遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 





   今日税金を納付し、決算作業終了しました。やれやれです。会計事務所のMさんから「神業的な資金繰りです」とコメントをいただき、喜ぶべきかさりとも....の心境です。....が、まぁ みんな一生懸命働いてくださるし、仕事はどんどん入ってきているので心配もしていません。今日日儲かっている同業者がいたら、よほどイケナイことをしてるか、天下りのお役人がいるか独占企業かなにかでしょうね。

    きのうは朗読ワークショップ、今日はカタリカタリでした。今回のワークショップは「フランダースの犬」と「よだかの星」の二本立て....あたらしいメンバーはおふたりとも芝居畑の方で、よきにつけあしきにつけ...いろあいがかわってきました。よかったのは技術的にたしかなものを持っていらっしゃるので、とても刺激になるのです。地の文はともかく全体に台詞が台詞らしくなりました。

    ちょっとどうかな...と思うのはつくりが見えてしまうのです。声もそうですし、テクニックの面でもものがたりの自然な流れのうえでとはちょっと違うそれらしさというのでしょうか...あ、ここでアクセントつけてるな...とかそういう小細工のようなことが聴こえてしまう.....それが興ざめになる。美女の化粧の刷毛ぐあいが見えてしまうのに似ています。.....練習をかさねてそこが自然になってゆくまでは....。

    今回のキャスティングでわたしは、フランダースの犬のジェハンじいさんの台詞、そしてよだかの星の語りと星々の台詞でした。80歳を過ぎて娘の忘れかたみであるネロをひきとったネロの祖父、ジェハンじいさん。男性がふたりいるのにもかかわらず女のわたしにジェハンじいさんをキャスティングしてくださったことが、とてもうれしかった....しかし、たいへんむつかしい.....堀井先生は「男になろうとしなくていい」「ジェハンじいさんの無条件の愛情をだしてください」とおっしゃる。

    けれども、無条件にはなれない、どこかで求めてしまう、心配してしまう....ちょうど実生活のうえでも自分に真底、愛情というものがあるのだろうか....もとめない、ただ相手のしあわせと安寧をのぞみ、そのためだけに努力できるだろうか....はなはだ疑問に陥っていたところだったので、身に沁みました。
    
    ジェハンじいさんの台詞を発したときに ふとある違和感がありました。それは空気の色が変わる...というのでしょうか。一瞬なにかが変わる.....それはよだかの星のときにもあって、あれはいったいとおもっていたところ、終わったあとで、仲間のみなさんが.....ワールド炸裂ですね....とか空気感が変わる....とおっしゃってくださって....そうかこれがわたしの特質なんだろうな....と思ったのでした。上手いというのではない、おそらくものがたりの磁場をつくってしまうのでしょう。.....長年朗読をなさっている方に言われたことがあるのです。”牛人”のときでした。

    ひとりで語るのならいいけれど集団でなにかするときは果たしていいといえるのだろうか....考えてしまいました。....でもなににしろこれがわたしなのだからしかたがないです。終わったあと7人で一緒にお食事してたのしく語らいました。おなじ場所に集まるひとって、共通項がいろいろあるのですね。満喜子先生のこともみなさんご存知だったし、語りをしたい....という方もいました。わたしはこのごろ個別オルグをしているみたいです。

    あたらしい語り手....読み聞かせとは違うルートの語り手、固定観念というめがねをかけていない語り手をさがしています。ある種のあこがれを持つひとびと....うたやおどりやなにか楽器がすきなひとびと.....社会ではたらきながら、もっとなにか胸のおどることがしたい....と夢見ているひとびと.....語りにはまったく無縁だったひとびと....をあらたに語りの輪に加えたいのです。

    ワークショップはとても心地のいい場所になりつつあるのですが、もうひとつの心地いい場所、カタリカタリのひとたちは、学校にはたらきかけ、子どもを持つおかあさんがたにはたらきかけ、他のグループとゆるやかな連携を持ちつつあるいています。今日の例会の半分はそのようなおしゃべりでおわりました。わたしはメンバーのひとりひとりをとっても誇りに思っています。そして、カタリカタリのメンバーのひとりひとりがもっと耀くように、なにかお手伝いができたらと切におもいます。

    




   さて、先日とは違うオーラソーマご紹介しましょう。このサイトの二番目のボトル、ギフトとチャレンジのボトルのメッセージをそれぞれが読んだとき、うちの娘たちは一様に驚き青ざめました。....実は、わたしも。そこで三人のボトルを思わず買ってしまったわけですが、この青と深いマゼンタはわたしのギフトのボトルです。

こちらが4本のボトル....もって瞑すべし...でした。




......あしたから出雲です。どんな発見があるでしょうね、とてもたのしみです。ひととふれあい、地の声、天の響きに心を馳せ、悠久のむかしから地にたゆとうエナジーと交感してまいります。..




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森の花野

....みなさま、あらためましてこんにちは.....というのも変なのですが、わたしはしばらく自分に向かってこのブログを書き綴っていたかもしれません.....一年前のブログを読んでいたら自分で書いていたにもかかわらず、すっかり忘れていて、とても新鮮でした。ほーなるほど...とうなづいたりしながら読みました。おもしろいもので悩んでいるときの文章のほうが中身が深いんですね。わたしはかなり必死に書くことで自分を支えていてみたい.....受け止めてくださってありがとうございました。

   このブログを読んでくださる方の多くは、わたしとおなじように、今人生の花野を歩いていらっしゃる女性なのではと夢見るように思います。殿方やお若い方がいらっしゃったらごめんなさいね。とても嬉しく歓迎いたします。花野が秋の季語だと知ったときのうれしさといったら思わぬところから隠してあったたからものが出てきたような感じでした。わたしは秋の花野がとても好きです。.....花が散ったあとの大枯野も....どこまでも影をひいて歩いていきたいと思います。


    ブログの記事を読んでいましたら、オーラソーマが載っていたので、一年ぶりにやってみました。

    
チャレンジボトル

  とても素直すぎるあなたは、言葉を「オブラートに包む」という表現の仕方を持ち合わせていないようです。思ったことをストレートに口にして、相手を怒らせてしまったり、傷つけてしまったことがあるのでは? それが原因で孤立してしまった経験があるかも知れません。他の人との上手なつきあい方、ちょうどいい距離感というものを研究する必要があります。人と調和することを学びましょう。相手の心に自分の心を添わせて、注意深く感じてみることが大切です。  

