尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「山椒魚戦争」と「ロボット」-チャペックを読む⑤

2018年02月17日 21時34分24秒 | 〃 (外国文学)
 まだチャペックを読んでたのかという感じだが、「山椒魚戦争」(1936)を読まなくちゃ。チャペックは軽妙なエッセイ、時事的な評論などをいっぱい書いてるけど、本職は小説家である。純文学的な作品、ミステリーなど様々な傾向の著作がある。今も評価が高いのはSF作家としての仕事だろう。何しろロボットという言葉は、チャペックが作ったぐらいである。その中でも大著「山椒魚戦争」は傑作であり、チャペックの小説で一番知られている。
 
 昔から有名で、日本でも何種か翻訳が出ている。初めてチェコ語から訳した栗栖継訳は、1978年に岩波文庫に入った。僕は1989年の7刷を買っていたので、30年近く放っておいた本を見つけ出してきた。これがめっぽう面白い。ホラ話と物語性、風刺と警世、評論と時事的関心などが絶妙に交じりあっている。最後の方は警世の書としての性格が強くなりすぎている感もあるが、チェコスロヴァキアという国がナチスに侵略される危機にあったんだから仕方ないだろう。

 ヴァン・トフ船長はインドネシア(当時はオランダ領東インド)でオランダ船の船長をしていたが、ある島の入り江で原住民に怖れられる不思議なサンショウウオを知る。他の島へ行く能力はないが、道具を使えて人間の言葉を理解できた。そこで真珠貝を割らせる仕事をさせるための「家畜」として使うことを思いつく。もともとはヴァントフというモラビア人(チェコ中央部)だったので、帰郷した時に同郷の富豪G・H・ボンディに出資を仰ぎ大々的な事業展開を始める。

 この第一部のホラ話がとても面白い。冒険的気風の船長ものという定型をなぞりながら、なんとサンショウウオかよという驚きを読者にもたらす。それがあれよあれよと世界に広まり、サンショウウオをどう理解するべきか大問題になっていく。なんでサンショウウオかと思うと、もともとはヨーロッパで19世紀に見つかった化石がノアの箱舟以前の人間と誤解された事実からだという。

 サンショウウオというのは、現在はほぼ東アジアの固有種で、特に日本にしかいないものも多い。この小説で出てくるオオサンショウウオは学名も「Andrias japonicus」と日本の名が入っている。シーボルトがヨーロッパに紹介したという。日本では井伏鱒二「山椒魚」が有名だから、なんとなく小説の題名にあっても不思議じゃない感じがするが、世界的には珍種。(日本でも特別天然記念物。)なんだかけっこう気持ち悪い外見だけど、「キモカワイイ」というやつかもしれない。

 ボンディ家の門番ポヴォンドラ氏はヴァントフ船長の訪問を門前払いしても良かったわけだが、勘が働いて主人に会わせた。それが歴史を変えたと自負する彼は、世界に広まったサンショウウオに関する新聞記事、ビラ、研究論文等を収集するようになる。夫人によってかなり燃やされたが、残った資料が第2部という設定。そんなバカなという論文や記事が満載で、バカバカしい設定を大真面目に語っている。少し長すぎるかもしれないが。メルヴィルの「白鯨」が鯨百科になっているのと同様だが、こっちは全部がデタラメである。デタラメが過ぎて、日本語のチラシ(読めない)まである。日本は国際連盟で「有色人種代表」としてサンショウウオ問題を取り上げていたのだ。

 そして第三部になって、サンショウウオが増えすぎて人間の大地を侵食し始める。人間は利用しようとして統御できなくなり、そうなってもお互いの利益のために争い続ける。そのバカげた有様を思う存分風刺している。それは当時の大恐慌やファシズムを背景にしているが、今読んでもまったく古びてない。原子力を利用として制御できない現実。それは今週書いた映画「スリー・ビルボード」が突き付ける怒りの連鎖の問題にも通じる。トランプ政権、安倍政権の政策に見られる発想にも通じる。ありえない設定のように見えて、人間の愚かなふるまいは全く変わっていないのだ。今もなお生きている小説なのである。

 戯曲「ロボット」(1920)も岩波文庫にある。これは前に読んでいたけど、今もなお面白い。もちろんロボットを作り過ぎてロボットは反乱を起こすという筋立て自体は今では古いだろう。でも「科学の発達で便利になったものが、かえって人類を滅亡させる」というテーマそのものが今も生きているということなのである。どこかの島にあるロボット工場という設定が、マッドサイエンティストが住む島というSFの類型に則っている。セリフの中に今では問題もあるし、人物設定も古い。だから今では上演は難しいかもしれないが、読む分には面白く読める。当時は日本でも築地小劇場で上演された。なお、「ロボット」という言葉自体は兄のヨゼフが示唆したと言われている。
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政治とコラムーチャペックを読む④

2018年01月21日 22時44分53秒 | 〃 (外国文学)
 平凡社ライブラリーでカレル・チャペックが何冊か出ている。「いろいろな人たち」と「未来からの手紙」というのを持っていたので読んでみた。買ってたのも忘れてたけど、チャペックには昔から関心があったのだ。この2冊は「チャペック・エッセイ集」と題されているけど、新聞の連載されたコラムを集めたものだった。中身も身辺雑記というよりも、社会的・政治的な感想が多い。
 
 チャペックを知ってる人は趣味の本や童話を読んだ場合が日本では多いだろう。僕も最初に読んだのは児童文学全集かなんかに入っていた童話だった。その後も「園芸家十二か月」や愛犬飼育記の「ダーシェンカ」などを知った。SF戯曲の「ロボット」もあったが、それも含めて現実の政治や社会を語った人ではない印象がある。でも、それは大間違いだった。チャペックは新生国家チェコスロヴァキアを代表する新聞人であり、小国の文化を守ろうと新聞に健筆をふるい続けた。

 その一環として国際ペンクラブ活動もあり、イギリス大会に招かれた旅行記が「イギリスだより」となった。旅行記もまた自ら関わる新聞にイラスト入りで連載したものだ。自分の家で「金曜会」を主宰し、そこには哲人大統領と言われたマサリクも参加することがあった。国際的に高い知名度があったが、だんだん国内的には複雑な立場に追いやられる。あくまでも「平和」を希求し、国際連帯に希望を賭けるチャペックは、ナチスが台頭する時代に左右から攻撃されるようになって行った。

 そんなチャペックの立場は今読んでも示唆に富む発言が多い。日本も出てくる。1923年の関東大震災に際しては「ゆれ動く世界」と題するコラムを書き、同情と連帯を表明している。「トーキョウを破壊し、ヨコハマを水浸しにし、フカガワとセンジュとヨコスカを火の海にし、アサクサを粉砕し、カンダとゴテンバとシタヤをめちゃくちゃにし、ハコネを崩して平らにし、エノシマを呑み込んでしまったこの震動…」と書かれている。遠く離れたチェコのプラハでも、浅草だの箱根だのの地名が語られていたのだ。

 だが一番最後にある「世界の頭上の爆弾」(1938年)では、「朝新聞を読む時には、もうほとんど、次のような記事がまた載っているだろうと期待している。-どこそこの町(それはファシスト政権に抵抗するスペインのどこかの町か、日本軍に抵抗する中国のどこかの町である)は敵軍機の爆撃を受けた。その攻撃で八十人または三百人または一千人に民間人が死んだ。空襲はわずか数分続いただけである-。」北欧旅行の途中でスペイン内戦を知ったチャペックは、ヨーロッパの終わりを予感した。そしてナチスの攻勢は続き、チェコスロヴァキアという国家はまさに解体の危機に直面する。

 そんな中でナチスドイツと日独防共協定を結んだ日本は、ドイツとともにチャペックが警戒する国となったことが判る。もともとチャペックは日本にも関心を抱き、浮世絵をいくつか買って飾っていたという。14の浮世絵が確認できると平凡社新書「カレル・チャペック」に出ている。国際連盟による平和維持に期待を寄せたチャペックとしては、日本にも関心があったのだろう。またチャペック兄弟はもともと美術に関心が深く、そんなことからも浮世絵をどこかで買い求めたのだと思う。

 「未来からの手紙」(1930)は、SF風政治コラムで大変興味深い。国際連盟50年(1970年)を期して、チャペックが世界を旅行して近況を報告するという「未来からの手紙」なのである。当然1930年の現実を反映して語られている。第二次大戦があり、チャペックが予言した原子爆弾が実際に使われ、チェコスロヴァキアはソ連陣営に組み込まれているなどとは想像も出来なかっただろう。

 イタリアではムッソリーニ総統一族が権力を相続し、アメリカではギャングが国政を握っている。そして日本では「相当にがっかりさせられた」。古いものもなく、真に新しいものもない。「ただ、すべてがちょっぴり新しく見えただけである。」実際には日本に来たことはないのだが、この辛らつな批評はずいぶん的を射ているような気がする。そして天皇制のあり方も書かれている。一種の象徴天皇制が予言されているように読めるが、同時に「微笑のうちに」有色人種の盟主として行動すると書かれている。しかし、日本と中国、それにトルコしかアジアの国は出てこない。

 そういう意味ではヨーロッパ中心だし、その他端々にも女性への書き方など現在では問題があるようなことも見られる。完全に時代を超越することは誰にも不可能だけど、やはりチャペックも80年前に亡くなった人だからやむを得ない。そんなチャペックの言論活動の中心をなすのは、ナチスドイツへの批判コミュニズムへの警戒である。当時のソ連のスターリン体制がやがてチェコを支配するとは思ってなかったようだが、「わたしはなぜコミュニストではないのか」(1924)を書いて、その「陰気くさい非人間性」を指摘している。チャペックは社会改良家で人道主義者だったけど、ドイツとロシアにはさまれたチェコスロヴァキアの文化と民族を守るという意味でのナショナリストだった。

 そんなチャペックが書いた「言葉の批評」というコラム集が「未来からの手紙」の後半に入っている。政治や文化の批評でよく使われる言葉を取り上げて、辛らつかつユーモラスに批評していく。「われわれ」対「わたし」、「あまりにも」、「原則」など、言葉を大げさに扱ってごまかす手法を解き明かしている。例えば「視点」という言葉。もとは「光学上の発明」だけど、「視点の特殊な魅力は、そこに立って見るなら、はるかに容易にすべてのものを非難できるという点にある。」

 「人類という視点に立てばナショナリズムを非難できるし、ナショナリズムの視点からは、社会主義を、社会主義の視点からは資産を、資産の視点からは理想を、理想の視点からは現実を等々、そしてまた順々に逆にして非難できる。」なんていうのは思わず笑ってしまう。「相対的」という言葉も取り上げられるが、チャペックは相対主義の意義も語っている。チャペックの現代性は、この相対主義に現れている。そこにイギリス文化やアメリカのプラグマティズムの影響を見ることもできる。

