遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。

 



 

氣流法の佐藤響子さんを招いて ワークショップを開きました。

天の氣  を 引き寄せ

放つ

息を吸う  溜める   放つ

 

 

とても いい 時間でした。

やまかげ  とは   肋骨の下にあるポイント 

触れる   押す  息を吐く

 

足腰が  つよくなるそうです。

 

ひとは二足で 立ち 歩くことで  なにを得て   なにを失ったのでしょうか。

地面から はなれる 不安   四つの足の間の小さな世界から

 

生きとし 生けるもの すべてが  家族になり たいせつな 存在になった

それは とても うつくしい  考えのように 思いました。



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田町駅 5分 シバウラハウスでひらかれた 連歌・鳥の歌 は スリリングだった。中空を疾走しているめくるめく感じと覚醒して浮遊している感じと両方があった。

4つのワークショップと8グループのライブ!! それぞれが 1時間で 休憩時間も オープンリハなので18時間 音楽に浸されていた。

カザルスの鳥の歌 を たぶん14.5通りの演奏で聴いた。

わたしは メビウス気流法の響子さんのおさそいでいったので もともとのおめあては いつでもどんなときも?の弓さんと中川さん 原田さんだった。初日はそのお三人がベストで 友人は弓さんのうたに わたしは中川さんのコラールに涙を流した。

だが 圧巻だったのは 邦楽 なかでも 琴 沢井一恵先生から発する ことばと響きに震えた。わたしは一恵先生の夫である 沢井忠夫という筝曲の作曲家であり弾き手を知らなかった。ユーチューブではじめて聴いた 鳥のように に魅了された。魂が震えるのを感じた。

http://www.youtube.com/watch?v=7NQfqRB3goI 

これしかない一音 空気を切り裂くひびき 重なり合う倍音 .... 琴はなんて 豊かな楽器なのだろう。

 

連歌・鳥の歌 で感じたのは 邦楽の演奏家は 琴でも 津軽三味線でも 尺八 でも ソロで 通用するために 楽器や 楽曲や テクニック にいのちをかけてきたんだということ... また それとウラハラに 連弾や クラシックの楽器や 他の邦楽の楽器とのコラボであたらしい可能性を模索しつづけてきたということ。

ワークショップでは沢井先生や 吉田兄弟 柴田兄弟 ほかの方たちの音楽との取り組み.... 好きなことでたつきを得るための努力を垣間見せていただいた。

わたしはプロではないが 自分の取り組み 詰めの甘さを思い知らされた。 けれど その衝撃は重くはあったが 暗いものではなかった。

まだ 十年 あるじゃないか いけるところまで いってみよう。わたしの『一音』 をさがし求めよう 妥協しないで。

この一ヶ月とすこし 雑用に終始した。 制作 この字だったかしら チラシやらなにやら 日程の調整 段取り 連絡 指導 脚本書き ....  

わたしはなにをやっているのだろう と反問しつつ ときに愉しくさえあった。 沢井先生の心に残る ことばをもうひとつ.... 制限がある それを大事にするということ。

 

今日のおわりに 国連で演奏された パブロ・カザルスの 鳥の歌 を.....

http://www.youtube.com/watch?v=rt9iz3xApVg

カタロニアでは 鳥は ピース ピース といって鳴くのです。

 



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茨城県坂東市にある散茶廊で娘とのんびり 午後のティータイム....

すると 有り得ないことが起こりました。

帰ろうと立ち上がったとき ふと見ると 後ろの席に 存じ上げているお顔が....  ふたりとも棒立ち

その方はきのうのワークショップの参加者のおひとりだったのです。

「なぜ ここに!?」

とおっしゃるので 年に何回か訪れるお気に入りの場所だとおつたえしました。

カズコさんは 近くにお住まいなのだそうです。県外なのにどうしてワークショップを知ったのかうかがうと

「CIMAIで チラシを手にとりました。 朗読を長年しているのですが 壁にぶちあたって 悩んでいたのです。素晴らしいワークショップでした。こんなところでお会いするなんてご縁があるんですね。」

......と再会を約束してお別れしました。

おなじく 茨城県からの参加者 いちさんも ......「 自分が解放できたような気分で高揚しております。 」とメールをくださいました。

お役に立ててうれしいです。えにしの糸がむすばれて 2/22には何人かの方が戦争体験を語り伝えるパーソナルストーリー

の代弁にチャレンジなさるでしょう。

 

さきほど 中学校公演の脚本ができました。

 



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今日は語り部養成特別ワークショップをしました。いままでの10年間の成果を6時間のワークショップにまとめたのです。

理論はあと ひたすら実践のワークショップ 8名枠に飛び入りも含めて12名 30代から82歳まで 

語り経験者はひとりだけです。

まず 思い込み 恐れ 不安 弱さ 引っ込み思案 不要なものをすてること そして自分をひらくこと ......

50音 日本語の秘密 音霊 おとたま 響きを知ること 体でかんじること 自分の体のくせを知ること ゆだねること 

ひびきで伝える実験 「あ」でつたえるコント

午後 身体の開放のあと 午前中 色画用紙をつかってつくったものがたりの発表

これが圧巻でした。どれひとつ おなじものがない。それぞれがパーソナルストーリーでした。

なかでも 忘れがたいのは おつきさまのものがたり と どうぞの木 ..... 上質のファンタジー

透明でペーソスがあって....ハッピーストーリーなのに...... ひそかな哀しみが胸を打つ....

そのほか若いおかあさんの今のものがたり 子どもたちを送り出しこれから老いに向うひとの

身につまされるものがたりなどそのまま 幼稚園 小学校 中学校 デイケアなどで 語れるものがたりでした。

みんな 内面に豊かな繊細なたからものを抱えている それが溢れる一瞬にたちあえた喜びがありました。

みんな しあわせないいお顔をしていました。

それから 泥棒の親子を 三チームで チーム・キャロライン  ホームレス座 と あとひとつ

抱腹絶倒  朝から笑いの絶えないワークショップでした。

最後は戦争体験の代弁の語り そして クロージング.....

語るよりいいかなぁ  こうして こころをひらいて みんなでなにかをつくってゆくのって......

「ワークショップの目的は 気づくこと みなさんがしあわせな顔で帰ってくださったら ワークショップは

成功です」  とはじめに みなさんにおはなししたのですが それだけではありませんでした。

エデュケーションとは引き出すこと......繊細な人ほど内面にたくさんのたくさんのものを抱えている

今日 それをとても強く感じました。眠っているもの もんもんとしているものを 引き出す 手立てが

あれば ひとは 地域は もっとあかるく元気になる。 語りはそのための よい方法のひとつ

個人的には最短で行きたいところへいける のりものだと感じています。

今日参加してくださったみなさん ありがとう 最長老のゆうちゃん いわいさん いい味だして

くださってありがとう。

そのあと 子どもたちの戦争のリハーサル  透明感のあるパーソナルストーリーの代弁でした。

あしたのジョーじゃないけど まっしろになって燃え尽きた気分です。

癌登録推進法の成立を知るまでは わたしはとてもしあわせでした。

もう 時間が ありません。 できることをすべて 心をこめて 祈りをこめて  感謝をこめて。

 

 

 



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12/7 の語り継ぐ戦争と平和 片岡輝 詩人 語り手たちの会代表理事 の講義は圧巻でした。

野村敬子先生の いのちと語りどうように 語りはいつもいのちとともにあったと実感した講座でした。

わたしたちひとりひとりの人生はそのままひとつのものがたり 自分やまわりのえにしあるひとたちのものがたりをのこし地域で共有することのたいせつさを先生は教えてくださいました。

途中 淡々と語られる 靖国の英霊の想い 中国人捕虜を銃剣で順番につきさす ”ひとつ” の訓練 リョウというその中国人は 厨房で日本兵の食事をつくっていたのです。

「わたし 殺す よくない」 泣き叫ぶ中国人を だれが最初に ”ひとつ” をするか? やりたくないとしり込みするもの 自分が と名乗りをあげるもの 腿から突き刺すもの 最後のほうにつきさしたひとの感触は 豆腐を突き刺したような....というものでした。

わたしは 地元の戦争体験者のはなしを思い出しました。そのひとは自分はむごくてどうしてもできなかった といいました.....しかし 戦中の軍隊でそれがゆるされたのでしょうか?

ある友人のお舅さんの話 夜 三階建ての自分の部屋の壁をどんどん叩く......家人がかけつけると 銃剣をもって 突撃するしぐさをし 奇声をあげて 泣く。

ひとを殺したくなくても 人殺しにさせられてしまう それが戦争です。

片岡先生の話は 民法放送時代に体験した 死体安置所のはなし さっきまで息をし 酒を飲んでいたひとが 突然 ものいわぬ死体になってしまう いのちのはかなさ  一滴の輸血もされず血を流して死んでいった兵士 昭和天皇のご最期にまで話がおよびました。

わたしたちは自分のいのちに責任をもたなければなりません。 自分の意志をたしかめ 時代の流れに押し流されないように生きてゆかねばなりません。深く考えさせられた講座でした。

わたしが個人的に感じたのは 語る話に 閾値はないということです。たとえどんなに残酷であったにしろ暗く重いにしろ 物言わぬ人の代わりに語らなければならないことがある。語りは癒し 愉しく 明るい話ばかりというのは テレビのお笑いばかりの放送につながるのではありませんか?

