尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

3月の読書日記

2014年03月31日 21時41分55秒 | 〃 (さまざまな本)
 3月も前半はミステリーを読んでいたが、さすがに飽きてきて後半は買ってあった新書本。記事に取りあげたいと思った本も何冊かあるのだが、他のことが優先したりして書けなかった。
ミステリー編
 日本のミステリーの方がすぐ読める。まずは昨年死去した連城三紀彦「流れ星と遊んだころ」(双葉文庫)で、2002年の「このミス」入選作だけど、文庫化されてなかった。2月に文庫に入り、すぐ買った。これは通常のミステリーとはかなり色合いが違うけど、壮絶な「叙述トリック」がある。50ページぐらい読んだだけで、3回か4回か裏があるけど、それで済まないで、その後ガラッと世界が変わる。続いて沼田まほかる「ユリゴコロ」(双葉文庫)で、数年前に評判になった作品。これはまた、落涙系のミステリーで、最後は途中で読めると思うけど、読みではある。自分の父母に何があったのかと探ると驚くべき真相が…。僕がダメだったのは、麻耶雄嵩(まや・ゆたか)の「隻眼の少女」(文春文庫)で、推理作家協会賞受賞の傑作で、山深い村に続く伝説と美少女探偵、謎の連続殺人、時間を隔てて再びの惨劇が…と魅力的な設定なんだけど、この「解決」は僕には納得できない。というか、ストンと落ちない。アメリカのジャック・イーリイ「イン・ザ・ブラッド」(文春文庫)は、アメリカ南部アラバマ州モビールが舞台のシリーズ。どんどん面白くなってるが、家族の問題を離れて、白人至上主義者を追う。アメリカの恥部に挑むミステリーで、社会派であり、サイコ風であり、本格でもあるという今までの路線だけど、相当うまいので止められない。

 山田風太郎「天狗岬殺人事件」(角川文庫)は、著者の未刊行ミステリーを集めた本だけど、本格ミステリー作家というイメージがあまりなかった著者の傑作集。実は山田風太郎は第2回推理作家協会賞短編部門の受賞者だった。(長編が坂口安吾「不連続殺人事件」という年である。)その時の作品を集めた「虚像の淫楽」も角川文庫にあった。戦後ムードが残る昔風味の「探偵小説」で、とても面白い。一方、新作の石井光太「蛍の森」(新潮社)は、ハンセン病を熱かった異色のミステリー。著者はノンフィクション作家で、映画化もされた「遺体」という震災を取材した本など多数の本を書いてる。「慟哭の社会派ミステリー」というんだけど、犯人探しや動機探しなどの観点からは、ほとんどミステリーとは呼べない感じである。四国の山奥で謎の連続老人失踪事件が起こり、父が容疑者と報じられる。そこで遅る米人権蹂躙の歴史を知ることになる。ハンセン病に関する小説は「療養所」を舞台にすることが多い。この本は、療養所行かず、お遍路の伝統がある四国の山奥で「放浪」する患者を描いた。戦後という設定で、多少無理があるような気もするが、村人からの差別と迫害の様子は恐ろしいリアリティがある。女性に取り、療養所がどんなところだったかも描かれている。ただ、国賠裁判の原告に関する設定は不自然だし、高齢の関係者が皆生きて元気であるのも納得できない感じがする。そういう意味で多少無理がある小説だと思うが、他に類書がない。
 
新書編
 近刊の講談社現代新書を3冊。瀬木比呂志「絶望の裁判所」は裁判官のキャリアシステムを批判する本。自分の人生を振り返りながら、裁判官の現状を痛烈に批判している。僕も今まで「法曹一元」(司法修習を終えた人を裁判官、検察官に採用するのではなく、弁護士の中から裁判官を選任する制度)、「憲法裁判所の創設」、「裁判員制度を陪審制度に」などは、同じことを書いてきた。基本的には大賛成。裁判所大改革せずに日本の将来はない。
 代田昭久「校長という仕事」は、例の杉並区和田中で藤原和博のあとを受けて「民間人校長」をした人物のまとめ的著作。面白いことは面白い。ただ、この学校しか知らないわけで、他区市や他道府県では同じ中学でもかなり違う面もあると思うし、歴史的に変わってきた面も書いてない。それを判って読めば面白いし、学校や家庭で役立つ面もある。特に「脳トレ」の話など。しかし、制度が「定着」し、そういう問題と思って仕事してるから、「主幹制度」や「自己申告書」があるのを前提にして書いてある。僕に言わせれば、そんなものがなかった頃は、もっと学校が面白かった。「校長という仕事」の面白い部分は、「学校が面白い」のであって、「校長より学級担任の方が面白い」のである。民間人校長というのは、可哀想に卒業生を担任した経験もなしに、ただ管理職だけしてる。それでは学校は判らない。ところで、土日の部活をめぐる部分は多くの学校関係者に一読して欲しいところ。
 
 その後、一ノ瀬俊也「日本軍と日本兵」を読み、そこから読み残していた中田整一「トレイシー」(講談社文庫)に進む。一方、平凡社新書、加藤哲郎「ゾルゲ事件」もあり、現代史もの再び。ゾルゲ事件は他の本も含めて別に書きたい気がする。また「物語 ウクライナの歴史」(中公新書)はウクライナ問題を書く中で触れたい。
 一ノ瀬氏は若い研究者で、年長世代の同時代的な思い込みではなく、新しいイメージの研究をたくさん発表している。今回の本は、米軍資料に現れた日本軍のイメージを分析したもので、日本兵と言えば「38式」という古い銃しかないけど、精神力で戦うみたいなイメージを、それをどう評価するかは別にして持たれやすい。でも実際は機関銃が主な兵器で、銃剣による白兵戦になると「臆病」とも取れる行動が多い。南の島に塹壕を掘り立てこもる戦術で、米軍をそれなりに食い止めていたので、「最高戦争指導」は別にして、装備も食料も不足したまま現地軍はそれなりに「合理的」に戦っていた面も指摘される。もっとも狙撃兵を樹上に結びつけるなど「残酷」な戦術を取っていて、その結果米軍が日本の狙撃兵を銃撃しても落下しないので、他の軍が通過するときまだ狙撃兵がいるような偽装になるという。それにしても、こうして「敵の分析」を軍内で共有しようという姿勢が米軍にはあったということ自体が興味深い。
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3月の映画日記

2014年03月30日 23時59分14秒 | 映画 (新作日本映画)
3月30日(日)
 フィルムセンターの大森一樹特集。去年の崔洋一はほぼ見てたので一度も行かず、今回も4回ほど。もっと見たかったけど(例えば先週の斎藤由貴のトークなど)、体調が今一つで見逃した。大森監督は全24回の上映中、20回挨拶したという。今日は「風の歌を聴け」の真行寺君枝の挨拶もあった。自主製作の「暗くなるまで待てない」は当時も見たけど、今も面白くはある。ただ、それが認められプロの撮影所で撮れるようになり、そこで学んだことが大きかったという。助監督出身ではないが、撮影所システムで学んだ世代なのである。プロ第一作の「オレンジロード急行(エクスプレス)」は城戸賞受賞シナリオを松竹で映画化したもので、アラカンと岡田嘉子(日本復帰作)が素晴らしく、僕はその年のベストワンにした。でもこの「軽さ」があまり評価されなかったと思うが、今見ても「自由」の気分が横溢しているロード・ムービーの快作で、「誰も傷つかない犯罪映画」の面白さ。観客の拍手も多く、再評価されて欲しい映画。

 その後ATGで2本撮った。自分の医学生時代の映画化「ヒポクラテスたち」(1980)は、大森映画で最高のベスト3に選出。当時はもっとトンデモナイ犯罪青春映画がいっぱいあったので、なんだかエリートの青春記に見えたのは、自分も学生だったから仕方ないのか。今見直すと、森永ヒ素ミルク事件や反精神医学運動などに関わる学生も出てくるし、寮では政治論争が絶えないし、大ゲンカもしょっちゅう。今見ると「激しい青春」で、70年代後半のムードも懐かしい。徳洲会が医学生リクルートに回っている姿も出てきて、貴重な映画になっている。続いて、81年に村上春樹原作の「風の歌を聴け」で、まだ「風」「ピンボール」しか出てない時代の春樹映画。「僕」が小林薫、「鼠」が巻上公一、ジェイが坂田明、「4本指の女」が真行寺君枝、「三人目の女の子」が室井滋と今見ても納得のキャスト。ただ「文学臭」が強く、村上春樹がまだ一般的でなかった当時は難解に思われたらしい。その頃から村上春樹が好きで、この映画も春樹テイストがあって僕は好きだった。でも今見ると、完全な成功作とも言えない感じがする。村上春樹は映画化が難しい。

 シネマヴェーラの山村聰特集は本当はもっと見るつもりが一回だけ。いつも見逃してる「夜の蝶」をやっと見た。銀座のバーのマダム戦争を描き、この言葉の由来となった。京マチ子と山本富士子の女の争いがすごいのと、色彩設計や美術が素晴らしい。吉村公三郎はかなり風俗映画の監督を作ったけれど、安定した出来で楽しめる映画が多い。併映の「家庭の事情」は、まあ軽い作品。

3月23日(日)
 昨年のベストテンに入ったけど映画を新文芸坐で2本。一つは「凶悪」で、日本映画3位に入るほどの評価を得ると思わず、公開時に見逃した。「上申書殺人事件」と呼ばれる実在の殺人事件の映画化で、首謀者役のリリー・フランキー、告発する死刑囚を演じるピエール瀧が大迫力であるのは間違いない。でも、この作り方はどうなんだろう。死刑囚の告発を受け、雑誌記者が取材していく。と、話は昔に飛んで、過去の人物が事件を起こすシーンが(事件当時の時間という設定で)出てくる。それは「事実」という前提なので、なんてひどいヤツラだと見てる側に感じさせる。その「叙述トリック」が気になるのである。そして死刑制度を前提に、どうすればもっと重く罰せられるかという発想で映画が進む。僕にはストンと落ちる映画ではなかった。併映がアメリカ映画の「悪の法則」で、コーマック・マッカーシーの脚本がけっこう複雑で、誰が悪いんだか、なかなか筋が納得できないまま映画が進行してしまった。

 中国の王兵(ワン・ビン)はやたらに長いドキュメントが多いので、劇映画の「無言歌」しか見てない。それは素晴らしかったが、記録映画「三姉妹ー雲南の子」が去年の第5位になった。多分ものすごくうっとうしく長い映画だろうなあ、風邪引いてるから見たくないなあと思いつつ、ロードショーで見逃したので見てきた。3200mの高地で、豚や羊を飼って農業も行っている。現金収入が少ないので、出稼ぎに行く人もいる。そんな村で暮らす三姉妹。忘れがたい映像ではあるが、どうも見てるのがしんどい。

 新作映画では「エヴァの告白」が第一次大戦後にポーランドからアメリカに移民した女性の生きていく道を示して感動的だった。マリオン・コディヤールが主演していて、見応えがあった。珍しい南米のチリ映画「グロリアの青春」という映画は、主演女優がベルリン映画祭で女優賞を得た。題名と違って、「第二の青春」で、離婚して子供も大きな女性の恋愛模様をほろ苦く描き出す。どこの国でも、年は取っても男と女は難しい。このような中高年の女性を描くのが、オーストリアのウルリヒ・ザイドルの「パラダイス三部作」で、3本見たら別に記事を書きたい。「キック・アス ジャスティス・フォーエヴァー」も見たけど、とにかく面白いけど、同じ話だし悪役が類型的すぎる。

 渋谷シネマヴェーラの園子温監督特集は全部行ってまとめ記事を書くつもりだったけど、最後の週になって、突然飽きてしまった。代わりに新文芸坐で、三船敏郎特集の「待ち伏せ」「お吟さま」を見た。「待ち伏せ」はもう何十年といつも逃してきた映画で、三船、勝新、裕次郎、錦之介、ルリ子の共演の稲垣浩最後の作品。多分そういう出来だろうと思った通りの出来。一方、「お吟さま」は公開当時見たけど忘れてた。千利休は後に三船敏郎と三國連太郎が演じたが、この映画の志村喬が一番利休らしいではないか。この映画では、利休を「国内統一戦争までは秀吉を支持するが、朝鮮侵略戦争は何としても止めなくてはならない」という立場の人物として描いている。当時は熊井啓のつまらない解釈に思ったのかもしれないが、今見ると「政権内ハト派」が駆逐されていく様をヴィヴィッドに描いて、まことに同時代性が出てきたのである。悲しいことだが。

 有馬稲子特集は、見た映画と見てない映画がカップルの日が多かった。トークショーが3回もあったので、一度は行きたいと思ったけど、結局風邪引いて見逃してしまった。中村登監督「白い魔魚」は、舟橋聖一原作の風俗映画。岐阜の古い紙問屋が危機に陥り、有馬稲子が結婚してくれればカネを出すという人物が現われる。それが上原謙で、出てきたときに観客に笑いが出た。似たような設定がこの当時は多いことを観客も判ってる。二枚目しかできないけど、もう中年でどうも変な役が多い。有馬稲子は東京の学生で演劇部という設定で、ファッションや当時のムードが面白い。来月フィルムセンターで上映が予定されている。