 チャペックがその病弱な身体をおして文筆活動を続けたのは、まさに平和なくしてチェコという国家はありえないという「現実」があったからだろう。その文筆活動の苦労を癒すために、庭を作って花を育て、犬や猫を飼って心を慰めたんだろうが、それを面白おかしく書き残したから、チャペックは一見趣味の人のようにも見える。だけど、チャペックの本質は「平和の闘士」である。知人だったトーマス・マンは彼に亡命を勧めたが、チャペックはチェコを離れないと言った。ナチスの暴虐の前に、もう未来への希望がなくなってしまっていた。1938年のクリスマスに肺炎になった彼には、もう生きる気力がなかった。チャペックを読めば、ものを言える時代に国際連帯と平和を語ることの大切さを実感する。
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「新聞・映画・芝居をつくる」-チャペックを読む③

2018年01月19日 21時18分33秒 | 〃 (外国文学)
 カレル・チャペックに「新聞・映画・芝居をつくる」という著書がある。知ってる人は少ないと思うが、ものすごく面白い本だ。チャペックには一体どのぐらい本があるのか。飯島周「カレル・チャペック」(平凡社新書、2015)という新書もあるが、それによると日本はチェコを除いて一番チャペックを読んでいる国だという。大きな本屋や図書館に行けば、こんな本もあるのかと思うぐらいチャペックの翻訳が並んでいる。そんなに多いと思わず読み始めたのだが、これじゃいつまで続くか判らない。この本は地元の図書館にあったので、タイトルにひかれてさっそく読んでみた。

 この本の内容はもう題名そのままである。チャペックはずいぶん様々な顔を持っていたが、ベースにジャーナリストとしての活動があった。大学では優秀だったが、研究者としては採用されず、新聞社に職を求めた。そのかたわら作家・劇作家としても活動した。先に見た旅行記も、自分が関わる新聞に連載したものが多い。新聞や映画・演劇の「作り方」にしぼったユーモラスな本を書いたのも、ジャーナリスト的な活動と言える。20年代、30年代の話だから、もうずいぶん古い。新聞や映画の作り方は今とはずいぶん違っている。でも関わっている人間の姿は案外変わってないのではないか。

 「新聞をつくる」では、編集部門は自分たちが新聞を作っていると思ってるけど、営業部門は自分たちこそ新聞を支えていると思い、印刷部門は自分たちがいなけりゃ新聞にならないのに、記事はいつも遅れると思ってるなどと書かれている。今も大体似たようなもんじゃないか。編集部の話でも、国内政治部は多くの議員、大臣と「おれ、おまえ」でつき合い、「熱に浮かされたように、内密で個人的な情報を求める。それらはもちろん、新聞に載せることは不可能なのだが、それなしには寝入ることもできないというように、あちこちを嗅ぎまわっている」なんて、昔のチェコも日本の政治部と同じだったか。文化部や運動部、司法担当や地方版記者など様々な部門の気風の違いなども日本と似ている。

 「映画をつくる」では、原作がどんどん改変され、シリアスな原作がズタズタにされてセンチメンタルな物語になっていく様が面白おかしく語られる。そうやって脚本が出来たら、次にセットをつくる。今はカメラが進歩して手持ちのデジタルカメラで簡単にロケ出来るけど、その頃はロケが難しい。天気が重要なのに、準備が終わった途端に限って曇ってくるとか、どこでも同じ。そして映画の撮影は「バラバラのピース」である。いくつものカットで構成される映画では、短い演技を撮影していく。何を撮ったか判らなくなるから、スクリプター(記録)がちゃんと管理している。今では割と常識化しているようなそんなことも、当時は知られていなかっただろう。昔の映画撮影技術が描かれていて貴重だ。

 「芝居をつくる」は全体の半分ぐらいを占め、チェコの代表的な劇作家だったチャペックならではの記述が楽しい。劇作家は演出家や俳優や舞台監督などに比べて、けいこが本格化すれば不要な人間になってしまうと嘆いている。劇場で「余計もの」になってしまう劇作家の立場が判る。今では自分で書いて自分で演出する(時には自分で主演も)する作家主体の劇団が多くなった。でも商業演劇の多くでは今も同じかもしれない。本ができたら次は配役だが、これにも難問が待ち受ける。なんとか配役が決まると、本読み、稽古、総稽古と進むが、必ず何か障害が起きる。誰かがいなくなり、大道具は直さないといけない、とかとか。これじゃ初演を延期するしかないというところに追い詰められる。

 しかし時間は過ぎてゆき、容赦なく初演を迎える。案の定、俳優はセリフを飛ばしてしまうが、何とか周りの俳優がアドリブで対応し、元の台本を知らない観客はそれも演出だと思って、終わった後には拍手して大成功をたたえる。最後に、演劇に不可欠の裏役、プロンプターや照明、幕引き、衣装などを簡単に紹介して終わる。この本は多くの人が知らない新聞、映画、芝居に関する「内幕本」として書かれたエッセイである。ユーモアたっぷりに語られ、時代は経ったけれども、新聞、映画、芝居に関わる人々を活写していく。こんな本を書いた人、書ける人は他にいないように思う。実際に新聞、映画、演劇に自ら関わった貴重な経験を語りつくした、とても面白い本だった。
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チャペックの旅行記-チャペックを読む②

2018年01月16日 23時43分05秒 | 〃 (外国文学)
 年末に犬猫の本を書いてから時間が経ったけど、その後もチェコの作家カレル・チャペックを読み続けている。その幅広い作家活動、ユーモアあふれる文章にますますひかれている。そして、小国チェコと世界平和を守るために奮闘し続けた姿にも、敬愛の念が増すばかり。そのチャペックがヨーロッパ各国を訪ねた時の旅行記が残されている。ちくま文庫に5冊入っていて、そのうち「チェコスロヴァキアめぐり」は品切れのようだけど、残りの4冊は今も大きな書店には並んでいる。

 戦後まで活躍出来ていたら、多分飛行機に乗って世界各地をめぐったことだろうと思う。1920年代、30年代だから、飛行機ではなく鉄道で回るしかない。それでもヨーロッパ各地の様子をこれほど書いた人も少ないのではないだろうか。どれもそんなに長くないうえに、チャペック本人のたくさんの絵が付いている。短いのはチャペックが関わっていた新聞に連載されたからであり、チャペックのジャーナリストとしての才能を存分に味わうことができる。

 チャペックは戯曲「ロボット」を書いて、高い評判を得た。そのためイギリスで開かれた1924年の国際ペン大会に招待された。それをきっかけとして、ロンドンやイングランド各地、スコットランドなどを訪ねた記録が「イギリスだより」。旅行記の最初で、イギリス作家の有名人にも会っている。でも、それよりロンドンの公園や博物館を訪ねた話が面白い。田舎を周ると、落ち着いた古い家で人々が暮らしていてイギリスの本質をそこに見ている。そして、スコットランドの美しさ。イングランド北部の湖水地方の絵も素晴らしい。当時世界一の国はイギリスだから、チャペックも一生懸命見て回っている。

 次の「スペイン旅行記」もとても面白い。闘牛を見たり、ベラスケス、エル・グレコ、ゴヤの絵に関する話。アンダルシアやセビリアのムード。フラメンコも。だけど、僕が一番面白いと思ったのは、ハプスブルグ家が支配した証である「双頭の鷲」の紋章を見つけて感慨にふけるところ。もちろんチェコスロヴァキアも、ついちょっと前までハプスブルグ家のオーストリア帝国に支配されていた。同じ歴史を発見しているわけだ。これは「オランダ紀行」でも出てくる。オランダもハプスブルグ帝国だった。

 僕が一番面白いと思ったのは、「北欧の旅」。これは1936年に旅した記録で、遅い結婚をした妻のオリガを伴って一種の新婚旅行でもあった。チェコからドイツに入り、北上してデンマークへ。デンマークがいかに素晴らしいかがよく判るが、あっという間に通り過ぎてスウェーデンへ。ストックホルムを見た後で、ベルゲン鉄道でノルウェーへ。ここで小さな船で北上し、フィヨルドを見て回りながらどこまでも北へ行ってみるのだ。恐るべき大自然を見てみたい。北極圏に行きたいのである。だから、北欧と言いながら7割ぐらいはノルウェー紀行。でもフィヨルドを自分も見たかの感じになる。

 「オランダ絵図」は再びペン大会に参加したのをきっかけにオランダを旅した記録。これを読んでちょっと驚いたのは、今オランダと言えばゴッホフェルメール目当ての人も多いと思うけど、チャペックも同じだったこと。ただし、フェルメールは「フェルメール・ファン・デルフト」と書かれている。フェルメールにこの頃からこんなに注目していたとは、やはりチャペックならでは。田園や運河を見て回り「オランダの光」の独自な素晴らしさをたたえる。

 「オランダ絵図」には最後にペンクラブに関する文章が載っている。それを読むと、彼がいかにペンクラブ活動に尽力したかが判る。彼も一度は他の人に代わってもらいたかったらしいが、チェコで最も有名な作家として代わりはいなかった。そして祖国がナチスドイツに狙われていた時代に、国境を越えて民族の友好を進めることに大きな意義を感じている。チャペックらの活動にもかかわらず、ヨーロッパは再び戦火に見舞われた。それを考えても、いわゆる「戦間期」にヨーロッパ各国を訪れユーモラスに理解を深めたチャペックの本は素晴らしいと思う。

 今「カレル・チャペック」と打ち込むと、最初に出てくるのは「カレルチャペック紅茶店」なんだけど、その会社を主宰する絵本作家、山田詩子さんのイラストマップが載っているのも楽しい。なお「チェコスロヴァキアめぐり」は地元の図書館にあったので借りて読んだが、これは死後にまとめられたもので、まとまったチェコ旅行記ではない。そりゃ、自分の国だから当然だろう。生まれ故郷や首都プラハ、そしてスロヴァキア旅行などの文章が集められている。
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チャペック兄弟、犬と猫の本-チャペックを読む①

