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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

日本の死刑制度をめぐる動きー「懇話会」の提言、国連人権委の特別報告

2024年12月24日 22時00分19秒 |  〃 (冤罪・死刑)

 冤罪救援に関しては「再審法改正」がいよいよ本格的に議論されぞうだが、次に日本の死刑制度をめぐる動きも見ておきたい。袴田事件で袴田巖さんの心が閉ざされたのは何故か? それは単なる「拘禁反応」ではなく「死刑執行の恐怖」に原因があったことは、袴田事件関連の本や映画に触れていればよく知っているだろう。冤罪事件と死刑制度は本来無関係だと強調する人もいる。「論理」的にはその通りだが、人の世は「論理」だけで成り立っていない。現実に社会には差別が存在し、警察は「見込み捜査」を行うことがある。間違った「見込み」で無実の人が死刑になる可能性。その恐怖を世に知らせたのが袴田事件ではないのか。

(死刑制度懇話会報告)

 日本でも死刑制度に関する大きな動きが相次いでいる。まずは「日本の死刑制度について考える懇話会」が2024年11月13日に報告書をまとめ政府への提言を行った。残念なことにネットニュースやテレビではほとんど報道されていない。新聞に出ていて知ったのだが、僕もそのような懇話会が活動していたことは知らなかった。24人の委員がいて、井田良氏(中央大大学院教授、前法制審会長)が座長、笹倉香奈氏(甲南大法学部教授)が座長代行を務めた。政界からは平沢勝栄(自民)、西村智奈美(立民)、上田勇(公明)3氏。他に肩書きだけ挙げれば、前検事総長、元日弁連会長、元警察庁長官、経済同友会代表理事、前連合会長、被害者と司法を考える会会長に加え、宗教界やマスコミからも入っている。映画監督の坂上香氏も加わっている。

 このように現代日本の相当に幅広い層を代表する人々が議論したのは重要なことだろう。そして「現制度は放置が許されない数多くの問題があり、このまま放置してはいけない」としたのである。ただこの会では存廃の結論は出さず「国会や政府のもとに、存廃を含め議論する会議体を設置するべき」としている。その会議体で検討するべき点として、「死刑廃止は国際的潮流で、執行継続が国益を損ねていないか」「誤判の可能性を排除するための制度」「被害者遺族への支援強化」「死刑に代わる最高刑のあり方」「死刑囚の処遇の問題」「情報開示と世論調査のあり方」など問題点が網羅されている。

(世界の死刑存置国)

 死刑廃止が世界の潮流であるということは、上の地図を見ればよく判る。また、2024年12月7日付朝日新聞によれば、国連人権委員会に任命された「特別報告者」は「日本の死刑制度が国際法に違反する疑いがある」という報告を日本政府に通報したという。この通報は11月下旬に国連のウェブサイトに公表されたもので、「死刑執行が当日の朝まで本人に告知されず家族も事後まで分からないこと」「再審請求中の執行が相次いでいること」「絞首刑という方法」などが「非人道的な刑罰」を禁じた国際法に触れる恐れがあると指摘したという。これらの論点は日本でも今まで指摘されてきたことで、全くおかしい事態というしかない。

 もっとも表面上は日本政府は今までの対応を変える考えはないようである。2020年11月に国連総会で死刑の執行停止(モラトリアム)を求める決議案が採決されたとき、日本政府は反対票を投じた。反対したのは39か国だそうで、アジアでは中国、日本、インドなどが反対している。アジア諸国の人権意識が疑われる状況になっていて、日本と中国は死刑廃止に反対するという「同盟」を結んでいるかのようだ。そのような対応が続いて良いのかどうか、日本政府もよくよく世界を見て欲しいと思う。死刑制度の本格的議論をする余裕がないけれど、今回は現状の報告ということで。

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福井事件再審開始と再審法改正ー検察の上訴を禁止すべき

2024年12月23日 22時01分54秒 |  〃 (冤罪・死刑)

 2024年は「袴田事件」の再審無罪判決が確定し、冤罪問題に関心を持つ人にとって忘れられない年になった。年末にはもう一つ福井事件(福井・女子中学生殺害事件)の再審開始も確定した。(事件名は出来るだけ地名で呼ぶべきで、福井事件と描きたい。)10月24日に名古屋高裁金沢支部で開始決定が出て、検察側は異議申立てを行わなかった。再審法廷では新たな証拠調べを申請ぜず、2025年前半には無罪判決が言い渡される見通し。この事件については、以前『福井事件の再審開始を考える』『大崎事件・福井事件の再審棄却』を書いた。つまり一度棄却された再審請求をやり直して、新たに認められたのである。

 この事件はもともと変遷を繰り返した知人の証言しか「証拠」らしいものがなく、しかもその「知人」とは覚醒剤事件で警察に勾留中の暴力団少年組員だった。冤罪事件にもいくつかのタイプがあるが、もっとも恐ろしいのがこのタイプだ。自分はずっと否認しているのに、血の付いた被告人を車に乗せたという「証言」が出て来て、それだけで有罪になってしまった。さすがに1審福井地裁は無罪判決だったが、名古屋高裁金沢支部で有罪にひっくり返り、最高裁も追認した。2011年に一度再審開始決定が出たが、これも検察側の異議で棄却に変わり、最高裁も追認した。警察や検察もひどいけど、こうした経過を見てみると、裁判所の責任を考えないわけにはいかない。本来なら1審で、あるいは少なくとも第1回再審開始で終わっていた事件なのである。

 このような相次ぐ再審開始を受けて、いよいよ長年懸案の「再審法改正」が現実の課題として浮上してきた。(もちろん「再審法」という法律はなく、刑事訴訟法の再審に関する部分を仮に「再審法」と呼んでいる。)法務省は25年春にも再審制度の見直しについて法制審議会に諮問すると報道されている。法制審の答申は(夫婦別姓制度のように長年放って置かれることもあるが)、基本的には国会に「内閣提出法案」として出されるはずである。再審に関しては、具体的な進行手続きが全く規定されていない。それは明らかに不備なので、改正は当然だ。しかし、なぜ法務省はいま動き出したのだろうか

(法制審議会に諮問)

 再審法改正に関しては、長年日弁連が中心になって改正運動を進めてきた。その様子はホームページ「再審法改正に向けた取組(再審法改正実現本部)」に詳細に出ている。それを見ると、2019年の大会で「①再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化の実現、②再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止を含む再審法の速やかな改正を求める決議を採択」と出ている。今までは「絵に描いた餅」のようなものだったが、秋の衆院選で与党過半数割れという状況が生まれた。野党がまとまることにより、日弁連案が衆議院を通過する可能性が出て来たのである。これこそ法務省が「心配」する事態だと考えられる。

(地方議会で意見書)

 いま地方議会では再審法改正を求める動きが拡がっている。すでに全国400超の議会が法改正などを訴える意見書を可決したという。特に袴田事件があった静岡県では年内に県議会と35町村の全議会でそろう予定だ。(東京新聞12月11日社説。)静岡県弁護士会は「法改正を求めるのは冤罪から住民を守る地方議会としての責務」として各議会に働きかけてきたという。これらの「地方の声」は改正が急務であることを法務省に訴える力になる。

 日弁連ホームページには「諸外国における再審法制の改革状況」が掲載されている。フランス、ドイツ、イギリスでは検察官の上訴が禁止されている。韓国、台湾を含め、21世紀に各国の法制が変わってきたことも明らかだ。「証拠開示の明確化」だけに止まらず、日弁連や各野党も含めて幅広く検討し「検察官上訴禁止」を実現するべき時だ。袴田事件では検察側は再審法廷でも有罪を主張したのである。それが出来る以上、何も再審開始決定に異議を申したてる必要はなく、異論があれば再審法廷で述べれば済む。法制審答申を待たず、各野党も真剣に検討を開始して欲しい。

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「三つの捏造」の意味するものー「袴田事件」再審無罪判決②

2024年09月29日 22時29分02秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「袴田事件」に関しては、8月に文春新書から青柳雄介著『袴田事件 神になるしかなかった男の58年』が出た。昔出た本はあるが、近年は再審請求の真っ最中だったこともあり、「5点の衣類捏造説」後の情報を盛り込んだ一般向け書籍が見当たらなかった。(専門的な本やパンフレット類、ドキュメンタリー映画などはある。)袴田巌さんに密着しながら、事件内容を簡潔に紹介した本として貴重な本だと思う。また市民集会で聞いた小川弁護団事務局長の報告と合わせて事件の構造を見てみたい。

 最初に袴田巌さんのボクサー時代のことを書いておく。昔はよく「無実のプロボクサー」と呼ばれ、アメリカで映画にもなった元ウェルター級チャンピオン、ルービン・ハリケーン・カーター(1937~2014)と比べられた。彼は1966年に殺人罪で逮捕され終身刑を宣告されたが、無実の証拠が見つかり1988年に釈放された。この事件はデンゼル・ワシントン主演、ノーマン・ジェイソン監督で映画『ザ・ハリケーン』となった。またボブ・ディランの歌にもなっている。1993年には世界ボクシング評議会(WBC)から、世界ミドル級名誉チャンピオンの称号とベルトを授与された。
(ボクサー時代)
 袴田さんも2014年に釈放された後、世界ボクシング評議会(WBC)認定の名誉チャンピオンの称号を受けた。世界でただ二人である。袴田さんは中学卒業後にボクシングを始め、国体で活躍した。1959年に上京してプロボクサーとなり、最高位は全日本フェザー級6位だった。さて先の新書で初めて知ったが、当時寺山修司がボクサー袴田に注目し、「渋いファイトをする」と書いていた。しかし、「今なお日本最多記録である年間十九試合」に出場し、体を壊して1961年に引退したのである。同時期に東京拘置所にいた石川一雄さんは、運動時にシャドーボクシングをしていたと記憶を語っていた。