人生には痛み 苦しみ 悲しみ がある 愉しいことより悲しい 理不尽なことのほうがずっとずっと多い。そのようなものから目をそらしていては 社会は国は流され 為政者や権力の思いのままになるだけです。

講義のあいだに 三つのパーソナルストーリーを三人が語りました。テーマはそれぞれ 生と死 再生.....愛 ..... すべてのものがたりにひそむ永遠のテーマです。泣いていらっしゃる方が何人もいました。わたしは 蘇州夜曲の原点になった 三つの事実譚をまとめてひとつのものがたりとし 一人称で 代弁の語りとして語りました。

.........

きのうはメジロまで片岡ゼミに行きました。片岡先生の「カタリカタリの若いメンバーには芯がとおっている」というお褒めのことばがうれしくまぶしかったです。きのうの講義は 王朝文学のつづき 能・狂言でした。飛ぶ教室となり はなしは 教育問題 トラウマ 姥捨て いじめ にまで及びました。次回のテーマはそのようなものがたりをつくってくる あるいはさがしてくる です。

まだ 三回目ですが 問題を深く掘り下げ 物語の種子をさがすことのできるありがたい講座です。けれども 豊かな問題提起に対して 実践が乏しいようにも思いました。カタリカタリでは月に一度の例会にかならずひとつのものがたりを再話したり創作したりしてもってゆき 語ること聴くことで共有します。 理論と実践は車の両輪です。わたしは目白ゼミにおいて毎回 すくなくともふたつのものがたりをもってゆくことを自分に課してゆきます。

 



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片岡輝先生のゼミに行きました。今日のメンバーは6名でした。

今日のテーマは説教節 五説教 とは かるかや しんとくまる さんせうたゆう おぐりはんがん ぼんてんこく

中世の区分

奴隷 システムの中 移動する自由はない

賤民 システムの外 移動する自由がある  移動しないと生活ができない 壁塗り 山伏 説教師など

例外 エタ 妻子を持ち 無税の土地に定住した

放浪する賤民の管理もした。

説教師は雑芸能者のうち もっとも賤しい身分だったので 記録が残っていない。

説教節には演劇性と音楽性 身振り 手振り 表情があり 民衆の心に入った。

説教師だけでは食えず さまざまな職業についた。 カンナギ → 男巫女 遊女

境内 人の集まる場所 ひとの家などで語り たつきを求めた。

説教節の特徴

①権力者への呪詛

②土俗臭 どろどろした世界

③家族性

④因果応報 勧善懲悪

⑤仏教

始原的世界 出自を問う 運命を取り戻す

どこからきてどこへいくのか 問いかけ

以下 個人的なまとめ。

山椒大夫 説教節と文学の違い

          説教節                     文学   

因果応報   残虐さが際立っている            あっさりしている それぞれの立場の肯定

救いとは       仏                     仏 人格の高潔さ 外部からの救い

文体      過剰 てんこ盛り               過剰の排除 簡潔さ

運命      精一杯生きる                 受容

 

説教節とは

混沌 なんでもありの世界 貴種流離  旅  愛別離苦 復権 復活 

障害となにによって復活するか  

二人の妻の諍い 出家 仏の道をとるか 家族をとるかの選択 来世で父子対面 妻と娘は無視か...... かるかや

お家騒動 呪いによるらい病  妻の愛  熊野の湯 観音による救い(浄化)復権 ....... しんとくまる

父親の島流し 筑紫への旅 人買いにさらわれる 姉の献身 地蔵による救い(浄化)復権.......さんせうたゆう

蛇と結婚(タブー)  嵐  毒殺 地獄 おぐりだけらい病となってよみがえる 照手姫の献身 熊野の湯による救い(浄化)復権.......おぐりはんがん

現代にどう再話するか

説教節では 運命とは 外部の力の作用により変転する 穢れがテーマのように思われるが 現代にはそぐわない。現代では自分の心のありよう ひととのかかわりで運命が変わることが多い。 穢れというよりは トラウマ トラウマからの解放はむしろ 自己開示 とコミュニケーションの復活ではないだろうか。興味深いのは熊野信仰であった。伊勢ではない。そして旅.....これは説教師が漂泊のさだめに生きたこととかかわりがあるだろう。