ギョッとしました。そのとおりなのです。ハラ芸はできないし、ウラオモテはほとんど在りませんでした。はっきりモノを言うのはそれが相手のためであると信じているのとウソがからきし下手なのです。そのうえときどき怒りで或いはそのほかの原因で我をわすれたりすると、その刃の切っ先は鋭くマチガイナク死に至ります。語り手ですからなおのこと....ことばのちからがあるようです。今更遅いとは思いますが、心ならずも傷つけてしまった方がもしおいででしたらどうか御ゆるしくださいね。

.....近づくのこわーい!!などとどうぞ石ぶつけないでください。相手の方のことばをじっくり聴いて、ゆっくり話すようになおそうとしています。正しいと思うことをそのままぶつける....のも驕りであるとようやう悟りました。率直さをうしなわずに....ひとをまるごと受け止める....わたしの大きな課題です。


   今のボトル

......過去から引きずっていた様々な痛みや怒り、フラストレーションから解放され、本来のパワーが目覚め始めています。本来のあなたはとても情熱的で、ここぞという時に本領を発揮する集中力とエネルギー、そして開拓精神にあふれています。そのような自らの強力なパワーを、日常の中で柔軟に活かしていくことで、自分の理想とする生き方に近づくことができるでしょう。特にボランティア活動などを通して、他の人に愛を与えていくことで内面に愛があふれ出し、あなたは内側から輝いてきます。

ふーむ これもほんとうですね。過去の経緯からくるイタミやイカリなどが溶けてゆくのを感じています。悲しみ...というのは本源的なモノだからずっとあとに残るのでしょうけれど。....

未来のボトルは以前と変わりませんでした。

......自分が本当にやりたかったこと、表現したかったことができるようになり、その表現によって自らが歓びを実感すると同時に、人々にも感動と歓びを与えることができるかも知れません。あなたは目の前の物事を正面から見るだけでなく、哲学的な発想でより広い視野からとらえ、その見方や考え方を多くの人々に伝えていくでしょう。

少しちかづいてきたのでしょうか? それならどんなに嬉しいことでしょう。
語り基礎講座もいよいよ実践にはいります。課題のひとつが決まり講師から原稿が送られてきました。芥川の「地獄変」です、おー!! ......トマティスの方では「ヨダカの星」と「フランダースの犬」。...即興とはいかないものばかり。力はつくでしょうが物語の暗記というハードルは高い...

もういちどオーラソーマ載せて置きましょうね。 あなたの花野をゆっくり楽しみながら歩いてくださいね。

   ところで、うっかり忘れていたのですが、今日は水戸茂雄さんのリュートコンサートがありました。開場は18:30、開演は19:00 場所は新大久保ルーテル教会.....新大久保駅から歩いてまっすぐ右側、5分くらいだったかな.....チケットは3500円.....しばしこの世ならぬところにいざなわれます。






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    昨日、語りつづけてきたきっかけをお話しました。しかし”此処ではない場所と此処のあわいにいる”その不思議だけで語りつづけてきたわけではありません。雪女や芦刈などの既存のものがたりを語ることで、またカイアス王やカールカルーソーなどのものがたりをつくって語ることで、自分がすこしずつ癒されてゆくことに気がつき、また楽しいものがたりや悲しいものがたりを語ることで聴き手も語り手たるわたしも元気をもらい、生きる力が湧き出てくることに気がついた....それが一番、背中を押してくれたことでした。

    わたしが語る真の目的は自分が癒されること甦ること....そして聴き手のなかのなにか原初的なものが甦るその媒体でありたい...ということです。昨日、小学校のおはなし会で、きらめく瞳にであいました。おはなしを聴きながら夢見、どこかちがう場所にいってしまっている瞳....わたしは学校や幼稚園でその瞳にであうたびに勇気をもらいます。この少年の少女の魂になにかが起きたという確信を持つからです。.....ものがたりを楽しむの奥になにかがあると信じる一瞬です。

    おとなに向けて語るときにも、起きることがあります。聴き手の方の突然の慟哭やなみだ.....それは”ヒロシマ”や”芦刈”などの悲劇にばかり起きるのではないのです。”空と海と大地の話”では2回経験し、わたしはどうしてだかよくわかりませんでした。語りをつづけているうちに、ものがたりの意味やエピソードだけではない、ことばでもない、ひびきそのものにひとは共鳴するのではないかと感じるようになりました。ウタイはじめたことでそれは信念にかわりました。ウタにはことばがないのに、うたう自分を癒し、他者のウタであっても自分の奥底に深く染み入ることを知ったからです。カタリもウタもそのようなものであったのではないでしょうか。癒し、生命力を取り戻すためのもの...。

   さて、縄文の旅..から気づいたことを述べてみます。太古、人は生と死の永遠回帰を繰り返していました。あの世に天国も地獄もなく、死ねばいくところ、身体がない魂の場所であり、この世とは魂が身体のなかにある場所でした。生きるとは息をすること、呼吸でした。 気こそがいのち=息...だったのです。気枯れは罪ではありませんでした。気枯れをなくし生命のエナジーを復活させることが魂振りだったのです。その儀式がマツリであった....芸能の原点はその魂振りでした。魂振りには魂振りと魂鎮めがあります。

   ひとは再生(新生)するために死ぬ。それが儀式的に行われていたようです。古代、ひとには個人がありませんでした。神は力がありましたから、ひとびとは神を神じ、したがっていればやすらかにいられたのです。 

 
   しかし仏教の伝来が内面の罪と地獄をもたらし、極楽と地獄という二つのあの世をもたらしました。集合的な魂は個人として目覚め、神はモノと化しひとびとは不安に苛まれながら生きるようになりました。空海が密教をもたらしたことで、日本のカミはますます変容してゆきます。....(しかし日本人の根底にはいまだに縄文的なものが色濃く残っているような気がわたしにはします。)

   芸能はやがて芸術と呼ばれるものになりました。「芸術と言うものは魂の底に沁み 霊をめざめさせるものでなければならぬ」これは川端康成さんのことばですが、本来芸能や芸術とは自己表現という皮相なものではなかった...と思うのです。ひとが生き生きと生きてゆくためのちいさな蘇りの儀式です。テラブレーションという造語があります。....語りのマツリという意味なのでしょうか。いまになってわたしはこのことばが含蓄を含んでいたことに驚きました。

   語りの場とはちいさなマツリの場、そこにつどうひとびとの生命の甦りの場ではないかという気がして、古代...原点にかえるものではないかという気がして...

