遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



   今日のテーマも声ですが、どこに迷走するかわかりません。書きたいことがたくさんあって趣くままに書いてみます。

   感覚と身体と心そして魂の一体化...芝居でも語りでも他の芸能でもひとの魂に響かせるためにそれは必要なことだと繰り返し述べてきました。今から三年前、カナダのストーリーテラー、キャシーのことば、RADAでの体験....をとおし実際に聴くこと語ることから得た...ことばや文字ではないそれこそ自分の身体と感覚と魂そのものが”知った”ことです。

   ですから当然器質的な....横隔膜や声帯または腹式呼吸というような肉体的構造だけのヴォイストレーニングには限界があります。そういう意味で川瀬さんから受けたワークショップと個人セッションはわずか3回でしたが印象に残るものでした。声がひかりになりえることを実感したのです。ところが川瀬さんはこの3月病に倒れ復帰のめどが立っていません。

   きのう行ったのは川瀬さんの意志 川瀬さんが半ばでつづけられなくなったことを継承してくださった方のワークショップでした。9人の参加者..は円になります。ハグからはじまりました....各チャクラからの発声 おなじアの音でも意識する場所で音は変わります...わたしの場合は喉つぎに胸のチャクラのところでひっかかりを感じます。すると講師は「わたしの体験からいうとあなたはだれかに言いたいことがあるのです」...これは悦子さんに言われたことと重なりました。胸は想いがたまるところですね。

   身体の軸....そのつまりがとれればスコーンと声が出るようになる...と聴いたことがあります。身体にたまったものを声とともに全部出すというエクササイズがあったのですが、自分でも驚くような声でした。そのあと声がまったく変わりました。わたしは声をかなり低めにしているのですが、実際の声はもっとずっと高いようです。

   マントラの倍音発声のあと、最後にカッチーニのアヴェマリアを歌います。実はほとんどこのためにきました。最初に全員で...それからふたりで組んで つぎにひとりで....ふたりのとき 相手がかわると出る声が変わる...合わせよう補い合おうとするためでしょうか....それがおもしろかった。そしてソロでの歌 みなさん素晴らしかったです。楽譜を手放せなかった方が楽譜をしまって歌ったとき、その声は自由になって羽ばたきました。

   わたしはしみじみとしあわせにみなさんの光となって降るような声の響きを腕..かいな..をひろげて受け取りました。ワークショップのはじめとおわりではみなさんの顔がちがいました。センターに置いた各自のペットボトルの水の味が変わりました。そして信じられないと思いますがセンターの床から1mくらいのところがとてもあたたかい、あきらかに温度が上がったのです。どうしてでしょうね。

   川瀬さんはカリスマ性のある方でした。今日の講師は地に足のついた、ひとをつなげる天性のものを持っていらっしゃる方でした。同じテーマでも講師によって見えるものは変わってきます。....わたしが声にこだわるのは声で半ば決まるからです。語りはその語り手を語ってしまいますね。.....そのなかでもっとも本質的なものを伝えるのが声なのです。

   ひとはそれぞれ耀きに充ちた声を持っているのですが、感情...わだかまり...発声のくせ...からだの遣い方....などで本来の声がでてはいない。自分の声は好きじゃない.....という方は多いのじゃないでしょうか。芸能の王道は自分を磨くことです。しかるに芸の道に向かい努力することはおのずと人間を磨くことにもなる。→→→は←←←になり螺旋を描いて高く昇ってゆく....おどおどぬめぬめしたもの小暗いものを捨て去ってゆけば......いや捨てることもいらないのかもしれません。

   わたしは市井でまわりの人々えにしある方々に語ってゆきたい、けれどするからにはベストを尽くしたい、声の不思議、神秘を知った今、自分の声を取り戻しひとを癒せる語り手になりたい....隣にいた方が「今日 きてよかった、あなたの声が聴けてよかった..」と言ってくださった.......わたしはまだまだ捨てなくてはならないものがあるのですが、今の自分もうけとめて抱きしめていきたいと思います。

   ワークショップで気づきを得ることはできる、声は一時 耀きを増す...これをどのように定着させるか.....川瀬さんとの個人セッションでは声がどんどん高くなって澄んでゆくのがわかりました...でもそのあと自分の声がどう変わったのか変わらないのかわからない.....たぶん”その時”変容すればいいのでしょう....降ってくる、沁みこんでくる声に...主張する声ではないはずです。雨のような....ひかりのような....

   結局迷走も寄り道もしませんでしたね。書きたいことは岡崎京子さんのことなんですが。今夜霊感が降ってくるのを待ちましょう。
   






   

    

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   朗読ワークショップ第2回です。トマティスメソッドによるエクササイズのあと堀井先生が『今回の「幸福の王子」は浪漫劇場のスタイルでオスカーワイルドの詩的な世界をリアルに表現するのではなく、むしろ朗々とうたいあげるようにしましょう』とおっしゃいました。

   (昭和44年三島由紀夫と松浦竹夫等によって劇団浪漫劇場は結成されました。昭和45年11月、三島の自決二日前まで「薔薇と海賊」を上演し、三島由紀夫は問題のシーンで涙していたそうです。)

それを聞いたとき、天の計らい!と思いました。わたしは声を外に出すより自分の内に落とし勝ちなのです。もっと前に前に!と永実子さんに注意されたこともありますし、聴き手を置いてけぼりにしてしまう...と言われたときもあります。内省的になっているとき、怖れがあるとき、疲れているときは声が前に出にくいのですが、それにはもうひとつ理由があるように思われました。

   わたし自身に踏み込まれたくない想いがあることと関わりがあるような気がしたのです。本来 ひとの肉声はやさしいものですが、力で押してくる声、耳に障る声、押し付けがましい声は生理的に受けつけない、逃げ出したくなるときがあります。トマティスによれば聞き取れない声は発声できないのですから聞きたくない声の調子...当然 発声できにくい....ということになります。

   発声のメカニズムには心理的要因もあるといいます。聴きたくない音 周波数は耳が拒絶してしまう.....たとえばガラスを爪でこするようなキーーーという音、いつも叱られているひとの声....するとその周波数が発声できなくなる。わたしは二年前から喉に圧迫がある、出にくい感じがある...という違和感を感じていました。ヒーラーの悦子さんは「おかあさんに、話したい、伝えたいことを伝えていないから...」といいました。声はなんて不思議なんでしょうね。...

   これらのことを含めて声を前に出すこと、あえて避けてきた「表現」に一歩を踏み出せるような気がして、わたしは堀井先生に訊ねました。「わたしは声を内に落とし勝ちなのですが内に落とすのと外へ出そうとするとどのくらいの割合で考えたらいいでしょうか」先生は頷いていいました。「.....さんの場合は充分内側をとおっているので100%外に出して大丈夫です。やってみましょう。あたらしくひろがっていきますよ」あと三回の練習のあと、最終日は発表会です。たのしみなことになりました。さて、どんな展開になりますやら...。


   ワークショップのあと、さっちぃさんと待ち合わせてランチを兼ねて会社のホームページの打ち合わせをしたあと、ついついと見えない糸に引かれるようにわたしはひとり歩き出しました。といってもあてはないのです。手がかりは墓地と高速道路かなにかの車の音....わたしは35年前訪ねた大島弓子さんの住んでいた家を探していたのでした。....この花屋でお花を買ったのだろうか....やがて黒々と茂みが見えてきました。なぜか見覚えがありました。

   それは永福寺の境内の木々でした。手前を左折すると...蔦のからまる「生体エネルギー研究所」の異様....そのままぐるり境内、墓地をまわりこむと...あの夜聴いたと同じ車の音がさぁーっと波のようにわたしを捉えました。...ここに違いない...あの窓から見えた墓地は....そうか二階からだったのだ.....角度から特定できました。...たぶん、ここ、屋根より高く琵琶の木が聳え採るひともないのか黄金の実がたわわに実っていました。