 有馬特集はその後、2回見た。「浪花の恋の物語」は近松の「冥途の飛脚」の映画化で、近松本人(片岡千恵蔵)が出てきて、当時の人形浄瑠璃の様子が描かれるという貴重な趣向がある。錦之介、稲子の結婚につながっていく作品で、内田吐夢の重厚な作品。「金が仇の世の中」というフレーズが今の時代にも響く名作。でも今回見直して、錦之介が「男の意地」という価値観にとらわれていて、それが悲劇につながっていくことも忘れてはならないと思った。併映の「抱かれた花嫁」は大した映画ではないけど、とにかく楽しい。浅草のすし屋の看板娘有馬稲子、ケチな母親望月優子は店の火災保険も解約してしまうという冒頭。これで大体筋は読める。浅草や上野動物園のロケもあるが、日光に行く設定で、東照宮やいろは坂が見られるのは貴重。湯元温泉の南間ホテルが親戚だという設定で出てくる。今はつぶれて、おおるり山荘になってる宿。五所平之助が井上靖の短編を映画化した「わが愛」。有馬が戦時中に一度結ばれた新聞記者佐分利信が戦後引退して鳥取県の山奥に引っ込む。その時に有馬もついて行って、誰も知らない短い愛の日々を送る。有馬稲子が非常に美しいという話で、なるほどと思ったけど、あまりにも男に都合のいい設定。さすがに五所亭の演出は緩急がうまく、見せられてしまうが。もう一本、木下恵介の弟子筋の川頭義郎という今はほとんど忘れられてる監督の「かあちゃんしぐのいやだ」。福井県武生市の子ども作文の映画化で、父親が病気で母の有馬が二人の子を支える。貧しい暮らしの中、親子でいたわりあって暮らして行く様を、堅実なリアリズムで描いて行く。白黒の地味な映画だけど、感動的で泣ける。見て良かった映画だった。
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支援するという意味-袴田事件から

2014年03月28日 23時43分30秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 3月27日の袴田事件再審開始決定の場(静岡地裁)に、多くの冤罪被害者が掛けつけて我が事のように喜びを語っていた姿が報道された。「我が事」というか、布川事件の桜井昌司さんは「自分のときよりうれしい」とまで語っていた。桜井さんの人柄が伝わる言葉だと思う。桜井さんは布川事件の無罪確定後、全国各地の冤罪事件の集会などに東奔西走している。その姿はブログ「獄外記」に詳しく、昨日の静岡地裁前の写真もアップされている。勤務先の高校で「人権」の授業に招いて話してもらったこともあるが、怒りと真情のこもった熱弁がユーモアも交えて語られ、聞いていた生徒も皆圧倒されてしまい、桜井さんの無実を確信したものだった。

 桜井さんの言葉は、深い意味がいろいろとあると思うが、一番大きいのが「死刑囚という重み」を体感していることだろう。布川事件の桜井昌司さん、杉山卓男さん、あるいは狭山事件の石川一雄さん、もう亡くなっている再審請求者では梅田事件の梅田義光さん、丸正事件の李得賢さん、江津事件の後房市さんなどなどは、「無期懲役」であるため「仮釈放」が可能だった。再審が実ったかどうかに違いはあれど、「シャバに出て再審を求める」ということができたのである。東京拘置所時代に、桜井さんたちは袴田さん始め死刑囚の姿を見聞きすることがあり、死刑囚は「シャバで無実を訴える」ことが不可能だという重みを十二分に判っている。死刑事件の場合は「生命」そのものが掛かっている。「痴漢」であれ、「PC遠隔操作」であれ、冤罪事件は無実の人の名誉と職を奪い、測り知れないダメージを与える。が、「生命」そのものが掛かり、しかも自分がテレビ番組や集会などに出て無実の訴えをできないという「死刑事件の再審」は重みが格段に違うのである。

 袴田事件の場合、本人に代わり、姉の秀子さんがずっと集会などで訴えを続けてきた。袴田事件だけでなく、冤罪事件の集会にはできる限り足を運びアピールしてきた。だから僕も何回となく秀子さんの話は聞いている。結局自分の人生を弟の雪冤(せつえん=無実の罪を雪ぐ(そそぐ)こと)に費やしたのである。無罪が確定したならば支払われる刑事補償金は、袴田巌さんだけではなく、このような過酷な人生を強いられた家族にも本来支払われるべきではないだろうか。秀子さんは、精神的に不安定になった弟を、時には面会に行っても断られながらも、ずっと支え続けてきたのである。今回も再審開始から釈放に至る過程で、秀子さんはずっと弟に付き添っていた。テレビニュースを見た人は印象的に覚えていることだろう。

 冤罪事件に限らないが、社会的に大きな被害を被った人々、戦争や差別、公害問題や「いじめ事件」、さらに原発事故の避難者、大津波で家族を失った被災者、犯罪で家族を失った被害者など、いずれも過酷な体験を自分一人では受け止められない場合も数多い。冤罪事件でも家族が崩壊することだって多いのである。そのような現実の中で、家族が信じて活動し続けたことが袴田事件の再審が実った大きな原因の一つだろうと思う。もちろん家族が動けない時に、社会的に知られた人物などが支援運動を支えた場合もある。そのような「支援」の重大な力を確認しておきたいと思うのである。

 現実に袴田さんを釈放させた力は、「裁判官が決定を下した」ことにつきる。支援者が拘置所前に集合して「袴田さんを奪還するぞ」などと声を挙げたところで、実際には釈放させる力はない。だから、地道に新証拠を求めて裁判所に裁判のやり直しを求め続けるしかない。それには「司法の専門家」である「弁護士」の力を借りるしかない。「専門知」がまず求められるのである。これはあらゆる分野で同じだが、まず何事かをなそうと思えば、自分が学ぶか、あるいは専門家に依頼するかして、専門的な知識を駆使することから始まるのである。でも、「それだけでは勝てない」のである。冤罪を訴える裁判に傍聴者がいない、再審を求める集会に参加者がいない。そんな状況では、勝てるものも勝てない。「無観客試合」を永遠に強いられれば、サポーターのいないサッカーチームは崩壊するだろう。

 正義の実現を求める市民の監視なくして、どんな達成も成し遂げられないと思う。逆に言うならば、我々は何らかの手段で、世界から不正義を減らしていくために「サポート」を続けていく必要がある。それは自分で何かの支援運動に参加するということだけではないだろう。例えば冤罪事件に関して言えば、支援団体に参加する、裁判を傍聴する、囚われている被告や再審請求人に手紙を書く、などが望ましいわけだけど、知り合いがいなければ最初は抵抗が大きいかもしれない。でも、ただの一参加者として集会などに参加してみる、というのは、まず最初の一歩ではないか。集会の情報は、インターネットや新聞等を見ていれば目に入ってくるものである。つまり、「実際に話を聞いてみる」ということが大きいのである。これを今の若い世代はもっともっと行う必要がある。若い時に、多くの人の話を聞く体験というのは、後で必ず生きてくる

 だけどインターネットで事件について検索する、図書館で関連の本を借りてみるなどということだけでもいいのではないか。直接の支援として顔と名前を出すわけではないが、「心の支援者」としてずっと関心を持つということである。まあ、ファンクラブには入らないが、CDが出れば買うようにする、といったやり方である。あらゆる問題のあらゆる集会に参加したりすることはできないので、「遠くからずっと見守る」といった付き合い方も大切にしていく必要がある。そうした「支援のすそ野の広がり」があれば、支援運動が盛り上がっているという話が広がっていき、新聞やテレビなども接触してくるのである。大手の新聞に出れば、今でも裁判官などはかなり関心を持つだろう。今回も、そうした支援運動の広がりやマスコミの関心の高さがあればこそ、「死刑囚を釈放する」という思いきった決断を裁判所が下せたのだと思う。「支援の大切さ」を改めて確認したいということと、袴田秀子さんの苦闘の生涯を忘れないようにしたいということを、昨日記事を書いていて痛感した。そこでもう一回書いたのである。
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画期的な決定-袴田事件の再審開始決定

2014年03月27日 22時44分23秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2014年3月27日(木)、静岡地裁でいわゆる「袴田事件」の再審開始決定が出た。画期的なことに、死刑の執行停止だけでなく、「拘置の停止」、つまりは釈放という判断も示された。「これ以上拘置を続けるのは耐えがたいほどの不正義」とまで述べている。日本の人権の歴史の中に残り続ける司法判断である。その決定を受け、袴田巌さんは夕刻に釈放された。近年袴田事件は世界的に注目され、日本の司法制度の残酷さを示すケースと見なされていた。今回の決定を心から喜んでいる。

 それにしても、「人の生命を奪うほどの決定を行える司法権力」は、同時に「死刑囚を釈放できるほどの権力」をも持っているのである。「死刑制度」とは一体なんだろうか。そして「証拠のねつ造」で、人の人生を奪い去ってしまう「国家権力」とは一体なんだろうか。無実の人間を、証拠をねつ造して死刑判決に追い込む。「国家悪」「権力悪」の極致ではないか。

 昨日この問題を予告したが、そこでは「審理経過から見て、今回こそは袴田事件の再審が認められるのではないかと期待を持っていたい」と書いた。このような期待は裁判所によって裏切られることがかなりあるので、「期待を持っていたい」とニュアンスを弱めておいた。しかし、年度内にも決定が出るという見込みが強く示されていたので、それは今までの訴訟指揮から見て、「無罪の心証を固めたので、人事異動前に決定を出しておきたい」という意味である可能性が高いのだろうと実は考えていた。だが、「証拠ねつ造」に関する判断は出るか出ないか微妙な所だと思っていた。(あまりに捜査当局批判が強いと、上訴される可能性も大きくなるので。)また、死刑執行停止の決定は(再審開始の場合)出るだろうと思っていたが、「釈放」までは予想していなかった。(その理由は後述。)だから、予想を上回る素晴らしい決定だったと考えている。

 この事件は論点が多いので、詳しく知りたい人は支援団体のサイトが複数あるので簡単に見ることができる。今は「証拠ねつ造問題」と「釈放」の問題について簡単に書いておきたい。「清水」と言えば、昔は次郎長、今はエスパルスに名前が残るが、現在では政令指定都市になった静岡市の一部である。1966年、その清水にあった味噌製造会社の専務一家4人が惨殺され放火された。単なる金目当てだけではない可能性が高い。(会社の売上金8万円が奪われたとされるが。)犯行及び事件前後には不思議なことがいろいろあるのだが、今は省略する。結局、6月30日に起こった事件で、8月18日に袴田さんが逮捕された。一か月半経っている。捜査は難航したのである。そして「内部犯」と目され、「ボクサー崩れ」の偏見から(だと思うのだが)袴田さんに捜査が集中したのである。袴田さんはなかなか「自白」しなかったが、勾留期限3日前の9月6日に「自白」が取られた。

 さて、当時地元新聞等のマスコミは「血染めのパジャマを発見」と大きく報道し、この血痕が「決め手」だと伝えたのである。袴田さんは事件当時(火事になったのは深夜1時半である)、寝込んでいて(深夜だから当然)、パジャマのまま消火活動に参加し、ケガをしたのだと抗弁したのだが。そして実際に、パジャマには何かに引っ掛けて開けた穴があるという。さて、もちろん「実は殺人事件を起こしておいて、何食わぬ顔をして消火に参加して疑われないようにした」ということも、可能性としてはありうることである。だから、取られた「自白」では「パジャマで殺人した」となっていた。

 ところが1967年8月31日、この会社の味噌タンクから「血染めの5点の衣類」が見つかる。すでに公判中だったが、検察側が裁判途中で主張を変更、この時見つかった衣類こそ真犯人の着ていたもので、それは袴田本人のものだと主張したのである。袴田さんのものだという根拠は、あらためて行った家宅捜索で、袴田さんの実家から「ズボンの共ぎれ」が発見されたからというのである。では、捜査中に取られた「自白」は何だったのだろうか。「パジャマでやった犯行」という「自白」は。これだけで「無罪」でしょう。常識で考えるなら。この新発見のズボンを裁判で履かせてみたら、小さすぎて履けない。その様子は「袴田ネット」ホームページのトップにある。それなのに「味噌に浸かって縮んだ」と根拠もなく決めつけ、袴田さんのズボンとされ、死刑判決の根拠とされていたのである。