もし あたらしいものがたりをつくるとしたら しんとくまる と かるかや がおもしろいと思った。

 



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......3日間 メビウス気流法の身体技法のなかにいたので 帰ってからも つい 動きがメビウスの動きになってしまいます。ふと かすかにかすかになにかが聴こえる ことに気が付きました。遠い高い空を吹く風のような 潮騒のような.... 耳鳴りかと思ったのですが 耳鳴りではありません。娘の声がいつもとは違って耳に突き刺さるような気がしました。

朝 ベランダの板の隙間から 草が芽をだし 茎を伸ばしているのに気がつきました。銀行の駐車場の側溝の鉄網の下にも青草.....銀行のなかがどこか違う・・・・・みると 埼玉県内の観光地の写真がはってあります。

いいことばかりではなくて 身体のなかの違和感 背中の右の下あたり....もいや増すのですが

こころがゆったり安定していて 普段気が付かないものが見え 聴こえる 自分の内部がつながっている そのことが五官を鋭敏にする......

合宿に期待したのは 脱力 でした。脱力が 語る器のための3つ目のステップだと感じたので。

けれど それだけではなかった.....自分と深いところでつながることで 世界とつながることが実感できました。

もうひとつ 佐藤響子さんの舞をみたとき ピナ・バウシュを思い出した.....

舞 コンテンポラリーな....でも 語りどうように 踊り手そして観客を癒し 鼓舞することができる....と感じました。

 



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早朝 森に囲まれた 原っぱで 鹿がいた・・・・

空  木  かぜ とひとつになる  頭は天につながり 身体は大地につながる

あらゆる生き物のあらゆる呼吸 が全部自分の中にある。

身体は世界とつながっている

フクシマ・・・・

 

そこから どうひらかれるか ⇔ 身体の文法

① 3R  RELAXリラックス RELATIONつながり REALIZATION現実化

② 円相

丸 鏡 欠けたもののない象徴 悟り 全 

完成 融合 ゼロ 何もない

③ ツボ 夢枕 堀内 山蔭

自分のツボがひらかれていないと 相手のツボは捉えられない

④ やわらげ ∞ 8の字めぐり いざない 介助

⑤ 垂直気流

⑥ 糸 惜しむ

からだのなかに絹糸がはりめぐらされている → ちいさな動き → 全身につたわる

その糸を切らないように 惜しむように 綿密の注意をはらって うごく・・・・・

自分のからだをいとおしむように動くと 触れるもの 感じるものへのいとおしさがふえてゆく

(これは共有 共感 共観 かれらのワンワールドは1%の人間のためにあるが こちらはほんとうの豊かなワンワールド 自分の身体から世界が展開してゆく 古代からあった叡智を現代に蘇らせたもののように わたしは感じました。)

夜 ホールで・・・・

響子さんの舞 太初の青 写真を撮ろうとしたのですが 舞に魅入られ 写すことができませんでした。

ジブリの音楽でおなじみの 弓さん 覚さんも 長年気流法をしています。

弓さんのうた サントリー黒ウーロン茶DOCOMOCM 作曲家 のピアノで・・・

とても 贅沢なコンサートでした。

ところで メンバーは 安全な食品 生涯者支援のたずさわる方 ダンスをなさる方 画家 写真家 詩人 など さまざまなジャンルのかたがた 肩のこらない 自分のままでいい合宿でした。

 

 

 



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夢のような三日間だった。とても眠かった。地磁気のせい・・・というひともいたが わたしばかりでなく みんな 眠かったそうだ。不眠症のひとが治るという祝福された土地でのメビウス気流法・・・・

ことの起こりは一年前の佐藤響子さんとの出会い・・・ うつくしいひとだった、佇まい 舞う姿 なにもかも 水のエクササイズでの脱力 一緒に雨乞いの踊りを踊ったとき の開放感と 喜び ・・・・

先週 脱力がポイントと気づいたこともあって 勇躍してでかけた。でも 今 こうして整理してみると あまり思い出せない。身体のなかに吸収されてしまったということなのか・・・

創始者 香譲師の話のなかで わすれがたいことばを書いておく。

1 書かれた文字を ほどいてことばにする

2 メビウス気流法とは葛藤をほどくこと

3 いのちはやはらかさともろさをふくんでいる。答えはない、それぞれのいのちのなかに答はある。我々の身体は世界におかれて 開かれている。身体をとおして 目覚めてゆくことが増えてゆくだろう。

4 つながりがある とは 放棄する自由もあるということ。

5 心ということばは後からきた。表面意識 表層筋肉ではなく身体の深いところで全体とつながる。

6 (つながっている)糸を切れることを惜しみつなげてゆく行為(いとおしむ)は 注意深く 大事に想う存在に近づき触れようとする状況と同じ。

7 身体をいとおしむことは 世界をいとおしむこと 万物万生(万霊)とつながること。

8 どうすれば 悟りとつながれるか あらかじめ そこにあるものに出会う あるいは掘り出す行為・・・

1 と 2は まさに語りに通じる。

葛藤をほどく 語り部自身の葛藤 トラウマをほどく 聴き手の葛藤をほどく 時代の葛藤をほどく 怨念をほどく

ねむっている 冷凍されたことたまを解き放ち 響きにする。

7 と 8 もつながる

五官 で 世界とつながる 風 水 大地 万生 ・・・・ ものがたりをとおして過去 今 未来につながる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ものがたりはすでにそこにある それをことばにするだけ わたしたち語り部には掘り出すノミも奏でる楽器もいらない。

1から8のことを体現するための 技法として3R やはらぎ 垂直技法がある。技法について説明するのはむつかしいので 興味のある方はぜひ メビウス気流法にアクセスしてください。。

語り部は鎮魂・・葛藤の浄化 と 魂振るい 再生 よみがえり つなげてゆくことが(聖なる)つとめである。香譲師は再生についてはおっしゃらなかったが つなげてゆくことが再生ということなのだろう。

語り部は再々いうように 自分とつながり 聴き手とつながり ものがたりとつながらなくてはならない。つながるためには 脱力がひつようである。その脱力のために 

身体のくせ こわばりをとる → 癒し

自分をせき止めている 心の問題 あるいは過去生の問題を解消する → 癒し

ことが必要なのだ。その脱力について カタリカタリのメンバーへつたえるアイテムやヒントはないかなとでかけた ワークショップで気づかされたことは・・・・

自分の細部と 細密につながる 身体の方法だった。心や歴史的な?トラウマについては身体をとおすことで解決できる。地道なエクササイズをいたしましょう。

副次的に気づいたのはケムトレイルの境界は佐久のあたりかということ 清里の上空にもあったが わずかだった。上田のように真っ白な空ではなかった。青い空はうつくしかった。

もうひとつは 龍神について 構造線上に川ができる それとも磁気の関係? 3・11で もしかしたら フォッサマグナ上で 東日本 西日本 分断という想定もあったのかも・・・・ 千葉の地震は怖いかも。

糸を惜しむについての考察

糸を紡ぐことや 布を織ることは世界中でほぼ 女のしごとだった。 繰る 織る 練る 統べる ・・・・

女たちは糸をつなぐ 切れないように細心の注意を払い切れたらつなぐ・・・・そうして生活を繋ぐ・・・人間関係をつなぎとめる

昔の日本では 愛は日常的につかうことばではなかった・・・・かわりに切ない ということばが

あった・・・ 糸がきれるのは切ないことであったろう。つながれていた気持ちが切れるのは切ないことであったろう。

 



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告別式に参列 用事をすませ ナビのとおりに東北道 関越道 長野道 佐久北から中部ライン 141号線に差し掛かった頃伊には あたりは真っ暗 それから 山道を走りに走ってようやくついたと思ったら そこは清泉寮 それからふたたび暗夜行路 竹早山荘にたどりついたのは9時近かった。正直のところ 泣きたい気分だったが ミチさんと響子さんがねぎらってくれ 肩を抱いてくれ 夕食をいただきひとごこちのついたところで 夜の講義がはじまった。

身体技法

戦前 目的は強壮強健

前田式 自彊術 など

戦後 はそれに感性を育てることが重なった。

フェルデンクライス ピラティス ロルフィング アレクサンダーテクニーク ファシアセラピー 仁神術

以上はハンディを背負ったひとが考案したり あるいはハンディを背負ったひとのために考案された。産業や戦争など時代の反映によるものである。

メビウス気流法がめざすもの

① 強壮

② 感性(世界を感じる)

③ 叡智 (身体からでることば)

どのように身体を捉えるか? 病も大いなるけんこうのひとつとして捉えるか?