 さて今回の無罪判決は、「三つの捏造」を指摘した。「自白」「衣類」「共布」である。このことは大きな驚きと衝撃をもって受けとめられた。何故なら弁護団も「5点の衣類」捏造は主張したが、「自白の捏造」などは(言葉としては)主張していなかったからである。そもそも今回検察側は「自白調書」「5点の衣類」がなくても、有罪は立証出来るという理解不能な方針で死刑を求刑した。多くの冤罪事件は検察側提出の「自白」が「新鑑定」によって揺らぐという成り行きで、再審無罪となることが多かった。しかし、今回は検察側は「自白調書」を証拠請求しなかったのである。

 再審では弁護側から「自白調書」が無罪の証拠として提出されたのである。どうして検察が提出できなかったかと言えば、今までないとされてきた「録音テープ」が証拠開示された結果、警察の取り調べに拷問、強要、偽証があったことが明らかになったからである。さらに今まで思われていた以上に、長時間の取り調べがあったらしいこと、自白調書の日付などにも食い違いがあることも判ってきた。それらを総合して、裁判所は「自白は捏造」と判断したのである。

 「自白の捏造」とは、検察も「証拠価値のない自白」だったと知っていたと判断したのである。検察側は「5点の衣類」を捏造する動機がない、何故なら「犯行時の着衣はパジャマ」という「自白」をもとに起訴していたからと反論した。検察が自白を揺るがす「証拠捏造」を自らするはずがないというわけである。しかし、当時公判では「パジャマの血痕は少なすぎる」という疑問が出されていた。つまり「物証」がなくなる危機にあった。1966年11月15日の初公判で無罪を強く主張、67年8月31日に味噌タンクから「5点の衣類」発見、68年5月に求刑、最終弁論という日程を見ると、検察側も衣類を長く味噌に漬けておく時間がなかった。
(5点の衣類)
 一審途中で出現した「5点の衣類」は、「共布」(ともぎれ)が袴田母宅で押収されたことによって、様々な疑問が出されつつも「有罪」の最大根拠となってきた。「赤みが残っているのは不自然」という論点は再審開始の重大ポイントになった。しかし、「血を味噌に漬けるとどうなるか」を研究している学者なんかいなかった。最初は支援者の一市民が実験したのである。そこら辺の科学論争はここでは触れない。その問題と別にしても幾つも疑問がある。返り血を浴びたはずなのに、ズボンより(下着の)ステテコに赤みが残っているのは不自然だ。シャツにあるというかぎ裂きなど不自然な点が多すぎる。
(ズボンがはけなかった)
 特に裁判中にはかせてみたら「ズボンがはけなかった」問題。検察は「味噌漬けで縮んだ」「獄中で太った」と主張した。そしてズボンにある「B体」というタグを「大型」と主張したのだが、実はこれは「色」を示す記号だった。そして、公判中に衣料会社から検察充てにそのことが示されていた。証拠開示でそのことがはっきりしたが、検察側は公判中にそのことを隠して「ズボンは袴田のもの」と主張したのである。これは「捏造」を知っていた証拠と言えるだろう。
 
 「5点の衣類」が捏造なら、当然「共布」も捏造になる。実は当初から不自然なことが多かった。共布なんか、普通はどこにあるか覚えてないものだろう。時間をかけてタンスを探し回ったかと思うと違った。それまでに家宅捜索した場所から、5分ほどで「あった」となって帰ったらしい。そして「ズボンと共布が同じ布である」という科学的鑑定が出る前に、裁判所に証拠請求していた。これらを総合判断すれば「共布は捏造」、つまり「捜査側が仕込んだ」ということになる。今までにもそういう疑惑のある事件は幾つもあるが、裁判所がはっきりと認定したのは初めてではないか。この判断は他の事件にも影響するだろう。
(「凶器」のくり小刀)
 裁判所は以上3つを「捏造」と判断したが、僕はもっと多くの捏造があったと考えている。再審では「5点の衣類」を中心に争われたので、他の論点に触れられていないだけである。特に「凶器」とされた「くり小刀」は不可解。4人も殺害され、特に専務の男性は体格も大きくスポーツマンだったというのに、こんな小さな凶器だったとは考えにくい。弁護団は真犯人は「怨恨・複数犯」と主張している。事件を虚心坦懐に見てみるなら、誰でもそういう結論になるのではないか。たまたま手近なところに「ボクサー崩れ」がいたという偏見で、見込み捜査、自白強要が行われ、ついに証拠捏造に至った。それが真相だと思う。
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「袴田事件」再審無罪判決①ー日本史上最悪レベルの権力犯罪

2024年09月28日 21時58分33秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2024年9月26日(木)午後2時、いわゆる「袴田事件」の再審無罪判決が静岡地裁で出た。行こうかなとも思ったが、結果は無罪に決まってるし、さすがに静岡は遠いので止めることにした。傍聴券の倍率は10倍以上で当たるはずがないし、そもそも僕ではなくもっとふさわしい長年の支援者が傍聴するべきだろう。(自分は袴田事件の支援者だったわけではないので。)

 その代わり、28日に開かれた日弁連主催の市民集会「司法に翻弄された58年間~袴田事件判決と今なお続くえん罪被害」(弁護士会館)に参加して、姉の袴田ひで子さんのあいさつ、小川秀世弁護団事務局長の報告を聞いてきた。狭山事件石川一雄さん、足利事件管家利和さんなどからの訴えもあった。いずれも何度も聞いてきたが改めて感慨を覚えた。

 今まで「袴田事件」については、何度も書いてきた。何回書いたか調べてみたら、一般的な冤罪問題や再審法改正などを書いた記事を別にして、この事件に絞って書いたものに限っても、以下のように8回あった。ブログ開始翌年に新鑑定が報道され、2014年に最初の開始決定が出たときのことが思い出される。「死刑囚」である袴田さんが、「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する」として、即日釈放されたことにはビックリした。裁判所が重大証拠を「ねつ造の疑い」と断言したことにも驚いた。もちろん弁護団の主張は知っていたし、僕もそう信じていたが、裁判所がきちんと判断したことに驚いたのである。

 それで終わるかと思ったら、検察の抗告、それを認めて再審開始を取り消した東京高裁と時間ばかりが経ってしまった。その間に折々に書いてきたことになる。1970年代後半に「冤罪では?」と問題視され始めたが、当時は大手新聞やテレビなどは全く取り上げていなかった。僕は1980年の最高裁判決(死刑)を傍聴している。それ以来、44年。ようやく聞かれた「無罪」の言葉である。

 ところで、「いわゆる袴田事件」と最初に書いた。これはどういう意味があるかというと、1966年に起きた味噌会社専務一家殺害事件は袴田巌さんとは何の関係もない。たまたまその会社に勤務していて、深夜に火事になったたのでパジャマ姿で消火を手伝ったのである。(そのことは争えない事実なので、検察側は当初「犯行」後に着衣を脱ぎ、パジャマに着替えて消火活動に参加したという荒唐無稽な主張を行った。)それなのに事件名が「袴田事件」というネーミングは不当だろう。そこで地名を冠して「清水事件」と呼ぼうと提唱されたが定着しなかった。

 もし「袴田事件」と言うのなら、その「現場」は清水市(現静岡市清水区)の味噌会社ではなかった。「事件は清水署取調室で起こった」のである。そこで繰り広げられた無実の袴田巌さんに対する、拷問強要監禁傷害そして「殺人未遂」こそ「袴田事件」と言うべきだろう。「殺人未遂」というのは、証拠をねつ造、隠匿し、そのことを知りながら(警察官、検察官は証拠を隠して、裁判で偽証しているから、無実を知っていたのである)、「死刑」を求刑したからである。

 判決で認定されたことは次回に考えるが、この事件は日本司法史上最悪レベルの歴史的冤罪事件である。死刑が確定して処刑されてしまった事件は他に複数あるので、「袴田事件」が最悪とは言わない。だが死刑執行事件で再審が開かれた事件は未だない。「袴田事件」は裁判所に「証拠ねつ造」が認められたという意味で歴史に残るのである。検察官、警察官も「人間だから間違うこともある」のではない。「証拠をねつ造し、隠して、有罪を求刑した」のだから、それは「権力犯罪」だった。そのことをまざまざと証したことが、この事件の最大の教訓である。

 しかし、権力犯罪の企みは寸前のところで阻止されたのである。あり得ないほどの(半世紀以上にわたる)時間が掛かり、袴田巌さん本人は「死刑の恐怖」により心を破壊されてしまった。拘置が解ければやがて戻ると思われていたが、結局14年になるが未だに「夢の中」に住んでいる。(そういう袴田巌さんに対して長年見守り活動を続けてきた浜松の支援者に敬意を表したい。)弁護団だけでなく、今まで支えてきた数多くの支援者の存在あって、この大々的な権力犯罪を阻止できたのである。「袴田事件無罪判決」は日本民衆運動史に残る輝かしい成果でもあったと思う。

(今まで書いた8本の記事は以下の通り。)
①『袴田事件、DNA鑑定は「不一致」』(2012.4.12)
②『袴田事件と名張事件』(2012.7.7)
③『袴田事件再審の決定迫る』(2014.3.26)
④『画期的な決定-袴田事件の再審開始決定』(2014.3.27)
⑤『支援するという意味-袴田事件から』(2014.3.28)
⑥『袴田事件の再審、不当な取り消し決定』(2018.6.11)
⑦『再審に光が見えたー袴田事件最高裁決定』(2020.12.24)
⑧『袴田事件の再審開始決定、検察は特別抗告するな!』(2023.3.13)
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『アメリカ人のみた日本の死刑』、死刑の「デュ-・プロセス」とは?

