尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「英雄の証明」ー語り口のうまさ、不思議の国イラン

2022年04月26日 22時25分00秒 |  〃  (新作外国映画)
 黒澤明の映画は長いから、今じゃ一日一本が限界。黒澤を見ている間に新作がどんどん終わっていく。是非見たいと思っていたのが、2021年のカンヌ映画祭パルムドール「チタン」とグランプリ「英雄の証明」である。昨年の一番上が「チタン」ということになるが、いやあ、この映画が「ドライブ・マイ・カー」より上という評価に何故なるのか不思議。生理的に受け付けないタイプの映画で、僕にもそういうのがある。カンヌ「グランプリ」は2作あって、その一つがイランの「英雄の証明」である。

 監督のアスガー・ファルハディ(1972~)は現在のイランで一番国際的に活躍している。カンヌでも常連で、今まで脚本賞や男優賞、女優賞を獲得してきた。イランとアメリカは対立関係にあるが、「別離」と「セールスマン」と2回もアカデミー賞外国語映画賞を受けたのもすごい。ファルハディ監督の映画は、洗練された語り口でテヘランの民衆生活をリアルに描き出すのが特徴である。さまざまな社会問題などには踏み込まず、イラン国内で映画製作を続けているが、それだけにイランの「不思議の国」ぶりを余すところなく伝えている。

 この映画はイランのも「SNSに翻弄される人々」がいると判るけれど、設定が不可解である。不可解なんだけど、そういう世界なんだとファンタジーのように設定を受け入れると、あまりの語り口のうまさに舌を巻く。全く退屈せずに最後まで見てしまうが、一体これは何なんだろう。主人公ラヒム・ソルタニは囚人だが、休暇で数日出獄する。じゃあ、どんな犯罪を犯したのかと思うと、義兄(別れた妻の兄)から借りた金を返せないというだけである。これは日本なら(というか普通の近代法的な社会では)、返す意思なく借りたら詐欺かもしれないが、常識的には民事問題だろう。
(主人公と姉の食事)
 それで刑務所行きも理解を絶するが、休暇中に獄外で金を都合出来て示談に出来れば自由の身になれるというのも理解出来ない。しかし、まあそういう仕組みの社会なのである。そしてラヒムには新しい恋人が出来て、彼女がバス停でバッグを拾ったら金貨が何枚も入っていた。それを返済に充てれば自由になれて結婚出来る。しかし、金貨を換金しようと思ったら、借金分には足りない。そこで借主(元の妻の兄)に接触するが、全額に遠く納得してくれない。やはり金貨は返すしかないと貼り紙をすると、自分のものと訴える女性から電話がある。いや、ここも納得出来ないのは、日本では落とし物を拾ったら交番に届けましょうが常識になっているからだ。イランでは何で個人で落とし主を探すのだろう。

 そこでやむなくラヒムは刑務所に戻るが、所長にその話をしたら、それは偉い、美談だということになって、「正直な囚人」としてマスコミに取り上げられる。テレビに出て、自分が発見したことにして語る。慈善協会に呼ばれて話をすると、英雄だということになってカンパが集まる。しかし…、そこでネット上に疑惑を書き込む人が出て来る。そんな「美談」はホントにあったのか。落とし主を呼んでこいということになるが、電話はタクシーの運転手から借りたもので、連絡先も判らない。個人同士でやっているから、確認書類もないのである。そこで慈善協会には「ホントの拾い主」であるラヒムの恋人を「落とし主」に仕立てて、何とか納得させようと目論んだのだが…。
(チャドルを着る恋人)
 ここらへんの展開もよく判らない。「拾った金貨を落とし主に返した」のは、そのまま自分のものにしてしまうよりいいけれど、当たり前のことをしただけで「美談」なんですか。また落とし主に返すのも、警察が介在すれば本人確認は確実である。一体どうなっているんだかと思うけど、論理的な展開を巧みなカットバックで語っていくので納得させられる。主人公の姉夫婦、吃音の息子、恋人の兄、タクシー運転手、そして全く納得しない貸主(元の義兄)など、周辺の脇役が素晴らしい存在感で描かれる。
(ラヒムの姉)
 「慈善」が重要視されるのも、イスラム社会だからだろう。ムスリムにとって「慈善」は義務である。そしてイスラム法では基本的に刑事、民事の区別がないんだと思う。そこで「死刑」であっても、賠償金を払えば出所出来て、そのために死刑囚に寄付金を募る「慈善」もある。囚人を許して「慈善」を積むことは、来世に自分の利益となって戻って来る。イランはアメリカから「制裁」を課されて、経済的苦境が続いているはずだが、ここで見られる市民生活は案外普通に暮らしている。そんなことも見えてきて興味深い。クローズアップの切り返しに、人物をロングショットで捉えるカットを織り交ぜる編集リズムが上手。ファルハディは確かな名手だが、イラン社会もやっぱり今ひとつ判らないなあと思った次第。
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