 ところで「証拠ねつ造」問題に関しては、70年代後半の時点では、支援運動の中でも「5点の衣類は真犯人のもので、それは袴田さんのものではない」と主張していたと思う。共ぎれについては、「味噌漬けズボンと同じ共ぎれを何とか探してきて、後から実家に仕込んで濡れ衣を着せようとした」と僕は判断していた。(狭山事件の石川さん宅で、後から「発見」された万年筆のように。)いくら悪らつな警察官といえども、衣類に血をつけて被害会社の味噌タンクに後から漬け込んで、それが真犯人の衣類だなどと企むとは容易には信じられない。第一、そんなことをしたら、「前の自白はウソということだから、ウソの自白をさせた警察のミスはどうなる」と逆効果になるかもしれない。ところが、そういう「高等戦略」を使って、「自白を捨てても有罪にできる最終兵器」として、この「5点の衣類」が使われたのである。

 袴田さん本人は早くから「ズボンはねつ造証拠」と言っていたらしいのだが、弁護側が本格的に主張したのは今回の再審段階からではないかと思う。「DNA型鑑定」という新しい武器が現われたこと、「味噌漬け実験」の結果、本当に一年以上漬けたらもっと真っ黒になり、発見当時程度の色なら短い時間でないとおかしいとはっきりしたという理由が大きい。しかし、常識で考えてみれば、もっと早く判ったのである。真犯人なら、わざわざ脱いで味噌タンクに漬け込む方が危険性が高い。埋めたり、川に捨てたりすれば、見つかるかもしれないが見つからないかもしれない。でも、味噌タンクなら、いつかは必ず見つかる。一番いいのは、放火もしてるんだから、一緒に燃やしてしまうことである。それ以上に、見つかったシャツにも、「穴が開いていた」のである。「だから、このシャツを着て消火活動に参加した証拠」というわけである。でも、同じ場所に穴がある衣類が二つあるのはおかしい。後から出てきた方が、先にあったものをマネして作ったということになるはずなのである。

 さて、「死刑囚にとって刑罰とは何か」。罰金だったら金を払わせること。懲役刑だったら「懲らしめ」として仕事をさせることである。では、死刑の場合は?それは「絞首」である(日本の場合)。つまり、クビに縄をかけて吊るすこと、それによって生命を奪うこと。それが刑罰であって、拘置所に閉じ込めておくことは、刑罰そのものではない。拘置所というのは、裁判中または捜査中の被告、被疑者の自由を拘束する施設で、刑務所とは違う。そのような「推定無罪」の扱いを受けるべき人々の中で、死刑囚は裁判が終わっても執行まで閉じ込められている。刑務所へ行くという刑罰ではないので、死刑執行は拘置所に設けられた施設で行うのである。(だから袴田さんは東京都葛飾区小菅の東京拘置所から釈放された。)

 再審開始が決まっても、再審が終わって無罪になっていない以上は、まだ袴田さんは今でも身分的には死刑囚である。「死刑囚を釈放することができるのか。」今まで80年代に4件行われた死刑確定者の再審裁判では、再審が終わって無罪判決が出るその日まで釈放されることはなかった。「死刑囚の刑罰である執行」は停止になっていたが、「刑罰そのものではない拘置」は取り消されなかったのである。これは「死刑確定者という身分を最重要視する」という意味では、法的に必ずしも間違っていないと言える。しかし、現実には再審で必ず無罪になっている。当たり前である。無罪になるべき新証拠がなければ、再審は開けない。だから無罪になるべき事件で再審が行われる。しかし、そこまで無罪の方向性が明らかなんだったら、なんで再審裁判終了まで自由を奪わないといけないのか。おかしいではないか。

 今まで「人身保護法」など様々な訴えをして死刑再審事件で釈放を求めてきたが、過去の4件では通らなかった。だが、今回は違った。近年足利事件や東電女性社員殺人事件などで、再審裁判前に釈放されている。でも無期懲役なら「仮釈放」はあり得るので、そう考えると違和感はないだろう。でも死刑囚は仮に恩赦になっても無期懲役に減刑されるだけなので、「一発釈放」は今までの判例上は考えられなかったのである。今回直ちに釈放されたのは、「捜査当局の証拠ねつ造により人生を奪われた」と裁判官が心証を固めたということである。だから「耐えがたい不正義」とまで言って拘置の取り消しをも決定したのである。

 この衝撃は今後も多くの人の心に残り続けるだろう。袴田事件再審開始は、非常に大きな教訓を残していくと思う。その前にまだ再審そのものも決まっていない。検察側は今後も抵抗を続ける可能性が高い。通常の裁判での「控訴」にあたる即時抗告を東京高裁に申し立てるかどうか。もはやこれ以上争わずに、一日も早く再審を開くことこそが大切である。書き残したことがあるので、明日もう一回書くことにする。
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袴田事件再審の決定迫る

2014年03月26日 21時34分28秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 「ウクライナ情勢を歴史的に考える」というのを書いてると長くなりそうだし、明日はまた違うことを書くことになるので、ちょっと後にしたい。僕ももう少し勉強して書きたいし。もっともウクライナ史の一般的概説書は、中公新書の「物語 ウクライナの歴史」しかないのではないかと思う。ウクライナ大使を務めた人が書いた本で、僕は読んでなかった(持ってなかった)ので、今読んでるところである。

 明日は違うことを書くというのは、「袴田事件の再審請求の判断」があるからである。1966年に静岡県清水市(現・静岡市)で起こったみそ会社専務一家殺人事件で、静岡地裁で判断が出る。この事件は、一審、二審段階では、ほとんど報道もなく知られていなかった。最高裁段階になって、ようやく無実ではないかという声が聞こえ始め、支援運動も始まってきた。1970年代末のことである。僕はその頃から冤罪支援運動に関わりがあったので、1980年の最高裁判決を傍聴している。もう詳しいことはほとんど覚えていないが、最高裁判決は主文だけだから、数秒だけの傍聴である。

 事件以来半世紀近くたち、判決確定からも33年が経ち、あまりにも長い年月が経過した。当初は「無実のプロボクサー」と呼ばれていたが、いつの頃からか長年月の拘禁、死刑の恐怖などから、親族との面会もできない精神状態になってしまったと伝えられている。最高裁判決当時は、まだ死刑確定事件の再審無罪判決が一件もなかった。だから、袴田事件の前に取り組まれるべき問題がたくさんあった。当時から問題となっていて、再審無罪にもならず、死刑囚が獄中で死亡もしていない事件は、名張毒ぶどう酒事件袴田事件だけになっている。

 再審に関しては、刑事訴訟法に再審開始の要件はあるが、審理については規定がない。つまり、弁護側が「新証拠」を提出(「新証拠」がなければ再審は請求できない)した後の手続きが決められていない。「新証拠」(かなりの場合は新しい鑑定)に意味があるかないかは、裁判官が勝手に判断してもよいのである。(通常の刑事裁判なら、検察側の証拠請求、証人尋問等に対し、弁護側の反対尋問等が認められているわけだけど。)だけど、新証拠に意味があると思えば、新鑑定をした鑑定人を呼んで事情を聴くはずである。だから、そうした「事実調べ」をきちんとしたかどうかが再審のカギであって、それがない場合は「棄却」が決定的に予測できる。

 実は3月31日に、「真犯人はそこにいる」という本の書評で紹介した「飯塚事件」の再審請求の判断も出る。かなり厳しい結果の可能性が高い。また昨日付けで、仙台の北陵クリニック事件の再審に「棄却決定」があった。この事件に関しては、まだ捜査段階の報道イメージを持っている人がかなりいると思うけど、「再審・えん罪事件全国連絡会」のホームページに詳しい説明が出ている。

 それに比べれば、審理経過から見て、今回こそは袴田事件の再審が認められるのではないかと期待を持っていたい。細かな争点に関しては、明日以後の報道で触れられると思うので今は書かない。今まで袴田事件に関しても何回か書いている。「『再審』の『最新情報』」(2011.11.17)、「袴田事件、DNA鑑定は『不一致』」(2012.4.17)、「袴田事件と名張事件」(2012.7.7)である。細かいことはそちらに多少書いてある。決定については、明日改めて書きたいと思う。
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映画「パラダイス三部作」

2014年03月25日 23時48分43秒 |  〃  (新作外国映画)
 オーストリアの映画監督ウルリヒ・ザイドルの作った「パラダイス三部作」は、僕には非常に面白かった。娯楽映画じゃないだけでなく、普通のアート映画というより、人間を見つめるドキュメンタリー、あるいは「毒が強い」純文学作品という感じである。それぞれ「パラダイス/愛」「パラダイス/神」「パラダイス/希望」と題されている。それぞれ独立した作品だけど、登場人物に関連性がある。

 第1作の「愛」を見れば判るが、離婚した母と娘の家庭があり、夏休みに母はケニアのリゾートに旅行する。そのため娘は叔母(母の姉)にいったん預けられる。その後、娘(13歳)は肥満児のためのダイエット合宿に参加させられる。ケニアでの母の日々が「愛」で、叔母の信仰生活が「神」娘のダイエット合宿が「希望」ということになる。「愛」は2012年のカンヌ、「神」は2012年のヴェネツィア、「希望」は2013年のベルリンと三大映画祭のコンペに出品されて、「神」は審査員特別賞を受賞した。

 この映画のすごい所は、「人が見たくないもの」を直球勝負でぶつけてくることで、だからいわゆる「娯楽映画的面白さ」はない。でも、一種の「怖いもの見たさ」や「他人の生活を覗き込む隠微な面白さ」があるのは否定できない。「見ちゃいられないもの」を見せつけられた気恥ずかしさが抜けない映画でもある。ああ面白かったとか、いい映画を見たなあとか、そういった安定した心情が残らず、どうにもザラザラした触感が残り続ける。だから多くの人に勧められる映画ではないのだけど、それでもこの三部作が傑作であり、重要な達成であるのは間違いない。

 映画というのは、本来製作に巨額の資金が必要なので、「観客が見たいもの」を撮影することがほとんどである。(その代り、複製芸術なので、成功すれば一挙に製作費を回収できる。)だから、カッコいい主演男優の大アクション映画とか、美男美女が結ばれるまで一波乱も二波乱もある大恋愛映画とかが無数に作られてきた。純文学の映画化なんかもあるけど、それはそれで一定の観客がある。社会派の映画も「見ておくべきテーマ」だと考える客が想定できる。若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」は凄惨なリンチ場面が連続するから、見てる間に出ていく客がとても多かった。でも新左翼運動の暗部を「辛くても直視しなければ」と考える少数の観客に支えられている。

 ヘテロセクシャル(異性愛)のクリスチャンだから、この映画の家族はヨーロッパ社会の多数派に属してはいる。だが、人生では恵まれている方ではない。映画界には美女スターが何人もいるけど、この映画の主人公3人は、要するに「恋愛市場での価値が低い」のである。母親のテレサもその姉のアンナ・マリアも、50代で太っていて美人ではない。その娘も太っていて、夏休みはダイエット合宿なんかに行かないといけない。だから三人とも、恋愛市場で高価値の男性にめぐり合うことはないのだが、それでも人は「パラダイス」(楽園)を人生に求めるのである。
  
 「見たくないもの見せつけ度」で一番ぶっ飛んでいる第一作の「」が僕には一番面白かった。テレサ(自閉症患者のヘルパー)はケニアのビーチリゾートで、若い黒人男とのセックスにのめり込む。最初は自然の豊かさに歓喜していたが、他の中高年女性から「若い黒人と交際してる」と教えられる。これは実態としてあるようで、そういう中高年女性を「シュガーママ」、男を「ビーチボーイ」と呼ぶらしい。ビーチは完全に「リゾート客」と「現地人」が区切られた「植民地」的空間である。警備区域を抜けてビーチに近づくと、お土産を買ってくれと黒人男性が殺到する。そういう男たちを追い払ってくれる男が現われ、心の付き合いをしようとか言われる。最初は躊躇していたテレサも、ついにホテルに行っちゃう。悪いけど見て美しいようなヌードではないが、主演女優はブラジャーを取ったらオッパイが下がるなどと「自虐ネタ」を演じている。「見ちゃいられない」シーン続出。でもだんだん妹(?)の子が病気だとかいろいろとお金をくれないかという話になって行って…。はっきり言って、自国の恋愛市場では価値が低い女性が何で発展途上国では「モテる」のか、判りそうなもんだけど。これが「脂ぎった中年男性が、カネで現地の少女を買う」という話だったら、もっと「安全に怒りを表出できる」。「可愛い少女に同情という名の好奇心」を抱くこともできる。ここまで「居心地の悪い映画」にはならない。この居心地の悪さは半端でない。

