でシンポジウムをという企画、末吉さんはセミナー卒業生による語りの会をということに加えて いくつかの詳細な開催場所の提案ならびに見積もり書を提出され 一気に具体化に向けて討議がはじまった。

    わたしはその企画のなかに 一般会員の本来の意味での参加 受け取るだけではなくじっさいに語ったりからだを動かしたり働きかけたり 命を燃やしたりする能動的な参加をする場所がないことが気になってしかたがなかった。わたしは運営委員ではなく 総会でひょんなことからHPの維持を頼まれた世話人に過ぎない。意見を言うのは憚られたが(じつはかなり内気) 捨石になる覚悟はできていたし だれになんと言われてもいいしと 一般会員が参加できるワークショップが開けないものか...と意見を述べた。たぶん無理だろうと思ったとおり 時期尚早 つぎの機会にという反対の声がいくつか上がった。...がいつのまにか企画のなかに入っていたのである。

    ひょうたんからコマなのはいいが それを企画実行する責任も負うことになった。6 コマ(とりあえず)のワークショップのアンケートについては会報担当の遠藤さんにさきほど添付メールで送ったので次号会報に載ることと思う。午前午後になるので ひとり2コマまで参加可能である。対象は会員を優先するが 会員外からも参加を募る。外部からも含めて 参加者がのべ150人くらいになればいいのだがはじめての試みなのでが皆目見当がつかない。だが わたしはファーストペンギン。リスクの海に飛び込むことにする。いっしょに飛び込んでくれるひといないかなぁ。懐かしのオリンピックセンターが会場で 宿泊の割り振り 希望者の割り振りなど わたしにはとうていできかねることを(なにしろ抜けているので)ともに手を組んでくださる方、どうかお願いします。

    一昨日の倍音のワークショップを持って このステージでの問題はあらかたあらわになった。とてもほっとしている。語りとはなにか 自分はなにをしたいのか 答はでたのだ。5つのワークショップ 120日分のブログとミクシィ、語らせてもらったたくさんの物語 多くのひとたちとの出合いによって 自分を開いて感じ 閉じて考えることによって。...ありがとうございました。 わたしは語ることのみを 自分の目的にしない。ものがたりを共有することから もっと多くの(シェアするための)可能性 にむかってゆく。語りを通して 社会に関わり 語ること、歌うこと、ひととの関わり、自分の芯とむきあうことすなわち天とむきあうことで 自分自身を高めてゆきたい。

    そこで ようやくHP作成に手がつけられた。娘に手伝ってもらい2時間でTOPページができる。

アンケートの内容(このブログ上で またミクシィ語り・ストーリーテリングのコミュにおいてもアンケート募集します)

①やっぱり初歩の初歩・スタートのワークショップ  
②みんなの前でドキドキするのをなくしたい・自分を開くワークショップ  
③パネルシアターのワークショップ 
④おはなし会のプログラムをたてるワークショップ  
⑤方言の語り・ワークショップ  
⑥語り手はクリエイター・創作のワークショップ  
⑦声を磨く・発声のワークショップ   
⑧動きを美しく・ムーブメントのワークショップ 
⑨プロの演出家から学ぶ・演劇の基礎のワークショップ   
⑩その他こんなことを知りたい やってほしい(具体的に)


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   倍音のワークショップはとてもエキサイティングだった。たった2時間だったが私にとっては今年受けたワークショップのなかでも出色のものだった。知識だけでなく技術だけでなくからだだけでもなかった。いままでのどのワークショップにない深い安らぎがあったのである。

   家族との時間が必要だったので40分ほど遅れて着いた。膝はきのう無理したせいかとても痛く 杖にすがって歩いた。ちょうど発声が始まったところだった。7つのチャクラのうち 4つのチャクラから発声する。自分の中心(丹田)を意識する。からだのなかにパイプが通っていることを認識する。すると押されても揺るがない。ここではなにも起きなかった。声が裏返ったりもした。そのあと 薬師如来の真言をまんだらで唱明したときからだの内側から熱くなってくる。

   それから親子の羊のゲーム 子羊は目を瞑って母親の発するmmmmという音だけを頼りに歩く。母羊は子羊がモノやヒトにぶつからないよう注意して導く。最初は怖い。だが次第に信頼感が芽生える。母羊の一瞬のとまどいがわかる。方向はふたつの耳で音を聞いて感知してする。意識を集中する。長い3分間 あとで感想をシェアする。

   休み時間 王子ホール以来続いている頸の違和感について相談する。頭の上から地球の中心に向って イエィと発する。澄んだ気を入れる。首から下 地球の中心に向ってエィと発する。この時丹田をとおって地球の中心へ抜く。自分自身を追い込む覚悟で 本当の自分を知るそして信じる気持ちで 雷に打たれたように 光に刺し貫かれたように。9人の発する声を聴くと からだを突き抜けているか途中で留まっているかよくわかる。

   最後にジュリオ・カッチーニのアヴェ・マリアをひとりまた複数で歌う。はじめてのアヴェ・マリア ピアノの旋律にかなしみなのかよろこびなのかそれとも両方なのか こみあげてくる。自分自身を任せてしまう。いつもは出るだろうかとおそれで萎縮する高音になんのしばりも恐れも躊躇もなかった。3回歌わせていただいたが先生はキーをどんどん上げてゆく。 声が天に向って迸る。喜びに震える。天とつながる。掌も震えている。全身で歌う。