   わたしが語りをつづけているのは先に進まずにはおれないのは...自分の生命の甦りのためであるとともに、その場にいる方々の生命の甦りにつながるようにとの古代の本質的な願いと横死した報われぬ方々・モノの鎮魂、.....平家物語、ローランの歌....中世の語りを引き継ぐ語り手の末裔としての立場....この三つなのだと縄文への旅を終えあらためて思った次第です。

   

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   縄文の旅....写真をUPし書き終えてほっとしてます。もっとも肝心なことは書いていないような気がするのですが....録音してあるテープを聴いてみたらなにかわかるような気がします。ずいぶんとウタをうたいました。

   わたしの野望のひとつは即興でウタッテカタルことです。そしてもうひとつはその場にゆだね切って語ること....まだまだ野望はつづきますが、ひとりになり自由になったところで自分を解き放ってみたいのです。....というのもわたしが語りをつづけてきたのは、覚醒しながら夢うつつにいる、そこにいてそこにいない、自分が語らずして語っている...という相反する....どうにも理性ではわからない状況が語りの場で生まれ、それがひどくわたしを惹きつけるからにほかなりません。

   半分、神懸り状態....半分あっちにいってる....それでいて客観的に把握している....そこから向こうにもう一歩踏み出したい....というのが望みです。けれども、すこし怖い、イタコ状態になるわけですから....そのあたりをさぐる旅でもあったわけです。...結論はまだ怖い(イイモノだけがくるわけじゃなくて、そのとき対処できるか自信がない)....ですが、意識をひろげる感じはつかめたし、音だけでなく、身体からくる...というのもわかりました。そしてトランス状態になっても、自分をコントロールできないわけではなく、ある部分はより明晰に覚醒している、無意識でふだんいるより自分を把握しているのだということもわかりました。.....というか超自我の感覚かもしれません。

   もちろん、以上のことはは子どもたちをたのしませ、わくわくさせたい....おとなのために語りたい....歴史の証人としての語り....神話のウラの神話.....市井のひとびとのライフストーリーを語りたい.....創作の童話を語りたい.....というより現実に即した希望と並列してあるものです。

   そして、自分のほんとうの声を取り戻したい、身体をゆるませ、骨と身体を弦にして精妙な楽器に自分の身体を調律したい...というのぞみとも並列し

   ひとりではなく仲間とともに歩いてゆきたいという希望にもなんら背くものではありません。ずっとつづけてゆくなら、どこかでひとつになるだろう、そこまで歩いてみたいものだと思います。目くら滅法やってきて、その実案外近道をしてきたようだ....というのが実感としてあります。動物的直感にいざなわれて、さまざまな方々にお会いし、教えを乞いそのエッセンスを味あわせていただきました。....これからも、えにしあれば胸をひらき、自分のアンテナのピコピコいう方向に向かっていきたいと思います。

   種差海岸は義経伝説とも関わり深いところです。そんなことから浄瑠璃姫とわかき日の九郎のはなしを今、書いています。なぜだかわからないのですが、戀ものがたりが、もののけにまつわる染殿の后のはなしとか、あの六条御息所のものがたりとか、語りとうございます。.....

   100%農薬フリー、化学肥料フリーの林檎が届き、ざくざく切ってポットにアップルティーを淹れました。ブランディーも落としたりして....ゆく秋を惜しんでおります。....来週は出雲の旅です。



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   三内丸山遺跡のあと、お土産を買うのに時間をとり、八戸行きの特急白鳥に乗り遅れた。そこで土地を知るには鈍行がいちばん...と1時間半かかって八戸に行く。電車のなかで観察したが、とくに典型的な縄文顔...彫りが深く長形というひともいない。眉が濃い男性は多いような気がする。JRの車掌さんは親切でなかなか男前だった。途中三沢で厳しい顔のカーキ色の服を着た男女が降りたが、ここはもしや三沢基地のあるところなのだろうか。

   八戸からすぐ鮫行きが出ていたので、荷物を預ける間もなく乗り込む。八戸は車窓から見る限り工業が盛んで青森よりも賑やかそうである。電車で20分ほど、種差海岸に行くには久慈行きまで待たねばならないのだが、そうすると暗くなってしまうので、鮫駅からタクシーで行くことにした。三八五タクシーがきたのでほっとする。中○タクシーには青森で苦い目にあっていた

   

   車で山越えして10分、海岸につく。有名な”かもめ”という喫茶店(名物マスターは亡くなっていた)でソフトクリームをたのみ、蟹の入った発泡スチロールの箱をさげて丘のうえの東屋に向かう。種差海岸は天然の柴が生えた唯一の海岸である。着いたのは5時ちかくであったろうか.....淡いグラディエーションの空と海はうつくしかった。わたしは両腕をひろげた。そのとき、左手がひどく震えだして、わたしは左手の松林...淀が浜のほうに強い気があるのを感じた。岩場には行かないほうがいいような気がした。西の空はオレンジ色に燃えている。...が東の空は雲が出てきた。



    

   わたしは祈った。こんなに真剣に祈ったのはひさしぶりだった。やがてかすかな月の光の道が海上に見えた。すこしほっとした....がんばれそうな気がした


   

   重い荷を抱えよろよろと種差駅に着いてびっくりした。
まだ6時前だったのである。ながいながい時間を海岸で過ごしたような気がしていた。これが単線無人の種差駅.....このあと新幹線で帰った。.....青森に行って、わたしのなかのなにかがほんとうに開いたのかまだわからない。.....ただ...なにがたいせつといって、この風土というもの自然というものが如何なるものかは身体でわかったように思う。白神や種差で意識を開いた途端に押し寄せてきた圧倒的な力を忘れるまいと思う。うちに帰ってカメラを見ると、さっき撮った月の写真にオーブ....たまゆらがうつっていた。(黄色の円が月 月の上とひだりにある四つの円はたまゆら....オーブ).....種差海岸は甦りの場所だという。



   もともとの力は自然にある。一戸さんのおっしゃるように、ひとびととその”力”のつなぎの場が神社であるのかもしれない。たしかに掴んだ...と信じたものが土地のエナジーから遠ざかって、すでに希薄になってしまっている。不思議なことや楽しいこと、心と魂を揺るがすことをつづけよう。流されずに歩こう。不要なもの、恐れ、後悔、気後れ、不安、隷属などなど捨て去って、じぶんを信じ、愛し、手をつないでまっすぐ進もう。


   

   

かもめ


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   朝、自力整体をじっくり30分する。夕べは夕食をとる余裕も眠ってしまったのでお腹がすき、いさんで朝食に行く。このホテルは地元産の焼き魚と林檎ジュースが美味しい。林檎のコンポートはすこぅし固いような気がする。ヨーグルトはおいしい、コーヒーもまぁまぁ。生野菜のほか野菜が少ない。外国の方が多いので仕方がないのかもしれない。酵素玄米がなつかしかった。観察していると欧米系の客は窓際4人掛けのテーブル、日本人や中国人は壁際の二人掛けに案内される傾向があるようだ。.....差別?か...と思った。フロントも感じはよいのだがマニュアルとおりの笑顔と接客....たいせつななにかが欠けている...次回はホテルはやめよう、不老不死温泉など泊まってみたいものである。日本海の夕陽が見たいし。