2017年12月27日 22時34分07秒 | 〃 (外国文学)
 先に書いたように、11月から12月にかけてはチェコ映画をずいぶん見ていた。個人的な事情で見逃した作品も多いけれど、カンヌ映画祭監督賞の「すべての善良なる同胞」など非常に重要な作品を見られた。せっかくだから、この機会にチェコ文学を読もうかと思ったが、なかなか時間が取れない。チェコ文学って、そんなにあるのかと思うかもしれないが、結構いっぱい訳されている。プラハに住んだけどドイツ語で書いたフランツ・カフカ、今はフランス語で書いてるミラン・クンデラなんかもいるわけだが、やっぱりまずはチャペックでしょ。来年は戌年なんだし、ということで。
 (ダーシェンカ原本)
 カレル・チャペック(1890~1938)と言えば、とても多方面で活躍したチェコスロヴァキアの作家である。特に「ロボット」という言葉を最初に作ったことで有名。SFの「山椒魚戦争」や「ロボット」は岩波文庫に入っている。それと中公文庫でロングセラーの「園芸家十二カ月」や児童文学の「長い長いお医者さんの話」(岩波少年文庫)なんかも知られている。そして、かつて新潮文庫で出ていた「ダーシェンカ」という愛犬をめぐるエッセイを読んだ人もいるかもしれない。

 チャペックは1938年12月25日、つまり1939年3月のドイツによるチェコ併合の直前、ミュンヘン会談の少し後に48歳で惜しくも亡くなっている。自由を求めた反ナチス運動家でもあったチャペックは、ナチスにマークされていた。侵攻したドイツ軍はチャペックを拘束しようと家に向かったが、死亡していたことを知らなかったという話だ。しかし、それは弟のカレルのこと。兄のヨゼフはチェコを代表するキュビズムの画家だったが、ナチスに拘束され収容所から戻らなかった。

 カレル・チャペックの死後、犬や猫について書いたエッセイは「チャペックの犬と猫のお話」にまとめられた。河出文庫に入っていて、今も読まれている。この本には「ダーシェンカ」の部分も全部入っている。冒頭には写真がいっぱい載っていて、とても素晴らしい。そして同じく河出文庫に「チャペックのこいぬとこねこは愉快な仲間」という本も出ていて、そういう本もあるのかと買ってあった。当然カレルの本だと思って買ったんだけど、今回よく見てみれば兄のヨゼフ・チャペックの本じゃないか。著者によるイラストもいっぱい載っている。どっちも犬や猫が好きな人には絶対おすすめ。
 
 ヨゼフの本から書くと、これは子ども向けの絵本。子犬と子猫が仲良く一緒に住んでいる。子どもたちも仲良く、ありえない世界なんだけど、それが楽しい。犬と猫ががなぜかお金も少し持っていて買い物に行ったりもする。クリスマスケーキを作ろうとして、ありったけのものを詰め込んで、猫は大好きなネズミのくん製もいっぱいいれたりする。それで子どもたちをもてなそうとするんだけど、そこへ野良犬が匂いにひかれて…。といった面白いファンタジーで子どもも大人も楽しめる楽しい児童文学。
 (カレル・チャペック)
 一方、カレルの本はお得意のユーモア・エッセイ。大部分が犬の話だけど、猫も飼っていて最後の方に出てくるプドレンカの話はけっこう強烈。とにかく多産系の猫ちゃんなのである。犬の方はミンダとかイリスとか、なによりダーシェンカの話。普通は内容のオリジナル性が大切だけど、これは「あるある本」で、犬や猫を飼った人には「それってある」「これもある」の連続である。それが楽しいし、全世界共通なんだなあと思ってうれしくなる。そんなステキな本。
 (プドレンカ)
 今じゃ雌犬、雌猫を飼う人は、避妊手術をすることも多いだろう。でも、80年以上も昔のことで、そんなことはしない。日本でも大体の犬は放し飼いだった時代だが、ヨーロッパはもともと室内で靴を脱ぐ習慣がないから、犬も自由に家の中で飼われている。チャペックもマッチング・シーズン(発情期)には気を付けてるんだけど、なぜかどこかで妊娠してしまう。そういう苦労がつきない。

 「ちょっとばかりの排外主義」という短い章もある。それはイングランドやフランスやスペインやデンマークなんかの犬はチェコでも人気があるが、チェコ独自の犬がいないのが寂しいというのである。世界との友好を唱えるチャペックだけど、同時にオーストリア帝国からの独立を求めたナショナリストでもあった。この気持ちは僕にはよく判る気がする。日本には秋田犬柴犬がいる。長野県の川上村のみにいる川上犬なんか素晴らしい。犬はずっと人間の友だちだったから、その地域の風土にあった性質になって行ったと思う。チェコ犬が欲しいと思うチャペックにも共感する。
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村上春樹訳「卵を産めない郭公」&アラン・J・パクラ監督のこと

2017年05月22日 21時28分43秒 | 〃 (外国文学)
 ジョン・ニコルズ卵を産めない郭公」(村上春樹訳)が刊行されたので、さっそく読んでみた。村上春樹・柴田元幸両氏が英米文学の旧作を新訳、または再刊する新潮文庫「村上柴田翻訳堂」の企画である。その話は前に書いたけど、まさか村上春樹の新作「騎士団長殺し」が先に出るとは思わなかった。昨年末にはチャンドラーの「プレイバック」も出てるし、すごい仕事ぶりだ。

 つい「騎士団長殺し」より先に読んじゃったんだけど、僕は後で書くように映画化作品「くちづけ」を若いころに見ていて、なんだか懐かしくなったのである。でも、作者のジョン・ニコルズ(1940~)って誰だ? まったく知らない。解説セッション(村上・柴田の対談のこと)を読むと、ロバート・レッドフォードが監督した「ミラグロ/奇跡の地」という映画の原作、「ミラグロ豆畑戦争」というのが、代表作だという。ノンフィクションも多く、今はニューメキシコ州に住んで環境活動家のような存在らしい。

 映画はもうあまりよく覚えてないけど、大学生のカップルのピュアで傷つきやすい関係を切なく描いた佳作だったと思う。この本を読んでみると、やはりそういう話なんだけど、ヒロインのプーキーが魅力的というか、ぶっ飛んでいる。そのハチャメチャな生き様が、心に突き刺さるような青春小説である。1965年に出た小説で、60年代前半の大学が舞台になっている。この時代性が絶妙だという話が対談を読むと実によく判る。50年代の抑圧でも、60年代後半の反体制でもない時期。

 大学自体がすごくいい(学力的にも、学費的にも)という話が解説にある。ニューイングランドのアイビーなんだけど、かなり小さな大学らしい。それとアメリカの大学は「全寮制」で、全然日本の感覚と違う。主人公は大学へ入る前の夏休み(もちろん、9月が新学期である)、長距離バスの休憩時に高校生のプーキーに話しかけられる。もう突然、雷に打たれたように知り合うのである。そして手紙の連発。翌年気づいてみれば、近くの女子大にプーキーが入っていた。

 その後、怒涛の「恋愛関係」が始まってしまう。それはアメリカの学生寮の独特の風習と相まって、嵐のような乱痴気騒ぎの日々というしかない。それで学業は大丈夫なのかと思うと、やっぱり危なくなって休みも取らずにレポート漬けになる。それじゃプーキーと会えなくなるというわけで、すったもんだの末、プーキーが寮に押しかけてくる。もう誰もいない寮で、二人だけの日々が始まる。突然、プーキーがカラスに気を取られて、カラスを撃ち殺そうとなって、ライフルを持ち出す。一体アメリカはどうなってるんだと思うけど、学生寮を二人で占拠できて、そこには銃も置いてある。(銃弾は自分で買う。)

 そんな日々が続いていくうちに、次第に二人の心が離れていき…。青春のどんちゃん騒ぎの日々は永遠に続かない。二人はニューヨークに行ったりするけど、あの素晴らしい日々は戻ってこない。誰にでも(多かれ少なかれ)あるような、若いころのメチャクチャな日々。そんな時代をともに駆け抜けた一風変わった女の子。そのイメージが忘れられない残像を残す。こういう、傷つけあう青春の物語は世界中で書かれたと思うけど、アメリカはまた独特だ。

 ところで、ここでは政治やドラッグが出てこない。その話は最後の対談でなるほどと思った。でも、その代わりに嫌というほどアルコールは出てくる。時代からして、もちろん手紙や電話でやり取りしている。その時のドキドキ感を知らない世代には、この物語はどう感じられるだろうか。もう少し時代が下ると、ベトナム戦争が大きい。「いちご白書」みたいな学生生活になる。もっとも60年代前半にも「公民権運動」はあったわけで、この物語の主人公の位置が「優秀な白人学生」だったのか。

 というか、この小説の眼目は、主人公を置いてしゃべりまくる「プーキー」という女性にあるのだろう。久しぶりにあった彼女が思わず抱き着いてきたため、主人公が倒れて頭を打ち病院で何針か縫う羽目におちいる。それぐらい、スペシャルな存在感を発揮している。彼女は美人じゃなくて、体も貧弱。主人公もスポーツ苦手タイプの勉強タイプで、そういうアメリカ学生の「低位置層」カップルだったということが、実はこの小説の最大の魅力なんじゃないだろうか。

 初めっから危なげに見えたプーキーは、やっぱり大学を途中で辞めるという。そして家に帰った彼女から「最後の手紙」がやがて送られてくる。二人の関係も大丈夫かなと思うけど、それだけなら二人が別れるだけで大学は続けるだろう。問題は実社会に不適応なぐらい、独特な感性を持ち続けたプーキーという女性の「こころ」に方にある。そういう不安定な心を描いたという意味で、この小説は今の日本でもよく通じると思う。細部の状況は違っても、「危ない人を愛してしまう」時の心の揺れは、むしろ今の問題かもしれない。この小説は今こそ読まれるべきだと思う。

 ところで、この小説は1969年にアラン・J・パクラ監督によって映画化された。日本では1970年に「くちづけ」という題名で公開されている。主人公二人は、もう当然のようにセックスしてる時代だけど、それでも「キス」に大きな意味があった。なかなかいい題名だったかもしれない。ヒロインのプーキーは、ライザ・ミネリ(1946~)。言うまでもなくヴィンセント・ミネリ監督とジュディ・ガーランドの娘で、それ以前にブロードウェイで活躍していた。映画に本格的に主演した最初の作品だったと思う。そして、1972年の「キャバレー」でアカデミー賞主演女優賞を得たわけである。

 監督のアラン・J・パクラ(1928~1998)は、もう亡くなってかなり立つので覚えている人も少ないだろう。サスペンス映画や社会派的映画に手腕を発揮した監督だった。もっともアメリカのことだから、独自の「映画作家」というより、演出の専門家というべきだろう。デビュー作が「くちづけ」だったけど、それ以前にもプロデューサーとして「アラバマ物語」を作った。アカデミー監督賞には「大統領の陰謀」一作しかノミネートされてないが、「コールガール」でジェーン・フォンダ、「ソフィーの選択」でメリル・ストリープにアカデミー主演女優賞をもたらしている。