 「」では、アンナ・マリア(放射線技師)は夏休みも旅行に行かず、ウィーンの移民地区で信仰を広める活動をしている。聖母像を持って「一緒にマリア様に祈りを捧げましょう」と訪ねて回っている。もちろんほとんどは相手にされず追い払われるけど。家では祈祷会を開いていて、イエス像に毎日信仰を捧げている。それどころか、罪の犠牲のため自らの体を鞭打って(本当に自分で自分の体をムチで打って)、神と共に生きる「パラダイス」を生きる。ところが驚くべきことに、独身かと思ってたら夫がいた。それも「車いすのエジプト人」なのである。事故で負傷していたが、2年ぶりに家に帰ってきて、映画の途中で登場する。移民で来て定住したムスリムという設定である。どういう事情で結婚したのか描かれないが、お互いがお互いを必要とした事情があったんだろう。(あからさまに言えば、夫は定住目的、妻は他には相手がいなかったため。)だから前はそこまで信仰に凝り固まっていなかったはずなのだが…。夫からすれば、帰って見たら妻が変貌してた。一番身近なところに同情を示すべき障害者がいるわけだが、もう妻は夫を相手にしない。壮絶な家庭内バトルになってしまうという、全く救いのない展開で…。この「妻が宗教に行っちゃう」という、これもまた「見ちゃいられない」夫婦の物語。

 最後の「希望」では、13歳の娘メラニーはダイエット合宿所に来ている医師に恋してしまう。いやあ「中年男」と「少女」の「恋愛(みたいなもの)」は、物語的には定番ではあるけれど、もっとカッコいい中年男ともっと魅力的な美少女じゃないと、悪いけど「禁断の恋」にならないでしょう。だってここは夏休みのダイエット合宿ですよ。でもまあ、人はどこでも恋をすると言えばその通り。それにしても、オーストリアにも軍隊的な夏の肥満児向け合宿なんてのがあるんだ。何の説明もないので、その医師に妻子がいるのかどうかは判らないけど、特にカッコいいとも見えないただのオジサンだと思う。メラニーだって「デブの小娘」に違いない。映画はそういう間柄でも「奇跡の愛」が芽生えるという展開ではもちろんなく、ただひたすら(傍から見れば)みっともない姿を描く。夜は仲間同士で酒宴をするし、抜け出して酒場に潜り込んだりする。実際に13歳の時の出演だというけど、日本なら高校生にはなっていそうな感じ。医師の方も満更ではないというか、ロリコン的なところがあるらしいが、もちろん実りなく、限られたケータイ時間に母や父に留守電を入れるしかない…。これもまた「見ちゃいられない」少女の一夏

 監督のウルリヒ・ザイドル(1952~)は長く記録映画を作っていた監督とのことで、山形国際ドキュメンタリー映画祭で「予測された喪失」という映画が優秀賞を得ている。この10年ほどは劇映画を作っているが、やはりある種「記録映画的な作り」になっている。シーンの設定は細かくあるけど、セリフは事前にはないという。アマチュアの役者も起用して、セリフは即興で作って、それをドキュメンタリー的に撮影する。映画は「順撮り」で(シーンの順番に沿って撮影する)、音楽は基本的にない。こうして、劇映画の設定で演じている俳優を記録映画的に撮るという映画が誕生した。そうするとセット撮影やクローズアップ、クレーンによる撮影などもないわけで、映画は静かで内省的なムードが出てくる。また家や家の外を撮るシーンが多いので、「四角」で区切られた世界がくっきりと浮かび上がる構図の美しさが印象的。非常にシンプルな世界なんだけど、忘れがたい。
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「プーチン大帝」の危険な賭け-ウクライナ問題①

2014年03月25日 00時22分51秒 |  〃  (国際問題)
 最近国際問題を書いてないが、とりあえず焦点のウクライナ問題について。現状分析、歴史的理解、今後の展望など考えるべき問題は多い。ウクライナのヤヌコヴィッチ政権の崩壊からクリミア半島(クリミア自治共和国およびセヴァストポリ特別市)のロシア編入まで、あっという間に事態は進行してしまった。おりしもソチ冬季オリンピックおよびパラリンピックが開催中だったこともあり、ここまで露骨に領土編入まで行かないという観測も強かった。つまり、グルジア共和国内のアブハジア自治共和国、南オセチア自治州の「独立宣言」、そしてロシアの承認、といっても事実上のロシア化なわけだが、ロシア以外世界中のどこも承認していない「独立宣言」という形式を取るのではないかと思われていたのである。

 ロシア国内では、ソチ五輪に対するテロの危険性が事前に指摘されていた。しかし、治安面で安全に終了しただけでなく、オリンピックおよびパラリンピックでロシアが圧倒的にメダルを獲得した。続いて今回のクリミア編入が行われ、「愛国的熱情」が沸騰しプーチン大統領の支持率が急上昇している。ソ連崩壊後、初めて領土を拡大したわけで、これはスターリンが「大祖国戦争(第二次世界大戦)」後に西部国境を拡大し、日本から千島列島を獲得して以来のことである。様々な意味で辛い時期が続いてきたロシアで、プーチンはまさに「中興の祖」とでも言うべき「功績」で、ピョートル1世やエカチェリーナ2世などと並ぶ「大帝」とでもいうべき権威を獲得したのではないか。

 しかし、それは「危険な賭け」というべきものだろう。「ロシアは支配圏確保に関しては譲らないだろう」「プーチンは権威主義的、国家主義的な政治家だ」というのは、まあ今までも判っていることだ。でもあまりにも公然と国際法違反が行われると、それはアメリカだって、西欧各国だって、ダブル・スタンダード(二重基準)はいっぱいあるわけだが、「公にはあまり大声では言わない」問題が公然化してしまう。それはロシア自身にもはねかえってくるはずである。例えば、クリミアの住民投票を編入の根拠とするんだったら、ロシア連邦からの独立運動があったチェチェン共和国だって住民投票を拒むことはできないはずである。あるいは一時独立運動があったタタールスタン共和国なども同様。

 それはEUにも言えることで、「軍事力を背景にした領土の変更は認めない」というなら、コソボ戦争に際してNATOが空爆までして、そのもとでセルビアから独立したコソボ共和国は、どうして独立が認められるのか。日本政府はよく「我が国の固有の領土」という世界的に意味不明の主張をするが、ある意味でコソボは「セルビアの固有な領土」だったとも言えるのだ。しかし、日米はじめ世界の主要国が承認したコソボを、ロシアは国家承認していないわけだから、この例を世界に主張することはできない。中国も承認していないし、EU内でも独立運動を抱えるスペインは承認していないという話である。もちろんセルビアも承認していない。

 もともとの本国が承認していない領土分離が認められるのか。コソボとクリミアを見れば、ロシア側も欧米側もダブル・スタンダードであるのは明白だろう。最近の「分離独立」と言えば、スーダンから独立した南スーダンの例があるが、このように当事者間が了解していることが本来は必要条件というべきだ。もっともバスクやカタルーニャの独立運動を抱えて、国家統一を最優先するスペインの対応が望ましいのかと言えば、それも違うだろう。それはウィグルやチベットの問題を抱えるため、表立ってロシアを批判も称賛もできない中国の方がもっと深刻だろう。なにより「内政不干渉」を優先する中国としては、ロシアがウクライナに干渉するのは認められないはずだ。しかし、国民の抗議運動で政権が倒れたウクライナ新政権も認めがたい。ロシアが住民投票の結果を理由にするのも認めがたい。中国こそ「ダブル・スタンダードの罠」に陥り、はっきりしたことが言えない状態である。

 そもそもウクライナの政情はずっと揺れ続けてきた。1991年末にウクライナがソ連脱退を決め、ソ連が崩壊した。以後、選挙による政権交代は行われているものの、当選した政権が安定して政権を運営することができない。ソ連から独立後の各国を見れば、もっととんでもない長期独裁や権威主義体制になってしまった国が多い。北にあるベラルーシも、同じスラヴ人国家であるもののルカシェンコ大統領の独裁が続き、「ヨーロッパの北朝鮮」などと呼ばれたりする状態である。それに比べれば、まだしもウクライナは市民社会が成熟している感じで、昨年(2013年)にはポーランドと共催でサッカーのヨーロッパ選手権が開催された。しかし、「ロシアか西欧か」という「地政学的危機」が国家統一を妨げていて、何度選挙をやっても国内に安定的政権ができない。

 2010年の大統領選挙でヤヌコヴィッチがティモシェンコを破り、久しぶりに親露派政権が成立した。今詳しく書かないが、2004年のオレンジ革命はユーシェンコがヤヌコヴィッチと争った大統領選がきっかけだった。その後複雑な政争が続き、ヤヌコヴィッチが今度は当選したわけである。しかし、EUとの政治、貿易協定を見送ったことから反ヤヌコヴィッチ運動が盛り上がり、政権側が治安部隊を動員し死傷者が出る事態となった。それを受けて最高議会が大統領解任を決めたわけだが、ヤヌコヴィッチはそれを承認せずロシアに逃亡し、今も「正当な大統領」を称している。そもそもこの事態をどう考えるか。

 ウクライナには独ソ戦(第二次世界大戦)当時に、ナチス・ドイツと協力して反ソ反共の独立を掲げる勢力が存在した。(実は複雑な民族紛争が存在した東ヨーロッパでは、親ナチ組織がかなり存在していた。)その流れをくむ極右民族主義政党(時にはネオナチと評されるが、実態はよく判らない)である「自由」が一定の支持を集めていてる。(450議席中37議席。)主要政党はヤヌコヴィッチの母体の地域党、ウクライナ共産党の2党がヤヌコヴィッチ与党、一方ティモシェンコが率いる「祖国」と親西欧派のウダール(改革をめざすウクライナ民主連合、有名プロボクサーが党首だという)、そして極右の「自由」(スヴォボダ)の3つがヤヌコヴィッチ野党だった。現在の暫定政権には、この極右政党も参加していて、これはEU内の国なら許容されないと考えられる。それも二重基準の一例である。

 こうした経緯からロシアは、ウクライナの政変をそれ自体認めていないのではないかと思う。親EU勢力による非合法の政権奪取と認定しているのだろう。プーチンは極右勢力からロシア系住民を守る義務があると称して、それをロシア軍派遣の理由としている。それも一理はあるのである。しかし、欧米側はかつての「東欧革命」や数年前の「アラブの春」のように、民衆の平和的反政府運動により政権が自壊したと解釈している。もう20年も前になるが、1991年にハイチで選挙で当選した左派のアリスティド大統領が軍事クーデタで打倒された時、アメリカ政府は軍事政権を認めず結局94年になってアリスティドが政権に復帰した。一方、エジプトで昨年、選挙で選ばれたムルシ大統領が軍事クーデタにより打倒されたわけだが、アメリカは事実上黙認状態にある。こうして見ると、「世界はダブル・スタンダードに満ちている」わけである。それはまあ「実は誰でも知っている」ことであるが、でもプーチンみたいに「今さらウブなこと言うなよ」みたいな態度で開き直るのは、やがて「ブーメランが自分のところに戻ってくる」んじゃないかと思う。
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「切手には消費税がかからない」という話

2014年03月22日 23時32分00秒 | 社会(世の中の出来事)
 消費税アップが近づいてきて、「買いだめ」も盛んになってきているようだ。マスコミでもいろいろな報道があるが、東京新聞(3月16日)が「消費税 対象外をチェック」と一面トップで報じた。そこに「郵便切手」が「対象外」と出ていたことから、「ハガキは52円になるのでは」「52円切手が新発売されたじゃないか」と質問が殺到したらしく、後日新たに解説記事が掲載された。消費税そのものの話ではなく、そういう問題にしぼって簡単に。

 さて、自分でもあまり意識していなかったけれど、「消費税」という以上「消費ではないもの」には税がかからない。「消費ではないもの」というのは、つまり「消費することにより価値が消失、減失してしまうことがないもの」ということで、例えば「土地」である。でも土地の上には家が建っていて、家は古びていくから消費税がかかる。土地と家はまとめて買うことが多いし、「不動産売買サービス」という「サービス」も消費するので、結局かなりの税がかかるから意識しにくい。

 僕らは普段「モノ」を買っているから、食べたり使ったりしているうちに「商品の価値がなくなる」ことが「消費」だと思いやすい。今「買いだめ」しているというのも、缶詰やトイレットペーパーはいずれは使うから、「当面は消費しないけど、将来消費する」という意識で行っているわけである。でも、その将来本当に「消費」する時ではなく、店から買った時に「消費税」はかかるのである。だから、この税は本当は「売上税」というべきものなんだけど、1987年に中曽根内閣時に「売上税導入」を目指して大反対にあってとん挫した経験があったから、竹下内閣で大型間接税を導入した時に「消費税」と名前を変えたということなんだろう。

 税がかからないものの典型が「金券」である。これは「図書カード」などをもとに考えてみるとすぐ判る。「1000円の図書カードを購入する」として、これに消費税がかかると購入者が「1080円」払うことになる。(4月以後の話だけど。)一方、その図書カードで本を買おうと思うと、例えば本体価格1000円の本を買う時に、図書カードは本体分にしか充当できないから、別途80円の消費税分を負担しないといけない。そうなると、「1000円の本を買う時に、消費税が160円かかる」ということになってしまう。図書カードなどの金券類はプレゼントなどに使う時が多いから、うっかり気づかないかもしれないが、別に自分で使ってもいいわけで、図書カード購入に消費税を掛けると明らかに不当な事態が起こってしまう