自分でできることを意識化する ⇒動きや自由な活動をとめることになる。

論理的に整理すると一時的にしばられてしまうように見えるが、客観の視点を持つことによって より一層の自由 飛躍 をえるのではないか。

喋ることばと文字の違い

例 プロゴルファー 本にするためゴルフについて書いたところ 極度のスランプ

バングラデシュで 文字を知らないこどもに文字をおしえたら あきらかに笑顔が無くなった。

口承の力 失われる 一度 失われたら戻らない。

エジプト神話 文字ができた 文字のために知恵が失われた。

国家の体系ができたとき 神話ができる。

今はあたらしい文明のチャンス 

書きことばを変える ほどかれることば

パターン化 ⇔ プロセスをたどる 生きる中で構造として捉えたとき ほどける。

無我夢中の無垢を取り戻す 全身全霊で取り組む

初心 → 有心 やじるし 無心

無相  どんな相 想にもなれる

無為にし全てを為す

伊藤一刀斎 武蔵を破った 

実技

Aツボについて 二日目 三日目 あわせ記す

① 夢枕 上腕部外 ここを押さえられると 動けない

ツボに同調しはいってゆく。⇔ 嫌でも うけいれてしまう。

② 堀内 腿内側 ここも同じ

③   山影 肋骨の内側 

B 垂直気流

手を上げる 手を下げる

C 3R

リラックス リフレッシュ 現実化

 

 

 



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ひさしぶりの目白でした。駆け出しの頃 こちらで昔櫻井ゼミに参加し 友人と先輩の語り手さんからケチョンケチョンにけなされて ことばもなく帰ったことを 今になって思い出しました。

中世という時代は どんな時代か? 異界(含む霊界)が古代に比べて 遠ざかった時代 近代にちかづいた時代 という意見がありましたが わたしは異界が遠ざかったのではなく 人間が異界を感知する能力を失ったことにより 遠ざかったと感じています。一方で個人が力を持った時代 政治のチカラを借りず 自分のチカラで救済しようとした時代であるという認識も示されました。中世は「民衆の時代」なのだそうです。

わたしはあたまのなかでぼんやりと 古代もそう変わらないし 近代もそう変わらないんじゃないかなとかんがえていました。近代は突出した英雄のいない時代です。 庶民は権力に懐柔され知るや知らずや、その日その日を送っています。古代にも近世にも英雄という名とはべつに 民衆のなかの覚醒者はいたに違いないし そういう意味での個別の小爆発は起こっていたに違いないけれど そうしたひとびとがあいまって歴史を動かしてきたとはわたしには考えにくい。 ダレカの見えざる手にデザインされて歴史が動いてきたように感じるのです。

語り部をヒストリーテラーとして あるいはエンターテイナーとして見るという見方が対極的に示されました。その方はヒストリーテラーを忠実な伝承の語り手として捉えていたようです。わたしは 伝承の語り部であるよりは正真正銘のヒストリーテラー 真実の歴史の語り部であってなおかつエンターティナーでありたいと望みます。ファンタジーとして語ろうと リアルに語ろうとそれ自体は語り部に負託されていると感じます。

「職能人」というくくりのなかに ものつくりだけでなく「呪術者」がいたということが興味深かったし 神に捧げる聖なるものであった語りが 中世において 穢をもつヒト や賤民によって語られてきた その成り立ちが知りたいと思いました。民衆のダイナミズムに触れたいと思いました。 天才と血のにじむような練習を重ねる努力家という対比もされ わたしは天才にされ 仰天しました。たしかに 暗記とか声を出しての練習はそうはしないが 努力は惜しんでいない、その勘所が違うだけです。わたしは器 楽器としての自分を磨くという努力をしている。ハードかソフトか......簡単にいうとそんなところですね。ハードを磨けば ソフトはあとからついてくる。

でも 語り手たちの会の [芸術の語りの会]にわたしが聴きに行くと信じて疑わなかった 待っていてくださった そのために死ぬほど努力したとおっしゃったことにつよく心を動かされました。 個人的には講義とディスカッションだけでなく 実践を伴う学びにしたいなぁと思いました。もし続けられるようなら テーマごとに語りでセッションしてみたいです。触発されあい ひびきあい あたらしいなにかが生まれそうです。聖から俗へ 俗から聖へ....ここがわたしのへそなんだろう 努力のしどころなんだろうと思いました。

 

 



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ゆずり葉さんは古河市の文化の発信地です。おだやかなあたたかい いい空間です。ウラさんの羊毛造形や chiseさんのみつろうのろうそくなどもおいてあります。