   タクシーで三内丸山遺跡に向かう。9時前についてそわそわしている。恋人に会う前のようである。チケットは無料であった。白髪の鶴のような痩身のガイドさんに着いてゆくことにした。....が、途中すぐはぐれた。



   秋草がうつくしい....ここでは5000年前から3500年前まで1500年ものあいだ、人々が生活していた、江戸→東京でさえ400年くらいか....それを思うと気の遠くなるような時間である。ひとびとは魚や貝や海草それから木の実や兎なども食べていた。栗の木は定植され、一時東北の植生はぶなが減って栗が増えていたという。冬は毛皮をまとい夏は麻の服をまとい、靴も履いていたようだ。イヤリングもくびかざりもあった。土器ばかりでなく漆器もつくっていたようだ。わたしたちが思い描くよりずっと豊かな暮らしをしていたのである。住んでいたひとびとが此処を去ったのは気候変動....寒冷期に入ったため、南に移住したのではといわれている。

     

   敷地内の自遊館では数々の出土品が見られる。撮影もOK、ここでは若い女性がガイドをしてくれた。


  

   復元された柱。直径1mの栗の木はシベリアから運ばれた。1400tもの柱を往時のひとたちはどうやって運んだのか....柱は腐らないように燻されていたそうだ。目的については諸説ある。祭祀、灯台(海が近い)など...かたちも屋根があったのでは...という説もあったが、想像の余地を残すために掘っ立て柱のままにしたそうだ。



   この写真の左右はきっかり東西に向き 縦横は南北 向こうに見えるのは八甲田山。前に書いたが春分秋分を知ったという説もある。神殿のふるいかたちだったかもしれない。



   実際の柱はすこし北に立っていた。今はドームで保護されている。その東にもうひとつドームがあった。そこは写真を撮ってはいけない...という気がして撮らなかった。そしてなぜだかわからないけれどもわたしはウタを歌っていた。....やさしいウタ。.....あとで知ったのだが、そこは1歳未満の子どもの墓で800体くらいあったという。おとなの墓とはずっと離れて生活のそばに置かれていたそうだ。実際に生活に使われていたらしい土器におさめられ、その土器は底や口が壊されていたという。再生を願ったのでは...といわれる。

   

   そんなこととは知らず、わたしは草地に寝転んで空を見ていた。とてもよい気持ちだった。ここに流れている気はやはらかでやさしい。いつまでもいたかった。

   

   柱の近くに大きな建物があった。集会所とか作業所という、ところが写真をあとで見たら....

   

   これは集会所の入り口、思わず撮った一枚、だがこんなけむりのような湯気のようなものはなかったと思う。屋根はとても高いところにあって、ここだけ光があたるとも思えない。水蒸気ではないようだ。謎である。

   

   内部はかなり広かった。中央に立っているのがガイドさん。

   

   三内丸山遺跡は江戸時代から知られていたが、本格的に発掘がはじまったのは野球場をつくろうとしたときの発掘からだそうだ。野球場はやめて遺跡がのこった。全国で縄文の遺跡はここも含めて三か所に過ぎないそうだ。教科書も弥生時代からが歴史のようなものなのだが、もっと縄文についての言及があってもいいのではないだろうか。

   天皇家のご先祖が渡来人であることが知れても、尊崇の念がかわることはないであろうし、日本人が単一民族でないことがわかっても、今より求心力が落ちることもあるまいと思う。実際日本人は縄文人と渡来人との混淆だし、グローバルでよいではないかと思う。世界最古の土器が日本で発見されていることを知っているひとは少ないのではあるまいか。一万年つづいた縄文時代について、またかずかずの伝承についてもっと調べてもいいのではと感じた。トロイの遺跡は発見され、伝説が事実であるとあきらかになったのは、シュリーマンの夢からだった。

   考古学は実証主義だが、想像力も必要である。土地の伝承などから探っていくこともできる。わたしが古代に興味を持ち出したのはごく最近だが、ネットを検索すると、実に多くの歴史探求愛好家が地道に努力をしていらっしゃることに驚き、敬服する。その原動力はただロマンを求めるということだけでなく、自らの出自、日本という国を知りたい....という希求もあるのだろう。もしかしたら、前世の遠い記憶が駆り立てているのかもしれない。

   さて、わたしは語り手である。文字に書かれた、あてがい扶持のものがたりではなく、血の流れた生き生きしたものがたりを語りたいという気持ちが嵩じて、歴史に首をつっこみ、今回の旅につながったわけである。総括は最終回の種差海岸の回まで待つとして、ルネサンスにも書いたのだが、わたしたちは2008年という今だけに生きているわけではないような気がした。土地にはエナジーがこもっている、そしてそこに生きてきたひとびとのかすかな記憶もその土地は持っているような気がする。土地の記憶なのか、いのちの残照のようなものなのかわからないけれど.....。

   遺跡を発掘し、維持してゆくのはたいへんなお金がかかる。青森県、青森市も弘前市も財政が逼迫しているようだ。三内丸山は広大な東北の縄文文化圏の中心であったのではといわれる。遺跡はまだ発掘が続いているが、周辺はいかに貴重なものであっても発掘が済むと埋め戻されてしまうのだそうだ。維持するには莫大な予算が必要らしい。

  ...大規模な工事に携わった夫の話だと、トンネル工事などで遺跡や遺物にぶつかると、すわ!!と機械で敷き均し埋めてしまうことがあるそうだ。工事がストップしてしまうからという。そんなことで失われた貴重な遺跡が全国津々浦々にあることだろう。それは歴史観を変えるような、国民的もしかしたら世界的な宝であったかもしれない。

最終回につづく




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共鳴  


   紀行文はひとやすみして、メモしておきたいことがあります。今 部屋の掃除をしています。捨てるものは捨ててしまおう!!と決心しながらなかなか捨てられません。語り手たちの会の研究セミナー関係を処分しようとして見つけたものがありました。それは 7年前のわたしの8つの課題でした。

   心に響くものがたりを掘り起こす。うちにあるものがたりをカタチにする。からはじまって”心をひらく””場を掴む””声を磨く””出だしと〆を決める”そして ”ものがたりを生きる”



   これは会に提出する課題ですからスピリチュアリティについては言及してありません。それについては十二分にあって、差し出すためのノウハウが課題だと考えていたのかもしれません。