 つまり、図書カードというものは、本来それそのものを消費するために存在するのではなく、「本や雑誌などとの交換サービス用の私設の交換券」であって、「交換価値」しかない。だから「消費の対象」ではない。という理由で「金券には消費税がかからない」わけである。種々のギフト券、プリペイドカード、電子マネー、収入印紙なども全部同じ理由で消費税がかからない。

 こう考えていくと「切手には消費税がかからない」ということも納得できてくるのではないか。結論から書いてしまうと、「切手は郵便サービスとの交換のための金券」だから「切手は消費税がかからない」けど、「郵便サービスは消費だから消費税がかかる」わけである。僕らは「切手を買うこと」そのもので、なんだかモノを消費した気分になってしまうが、(というか切手を収集していて、使うためではなく集めるために買う人も多いわけだけど)、実際は切手は「貼ってポストに出す」ために存在する。宅配便を頼んだり、最近は「メール便」というものも出来てきたので、「相手にモノを届けるサービスを買う時は、カウンターでお金を払って手続きをする」というイメージがある。でも、はがきや手紙を届けてもらう時は、切手を貼ってポストに入れるだけでいい。手続きというか契約というか、そういう面倒なことがないので、うっかり郵便サービスを消費するという意識がないかもしれない。でも、ポストに入れた時点で、郵便サービスを依頼するという経済行為を行っているわけである。

 だから、「切手に消費税がかからない」というのは、「52円切手を10枚買う時に、561円になったりはしない」ということである。このように消費税がかからないものは、金券や土地以外にもあって、学校の授業料や入学金、義務教育の教科書、健康保険による医療、介護保険によるサービス、住民票などの公文書発行手数料などもそうだとある。一方、消費ではあるものの、政策的に税を免除しているのが、居住用家賃、身体障害者のための車いすや義肢、盲人用安全つえなどだという。また海外から本や音楽を配信するときも消費税がかからないのは、まあ知ってる人が多いだろう。なかなか面倒だけど、そういう風に制度はできてるわけである。

 一方、3月20付け東京新聞には、まとめ買いするべきかどうかのリストが載ってて、一応紹介しておく。例えば、調味料や食用油などはそんなにどんどん消費するものでもないので、買いだめし過ぎると消費期限が来てしまうかもしれない。特売や値下げは4月以降もありうるので、近々無くなりそうな分だけで良いのではという。酒やたばこなんかも、買いすぎると飲み過ぎ、吸い過ぎになりやすいから常識的な範囲がいいのではという。パソコン、テレビなども値下がりしやすいので、緊急でなければ慌てなくていいのでは。

 一方、値下がりしにくいのは、市販の胃腸薬やかぜ薬、LED電球、羽毛布団があがっている。冬が終わるというのに羽毛布団を新規に買う人がいるかどうかは別にして、一応参考までに。
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脱原発の途上で-震災3年目③

2014年03月21日 23時48分01秒 |  〃 (原発)
 東京電力の福島第一原発の事故に関しては、最近も汚染水を処理する多核種除去設備ALPS(アルプス)が故障して停止したと伝えられるなど、「汚染水処理」をめぐって厳しい状況が続いている。また、福島県議会議長は、原発立地地14道県の道県議会議長でつくる「原子力発電関係道県議会議長協議会」から3月末で脱退するという話である。福島は自民党を含めて、既存原発の廃炉を求めているのに対し、他県の議長らは原発再稼働を前提にしているからである。

 こうした状況は小さな記事だが、一応伝えられている。しかし、政府の中枢のある東京と福島現地では、だんだん状況の違いが大きくなってきた感じがある。しかし、今もなお、突然住宅を追われたまま帰れなくなっている人々が何万人もいる。福島第一原発にほど近い町村は、人が住めない状態となって3年になった。自然災害では伊豆諸島の三宅島で、2000年に噴火にともなって全島避難した例が記憶に新しい。この時は2005年に避難命令が解除されたが、3800名ほどいた住民は現在2700人ほどで、7割ほどになっている。一方、人間の行いにより自治機能のある地帯がなくなった例としては、足尾鉱毒事件の遊水地をつくるため強制的に廃村とされた栃木県谷中村のことを思い出さないわけには行かない。それにしても、これほど広い場所が人が住めないまま数年も経ってしまうということの「精神的な空虚感」は非常に大きなものがある。

 さて、原発問題には様々な視点がありうる。事故の状況もまだまだはっきりとされていない点があるようだが、現地は普通の人は行けないから、現場の状況は語れない。放射線被曝の影響、福島県民健康調査の問題、「風評被害」に関することなど考えるべき問題は多いが、自分にはっきり語れないテーマが多い。論点が細かくなるにつれて、専門的な知識がないと書けないような感じになった。人には関心領域やフィールドの違いがあるから、僕には「日本のハンセン病の歴史」とか「袴田事件の冤罪性」など、ある程度は細かく書けるテーマもあるけど、原子力問題はお門違いなのである。だから、原発事故直後はかなり書いていたが(そのことは過去の記事をさかのぼって行けば判る)、最近は書いてこなかった。

 一方、この間の脱原発運動に関しても、「多分そうなるだろうなあ」という道をたどっているように思う。今回はそれまであまり社会運動に関係してこなかった層が、インターネットやケータイ(スマホ)を通して新しい運動を作り出していくと「期待」していた人も多かったようだけど、自分の時間を費やして行う社会運動である以上、僕はそう楽観的になれなかった。今回はチェルノブイリ事故後以上に粘り強く継続されていくと思うし、そうでなければならないが、どうしても「日本の社会運動の弱点」を完全に免れることもできない。(その「弱点」って何だと問われるだろうけど、今書く気はしないので、勝手に想像してくれて構わない。)今回は、「脱原発とは何か」を中心に、今後の脱原発への道のりを考えることを中心に書く。

 原子力発電所というものは、(改めて書くまでもないが)電気ネネルギーを発生させるタービンを回す動力に、核分裂反応で生じる大量の熱(で水を沸騰させた蒸気エネルギー)を利用するという仕組みである。だから、基本的に「脱原発」というとき、「では電気は何でつくればいいのか」という発想がなされてきた。そこで「再生可能エネルギー」を発展させるべきだ、いや、それは無理だろうなどという議論になる。現時点で日本の原発はすべて点検期間に入っていて一基も稼働していないわけだが、では日本は何で電気を作っているのかを確認しておこう。2012年度のデータになるが、電気事業連合会による2013年5月の資料によれば、火力発電合計で88.3%、内訳を見れば、LNG(液化天然ガス)が42.5%で一番多い。続いて、石炭が27.6%、石油等が18.3%である。他では、水力発電が8.4%、原子力が1.7%(当時唯一稼働していた大飯原発のもの)、地熱及び新エネルギーが1.8%となっている。(なお、天然ガスの輸入元は、オーストラリア、カタール、マレーシアについでロシアが4位となっている。このため、ウクライナ情勢は日本にとっても非常に頭の痛い問題である。)

 このように事実上火力発電、それも天然ガスが発電の半分近くを占めている。これは地球温暖化をもたらすとか、アベノミクスによる円安で巨大な財政赤字が生じているなどの問題があるのは事実。(短期的には、いくつかの原発を稼働させれば、電力会社の財務状況を相当に改善させるのは間違いない。)でも、放射性廃棄物の処理も決まってない以上、どこかで「脱原発」に向かっていく必要がある。現在は原発が稼働していないため、「この状態を続けて行けば脱原発」になるという主張も強い。昨年からは小泉元首相が「首相が決断すれば、脱原発できる」と盛んに発言するようになった。でも、本当にそうなんだろうか。それはもちろん大事なことだが、「政府のエネルギー政策」という話である。原発と、そこに蓄えられている使用済み核燃料はそのままではないか

 福島第一原発事故の経緯を思い出せば、運転中だった1~3号機は、地震により緊急停止したものの、津波による電源喪失(地震による震動で損傷した可能性も残されているが)により冷却が不可能になって、炉心溶融(メルトダウン)に至った。しかし、定期点検中だった4号機でも「核燃料プール」の冷却が不可能となり、水素爆発が起こるなど非常に危険な状況が続いた。(場所が離れていて、やはり点検期間中だった5・6号機は、一時機能が喪失したものの電源が回復し冷却が続いていて無事だった。なお、4号機の核燃料は今年中に取り出される予定となっている。)そうすると、やはり原子炉に燃料があるかどうかは、非常に重大な違いではあるが、「定期点検中でもけっして安心できず、冷却が不可能になれば大事故が起こる場合もありうる」ということである。

 巨大地震の震動、巨大津波ばかりではなく、巨大噴火、大規模な土砂災害、テロや戦争などの不慮の事態が万が一起きた場合、運転が停止中だったというだけでは安心はできず、完全に廃炉の工程が終了し、使用済み核燃料が取り出されて適切に処理されていないと、十分には安心できないのである。そこまで行って「完全な脱原発」と考えると、今直ちに全原発の廃炉を決定したとしても、人員的、資金的に2050年になっても終わってはいないだろう。というか、核廃棄物の処理方法が決まってない以上、何年というメドを立てることさえ全く不可能な状態にある。そこまでの時間で考えてみると、どうも予想される東南海地震や首都圏直下型地震の方が先に来てしまいそうである。

 さて、原発を今後新設することは可能だろうか。いくら何でも、それはできないのではないか。山口県の上関原発(工事中断中)は1980年代から建設計画があったが、強固な反対運動があり今もなお建設できていない。群馬県の八ッ場ダム、沖縄県の辺野古への米軍基地移設などを考えても、新たに原子力発電所を作ろうなどという試みが実るとは思えない。原子力規制委員会だって、今ある原発の審査で精一杯で、新設を申請してもいつ認可されるか判らないし、土地買収、漁業権放棄、環境調査などが順調に進むわけがない。福島第一原発はもともと7号機、8号機まで建設する予定だった。このように今ある原発の施設内に新設できる場所がないとは言えないかもしれないが、それでも相当な時間がかかるのは間違いない。

 原子力規制委員会の規制方針によれば、「原発は基本的に40年で運転終了」だということである。ということは、今ある原発のすべては、2050年頃にはもう終わっているのである。今後も日本の発電で原子力を維持し続けようと思うなら、新設するには強い反対運動を考えれば、30年、40年はかかってしまうと予想できるから、今直ちに原発新設に動き出さなければ、21世紀半ばにはどうしたって原発は終わってしまうのである。

 日本で現在「生きている」原発(原子力規制委員会が認めれば運転できる可能性がある原発、正式に廃炉となっていない原発)を調べると、16原発、全48基になる。(正式に廃炉が決定しているのは、東海原発と福井県にある「ふげん」、浜岡原発の1・2号機と福島第一原発の全6基の、計10基となる。)その運転開始の時期を調べてみれば、70年代前期(つまり、すでに期限の40年が来ているもの)が6基もある。今後10年内に運転開始40年を迎える、70年代後期が6基80年代前期が6基となる。以下、80年代後期が10基、90年代前期が11基となり、90年代後期が4基、21世紀に運転開始となったものはたった5基である。こうして見ると、日本の原発はもともと70年代から80年代頃の技術だったのである。今後どんどん廃炉の過程に(政権の方針に関わらず)入って行って、「40年ルール」を変えない限り、2030年代半ばには10基程度しか残らない

 その時点で、日本の人口は9000万人程度に減少しているはずで、新たに原発を新設する必要などどこにもないだろう。そうなったら、残った原発(2030年代まで原発が生き残ったとして)を維持する必要も経済的には少ない。前倒しして原発を卒業するという方が、賢いシナリオになってくるはずである。このように見て来れば、早いうちに原発を卒業し、廃炉作業を進めていく方が「正しい方向性」だというのは、常識で考えれば揺るがないと思う。

 ただ、もちろんエネルギー問題や経済合理性などとは違った観点から考えれば、また結論は別となる。日本はアメリカ、ロシア、中国と三大核兵器保有国に囲まれている。「東アジアの安全保障状況は大きく変わった」と安倍政権などはいつも言うけど、かつて野党時代の石破茂自民党政調会長(当時)が2011年夏頃に主張していたように(僕もこのブログで当時書いたけれど)、「日本がプルトニウムを保持しているということを示すのが重要」だという考えである。原発を運転すれば、プルトニウム型原爆の材料となるプルトニウムが得られる。もちろん日本は核不拡散条約に加盟し、プルトニウムは国際原子力機関の査察を受けている。しかし、それでも「プルトニウムが国内に大量にある」、そして「原爆製造の技術的、経済的可能性はありうる」と世界的に考えられている。この状況の方が望ましいというのが、恐らく「原発を保持していく」という安倍政権の真意だろうと思う。結局、現政権にとって、「安保が優先」なのだと判断している。(ちょっと書きそびれた問題があるので、それは明日以後に。)
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映画「ネブラスカ」

2014年03月19日 22時55分14秒 |  〃  (新作外国映画)
 本当は震災3年で原発問題を書くつもりが風邪を引いてしばらくお休みしてしまった。疲れてるだけだと思って、土曜夜にチケットを買ってた落語会「三遊ゆきどけの会」(国立演芸場)に頑張って行った。日曜は新文芸坐で有馬稲子トークショーに行くつもりが、もう無理だなと思い休んでたけど、一日休んだから大丈夫とブログも書いた。でもその後月火と休んでしまったわけ。で、今日は外出してきて、見た映画「ネブラスカ」を先に紹介しておきたい。

 新宿武蔵野館で見たのだが、先に「早熟のアイオワ」という映画を見た。これはジェニファー・ローレンスの初主演映画で、困難な環境で生きる少女たちを描く作品。「キック・アス」シリーズで有名になったクロエ・グレース・モレッツも出ていて、2008年の作品が今公開されたわけである。それはともかく、題名にあるアイオワとかネブラスカ、アメリカの州名だということは大体知ってるのではないかと思うが、では、どこだと言われたら首をかしげる人がほとんどだろう。どちらもアメリカ本土の中西部と言われる地方だが、ちょうどアメリカの中心部と言えるあたりである。五大湖の南、大都市シカゴがあるのがイリノイ州、その西がアイオワ州で、さらに西がネブラスカ州である。そのネブラスカの州都がリンカーンで、そこが映画「ネブラスカ」で主人公が目指す町となっている。

 最近、どちらもアカデミー作品賞ノミネートの「アメリカン・ハッスル」「ダラス・バイヤーズクラブ」を紹介したが、この「ネブラスカ」もアカデミー賞ノミネート作品。僕はこの映画が一番好きだし、傑作だと思う。ロード・ムービーで、旅をしながら父と息子、さらに母や兄、親せきとの関係があぶりだされていき、アメリカの地方の状況も描かれていく。アメリカの風景を描く撮影も素晴らしく、見ていて心に沁みる。ただし、設定自体はかなり苦い。冒頭、老人が高速道路を歩いていて、パトカーに止められる。こういうことはアメリカでもあるんだ。その老人ウディはモンタナ州(カナダと接する州)に住んでいて、なんかの懸賞で100万ドルに当選したという郵便をもらって、賞金を取りにネブラスカまで歩いて行こうとしているのである。息子で電気店を経営しているデイビッドが呼ばれて引き取るが、最近は毎日こうして出ているらしい。その当選クジはどう見てもインチキで、周りはみな止めてるのだが、本人は当たってると信じ込んでる。ほとんどボケかかってるのではないか。

 という冒頭部分が、まず白黒で示される。えっ、モノクロ映画だったのかという感じだが、アメリカの自然を映し出すカメラが美しく、白黒映画を今作るのもいいものだと思う。結局、本人が思い込んでるので仕方ないし、たまに親子で一緒に出掛けるのもいいかという感じで、デイビッドなら仕事を休もうと思えば休めないことはないので、車で連れて行くことになる。でも父は昔から飲酒癖があり、(運転免許も取り上げられている)、旅のあちこちで飲み明かすことになる。「父さん、酒を飲んでるのか?」「ビールは酒ではない」ってな感じである。だんだん息子の方も、たまには親子で飲もうかという感じになる。そして、昔住んでいたホーソーンという町に着く。これは架空の町ということだが、ここに親せきが住んでいて、昔はウディも住んでいた。母と知り合ったのもこの町。自動車工場を経営していたという。例によって飲みに出かけ、昔の知人にも会う。息子は賞金の話はするなと釘を刺しておいたのだが、酔っぱらうとやはりしゃべってしまい、大金持ちになって帰ってきたとあっという間に広まってしまう。そこに母と兄もやってきて、家族と親せきの様々な姿が見えてくる…。さて、この賞金話の真相は…というところは映画で確認を。

 この父と母のイザコザとダメ具合が実に身に沁みる。父ももうボケかかっているとしか思えないが、それでも賞金をもらいたい心情には「思い」があるのである。父も昔から酒で失敗してきたらしいが、母もいつも一言多くけっこうウットウシイ。そういう実によく判る夫婦の関係がリアリティを持って描かれている。この老父と演じているのが、ブルース・ダーンという役者で、西部劇を始め様々な娯楽映画で脇役を演じてきたが、初めてのアカデミー賞主演男優賞ノミネート。その前に昨年のカンヌ映画祭男優賞。この老人役が素晴らしい。前にデビッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」という芝刈り機を運転して兄に会いに行く老人の映画があったが、これは歩いてモンタナからネブラスカに行こうというんだから、無茶振りはさらに増している。

 監督はアレクサンダー・ペインで、「アバウト・シュミット」「サイドウェイ」「ファミリー・ツリー」を監督した人である。このうち、「サイドウェイ」「ファミリー・ツリー」ではアカデミー賞脚色賞を受賞している。今回はオリジナル脚本をボブ・ネルソンという人が書いてアカデミー賞にノミネート、他に母親役のジューン・スキップの助演女優賞、監督賞、撮影賞と6部門でノミネートされたが、結局受賞はしなかった。でもアカデミー賞を取れなかったのが、むしろこの映画の勲章で、地方の生活と人生をしみじみ見つめた地味系の白黒映画だから、映画祭向けの作品だろう。ペイン監督の作品は上記3本とも見ているが、好きなタイプの映画が多い。特にカリフォルニアのワイナリーを独身最後の日々にめぐり歩こうという「サイドウェイ」が面白かった。ロード・ムービーが多い。この映画も滋味あふれる映画で、是非おススメ。こういう個人情報集め目当てと思う「私設宝くじ」みたいなのはアメリカにも多いのだろう。老親の問題も身につまされる。
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「盗まれた」復興と安倍政権-震災3年目②

2014年03月16日 21時36分06秒 |  〃 (震災)
 自民党の2013年参議院選挙公約を見てみる。(以前は自民党のホームページを開くと、すぐに選挙公約のバナーがあったが、今は「転嫁拒否は違法です!」と大きく出る。過去の公約は「政策」の中の「選挙関連」にある。) さて、公約はいくつかのパートに分かれているが、以下のような構成になっている。(数字の順番は付いてないので、出てくる順に付けた。)
①「まず、復興を加速します。
②「さあ、経済を取り戻そう。
③「さあ、地域の活力を取り戻そう。」
④「さあ、農山漁村の底力を取り戻そう。」
⑤「さあ、外交・防衛を取り戻そう。」
⑥「さあ、安心を取り戻そう。」
⑦「さあ、教育を取り戻そう。」
⑧「さあ、国民のための政治・行政改革を。」
⑨「さあ、時代が求める憲法を。」

 この「まず、復興」、2番目に「経済」というのは、2012年衆議院選挙でも同様だった。参議院選挙に勝利し、「ねじれ」が解消された。公約に書いてあるんだから、「外交・防衛」「教育」「憲法(解釈の変更)」に取り組んでいるのだと言われれば、その通りかもしれない。しかし、あくまでも「まず、復興」だったはずである。どうして国民を二分する行動を安倍政権は取り続けるのか。「靖国参拝」などはその典型で、賛否は否の方が若干多い調査が多いが、大筋において「国論は二分」されている。どういう意見を支持するかという問題と別に、「国論が二分されると判っている」「経済に悪影響を与えかねない」と事前に判断できる行動を何故するのだろうかと問う必要がある

 大震災3年目を迎えて、確かに時間も経ち、「震災の風化」とでも言うべきムードが東京にはあると思う。しかし、そのようなムードをもたらしているのは、単に「時間の経過」ではないと思う。一方においては「2020年東京五輪」があり、自民党の政権復帰をきっかけにして「国土強靭化」の名のもとに、すっかり「公共事業推進」が戻ってきた。地方の保守勢力にとっては、待ち望んだ政権交代だっただろう。経済期待の保守支持層の岩盤が固いので、安倍政権の支持率が長期に安定している。「特定秘密保護法」をきっかけに、一時は確かに下落傾向があったが、年明けとともに元に戻ってきた。調査により多少の差はあるが、5割程度は維持し続けている。

 もう一方、安倍政権を支持しない層の「反対度」はどんどん上がっている。もはや「ガマンが出来ない」というレベルに上がっているのではないか。僕にとっても震災が少し遠くなってきた気がするのだが、その直接のきっかけは安倍政権の打ち出す様々な「悪法」に対応するのに精一杯だということにある。これだけ外交、教育でどんどん「戦後レジームからの脱却」政策が進行していくと、僕が専門的に勉強してきたわけではない「原発問題」や「これからの水産業のあり方」などへの対応は不可能に近い。

 僕の気持からすれば、あからさまに書くなら「「復興」は安倍政権によって盗まれた」という気分である。「民主党の対応が遅いから復興が進まない」などと言っておいて、政権に復帰すれば復興、経済より、防衛・安保などをやりたいのである。政権復帰一期目は、復興と経済再生に専念し、諸外国と摩擦を起こしたり、国論を分裂させるような政策は抑制して欲しかった。僕はそう考えるけれど、まあ、言っても仕方ないのだろう。それでも僕の予想を超えたスピードでものごとは進行している。

 その安倍政権の支持率が下がらない。安倍政権への反発は、もともと安倍政権を支持しない層から大きく広がって行かない。それは国民の中に「とにかくまだアベノミクスに期待するしかない」という気分が強いからではないかと思う。個々の政策課題で調査をすれば、安倍政権のすすめる防衛、外交、教育政策が大きな支持を受けているとは言えないのだが、政権全体の支持率に大きな影響を与えないのである。これをどう考えるべきかは、僕にはまだ判断ができない。そもそも「政権2年目を迎えて、支持率が5割程度を維持している」というのは、「政権が2年続く」のが前提だから、前の第一次安倍内閣を含めて、比較対象がここしばらくない。数年以上続いた長期政権は小泉、中曽根しかないので、今後の予想は立てにくい。

 ただ、今までの保守政権を思い出すと、人事でつまづいたのがきっかけで支持率が落ちることが多かった、小泉政権では、田中真紀子外相の更迭が一つの引き金になった。安倍政権でも、NHK経営委員とか法制局長官など、相当強引な人事を行い、ほころびを見せてしまった。ただ、閣僚の失言が少ない。(麻生副首相の「ナチスの手法」発言などひどい例もあったけれど。)閣僚の中にはウルトラタカ派はかなりいるのに、外交問題化するような発言をしないでいる、下野した3年間がよほどきつかったのだろう。しかし、参院選から1年経ち、内閣改造も行われるとなると、少しづつ「失言」が出てくるかもしれない。「敵失」しかないのでは困るのだが、衆参両院を押さえ、選挙も当分ないとあっては、ますます「復興」は盗まれていくんだろうか。
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復興「まだら模様」の時代-震災3年目①

2014年03月14日 23時46分09秒 |  〃 (震災)
 3月11日に、政府主催の「東日本大震災三周年追悼式」が国立劇場で開かれた。式典における天皇の言葉には「永きにわたって国民皆が心をひとつにして寄り添っていくことが大切と思います」という一節がある。さて、安倍首相は午後2時13分に国立劇場に到着、式典に参列し、式辞を述べ献花した。「首相動静」を見ると、3時38分に官邸に戻って、その後4時41分から国家安全保障会議が開催された。そこで「武器輸出三原則」に代わる新原則の素案が報告された。つまり、もはや安倍内閣において、東日本大震災追悼式は日常業務の一つに過ぎず、直後に「国民が心をひとつに」できない政策を推進するスケジュールがあらかじめ組まれていたわけである。

 僕は震災直後にボランティアとして被災地に行って、1年目、2年目の「3・11」にはブログに記事を書いている。しかし、今年はあえて当日には書かなかった。(前日にレイトショーで見た「東京難民」の終映が近いから先に書いたという事情もあったけど。)震災当日に書くと、その日のマスコミ報道に影響されてしまうのを避けられないと自分でも思う。「復興に向け出来ることを協力して行きたい」とか「原発問題を忘れてはならないと改めて痛感する」とか、別に自分でウソを書くわけではないし、実際そう思っているけれども、まあそういう(はっきり言ってしまえば)「タテマエ」だけ書いて終わってしまいそうである。今年あたりからは、「3・11に思うこと」だけではなく、「3・11当日がどう迎えられたか」も考える材料になっていくんだろうと思う。だから、あえて当日をはずし、追悼式典の「日常化」の話から書き始めたのである。

 確かに3年がたって、少し変わってきたかなと思う。自分の気持ちもそうだし、世の中のムードもそうだろう。東京の話で言えば、めっきり「余震が減った」と思う。余震と思われる福島や茨城の沖合を震源とする地震は、去年あたりまで結構あった。地震が多いと、やはり原発事故や津波を思い出し、ちょっと恐怖感が甦るのである。では忘れたかと言えば、別に忘れたわけではない。東京では関東大震災や東京大空襲があったわけだが、それは日常的にはほとんど思い出さない。地下鉄の霞ヶ関駅はよく通るけれど、もう地下鉄サリン事件をいちいち思い出すことはない。それに比べれば、東日本大震災はまだずっと生々しい記憶である。

