尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

日本「中立」「仲裁」論の錯誤ーウクライナをめぐる言説②

2022年04月05日 23時02分34秒 |  〃  (国際問題)
 ウクライナ戦争をめぐる日本国内の言説検討2回目は、「日本は戦争に中立であるべきだ」とか「日本が戦争の停戦に向けた仲裁者になるべきだ」といった議論を取り上げたい。いろんな意見の中には、「ロシアだけでなくウクライナ側にも非があった」という認識に基づくものもあるが、それは後でまた別に検討したい。時々見られる意見には「戦争そのものを否定しなくてはならない」から、ロシアも問題だが、ウクライナの応戦にも否定的な反応を示すというタイプがある。

 人によっては、プーチンも問題だがゼレンスキーによって多くのロシア兵の命が失われていると説く人までいる。僕には全く理解出来ない発想だが、そういう考え方もあるのか。ロシア軍が戦車を送り込み、ミサイルを発射している。それを命じたのはプーチン大統領であって、攻撃されたウクライナ側が反撃したことによってロシア兵に戦死者が出たことはプーチンに責任がある。ウクライナが反撃のためにロシアにミサイルを撃ち込んで、ロシアの民間人に被害が出たわけではない。戦争を仕掛けられて相手に反撃したら、戦争犯罪者扱いされてはたまったもんじゃない。

 戦争そのものが「絶対悪」だとしても、「非暴力抵抗」のみしか認めない考え方に立つなら、現実には強いものの味方になってしまう。一般的な市民社会においては、反政府運動は「非暴力」で進めなければならない。しかし、一端戦争を仕掛けられた場合は国家としては反撃する権利がある。それが現時点での国連憲章の決まりだから、一応それが世界共通の一般ルールと認めなければならない。もっとも個人としては別である。宗教的な信条などで、戦争を認めない考えは尊重されなければならない。いわゆる「良心的兵役拒否」の権利は、どこの国でも認められなければならない。

 「いじめ」に関して言えば、「いじめる側(加害者)」と「いじめられる側(被害者)」だけで見てはならないという考え方を我々は次第に共有してきた。いじめが発生する時には「見て見ぬ振りをする側(傍観者)」が必ず存在するのである。いじめに関して、「私はいじめていません。私は無関係なので、勉強や部活動を頑張りたいです」という論理は成り立たない。そういう「傍観者」の存在こそが、いじめを発生させる基盤となる。戦争に関しても、同じようなことが言えるだろう。

 「中立」の立場などないのである。ロシアにもウクライナにも問題があると言ってる時点で、(そのこと自体には考えなければならない問題があるとしても)、戦争の認識が間違っている。未だに「いじめられた側にも問題がある」などと責任逃れをする教育行政のように、「ウクライナ側にも問題があった」などと言っている人がいる。隣国に問題があったら、攻撃しても良いのか。それでは「敵基地攻撃能力」そのものを認めることになる。それなのに、ウクライナ側の問題を取り上げる人には、リベラル系、反自民系の人が多いような印象がある。アメリカ寄りの情報は厳しめに見るという「反米優先主義」による偏りではないか。
(憂慮する日本の歴史家の会)
 もう一つここで取り上げたいのは、「憂慮する日本の歴史家の会」という集団が呼びかけている「日中印3国にウクライナ戦争の停戦仲裁を求める賛同署名のお願い」である。(上記画像はホームページのトップ。見たい人は自分で検索してください。)12人の歴史学者が名を連ねていて、代表して文を書いているのは和田春樹氏。他にも塩川伸明、藤本和貴夫、西成彦、毛利和子氏らが加わっている。他の方は知らない。僕は和田春樹氏の本、特に現代東アジア史に関する本は随分読んで、いろいろと教えられた。しかし、この呼びかけには全く賛同できない。

 この戦争をただちに止めるために、日本人も何か出来ることはないかという思いはもちろん共有できる。しかし、だからといって「ロシア軍とウクライナ軍は現在地で戦闘行動を停止し、正式に停戦会談を開始しなければならない」は、調停者として間違っている。現在地で戦闘行動を停止したら、戦争を始めて占領地を拡大したロシアに一方的に有利になる。戦争を起こした側に利益を与えることになる。「ロシア軍は一度開戦前の地点まで撤退して」、それから停戦協議を始めるというのでなければ、ウクライナは正統な調停者として認めないだろう。

 「停戦交渉を仲介するのは、ロシアのアジア側の隣国、日本、中国、インドがのぞましい」も全く理解不能。3国の中で、国連特別総会のロシア非難決議に賛成したのは日本だけ。中国とインドは棄権した。従って、この3国で仲介すれば、「棄権国」の意思が強くなり、ロシアに有利になるのははっきりしている。だからウクライナが賛同できないメンバーである。アジアの「G20」参加国という範囲で考えれば、韓国、インドネシア、サウジアラビア、トルコもある。トルコは実際に停戦協議に力を尽くしている。何で韓国を除外するのかも不明。「日中印」などアジアの大国意識としか思えないけど。

 「日本はアメリカの同盟国で、国連総会決議に賛成し、ロシアに対する制裁をおこなっている。しかし、日本は過去130年間にロシアと4回も深刻な戦争をおこなった国である。最後の戦争では、米英中、ロシアから突き付けられたポツダム宣言を受諾して、降伏し、軍隊を解散し、戦争を放棄した国となった。ロシアに領土の一部をうばわれ、1956年以降、ながく4つの島を返してほしいと交渉してきたが、なお日露平和条約を結ぶにいたっていない。だから日本はこのたびの戦争に仲裁者として介入するのにふさわしい存在である。」

 このくだりこそ全く理解不能。「なお日露平和条約を結ぶにいたっていない」から「ふさわしくない」というのなら理解できるが。この3国では、ウクライナ側もロシア側も乗ってくるとは思えない。しかし、そういう問題以前に、日本政府が動くとは思えない。G7の枠組でロシアに制裁を課した日本である。政治のリアリズムの問題として、「G7を離れて日中印で停戦を」など実現可能性ゼロである。日本が「中立」的な立場で、両国の調停が出来るなどというのは僕には「幻想」としか思えない。
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