   そのとき 膝はまっすぐ伸びて痛みもほぼなかった。深い安らぎがあった。からだ・声と意識(感覚?)はいっしょに開く。ゆるめると開くはどう違うか? 開くときは意識が伴っている。リラックスしているが感覚は張り巡らされている。たぶんアレクサンダー・テクニークととても近い。だが開くようになると余計なものも入ってくる。開くと閉じるのコントロールがたいせつになる。わたしがここ数日陥っていた生体レベルの低い(閉じこもり)状態は、しばらく開いていた反動で必要なことでもあったが なにか他者の波動に触発されたものだったことも今はわかる。波動があったときキャッチしてしまうのだろう。とじる方法を教えていただいた。

   クラシックの発声で刈谷先生には多くのことを教えていただいた。からだのなかにパイプがとおっていること、喉から声が出るのではなく通過するに過ぎない、声には際限がないこと、etc。 それでも高音になるとつい喉を意識してしまい そうすると声が出なくなった。それがスポーンと突き抜けたように 楽々と出る不思議....bodyとspiritsとsenceが一体であること 失われたその絆を取り戻す方法があること。 語りにしても芝居にしても歌にしても その根っこ 一番たいせつなものはなにか。 語りはじめて以来 ずっと感じ思っていたことが はっきり確認できた今日、新たな師と仲間を得た今日は新しい旅立ちの日である。喉の違和感は一夜明けて戻ってきたし 膝も一昨日ほどではないが痛みはある けれども薄明が目指す地平にひろがっている。






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   これからの日本、一日先になにが起きるかわからない不確実性の時代を迎えて 「子どもたちに直観力、判断力、想像力を育めるか」

   人生において ひとは常に択ばなくてはならない。決断・選択が脳でどのようにされているか まだ解明されてはいない。その試みが行動経済学、神経経済学という分野である。たとえば ドトール、スターバック、タリーズ のどこを択ぶか 効用(味 値段 雰囲気 地の利など)が選択の基準になる。ところでサルのなかには不確実性を楽しむという要素があるし 人間のなかにもどうなるかわからないことを楽しむところがある。(たとえば宝くじ、ギャンブル、ゲームなど)

   不確実性への適応戦略は 消極的(不安、忌避)積極的(希望、risktaking)のふたつである。なにがふたつの戦略を分けるか?積極的に楽しめるかどうかが課題である。

   ジョン・ボルビーは戦争孤児に問題行動を起こす子どもが多いことに着目し研究した。戦争でなくても 子どもが日常の生活において向き合っている不確実性はおとなの比ではない。子どもはひとりで生きることはできない。保護者がいるから積極的に生きていける。これをボルビーは「安全基地」と名づけた。たとえば母親の膝である。子どものときに この安全基地が失われた子どもが問題行動を起こす。脳の発達が阻害される。

   子どもがチャレンジするとき うしろから支えてあげる、あなたの味方だというメッセージを出し続ける。子どもの人格を否定することばを吐いてはいけない。見ること(アイコンタクト)が大事である。目と目が合うだけでドーパミンが出る。困ったことがあるとき 子どもは必ず親を見上げる。そのとき見返してあげるのが安全基地である。

   子どもがあなたにどれだけ『愛着』を持っているかで あなたが子どもの安全基地であるかがわかる。依存とは違う、過干渉とは違う、後ろで支えるのである。では、おとなにとっての安全基地とはなにか、スキル、経験、友だち関係などである。自分のなかに安全基地を持っているかどうかが脳の感情レベルで不確実性を楽しめるかということにつながり 忌避しないで積極的に決断・選択できるということにつながってゆく。

   次に味噌っかすの叡智について述べる。野球その他からだを使うゲームとコンピューターゲームの一番の違いはコンピュータゲームのルールが固定されていることに対して 自分たちのルール(たとえば野球における透明ランナー、向こうの木を超えたらホームランなど)が決められることにある。みそっかすとは単なる弱者の保護ではない。弱者にハンディキャップをつけることにより ゲームの偶有性を強化し不確実性を楽しむという 深遠な知恵なのだ。それができるということは社会に出たとき、自分たちでルールをつくれる、枠組みをつくれるということに役立つ。

   次に創造的な空白の時間について、詰め込むことも大事だが空き地がないと創造性が育めない。たとえばニュートンが万有引力の法則を発見するために休暇が必要ではなかったか またダーウィンはビーグル号に5年間乗って 毎日空と海うを眺めていた。日本では新卒プレミアムがつくし履歴書に一日でも穴があくとまずいが 日本の常識は世界の非常識である。欧米にはGap Year があって卒業から企業に入社するまで隙間があるし キャリアに空間があるのはあたりまえのことである。これが日本において創造性を阻害しているのではないか。

   

   100%頷けるということでもなかったが とても示唆的であった。疑問の点は後に明らかにしたい。語りにおいてアイ・コンタクトがなぜ大事か も納得できた。今回聞かせていただいた講演は対象が筑波大学付属小学校の父兄であることを考慮に入れて読んでいただけたらと思う。語りについて 民俗学的見地 心理学的見地 図書館学レベルとかだけでなく もっとさまざまな角度から見る必要もあろう。なぜなら 語り・ストーリーテリングは全人的なものであり 可能性はまだひろがると思われるからだ。



   

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よくあたるそうです。

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