 だけど、ある程度時間がたったという事実も否定できない。3年間というのは、震災当時小学6年生だった子どもが中学を卒業してしまうという時間である。時間がたてば、当時は生々しかった記憶も何だか遠くなる。その間も日々、時間は進行していたのだから当然だろう。実際、東日本大震災の直前に起こったニュージーランド南島地震のことは、もうほとんど振り返られない。多くの日本人がクライストチャーチの語学学校に研修に行っていて犠牲となったのだが。(調べてみると、日本人28人を含む185人の死者、行方不明が出た。)

 この「忘れる」ということは、我々が日常生活を送って行ける基礎的条件なんだから、あまり倫理的な批判をしてはいけないと思う。(そうでなかったらすべての人が失敗体験が一度でもあれば人生が終わってしまう。)でも、現に原発事故で家を突然追われたまま帰還できない人が何万人もいる。だから「原発事故を風化させてはいけない」というのも判る。実際に大きな被害を受けた当事者は、もちろん軽々に忘れられるわけがない。家族を失い、家を失ったら、「その日から時間は止まっている」というのが実際のところだろう。だから、ここ数年間が一番、「直接大きな被害を受けた人々」と「それほど被害を受けなかった人々」との様々な差が大きくなるときだろう。だからどうすればいいと簡単には言えないけれど、「そういう段階に入ってきた」と認識していることは大切だと思う。

 大津波の被害は青森から千葉に至る地域に及んだ。原発事故の放射能拡散は、ほとんど東日本一帯に及んだ。(静岡県のお茶が出荷停止になったりしたはずだ。)これほど大規模な災害は日本史上でも珍しい。とにかく戦災以来であることは間違いない。だから1年や2年で「復興」するはずがない。それは判っているので、一年目や二年目の段階では、「復興が遅れている」という批判もあったけれども、なかなか難しいというのも皆が承知していたと思う。でもこの一年の間に、気仙沼市で津波で乗り上げてしまった共徳丸の解体工事など、「震災遺構」の風景もかなり変わって行った。そこで見えてくるものは何だろうか。

 僕はこれから「復興のまだら模様」などと呼ばれる段階が始まると予想している。もともと東北の太平洋側一帯は県庁所在地からも遠く、過疎化が進行していた。震災が起きなかったら、仙台などの一部例外は別にして、大体の地域はゆっくりと過疎が進行し続けただろう。震災が起き、「復興」が叫ばれ、地盤沈下した土地のかさ上げ、高台への移住、防潮堤の再建などがスケジュール化された。どの町はもう放っておくとは言えないから、一応全部元に戻せるようなことを政府は言う。原発からの避難地区も、除染を進めながら少しづつでも帰還を進めるという話になっていた。今の段階ではっきり書いてしまえば、そういう「復興幻想」はもう崩れつつあるのではないかということである。

 もちろん一部の都市地区では、それなりに「復興」が進んで行くんだろう。でも思った以上に人口流出が激しく、なかなか元に戻れないという地区も出てくる。「復興は不可能」とは言えないので、マスコミなどでは「一部は復興しつつあるものの、厳しい地区もあり、復興はまだら模様の様相」などと表現するのではないかと思う。その直接の原因は(まだ東京五輪の直接影響は少ないと思うから)、「国土強靭化」とか「アベノミクス」などで、建設事業がスケジュール通り進行できないことだと思う。土木工事の人員や原料などが不足しているうえ、予算が思った以上に高騰していくのではないか。待っていられない人はどんどん都市に流出していく。子どもが町に住んでる人は一杯いるはずだから。だから住宅再建をしない人も多くなる。実際震災以後2割以上人口が減少している町も出てきているということである。だから、かつてオイルショックの後で開発がとん挫して荒れ野と化した苫東やむつ小川原などのミニ版が広がるのではないか。

 もっと深刻なのは原発避難地域で、家はあっても帰還できない生活が3年も続けば、もはや帰って農業や漁業に戻るというのは難しくなる一方だ。それでも「除染の遅れ」と言われる地域は帰還の可能性はあるが、原発そのものに近い双葉町、大熊町などは帰還できるメドが立たない。というか今の表現はまだ「配慮した言説」であって、はっきり言えば遠い未来はともかく、当面は「帰還不能地区」と言うしかないのだろうと思う。政府もどこかの時点で、「もう帰れないと思って、他の地区で生活再建を考えて欲しい」という時期が来るだろう。それはまだもう少し先なのではないかと思う。それを待っていられず、若い世代から他の地域に定住していく動きがはっきりするだろう。僕は自分に対策があるわけではないので、書いていいのかどうかとも思うけれど、認識のレベルではそのように考えているという話である。原発問題や安倍内閣の問題については、また別に書きたい。
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映画「ダラス・バイヤーズクラブ」

2014年03月13日 21時48分58秒 |  〃  (新作外国映画)
 もう一本、新作映画の感想。マシュー・マコノヒーがアカデミー賞の主演男優賞を受けた「ダラス・バイヤーズクラブ」。映画に限らないが、人は大体事前に何らかの情報を得て行動を起こす。映画だったら、好きな俳優が出てるとか、ベストセラーの映画化だとか、原発事故の問題を追及してるとか…。だから、見てみると単に「情報確認」みたいな感想で終わってしまうことがままある。情報社会だから、既視感が常につきまとうのである。この映画も、チラシに「エイズ患者の希望の星となった男の生きざまを描いた感動の実話」とあり、まあその通りであって付け加える言葉もない感じなんだけど、やはり見てみると「発見」が幾つもある映画だった。

 時は1985年。「エイズ」の初期時代である。ロデオのカウボーイで電気技師のロンは、典型的なテキサス人。「酒と女の日々」を送っていて、いわゆる「マッチョ」的な価値観を持つ人物である。ある日、倒れて病院に担ぎ込まれると、「HIV陽性」で余命30日と言われる。そんなバカな。エイズと言えば、同性愛か麻薬患者の病気ではないか。自分は「酒と女」だけだから、誤診に決まっているではないか。しかし、周りにこの話が広まると、あいつはゲイだと忌避されてしまうのである。

 HIV(ヒト免疫不全ウィルス)が「異性との性交渉で感染する」なんて、今では全世界で学校で教える基本中の基本である。だけど、この病気が広まり始めた時期には、(アメリカでは)同性愛や麻薬注射針共有の感染が多く、アメリカの保守派の中には「不道徳な病」と見なす言説が流通していたのである。だからロンも、最初は自分を受け入れられないし、エイズを発症していることは認めるようになっても「自分はゲイではない」と強調する段階があったのである。

 主演のマシュー・マコノヒーと言っても、イメージが湧かない人が多いと思う。最近では「マジック・マイク」「ペーパーボーイ」「リンカーン弁護士」なんかに出ていたけれど、どれもひと癖ある人物を生き生きと演じていた。「リンカーン弁護士」というのは、マイクル・コナリーのミステリーの映画化で、原作のイメージと違うように僕には思えたけれど、ちょっと偏屈そうな感じが案外うまく出ていたと思う。近年では主演級の俳優だけど、演技派というか「ちょっと訳あり」みたいな役をオファーされる人である。今回も難役中の難役で、というのも病気でどんどん痩せて行ってしまうのを、実際に21キロ痩せて撮影に臨んだというすごさである。チラシの写真を見れば一目瞭然だが、その結果は驚くべき説得力が生じた。この演技は一見の価値がある。

 筋に戻れば、初めは抗がん薬のAZTという薬がHIVに有効ではないかという話が伝わり、治験が始まると自分もその薬を何とか入手しようとする。しかし、副作用も大きいのに製薬会社が独占していることに疑問を持つようになる。そして、もっと副作用が少なくて免疫力を向上できる薬を求めて、メキシコにも行く。その薬はアメリカでは未認可だったけれど、自分用に密輸してくる。しかし正規の病院では代替薬を得られず、それでは他の患者が助からない。もちろん「未認可の薬を売ることは違法」であるが、そこで考えた。「会員に代替薬を無料で配布する」という会を立ち上げ、その会に入会するときに高い入会金を取るというアイディアを。その組織が「ダラス・バイヤーズクラブ」である。これは当たり、多くの患者が詰めかける。

 その組織は病院で知り合ったゲイの患者レイヨンを協力者としてリクルートする。このレイヨンを演じているのがジャレット・レトという俳優で、アカデミー賞助演男優賞を受けた。僕も見てる様々な映画に出てきたが、あまり印象にはなかった。今回は基本は女装した役柄だけど、生きてきた道筋が正反対とも言えるロンと、ぶつかりながらも人間的に判りあっていく役を一世一代の名演で演じている。その後、ロンは世界を飛び回り、なんと日本にも来る。岡山の林原が開発したインターフェロンを輸入しようと考えたのである。国家を相手取った裁判闘争も起こすようになる。

 このように、単なる無知でマッチョなカウボーイだったような男が、国家を相手取る人権の闘士になっていくのだが、同時にきっちり金儲けもできる仕組みも整えるし、協力してくれる女医にもアプローチする。そういう複雑性を矛盾したまま行ききるようなロンを見ているうちに、どんな人間に中にも「聖なる部分」があるという啓示のような瞬間が訪れるのである。それがこの映画の見所で、俗を脱せずとも、また純粋な人助けだけでなくても、人は人生で己の生きるべきテーマを見つけて輝くということを示している。

 余命30日だったはずが、結局7年ほども生きて、ロンは亡くなる。世界的には無名の人物だろうが、この実在人物の魅力的設定がこの映画を成立させた。監督はジャン・マルク=ヴァレという人物で、フランス系カナダ人。「ヴィクトリア女王 世紀の愛」という映画を監督した人である。でも演出的に特に傑出しているというほどには思わなかった。現にアカデミー賞では作品賞や脚本賞にはノミネートされたが、監督賞にはノミネートもされなかった。アカデミー賞では、他にメイクアップ&ヘアスタイリング賞を取っていて、ロンやレイヨンなどのメイクは確かに評価すべきものだったなと思う。何と言っても、マシュー・マコノヒー一世一代の名演と闘うことの意味を考えるという映画だと思う。
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映画「東京難民」

2014年03月11日 21時17分11秒 | 映画 (新作日本映画)
 「東京難民」という映画を見た。若者よ是非見るべしという映画。
 
 父親が学費と生活費を仕送りしていた学生がいる。(東京の「三流大学」という設定。)母親が大学入学直前に死去し、建築事務所をやってる父はフィリピンパブに入り浸るようになる。学生はもう帰省せず、父ともしばらく会っていない。ある日大学へ行くと、学生カードが無効になっていて、学生課に行くと「学費未納」で除籍になったと告げられる。そんなバカな。あわてて帰ってみると、家は差し押さえられ誰もいない。東京に戻ると、住んでいたマンションも家賃未納で追い出される。(敷金、礼金不要の代わり、家具付きで鍵の使用料だけ払うという契約だったのだそうだ。部屋を借りてるというか、ホテルの長期滞在みたいなシステムだ。)

 かくして、突然あっという間に「転落」してしまったのである。それまでは結構「イマドキの軽い学生」だった。それなりにモテてたみたいだし。ところが、まず家を失い、「居場所」がなくなる。とりあえずカネを何とかせねばならず、「ネットカフェ難民」となり、ネットで見つけた「ティッシュ配り」。さらに「治験ボランティア」。
 せっかく大金をつかんだら、警察の不審尋問で「腕に注射痕が多く、大金を持っている」と疑われ、本署まで来いと「警察権力の横暴」。
 出てきたら「飲みに行こう」と誘う子に付いて行って、「ホストクラブ」に連れて行かれる。誘った子のおごりかと思って高い酒を飲んでたら、翌朝20数万の請求書を突き付けられる。

 しょうがないからホストになって返そうと直訴して認められ、ホストクラブに勤めることになるが、さらに難題が次々と生じて、カネに追われ、暴力団に追われ、ホストで知り合った女性との関係もどうなっていくか…とたった半年で人間生活の底の底まで見てしまうはめとなり、今は多摩川河川敷でホームレス生活

 これは物語の作りとしては「新宿地獄めぐり」という話である。いろいろと新宿周辺の、フツーに生活してると見ないで生きていける「日本の裏」を見せてくれる。そういう意味で、非常に実践的教訓の得られる映画で、若い人は是非「世の中の仕組み」を知る意味で見ておいた方がいい。親がかりで生活してる学生の「親が急に支えてくれなくなったら」という設定の「社会実験」と言ってもいい。だから、映画芸術としての完成度とか、人間描写の深さなどを求めて見る映画ではない。出てくる人間は、皆生き生きと演じているが、あまり有名でない俳優が演じていることが多く、ある種の「類型的人間タイプ」を演じている。建設現場のアパートやホームレスの段ボールハウスには、主人公に社会を見る目を養ってくれる知恵ある年長者がいる。主人公は初めて本当の社会、人生を知ることになる。ゴーリキーの著書にあるように、それこそが「私の大学」だったのである。