2024年04月20日 22時40分58秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 この際だからとたまっていた新書本を読み続けている。つい買ってしまったまま、今では授業に使うわけでもないから読みそびれている新書がいっぱいある。今読まないと一生読まずに終わりそうだから、読みたい本を差し置いて先に読んでるわけ。日米地位協定に関する本を読んだが、それを後に回してデイヴィッド・T・ジョンソンアメリカ人のみた日本の死刑』(岩波新書)を取り上げたい。2019年に出た本で、著者は日本の司法制度を研究してるハワイ大学教授(社会学)である。 

 死刑制度に関心があるから(というか、死刑廃止論者だから)この本を買ったわけだが、何だか知ってる内容が多いかなと思って読まずにいた。165頁ほどのそんなに長くない本だが、読んでみたらやはり「外の目」で見ることは大切だと思う指摘が多かった。最近「死刑執行の当日告知違憲訴訟」の判決があったばかりである(4月15日)。判決文を読んだわけではないけれど、報道でみる限り論点を外しているんじゃないかと思う。それもあって、この本のことを書いてみたいのである。
(当日告知訴訟判決)
 その訴訟は「死刑執行を当日の朝告知するのは憲法違反」と主張した。詳しく言うと、当日告知は「弁護士への接見や執行の不服を申し立てることができず、適正な手続きを保障した憲法に違反する」として、国に慰謝料や当日の告知による執行を受ける義務がないことの確認を求めたのである。それに対し、判決は「原告の死刑囚は、当日告知を前提とした死刑執行を受け入れなければならない立場であり、訴えは確定した死刑判決を実質的に無意味にすることを求めるもので認められない」とした。

 先の新書にもあるが、アメリカではこのような「当日告知」はあり得ない。もっと早く告知する(というか本人や弁護士に告知だけではなく、社会全体に発表する)ので、死刑囚が州知事に恩赦を請願したりする。(裁判は州ごとで、死刑廃止州もある。連邦犯罪にあたる場合は、大統領が判断する場合もある。)執行当日は家族も見守る中、死刑賛成派、反対派が詰めかける。ある種「騒然」とするわけだが、それが「民主主義社会」の当然のありかたと思うんだろう。その間死刑執行をめぐって様々な「異議申立て」がなされるが、それこそ「適正手続き」(デュー・プロセス)なのである。
 
 この新書を読んで、「日本では死刑が特別な刑罰ではない」という指摘が印象的だった。日本でも一応公的には「死刑は生命を奪う特別な刑罰である」と言っている。死刑そのものが憲法に反するかどうかが問われた裁判では、最高裁は「人間の命は地球より重い」と判示している。だけど「死刑は合憲である」と結論するのである。しかし、著者によれば「死刑が特別かどうか」は「死刑に関して裁判で特別な規定を設けているか」という問題なのだという。
(デヴィッド・ジョンソン教授)
 つまり、「裁判員全員が一致しないと死刑を言い渡すことが出来ない」というような。アメリカの陪審裁判では、全員一致じゃないと決定出来ないし、有罪無罪の認定だけして量刑判断はしないのが一般である。日本では「裁判官3人、裁判員6人」のうち、裁判官1人を含む多数決で事実認定だけでなく量刑まで決定する。いわゆる「先進国」で死刑を存置するのは日本(とアメリカの約半数の州)だけだから、国民が死刑を判断する唯一の国と言えるのである。

 また時には死刑囚が控訴を取り下げて、一審だけで死刑が確定することも多い。諸外国には死刑判決の場合は必ず上訴しなければならず、複数の裁判所の判断を経なければ死刑が確定しない国もあるという。つまり、日本では言葉上はともかく、裁判の運用においては「日本の死刑制度は普通の刑罰」なのだという。こういうことは確かに外から言われてみないと気付かない論点だ。

 先の訴訟は「死刑制度は憲法違反(の残虐な刑罰)だから、執行を受ける義務はない」という訴訟じゃない。そういう論点だったら、裁判所が「死刑執行を受忍する義務がある」と判決しても、まあ当然だろう。しかし、今回の訴訟は当日告知は「デュ-・プロセス」(適正手続き)に反するという主張である。確かに「当日告知」を禁じる法的条文はないから、違法ではない。それ以前の告知を求める法的根拠そのものはない。(執行日の告知は法律で決まってない。)それなのに事前告知を求めるのは「死刑判決を実質的に無意味にすることを求めるもの」とまで言うのは何故か?

 事前に執行日を知らせると、死刑廃止論に立つ弁護士などが執行停止を求める訴訟や、再審、恩赦などを請求する可能性は高い。しかし、それは死刑囚に与えられている「適正手続き」である。この理由では請求を退ける理由にならない。このように裁判所も「適正手続き」に関心が薄いのである。死刑囚には死刑を受け入れている人もいれば、死刑を受け入れてない人もいる。その中には無実を主張している人もあるし、無実じゃないけど死刑判決には納得してない人もいる。死刑を受け入れている人にも、「反省」として受忍する人もいれば、死刑になりたくて犯罪を犯して早く執行してくれと言う人までいる。

 どういう立場の死刑囚にとっても、当日告知より事前告知の方がいいはずだ。当日告知は執行側にとっても負担が重いのではないかと思う。なお、昔は事前に告知していたのはよく知られている。変更のきっかけは「死刑囚の自殺」だと今回法務省が明らかにした。自殺した死刑囚としては、1977年の「新潟デザイナー誘拐殺人事件」の死刑囚が有名だが、その事件ではないようだ。実はWikipediaに情報が載っていて、確定死刑囚の自殺が5件あったことが判る。1975年に2件あり、この頃変更されたのだろうか。それはともかく『アメリカ人のみた日本の死刑』という本はなかなか気付くことが出来ない論点を教えてくれる得がたい本だ。
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「大川原化工機」国賠訴訟、裁判所の責任も重大だ

2023年12月28日 21時57分07秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「大川原化工機」国賠訴訟で、東京地裁は2023年12月27日に東京都と国に総額約1億6千万円の賠償を命じる判決を言い渡した。この判決は警察、検察の捜査は違法だとして、「当然に必要な捜査」を怠ったと判断した。新聞の判決要旨を読むと、冒頭で「刑事事件で無罪が確定しただけでは、直ちに逮捕や勾留請求、起訴が違法とはならない」としている。そして「その時点で収集した証拠などを総合勘案して、その判断に合理的な根拠が欠けていることが明らかなのに、あえて捜査を継続したと認められるような場合に限り、国賠法上違法と評価される。」としている。

 つまり、この判決は警察や検察が「合理的な根拠」がないのに、「あえて捜査を継続した」と言っているのである。この事件は2020年3月に警視庁公安部が大川原化工機の社長ら3人を逮捕して始まった。同社が中国に輸出した「噴霧乾燥機」が軍事的転用が可能で、国の輸出規制の対象なのに無許可で輸出したという容疑である。その後起訴されたが、公判目前の2021年7月になって、輸出規制の要件である「殺菌性能」が証明出来ないとして、起訴が取り消しになるという異例の経過をたどった。

 この事件は起きたときから無謀じゃないかとなんとなく思っていた。公判が近づくにつれ、どうもおかしいという声がマスコミでも報じられるようになった。僕も記事を書こうかと思っているうちに、起訴取り消しになったので書かずに終わっていた。もともとがおかしな「公安事件」であり、中国に対する強硬な外交路線を示すため「あえて立件した」感じがする。安倍政権時代を象徴する事件であり、警察、検察側も政権の思惑を意識せざるを得ない時代だった。東京高検の黒川検事長の定年延長問題が起こったのは、捜査、起訴直前の2020年2月のことである。その直後に東京地検が起訴したわけだ。

 ところで、この事件のもう一つの大問題は「人質司法」である。容疑は「外国為替及び外国貿易法」違反であり、殺人や傷害、放火などの重罪犯とは違う。どちらかと言えば形式的な犯罪である。それなのに何度も保釈請求が却下され、最終的には8回目の請求により11ヶ月目の2021年2月に保釈されたという。その間に同社顧問の男性は胃がんが見つかった(2020年10月)のに保釈されなかった。そしてようやく保釈された直後に、その男性は亡くなったのである。その時点ではまだ起訴は取り消されていなかったから「被告」のまま亡くなったのである。本当にお気の毒で、なんと言うべきか言葉もない思いがする。

 さて、国家賠償法に基づく賠償請求を行うにあたり、被告は都と国を対象にした。東京都が対象なのは、警視庁公安部の警察官は東京都の公務員だからである。また検察官は国家公務員なので、国に対しても請求したわけである。だから「裁判官の責任」は問題になっていない。今回の判決は「逮捕は国賠法上違法」と判断した。「犯罪」が成立する要件である「殺菌性能実験」を行わなかったからである。しかし、裁判官が逮捕状を発行しない限り警察、検察は逮捕できない。(現行犯に限り「緊急逮捕」「私人逮捕」などが可能だが。)その後の勾留も裁判官が判断して容認したものである。

 何度も何度も保釈請求を却下したこと、特にがん発見後も保釈しなかったことは、裁判官に責任がある。保釈を認めないように検察官が要求したとしても、裁判官は検察の要求を退ける権限を持っている。がんになっても保釈を認めないというのは、仮に有罪が明らかな被告人であっても非人道的な行為である。「がんになっても保釈しない」というのは、「獄中で死んでも構わない」ということになる。(病院への移送は認められていたが。)それは「そうなっても構わない」という意図で行われる「未必の故意の殺人」に極めて近いと思う。その責任を裁判所が誠実に総括しない限り、「人質司法」の悲劇を繰り返すことになる。
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「再審法」改正が急務であるー証拠開示と検察官抗告禁止

