尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「NATO主犯説」の錯誤ーウクライナをめぐる言説③

2022年04月06日 22時49分44秒 |  〃  (国際問題)
 一応「ウクライナをめぐる言説」は3回で一端終わり、ウクライナ国内の問題その他の関連事項はしばらく後で書きたい。3回の最後に「NATO主犯説」を取り上げる。これは2段階あって、前段はなかなか「そういう見方もあるか」的なんだけど、後段になると相当の「陰謀論」になってくる。まずウクライナはこの間NATO北大西洋条約機構)への加盟を望んできた。NATO(ナトー)は加盟国が攻撃されれば相互に防衛を保証する集団的な安全保障機構である。従って、ウクライナが加盟を認められていれば、他の加盟国も自国と同じようにウクライナを防衛する条約上の義務があることになる。

 だから、ウクライナのNATO加盟は、ロシアの攻撃に対する強力なけん制となる。しかし、その一方で、それでもロシアが攻撃するならば、それは全面的なロシア対アメリカ・西欧の第三次世界大戦に発展することを避けられない。その意味でウクライナのNATO加盟希望は、NATOをどう評価するかは別として、もともと難しい面があった。何故なら、ウクライナは2014年以来ロシアと「ある意味でずっと戦争状態にあった」わけだから。ウクライナの加盟を認めれば、クリミアやドンバス奪還に向けてウクライナ側から戦争を始めた場合、ロシアとの戦争になし崩し的に巻き込まれる恐れがある。

 それはともかく、結局ウクライナのNATOやEUへの加盟は、すぐには認められなかった。現時点ではロシアとの停戦交渉で、ウクライナはNATO加盟を諦め「中立国」を目指すという方針を取るようである。それだったら、最初からウクライナに対して、「NATOには入れないから別の道を探すべきだ」と言っていれば良かったのではないか。そういう声が出て来ても不思議ではない。NATOは対ソ同盟として発足したわけだが、ソ連崩壊後も存続したのは「ロシアへの警戒感」があったからだ。その意味でも、ロシアが(バルト三国以外の)旧ソ連構成国のNATO加盟に不快感、警戒心を持つのも理解出来なくはない。

 そこから逆に考えて行くと、「NATOが出来ないものを出来ないと言わずに引き延ばした」ことが、戦争をもたらしたと発想するわけである。果たしてそのように言って良いのだろうか。しかし、結果論的にそう見える点があることは僕も理解出来る。ここまでが前段で、そこから「陰謀論」的に発想していけば、「アメリカ」(なりどこかの国や機関)がわざとじらして、ロシアとウクライナの関係をこじらせて相互不信を起こさせ意図的に戦争を起こしたと考えるわけである。

 なんでそんなことをしなければならないのか。一説によれば、昔から(2004年の「オレンジ革命」や2014年の「マイダン革命」)アメリカ(CIAなど)はずっとウクライナをロシアから引き離す策謀を進めてきて、今はその最終盤なのだと見る。あるいはアメリカの軍需産業は自分の利益を求めて世界に戦争を起こさせるもので、この戦争も米国の軍産複合体の陰謀と見る。また特にバイデン大統領は自分の息子を通してウクライナ利権に関わっていて、もしトランプ大統領だったらプーチンとうまく「ディール」して戦争を避けられたはずだと考える。しかし、常識的に判断すれば、このような「陰謀論」は成り立たないと考えられる。

 その理由は「プーチン大統領」の決断なくして、この戦争は起こらなかった点を無視しているからだ。それともプーチンは実はアメリカ軍産複合体のエージェントだとでも言うのだろうか。どんな挑発や陰謀が西側にあったとしても、プーチンがもっと賢く、我慢強く、慎重で、器が大きな指導者だったならば、このような戦争を起こすことはなかった。ロシア側から起こされた戦争なのだから、ロシア国内に最終的な原因があるはずで、他に何か西側の陰謀があったとしてもそれは補助的なものでしかない。
(NATO加盟国地図)
 そもそもNATOとはどこかに統一的な指導部が常置されている組織ではない。2022年4月段階で欧米諸国の30ヶ国が加盟していて、決定は全会一致を必要とする。一国でも反対すれば加盟できないから、アメリカなりどこかの国に、ウクライナが加盟できるかどうかを保証できるわけがない。それはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を考えてみれば、同じようなことが言える。現在、TPPには中国と台湾が正式に加盟を申請している。これに対して、日本にどうなるかと聞かれても困ってしまう。中国も台湾も参加を希望するのは自由だし、それが認められるかどうかは今後の全加盟国の交渉によるとしか言えない。

 実はTPPにはイギリスが先に加盟を申請していて、順番からしてイギリス加盟問題が先に交渉されている。エクアドルも加盟申請しているそうで、中国や台湾もいずれ協議されることになるが決着はまだ先になるだろう。同じように、NATOにも様々な順番があって、「平和のためのパートナーシップ」にはウクライナもロシアも加盟しているのである。旧ソ連、旧ユーゴスラヴィア諸国、及びヨーロッパの中立国(アイルランド、オーストリア、スイス、スウェーデン、フィンランド)など20ヶ国が参加している。NATO加盟にも順番があって、まずボスニア・ヘルツェゴビナセルビアの加盟問題が先決なのである。ウクライナのNATO加盟について、どこかの国に可否を聞かれても、どこもはっきりしたメドを答えられないのである。

 とにかくプーチン大統領とロシア軍がこれほど悲惨な戦争を実際に起こすとは、事前にはなかなか想定しづらい。それを事前に知っていた人には「陰謀論」が有効かもしれないが、実はNATOがわざと戦争を引き起こしたなどと考えるのは無理だろう。僕も東部侵攻はありうると思っていたが、ベラルーシから首都攻撃軍を送り込むとは信じられなかった。現実にこのような無道な攻撃を受けたのだから、ウクライナがNATO加盟を求めてきたのも理解可能だと僕は今になって思っている。なお、NATOやEUへの加盟はゼレンスキー政権になって決めたことではない。2004年以後、親ロシア派のヤヌコビッチ政権でさえ、公式的にはEUとの交渉を続けていた。全国民的な合意があったと見るべきで、それはロシアの圧迫を受け続けたウクライナ国民の選択だった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする