本日も醒ヶ井の風景続き。
醒ヶ井を歩いて行くとヤマトタケルの神社がありました。
なんでこんなところにいてはるのかと思いしらべました。
ヤマトタケルと書いてもわかる人は少ないかな・・・・。
クロネコを創業した人でも、宇宙戦艦をつくった人でもない。
『古事記(こじき)』や『日本書紀』の後半にでてくる人物です。
九州の熊襲(くまそ)のボスを単身潜入して、女装してだまし討ちにしたエピソードが有名。
熊襲ってきっと大和朝廷に従わなかった種族なんでしょうね。
滋賀県醒ヶ井「梅花藻(バイカモ)」2
もともと西に東に派遣されたのは、お父さんに疎まれていたかららしい。
きっと実力はあったのでしょうね。
義経みたいな人だったのかも。
義経も戦闘や戦術はうまかったけど、戦略と政治に疎かったのと同じかな。
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そのヤマトタケル(日本武尊)がこの醒ヶ井に来ていたのです。
そのあたりを書いてみます。
尾張ではまだしなければならないことがあった。それは伊吹山の神を征伐することだった 。ヤマトタケルは素手で戦うからと草薙の剣を美夜受比売に預けて出かけることにした。伊吹山を登り始めてしばらくすると、白く大きなイノシシが現れた。山の神の使いが変身しているに違いないから大したことはないと先に進んでいった。ところがこのイノシシが山の神自身が変身していたのだった。山の神はヤマトタケルに大氷雨を降らせため、大きな痛手を被ってしまい,やがて病にかかり伊吹山を下りた。
ヤマトタケルが攻撃されたのは伊吹山3合目あたりらしい。西側登山道を登った3合目付近にヤマトタケル遭難碑があるが、山頂にはヤマトタケル像が建っている。
この像の写真をみると大魔神の変身前の状態みたいね。
伊吹山を下り、毒気にあたって命からがらにこの泉にたどり着いたヤマトタケルは玉倉部の清水を飲んで体を休めた。ここの清水の効果は大きく、高熱がさめたという話が伝わっている。
昔,醒ヶ井は中山道を往来した人たちの休憩所でもあった。ヤマトタケルが傷をいやしたことから「居醒(いざめ)の清水」と呼ばれ、醒井(さめがい)という地名もこの話が元になったと言われている。
結局、ヤマトタケルは、この後病気になって亡くなってします。
なくなって白鳥になって飛ぶ。
このあたりの映像はなぜか覚えている。
あぶん『日本誕生』という映画かな。
ヤマトタケルは、三船敏郎だったかな。
日本誕生
↑本家玉寿軒「滝つぼ」
↑みじん羹、白こしあん
Twitter→@kyo_otoko
今日、帰郷しますので次の訪問は16日ですm(_ _)m
涼みに行きたくなりました。。。
小川のせせらぎ…たまりません~
1,300年前。そう、そのころ少なくとも父方系は関西だったらしいです(笑)大昔過ぎて単なる昔話です^^あ、でも夫の母方はよくいう?平家の落人らしい?ので…昔から人は意外と?移動していたんですねぇ。。。理由はどうあれ☆
しっかり親孝行をして来て下さいね。
京都は極暑状態ですよ。
醒ヶ井でもやっぱり暑いだろうな・・・。
家でこの動画を見ているのがいいかも。
遠い昔は関西か。10万年ぐらいならどこにいたのでしょうね。(笑)
考えると不思議です。
飲んでも美味しいです、私の知る限りナンバー1かも!ちなみにNo.2は奈良大峯山のごろごろ水ね。
伊吹山に登った時、山頂のヤマトタケルさんも見ましたよ。先日は高千穂からやってきて上陸したという熊野へも行ったし・・・ヤマトタケルさんとは縁があるかも(笑)
東宝映画か・・・何とも懐かしい。
紫外線が絶対目に悪い。
車で出る時でも注意してください。
京都は車が多いですよ。
ここのお水は確かに美味しい。
大峰山のも美味しいですか。
映画懐かしいでしょ。講堂でみなかったですか?配役がすごいですよね。