2023年03月16日 22時57分53秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「袴田事件」再審開始決定に続いて書く予定だった記事を書いておきたい。それは「再審法」の改正が必要だということである。そのことは今までも書いているけれど、改めてこの機会にまとめておきたい。

 「袴田事件」開始決定後に、弁護団から最高裁に特別抗告をするなという要請が検察庁に行われた。国会の「袴田巖死刑囚救援議員連盟」も法務大臣に要請した。今回の高裁決定は最高裁の差し戻し決定を受けて審議されたものだから、特別抗告をして引き延ばすのは許されない。(なお、判決に不服で最高裁に上訴するときは「上告」というが、今回のような再審開始(あるいは棄却)決定に不服で最高裁に上訴する場合は「特別抗告」と言う。また、地裁決定に対して高裁に訴える時は「即時抗告」と言う。)
(弁護団要請後)(議員連盟要請)
 袴田事件に先立って、2月27日に滋賀県で1984年に起きた日野町事件で再審開始決定が出た。1988年になって逮捕された阪原弘さんは、無期懲役が確定し服役中の2010年に75歳で亡くなってしまった。本人が起こしていた再審請求は、大津地裁で却下され大阪高裁に即時抗告していたが、何と本人死亡で終了してしまった。2012年になって遺族が再審請求を起こし、2018年7月に大津地裁で開始決定が出た。それに対し検察官が即時抗告し、先月末に大阪高裁が即時抗告の棄却決定(再審開始)が出た。そして検察官は最高裁に特別抗告したのである。一体、いつまで引き延ばせば気が済むのか。

 僕がこう書くのは、単に時間が掛かることへの批判だけではない。日野町事件の場合、開始決定に至った大きな新証拠は再審段階で新たに検察側から開示されたものだった。それらの捜査書類や写真ネガなどがもともとの裁判に出されていたら、有罪判決は出なかった可能性が高いというのである。袴田事件に関しても、最終的に開始決定に結びついた「5点の衣類の写真」も2010年の再審請求によって新たに開示されたものだった。つまり、無罪判決につながる新証拠はもともと検察官が持っていたのである。

 これって単におかしい話という問題じゃないだろう。これは「犯罪」ではないのか。無実の証拠を隠し持っていたわけだから、「監禁罪」にはならないのか。いや袴田さんは死刑判決まで受けたのだから、「殺人未遂」というべきではないのか。検察官は公務員なのだから、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」(日本国憲法15条)という精神を持たなければならない。自分たちのメンツのために有罪確定判決を守ろうという姿勢は自己防衛としか思えない。袴田さんは死刑の恐怖と長い拘禁によって、精神を病む状態が続いている。これは少なくとも「業務上過失傷害罪」が現在進行形で犯されているのだ。

 このような検察側の対応を見ると、やはり「再審法」改正が急務だと思う。日弁連(日本弁護士連合会)は2022年6月に「再審法改正実現本部」を設けている。詳しい内容は「再審法改正を、今すぐに」で見ることができる。いくつかの論点があるが、最も重要なものは「証拠開示の制度化」と「検察官抗告の禁止」である。もちろん「再審法」という個別法は存在しない。刑事訴訟法の第4編「再審」(435条~453条)の項目のことである。第一審に関しては細かくやり方が規定されているのに対し、再審に関しては具体的な方法が規定されていない。だから、担当裁判官の裁量が大きい。良心的な裁判官に当たるかどうかが、再審の可否を左右すると言っても過言ではないのが現状である。
(各国の再審規定の比較)
 日弁連は「諸外国における再審法制の改革状況― 世界はえん罪とどう向き合ってきたか ―」をまとめPDFファイルで公開している。フランス、ドイツ、韓国、台湾、アメリカ、イギリスの例が紹介されている。それを見れば、フランス、ドイツ、イギリスでは検察官が抗告できないことになっている。決して無理なことを言っているわけではないのである。韓国や台湾は検察官が抗告できるが、積極的な刑の執行停止(韓国)、受刑者がDNA鑑定を求める権利(台湾)など、人権擁護に向けて近年になって再審法の改正が行われている。

 これを見ても近隣アジア諸国において、日本より台湾、韓国の方が進んでいるんじゃないかと思う。そういう日本の「遅れた」部分にちゃんと気付いていかないとますます世界に遅れてしまう。前にも書いたけど、台湾は「同性婚」を合法化している。日本の現状はむしろ中国に近いのに、台湾と「価値観を共有する国」などと語る人がいる。人権擁護という観点から見れば、日本の状況は台湾よりも中国本土に近いのではないだろうか。
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袴田事件の再審開始決定、検察は特別抗告するな!

2023年03月13日 22時04分13秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「袴田事件」の再審開始決定が出た。感無量である。2023年3月13日、午後2時。僕はその場に行っていたが、あいにくの雨模様。雨の中長く待っているのが嫌だったので、近くの日比谷文化図書館で時間をつぶしていたら、高裁前に着いたときにはマスコミや救援関係者でいっぱいだった。再審請求は「決定」が出るだけなので、法廷での傍聴はない。午後1時45過ぎに(姉の)袴田秀子さんと弁護団が裁判所に入っていった。担当の裁判官から「決定書」を渡されるだけである。

 次第に緊張感があたりを覆ってきた。これまでの経緯を考えれば、「開始決定」以外はないはずである。だが、今まで多くの裁判官に手ひどく裏切られてきた。一審、二審で開始決定が出た大崎事件では、何と最高裁で取り消し決定が出された。袴田事件でも未だに信じがたい5年前の、再審取り消し決定をまさにこの東京高裁前で聞いたのである。2時を過ぎて少し経って、マイクを通して弁護士が出て来たという報告があった。そして「開始決定です」「開始決定が出ました」と大きくアナウンスされた。

 僕は袴田事件の救援団体に関わってきたわけではない。(今ではどの事件の個別救援会にも入っていない。)一般市民として駆けつけているだけだから、後ろの方で聞いてた。弁護士が掲げた垂れ幕は見えなかったから、ここではニュースから引用しておきたい。
 
 「袴田事件」については、これまで折に触れて書いてきた。集会などの記録もあるが、再審開始、再審取り消し、最高裁の差し戻し決定に関する記事だけ示しておくと、以下のようになる。「画期的な決定-袴田事件の再審開始決定」(2014.3.27)「袴田事件の再審、不当な取り消し決定」(2018.6.11)「再審に光が見えたー袴田事件最高裁決定」(2020.12.24)の3回である。
(袴田巌さん、秀子さん)
 そもそも袴田さんは犯人じゃないんだから、「袴田事件」と呼ぶのはおかしい。事件が起きた地名から「清水事件」と呼ぶべきだという議論がある。「清水の次郎長」「清水エスパルス」の静岡県旧清水市、現静岡市清水区である。全くその通りだと思うけど、今では「袴田事件」が定着してしまったので、ここでもそう書くことにする。

 まず、事件に関してちょっとおさらいしておきたい。1966年6月30日に、市内にあった「こがね味噌」専務宅で一家4人が殺害・放火された残虐な事件が起きた。警察は味噌会社で働いていた元プロボクサー袴田巌さんを「ボクサー崩れ」という偏見から犯人視して、厳しい取り調べを行った。一日の取り調べ時間が16時間を越えた日まである。一日に10時間以上取り調べがあった日は14日に及ぶ。その結果、頑強に否認していた袴田さんも最後に「自白」調書を取られるに至ったのである。
(袴田事件年表)
 後述するような問題点がありつつ、1968年に一審静岡地裁で死刑判決、1976年に二審東京高裁でも控訴棄却(死刑判決維持)と続き、その後最高裁に上告した。70年代後期というのは、後に再審で無罪となる4つの死刑事件が問題化していた。また狭山事件帝銀事件徳島ラジオ商事件など数多くの冤罪事件が社会問題になっていた。その中で、袴田事件は東京では全く知られていなかった。最高裁判決が近づき、ようやくこの事件は冤罪じゃないかという記事が雑誌に掲載されるようになった。僕はその頃から冤罪救援運動に関わっていたので、1980年11月19日の最高裁判決を傍聴しているのである。以来、40年以上の時間が経ってしまった。
(日本プロボクシング協会の幕)
 袴田さんは、当日消火活動を手伝っているのを目撃されていた。その時着ていたパジャマに血痕が付着しているというのが逮捕理由だった。だが一審段階で改めて鑑定を行うと否定する結果が出た。強引な取り調べも明らかになり、一審裁判では検察側が追い込まれていた。そんな時、1967年8月31日に味噌タンクの中から「血染めの衣類5点」が発見されたのである。検察側はこれこそ真犯人の着ていた衣類だと主張した。しかし、そうなると袴田さんは一端(上に着ていた服はともかく)下着なども全部着替えてから、「犯行時の衣類」を味噌タンクに漬け込み、それから何食わぬ顔で消火活動を手伝っていたことになる。
(血染め衣類5点)
 そんな着替え、漬け込みなど袴田さんの「自白調書」には全く出て来ない。これぞまさに「その時点で警察側が知らなかった」からこそ、「自白」調書に出て来ない、「自白の信用性」を全否定する新証拠だと弁護側は主張したわけである。しかし、その主張は通らなかった。何故なら、袴田さんの実家から発見されたズボンと同じ共布(ともぎれ)が発見されたからである。だから、実に不自然な話だけど、この「着替え」「漬け込み」を「自白」しなかった「自白」調書は正しいと裁判所は認定したのである。

 弁護団も支援者も皆、「発見された5点の衣類」こそ真犯人が残したものだと主張してきた。その主張は第二次再審でガラッと変わることになる。この血染めの衣類は捜査側が仕込んだねつ造証拠だと主張したのである。そんなことが現実にありうるだろうか。あるとして裁判所が認めることはあるだろうか。逆効果になるのではないか。そういう心配もあったようだが、結局はその主張の正しさがどんどん証明されることになった。恐るべき事だが、そう考えるしか証拠に関する合理的な解釈が成り立たないのである。例えば、最初に押収された下着には、消火活動中にできたかぎ裂き箇所があるという。しかし、後に発見された下着にも同じようなかぎ裂きがあるのだという。策士策に溺れたようなミスではないのか。
(東京高裁前に集まる人々)
 一審静岡地裁とともに、今回東京高裁も捜査側の証拠ねつ造を強く示唆した。このような重大な指摘を真っ正面から受けとめないと、日本の司法界のみならず、日本社会もまともに再生できない。今回東京高検は最高裁に特別抗告をしてはならない。一回最高裁で議論され、東京高裁に差し戻されたのである。その差し戻しの論点に沿って東京高裁で議論され、今回の決定になった。最高裁も同様の判断を行うに違いない。もう半世紀以上も前の事件である。袴田さんは87歳、姉の秀子さんは90歳である。いつまで長引かせるのか。もう再審を受け入れなければならない。
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浜田寿美男「虚偽自白を読み解く」を読む

2020年07月28日 22時08分15秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 岩波新書から2018年に出た浜田寿美男虚偽自白を読み解く」を最近になってようやく読んだ。けっこう大変な読書体験だったけど、多くの人が知っておいた方がいいことが書いてある。

 浜田寿美男氏(1947~、奈良女子大学名誉教授)は子どもの発達心理学が専門の心理学者で、専門分野の本をたくさん書いている。同時に80年代後半から狭山事件など冤罪事件の「自白」について被告側の鑑定書を書くようになった。冤罪事件を扱った本もずいぶんある。昔は冤罪関係の本は大体読もうと思っていたので、浜田氏の本も知っていたけど、僕はちゃんと読んだことがなかった。なかなか専門的で大変そうに思えたのである。

 そして実際に短い新書本ながら、なかなか大変な読書だった。冤罪事件、つまり「無実の被告人(再審請求人)」の無実を証明するためにはどうしたらよいか。というか、本来は検察側が被告の有罪を証明する必要があるわけだが、日本では事実上起訴された時点でマスコミなども有罪視して報道することが多い。そして実際に「自白調書」が存在することが多い。しかし、被告人は自分ではないと主張する。一体どっちが正しいのか。

 昔の有名な冤罪事件では、「法医学鑑定」が問題になることが多かった。「無実」なんだから、「自白」と言っても捜査員の誘導がなければ成立しない。そうすると必ず客観的証拠と矛盾するところが出てくる。例えば、「自白」による凶器では実際の傷跡と矛盾するとか。だから医学などの自然科学による新鑑定が重要だったわけである。そして多くの鑑定が認められて無罪判決に結びついてきた。しかし、浜田氏による「供述心理」の分析は従来の鑑定と全然違う。

 世の中には、誰もが絶対に疑えない「完全無実」の事件がある。例えば、足利事件の管家利和さんは無期懲役が確定していたが、有罪の証拠とされたDNA鑑定が再鑑定で間違っていたことが証明された。直ちに釈放され、再審が開かれ、検察側も有罪の立証をしなかった。あるいは、富山県氷見市の強姦事件では、被告人の有罪が確定し懲役刑も終わっていた。その後、真犯人が名乗り出て客観的証拠にも一致し、再審で無罪となった。
(足利事件再審無罪判決)
 だから足利事件氷見事件では、誰もが無実を疑えないわけだが、実はどちらの事件でも被告人は「自白」している。そして裁判になっても無罪を訴えなかった。足利事件では拘束一日で「自白」し、時々自分じゃないと言っては、また引っ込めたりして、一審の最終段階になって初めて無罪を主張した。氷見事件では、ついに裁判中も無実を訴えず有罪が確定して服役している。つまり、「ウソの自白」は「拷問」や「強力な誘導」がなくても起こるし、裁判になればすぐに無罪を主張するというほど簡単なものではないのだ。

 著者は足利事件狭山事件清水事件(袴田事件)に加えて、日野町事件(滋賀県で起こった無期懲役事件で、再審開始決定が出たが検察が抗告中、請求人は獄中で死亡)、名張事件(名張毒ぶどう酒事件)などの「自白供述」を詳しく検討する。そして、どの事件にも「無実の人でなければ、ありえない供述」を発見する。真犯人には真犯人しか判らない「秘密の暴露」が現れる。一方、無実の場合は、無実でありながら「自白」して捜査員に受け入れられる供述をしようとするが、その中に真犯人だったらあり得ない「無知の暴露」が見つかる。

 足利事件の場合など、捜査員はDNA鑑定を完全に信用しているので、無実を疑いながら無理やり犯人に仕立てているのではない。本当に真犯人と思い込んでいる公権力を相手にして、いくら本当に「無実」であっても闘い続けるのは大変なことである。言うことを聞いて、相手に合わせて供述する方がずっと楽なのだが、それでも「現場検証」がある。足利事件では、現場検証で被害女児の服を捨てた場所を「正しく指摘した」ことで、真犯人の「秘密の暴露」とされた。日野町事件でも同じようなことがあった。どうして、無実の人にそんなことが起こるのか。

 著者はそれを「賢いハンス効果」だと喝破する。19世紀末のドイツで有名になった「計算のできる馬」である。観客の見ている前で、簡単な計算の答えを蹄でたたいて答えたということで有名になった。しかし、実は人間の微妙な反応を察知してたたく数が判ったのである。だから、人間の影響をシャットアウトすれば出来なくなることが証明された。浜田氏は足利事件や日野町事件を詳しく検討し、同行した捜査員が直接指示していなくても、実際上は「賢いハンス効果」で「ここです」と場所を示すことが出来るのだと証明している。

 この本が読むのが大変だったと書いたけれど、多くの事件で取り調べ状況を詳しく検討するのを読むうちに、読んでる方も取り調べを受けているような臨場感があるのである。単に冤罪事件がテーマだからじゃなくて、新書ながら重い内容を持っている。これを読むと、狭山事件清水事件の再審請求が滞っている状況に驚きと怒りを感じざるを得ない。著者の鑑定は、一度宮崎県の大崎事件で再審開始に結びついたというが、上級審で取り消された。今まで裁判所で認められていないということだが、裁判官の「論理的思考力」も試されているのである。取り調べに弁護士が同席することの重要性も、改めて深く感じた。
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「供述弱者」の問題ー滋賀・呼吸器事件の再審無罪判決

2020年04月05日 22時50分40秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2020年3月31日に大津地裁で行われた「滋賀・呼吸器事件」の再審無罪判決はとても素晴らしい判決だった。非常に重大な問題を提出しているので、考えておかないといけない。最近は新型コロナウイルスが緊急で他の問題に気が回らないのだが、これは忘れないうちに書いておきたい。
(再審無罪判決を喜ぶ人々)
 この事件は名前もまだ確定していない。僕も「湖東病院事件」と書いたことがあるが、別に病院が事件を起こしたわけではない。「事件性」がない自然死と考えられるケースで無理やり犯人を作ったのだから、「滋賀県警事件」とでも呼ぶべきかもしれない。昔は「犯人の名前」を付けることが多かった。無実であって犯人じゃないのに、今でも「免田事件」「袴田事件」と呼ばれる。それはおかしいので、地名や事件内容で呼ぶことが多くなった。救援運動をした国民救援会では「湖東記念病院人工呼吸器事件」と言ってるが長すぎる。マスコミでは「滋賀・呼吸器事件」と表記することが多いようだ。

 この事件の持つ重大な意味に関しては、弁護団長井戸謙一氏の朝日新聞インタビュー「無実の罪、晴れてなおが詳しい。有料記事だがリンクを貼っておく。井戸さんは金沢地裁裁判長時代に、志賀原発運転差し止め住民基本台帳ネットワーク違憲判決などを出したことで知られる。2011年に退官して、滋賀県彦根で弁護士となった。しかし、最初に依頼されたときは「断りたい」と思ったという。「外形的事実」を見ると「とても再審請求が通るとは思えませんでした」という。

 この事件は再審開始決定まで僕は全く知らなかった。東京ではほとんど知られていないし、支援運動が活発だったわけでもない。その中を最後まで頑張った元被告(再審請求人)と弁護団の苦労に敬意を表したい。再審事件の判決でも、時には「グレーの無罪」的な言い渡しがないではない。しかし、今回は「真っ白」の判決である。判決言い渡し後に、裁判長は「この事件は日本の刑事司法を変えていく大きな原動力になるでしょう。すべての刑事司法関係者がこの事件を自分のこととして受け止め、改善に取り組まなければいけません」と述べた。その言葉は非常に重いものがある。
(判決後の再審請求人)
 今回の判決の最大の意義は「自白の任意性の否定」にある。憲法には「自白」のみで有罪には出来ないとある。「自白」も本来証拠にできる場合は限られているが、「任意性」「信用性」の条件を満たす場合に認められることがある。多くの無罪事件では、鑑定などで「信用性」に疑いありとして「自白調書」の証拠価値を否定することが多い。それでも「任意性」(被告人が自ら進んで供述したか)を否定することは少なかった。「任意性」を否定してしまうと、捜査実務の大きな影響を与えるからだろう。でもなんで人がわざわざ「ウソの自白」をするんだろう。