 どこか奇特な会社が現れて、この機会に「くちづけ」をリバイバル上映してくれないだろうか。DVDもないようだし、村上春樹訳ということなら見に行く人もいるんじゃないか。そして、できることなら、ジャーナリズムのあり方、大統領弾劾の前例という意味で「大統領の陰謀」、今も数多く作られているホロコーストをテーマにした映画「ソフィーの選択」(1983年キネ旬ベストワン)と合わせて、パクラ特集をやって欲しいと思うんだけど、まあ無理でしょうね。この監督は、その他に「推定無罪」や「ペリカン文書」など話題のミステリー映画化なども残している。大監督というんじゃないけど、しっかりした演出力で安定していた人だろう。
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鈴木道彦講演会「サルトルと現代」

2017年03月04日 21時22分54秒 | 〃 (外国文学)
 獨協大学オープンカレッジ特別講座の鈴木道彦講演会「サルトルと現代」を聞きに行った。サルトルもだけど、フランス文学者の鈴木道彦さんの話を聞きたかった。2007年に集英社新書から出された「越境の時」は感動的な本だった。1967年に起きた金嬉老事件(在日韓国人の金嬉老=キム・ヒロが暴力団関係者2人を銃殺し、静岡県寸又峡温泉に立てこもった事件)の裁判の支援運動の記録である。その後、プルースト「失われた時を求めて」を一人で全訳したことで知られる。
 
 獨協大学が埼玉県草加市にあることは知っていたけど、始めて行った。自宅から一番近い大学である。先に草加松原を散歩したんだけど、その話は別に。獨協とは、つまり「独逸協会」で、明治時代から続く学校だけど、大学を作ったのは1964年だという。初代学長になったのは、天野貞祐(あまの・ていゆう、1884~1980)である。「オールド・リベラリスト」として知られ、第3次吉田茂内閣で文部大臣を務めた。もう知っている人も少ないと思うけど、その「天野貞祐記念館」の3階大講堂が会場である。

 まずTBSテレビが昨年放映されたサルトル来日50年のドキュメンタリーを見た。サルトルの著者を独占的に出版していた京都の人文書院が1966年に招いた。ちょうどビートルズが来日した年で、ベトナム戦争が激化した時期でもある。映像に出てくる講演会場は超満員で、皆一生懸命聞いている。今も70代、80代で存命の人が多いと思うけど、その後の人生はどういうものだったのか。その時は「知識人」が大きな問題になっていた。単に専門家として生きているだけではダメで、例えば核兵器を開発し技術的に向上させるだけでは「科学者」にすぎない。自分の行いが社会の中でどのような意味を持っているかを考え行動するものを「知識人」というのだ、と。

 サルトルが1980年に亡くなった時に、フランス紙は大きく(何十ページも)取り上げたという。そして、18世紀はヴォルテールの世紀、19世紀はヴィクトル・ユゴーの世紀、そして20世紀はサルトルの世紀だったと書いたと鈴木氏は紹介した。そういう意味での「大知識人の時代」はもう終わったという。社会のあらゆることに語ることを要請される存在、そういうものは確かにもう出ないだろう。一人の人が原理的にすべてに精通するなど、もう不可能である。誰もが「思いつき」をツイートできる時代である。

 鈴木氏がサルトルに注目したのは、50年代のアルジェリア戦争がきっかけだという。フランスに留学していた時に、アルジェリア戦争に反対し植民地主義体制に反対するサルトルの姿勢を知った。戦後の日本では(日本に限らないが)、サルトルはとても有名で影響力があった。「実存主義」が大戦後の新思想ともてはやされ、マルクス主義との関係が注目されていた。今では考えられないと思うほど有名だった。僕が知っている70年ごろも本屋にはズラッと人文書院のサルトル全集が並んでいた。だから、サルトルが来日した時も大歓迎され、ある種「大騒動」にもなったのである。

 そういうサルトルがアルジェリア戦争に反対声明を出すというのは、大変な出来事だったのである。その時の「121人宣言」が資料として紹介されている。
1)われわれはアルジェリア人に対して武器をとることの拒否を尊敬し、正当とみなす
2)われわれは、フランス人民の名において抑圧されているアルジェリア人に援助と庇護を与えることを自分の義務と考えるフランス人の行為を尊敬し、正当と考える
3)植民地体制の崩壊に決定的な貢献をしているアルジェリア人の大義は、すべての自由人の大義である

 これはサルトルの文章ではないというけど、実に堂々たる「反仏宣言」である。というか、植民地主義体制のフランスを批判し、自由、平等、友愛を信じるフランス精神の発揮である。実際に独立戦争さなかに自国を批判するのはとても大変なことである。今の日本でも、自国の過去を批判する人に対して「反日」などと「レッテル貼り」をする人がいる。それを思えば、いかに勇気ある宣言だったかが判る。

 その後、60年代を通したサルトル、ボーヴォワールとの交流、特に「金嬉老事件」に関して、サルトルが出していた雑誌「レ・タン・モデルヌ」に寄稿したいきさつなども興味深かった。もともと小松川事件の少年死刑囚、李珍雨を「日本のジュネ」として書く話があったのだが、多忙で書けなかったという。代わりに金嬉老事件を書いたわけである。鈴木氏がこの事件に関心を持ったのも、もちろんアルジェリア問題を日本人として主体的に引き受けたということである。

 その後、「五月革命」(1968)以後は、サルトルの思想、行動も迷走した感もある。「知識人」そのものが問われる時代になった時、サルトルが「時代遅れ」になったとも言える。でも、鈴木氏は今もサルトルの有効性があるという。一つはサルトルの知識人論で、「専門性」に閉じこもって、その社会的意味を自覚しない「専門家」ではダメだという。さらに「第三世界は郊外に始まる」という言葉。その発想は、後の移民問題、格差と暴動などを予見している。こういう言葉を残しただけでも、サルトルが並々ならぬ眼力の持ち主だと判るだろう。僕も久しぶりにサルトルを読みなおしてみたくなった。

 大学の入り口近くに天野貞祐の銅像や言葉があった。最寄駅は東武鉄道の伊勢崎線(スカイツリーライン)の松原団地駅だが、この駅は4月から「獨協大学前(草加松原)」に改名される。
  
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「ムシェ 小さな英雄の物語」という本

2017年01月08日 18時42分35秒 | 〃 (外国文学)
 キルメン・ウリベ「ムシェ 小さな英雄の物語」(金子奈美訳、白水社、2015、2300円)という本を読んだ。大変感動的な本で、多分知らない人が多いと思うから書いておきたい。新聞の書評で気になって買ったんだけど、自分でも買ったまま忘れていた。年末に部屋を整理したら出てきて、この本は何だっけと思った。最近は単行本はあまり買わないけど、2千円を超えるけど買ってて良かったと思った。

 キルメン・ウリベ(1970~)と言われても、知らない人にはどこの国の人だか見当もつかないと思う。アフリカのどこかの国、あるいは中東や東欧の小国だと言われたら信じてしまいそうだ。著者は国籍で言えばスペインになる。でも北東部に自治州を持つバスク人なのである。いま、スペインでも非常に注目される詩人、小説家だそうで、2008年に出た「ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ」が評判を呼び、日本でも翻訳された。今回の「ムシェ 小さな英雄の物語」は2012年の作品で、世界で広く読まれているという。日本で初めてバスク語から直接翻訳された本だという話。

 話はスペイン内戦時代のビルバオ(バスク州の州都)に始まる。共和国時代に自治権を獲得したバスクは、フランコ反乱軍に攻め込まれる。ドイツの爆撃で知られるゲルニカもバスクだった。ビルバオで孤立する州政府は、子どもたちを外国に疎開させることを決意する。こうして多くの子どもたちが、内戦下のビルバオを逃れてヨーロッパ各地に渡った。この物語は、その国際疎開を題材にした歴史秘話であり、受け入れたベルギーの「小さな英雄」に対する紙碑である。

 ベルギー西北部にあるヘントに生きる若者、ロベール・ムシェがこの物語の主人公である。この本は歴史ノンフィクションなのか、それとも小説なのか、最初はよく判らないんだけど、基本的なストーリイは歴史的事実である。でも、小説として書かれていて、作者は登場人物の心の中を語っている。歴史小説では、信長や信玄が自分の感情を語ったりするが、それと同じかなと思う。でも、作者自身も中に登場したりしていて、なかなか新しい小説のあり方を追求している。

 ロベールには親友のヘルマンがいる。しかし、ロベールは貧しい生まれで、高校の途中で父が倒れて学業を中断しなければならない。ロベールはのちに社会主義者となり、スペイン内戦に新聞から派遣され、ヘミングウェイやマルローとあったこともある。そんなロベールは、若いけど疎開児童を引き取り、カルメンチュがやってくる。二人の心の交流が生まれるが、やがてフランコ政府は疎開児童をスペインに戻すことにする。第二次大戦を間近にして、カルメンチュは帰っていく。

 その後のロベール、そしてヘルマンはどうなったか。ロベールには一人娘がいて、カルメンチュの思い出にちなんでカルメンと名付けられた少女は、母の遺した父に関するさまざまの書類を大切に取っている。それをもとにして、ロベールの人生を追跡するのが、この本ということになる。話は入り組んでいるんだけど、ロベールとヘルマンの友情と断絶、ロベールの戦傷と結婚、戦時下の抵抗と逮捕、ドイツの収容所での日々…と続いていく。一体、ロベールの運命はどうなっていくのだろうか。これから読む人のために、それは書かないことにする。とっても心に響く「小さな英雄」の物語が、そこにあった。

 第二次世界大戦に関して、多くの本が書かれている。ナチス・ドイツの行ったことは、今でも振り返られている。日本でも何本もの映画が公開されている。ヨーロッパではむしろ、いまこそ振り返ろうとしているのに対して、日本では歴史への無知を恥ずかしがらない風潮さえある。そんな日本の中で、この小さな物語はどれほど読まれることだろう。地元の図書館にもあるのではないかと思うから、ぜひ読んで見て欲しい。歴史の大きなデッサンばかりではなく、実際に生き社会を支えている「小さな英雄」こそ、われわれが「発見」しないといけない。そんな感動本である。

 最後にちょっと、バスク人について。今でも「謎の民族」と言われ、周囲を隔絶した言語を話すとされるバスク人。ピレネー山脈の両側に渡り、スペイン、フランスに居住している。今ではインド・ヨーロッパ語系の人々が移動してい来る以前の、原ヨーロッパ人の文化を受け継ぐ人々ではないかと言われているらしい。イエズス会を作ったロヨラザビエルがバスク人だということは有名だけど、ウィキペディアを見ると南米に多くのバスク系の人々がいる。なんとチェ・ゲバラエバ・ペロンはバスク系アルゼンチン人。チリで社会主義政権を率いたアジェンデ、それをクーデタで倒したピノチェト、クーデタ直後に亡くなったノーベル文学賞詩人のネルーダ。3人ともにバスク系チリ人として掲載されているのには驚いた。
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村上柴田翻訳堂②-村上春樹をちょっと②