 一応教訓的なことを書いておくと、まず「いきなり除籍」「いきなり家追い出し」はないでしょう。実際、冒頭で不動産会社から「内容証明書付郵便」なるものが届くが、主人公は読まずに投げ出す。人生で「内容証明書付郵便」なんてものにお目にかかることはまずないだろう。(僕は一度もない。)何よりもまず、その郵便はじっくり読むべきだった。大学だって同じで、突然除籍になることはないだろう。何回か警告があったはずで、この大学もある程度待って除籍にしたらしい。全く意識せずに「ノーテンキ」に生きていたのである。

 次に「酒」と「タバコ」と「ギャンブル」。主人公も大事な時にパチンコでカネを使ってる。最初のうちはタバコを吸ってるので、ずいぶんタバコ代もかかったはず。それより、なにより「酒」で、酒で酔っ払って意識がないうちに重大な出来事が起こっていることが多い。若い時は失敗しがちで、世の中は怖い人ばかりだと思い過ぎると何もできない。酒の失敗も程度問題で、普段の飲み会で飲み過ぎるくらいは問題ないけど、大金のかかった段階ではシラフでいないと危ない。これは決定的な問題である。10万、20万なら親に泣きつけば何とかなることが多い(だまされたことを打ち明けるのは恥ずかしいけど)。しかし、100万を超えるとちょっと厄介なことになる。急には余裕がない場合、カードローンやサラ金で借りることなり、利子がかさんで抜け出せなくなる。他にもいっぱいあるけど、それは映画を見てもらうとして、そういう人生の実践的教訓の詰まった映画だと思う。

 原作があるということで、福澤徹三の原作は光文社文庫に収録されている。筋は映画とは多少違っているようで、ウィキペディアのサイトで詳細を知ることができる。映画は親を描かないが、原作は父にめぐり合うとある。またホスト時代に主人公に付いたナースの茜という女性が、映画ではヒロイン格に描かれている。監督は佐々部清で、「半落ち」「ツレがうつになりまして」などを作った人で、「チルソクの夏」「夕凪の街 桜の国」がキネ旬ベストテンに入っている。どれも素直な作りで、丁寧にストーリイを肉付けしていく。その分圧倒的な情感に乏しいかもしれないけど、安心して見ていられる社会派エンターテインメントが多い。今回の映画も、絶対に飽きることなく最後まで目が離せないけど、まあ一種の情報映画と言えるかもしれない。
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ホモソーシャルな世界-小津映画の話④

2014年03月09日 00時49分19秒 |  〃  (日本の映画監督)
 小津映画を見ていると、そこに高度成長以前の日本人の暮らしが保存されていて、非常に懐かしい気持ちになってくる。懐かしいと言っても自分でも知らない世界なんだけど、「初めてだけど懐かしい」という感情である。「東京物語」では、原節子が笠智衆や東山千栄子(義父母)に対してうちわをあおいでいる場面が心に残るが、やがて扇風機が、そしてクーラーが登場すると、そういうことをする必要自体なくなってくる。そして、日本人はそういう電気機具を50年代半ば以後、喜んで家庭に導入していった。

 「彼岸花」(1957)では、田中絹代がラジオで謡曲を聞くのを楽しみにしている。佐分利信の夫が機嫌が悪くて、うるさいと勝手に切ってしまうシーンがある。佐分利信や笠智衆が演じることが多い小津映画の主人公は、それなりに知られた大企業で働いていることが多いようだ。しかし、「彼岸花」の段階ではまだテレビや掃除機はない。家事は誰がやっているかというと、「お手伝いさん」(それまでは「女中」だった)がいるのである。

 それが1959年の「お早う」になると、子どもたちがテレビを買ってくれとうるさく笠智衆の父にねだる。黙ってろと一喝されて、じゃあ「大人には口をきかない」というレジスタンスを開始する。近所に昼間からパジャマ姿でテレビを見ているカップルがいて、そこにいけばテレビを見せてもらえる。お目当ては大相撲の若乃花(初代)である。笠智衆は酒場で知人と「一億総白痴化ですな」などと世間話をしている。この言葉は評論家の大宅壮一が主張して当時大きな話題になっていたもので、テレビが普及すると日本人の文化が低下するという意見である。(まさにその通り、当たったという感もする。)でも、結局子どもたちのためにテレビを買うことになる。(子ども対策だけではなく、近所の電気屋で買ってあげた方がいい事情も裏ではある。)

 1962年の「秋刀魚の味」になると、佐田啓二の夫が岡田茉莉子の妻にせっつかれて、電気掃除機を買うための手付金を笠智衆の父に借りにくる。この数年間の日本社会への電気機具の普及のスピードを、小津映画の中に見ることができる。そのように小津映画二は日本社会の変貌が刻印されていて、そこに「高度成長と日本人」という映像社会学的なテーマを見つけることができる。ただし、小津映画は会社製作の劇映画だから、一定のコードに規定されている。まずはその解読が丁寧になされる必要があるだろう。

 映画内の社会的コードというのは、例えばアメリカ映画「十二人の怒れる男」を例にとると、当初のシドニー・ルメット監督映画(1957年)(あるいはそれ以前のテレビドラマでは、「陪審員が全員ヨーロッパ系の男性」となっている。しかし、1997年にウィリアム・フリードキン(「フレンチ・コネクション」の監督)が演出したテレビドラマ版があり(日本でも放映されている)、そこでは陪審員や裁判官には黒人、ヒスパニック、女性が含まれている。現実のアメリカ社会の変化を反映し、「政治的に正しくない」設定は変えられたのである。もっともアメリカの陪審員選定は、原告・被告双方の忌避戦術が認められているので、単純な人口比例にはならないが。ところがロシアのニキータ・ミハルコフが翻案した「12人の怒れる男」(2007年)では再び男性ロシア人のみが陪審員を務めている。それぞれの設定が現実そのものではないとしても、製作された社会における「映画に求められる規範意識」を反映しているのは間違ない。

 小津映画の場合は、戦後においてはほとんど「娘の縁談」(あるいは「妹の縁談」)なので、戦後社会の中産階級における「結婚のコード」が反映していると考えられる。「彼岸花」、「秋日和」、「秋刀魚の味」に共通するのは、「結婚は本来親の紹介で相手を選ぶのが、つり合いなどを考えると望ましい」けれど、中産階級では高校または短大等を卒業した後に女性も就職するので、そこで「女性にも社内結婚などの機会がある」という現実である。結婚は家どうしのもので「見合い結婚」が主流というのは当時の社会の反映だけど、その時の見合い相手は女どうの間で世話焼きがあっせんするというのも多かった。しかし、この3本の映画では、「父親が結婚相手を自分の友人関係のネットワーク内で探す」というのが特徴になっている。

 父親はそれなりの会社の役員であり、旧制中学、旧制高校、あるいは旧制大学以来の強固な友人関係を維持している。彼らは今でもよく集まり飲んだりする関係である。共通の知り合いが多いから、結婚式や葬式も共通なのである。その仲間は映画ごとに多少違うが、基本的に中村伸郎と北竜二がいつもいる。同窓会シーンなどには、当時実業家というか、売春や麻薬防止運動でも知られた一種のフィクサーだった菅原通済がワンシーンぐらい出てくるのも共通している。「彼岸花」のラスト近くでは、旧制中学の同窓会が蒲郡で行われ、笠智衆が詩吟を披露している。蒲郡でやったのは、東京と大阪にメンバーがいるから中間でやるということだとされている。

 一方、娘の方は基本的には「短大を出て、一流企業に結婚退職まで務めている」ということだと思う。「秋日和」では娘の司葉子と友人の岡田茉莉子が、結婚した友人千之赫子が新婚旅行に行く列車を見ようと屋上に出る場面がある。そこから丸の内の中央郵便局が下に見えるので、三菱ビルのあたりのはずである。見合い相手にも恵まれるだろうが、娘本人も結婚相手を探しやすい職場にいたのである。

 ただ、特に「秋日和」が一番典型だと思うが、男同士のつながりで「結婚相手を探すゲーム」をしている感じがする。というのも、この映画では佐分利あるいは笠の娘ではなく、今は亡き友人の娘司葉子をそろそろ嫁に出したらどうかという話で、その場合母親の原節子も一緒に再婚させてはどうか。佐分利、中村、北とかつての原節子の夫は、東大と思われる大学時代に近くの薬局の看板娘原節子を争った間柄なのである。ただし、佐分利信には三宅邦子、中村伸郎には沢村貞子の妻がいる。一方、大学教授の北竜二は妻を亡くしてヤモメ暮らしが長いので、どうだ母親の方と再婚してはと勝手に話が男同士で進む。最初の場面がその友人の年忌なのだが、その後料亭で飲んで「母親の方がいいね」などと言いあっている。本人がいないとはいえ、セクハラに近い発言が連発するシーンである。

 このような「男同士の関係」が基本となり、結婚相手が決められていくという「ホモソーシャルな世界」が展開していくのである。「ホモソーシャル」というのは、体育会系などによくある男同士の関係が何より優先する社会のあり方を指す用語である。間違って「ホモセクシャル」と勘違いする人がいるが、反対に表面的には「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」になることが多いのが特徴。最近ではデンマーク映画「偽りなき者」の中で出てくる男だけの狩猟シーンなどがその典型である。アメリカの保守的な地方が出てくる映画でも、よく出てくる設定だろう。「家父長制」とも似ているが、単に家父長が威張っているだけではなく、男同士の社会的関係が重視されるという側面を重視する。

 小津映画ではこの「ホモソーシャルな世界」が称賛されているわけではない。むしろ女たちの反発を買い、相対化されている。料理屋の女将(大体、高橋とよ)などはカラカイの対象となっているが、映画の主筋の方ではいかに女たちが反撃するかが見どころとなっている。「彼岸花」では娘有馬稲子と佐田啓二の結婚をかたくなに認めず、一方「秋日和」では勝手に司葉子と原節子の二重縁談を進めていくが、そうすると「彼岸花」では山本富士子が、「秋日和」では岡田茉莉子が現われて映画空間をかく乱して、男の勝手を弾劾してしまう。この山本富士子、岡田茉莉子は、いつもは主演している女優だけど、小津映画の助演で大きな儲け役を演じている。「彼岸花」では有馬稲子と山本富士子は「親の強制に抵抗する同盟」を事前に結んでいる。山本富士子も縁談に固執する母親の浪花千栄子に辟易していたのである。このような「女縁ネットワーク」の活躍こそが、この映画の真のテーマではないかと思われるほどである。

 日本の社会では、国会議員や大企業の役員には先進各国に比べて女性は非常に少ない。スポーツや文化面で女性の活躍が目立っているといっても、逆に言えばそういう世界しか女性に開かれていないとも言える。しかし、それは女性に実権が全くないということではなく、子どもの学校生活、進学先、就職、結婚相手選びなどは、父親が長時間労働や単身赴任で相談に乗る時間が少ないという事情もあり、子どもに密着できる母親の役割が大きい。一応、「最終的承認権」のようなものは父親にあることになっていても、事実上本人と母親が同意していれば、父親は事後承認するしかないというのが実情だろう。「彼岸花」の佐分利信はまさにその通りになって、認めないと振りかざした拳のメンツ問題があるけど、田中絹代の母親が認めてしまえば渋々同意するしかないのである。

 しかし、そのような展開も見る者には予想の範囲内であろう。「彼岸花」は有馬稲子と佐田啓二、「秋日和」は司葉子と佐田啓二というキャスティングを見れば、最終的に観客が祝福する形で終わるのは判っている。原節子も「再婚しない」という役柄を演じてきたので、予想通り再婚はしないという運びとなる。そこまでに至る話の運び具合の練達こそが見所で、先に書いた山本富士子や岡田茉莉子が映画の美味しい場面をさらって行って、男の思惑は粉砕されて、ラストに祝福された結婚が待っている。「結婚という制度」あるいは「異性愛という前提」を疑う時代ではなかった。

 こうして見ると、小津映画は親の古風な世代と子の新世代を、余裕を持って暖かく見つめてコメディタッチで描くホームドラマということになる。この「余裕ある眼差し」こそが、「東京物語」で到達した以後の最終的段階の小津の境地だろう。菅原通済に象徴される「鎌倉文化人」の一員となった小津は、晩年の映画は小説家里見(さとみ・とん)の映画化が多い。里見は有島武郎、有島生馬の実弟で、小津映画のプロデュ―サーだった山内静夫の父親でもある。文化勲章を受章した作家で、鎌倉に住んでいた。このような人脈を見ると、戦後、武者小路実篤、安倍能成らが創刊した雑誌「心」グループに近い場所に小津安二郎はいたのではないかと思う。つまり「戦時中は反軍部」「戦後は反左翼」という位置取りになる「保守リベラル」で、文化的保守主義の立場である。このあたりは、細かく分析する蓄積がないが、小津安二郎の思想ももっと検討したうえで、小津映画に見られる日本社会の特徴を分析する必要があると思う。
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