 判決要旨から引用すると、「自白供述の任意性は、人権侵害や捜査手続きの違法性などを総合考慮して判断するのが妥当だ。捜査機関側の事情のみならず、供述者側の年齢や精神障害の有無も考慮しつつ判断すべきだ。取り調べをした警察官は被告の迎合的な供述態度や自らに対する恋愛感情などを熟知しつつ、これを利用して供述をコントロールしようとする意図の下、長時間の取り調べを重ねた。被告に対し強い影響力を独占的に行使し得る立場を確立し、捜査情報と整合的な自白供述を引き出そうと誘導するなどした。」

 「知的障害や愛着障害などから迎合的な供述をする傾向が顕著である被告に誘導的な取り調べを行うことは、虚偽供述を誘発する恐れが高く不当だった。諸事情を総合すると、自白供述は自発的になされたものではない。防御権の侵害や捜査手続きの不当によって誘発された疑いが強く、「任意にされたものでない強い疑いがある」と言うべきであるから証拠排除する。」

 この判断は画期的なもので、単に刑事事件捜査に止まらない影響力を持つと思う。一言で言えば「供述弱者」への配慮を認めたものだ。知的、精神的障害を持つ人が刑事事件に(加害者であれ、被害者であれ)巻き込まれることは多い。その時に強大な権限を持つ捜査官に囲まれると、正しい判断が難しくなることもある。これは「取り調べに対する弁護士の同席」が絶対に必要だということである。ゴーン事件で改めて日本の司法の異常性が注目されている。これは絶対に必要なことだと強調しておきたい。

 刑事司法に止まらず、「強大な立場」に向き合うとき、「障害を抱えた弱者」がどのような振る舞いを見せるか。教育や福祉の現場でも、似たようなことが起こりうる。というか、現にたくさん起きている。一見すると「虚言癖」のように思える生徒に振り回されたことは多くの教師にあるだろう。その場その場で、愛着を覚えた対象に都合のいいように言い分を変えるような人は珍しくない。軽度の発達障害などは思ったより多く、企業などでも「パワハラ」「セクハラ」の対象になりやすい。この判決の重大な意義はそういうところでも意味を持つと思う。

 また、再審公判で検察側は立証を放棄したが、それは警察の持っていた未開示資料の中に「そもそも事件性がなかった可能性」を示す資料があったからだ。これは改めて「証拠開示」の重要性を示している。それも単に刑事裁判だけでなく、より一般的に「不利な情報でも公開する」という「情報公開」の問題として考えるべきだろう。捜査資料は「公文書」であるから、本来国民全体のものである。有罪立証に不利だから隠しておくなどとんでもないことだ。
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死刑をなくそう市民会議設立集会

2019年08月31日 22時43分20秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「死刑をなくそう市民会議」という会が出来て、その設立集会が開催された。(明治大学リバティホール)「死刑廃止」というのは、今でもなんとかしたいと思っている残された数少ないテーマだ。(他はずいぶん諦めてしまった。)だから時々は集会にも行きたいと思ってる。今度は新しい動きだし、リバティホールは行きやすいから出かけてきた。カメラを持って行くつもりが、めんどくさいからスマホで撮ればいいやと思って、今度はスマホも忘れてしまった。年に数回はやってしまう。そこで写真を検索したら、載ってたので借りることにする。よく見ると自分も写っているではないか。

 開会の辞が民主党政権時代に第88代法務大臣を務めた平岡秀夫氏。その後、前日弁連会長中本和洋氏による講演「私と死刑問題」。日弁連(日本弁護士連合会)は「2020年までの死刑廃止」を決議している。しかし直近の参議院選挙でも、死刑廃止を主張する政党など全然ないんだから、もう無理に決まってる。(もともと無理な目標だ。)日弁連の中でも様々な議論があったというが、「人権」を掲げる弁護士には通じても、日本では「死刑廃止」はなかなか浸透しないテーマである。

 続くシンポジウムでは、毎日新聞記者の長野宏美氏(元プロテニス選手)のアメリカの事例紹介が興味深かった。アメリカでは19州が死刑を廃止し、4州が死刑執行のモラトリアム宣言(執行停止)を行っている。(2016年に死刑を執行したのは5州だけ。)しかし、死刑制度をめぐっても共和党が賛成、民主党が反対と党派による分断が際立っている。会場で配布された日弁連の資料には、世界の状況が載っている。2016年12月現在、法律上の廃止国は111国事実上の廃止国は30国(法律上は残っているが、10年以上執行のない国のこと)、存置国は57国である。国際的な状況はもうはっきりしている。

 この問題で必ず語られるのが「被害者感情」である。シンポジウムには今回、片山徒有(ただあり)氏が参加していた。1997年に8歳の次男がダンプカーにひかれて亡くなった「犯罪被害者」である。その後、被害者が刑事裁判の情報を得られない仕組みに関して問題提起を続け、制度が変わるきっかけとなった。被害者として刑事裁判を考える中で、死刑制度への問題意識も持つようになったらしい。深い発言が多かったが、声が小さくて僕には判らないところも多かった。またカトリックとして「死刑を止めよう宗教者ネットワーク」の柳川朋毅氏が加わり、司会を弁護士の船澤弘行氏。

 休憩後に神田香織氏の講談をはさみ、中山千夏さんや玉光順正(元東本願寺教学部長)、金山明生(明治大名誉教授)両氏による「鼎談」が行われた。そこで中山千夏が述べたが、80年に参議院に当選以後ずっと死刑廃止を言ってるが、ずっと同じ議論をしてる。全くその通りで、国家による殺人冤罪誤判被害者感情という問題をめぐって論じている。通じる人にはすぐ通じるが、通じない人には全然届かない。もちろん国も全然情報を広く知らせる考えはないから、皆が世界情勢を知らないままである。

 国民の多くは、何となく死刑は当然あると思っている。「人を殺したら死刑でしょ」なんて言って終わりにする人が結構いる。しかし、「人を殺してもほとんどの場合は死刑にならない」ことを知っているのかどうか。「平成最後」とか「令和初」とか、けっこう若い人でも浮かれてようだから、結局日本人は「国家」を相対化出来ずに生きているんだろうか。オウム真理教事件や「北朝鮮問題」、小泉内閣の「構造改革」などを通して、国家依存、過罰感情の社会になってしまった感じだ。

 性的少数派への問題意識はここ数年で大きく変わったように思う。だから、僕は死刑制度に関しても世の人の認識が大きく変わる瞬間もあるだろうと思う。中国やイランの死刑制度廃止はものすごく難しいだろうが、世界のほとんどが死刑を廃止する時代に日本だけが毎年執行を続けるおかしさが永遠に続くとは思えない。だが、そのための道筋が僕にはまだよく判らない。国会議員の状況は帰って悪くなってしまっている。国会でもう少し議論出来るようにするのも緊急の課題だろう。でも「集票」にマイナスと思うのか、声を挙げる人が少ない。そんな状況が変わらないといけないんだけど。
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大崎事件再審取り消しー信じがたい最高裁決定

2019年06月28日 22時54分51秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 大崎事件の再審を取り消す決定を最高裁が出した。そのニュースを見て「あり得ない」と思ったが、現にある以上「信じがたい」と表現することにしたい。1979年に鹿児島県大崎町で死体が見つかり、その長兄、次兄、続いて次兄の子、長兄の妻が殺人罪で逮捕、起訴された。この死亡が殺人だったかどうかに争いがある。長兄の妻が主犯とされ、懲役10年の判決が確定した。この長兄の妻を除く三人は、知的障害があるとされ、「自白」も変転している。長兄の妻は一貫して無実を主張し、一度も「自白」していない。1990年に満期で出所し、それ以後再審を請求し続けている。
 (再審取り消しを伝えるテレビ番組)
 第1次再審請求では、一審の鹿児島地裁は認めたが二審で取り消された。第2次再審請求は一回も認められず、第3次再審請求で2017年に鹿児島地裁が再審を決定し、福岡高裁宮崎支部も再審を支持した。再審は「無罪(またはより軽い罪)を言い渡す」「新しい」「明らかな」証拠が必要である。しかし、この事件では、もともと「自白」していないんだから「自白の矛盾」もない。「共犯者の供述」に寄りかかる有罪判決なので、物証を新しく「DNA型鑑定」することもできない。

 今回弁護側は新たに二つの新鑑定を提出した。その一つが写真に基づく死因の新鑑定で、そもそも殺人じゃない可能性を指摘した。一審、二審はその新鑑定に証拠価値を認めたが、最高裁は証拠価値は低いとした。最高裁は「証拠調べ」をせず、書面審査が中心となるが、普通の事件だったら最高裁が二審の判断を変える場合は「弁論を開かなければならない」と決まっている。今回は「再審請求」であり、その具体的なやり方は法律で決まってない。しかし、一審、二審で認めた新鑑定を覆すんだったら、やはり鑑定人を呼んで鑑定の意味を問いただす必要があるんじゃないか。
 (取り消し決定に抗議する弁護団記者会見)
 どんなに最高裁が偉いとしても、事実調べを全くせずに再審請求を却下していいのか。法的に可能だとしても、事実上は「適正手続き違反」ではないのか。これまで今回のような最高裁で再審を取り消した例がない。反対に最高裁で再審に向けた判断をした例はある(財田川事件など)。その場合も、自分では判断せずに下級審に差し戻している。今回も新鑑定に疑問を持ったならば、自分で事実調べをしない以上は、下級審に差し戻す必要がある。

 今回の再審事件では請求人は一度も「自白」していない。刑務所内で模範囚だったため、仮釈放が決まりそうな場合でさえ、一度も「謝罪」せず仮釈放が認められなかった。もし本当は有罪だったとするなら、そんなことをわざわざするだろうか。懲役10年程度の事件だから、東京じゃ事件当時も誰も知らないだろう。無実じゃない人が、出所後の老後を全て再審に費やすようなことをするだろうか。多くの人が自分を振り返ってみれば、無実だったとしても仮釈放の誘惑に駆られて認めてしまうんじゃないか。

 今回の決定は、最高裁裁判官の判断基準が「自白」であることを示している。「供述弱者」の「自白」の危険性という問題意識がない。ずいぶん頭が古い。今どきそんな人が最高裁裁判官なのである。大崎事件そのものは、司法制度を揺るがすといったレベルの大事件ではない。だから大崎事件をひっくり返すために、最高裁裁判官が選ばれたわけではない。15人すべてが安倍首相によって任命された最高裁裁判官である。安保法制に違憲判決を出しそうもないといった選択基準はあるんじゃないか。そういう人は一般的に他のケースでも人権感覚が鈍いと言うことを示している。
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画期的な布川事件国賠判決

2019年05月28日 23時28分33秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2019年5月27日に、布川事件国賠訴訟の判決が東京地裁であった。この判決は非常に画期的なもので、その意義を簡単にまとめておきたい。布川事件は1967年に茨城県布川(ふかわ、現利根町)で起きた男性が殺された事件で、桜井昌司さん、杉山卓男さんが逮捕・起訴された。最高裁で無期懲役が確定したが、2011年に再審で無罪となった。杉山さんは2015年に亡くなっているが、桜井さんが国と県に国家賠償法に基づく賠償を求めていた。

 桜井さんは以前高校の授業で人権に関する講演を毎年お願いしていた。「明るい布川」と語って、真実は必ず勝つと力強く訴えていた。時には歌も歌って聞く者を引き込む魅力を持っている。再審判決は僕も傍聴に行ったものだ。(傍聴券に当たらず。)桜井さんは再審無罪後も多くの冤罪事件救援に全国を飛び回っている。映画「ショージとタカオ」や「獄友」にも、その様子が残されている。また本人のブログ「獄外記」で日々の活動の様子をうかがうことが出来る。

 桜井さんはブログで国賠訴訟は絶対勝てる、勝つというようなことを確信を持って書いていた。理由なく大言壮語する人じゃないから、訴訟の進行は優勢なんだろうとは思っていた。でも裁判は何が起こるか判らない。翌日の「優生保護法国賠訴訟」(強制不妊訴訟)の仙台地裁判決では、違憲と認めながら賠償は認められなかった。冤罪事件の場合、そもそも「無罪判決」が難しい。特にいったん確定した判決が「再審」で無罪になるのは、よく「ラクダが針の穴を通る」とまで言われる。「国家賠償」を求めて勝訴するというのは、それを遙かに上回る想像を絶するような難しさである。

 刑事裁判で無罪になった人は「刑事補償金」が支給される。冤罪で囚われていた日々についての「補償」である。「補償」と「賠償」は全然違う。国家賠償法は、その第1条で「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と書かれている。「故意」、つまり検察官、警察官が個人的憎しみからわざと冤罪を作り出すということは普通ないだろう。(まあ2018年に公開された某ミステリー映画はそういう筋になってたけど。)

 「故意」の立証は無理だから、「過失」の立証になる。しかし、交通事故なんかでも「過失」をめぐる認定は難しいものだ。多くの事故では両方とも悪いことが多いが、その過失の割合を決めるのは大変だ。ましてや冤罪事件の捜査に関して、誰にどのような過失があったのか、それを裁判で訴えるのはすごく大変なのは想像できる。冤罪事件で国賠訴訟を起こした例はあまり多くない。

 それは1952年に起きた北海道の芦別事件の国賠訴訟敗訴の影響が大きい。国鉄の線路が爆破され、共産党員が起訴された事件で、1962年に2審で無罪となった。その後国賠訴訟を起こし、一審福島重雄裁判長は原告勝訴の判決を出した。(長沼ナイキ裁判で自衛隊違憲判決を出した裁判官。)ところが、高裁、最高裁で「公務員が職務上与えた損害は個人が責を負わない」という論理で賠償が否定された。交通事故で最高裁で無罪となった「遠藤事件」の国賠訴訟でも、1996年に東京地裁は芦別判決をもとに原告敗訴とした。(2003年最高裁で確定。遠藤事件はウィキペディアに解説あり。)

 長く苦しい冤罪との闘いが終わって、さらに国賠訴訟に打って出る人は少ない。布川事件でも桜井さんしか訴訟を起こさなかった。遠藤事件など、もともと在宅起訴で一審も禁固6ヶ月執行猶予2年の事件である。それが最高裁で無罪になるまで、14年もかかった。その後さらに国賠訴訟を起こしたのは、お金が欲しいわけじゃなくて警察の不正を許せなかったのだ。無実の人間が捕まるんだから、誰かにミスがあったわけで、過失が認められて当然と思うだろう。しかし、警察が怪しいヤツを逮捕したのは当然、自白があったから起訴したのも当然、有罪の証拠は形式上そろっているから有罪判決も当然…そういう論理で行けば、どこにも「過失」がなくなる。結果的に間違いだったけど、ガマンしてね

 近年の事件では、鹿児島の志布志事件(選挙違反をねつ造した)は国と県の責任を認めた。富山県の氷見事件では国を除き県だけに責任を認めた。どういう意味かというと、警察官は地方公務員だから県に賠償責任があり、検察官は国家公務員だから国に賠償責任がある。志布志事件では検察官に「注意義務違反」を認めたが、氷見事件では検察官の責任を認めなかった。ところで、今回の布川事件国賠では国と県と双方の責任を認めている。無期懲役の殺人事件という重大事件捜査で、国の責任を認めたのはまさに画期的である。

 判決では警察の偽証を認めた。「(一本しか)ない」と証言していた捜査時の録音テープが他にも出てきた。知らないはずがないので「意図的偽証」である。(警官はよくやる。)これは「過失」というより「故意」に近い。もちろん「違法」である。検察官は「証拠開示請求に応じなかった」ことが裁判結果に大きな影響を与えたので「違法」とされた。これはまさに他の冤罪事件、再審請求に多大な影響を及ぼす「画期的判断」である。この検察、警察の「違法」がなければ、少なくとも2審の控訴審判決では無罪になっていたと判断したのである。

 ホントかな。絶対勝てると誰もが思うほど検察の証拠を崩しても、裁判官が勝手に(検察官も主張していない)理屈を持ち出してきて有罪にした事件なんか山のようにある。検察、警察が悪くても、裁判官がしっかりしてれば真相は見抜けたんじゃないだろうか。しかし、今まで裁判官が裁判官の「過失」を認めたことなんかない。そこは裁判で決着を付ける以上、難しいのである。だから、警察や検察がちゃんとしてたら、裁判官も無罪判決を出したはずじゃないですか、という論理で攻めるしかない。そして「証拠開示」があれば無罪だったはずという論理で勝利した。つまり「国が有罪証拠を隠していた」と言ってるのである。これは多くの冤罪事件に生きる判決で、国賠訴訟を起こした意味があったのだ。
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死刑廃止集会と「マラー/サド」観劇

2018年10月14日 22時51分40秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2018年10月13日(土)の記録。10月にも関わらず暑い日が続いていた。ようやく週末から涼しくなったが、ずっと曇っている。13日に「響かせあおう 死刑廃止の声」という死刑廃止の集会に行った。夜に国会前でキャンドル・アクションがあるということだったが、終了前に抜けてイタリア文化会館で精神障害者当事者による演劇「マラー/サド」を見に行った。

 10月10日は「世界死刑廃止デー」である。毎年その前後に死刑廃止の集会が開かれているが、ここしばらく行ってなかった。今年は袴田事件の再審却下オウム真理教死刑囚の大量処刑があったので、他のことに先がけて行こうと思っていた。アムネスティや日弁連、「袴田巌さんの再審を求める会」などのアピールに続き、安田好弘弁護士とジャーナリスト青木理氏の討論、ダースレイダーとDJオショウによる「Rapで歌う!死刑囚からあなたへ」と第一部は盛りだくさん。

 安田・青木対談は「オウム13人執行で時代はどう変わるか」と題されていたが、聞いていると「もうすでに変わっていた」ということかと思った。大きな反発もなく、それどころか大きな議論は何もなく、いつの間にか「そういうこともあったよね」になっていないか。これほどの大量処刑は明治末の大逆事件以来だというのに。麻原彰晃は「心神喪失」状態じゃなかったのか。法曹界ではそう思っている人がほとんどだというが、それなら「違法」な執行だったことになる。再審申請中、恩赦出願中の処刑は許されるのか。そんな議論がどこでも起きない。

 この集会に合わせて、「死刑囚による表現展」が開催される。「死刑廃止のための大道寺幸子・赤堀政夫基金」によるもので、今年が14回目。その公開選評が毎回第二部で、太田昌国氏の司会で、他に加賀乙彦池田浩士北川フラムの各氏が参加した。選考委員には他に香山リカ、川村湊、坂上香の3氏がいるが所用で欠席。それでも先の4人の顔ぶれは、知ってる人には超豪華である。別会場で絵画展が開かれていたが、死刑囚の描いた絵の澄明さにいつも驚かされる。

 選評会の冒頭で抜けてイタリア文化会館に向かった。集会の会場は星稜会館。ここは日比谷高校の同窓会が基になって作られたところで、日比谷高校の真裏。最寄り駅は永田町だが、実は初めてなので少し迷ってしまった。イタリア文化会館は九段下だから、地下鉄半蔵門線で2駅。これは雨じゃなけりゃ歩いていこうと思っていた。国会図書館や国立劇場など何度も来てるのに、どうもこの周辺は頭に入ってない。スマホを見ながら、国会図書館、最高裁、イギリス大使館、千鳥ヶ淵と歩いて、イタリア文化会館へ。ちょっと寒かったが、格好の散歩コースじゃないか。
 