2016年11月18日 21時30分00秒 | 〃 (外国文学)
 前回は「結婚式のメンバー」の話だけで終わってしまった。新訳のもう一冊、柴田元幸訳「僕の名はアラム」は、ウィリアム・サローヤンの作品。名前で判るんだけど、アルメニア人である。カリフォルニアに住んでいた少年時代の話。昔、「わが名はアラム」として読んだから、今回はまあいいかと思って買ってない。サローヤンは昔はずいぶん訳されていて、僕も何冊か持っている。

 次からは復刊作品が6冊出ている。ラインナップが発表されてから、僕が一番期待していたのが、8月末発売の2冊。一つはジェームズ・ディッキーの「救い出される」である。昔「わが心の川」として翻訳が出たけど、文庫化は今度が初めて。映画「脱出」(1972、ジョン・ブアマン監督」の原作である。「脱出」という邦題の映画は、ヘミングウェイ「持つと持たぬと」の映画化作品(ハワード・ホークス監督)もあるわけだけど、今じゃそれをしのぐカルト映画として有名になっている。

 映画を数十年前に見た時から、原作を読みたいと思っていた。でも、文庫にならなかったし、読む機会がなかった。今度読んでみて、時間が経って読みにくいなあというのが実感。「弓術」って何だっていう感じで、多分「アーチェリー」のことだろうと思うわけ。主人公たちが「冒険旅行」に出かけるまでが長くて閉口した。アメリカ南部ジョージア州で広告会社を営む主人公は、友人に誘われて「カヌーイング」に行く。カヌーイングというのは、カヌーで川下りをすることだけど、この本が出た時代にはそういう言葉は日本ではなかったから使われてない。ダムができる前に、地図もない川に出かけるところが、もう無謀としか言いようがないけど、それが思わぬ悲劇的な展開につながっていく。

 まあ、その次第を全部書いたら面白くないけど、巻末に村上・柴田の解説対談が付いていて、これが滅法面白い。自然描写の話などもなるほどと思ったけど、結局この物語は「ベトナム戦争の時代」なんだと言われて納得した。同じころに作られたペキンパーの映画「わらの犬」と似た部分があり、「人間の中に潜む暴力性の発見」なのである。また、コンラッドの「闇の奥」、それに基づく映画「地獄の黙示録」なんかにも似ていると言える。ずっしりと読みごたえがあるが、途中でカヌーがどんどん流れていくあたりから、読んでる方も勢いがついてきて止まらなくなる。

 同じ時に、リング・ラードナー「アリバイ・アイク」も出た。この本も初文庫化。もともとスポーツ・コラムニストだった人で、自分の書いてるものが「文学」だと思ってなかったらしい。しかし、その饒舌体のユーモアが大評判になり、本にまとめられた。ホントの話なのかどうか、今となってはどうでもいいけど、大リーグの野球に材をとった表題作が笑わせる。しかし、だんだん読んでいくと、シリアスというか、それを超えたブラックユーモア、あるいはほとんどホラーに近い作品もある。たくさんあって、ちょっと飽きてくる感じもするが、この本はアメリカを知るためにも必須の本ではないか。

 これも解説対談が非常に面白く、ラードナーの位置づけがよく判る。マーク・トウェインもジャーナリストから「作家」になったわけだが、同じような経歴だという。ヘミングウェイやフィッツジェラルドら「ロスト・ジェネレーション」以前の作家として、「自我」に悩まずに爆笑トークを繰り広げる。面白いのは間違いない。なお、息子のリング・ラードナー・ジュニアは、脚本家として有名。ロバート・アルトマンが朝鮮戦争を題材に戦争をコケにした「M★A★S★H」の脚色でアカデミー賞を受賞している。

 さて、野球を描いたアメリカ小説と言えば、フィリップ・ロス「素晴らしいアメリカ野球」が一番。僕はこの小説が集英社の世界文学全集から出た時に、すぐ読んだものだ。ムチャクチャとしか言えない話で、爆笑に次ぐ爆笑で読み終わった思い出がある。フィリップ・ロスは近年読んでいて、ここに記事を書いた。だから、これも読み直して記事を書こうかと思って、全集を持ち出してきたものだ。だけど、悲しいかな、もう字が小さくて、どうも取り組み元気が出ない。そうこうするうちに、今回新潮文庫で復刊された。

 ああ、でも、ちょっと予想が外れたなあ。現在の僕の「PC」(政治的公正さ)感覚からすると、ちょっと笑えないジョークが多すぎないか。「愛国リーグ」なる第三のメジャーリーグをでっち上げ、架空球団の歴史を物語る手際は実に鮮やか。でも戦時中に手が足りない球団に属する選手たちの設定は、どうも今ではやり過ぎで面白くない。そんな気もしてしまったわけである。でも、読書好きなら一度は読んでおくべき名作(迷作)に違いない。

 ところで、前回村上春樹、柴田元幸両氏の新訳本は11月末に出ると書いたけど、今日翻訳堂サイトを見たら、来年2月刊行と延びていた。まあ、翻訳とはそういうもんかと思うが。そういえば、本についてあまり書いてないと昨日述べたけど、映画や教育、政治などの記事に比べて、閲覧数がグッと落ちるんだということを忘れていた。求められてないことは少なくなるということなんだけど、まあブログ順位を競う気もないので、好きなことを書く方がいいなと思う。本の話を書いてる方が、自分では面白い。
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村上柴田翻訳堂①-村上春樹の本をちょっと①

2016年11月17日 23時27分41秒 | 〃 (外国文学)
 米大統領選の話はまだ続くのだが、ちょっと置いて本の話。(ところで、米大統領選の開票作業はまだ続いている。どういうことなのか判らないけど、両候補の得票数も毎日少しづつ変わっている。クリントン票はついにトランプ票を100万票も上回った。選挙人数は変わらないけど。でも、ホントどうなってるんだろう。確認作業や海外の投票などが加わったりしているんだろうか。)

 このブログを見ている限りでは、僕はニュースや映画の記事が多いなと自分でも思う。でも、本当は「本を読む」方が日々の暮らしでは大事なのである。本を読まない日はないし。だけど、映画は一日で完結するから、感想も書きやすい。本の場合、長編は読み終わるまでずいぶん長くかかる。それに、自分だけで大切に読んでいたいといった思いもしてきて、つい書かずじまいになることもある。いま、ちょっとこのブログの「カテゴリー」整理をしてるんだけど、本のことはあんまり書いてないなあと思った。

 ということで、最近読んでるアメリカ文学の話である。今年はずっとアメリカ大統領選のニュースが続いた。政治や経済も大事だけど、その国の文化を知りたいなあと思うと、本を読みたくなる。アメリカの場合、音楽や映画も大事だけど、僕はやっぱり本が読みたいのである。だから、ずっとアメリカ文学を読みたいと思ってたんだけど、やっと10月から取り組んでいる。

 大統領選というより、「村上柴田翻訳堂」の本がたまってきたので、早く読んでしまいたいということが大きい。これは新潮文庫で1月から刊行されている米英文学の新刊、復刊シリーズである。村上春樹柴田元幸がそれぞれ新訳を2冊刊行し、残り6冊が復刊される。いま一番信用できる翻訳家(の何人か)に入る両人が新訳に取り組む意義は、リンク先の「ごあいさつ」を読んでほしい。

 僕は昔からアメリカ文学が大好きで、村上春樹が営々と翻訳しているアメリカの作家は、ほぼ全員をそれ以前の訳で読んできた。フィッツジェラルドサリンジャーカポーティチャンドラージョン・アーヴィング…。もちろん村上春樹しか訳していないレイモンド・カーヴァーなんかは村上訳で初めて知ったわけだが、他の人は前から読んでいた。ずいぶん前のフィッツジェラルドはともかく、戦後の作品は数十年前の翻訳が残っている。サリンジャーやチャンドラーなんか、ずっと従来の本が読まれてきた。

 でも、確かにチャンドラーの前の訳は古くなっていた。全訳じゃないのもあったし、40~50年代のカリフォルニアの生活様式が、50年代の日本では理解不能だったこともある。マンションやスーパーマーケット、マイカーなんかがない社会では、チャンドラーは完全には理解できなかったのである。だから、今後は「ロング・グッドバイ」(最高傑作)や「大いなる眠り」は村上訳がベースとして読まれていくだろう。

 カポーティの「ティファニーで朝食を」も同様。名前だけ映画の原作として知られているが、実は第二次大戦中のニューヨークを舞台にした「不思議な女の子」の話である。この小説の面白さ、奥深さは村上春樹訳で初めてよく判った気がした。実に面白いんでビックリした。こんなに面白かったのか。新潮文庫は「冷血」でさえ新訳を出しているんだから、ここはぜひとも「遠い声、遠い部屋」も新訳して欲しい。数年前に、昔大好きだったこの本を再読したら、翻訳が古びてしまっていたことに愕然とした。

 さて、今度の「村上柴田翻訳堂」で村上春樹がまず訳したのは、カーソン・マッカラーズだった。1967年に50歳で亡くなった南部の女性作家である。カポーティやフラナリ―・オコナー、そして巨匠フォークナーなんかも入れることがある「南部ゴシック」系の作家である。昔はほとんどが文庫に入っていたけど、気づいてみれば今は一冊もない。僕もほとんど読んでいる好きな作家で、確かにこれはもったいない事態だった。そこで村上春樹訳で「結婚式のメンバー」が刊行されたわけである。

 あれ、これは読んでなかったかなあ、名前に記憶がないなあ。と思ったら、加島祥造訳で今はなき福武文庫から出ていた「夏の黄昏」という本で読んでいた。まさに夏の黄昏に展開される、12歳の少女の物語である。フランキーは南部の町で大人になりつつある。「思春期」の訪れを持て余している。自分の世界の中に、大人の女が育ちつつあることを受け入れられない。まだ世の中の仕組みも、セックスのことも、何もよく判っていない。そんなちょっと変わった少女が、兄の結婚式を控えて、一緒に家出するんだと決意する物語である。そしてどうなるか?