まず ランチから....ランチは小豆のカレーとインドのお惣菜 お菓子など おいしゅうございました。写真はあとでね。

冷えは未病....や欝やさまざまな不調とかかわりがある。冷えをとってゆくことで 生き方がかわってゆくというおはなし会でした。冷えをとる方法は食べ物 4枚がさねのくつした 半身浴なのです。冷えがとれると甘いものや過食が減り ひとにやさしくなれるそうです。これはぜひやってみたくなります。

⇒ こちら

⇒ こちら

yuzuriさん cimaiさんのイベントなどでおなじみの方 はじめての方 若い方ばかりでしたがうちとけて おはなしができました。

今日の会では布なぷのことも話題になりました。半数くらいがもうおつかいのようで 短くなった 痛みがなくなった 自在に出せるようになった という体験談を聴くことができました。わたしも冷えとりを楽しもうと靴下セットを買いました。そうそう なおみさんがつくってくれたノートのことばがすてきでした。それぞれちがうことばが書いてあるのです。偶然そのひとのものになるのですが なぜかそのかたにぴったりなのです。わたしのノートに記されていたことばは 「行きたい場所に 在りたいままで」 でした。わたしには「生きたい場所に 在りたいままで」 と見えてなりませんでした。

なごみさんで働いている方がみえていて 「オーナーさんがlucaさんにひかりをいれてもらってさまざまなデトックスがあらわれた」とおっしゃっていたと聴きました。 暮れのことだったかすっかりわすれておりました きっと素直な方なのでしょうね。今日はシャエの王女 を語るこころづもりだったのですが いのちの音 『ラ』をみなさんの声で響かせてみたくなりました。それはみなさんのお声がとても澄んでいたのと ずっとすわっていたので からだがうずうずしたのと両方だったのですが .... とてもきれいな響きで空間が満たされ からだがあたたかくなりました。

すると となりの方が「シュタイナーでも 『ラ』の音をたいせつにしている」とおっしゃるのです。あとで 「トーニングっていうんですよね」 とおっしゃる方もいて それから「気づくことができました ありがとう」とおっしゃる方もいて .... ヴォイス ヒーリングをとおして学ばせていただいたことからもう一歩二歩踏み込んでおつたえできるかも....と思い.........また.シャエの王女は若い女性に向けたものがたりで朝 からだと魂にわりと苦労して染み込ませたものがたりだったので なんとなく心残りもあって わたしはストーリーテラーなんだかヒーラーなんだかととつおいつしていたら 帰り 富士山のシルエットがうつくしかった.....ヒーリングも声の響きもひかりだから 結局おなじことだと気がつきました。

 



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脱力

首はフリー 背骨はながーく ながーく 目はほどく 胸はひらく 腕は肩から離れる 心を楽に持ちましょう

気づきとはなにか

刺激 → 気づき → 動機 → 行動

答えはひとつではない

受講者のこたえのなかから

自分のなかに埋もれていたものが なにかとつながることによって よみがえる

新たな認識 五官を感じること 救い 自分が世界へひらくこと 

繊細にまわりに意識をひらく 世界が飛び込んでくる 今まで見えなかったものが見える

宇宙の叡智にひらく 万物といったいになる

目をつぶっているあいだに与えられたものの情報を五官で感じ取る  目をあけて視覚で観察する

エクササイズ 

①名前 動作

るかです。今の気持ちはなになにです。

るかさんです。今の気持ちは......です。

②目があったら 名前をいう。

目があったら 手をつないで 名前をいう。

目があったら ......

② トラになる

とらになって歩く 首をたれてあるく 首をあげてあるく

筋肉はどのように動くか

 

自然 野生動物 アスリート ネイティブのひとたちの写真と 三流の運動選手の写真を徹底的に比較する

  わるい           よい

目 とじている      対象をしっかり見ている   目をつぶると 内に意識がゆく

頬 こわばる       ゆるんでいる

口 硬くむすぶ      自然な感じ 微笑

顎 ひいている

首 固定 胴体に沈む

呼吸 止まっている   息づいている

腰 そっている

指 力が入っている

耳 聞こえない      全身を耳にしている

身体の軸通っていない

背中 緊張         伸びやか

エネルギー 内に向かう 外に向かう

見せたいほめられたい  確かな自信

孤独 不安         つながっている

止まっている        流れがある

うちと外に同時にあること がんばりすぎない うちとつながっていないと 外とつながらない

その他

頭と身体 身体とマインド 頭をつかわないとうまくいく

自信 

自分のナチュラルなバイオリズムを知る

 



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発声 について

ヘッドレゾナンス 頭に響かせるだけでなく 口の中をつかう 舌先を尖らす 舌先で上あご 歯の付け根にタッチ

ガガガ 鼻濁音 ヤヤヤ ダダダ トゥトゥトゥ 

エクササイズ

① ボールを無作為のだれかに投げる。投げたあと拍手ひとつ みんなも ふたつ みっつ ボールを次第に増やしてゆく。

② 四這いになって 花びらのように集まる 各自がさまざまな音を出す

静 → 動 → 静 ひとつの音楽になるように...