   わたしはためいきをひとつつき琵琶の木を見上げました。夢ではなかった....ここに確かにわたしの運命の曲がり角となったひとが棲んでいた。そしてわたしは自ら探し当て扉を叩いた。35年前も今も変わらない、これからもわたしは扉を叩き続けるでしょう。その向こうに待っているものがなにかわからないけれど....。道すがら、どこから漂ってくるのか くちなしの甘い匂いがしました。




   


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  コーヒーを頼みトランヴェールの特集”東北のジャズ”を読んでいるうちにあっけなく新幹線は上田に着いていました。わたしは騒ぐ胸を押さえながら若い頃幾度か立ち寄った上田駅に降り立ちました。.....信州の工芸、籐のサンドウィッチケースを買った梁の黒光りしていたみやげ物屋さんはどこだろう...?ジーンズのワンピースを着替えにと求めた洋品店は?...たしかいい感じの喫茶店があったはず....けれど、昔の面影はなにひとつありません。グレーとベージュのどこにもある小奇麗なビルが駅前に積み木のようにならび、お馴染みのセブンイレブンやドトゥールの看板が出迎えてくれました。

  やがて、斎藤ホテルのバスが迎えにきてくれました。スタジオプラネットのオーナー、ラヴェンダーさんにお誘いいただいて、信州鹿教湯温泉に行くのです。バスは20名ほどのお客を乗せてみどり、緑の山なかを走ります。駅前の変容にいささかがっかりしていたわたしは、山の気に遠い記憶のような衝動のようななにかが呼び覚まされるように感じました。そしてなにかしらつつじの娘を語りたくなって、ものがたりを追っているうちに眠り込んでしまいました。

  ロビーでウェルカムドリンクをいただいてラヴェンダーさんのお部屋に案内していただき、わたしたちは再会しました。窓から、川が見下ろせます。山あいから八雲立ち緑したたる素晴らしいロケーションでした。四方山話に旧交をあたため、ラヴェンダーさんの案内で温水プールに向かいます。夜には天窓から月が空に浮かんでいるのが見えるとか....わたしもゆらゆら水にまかせ浮かんでいました。プールに入るのは何年降りでしょう。全く泳げないのですが、大いなる野心が湧きました。よーし このあいだ見つけたスポーツ施設に通ってみよう。泳げるようになるかなぁ...

  プールの脇にはサウナやトレーニングルームがあってマシンがならんでいます。20歩ほどで大浴場です。泉質はやはらかくまろやか...かけ流しの湯です。お風呂はそこそこにさぁ夕食....食事はビュッフェのかたちでフレンチ、和食、好きなものをチョイスします。日本のホテル百選にも選ばれたという美味しい料理でした。デキャンタで白と赤のワインをとって、話ははずみます。甘党の方には...デザートもケーキ3種やババロア2種フルーツ...デザートもフルコースしっかりいただきお部屋に戻っても話は尽きず心溢れわたしはいつになくしあわせでした。。


  ラヴェンダーさんから斉藤ホテルのことは幾度かうかがっていましたが、あたらしい湯治のかたち、休暇の過ごし方のかたちがあるように思いました。リピーターの方が多いこと、滞在者がいらっしゃることもうなづけます。ホテルの周辺は自然ゆたかで散策を楽しむこともできますし、ライブラリも備えています。観光スポットを訪ね歩き確認する観光も楽しみですが 自分の身体をいとおしみその声を聴き、自然のなかで深く呼吸し交流する...そのようなおとなのための贅沢な時間がもっとあってもいい...このホテルのありようはその一つの提案のように思います。

  深夜のロビーにはヘンデルのアリア、オンブラ・マイ・フがながれていました。このホテルに流れる静謐...宿泊者やスタッフのなかにながれることばにしがたい雰囲気....にその旋律はかなっているように思われました。
 

写真はあとでUPします。

斉藤ホテルサイト






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   大島弓子さんを知っていますか?小泉今日子さん主演で「ぐーぐーだって猫である」という映画が封切られ?ましたが、その作者が大島弓子さんです。大島さんが最初にブレイクしたのは”ミモザ館でつかまえて”....タイトルからサリンジャーのライ麦畑でつかまえてを想起されたように....イノセント...喪うということ...愛をテーマにしたものがたりです。

   わたしが少女漫画にはまっていったのは十代の後半でした。少女時代から本がすきで図書館から父の書棚、暮らしの手帖、週刊朝日、リーダースダイジェスト、高橋和己、三島、大江、倉橋由美子、カポーティー、ブラックウッド、シムノン、グリーン、モーリヤック、クラーク、ハインライン....なんだってよかった。本ならなんでもよかった。本さえ読んでいれば”向こう”に行けた。....

   なぜ本を読むのか?異世界へいけるからです。想像は羽ばたき飛翔する。ここではないどこか、いまではないいつかに向かって旅することは、現実とのどうしようもない違和感...現実と擦れ合うイタミを癒してくれたのでした。

   けれども、飢えを充たすように読んできて...10代の後半...その魔法が消えかけてきた。本を探して探して読んでも...以前のように満たされなくなっていた。そのとき漫画はあったんですね。そこにあったのはエッセンスそのものでした。文学をたぐってたぐってようやくたどりつける一滴の至福がそれこそ一作につき水晶の小壜一本分あった。おりしも萩尾望都、山岸涼子....など、高い文学性とみずみずしい叙情性、繊細な心理描写があいまって少女漫画は黄金時代を迎えようとしていた...ありとあらゆるジャンルがあり実験がされました。

   そのなかで繰り返されたのは”此処はわたしの場所ではない”というこ主旋律そして”傷痕””愛””再生”であったように思います。少なくともわたしが惹かれた作品はそうでした。それは存在そのもののイタミなのでした。自分のいるべき場所はどこなのか...ポーの一族のエドガーとアラン、トーマの心臓のユリスモール、スターレッドのスカーレット、日出る処の天子の厩戸、ダリアの帯、....”此処ではない場所”はどこなのか彼らは絶望しそうになりながら渇望します。それは当然作者である三人の問いかけでもあったわけです。

   此処から飛翔する翼となるものは...それはほぼ愛のようなものなのですが、三人三様です。強いていうなら萩尾さんの場合は思念、祈りであり、山岸さんは行為であり、大島さんの場合は天から降ってくる光や海に降りつづける雪のようなもの...でした。三人とも此処では得られないこと、死することでしか”向こう”にはいけないことを知っていて、それでもあきらめはしないのでした。


   此処...わたしたちが生きている現実....壁のようにとりまいている、学校、政治、社会 蟻の這い出るスキマもないほど構築された歴史、実は厳然とある身分差別、絵空ごとの平和と平等....それらのものと自分の内面の感受性や認識とのギャップ...を埋めるもの、埋められなくとも橋になりそうなものをわたしたちは欲していたのかも知れません。

   70年安保の歴史的敗退、そして浅間山荘、よど号事件は日本の若者たちのある方向性を殺してしまった....日本でサブカルチャー、オタク文化が隆盛したのはいきどころのいないエネルギーの持って行き場のように思えます。寛容なひとびと、自分と社会の折り合いをつけられるひとびとはいい、けれども埋めようがないひともいます。不登校とかニートとか、それは社会への不適合とは言い難いとわたしは感じています。

   こんな理不尽な世界に適合しようとしたら自分の中のやはらかい何かを殺さなければならないからです。生きているうちにひとは幾度傷つき自分を殺すことでしょう。殺さないためにはどうしたらいいのか。強い使命感を持つ、あるいは仮の世であると認識する。自分の趣味に没頭する。あくまでも冷徹な意識を持つそれとも酩酊か、盲いになるか、或は隠棲か行動か。

   本、そして少女漫画はわたしにとっていたみをやはらげ、生きる力を奮い起こしてくれるものでした。そして語り、も自らを癒すだけでなく、聴き手を癒すことさえできる、生きる力を呼び起こすことができるものでした。語りに出会い、自分にもその力があることを知ったとき、わたしは自分の手のうちにはじめてひとを癒すことのできるアイテムを見つけたのです。わたしが語るのはほんとうに語ることが好きだから、語ることで自分を癒し、聴き手からいただく波動で力をいただき、聞いてくださる方のなかになにかを呼び起こさせていただけるからです。