 「マラー/サド」というのは、ドイツ人のペーター・ヴァイスの書いた戯曲「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という恐ろしく長い名前の略称。これをイタリアのボローニャ市の実際の精神障害者たちが演じるというもの。イタリアで精神病院を廃止した「イタリア精神保健法」(バザーリア法)の制定40周年記念プログラムである。もちろんイタリア語による公演で、舞台上方に字幕が出た。無料公演で、満員だったのでキャンセル待ち登録をしておいたら数日前に入れるというメールが来た。

 1964年初上演で、1967年にはイギリスの有名な演出家ピーター・ブルックによって映画化された。日本では1968年に公開され、ベストテン5位に入っている。僕はその映画を学生時代にどこかで見て刺激を受けた。ジャン=ポール・マラーはフランス革命の指導者の一人で、ジャコバン派として恐怖政治を進めた。1893年にジロンド派を支持する女性、シャルロット・コルデーによって暗殺された。浴槽に入っているところを刺殺された姿はダヴィッドの絵に描かれ有名である。

 一方のマルキ・ド・サドはサディズムの語源となったことで知られる貴族作家だが、虐待や風俗破壊で何度となく刑務所や精神病院に入れられた。この劇は1808年、つまり暗殺事件の15年後にシャラントン精神病院で、その当時実際に入院させられていた(そして1814年にそこで亡くなる)サド侯爵が患者たちを演出して暗殺事件を再現するという趣向になっている。二重、三重の仕掛けをほどこして、革命と自由に関する対話がスリリングに繰り広げられる。マラーは革命と独裁を擁護し、サドは徹底した個人主義者としてマラーを批判する。

 基本的にはそういう構図の劇だが、今回は舞台が檻になっていて、始まる前の館長などのあいさつも鉄格子の向こうというのに驚く。その後もミュージカル仕立てで進み、皆の歌が素晴らしい。舞台奥には「革命万歳」「自由」といった字が書かれている。脚色・演出ナンニ・ガレッラとあるが、かなり脚色してあるように思う。1時間超で終わったけど、もっと長かったと思うし。様々な方向で演出が可能な劇なんだと思う。このボローニャ市の「アルテ・エ・サルーテ」という劇団の場合、明らかに「世界は変えられる」、イタリアでは精神保健のあり方を大きく変えられた、劇中の精神病院はこの国にはもうないというメッセージを感じた。

 上演後に観客との対話もあったのだが、1時からの集会に始まって7時過ぎとなると、もう疲れてしまった。今日は終わり。何を食べるか決めかねて、つい神保町まで歩いてしまってカレーを食べて帰った。さすがにテーマが重いので疲れたなと思った日だった。もうブログ書く元気はないと思って翌日に延ばした次第。「マラー/サド」の提出したテーマは今も生きていると思った。それは死刑問題にも共通すると思うし、インクルージョン(inclusion)ということを考えた一日だった。
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真犯人隠ぺい? 今市事件のトンデモ判決

2018年08月04日 23時31分54秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 東京高裁で8月3日に「栃木女児殺害事件」(「今市事件」)の控訴審判決があった。「原判決を破棄。被告人を無期懲役に処する。」という、不可思議極まる判決だった。控訴審が自白に寄りかかり過ぎた一審判決を破棄するのは当然だが、その後で自判して有罪にしていいのか。控訴審判決はあまりにもおかしいと考えるので、ここでまとまって書いておきたい。

 控訴審では、殺人事件で一番重大な殺害時間と殺害場所に関して重大な訴因変更があった。殺害時間が「被害者が行方不明になってから、遺体が発見されるまでのいつか」、殺害場所が「栃木県か茨城県またはその周辺」って、冗談としか思えない。これじゃ、そもそも起訴できたかどうかも怪しい。「自白」に基づいた検察の立証活動は破たんした。それならば「証拠不十分」で、「疑わしきは被告人の利益に」ではないのか。刑事裁判としておかしいのではないか。

 一審段階では長時間の取り調べ中の録画をもとに「自白に信用性がある」と認定した。自白だけで有罪にするのは憲法違反であると僕はその時に批判した。今回「自白画像で有罪認定はできない」と判断したのは、当然正しい。しかし、この一審判決に対して弁護側は反証を続けてきたわけで、その結果検察側は訴因変更に追い込まれた。ところが、裁判所が訴因変更を受け入れ、状況証拠でも有罪認定できるというんだったら、一体被告・弁護側はどういう反証を行えばいいのか。試合開始後のルール変更じゃないのか。

 「被告人が母親に送った手紙」を有罪認定に使った判断も危険である。手紙で捜査側も知らなかった「秘密の暴露」があるなら別だが、「今回、自分で引き起こした事件、本当にごめんなさい。まちがった選択をしてしまった」という内容は、どうにでも解釈できるものだ。今までにも友人や家族、同房者への手紙などが有罪証拠に使われたことが何度もある。証拠がないときに、こういうことを言うのである。1970年の「大森勧銀事件」では、知人に対して事件を起こしたのは自分だと吹聴していた人が逮捕・起訴された。(一審無期懲役、2審で無罪、最高裁で無罪確定。)

 そもそも「母親への手紙」も「一種の自白」であり、それだけでは有罪証拠にしてはいけない。自由な環境で書いたものではなく、獄中で書かされたものだ。お前が人殺しになって親が泣いてるぞ、一言お詫びの手紙を書けなどと言われるわけだ。獄中で精神的にも支配されているから、家族相手でも自由には書けない。今度の手紙も直接的には犯行には何も触れず、「まちがった選択」は「自白を強要された」とも取れる。むしろ「無罪心証」と評価出来るものではないか。

 弁護側はビニールテープに被告以外のDNA型が検出され、真犯人のものだと反証した。この鑑定に対し、裁判官は「捜査官に由来する可能性」として証拠価値を認めなかった。確かに裁判所の判断も一般論としてはあり得ることだが、この事件では違うと思う。実は捜査段階で、まさに捜査官のDNA型が検出されていた。それを犯人のものだと追いかけていたら、実はミウチのものだった。捜査中の不手際で付いてしまったのである。

 だからテープのDNAも捜査官のものと思うかもしれない。しかしその当時、証拠物に触った可能性のある捜査官のDNA型の鑑定を行ったはずだ。そうじゃないと、実際に捜査官のものだったと判らない。だから未提出の捜査官鑑定書を確認すれば、テープのDNAも捜査官のものと検察側は証明できる。それを行っていない以上、この事件に関してはテープに付いたDNAは確かに真犯人の可能性が高いと思う。テープは普通個別に包装されているから、お店の人のものということもないだろう。(なお、問題の捜査官はアリバイがあったから犯人ではない。)

 この事件に関しては多くの未提出証拠が存在する。「捜査官のDNA鑑定結果」もそうだし、「取り調べテープの全容」もある。さらに「Nシステムの設置場所」が大問題。被告人が疑われたのは、遺体遺棄時間に宇都宮から深夜に出て早朝に帰る車が確認されたからだ。ここで疑問なのは、「深夜に出ていく車」は被害者(生死は不明だが)を乗せているわけだから、絶対に警察の目に触れてはいけないのに、なぜNシステムがる大きな通りを通ったのかである。

 もちろん、そんなシステムの存在は意識しなかっただけかもしれない。しかし、それならなぜ前日の「犯行へ向かう道」がNシステムで検知されなかったのか。被害少女は「自白」ではその日に見かけたことになっている。その日の車は犯罪を犯すと知らずに出かけたのである。その日こそNシステムで捕捉できないとおかしい。だが当時のNシステムの設置場所と捜査状況は公表されていない。だから、何故犯行日のドライブが証明できないのかも判らない。

 僕も「誘拐」「死体遺棄」双方の行き帰り4回全部で被告の車が確認できたのなら、それはかなり強力な「状況証拠」になると思う。でも一番大事な犯行日の方が行きも帰りも出てこないのは不自然である。以下は想像で書くことだが、多分栃木県には他県に先がけて多くのNシステムが整備されていたと思う。「那須御用邸」があるから、警察庁も優先して整備したはずだ。そして日光も関東最大の国際的観光地であり、「旧田母沢御用邸記念公園」がある。警備の対象にはなってるはずで、日光付近には多くのNシステムがあったに決まってる。証拠を開示するべきだ。

 今市事件が起きた2005年12月1日の直前に、別の誘拐殺人事件が起こっていた。11月22日に広島市安芸区で小学校一年の女児が殺害された事件である。犯人はペルー人だった。当時から僕が思ったのは「今市事件は広島事件に刺激されたものではないか」ということだ。そしてさらに言えば、「またあの犯人なのではないか」ということである。その時点では足利事件の菅家正和さんの無実は晴らされてはいなかった。しかし、栃木・群馬県で未解決の誘拐事件が多発していることは一部で知られていた。今は清水潔「殺人犯はここにいる」で知られる。足利・太田あたりから近いとまでは言えないが、車なら1時間もかからない。

 なんだか今回の判決のあまりにも不自然な事実認定を見ると、単なる誤判というレベルを超えて、事件の真相をあえて隠すべき国家的理由があるのではないかとまで勘ぐってしまうのだ。思えば6月11日、袴田事件における東京高裁の再審破棄決定も理由付けが不自然でおかしかった。だけど、今になって考えてみると、死刑再審が6月に認められていたらどうだったろう。オウム真理教事件の再審請求中の死刑囚は執行が難しかったのではないか。東京高裁はそのような「国家的要請」に応えたのではないだろうか。東京高裁の「忖度」判決があるのではないか。
*2020年3月4日付で、最高裁は上告を棄却した。理由は「上告理由に当たらない」というもので、疑問に答えるものではなかった。
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