   7年前と今では課題はどう変わったでしょう。3つの柱、ものがたり、声、ものがたりを生きることは変わってはいないのです。。では、どこが変わったのかな? 2年まえ気がついたことはひとの心に響く声のためにまた、ものがたりを生きるために身体性が重要である....ということでした。

   わたしはなんにでもメモをとるクセがあります。ノートが手元にないときはレジュメ、散らし、広告、その大量のメモの山を前に辟易しながらヘビののたくったような字を読んでいるうち、4枚のメモに共通することが書いてあって、たいへん驚きました。うかがった方はそれぞれ違い誰に聞いたのかさえ定かでないのもあるのですが...。聞いてメモをしたとき、わたしはその重要性を理解していなかったのでした。

   それは「音を意識する」ということです。たとえば、自分の声を「音」として聴くこと.....あるいは他の音の響きを聴くこと。それは自分の中を変えることにつながります。中がかわらなければひとの心に響かせるのはむつかしい。もっと先に進めるとトランス状態によって即興性は引起される....その経路、きっかけに『音』がなる。トランス状態....神懸かりとまでいかなくても、なにか自分以上の力がはたらく、そこには音の響きが介在する.....そして身体の動きがそれを加速すると気づいたのでした。

   もし、何か不測の事態が起きたらこの部屋からなにを持ち出そうか....パソコンは無理、本、ビウエラ?ネックレスとか?いいえ...メモ? いいえ 分厚いファイル5冊分のものがたりです。語ったものがたりはカキコミで汚れています。語るたびにかわってゆくからです。未だ真っ白な語っていないものがたりが1/3あります。これをほんとうの意味でカタチにして、たまゆらの命を響かせねばなりません。聴く人の心に共鳴したとき、はじめてものがたりはいのちを持つのでしょう。


   共鳴....これこそが鍵かもしれない。共鳴する身体、共鳴する魂、生命のエナジーが声になり....おとたま....意味づけされたことばが.....ことたまになる。......共鳴する身体によって倍音が生まれゆたかな声になる.....心だけでなく実は語り手と聴き手の身体そのものが共鳴している......

   そのために身体をゆるませる。自分自身を知ることが必要なのだと思います。


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   嶽きみ...というとうもろこしを売っていたところ。若いひとが多い....みんな気持ちよいほどよく食べる....つられて買ってしまう。車内でもくじらもちとかりんごカリントとか美味しいお菓子がおやつにまわってくる。



   枯れ草に寝転んで空を見る。どこもよい気が流れている。



 
   垂乳根の大銀杏のまえで.....



    
   白神のマザーツリー 樹齢400年のぶなの木.....




   白神山地を一望する。



   歌うひとびと



   大自然の気は純粋で気枯れ....がない。ありのまま、そのまま。この木はやさしかった。わたしに話しかけてきた。「白神の木はおしゃべりするそうですよ」とトマティスの森田さんが言ったけれど...ホントだった。青森は昔、日本の中心であったそうな....日の本中央と彫られた石があるのだそうだ。今回は行かなかったが十三湊は安東水軍の本拠地だった。系図をさかのぼると安東水軍はイワレヒコノミコト(神武天皇)に滅ぼされたトミノナガスネヒコに行き着く。

   そののち....平泉に黄金京をつくった藤原氏も....一歩遅れたために天下をとることはかなわなかったが、みちのく王として海外に船を送った伊達政宗も.....中央政府と一線を画して独自の文化を興した。そこには縄文の色濃い血の流れがあったのではないだろうか。

   歴史は重奏している...古代遺跡...大石上ピラミッド....三内丸山遺跡、小牧野遺跡、石神遺跡、垂柳遺跡....そして一戸、二戸、三戸...の由来、戸来村、キリストの墓...ヘライ村の婦人たちは明治まで、三角のストールをかけていたという。青森周辺にはもっと開かれるべき謎......縄文人とはなんだったか....日本という国の成り立ちとは....が埋もれているように思う。

   さてバスはイスキアを経由し岩木山の前をとおり、自然農法のりんご園に向かった。

   

   りんご園から見た岩木山....八甲田山かもしれない。りんごを買い求めた。化学の力を借りないりんご...農薬も肥料もつかわない林檎は虫食いの穴まで誇らしげだった。りんごは苦境にあうとより甘くなるそうである。人間とおなじだ....と思った。このあと名残惜しかったけれど、青森駅で解散となり、東京にむかうひと...秋田へ、九州へ、盛岡へ帰るひと、しばし駅頭で別れを惜しみつつ散っていった。これきり会えない方もいるだろうし、固く長い絆が生まれるひともいるだろう。よい仲間だった。会えたことに心から感謝したい。

   わたしはJALホテルに向かった。6時から朝の6時まで眠った。とちゅう胃が痛くて目覚め、足が痛くて目覚め、夢遊病のようにお風呂に入り、薬をのみ、足をもみ....Wベッドにひとり身体を伸ばした。明日はいよいよ、この旅のいちばん大きな目的地、三内丸山遺跡と種差海岸である。

つづく...



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   そしてバスは、出来島海岸の埋没林に向かった。出来島海岸は鯵ヶ沢から十三湖までの七里長浜の中間にある。埋没林とは28000年前の針葉樹林が一瞬にして埋まったものが真空パックのようになって、浸食によってあらわれたものだそうだ。日本海の海水を大陸からの風が吹き上げる。それがさまざまな雲になる。雄大な空と海と陸地の交響楽である。

  

 

波の花...勾玉のようだ。

  これが最終氷期埋没林、この下は大陸から波が運んできたゴミの山。

   参加者のなかにバレーダンサーの片岡道人さん一家がおられた。最初に満喜子先生の先導でウタう。つぎに片岡先生の先導で踊りながらウタう。身体をつかうというのはすごいことなのだった。森のなかで木を抱いて歌うのとは全く違っていた。日本海の荒々しい息吹きが血管に作用したのかもしれない。わたしの意識はすっかり飛んでしまい....トランス状態はこれで三度目....ウタっていた。それで見られなかったが、みなさんのお話だと片岡さんのパフォーマンスは素晴らしかったそうである。風すさぶ埋没林にはだれもいないからよかったけれど、ダレか目撃者がいたら新手のカルト集団と思われただろう。今は縄文時代ではない。

左端にうつっているのが片岡道人さん

   さて、どうやら わたしは順序を間違えたみたい。ベンセ湿原のあとが埋没林かもしれない。....ともあれバスは宿泊地の椿山に向かった。コティジにひとやすみしてすぐにセミナーのために本部棟に向かう。二日間の強行軍でわたしの足はこわれかけ、痙攣する始末、ロビーのソファでさまざまな方々にお世話になった。野口整体の方、電気をかける方、それから片岡さん....みなさま ありがとうございました。