   ことばを磨く、ものがたりをつくる。デッサンの力を身につける代わりに声を磨き、そしてなにより自分の内なる声に耳を傾けます。此処はどこだろう、どこが痛むのだろう、わたしはどこに行きたいのだろう。そのためになにをすればいいのだろう。


      


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   きのうは永福町に行きました。朗読のワークショップがあったのです。渋谷で井の頭線に乗り換えるのですが湘南新宿ラインのホームは遠くて遠くて乗り換えに20分かかりました。連日の遠出で疲れている膝には堪えました。井の頭線の沿線から白鳥座という劇団のビルが見えました。白鳥座→少女漫画→と脳のシノプシスに微細電流が走ったのか、30年前漫画家の大島弓子さんを訪ねたのが永福町...だったことを突然思い出したのです。

   大島さんについては後日書くことにして、永福町の駅を降りて5分ほど歩くと会場のビルです。エレヴェーターはありません、悲劇です。ところで、わたしは最近まったく遅刻をしていません。心理と遅刻の関係性については別のブログ語りルネサンスに書きましたが、自分の気持ちに耳を傾け、納得しながら行動することは、心に安寧をもたらします。

   このワークショップも決心したのは3日くらい前、今年のテーマは「声」だ!!と決めたからなんですが、カーヴというメソッドに興味があったんですね。朗読のことまでは考えてなかった。....いよいよ始まります。さっき階段を励ましながら一緒に上ってくれた素敵な女性がトマティスメソッドについてレクチャーしてくれました。

トマティスメソッドについて

 1 聴くことが主体である
 2 共鳴器としての姿勢を整える
 3 右耳で聴く
 4 聞き取れない音は発声できない
 5 本来の自分の声を取り戻す

あなたの耳は世界でたったひとつの素晴らしいアンテナである。
あなたのボディは世界でたったひとつの素晴らしい楽器である。

   発声にはリラックスすることと深い呼吸が必要である、身体を..とくに背中を意識...することがたいせつである。これはRADAや自力整体で学んだことと同じですね。右耳で受信するというのは右耳が発声を司っている....左脳(言語脳)にストレートに行くからという説明がありましたが、よくわからないので次回質問しようと思います。

   さていよいよ骨伝導...ハミングで身体の響きを聴く....螺旋を描いて響きが頭頂部から降りてくる ほどいてゆく。骨導音の響きは自分を癒す....という講師の声にわたしの深奥が反応しました。

   わたしは自力整体で自分の身体を癒そうと試み、食べ物で自分の身体を癒そうと(きのうはお菓子食べたけど)試み、うたうことで自分を癒し、自分の響きで癒そうとしているのだ...と。

   「自分を癒すのは間違いじゃない? あなたは聴き手を癒すのでしょう!?」叱責と励ましのことばをくれた親愛なる友よ....そして「ここでしか書けないことですが、わたしはわたしを癒すために芝居をしているのです」とはがきに書いてくださった友よ、聞いてください。それでいいのではないでしょうか。自分が癒せなくて、なんで人が癒せるのでしょう。自分を癒すのは恥ずかしいことではありません。語り手の方々は大なり小なり気がついているはずです。....語ることで癒されていることに....。自分を癒すことができなくて、どうして他者を癒せるでしょう。自分を癒しながら聴き手を癒す、それはしあわせなことではないでしょうか。

  さて、そのあとで「幸福の王子」のテキストで朗読のレッスンがありました。講師は新劇畑の堀井先生。朝TVの特捜?で長年陰の声をなさっているそうです、なかなか男前です。自己紹介のときわたしは「声を出すことははだかになることに等しい、そのひとの人生、想い、ひきだしのすべてが声に出てしまう、聴くひとの心に響かせる声を出すには」どうしたらいいか知りたくてここにきました」といいました。堀井先生はそれを受けて、「役者も声で7割決まると思います」とおっしゃいました。

   今日はこれで終わりじゃなかったのです。疲れ切ってボロボロになって駅のカフェにたどりついたわたしの耳に耀くような声が飛び込んできました。「...マンションのほうがいいね、この年になると...」実に散文的なことばなのにそのひびきのまろやかさうつくしさ、石ころの間に磨かれた玉があるみたいでした。

   驚いてその声の主を見ると白髪のお年寄り....どこかで見たことがある面差し、どこかで微かな記憶がある声....声優の森山周一郎さんでした。昔聞いたお声とは違っていた。しみとおるようなのに 艶やかな、底に切なさと甘さがある声....わたしはしばらくその内容はどうでもいい会話の声のひびきだけを追っていました。どうやってこんな声をこの方は手に入れたのだろう...

   じいさん(失礼)になったって、ばぁさんになったって 声を豊かにすることはできる...声帯はもっとも遅くまで80歳までその機能が衰えない器官だそうです。さぁ みなさん 遅くはありません。この地球をうつくしい声で、響きで満たしましょう!




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   阿部一徳さんの語りを聴きに中野坂上に行きました。中野坂上はオリジナルストーリー「立ってゐる木」で語った漫画家の友人夏樹との思い出の場所です。若かったわたしたちは建設途上の地下通路....SF映画のロケーションにつかえるようなコンクリート打ち放しの荒涼たる、しかし耀く未来を予感させる....通路を闊歩しました。地上に出るとそこには四つの超高層ビルが屹立し風が渦まいていました。

   今年は夏樹の十三回忌でした。そして中野坂上も緑滴る街ではなくなっていました。雑多な通りをそれでもわたしはタクシーもつかわずにRAFTに着きました。

......阿部さんは劇団ク・ナウカの役者さんです。残念ですが今は休止状態のようです。ク・ナウカは実験的な劇団でした。役者の機能を語ると演じるにわけ、ひとつの役をふたりで演じたのです。わたしは本公演は見たことはないのですが、BSで王女メディアの舞台中継を見て、なにか非常にそそられました。阿部さんはたしか、語り...のナレーションを担当していらっしゃったように思います。

   RAFTは40人ほどの語りには頃合のスペースでした。なんとお客は8割がた若い女性でした。よいなぁ...いったいどこから湧いてくるのだろう.....トークは素敵でした。ものがたりは唐突にはじまり、突風に攫われたようにわたしたちはサーカス小屋に連れ去られました。太陽の匂いやオレンジの匂い、汗の匂い、あたためた安ワインの匂いがしました。13人の人物が生き生きと躍り出ました。ブルーのテントが海のようにうねりました。

   ウィスパーヴォイス、アタック音、トーン、テンポ、あらゆるテクニックがつかわれていたのだと思います。けれどそれ以上に阿部さんの意欲、生命力というものが押し寄せてきた....汗がライトに光る...飛んでくる....つばも飛ぶ。

   トランペットとギターとのコラボでした。よかったですね、山本さんのペット....わたしはとろけてしまいそうでした。後半 ものがたりと音楽のずれ...選曲面...をわたしは感じたのですが、でも、ほんとうによかったです。


   ゴジラのマリーの死でわたしは魂を締め付けられるようでした。....でもものがたりはどんどん進んでゆく。わたしはそこから進めなくなってしまいました。マリーの背中がまだ目に浮かぶのです。ものがたりの後半はわたしの中では綺羅綺羅しい断片になってしまい、わたしは波に浮かぶいかだのように漂っていました。

   なぜかしら....わたしのなかで囁く声がします。もっと聴き手の感受性....琴線の繊細さを信じてくださっていいのではないだろうか....わたしたち語り手は聴き手に恵まれているのだろうか....大きな音で鳴らさなくてもいい....響かせなくても....それぞれの心はすこしのそよぎやたゆたいにも反応するのでなかろうか....役者さんの語りでは1月の坂田さんの土佐源氏でも感じたのですが、上手さやパワーに圧倒されます。それはもうきっちり構築された素晴らしい世界です。