 実に新鮮で、この小説は新しく日本でも多くのファンを獲得するだろう。いやあ、これもこんなに面白かったっけとあらためて感心した。ちょっとエキセントリックでもあるマッカラーズの文学世界。その下に潜んでいる「永遠の少女」性が、今もなおこれほど新鮮だったのか。自分が世界で受け入れられていない、ここから出て行かなくてはいけないと思い込んでいる、世界中の多くの若い(あるいは年老いた)人々に捧げられたような物語である。でも、読んだ人は、そのイノセントな世界がどれほど残酷に「現実」というものに傷つけられるかを知って、「畏れ」を感じざるを得ないだろう。

 いかにも、南部の夏の夕方というムードを漂わせる描写もうまい。「南部ゴシック」を改めてちゃんと読み直したいなあという気にさせる小説だった。こうなったら、デビュー作「心はさびしい狩人」(映画化題名「愛すれど心さびしく」)もぜひ新訳を出してほしいと思う。かつて新潮文庫に河野一郎訳で入っていた。他の訳者の翻訳もあるらしいけど、それがいいのならそれでもいい。アメリカ文学が好きな人には、それなりに知られている作家だけど、一般的にはそんなに知名度はないだろう。でも、とてもユニークな作家で、それはフラナリー・オコナーにも言えるけど、忘れがたい作家なのである。

 アレレ、これだけで長くなってしまったので、他の小説は次回に回したい。最後に、11月末に刊行されるはずの、村上春樹新訳の本について。それは新潮社のサイトに数か月前に予告が出ていて、柴田元幸はナサニエル・ウェスト「イナゴの日/クール・ミリオン」となっている。「イナゴの日」は映画化されているし、ウェストは「孤独な娘」が岩波文庫に最近入って、僕も読んだ。だけど、村上訳はジョン・ニコルズ「卵を産まない郭公」だって出ている。誰、それ? 何、それ? さっそく検索したけれど、どうも作家についてはよく判らない。(刊行は2017年2月の予定。)

 でも、この作品については判った。これは1969年のアメリカ映画「くちづけ」の原作である。そんな映画知らないぞって言われるかもしれない。同名の映画が日本にもあった(2013年、堤幸彦監督)。増村保造のデビュー作も「くちづけ」である。それじゃやない。ライザ・ミネリの本格的映画主演第一作である。ジュディ・ガーランドとヴィンセント・ミネリの娘であるライザ・ミネリは、20歳になる前からブロードウェイのミュージカルスターだったけど、歌もダンスもない一般映画の女優も始めたわけである。でも、少し後の「キャバレー」があんまり素晴らしくて、もう「くちづけ」なんて映画は誰も覚えてないに違いない。

 でも、僕はこの映画を見ている。忘れられないというほど大好きではないけど、検索して出てきたら映画のことは思い出した。多分、文芸座のオールナイトで見たんじゃないか。学生時代はそんなこともできたのである。結構傷つき、傷つけあうシビアな青春映画だったと思う。アメリカ青春映画によくあるような、「心を病む」展開だったと思う。この小説を村上春樹が選んだ理由はなんだろう。映画を見てないことはないだろう。それにしても、この作家は全然知らない。いやあ、期待はするんだけど、ちょっと心配もあるような…。
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「帰ってきたヒトラー」

2016年05月04日 18時37分42秒 | 〃 (外国文学)
 2012年にドイツで大ベストセラーになった小説、ティムール・ウェルメシュ「帰ってきたヒトラー」。映画化され、日本公開されるのに合わせて、河出から文庫化されたので読んでみた。案外軽くて読みやすく、スラスラ読めてしまう本だった。面白いことは面白い。
 
 2011年、ドイツの首都ベルリン。ある夜に突然ヒトラーが目覚める。ヒトラーはドイツ敗北直前に自殺した(とされる)。1889年に生まれて、1945年4月30日に死んだ。遺体はガソリンを掛けて焼却されたとされる。だから、死体はない。連合国側に死体が渡るのを恐れたらしい。そこで、ヒトラーは生きているのではないか的な憶測も昔は存在した。でも、仮にどこかで生きていたとしても、もう自然死しているほどの時間が経った。120歳を超えて活動できるわけがない。だから、この小説では「どこかで生きていた」のではない。ガソリンをかぶったまま、なぜか「冷凍保存」みたいになっていて、突然よみがえる。

 小説は何だって可能なんだから、そうなっちゃったという前提で話が進む。アドルフ・ヒトラーが、当時のまま再来するのである。で、どうなるか。人々は「ヒトラーなり切り芸人」と思う。売れるためにそこまで整形するもんかねという感じ。「本名」はアドルフ・ヒトラーだけど、そこまでなりきって本名を明かさない本格芸人だと。テレビ局と契約し、番組に出て「ホンネトーク」すると、インターネットで大受けする。「ユーチューブに出ているんですよ!」「アクセス数が70万回を超えました!」

 こうして、一種の社会現象となっていくが、ネオナチに突撃取材し、タブロイド新聞と衝突し、襲撃されて入院する。ヒトラーも昔と違っていることをだんだん学んでいき、「インターネッツ」(なぜか「ネッツ」と思い込む)で活動を続けていくのである。その過程を「ヒトラーなりきり」の「ヒトラー目線」の一人称でつづっていくのが、この本。その「現代観察」のずれと、一種の「なるほど感」が面白い。

 例えば、昔ながらの一枚刃のカミソリが欲しい。慣れているのである。大体、携帯電話のように、一つの機械で何種類もの機能を持つというのが気に入らない。(なるほど、それは便利だと思うのは若い人で、「便利になればなるほど、扱いにくく不便になる」と高齢者が思っているのは世界中同じである。)だけど、周りの人間も入手できず、自分で買いに行くことになる。なんで「総統」自ら買い物に行かされるのかと怒りながら。そうして行ってみると、店員が少なく、自分で商品を見つけないといけない。おかしいと思うが、もう少し考えると、これは良いシステムだと思う。何故なら若者を商店で働かせずに済めば、その分国防軍で使えるからである。だが、調べてみると、軍隊は増えていない。では、若者はどこへ行ったのか…と果てしなくトンチンカン思考が続いて行く。どこへ行きつくかは自分で読んでください。この「変な味わい」が、まあ魅力。

 何しろ、「本物のヒトラー」なんだから、戦前の知識と感覚しかないわけである。そこで本気でトークすると、現代では過激なジョークとして機能する。その辺が、ヒトラーへの風刺と同時に、現代社会への風刺となる。だけど、外国人、特にトルコ人や東欧から来た人々への「偏見」がいっぱい出てくる。ユダヤ人への差別感ももちろん。現代ドイツが繁栄しているのを見て、やはり(「ドイツ人を搾取していた」)ユダヤ人をナチスが減らしたからだと解釈するのである。あまりにも突飛なので、それが「差別」だと誰も受け取らないレベルだとしても、これは「きわどすぎる」と感じる人もいると思う。そうした批判はドイツでもあったようだ。だけど、まあ、それは「風刺」なんだから、それが誰でも判るレベルだから、僕は問題はないと思う。だが、その分、「風刺小説」として軽くなっているのも確かだ。スラスラ読めて、それでおしまい的な感じもする。(イスラエルでも翻訳されたという。)

 作者は1967年生まれのジャーナリスト。ハンガリー難民の父とドイツ人の母の間に生まれた。自分が東欧系の出自を持つから、東欧出身者への「ヒトラーの蔑視」をも書けたということだろう。ジャーナリスト的な読みやすい文章で、よく勉強していることが判る。一種のジャーナリズム的な面白さの本だろう。
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サマセット・モームを読む

2016年01月20日 22時59分23秒 | 〃 (外国文学)
 年初からしばらく、たまったサマセット・モームの本を読みふける。特に理由はないんだけど、もともと大好きでたくさん読んでいる。一時は翻訳が減ったものの、最近でも文庫で新訳が出たりする。その度に買っておくが、何冊かまとまったのでそろそろ読もうかな。何となく、ミステリーも新書や…に飽きてくると、古典的な「面白い物語」に体が飢えているような気がしてくる。

 サマセット・モーム(William Somerset Maugham 1874~1965)は、20世紀イギリスでもっとも読まれた作家ではないか。生前は大人気で、85歳で日本を訪れた時は大歓迎を受けた。日本で発行された世界文学全集では、モームに1巻どころか、時には2巻も割り当てた。英語が判りやすいし、物語性に富むから、日本の大学の授業なんかでも、よく使われていた。そういう思い出がある人が多くて、最近はモーム人気が復活しているようだ。僕自身も大学でモームを読んだ記憶がある世代である。

 昔からモームは好きで、代表作の一つ「月と六ペンス」なんか3回も別の翻訳で読んでいる。(龍口直太郎訳の旺文社文庫、中野好夫訳の新潮文庫旧版、行方昭夫の岩波文庫。)最近も土屋政雄訳の光文社古典新訳文庫、金原瑞人訳の新潮文庫と新訳が出ているが、さすがにそこまではいいかなと思って読んでない。ゴーギャンの人生にインスパイアされた物語で、最初は何だろうと思うところもあるが、途中から止められなくなる。モームほど「俗物」をうまく描く作家はいないのではないか。(ただし、ラスト近くのハンセン病に関する設定は、今となっては疑問が残るところである。)

 最高傑作は、もう間違いなく「人間の絆」(Of Human Bondage、1915)で、第一次世界大戦中に発表されたから評価が遅れたけど、今はモームに止まらず、世界文学史上の大傑作と認められている。モームが自分の心の救済を目的に書いた作品だけど、フィクション化と物語性が非常にうまくできている。文庫本3冊の長い作品だが、途中から長さを意識せず、主人公の運命に一喜一憂する。それでいて、人生とは、愛とは…と深く考えさせる内容で、ひたすらすごい小説。新潮、岩波の両文庫にある。長いけど面白くて読書の楽しみを満喫できるのは、「人間の絆」とスタンダールの「赤と黒」だと思う。

 ところで、今挙げた二作は今回は読んでないわけ。モーム傑作選「ジゴロとジゴレット」(金原瑞人訳、新潮文庫)が昨年9月に出た。新潮には「雨・赤毛」という「南海もの」が生き残っているので、それ以外の作品が選ばれている。この本がまず読みたかった。岩波文庫に「モーム短編集」が上下で入っていて、同じ作品も多いんだけど、忘れているし面白いから別訳で何度も読みたい。「マウントドラーゴ卿」とか「ジェイン」は、どのモーム短編集でも選ばれる。「俗物性」に関する観察がこれほど鋭いということは何なんだろうか。ものすごく面白い。でも皮肉ばかりではなく、「サナトリウム」のように人間性の善なる側面も捉えられている。これは数多い「結核サナトリウム小説」の中でも大傑作だろう。だけど、皮肉または暖かな目で見つめるだけではない視点があるのが「征服されざる者」で、第二次大戦中のフランスでドイツ兵に犯された女性を描いている。「戦時性暴力」をこれほど厳しく見つめている作品が書かれていたとは…。「アンティーブの三人の太った女」という短編も、南仏のリゾートで遊びながらダイエットを考える女たちの話で、現代日本でこそ面白く読める話だろう。欧米に憧れていた時代が終わり、世界文学の読み方も変わってくる。モームの現代性がここにある。