③ふたりで組む 片方 目を瞑る ぶつからないよう案内する 交代 なにを感じたか

④手でさわらせる 材質の確認 あとでなんだったか答える 交代

⑤ボールを投げる ○○ to △△  ポン

⑥指を指す さされたひとは はいと答え つぎのひとを指す そのひとがはい というまで歩いてはだめ 指したひとのスペースに入る

⑦みんなで機械の部品になる動作と音 やがて機械は崩壊

ヴォイストレーニングは日常性を変えてゆく

くせをとること

思い込み 既成概念はクソだ。

演技をしない。相手の呼吸にまかせる。相手の出を待たない。感じる ほぼ同時に

ことばに存在感をあたえる 

表現主義は声をつくることからはじめる。表の型をつくるのではなく できるだけ リアリズムで。

ポイント ①顔 ②おなか ③身体とつながる

エクササイズ

① シュー 均等なロングブレス 歩く 途中で ポーズ

② 歩きながら  

③ 台詞をいいながら

④ 顔の表情をまわす 一巡したらつぎのひと

⑤ 音でことばをつくる つないでまわす

⑥ ひざ2 手をひらく  しりとり

⑦ 連想

⑧ものがたりをつくる 単語と助詞で

⑨ 円になる 4.5人 だれかが あ といってゆびさしたら できるだけあのつく単語をならべる  ボールをまわすあいだに。

 

 

 

 

 

 



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呼吸を自由にする ゆっくり やはらかに自由に→ さまざまな情報 + 感情が入ってくる

しがみつきたい衝動はひとによって違う

日本人はがんばり過ぎ おとうさん おかあさんにほめられたいとか

エネルギー ← 外へ

エネルギー → 内へ 外へ 同時にある。

ある側面をつかう 

① 自分自身

② 登場人物

③ 芝居全体

自分のなかの隠しておきたい部分 暗い面をつかってしまう

自分自身を知るほど 相手に差し出すものが多くなる

自分について知る クセとはなにか

三重の連関

一つ目のサークル(空間) 自分

二つ目のサークル 相手役と自分 ステージ上

三つ目のサークル 劇場内

一つ目が確立していれば 三つ目も成る 観客を抱きしめられるということ

芝居(ものがたり)とは問題の解決である。解決がむつかしいものほどおもしろい。

シンプルでダイレクトであること とても単純 とても素っ裸 そのうらにとてつもなく複雑なものがうごめいている 説ではない

スペースを感じる  見ることでスペースを意識する

聴き手に自分の見ているものとおなじもの 感じているのとおなじものを感じとらせる。

ステータス

空間にもステータスがある ひととひとのあいだにもステータスがある。

自分自身を使う = 自意識

何が起きているか こう反応しようではなく このように反応していると気づくこと

変化は気づきから生まれるが 自意識があると薄くなる

即興

「周りの状況がすべての○○を教えてくれる。あなたがひらいてさえいれば。」

今 いるステップを信じる。なにをされるのか知らない状態

自信と勇気を持つこと

① 目的 ② 障害 だけれども ③ 超目的

今も過去も考えない。

障害はむつかしいほど おもしろい

提案することで現実になる

与えられた提案は受け入れる 情報を与え合う 細部まではっきりさせる 

非現実でもいい → 納得できる

ステータス

① 相手に提案 ウソのような幸運な 片方は理由をつけて断る そのとき相手の身体はどうなっているか

   こんどはいっしょになって 話を大きくしてゆく

② 召使と主人

③ 4人一組 架空のふたり 一声で相手に情報をあたえる。会話 残りのふたりはステータスをはかる

ヴァリエーション  ステータスを指示 最初はゆるやかに

次のヴァージョンでは上下上げ下げ

④ ホスト と 客 設定 目的はなにか

いかに思い込みから離れ 楽に フリーになるか 人は日々 自分の戯曲を書いている。

悲しくなろうとするな 肉体的なかかわりが生まれてくる感情を見つける

肉体的な言語 ダンサーと同じ

ラバンのチャート 基本の要素

 



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