   けれども、わたしたちいやわたしが目指すのはすこし違う.....もっと聴き手に任せる余地があっていい....きっちり隙間無く構築するほどものがたり世界はその語り手のもの、表現する世界になる。つまりものがたりが見える範囲は語り手の世界とかさなってゆく。ものがたりを聴き手に手放す...ことによってものがたりは聴き手それぞれのものになるのでは....とそんな気がしたのです。


   だからといって、手加減しろとかそういうことじゃないんです。技術も生命力も必要、レッスンも必要(赤面).....でも根本は受け渡す器になることじゃないかなと思った夜でした。....これはわたしの考えですからだれに押し付ける気もありません。阿部さんは素晴らしいストーリーテラーです。わたしはおひとがらからファンになってしまいました。それから山本さんのラッパ....ライブは良いなぁ もう一度聴きにいこう。

   もうひとつ発見がありました。語りの場所で椅子はとっても重要です。おしりがイタイと意識がそちらにいってしまう、...わたしはやはな聴き手のようです。きのうはパイプ椅子だったのですが、背もたれと若干のクッションがあったら聴き手のストレスは軽減する→ものがたりにはいりやすくなります。


   帰り道 阿部さんがおいかけてきて渡してくださった名刺を抱えながら、中野坂上の裏道をあるきます。想いが雲のように湧いてきて....切ないようなしあわせなような.....わたしは丸の内線の駅をはるかに通り過ぎていました。家に帰ったら美味しいカッティージパイが待っていました。屈託は煙のように消えました。素晴らしい人生!!






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.......宗佑は自殺しました。美知留の心まで自分のものにできないことを知ったからです。宗佑には幼い頃、母親から捨てられ親類中をたらいまわしにされた過去がありました。彼は美知留とあたたかい家庭をつくることを夢みていましたが、それがかなわないこと、生きていれば執拗に美知留を苦しめてしまうことから、美知留を自由にしてあげるという遺書を残してゆきます。実はその自殺も美知留を縛ろうとする行為....の一面があるのですが....。罪悪感から美知留は姿を消します。

   瑠可は日本選手権で優勝します。性同一性障害について記者に質問されますが、瑠可は自分がモトクロスに挑むのは性差を超え、男と対等に臨めるスポーツであるからだ.....と堂々と答えます。しかしカミングアウトはしませんでした。シェアハウスでともに暮らしていたエリーとオグリンが結婚し去ってゆきます。タケルは瑠可に美知留をさがしに行こうと誘います。

   ふたりは美知留が身を隠しているかも知れない銚子の海岸で夜を明かします。そしてタケルは瑠可に姉とのトラウマによって女性に恐怖を抱いていることを告白するのです。美知留は宗佑の子どもを宿していました。その子とともに生きてゆこうとする美知留にタケルと琉可はシェアハウスで子どもと4人いっしょに暮らそう と呼びかけるのでした。

   
   このドラマで作者は何がいいたかったのでしょう。トラウマの再生産....親から受けたネグレクトが宗佑のDVの原因でした。美知留の母の奔放さ、自分が母親の荷物に過ぎない...という心の傷は美知留の自信のなさ優柔不断さにつながっています。それが美知留を不幸にしているように見えます。タケルも姉から受けたトラウマから女性と性的な関係に入ることができません。こうしてみると瑠可の性同一性障害だけが天からの傷痕なんですね。瑠可は家族から愛されていました。そしてその瑠可の美知留への一途な変わらぬ想いが原動力になって物語を支え、登場人物を変えてゆくようにわたしには思われました。

   美知留の母である千夏や宗佑のありようをとおして性に依存する愛は否定的に描かれています。けれども宗佑の暴行から生まれた子どもを中心に瑠可と美知留とタケルのあたらしい生活ははじまってゆくのです。そしてその生活によってトラウマが癒されていく、負の連鎖が消えてゆくことを暗示してドラマは終わります。家族のありようとしてセックスレス、また血のつながりだけでなく、他人同士が寄り添うスタイルの可能性が語られていました。トラウマと向き合って生きてゆくために乗り越えてゆくために他のひとのあたたかい手と本人の気づきが必要だということが語られていました。

   脚本についてオープニングや伏線の張り方はよかった、マグカップが絆の象徴として使われていたのが印象的でした。ですが最終回は無駄な展開が気になりました。脚本の偶然はすべて必然であるのだから、やたら見る人をひっぱるようなたとえば交通事故とか...は要らないなと思います。もともとは悲劇として終わるタイプのものがたりと思うのですが、希望を残した終わりになった、その分インパクトが失われたのは否めません。途中でもどかしさがあったのですが、なにかノバラの香りのような魅力がありました。

   わかい出演者たちは役になりきっていました。もうひとつ望むなら表情ばかりに頼らないで...それも眉間を寄せる、視線を宙に遊ばせるというワンパターン、簡単だけど、メリハリがつかないですね。かなしみや絶望もさまざまです。裏切られた苦痛と衝撃、自分の心が通じないもどかしさ、ひとの安否の心配....それぞれ表情は違うはずです。もっとからだで表現してほしい....表のセリフに頼りすぎ、その裏の心の動きがどう声に出る、体に出る....。ですが、このドラマはかなり面白かったです。
   

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  今日は“ラストフレンズ”の最終回です。このテレビドラマをご存知ない方のために….

  美知留(長澤まさみ)瑠可(上野樹里)は高校時代同級生だった。美知留は恋人の宗佑(錦戸亮)と暮らしはじめるが、ドメスティックバイオレンスに遭う。暴力をもってしか愛せない宗佑にはなにか過去があるらしい。瑠可は身をもって宗佑の暴力から美知留を救うが、実は性同一性障害で美知留を深く愛していたのだ。

  そのことを知ってしまった瑠可は事実を受け入れることができなくなって逃げ出してしまう。もうひとりこのふたりと深く関る登場人物水島タケルがいる。タケルは瑠可を愛していた。そして瑠可が性同一障害と知っても瑠可を理解し見守ろうとする。一方美知留はタケルを愛しはじめていた。

  美知留は宗佑のマンションに荷物を取りに行く。美知留は再び宗佑の暴力に遭う。そこで美知留が知ったことは?視たものは!?一方瑠可は優勝を期しモトクロス選手権に臨もうとしていた…..さて続きはいかに……..。


   主役は美知留のようですが、回を追うごとに娘たちとわたしは瑠可目線になってゆきました。現在の恋は不倫も身分差も(不治の病も!)障害にはなりませんが、同性への恋というものは、同性の婚姻届が認められたカリフォルニアとは違って日本ではまだ充分禁忌といえるからでしょう。瑠可の震える心に見ているわたしたちも同化してしまうのです。

   瑠可の恋は身もこころもひとつになることを求めたのでしょうか?それを求めたとき 恋の苦しみがはじまります。ひとつになりたい…それは愛する者のあるがままを愛でる….とは別のもの……わがものとしたいという我執を含んでいるからです。……恋の必然は愛の堕落なのでしょうか。

   恋…….運命の糸にひかれるように邂逅し、求め合いあるいは奪い合う恋………そのまえにもっと透明なものに向かってなげかけられたエチュードのようなほのかな想いがあるような気がします。……聲を聴くだけで胸の奥がときめく……..その聲をもっと聴きたい……気配を感じていたい……その視線のさきにあるものに向かってともに歩きたい……せめてみつめつづけたいという想い……。

   女子高校だったせいもあるのでしょう、わたしのエチュードも同性に向けたものでした。ガールスカウトのいつも笑顔で黙々といちばん重い荷を運んでいたリーダー、パーソナルストーリー「ふらんす窓から」で語ったD、「立ってゐる木」で語った夏樹、そして昨夜15年ぶりでであったM…….彼女たちのまっすぐなまなざしや潔さが好きでした。人間としての格といったらおこがましいかな…..ひとに対して媚ることなく、奢ることなく、木のように堂々としているところが好きでした。