   セミナーは21:00までつづいた。満喜子先生とひとりひとりのセッション、それぞれの今が語られる。....満喜子先生のウタうわたしのウタはすこし不安定さを残しつつ力つよかった。.....あたらしい扉がひらくところだという.....わたしのウタもまた。夜 温泉に入ってやすむ。夢もみないで寝る。

   翌朝 飛び起きた。なんてうつくしい朝....散歩に出かける。まだ足が心配なので丘陵を歩かないでころがっていった。歩くよりよっぽど早い。野生が甦るような血がたぎるような感じがして、わたしは笑いながらころがっていった。目が回るのさえおかしくて...。

  ハマナスの実...花はいい香りがした。






岬をみつける。ロープが張ってあるがかまわず入る。刈り取られたススキの株がゴツゴツと足に痛い。ようやく絶壁に着く。押し寄せる雲の波、押し寄せる白い波、ウタっている。バッグに録音機が入っていることに気づいて録った。



   縄文を求める旅...とは自然の力を知る旅でもあった。かつて圧倒的な力溢れた自然....山に河に海に木に生き物に精霊がやどっていた....それを感得し自分の気脈をひらく旅、自分のうちにある記憶と力を取り戻す旅であることをわたしは理解した。そして縄文の旅....とは学校で教えてはくれなかった歴史を知る旅であり、身体で事実と気配を知る旅であるのだろうと予感した。

つづく


   

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    10/11、会社の役員のお嬢さんの結婚式に参列したあと、青森縄文ツアーに合流するため東京駅に向かった。新幹線の最終に間に合わないため22:30夜行バスラフォーレで行くことにしたのだ。

    ところが、駅で駅員さんに呼び止められ電車に乗り損なう。次のJRだと2.3分遅れるかもしれない。すぐに高速バス(JR)にTELするが、「待つことはできない、定刻とおり出発」とにべもない返事、「チケットを解約したほうがよい」と言われる。だが、あきらめるのは早いと思い、つぎのJRに乗ると快速で22;20に東京に着いた。..よかった、間に合うと胸をなでおろす。....ところがなぜかわたしは降りなかったのである。有楽町で飛び降り、のぼりホームへの階段を駆け下りたが、目の前で扉は閉まる....次は22;26分、完全にアウトだ..だが、あきらめない、こんなに邪魔が入るのはなにかある(この旅に行くことで何かが起こる可能性がある)からに違いないと思う。絶対に行く。東京駅の端から端、八重洲南口までリュックを背負い、スーツケースを引き、ひとの波を縫って走る、走る、「青森行きの方いませんか!!」と叫ぶ声。「ここにいます!!」とあえぎつつ叫ぶ。ぴったり22:30だった。

    高速バスの旅は長い。ヨーロッパにエコノミークラスで行くくらい長い。JRは三列で他社よりはゆったりしているようであるが、それでもきつかった。片道10000円(新幹線だと15000くらい)が高いか安いかは考え方である。出発時間の関係でJRにしたが、他社は往復10000円くらいのようだ。

  バスの中から見た日の出


    8;00青森駅に着いた。


 
    しんみりした感じの町並みをJALホテルをめざして歩く。昨日の披露宴がすでに遠い。披露宴のあとなにも口にしていなかったので、ホテルで朝食をとることにしたら、満喜子先生とバッタリ会っていっしょにお食事した。先生のスケジュールは並ではない。舞台の合間を縫っての旅、このツアーはセミナーを兼ねているのだ。「ずいぶん変わりましたね、つよくなった。そのうちコラボしましょう」とおっしゃった。...そう、お会いしたのが6月、ほんとうに変わった気がする。....だが、コラボはまだまだ、わたしはまだ怖い、この恐れはなんだろうと思う。

    バスは30人のりくらいのデラックスカーである。こういう目的を持った旅の企画もいいなぁ。。。。語り手たちの会でもやってみればいいのに.....とふと思った。企画のOさんは魅力的な方だった。もしかしたら運命的出会いかもしれない。彼女の家は会津藩の出であり、流されたこの福島で生き延びた一族だった。....弥陀ヶ原心中で語ったあの世界....である。そのうえ、Oさんは会津のひとびと、青森でもゲダカ(毛虫)侍とさげすまれたひとびとのことを語りたくて書き溜めてきたのだという。Oさんはダンスとウタはするけれど語りはしたことがない。おたがいに見つけた!のだ。Oさんは夢をかなえる鍵のひとつを、わたしは同志を。

    ナビゲーターは地元にお住まいの一戸さん、彼は超古代史研究家で26才くらいかと思ったら、46歳、お母様との参加と思ったら、実はご夫妻なのだそうだ。このツアーはきのうからはじまっていて、三内丸山遺跡はすでに終わっている。わたしは14日、ひとりで三内にまわる予定だ。

    最初に行ったのは日本で最古のりんごの木があるりんご園。

 りんご園にはネコちゃんたちが棲みついていた。

  これがそのりんご

  これが最古の林檎の木

   このツアーは空と水と木々に出会う旅でもあった。

  ベンセ湿原 風吹きすさぶ荒涼とした湿原.....だれかがスコットランドの湿原に似てる...と言った。

  光たわむれるさざなみ

   十二湖、青池に向かう、小鳥たちが出迎えてくれた。



   ティンシャを鳴らして歩いてみた。青池の水の色はおどろくほどのインクブルー、最初に撮った写真にオーブ...たまゆらがふたつウツッテイル。オーブは磁場のよいところに出るそうだ。たまゆらのもともとの意味は勾玉がふれあったときのかそけき音、つかのまの...という意味もある。



  この色のほうが青池にちかい。湖面の銀杏の葉が金色だった。

   そのあと青池から戻る途中の森のなかでめいめいウタっていたような気がする。それぞれがお気に入りの木をみつけて....わたしも。

  十二湖の森で....