 「お菓子とビール」(1930)は、昔新潮文庫の「お菓子と麦酒」を読んだけど、よく判らなかった。今度、行方昭夫新訳の岩波文庫を読んで、初めて判った気がした。筋書きだけはつかめるのである。だけど、それがどんな意味を人生上に持つのか、主人公の思いが読んでいて沁みとおってくるには、ある程度の年齢が必要なんではないか。有名作家が亡くなり、故人と若い時に関わりがあった者として、「悪妻」とされる有名作家の前妻を思い出す。その思いの深さ、せつない思いが今の方が僕に判る気がする。モデル問題が解説で触れられていて、よく判った。モーム自身が一番好きな小説だというが、それはモデル問題も関わっているらしい。この小説から読むと、モームが遠くなると思う。短編や「人間と絆」を読んで、「お菓子とビール」は後に取っておくほうがいい。

 ちくま文庫で、モームの新訳がずいぶん出ている。ちくま文庫は、かつてモーム・コレクションとして10冊近く出していたと思う。僕はそれを全部読んでいる。新潮文庫でいっぱい出ていた短編集がほぼ絶版になってしまたのだが、その代わりにちくまが出してくれた。だけど、それもかなり品切れ中。また出して欲しいと思う。12月に「片隅の人生」が出て、これは読んでない本だから、すぐに買った。「南海もの」ただ一つの長編だという。中国の福建省・福州で貧しい中国人の中で眼科医をしているサンダース医師。大富豪に招かれて、南海の島(マレー列島の「タカナ島」という架空地名)に行く。そこに謎の帆船が到着し、ニコルズ船長とフレッド青年が乗っている。そして、船中で、また寄港した島で、サンダース医師は「人間観察」をする。だから、設定がこっている割にはアクションは少なく、人間性をめぐる内面劇となっている。そこがいかにもモームらしく面白いが、やはり最高傑作レベルではない。

 それより2001年に出てまだ読んでなかった「昔も今も」が面白かった。1946年に出た最後から2番目の長編で、ルネサンス期のイタリアが舞台。主人公はかの「君主論」のマキアヴェリ。フィレンツェ共和国の外交官として、チェーザレ・ボルジアのところに派遣される。その外交的駆け引きとともに、「恋のかけひき」にも熱中するのがいかにもイタリア人。そのやり取りが素晴らしく面白く、何だこれはと思いながら読んで行くと、ラストで落ちがある。ルネサンス期イタリアは教皇領やヴェネツィア、フィレンツェ、ナポリ王国などにフランス、スペインなどが絡み、訳が分からないほど複雑。この小説も地名が厄介だけど、地図が付いている。日本で言えば「秀吉と利休」(野上弥生子)といった具合かと思うが、「政治」なるものの構造を観察するモームの目はさすがに冴えている。ついでに2014年に出た「女ごころ」の新訳(ちくま文庫)。これは前に新潮文庫で読んでいる。第二次大戦前のフィレンツェで、山荘を借りて住む若き英国未亡人をめぐる恋のさや当て。いつ読んでも面白い中編だが、展開をほとんど忘れていたので、こうなるんだと驚き。

 最後に、岩波文庫で続々と新訳を出してきた行方昭夫(なめかた・あきお)氏の「モームの謎」(岩波現代文庫、2013)。モームの人生と小説の謎が現時点での研究成果をもとに解明されている。結局、「同性愛者」だったことをいかに隠し続けたかがポイントなのである。「同性愛」というより、多分「両性愛」なのかと思うが、「秘書」として長年関わった男性がいた。それを隠すためにさまざまな制約があった。1930年ごろまで、イギリスを代表する人気劇作家で、多くの舞台劇を書いてお金も儲かったが、ある時期から受けるためのコメディを書かなくなる。そして南仏リヴィエラ海岸に大邸宅を建てて住みつく。それもアメリカ人の「秘書」が英国で同性愛を理由に「国外追放」となって英国に入国できなかったのが最大の理由らしい。アンドレ・ジッドやフォースターなど当時の作家にも同性愛が多いが、それらは生前は隠されていた。日本でも、大人気だった戦後の一時期には、性的志向の問題は全く触れられなかった。問題意識の外だったのだろう。「皮肉屋の女嫌い」なんだと思われていた。だけど、けっして「女嫌い」ではないことが行方著で判る。嫌いなのは「俗物」で、俗物男性を描いても人は当然だと思うが、俗物女を徹底的に厳しく見つめると、人は「女嫌い」などというのである。他にも、第一次大戦中に英国情報部に頼まれスパイ活動を行ったことは、「アシェンデン」という短編集で有名だが、実像はどんな様子だったのかとか、日本旅行の実際などいろいろ興味深く書かれている。モームの人生を判りやすく伝える名著で、納得できる点が多い。なるほどこれがモームの実像か。
     
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やっぱりすごい「チェルノブイリの祈り」

2015年12月18日 23時41分49秒 | 〃 (外国文学)
 スベトラーナ・アレクシエービッチチェルノブイリの祈り」(岩波現代文庫)を読んだ。判りますか?今年のノーベル文学賞受賞者の、いまのところ日本語で読めるただ一つの本。(報道されている通り、版権切れとなっていた何冊かの本は、来年に岩波現代文庫で刊行されるとのことだが。)「チェルノブイリ」とは、もちろん1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故のことを指す。チェルノブイリはウクライナ北端にあったが、被害はむしろ北方のベラルーシに多かった。

 これはやっぱりすごい本だった。というか、あまりにも凄まじい状況に言葉を失うような本である。だから、ここではあまり長く書かずに、とにかく読んでみましょうと言うことにしたい。著者は「ノンフィクション作家」として初の受賞と言われるが、普通の意味での「ノンフィクション」ではない。自分の見たこと、考えたことを書くのではなく、多くの人々の声を聴き、再構成して、「語り」の集成として提出するのである。しかし、これは紛れもない「文学」である。かつて読んだことがないような「多声的」(ポリフォニック)な世界であり、「チェルノブイリ交響曲」というか、「受難曲」になっていると思う。

 読みにくいということはない。ほとんどは現地に住む人々の体験であり、難しいことはないんだけど、ではスラスラ読めるかというと、多くの人は読み留まるところがある本だと思う。本の厚さに比べれば、思ったより読み通すのに日数がかかったなと振り返る本だと思う。いやあ、ここまで大変な中身があると、そうそう簡単には読めないですよ。そして、その体験の多くは「ベラルーシ」と「ソ連」に関わる。

 著者は「ソ連崩壊」に関する本をいくつも書いているが、今では若い人は「ソ連」(ソヴィエト社会主義共和国連邦)を知らないわけである。この本を読むと、多くの人は原発事故を「西側工作員の破壊工作」と信じた。ホントかよと思うけど、この本にはそういう証言がかなり出てくる。当局の宣伝というより、とにかくそういう発想を受け入れる人々をソ連は育てていたということなのである。そして、消防士たちは「愛国的情熱」で、何の防備もせず(与えられず)に原発事故に向かい合った。素手で黒鉛を処理したり。だから、すぐに死んでしまった。これは「英雄的な犠牲」ではなくて、「殺人事件」であると思う。だけど、人々の多くは怒りではなく、愛国的献身で事故に対したのである。

 さらに「ベラルーシ」(著者の祖国)では、これはウクライナの事故で、ベラルーシでは安全だというような宣伝がなされたらしい。この本は事故後10年たって1997年に刊行されたが、ベラルーシではまともな情報がなされていないように書かれている。ベラルーシは1994年以来、ルカシェンコ大統領の独裁的統治が続いていて、「ヨーロッパの北朝鮮」などと呼ばれる国だから、恐らくその後もきちんした情報は開示されていないのではないだろうか。「フクシマ」もひどかったけど、あるいは「ボパール」(インドの化学工場事故)などひどい「事故」は世界にたくさんあるが、チェルノブイリは度外れている。

 スベトラーナ・アレクシエービッチ(1948~)は、1984年に「戦争は女の顔をしていない」という第二次世界大戦(「大祖国戦争」)に従軍した女性の証言をまとめ、舞台や映画になって評判を取った。1985年の「ボタン穴から見た戦争」は同じく第二次大戦中に子どもだった人の証言。この最初の2冊が来年刊行される本。1991年にはアフガン戦争の帰還兵の証言「亜鉛の少年たち」(邦訳名「アフガン帰還兵の証言」)、1994年には「死に魅入られた人びと―ソ連崩壊と自殺者の記録」という副題通りの本が出た。この2冊の本は邦訳もあるが、今は書店では入手できない。そして1997年に本書「チェルノブイリの祈り」。最後に2013年に新作「セカンドハンドの時代」があり、来年岩波書店から刊行されるとのこと。松本妙子氏の訳はとても読みやすい。「アレクシエービッチ」と「ヴィッチ」にしないのは訳者の考え。

 読んでいて思ったのだが、日本で書かれた多くのドキュメント的作品、例えば荒畑寒村「谷中村滅亡史」を思い出したのである。広島、長崎を描く多くの文学、例えば長崎の林京子、あるいは水俣を舞台にした石牟礼道子なども、ノーベル賞級の作家と言っていいのではないか。
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鹿島茂のフランス本を読む

2015年11月21日 00時16分27秒 | 〃 (外国文学)
 今回もちょっと前に読んだ本なんだけど、鹿島茂(1949~)のフランス、というかパリに関する本を紹介。鹿島茂という人はいろいろな分野の本をたくさん書いている人で、歴史、映画、ファッションなど関心領域が広い。古書収集家でもあるけど、関連のポスターや衣装なども集めていて、展覧会まで開かれていて僕も見に行ったこともある。「渋沢栄一」という分厚い文庫本2冊も持っているが、それは読んでない。「吉本隆明1968」(平凡社新書)という本もあるけど、これは持ってない。

 最初の本は「レ・ミゼラブル」百六景」(1987)だけど読んでない。90年代に入ると怒涛のごとく本を出し続けて、軽い本や翻訳まで入れると100冊を超えているようだ。僕は91年に出た「馬車が買いたい」(白水社)の書評を読んで無性に読みたくなって夢中で読んだ思い出がある。だけど、単行本を買ったのはその一冊のみで、そこまでフランス文学やパリのさまざまに関心はないよという感じでずっとスルーしてきた。だけど、読み始めると途中で止められないほど面白い。本屋で持ってない本を買い集めて読んでしまった。それらのパリ本は後回しにして、まずは歴史と映画から。
 