   のちのち ひとなみに恋もしましたが、恋人になってしまうと残念ながらあこがれる…..夢みる、渇仰するという、ひとの理想や天上の高きにつながるような想いは失せてしまうのです。身体というものに縛られるからかもしれません。恋するとは肉に埋もれながら天を希求するという二律背反を宿命とします。歴史上には身を滅ぼした恋人たちもいれば、燃え上がる想いと逆境によって浄化された恋人たちもおりました。


   さて、美知留は自分の枠を越えて成長できるのでしょうか。瑠可はしあわせを掴むことができるのでしょうか。タケルはふたりを見守りつづけるのでしょうか。宗佑の闇はなんだったのでしょう.....さぁ家に帰って見ることにしましょう。


   ものがたりの最大のテーマ.....恋。ものがたりを震えるような感受性で理解し、自ら恋するごとく聲と魂をひとつにして伝えられたら……語り手に最もひつようなこことのひとつはみずみずしい恋する心を忘れないことかも知れません。





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   日曜の午後、森にいました。ちいさなちいさな森 プライベートフォレスト 会社の駐車場の東側 30坪ばかりの築山には樹齢250年の柘榴をはじめ、60年の梅 白椿の大木、ぐみの木、櫻の木、蜜柑の木、槙などが緑の翳を落としています。階段をのぼるとちいさな空き地があって、土はあたたかくふかふかして わたしは思わず横になって 風の音に耳を済ませました。揚羽が二羽まとわりつくように飛んでいます。

   わたしはワークショップでみなさんと試みた響きとイメージの実験のつづきを考えていました。きのうみつけた鶴城さんのことばを抜粋します。

    
   『言葉の実体は意味としての音声(おんじょう)や文字にあるのではなくひびきそのものの中にある。人は、「悲しい」という言葉(音声や文字)の意味に心打たれるのではなく、その言葉に込められた悲しみのひびきに感動するのだということです。どう語ろうかと思案する前に、素直な心で、無心に、その「ひびき」に心の耳を澄ませば、音声は自然と湧き出るように発声され、語り口は自ずと定まるのであります。
   ここで言う「ひびき」とは、物理的な音響としての響きのことではありません。音声になる以前の超感覚的な世界のことであります。霊妙なる波動の世界であります。漢字で書くなら「響(ひびき)」ではなく、心の耳でとらえる「韻(ひびき)」です。音声は「ひびき」の力によって湧き出るごとく生まれるのです。』


   たしかにそうです。語るときひとのを動かすのはことばではなく響きに違いない。韻を踏むのも繰り返しも...余韻も..間も響きで伝わることに関わりがある....けれども語り手がことばを響かせるとき その原動力になるのはなんだろう?
「森」ということばを発する時語り手のなかでになにが起きているだろう?森っぽく森らしく発音するだけなのか....

   ワークショップで、たとえば夕焼け雲を「雲」というひとことで伝えようとするエクササイズのとき、夕焼け空を見たときの感情がテコになる....というひとがいました。感情の響きで伝える....感情の動きがないものについてはどうだろう....実際に体験していないものを語ろうとするときは...

   寝そべったまま、わたしは懐かしい五月の明るい三室の森を想って「森」といってみました。つぎに昔彷徨った夜中の風騒ぐ鞍馬の森を思い起こして「森」といってみる。....つぎにヘンゼルとグレーテルが捨てられた黒い森を想って「森」という。モリはそれぞれ響きが違っていました。無限大の響き....ひとつとして同じ響きはないのです。荒俣宏さんが書いておられたことを思い出しました。イメージを伝えることで 「花」というものの属性のすべて、色 匂い 大きさ ..種類....まで伝えられた....この世でたったひとつの「花」を昔の日本人は...。

   イメージ 情報が声の響きに乗る....その響きが聴き手の心に響く、そういうことではないのか....そこに感情の亢まりがあればより響く....このコミュニケーションに他のものは介在していないだろうか....たとえば共感力...テレパシィに近いものとかもあるのだろうか...語り手によって響く力、伝える力...その質がことなるのはなんの作用によるのだろう...声の力?感応力? 表現力? 聴き手との波動が近いか遠いか? 語り手がひらいているかどうか?...語り手のイメージ力?....恒常的な或は突発的な語り手自身のエナジー?....さぁ なんだろう?
語り手がつたえるのはひびかせるのはほんとうはものがたりですらない....それがヒントだと思います。

   ブロックは自分のなかにあってそれが外部の力、内部の力となってあらわれる、そのブロックが崩れたとき、目の前にあざやかに道ができます。ブレのないまっすぐな道が見えます。

   風の囁きを聴きながらわたしは即興のロングトーンで高くひくく歌いました。その間、実際的なかずみさんは15Kの梅をつけました。カリカリ梅、紫蘇漬け、はちみつ漬け....柘榴の花はあざやかに千の花を咲かせ揚羽が密をすいにやってきます。うさぎたちが小屋のなかでシューシューおしゃべりをしています。わたしはしあわせで...こよなくしあわせで....このまま、歩き出さなくたって、なにもしなくたって、それはそれでいいのだとミツバチの羽音を聴いていました。




   


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   今日は父の日ですね。黄色の薔薇はわたされたでしょうか?白い百合が道路に打ち倒れていました。垣根の外の植え込みで毎年丈凛々しく誇り高く咲いていた百合は今年三本しか咲かず茎はひよわで立っているのさえつらいようでした。一輪の花は虫に食い荒らされていました。けれども切ってクリスタルの花瓶に挿すと、香気は部屋に充ちました。いつもの年にいや増して清冽な香りでした。

   ”遠い森”にきてくださるのはどのような方なのでしょう。わたしの友人?見も知らぬ方?ゆきずりの?語りをなさる?芝居をなさる?芸能がすきな方?世界のゆくすえを考えている方?宇宙のなかで生かされていることを思う方?真摯な方?なにかできないかと模索している方?癒されたい方?自分をひとを癒したい方?

   わたしは自分の旅をことばにして確かめながら歩いています。語りをとおして本質に迫る、世界のなりたちを そこにつながる自分というものの不思議を知る....心というものの光と影に迷いながら、覚束ないけれど探求するに足る心躍る旅でした。一緒に歩いてくださってありがとうございます。
   
   このブログには2年半の軌跡、つれづれ語りについて気づいたことを書き留めてきました。固有名詞をはずして語りをなさろうとする方に 残そうとお約束したのですが、 考えというものは真っ芯をのぞいて進化し深化するものです。また書かれたことは書き方にもよりますが読み手の受け取り方によって必ずしもプラスにはいかないことがあります。

   たとえばわたしはインプロが即興をするうえで役に立つと書いたことがありますが インプロにはさまざまなものがあるのです。即興のほんとうの意味を知らないで飛びつくとかえって本質から遠ざかってしまうことがあります。芝居についてもおなじです。それでいつかすじみちを立ててガイドとして組みなおしたいと思います。

   ことばはひとを活かしもし殺しもします。千の昼からつづいた7年のあいだに、ここに書かれたことばをよすがに一歩を踏み出した方がおられるということ。それはわたしにとっても勇気とよろこびのみなもとでした。それをたよりに、今語りをなさっている方にひとつだけお伝えさせていただくとしたら....それは「まるごとの自分で語ってください」ということです。

   あなたにしか語れないものがたりを聞かせてください。そのために自分を知る、自分の心と感覚と身体、その奥のあなたの本質を知る。自分と世界のつながりを知るという喜びを味わい楽しんでください。ひとは存外自分のほんとうの気持ちを知りません。あえて偽ることもないとはいえません。実は語ることそのものがあなたの不在証明になっているのかも知れない。耳を済ましたらあなたがほんとうに望んでいることがなにか聴こえるかもしれません。

   あなたの息吹き、存在をそこに感じる語りを聴きたい。ものがたりの分析、アクセント、滑舌、みなたいせつなことですが、どんなに高々とものがたりの楼閣を構築しようと語り手の不在ほどさびしい語りはありません。ひらいてさしだしてくださる語りはそれだけで聴き手の心に響きその場にハーモニーがひろがってゆくのです。それから構文について、テクニックについて考えてもおそくはない。いいえ 遠回りに見えてそれは最短の道のようにわたしには想われます。

   まだ語りをしていない方にお伝えしたいことはふたつあります。語りは決してむつかしくはないんですよ。一回でテキストなしで語れるようになります。そして語りはご自分の感じ方や考え方のパターンを知る、自分を知るてだてになります。それぞれの方がそのひとにしかない豊かな感性を持っていて、そのひとにしか語れないものがたりを持っているのです。語ることで自らを癒してゆく、そして聴き手を癒してゆくことができることをあなたは身をもって知るでしょう。

   ”表現”に携わっている方に...表現とは自分をあらわすことではないと感じるようになりました。自分をとおして見えないもの、天地....あめつちの理を ひとにとってたいせつな震えるようにうつくしいものを、また喜ばしいもの、ときに恐ろしいものを顕現させることなのではないかと...