白神では意識を広げる突端に強い気がズーンと入ってくる。ここに来た目的のひとつをわたしは理解した。森とひとつになること、木とひとつになること、自分の枠から....自分をある意味でまもってくれ、ある意味で阻害していた枠から外に出ること。意識をひろげることを畏れないこと。自分の意志の力でトランス状態に入れるようにすること。


※ベンセの語源はアイヌ....縄文人の末裔のことばで上の方....という説がある。
白神はシラー・カムイではないかとどこかの大学の名誉教授が書かれていた。


※戊辰戦争のあと、会津藩の藩士とその家族は下北半島に流された。斗南藩は全くの不毛の地で米も野菜も満足に栽培できなかった。餓死を免れるために、海岸へ流れ着く昆布や若布を拾い集めて、乾燥させこれを棒で叩いて細かくしたものを粥に炊く。野山の雪を掻いてワラビや葛の根を掘って集め、叩き砕いて何度も水にさらし、澱粉をとり米糠に混ぜ塩を加えて、団子とし串に刺して火にあぶって喰うなど、ありとあらゆる工夫をした。

 馬に喰わせる大豆を食って、「斗南衆の鳩侍・そばに寄ると豆臭い」などと地元の者にあざ笑いされのはまだしも、雑草を食べ尽くし、「会津のゲダカ侍」と陰口された。(ゲダカとは地方の方言で毛虫のこと)無念にも犬や松の白皮さえも、剥いで喰った人々がいたという。結果 娘を遊女に売るものもあった。

 斗南...とはいつか南に帰るという願いをこめたものという、



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   鍛治師 河上知明さんからご招待いただき、奥さまの蒔絵師 河上美津子さんとの二人展に行きました。場所は円覚寺塔頭 龍隠庵....円覚寺は北鎌倉の駅前ですが、緑の紅葉が目にあざやか...街中とは思えぬ静かな佇まい、外人さんのカップル、撮影班がカメラ機器を持って移動しているほかは人影もまばらでした。

  どうやら迷子になったらしく、緑に染まるように歩いていると白い髯、作務衣すがたのご老人が池を眺めています。...思わず思わず”こんにちは!!”と声をかけてしまいました。すると帰ってきた声の不思議な響き、あかるくたかく張りのある声はただのおとしよりとは思えず、同道した娘はふりかえって手を合わせていました。....かえりぎわ、方丈さんに伺ったところ独鈷庵に住まわれている御長老..とのこと、御年97歳だそうです。...すでに神仙の風格でした。

  龍陰庵でもうひとつめぐり合いがありました。女優であり語り手である山下智子さんとその効果音楽を担当し且つお菓子研究家の塩見さきえさんです。山下さんは着物すがたのはんなりしたうつくしい方。塩見さんは闊達ななかに繊細さを感じる方でした。ご紹介いただき語り合ううちに意気投合しました。山下さんは10/5、河上さんがつくられた燭台の灯りのもとで、”京ことばで語る源氏物語”をなさったばかりでした。名草姫伝説についてお話して....語りは鎮魂....ですねと申しましたら、実は、源氏の公演のあと、あいさつのなかで思わず、考えてもいなかった鎮魂...ということばが出てしまったのです....とおっしゃっていました。塩見さんと三人で尽きせぬ語り論議に、再会を約しました。

  立場や方法は違えど、志をおなじくする方に出会えると勇気がわきます。着いたとき、降りる駅を間違えて先に江ノ島に行ったことも、明日ではなく今日此処にきたことも、みな偶然ではないのでしょう。ウィムさんとの出会い、スカイフックさんとの出会い、トマティスとの出会い、奈良祐之さんとの出会い、満喜子先生との出会い、河上さんとの出会い、三昧琴との出会い...みな偶然ではないようです。

  出会いといえば、トマティスの堀井先生の朗読ワークショップ初日、顔を出すと「どうしてここに?!」と驚愕の声、近くの町で朗読やお芝居をなさる劇団の代表者Sさんでした。わたしが地元でひらくワークショップに幾度か参加していただいた..ことで知り合ったとても真摯な方です。

  終わったあと、堀井先生を囲んでまたまたびっくり!! Sさんの前回の公演”おコン狐”、その指導をお願いしたのが堀井先生だったのだそうです。.....わたしはその公演は見なかったのですが、評判は聞き、やまもとのりこさんのワークショップを開いたとき、Sさんのグループの技量や声が目に見えて変わったことを感じたのですが、なるほどと腑に落ちました。わずか数回の指導であんなにも変わるのかとあらためて堀井先生の指導者としての大きさを思いました。Sさんたちも真正面から受け止め精進なさったのでしょう。


....ひとと人は会うべくして会うのだ...としみじみ思います。出会わせていただいたことに感謝し、生かしてゆきたい、ことと想いを尽くしてお返ししたいとつくづく思います。あしたはあなたに、まだ見ぬあなたに会えるかもしれない、その出会いがふたりを開き変えてゆくかもしれない、すでに出会っているあなたにも会えるかもしれない、見えなかったものが見えてあたらしいなにかがはじまるかもしれない、人生はわくわくする冒険です.....さて、鎌倉に戻りましょう。三昧琴を抱き、ハトノサブレのお店で シュガーケーキとショコラノワールをおみやげにして帰りました。あさっては青森に向かいます。





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  名草姫を祀る神社のひとつ宇賀部神社...和歌山県


.......実は一昨日 UFOを見ました。夫が「おかしなものが見える」と呼ぶので外に出てみると、微妙な動きをする光るものが空に浮かんでいました。まさかと思ったのですが、きのう、一昨日と目撃情報が多いのでたぶんそうなんだろうと思います。なにしにきているのかなぁ、観光かしら、観察かしら?それとも監視!?

   さて、きのうのライブを含めてこのところ気づいたことを忘れないうちにメモしておきます。

1 ノリというレヴェルでの即興では、構成は事前にしっかりしておいたほうがよい。(起承転結、あるいは序破急のない語りは聴き手を向こう岸に連れてゆき連れ帰ることが半端になる可能性がある、ノリノリだったらそんなものは超越してしまうので問題はない)

2 即興をノリノリのトランス狂態にまで持ってゆくにはある”場”が必要である。

3 身体というものは手入れをし鍛えれば、ある日突然動き出す。

4 日頃、怠り無く身体と感覚を磨いておく、するとものがたりが乗るのが早い。(練習はしなかったが身体と発声についてできる範囲で時間をかけてきました。その積み重ねの結果が今回はっきりわかりました)

5 響きで伝えるか、イメージで伝えるか...響きは身体と音声にすでにある。響きを伝えるだけでも意味はあるが、イメージで伝えようとすることでものがたりはより深くなる。

6 高周波、また音のゆらぎ..はひとを変性意識に導くヒントである。

   名草姫伝説について映像が見えたという感想がいくつかありました。”ほうっておけばうしなわれてしまうたいせつなものを伝え残してゆくのだ.....というメッセージを受け取りました”....という感想がうれしかった。語っている当人はそこまで考えるゆとりはありませんでした。聴いてくださる方々のまなざしや頷きがものがたりを支えてくださいました。ありがとうございました。

   身体で語る...という感じがはじめてした、声をあえて出そうとする必要はまったくありませんでした、立ち姿がきれいになったという感想をはじめていただき、身体は応えてくれるのだとしみじみ思いました。...自力整体で身体がゆるんだこと、最終的にはトマティスの訓練法で身体が目覚めたように思います。胸郭に自分の声が響いているのを感じ、自分の声がよく聞こえました。身体にありがとうという気持ちでいっぱいです。