 「怪帝ナポレオン三世」は講談社学術文庫に入っていて、文庫化された2010年に買っておいた。1650円もする厚い本だけど、まあ当時は授業に関連するかもといった気持だったのか。この本はかの「偉大な皇帝の凡庸な甥」に関する「バカ説」を徹頭徹尾検討して否定しつくした本で、快著であり怪著でもある。裏表紙から引けば「近現代史の分水点はナポレオン三世と第二帝政にある。『博覧会的』なるものが、産業資本主義へと発展し、パリ改造が美しき都を生み出したのだ」。ナポレオン三世の陰謀家時代から検討し、ある種「成功したただ一人の空想的社会主義者」だったと位置付ける。パリ市長に抜てきしたオスマンによるパリ大改造なくして、現代のパリはなかった。著者によると、歴史系の人はマルクスの言説に影響され過ぎていて、ついナポレオン三世を軽視してしまうのだと。言われてみると、僕もかの名著「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」を通してみていたと思う。

 一方、中公文庫に入っている「昭和怪優伝」は、若き日に見まくっていた映画に関する本で、60年代、70年代頃の脇役的人物を取り上げている。名前だけ挙げておくと、荒木一郎、ジェリー藤尾、岸田森、佐々木孝丸、伊藤雄之助、天知茂、吉沢健、三原葉子、川地民夫、芹明香、渡瀬恒彦、成田三樹夫の12人。書きだすと長くなるから細かいことは書かないが、岸田森、天知茂、成田三樹夫なんかは、この手の本には欠かせない常連だと思うけど、吉沢健が出ているのがうれしい。三原葉子や芹明香も、この顔触れの中では納得できる選択だが、僕個人は三原葉子は世代的にほぼ知らない。でも芹明香はすごかった。僕は浜村純とか角梨枝子も入れたいけど、知らない人に意味ないから止め。

 パリ本は山のようにあって、一度読みだすと止められないのは、こういう文学的、歴史的な都市うんちく本が大好きなのである。日本でも江戸、東京に関するうんちくが好きで、よく読む。それ以上に映画や温泉に関するトリビア情報が好きで、ずいぶん読んでる。ここで披露する意味もないから書いてないけど。だから「文学的パリガイド」や「パリの異邦人」は特に面白い。後者はパリに来た外国人のエピソード集で、ヘミングウェイやヘンリー・ミラーなんかの他、アンデルセン、カサノヴァ、レーニン、ケルアックと多士済々でまことに興味深い。「クロワッサンとベレー帽」、「パリ・世紀末パノラマ館」なんかも面白い。前者は「ふらんすモノ語り」と題されて、いくつもの小さなエッセイが楽しい。後者は「エッフェル塔からチョコレートまで」と副題されている。こういう雑学こそ楽しいのである。
   
 だけど、もっと面白いのは歴史的な考察に基づく社会史的とも言える本で、「パリ時間旅行」はエッセイではあるがパリの歴史的な移り変わりがよく判る。オスマン市長の改造以前のパリが、いかに汚染された都市だったかという話がいっぱい出て来て、実に身に沁みる。東京でも似たような問題はいっぱいあった。そんな街だからこそ香水が発達したのだというのは納得できる。「明日は舞踏会」という本も興味深い。「舞踏会」という、名前だけはよく聞く社交界の内実を描きつくした本。男はダンディを競い、女はコルセットで肉体を締め付け優美なドレスで自らを装う。そこに始まる苛烈なる恋愛ゲームの諸相。フランス古典文学に出てくる舞踏会のすべてが判る本だけど、詳しすぎるのが問題かも。
 
 以上、ナポレオン三世の本以外はずべて中公文庫にズラッと入っている。他にも読んだけど、以下の2冊だけ触れておく。それは角川ソフィア文庫というのに入っている「パリ、娼婦の館 シャン=ゼリゼ」と「パリ 娼婦の館 メゾン・クローズ」で、フランス娼婦2部作。いやあ、こういうセックス関連の本ってどうなんだろう。買いにくいとも言えるが、昔の外国の話だから研究以外の意味はないとも言える。でも、これはフランス文学を読むときに必須の本である。それは歌舞伎とか落語とかをもとにして昔の日本を研究しようと思ったら、「吉原」を知る必要があるのと同じである。モーパッサンの「テリエ館」という短編は娼館を描いた作品だけど、この本を読んで初めてよく判った。また、フランス文学には「高級娼婦」という日本的な感覚からは不思議な存在がよく出てくる。これが何だかよく判らなかったけど、これらの鹿嶋氏の本で始めて判るのである。バルザックもゾラも書いてる主人公は「高級娼婦」だった。名前だけ有名な小デュマの「椿姫」もオペラの物語という感じで、うっかり純愛ものみたいに思うと大間違いで、椿姫とは高級娼婦だった。今も文庫で出てるから読んでみると、これが大時代の大ロマンで、高級娼婦を養うのは並の男ではできない大事業だとよく判った。貧富の差と身分の差の中で美貌の女は自らの容貌を売るしかない。ある意味で今に通じる話。一度贅沢を知った女は、いくら心で結ばれたイケメン男であっても、貧乏男では満足できないという話。
 
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モーパッサンを読む

2015年11月16日 23時13分52秒 | 〃 (外国文学)
 フランスでまたも大規模なテロ事件が発生した。「IS」に関しては今年の初めに何回も書いた。今の段階で僕があらためて書くこともないんだけど、これほど組織だったテロを実行できるのは「IS」しかないということは確実である。10月10日にトルコの首都アンカラでクルド系の集会を狙う自爆テロがあり、102人もの死者が出た。10月31日にはエジプトからロシアへ向かう旅客機が墜落し、224人の死者が出た。まだ真相不明なところもあるが、これもISによるテロの可能性が強くなっている。そして、11月13日にはパリで(現時点で)129人の死者が出る同時多発テロ事件が起きた。これは一体何なのか?

 しかし、それを考える情報も特に持ってないし、余裕もない。いろいろあって体調を崩し、昨日はパソコンを開きもしなかった。まあ世の中には様々なことが起こっていても、僕などがパソコンを少し見なくても何ごとも起こらない。昨年来、、時々フランス文学を読みたいと思う時がある。アメリカや中国の存在感に比べて、政治・経済だけでなく、文化的にも何かヨーロッパ各国の地位が落ちてきている気がしてならない。だけど、やはりイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどにはじっくりつきあっておかないといけない文化的伝統がある。音楽、絵画、文学、思想、映画、ファッション…。

 まあ、具体的には昨年永井荷風をいっぱい読んだことが直接のきっかけである。荷風がモーパッサンの墓に詣でた話は有名である。荷風は一生を通じて、フランス賛美を貫いた。同世代の日本を嫌うのは判るんだけど、何もあそこまでフランスびいきでなくてもと思うほど、フランス一辺倒を通した人である。僕は映画でフランスを知ったクチだから、そこまで理想化はしないけど、きちんとフランス文学を読みたいと思ったのである。ホントはあのぼう大かつ長大なバルザックにいよいよ挑戦したいのである。なんかとても面白いものもあるらしいけど、一つも読んでない。スタンダールやフローベール、モーパッサンなどは読んだけど、バルザックとゾラは読んでないというのは、やはり長さの問題。

 まず、今まで短編しか読んでなかった19世紀フランスの作家、ギ・ド・モーパッサン(1850~1893)を読んだ。もう昨年のことである。今ごろ書くのも何なんだけど、古典だから時を選ばない。いろいろあるから後回しにしているうちに一年近く経ってしまった。でも、読んだときの印象は鮮烈である。特に長編の「女の一生」(1883)と「ベラミ」(1885)。世の中にこんな面白い小説があったのかと思うぐらいだが、スタンダールの「赤と黒」「パルムの僧院」もめっぽう面白い。19世紀の大小説は、「純文学」+「エンターテインメント」を兼ね備えている。だから、恐ろしく面白くて、同時に深い。
    
 まず、今文庫で何が入手できるのか。新潮文庫にけっこう残っていて、「モーパッサン短編集」が3冊ある。モーパッサンの短編は名手の手練れを堪能できる傑作揃いで、チェーホフやO・ヘンリーなど共に、一度は読んでおいたほうがいい小説である。まあ、有名なのはいくつもあるが、今回再読したところ、ちょっと古い感じもした。別立てで「脂肪の塊・テリエ館」の短編2編が新潮文庫に残っていた。数年前に大きな文字に改版されているから、今も読まれている。帯に「人はそこまで卑劣になれるのか」とうたっている。普仏戦争後のフランス北部で起こったあるできごとを簡潔に描いている。これは「戦場と性」というテーマを扱っている。文学は19世紀にここまで人間を見つめていた。

 「女の一生」はモーパッサンの生まれた北部ノルマンディーの風土を背景にして、題名通りジャンヌという女の一生を描きつくしている。修道院で教育された貴族の娘ジャンヌが親元に帰ってきて、いよいよ舞踏会で社交界デビュー。幸福を夢見る乙女に理想的な相手と見える男が現れて…。という少女マンガのような設定から始まって、波乱万丈の大ロマンが展開され、あれよあれよと「本当の人生」が訪れるのである。夫の裏切り、息子の放蕩、夢が裏切られていくジャンヌの人生は、今読めば図式的にも見えるところもある。だけど、その圧倒的な物語性のゆえに、読んでいる時はジェットコースターに乗っているように読み進んでしまう。やっぱりモーパッサンの代表作と言われるだけある。名前も有名だけど、一度は読んでおくべき傑作だ。

 他の長編には「ピエールとジャン」「死の如く強し」などがあるが、今は文庫では出ていない。(古本や昔の全集などを探してもいいんだけど、そういう本は今では字が小さすぎて読むのが大変。)そういう中で、岩波文庫に「ベラミ」が残っていた。「ベル」(美しい)「アミ」(友)である。これはある意味では「女の一生」をもしのぐ抜群の面白さだった。でも、今のジャンル分けでは、この小説は「エンターテインメント」、情報小説と悪漢小説(ピカレスク・ロマン)、「恋愛(不倫)小説」が混合された「広義のミステリー」と言える。「ベラミ」とあだ名される底辺の男が、そのイケメンを武器に上流階級へとのし上がる。そのやり口が「女」である。旧友の妻を得て、その後、新聞社社長の妻をだまし、その娘にせまり…。この悪漢はやがて新聞界から政界へと乗り出していく。いやはや、という感じなんだけど、この小説の当時の受け取り方は、政界や新聞界の内実が暴露されていることの面白さにもあったらしい。今ではその点はほとんどどうでもよく、「いかに女をたらしこむか」に全力を傾ける主人公の戦略と戦術が面白い。しかし、やっぱりイケメンはこれほど得なんだろうか。抜群の面白さ。
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