   世界のゆくすえを案じている方に....語ることだけではないのですが、およそ芸能の範疇にはいるものは歌であっても 演奏であっても 芝居であっても その他のものであっても あらわすこと つたえること ひびかせることをとおして世界を変えることができるとわたしは信じます。わたしたちの想いや祈り、わたしたちのじっさいの言動、わたしたちひとりひとりの変化は世界を良い方向にもそうでない方向にも変えてゆく...温暖化もまた、地球の変動も...でも気がつけば遅いということはないはずです。心配しないで想いましょう、行動をおこしましょう。
   
   わたしたちは孤独ではない。生かされて つながっています。きてくださって聴いてくさって ほんとうにありがとうございました。












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   ほの暗い湖底から泡が浮かんでくるように、無意識下から浮かび上がってくる想いがありました。そっと掌で包みこまないとたちまちとけてしまいそうな微かな微かな吐息のような…..。

   どこが痛いのかわからぬほど混乱して手負いの獣のように闇に蹲っていた頃、三ヶ月たてば傷も癒えるだろう、三ヶ月たてば痛みも消えるだろうという希望にしがみついていたことを思い出したのです。そしてもうひとつケビンという指導者から聞いた「ひとを構成する原子のひとつひとつが全力でそのひとの望みをかなえようとするのだ」ということばも……。

   そうか、そういうことだったのかもしれない。三ヵ月後心の底から求めていたことをわたし自身がかなえようとしたのかもしれない。そのうえにハイヤーセルフが見守り、より大きな存在とつながっているにしても……。三ヶ月という時間は...あたらしいステップに行くためにわたしという卵が孵る必要な時間だったのだろう。その考えは奇妙に思えるかも知れないが、胸にしっくり収まってわたしは自分の生命力があたたかく息づいている そのことがうれしかった。

   それだけではありませんでした。4人の子の母であって、そのうえに及ばずながら三人を引き受けようとしながら、わたしは今も奥底で母を求めつづけていた…それに気づいた時驚愕しました。専業主婦があたりまえの時代、母は職業婦人の先駆者のひとりとして仕事と家庭のあいだで戦っていました。やさしい母ではなく君臨する母だったのです。自分が同じように仕事を持つ母親になったとき、その母とも心のなかで和解し折り合いがついたはずでした。しかしわたしの中の子どもはずっとずうっと、励まし、褒め、認めてくれる慈愛に満ちた母を求めつづけていたのでした。そのことに思いが至ったときわたしは 因と果が糸のように織り成してゆくひとの心、ひとのえにしの不思議さ、哀しさに胸を打たれました。不条理そのもののひきちぎられるような苦痛の意味を知りました。母なるものから存在を否定されたらいる場所すらありません。

   わたしに影響を与え、導いてくれた母たちに感謝します。母たちがいたからわたしは励まされ望みに向かって歩いてこられました。懐疑や絶望さえあたらしく生まれるための糧でした。今わたしは新しい母と出会いました。知性と霊性を兼ね備え、身体の豊かさを熟知しているその母からわたしは昨日多くの示唆を得ました。これからもすこし離れた場所で学んでゆきたいと思います。わたしの中の子どもが安心し成長を遂げてゆくのを見守りながら、わたし自身も、育てる慈しむ癒す母性そのものでありたいと思います。

   ユングの元型のひとつ太母は愛情豊かで慈悲深く成長や豊穣を促していく『光』の母性だけでなく神秘と不気味な暗黒を内在し全てを呑み込んでしまう『闇』の母性も併せ持っています。わたしは自分のなかにも闇の部分があること、ときに自分さえ破壊しかねない衝動も持つことを知っていますが、身体という自然の一部と対話をつづけ、自然そのものから力をいただきながら在るがままの望むままの自分に近づいてゆきたいと願っています。

   目に見えないものは存在します、目に見えないわたしたちの心の動き、大地の力 人間の預かり知らぬもろもろのものが交流しエナジーとなって目に見える世界を織り成してゆきます。ですから世界は変え得る、今は暗く感じても未来は明るい、わたしはそう信じます。スピリチュアリティはおどろおどろしいものではなく、理性、悟性の延長線上にあって、目に見える現実界とつながっているのです。声によって音によってつながる...とM先生は言います。...だって音は光なのだもの、声もひかり..とわたしは微笑みます。倍音がひかりであることをわたしは知っています。そして声が光になりうることも....。

   身体という自然、現実界を見ようとしないことは世界の半分に背を向けることになります。霊性を認めようとしないことは世界の半分を知らないことに等しい。ホリスティックなものが求められているのは医療ばかりではないのです。わたしは語り手たちの会に...語りには身体性と霊性が不可欠...というささやかな標を残してこられたこと、(提案したワークショップでまた語りの世界の原稿で)すこしずつ気づくひとが出てきたことにほっとしそのチャンスをいただいたことに深く感謝しています。あぁ ようやく ひとつ終わりました。

   わたしはおそらく倍音の響き、光によって今まで見えなかったことに気づかされたのでしょう。夕べ夫に「もう疲れてしまったの」と告げました。夫は黙っていましたが、営業さんたちを褒め激励叱咤しいくつか仕事をとってきてくれました。銀行の担当者がとてもいい提案を持ってきてくれました。わたしの声が変わりました。肩の力を抜いたからでしょう。事務所に和やかな空気が漂っています。

   状況は変わったわけではないけれど、確実に流れがかわりはじめました。気づきが、受け入れることが照明の色を変えたようにステージを変えてゆきます。わたしの身体はほどけくつろいで、こころはさすらうことをやめ 身体の奥から歌があふれます。地から大気からエナジーが喜びの響きとなって身体に伝わり血管を走りわたしを熱くします。




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......とても会いたい方がいたので、大倉山記念館まで会いに行きました。駅を降り雨に濡れた長い坂道を、喘ぎながら上ってゆくと大倉山の森が地球の鼓動にあわせ呼吸しているようでした。森に守られるように白亜の洋館がありました。レリーフの施された石の階段を上がり重い寄せ木造りのドアのむこう、13の椅子が円形に並べられていました。

  低く静かに語られる声をわたしは目を瞑って聴いていました。その声が心地よく涙がとめどなく溢れてきました...「ようやく...ようやく...」 わたしの身のうちで詠うような喜ぶような声がしました。13人の声が共鳴し倍音となり光となります。時間も自我も解けてゆきます。

  わたしはわたしの苦しみの原因を知りました。仕事のうえで男と伍して男より男らしく生きてゆかねばならない....それはそのようなプロセスがあったから、そのようにしなければ生きてこられなかったから身に引き受けてきたことなのですが、ほんとうのわたしはもうそれを下ろしたかったのです。

  そして語りを否定されたこと、書くことを否定されたこと、尊厳を否定されたことで存在の深いところで傷つき自信を失っていたことを知りました。そのあとひとりずつ即興でうたいました。今日あつまったみなさんの歌とおなじようにわたしの歌は世界でたったひとつのわたしの魂の響きでした。声は身体と霊性をつなぎます。もっと歌って....その声に促されわたしの歌をうたいおえたとき、わたしは自分を取り戻したことを知りました。