   今後の方向性で考えられるのは....より即興的なパフォーマンスにするのか、それとも演出をして練り上げ創りあげてゆくのかなのですが、どうなるかわかりません。前者の場合わたしという器をつかっていただけるかどうか、それがまずあってわたしが決めることではないからです。.....後者の場合どなたかに頼むのが一番ですが、一度は、やってみたいですね。右脳的な直感的なものと左脳的な論理性...それがひとつになったときなにが生まれるだろうと思います。

   課題はまだまだあります。歯を治すこと、口跡をうつくしくすること、もっと身体を目覚めさせること、楽器とウタとカタリをどう組み合わせるか、そして直前で焦らないですむよう早目の準備をわすれない....たぶんこれがいちばんむつかしそうです。

.....今回のお客様はどちらかというと年配の方が多かったようです。語りの文化をもっと広げられたら....幼稚園や学校で読み聞かせやストーリーテリングに親しむ子どもたちは多いはず.....長い方は20年、30年...わたしでさえ8年活動を続けているのですが...ストーリーテリングを聴いて大きくなったその子たちはどこにいるのかなぁ....おとなのための語りにつなぐブリッジが必要なのでしょうか....その橋をかけるためにわたしにできることってなんだろう....

  語り手は語りたいものがたり....を語るのですが、愛好者の愛好者による愛好者のための活動では、なんだか未来がない....このもっとも古くあたらしい語りの文化をもっとつなげるために甦らせるためになにができるのだろう....とあらためて思いました。.....まずはヤングアダルトのために語りたい、ものがたりはそう年齢を選ぶものではないけれど、その年代だからこそ、沁みとおるものがたりが必ずあるはずだ。それはどんなものがたりだろう....ともあれ語る場所、中学とか高校があったらいいですね......。

  そしてもうひとつ思いますのは、この世での敗者のものがたり、鎮魂のものがたりを語ったあと、なにが訪れるだろうということです。鎮魂のものがたりを語ることは、浄化であると感じています。わたしのうちなるもの、聴き手のみなさまのうちなるもののなかにある、なにかを鎮めるのだと.....。そうしないではいられないなにかがある。...それが癒されるときがいつかきたら、つぎはなにが訪れるのでしょう。






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   今日はおはなし会の本番でした。日曜日のリハーサルで時間を大幅に超過してしまい、削りに削ったのが今朝のこと。いつも本番のまえには、なんでこんなことをはじめたのだろう、逃げ出したい...と思うのが常ですが、今日はほんとうにこわかった.....。直前までホールに入らず、お散歩中のまっしろなサムエドと遊んだり、ストレッチをしたり、祈ったりしていました。

   お客さまは70名ほど、ほぼいっぱいです。わたしは最後でした。ステージにあがるとすーっと落ち着いてなにもなかった....ウタとカタリがあるだけでした。.....あたらしいバージョンでは一度も練習していなかったのですが、なにも問題はありませんでした。名草の地に降り注ぐ日のひかり、こぼれる花々、しろく溶けてゆく月、燃える日輪、真っ赤に染まったクモ池、名草姫のひとみに浮かぶ青い空....なにもかも見えました。けれども今日の語りは聴き手に捧げられたものではありませんでした。

   終わってこんなに深い喜びを感じたのははじめてでした。満足した...というのではないのです。技術的にもまだまだ、語りこむまでまだまだ....ですが語らせていただけたことがうれしかった....ウラの日本書紀、敗者の側のフルコトフミを語らせていただいた。.....ことば無きひと、語ることのできないひとたちのかわりに拙いながら語らせていただいて、為すべきことを果たしたような、やすらぎがありました。今日ばかりは自分自身に喝采して休みましょう。
   

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   奈良さんに教えていただいた青山の”ブッククラブカイ”に行きました。1時間半電車に揺られているあいだ半ば気持ちよく眠っていました。目的もドルイドベルは品切れでしたが、チベタンベルがあったので贖いました。一歩奥まった住宅街の地下一階にあるちいさな本屋ですが、佇まいがすてき、雰囲気もすてき!。。置いてある本はスピリチュアル系の本ばかり....グノーシス派、ユング、ネイティブ....アメリカのもならずアボリジニ他の.....のひとたちの本、シャーマニズム関連、ケルトの伝説、シュタイナー、ボディワーク、アレクサンダーテクニークも....わたしの所蔵している本も何冊かありました。うーん ドルイドベルが秘密のたからものみたいな本屋にいざなってくれたわけです。

   このあいだ再話した”イスの都のものがたり”と異なるバージョンが載っているケルトの伝説集を買いました。....CDが気になって十数枚ならべてあるなかから一枚選ぼうとしたとき、戯れに一枚一枚触れてみたら、そのうちの一枚に触れた時ビリビリっときて心臓がハグハグしたので買い求めました。ヒルデガードという修道女、....この方は幻視者だったそうです......のつくった曲でした。

   朝 お風呂のなかで”名草姫伝説”はじめて通しで語ってみました。.....なんとかいけるかな.....これで胃のあやしい感じもなおるといいんだけれど。。。。。おとといから調子がわるい、意外とガラスの心臓です。これから夫とむすめと生垣の刈り込みをします。夫はいそいそと機械を買いに行きました。.....植木屋さんに頼んだほうがよかったかな.....とちょっと後悔しています。

   午後リハーサルのあと、トマティスの朗読講座第二期がはじまります。リピーター率90%....なんと9人がそのまま進み、新人..ただし経験者がふたり加わるとか....新人向けの講座はきのうからはじまっていて発表会は2クラス合同でものがたりシアターとどうようにしてひらかれます。まだ先のはなしですが近隣の方はどうぞおたちよりください。

   ゆらぎについては今夜トマティスを受けたあと、つづきを書こうと思います。

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   トマティスでおちいるトランス状態...は音のゆらぎによるのではないか....と気づきました。トマティスではモーツァルトやグレゴリア聖歌の一部にフィルターをかけて聞かせるのですが、そのフィルター部分に入ったとき、感情の迸り、色彩、映像、引き裂かれるような変化が起きることに気づいたのです。

   そして今日ある日記からヒントをいただきました。.....つづきを書きたいのですが、これから東京です。あしたはリハーサルなのでグッズが必要です。さきほどものがたりをなおしました。....このまま練習を全くしないで、”エチュード”...筋だけ決まっている即興...のような語りをするのはやはりすこしばかり勇気がいります。自分の会ではないだけに。

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