  ひとは自分自身の声で自分を癒すことができる....わたしはわたしの声で聴き手を癒し生命のエナジーをあかあかとさせることができる。肩に力を入れることなく、自然体で。電車のなかで気づきました。今日は12日、あの日から三ヶ月経とうとしていました。時間も符号のように同じでした。わたしはまたすこし泣きました。どなたのご配慮でしょう。わたしに必要な試練、手放すための機会、そして復活、心から感謝し歩きだします。




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あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや 君が袖振る
...........額田王

うらうらに 照れる 春日に 雲雀あがり 情悲しも 独りしおもへば
...........大伴家持

ひさかたの 光のどけき 春の日に しず心なく 花の散るらむ
............紀友則

願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃
............西行

心から 心にものを思はせて 身を苦しむる わが身なりけり
............西行

春風の 花を散らすと 見る夢は さめても 胸のさわぐなりけり
............西行

いざ行かむ 行きてまだ見ぬ 山を見む この寂しさに 君は耐ゆるや
............若山牧水

かがやける ひとすぢの道 遥けくて かうかうと風は 吹きゆきにけり
.............斉藤茂吉

あかあかと 一本の道 とほりたり たまきはる我が 命なりけり
.............斉藤茂吉

朝なれば さやらさやらに 君が帯 むすぶひびきの かなしかりけり.
..............古泉千樫

チューリップの 花咲くような 明るさで あなた 私を 拉致せよ二月
.............俵万智

目の前を 堕ちてゆく葉も 私も むかしは一度 幸せでした
..............岡しのぶ

観覧車 回れよ 回れ 想ひ出は 君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)
...............栗木京子


....万葉集から平成までの和歌をならべてみました。よかったら声に出してみてください。額田王の歌 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや....野をかさねてゆく、想いもかさなってゆく...とても心地よい歌ですね。大伴家持 に に ひ り り し しのイ行の韻、ラ行の韻  紀友則 の、の韻。西行の和歌は近代の自我につうじるものがあります。自然への憧憬がありながら自分の意識と溶け合う至福のなかにはいない。若山牧水のむ、ぬ、む、ゆるの韻 意志と叙情、雪崩落ちそうにいながら踏みとどまる...うつくしい歌ですね。斉藤茂吉のカ行の韻 硬質の悲しみを秘めた耀きのある歌...古泉千樫のさやらさやらに むすぶ響きの に後朝の別れ 障子に透ける朝のひかり、畳の翳まで見えるようです。俵万智の14重ねたア行の韻、岡しのぶのマ行オ行の韻、栗木京子の回れ、回れよの反復のリズム、ひとひ、ひとよの対比と韻....


  和歌も詩もかつて声にして読むことを前提に詠われました。ですから韻や繰り返しによる心地よいリズムがあったのです。文字面だけでつくる観念的な短歌や詩とはちがう、生き生きとした発動があります。声に出す語りもそうあるべきなのですが翻訳した文章はよほどの訳者でないとそこまで考えられてはいません。谷川俊太郎さんの書くものはさすが詩人です、いつも韻を踏んでいますが、文学が必すべてそうであるとは限りません。


  わたしは永実子さんに指摘されるまで自分の語りのテキストが韻を踏んでいるとは思ってもみませんでした。書いたもののなかから少し抜粋してみましょう。



夏樹とはじめて逢ったのは8月だったかもしれない。「11月のギムナジウム」の声優のオーディションであったかもしれない。
「立ってゐる木」より

母はこぼれ落ちた花びらをひとひら、ひとひらひろいあつめて針にさし糸にとおして、くびかざりをつくってくれた。
「母 雪 櫻」より

それからわたしは授業時間も休み時間も耳を澄ましてただひとつの聲を追った。その聲を聞くと灼けつくような痛みに似た、渇きに似たなにかが癒される気がした。
「フランス窓から」より

魔女は目をパチパチしました。惚れ薬がきいてきて 胸が苦しくなったのです。
「......知ってるよ」魔女はささやくようにいいました。
「おまえのおかあさんは芸人だった。きれいな声で歌っていたよ」
「おまえがおなかにいるとき行き倒れて道端で死んだのさ」
「おかあさんは…ぼくの名を呼びましたか」
「...呼んだともさ…可愛い子 わたしの大事な子って抱きしめてほおずりしていたよ」
魔女はもっとちいさな声でいいました。ほんとうは聞いてなんかいなかったのですが カリャックのことが好きで好きでたまらなくなっていたので カリャックが喜ぶことを言ってやりたかったのです。
「…可愛い子…、大事な子」カリャックはそのことばを胸のなかで味わうようにつぶやきました。
それは牡鹿亭のだんながたったいちどだけくれた さくらんぼのパイより甘いことばでした。

「マルメロの森の魔女」...ぶりさんのアイデアから生まれたものがたり

ピーターはほのかに温かいどんぐりを灰色の地面に埋めた。
するとほどなく透明な緑色の芽がぽっちりと出てきた。
ピーターはうれしくなって、もっと大きくもっと大きくと祈った。
ところが緑の芽は灰色に枯れ始めた。
無理もない、水がないのだもの。
「ピーター・マクニールの世界」から

....一年前、市場で道にまよって北の色街にさまよいこんだとき、ティンガは暗い路地で小屋から急にいなくなった年上の友達ファルーダとであったのだ。ファルーダは濃い化粧をしベールをかむって目つきの鋭い男に手をひかれていた。ファルーダはティンガを見るなり、首を振って向こうへ行けというそぶりをした。ティンガは見てはならないものを見たような気がして一目散に逃げた。今でもそのときのことを思い出すと胸のなかがもやもやした黒い煙でいっぱいになる。大きくなるということはティンガにとって、暗い恐怖の闇に近づくことだった。
「ティンガの青い石」から


「立ってゐる木」ナ ハ ワ ハ カ ナ ア行の韻

「母 雪 櫻」ハハ ハナ ヒトヒラ ヒトヒラ ハ行の韻
 
「フランス窓から」時間 聲 の繰り返し、痛みに似た 渇きに似たの並列の繰り返し

マルメロとピーターは語りを前提として書いたものですが、聴き手の前で語ったことはありません。あ、ピーターは紙芝居のようににしてカタリカタリで語ったことがありますね。ティンガは語るために書いたのではなく楽しみのために書いたのですが、萌芽はあります。第二の手紙まで執筆、すっかり忘れていました。つづきが書きたいです。ところが、王子の名を忘れてしまいました....


  さて、韻や繰り返しを意識して語るとそこにリズムが生まれます。ことばを選択するとき、同じような意味のことばのなかからうつくしい音感や響きのあるものを選ぶことは語りやすく聞きやすくすると同時に語りをうつくしくします。

....語りは右脳と左脳の緻密な連携によるものです。右脳は直感、イメージ、インスピレーションを司り左脳は文字や論理的思考を司りします。女性は男性にくらべて右脳と左脳をつなぐ脳幹が発達している、ですから語りに向くのではないでしょうか。昔話にこだわらず無尽蔵の源泉からどうぞあたらしい物語をくみ出してください。創造してください。




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   自分としてはこれぞ本流なのですが語り手として変わっているとみなされたのは創作の語りが多かったせいかもしれません。あと自作の歌を語りのなかに入れること、このごろそういう語り手もふえてきました。喜ばしいことです。創作を分類するとパーソナルストーリー、童話、神話や伝説からの創作、史実のなかからの創作..があります。実はまだ半分くらい語っていません。原稿つくって語るまえに満ちたりてしまうこともありました。おなかがいっぱいになった..のです。

   創作の語りには三つのスタイルがあってメモから即興で語ってあとでテキストになおしたもの、つぎに読んでもらうための文章として書いたものを語るパターンがあります。最後に資料を集め考察しお酒が樽のなかで芳醇になるように熟成してゆくものがたりもあります。一番最初の「おさだおばちゃん」は研究セミナーに行く電車のなかでメモ書きしたものでした、最近の「シャルマンにて」...はHPの浦和物語の一章として書いたものですが、語る前夜 大幅に改稿しタイトルも「夕焼け段々」に変えました。最後のかたちが「マリアム」...マグダラのマリア改題「瀬織津姫」「エリザベート」です。わたしにとってまだ新しいかたちです。

  あたりまえのことですが、語りからはいったものと書いたものはぜんぜん違うんですね。口承で伝えられたものがたりを語るのと本にピンセットでとめられるように文字化されたものをそのまま覚えて語るのでは冷凍と生くらい違うとあらためてわかりました。猫だって冷凍のさんまは選びません。さぁ、どうやって命を吹きこみましょう。吹き込む方法、テクニックはさまざまあります..が今日は創作について。

  自分の作品でさえ、文字で読んでもらうことを期待して書いたものは語りにしたとき、違和感があるのです。これから創作をなさる方も増えていくでしょうが、そこは本気で胎に入れたほうがいいでしょう。書くと語るは違う....それだから、創作の前に即興と言いたいのです。このふたつの要素はわたしのなかではつながっています。パフォーマンスこそもっともクリエイティブなものではないでしょうか。

  既存の文学作品を語りに仕上げてゆく喜びはありますが、時間がかかります。いいものにしようとしたら芝居をつくりあげるのと同じくらいのエナジーが必要です。できたら客観的な演出も必要ですね。いくつかの作品についてわたしはプロに聞いていただきました。しかし即興→創作のかたちは実に自然に語りになる。ほんとうにもっとも楽でかんたんで聴き手も感動してくださる語りなんですよ。オススメです。だってもともと心と身体のなかにあったのですから。創作の王道はそれをインスピレーションで引っ張り出し日の光に晒す、普遍化することにあります。

  そういうことからわたしのワークショップではまず感覚をひろげる、解放するから入ります。そして即興です。即興といっても語彙が貧弱だったり、五官と離れていては聴き手に響かないですね。張子みたいな語りになる。ことばの羅列ではないのです。ギリギリのことば、生きていることばで構成する。思い込みを捨てる、自由になる。

  そのような地道に耕す準備段階があって、はじめて語りをテキストにする作業ができる。創作が生まれる。文字にするのはことばの吟味の意味もありますし、文字にとどめないと即興で語るたびに変わってゆきオリジナルがわからなくなってしまうからです。マリアムは1週間のあいだに8つのバージョンができました。

  資料の切り張りでできないこともないが、真の創作にはインスピレーション・霊感が介在します。自分の内部にあるものに天上から光が射し込む感じ...伝えるべき祝福されたものがたりが生まれる...これは至福以外のなにものでもありません。創作とは自分の我がつくったものではないのだなと思うのです...どうぞそれを味わい実感してください。

  それからテクニックを少々、順番としては心 身体 ワザ です。心とはなぜ語るのか...ということ、そして自分がどのような語り手になりたいか。その柱が語り手の土台からしっかり立っていなければ 根のないところに葉を茂らせ花を咲かせるようなものです。資料を研究して創るものはなおさらのこと、生命の耀きを宿らせる必要があります。資料を寄せ集め頭で造った創作ではなくて、魂から湧き出ずる、身体と五官とひとつになった創作の語りが生まれますように。

   歌だってシンガーソングライターの歌がいちばんだなとわたしは思います。サザンの桑田さん、尾崎豊さん、中島みゆきさん、ミスチル、バンプ、ビートルズもそうだ...さながら綺羅星のようです.....モンキーズはつくりもんだったからあとかたもなく消えちゃいましたね。歌い手の存在から生まれることばと響き...が心を打つ....語りだってそうなのです。創作はむつかしくなんてぜんぜんない、思い込みをすてましょう。

  創作の方法も二通りあるのですが、そろそろ出かけなくては。トラブル発生、男4人と会談です。おひとりは出所して間もないそうです。おぉ怖い!!ヴォイスも2種類つかいます。



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   達人は手放すのが上手...です。ひょうひょうと生きているひとはかろやかに捨ててゆく。わたしは悪女の深情け..で捨てきれないんだな。だいたい後姿に惚れてしまうひとですからね。

   ものやひとが手放せないのは過去とさよならできないから、過去とさよならできないのは自分への愛着なんだろうって思うのです。

   語り手としてなすべきことはわりと自覚しているけれど、背負っているものが重たくてなかなか身動きができないわけだ。その背負っているものってたいしたものじゃないんじゃないか...わたしがあくせくしなくても、いやしないほうが会社はうまくいくんじゃないか、子どもたちだってのびのび生きてゆけるんじゃないかな....もろもろのよしなし事、あだなしこと 然り。

   この「今」に集中して、過去は忘れ明日のことなど考えず、かろやかに語り、うたって.....必要としている方のお手伝いがすこしできたらいいな...過去の愛なんて意味ないし 過去どんな語りをしたかもどうでもいいことだ....過ぎ去ったことは「今」やあしたに響かせなくていいんだ...と思う。

   もったいながり屋のもの持ちのいいわたしはそんなこんなで捨てたほうがいいものも捨てられない....このサイトもまだつかっているわけなのです。

   今まで身に着けてきたものを手放したい、捨てちゃいたい。すこしばかりの知識やテクニックよさようなら....エナジーさえあれば、つながれればあとはなんにもいらない、そうすればなりたかったものになれるんじゃないかな....拍手喝采とか無縁の。

   贅肉は8キロ捨てた。食事も酵素玄米にきりかえた。愛着を捨てよう、思い出のグッズ、心残り、眠っている服、アクセサリ、恐れ、こだわり、完璧主義、優越感、劣等感、クスリ、猜疑心、依存心、半端な思いやり。。。

   ありのままの自分 在りのまま、これ今の自分てこと? それとも本来の...ということ? 「今のままで」いいがここでいいんだよって確信がなければうそだと思う。...ブロック、枷のために動けないとしたら...ひとつ枷を見つけた....恐れみたいな愛みたいな...そしてもうひとつ...内なる怖れもあった。

   ワークショップだって信念は別にして怖かったし葛藤もあった。....今は怖くない、持っているものを惜しげなくみな手放す渡す、それだからみっしりてんこ盛りのワークショップ。

   だが、自分で見えないこと、できないことは誰かの力を借りるしかない、あしたとあるところへ行ってみようと思います。そしてもう一箇所行く場所がある。.....夏至までにはカタをつけたいです。夏至が過ぎたらラベンダーさんと蛍を見にゆきます。


100万人のキャンドルナイト


夏至祭・聖ヨハネ祭
   キリスト教以前の太陽神の時代、人々は日増しに高くなる太陽が頂点に達すると、そこで耕地に恵みを与えて引き返すのだと信じていました。聖ヨハネ祭は,この古い祀りを色濃く伝えるキリスト教の聖日です。夏のクリスマスとも言われます。 夏至祭の日 人々は盛大な夏至の祝火を焚いて太陽に力を与え,悪霊を祓って耕地の繁栄を祈りました。


   冬至も古代は太陽が新しく生まれる祭であったのですが、実は1月であるイエスの誕生日を12月25日にしているわけです。このことはバチカンも認めているのですが、キリスト教はこのように古代からの太陽信仰や土着信仰を制圧吸収しつつ布教してきたわけです。(そしてそのキリスト教自体、イエスの本来の教えとかけ離れたものになっていた。つまり教会のためのキリスト教)これは日本でも仏教伝来のときに起こり、昔話はおおきく姿を変えました。おまけですが古事記も豪族の家々に伝わっていたものがたりを統一とともに天皇の力をしろしめすためにまとめられたといわれます。このようにものがたりは時の為政者また力あるものによって都合のいいものに変えられてきました。日本の太陽神、アマテラスオオミカミは古代男神であったようです。

   個人的にはものがたりのできるだけ原点に戻って語りたいものだと思っています。その奥にあるエッセンスを香りくらいにしたって伝えたいものです。

   聖ヨハネ祭の前夜には妖精や魔女,死霊や生霊などが現れると信じられていました。シェークスピアの「真夏の夜の夢」もこのような伝説を背景としています。ムソルグスキーの「禿山の一夜」もそのような伝説に因んだものです。



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