尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

感動的な「僕たちは希望という名の列車に乗った」

2019年05月31日 22時19分25秒 |  〃  (新作外国映画)
 日本人が「平成を振り返る」などとドメスティックな追憶に浸っていては、世界的視野を失うばかりだ。平成元年とは1989年だから、天安門事件東欧革命(ベルリンの壁崩壊やチェコのビロード革命など)から30年である。小渕官房長官が掲げる「平成」額で始まるテレビ番組は外国情勢を紹介しているんだろうか。世界的に見れば、今年はまず「冷戦終結30年」の年ではないか。

 冷戦下の「東ドイツ」の青年たちを描く映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」が公開されている。素晴らしく感動的で、とても心を揺さぶられる。テーマ的な問題だけじゃなく、シャープな映像に冒頭から目が離せない。生徒たちにのしかかる葛藤の重みに、見ている方もドキドキしてしまう。そして、「東ドイツ」(ドイツ民主共和国)という国の虚構性、「社会主義」という名の体制でありながら、事実上はロシアの植民地だった時代を理解させてくれる。

 舞台になった町は1956年の「スターリンシュタット」という製鉄都市である。そんな町がドイツにあったのか。ドイツ東端のポーランド国境の都市で、戦後に鉄鋼業の都市が作られた。スターリンの死後に記念として命名され、スターリン批判後の1961年に「アイゼンヒュッテンシュタット」と再改名された。(ウィキペディアによる。)ドイツにそんな名前の町があったとはビックリだ。そして人は時々ベルリン行きの列車に乗って「西ベルリン」へ出かける。壁ができたのは1961年で、それ以前は墓参といった名目で西へ行けたらしい。もちろん列車内で秘密警察の検問があるが。

 ある日、高校生のテオクルトが西ベルリンに「墓参」に行く。しかし真の目的は「映画」である。「西側」ではヌードの女性が映画で見られるのだ。そこにいかに潜り込むか。そして本編の前にニュース映画があった。1956年といえば、ハンガリー事件だ。東では新聞の下の方に小さく「ハンガリーで反革命暴動」と出ていただけだったが、実はソ連に対する民衆蜂起だった。有名なサッカー選手もソ連軍に撃たれて死んだらしい。ショックを受けて戻った二人は、ヌードを見たかとからかうクラスメートに対して、「ハンガリーのために黙祷しよう」と呼びかけた。

 体制寄りで反対の生徒もいるが、多数決を取って実行する。歴史の時間の冒頭、2分間黙っていたのである。たったそれだけの出来事が大事になってゆく。校長に呼び出され、真相を聞かれる。校長はもみ消したい感じだが、やがて党の地区委員会の調査も始まる。純粋な正義感から発した行動が、「反革命事件」とみなされ、ついには教育大臣までが訪れる。そして一週間以内に「首謀者」を明らかにしないと退学にすると脅迫される。一方、生徒たちもハンガリー情勢を追いかける。西側のラジオを聴ける叔父さんがいる生徒がいて、皆で集まっ聴きに行く。(その叔父さんは「同性愛」で迫害されてきたらしい。)有力者の親、労働者の親、それぞれの家族にも圧力がかかってくる。
 
 単に「当局の横暴」というだけでなく、生徒の家族それぞれの事情も描き出してゆく。「東ドイツ」では家族も秘密を抱えていた。また生徒一人一人も揺れている。そんなドラマはどのように終局へ向かうのか。実話を元にした映画だそうで、体験者が書いた本が原作になっている。黙祷はほんのちょっとした出来事であって、大した問題じゃないとも言える。でも日本だって、卒業式で国歌斉唱に座っていただけで処分される教師がいる。中国では天安門事件に触れれば、もっと大変な弾圧が待っているだろう。世界中同じだと言いたいのではなく、どんな国、どんな仕事でも似たような不正義が起こるんだと思う。その時に友を裏切るかどうか一人一人に突きつけられる

 監督のラース・クラウメ(1973~)は「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」(2015)という映画を監督している。こっちは戦後の「西ドイツ」の欺瞞を暴いている。様々な妨害にひるまずアイヒマンを追い詰めるドイツの検事長を描いた映画である。戦後も捕まらずに逃亡しているナチス戦犯には、ドイツ国内で助ける人々がいたことが判る。ドイツ国内で高く評価された。(最近ナチス映画が多くて、僕は見たけど今ひとつに感じたが。)西ドイツの欺瞞を描いた次に東ドイツの欺瞞を暴く映画を作った。両方に目配りするのは大事なことだ。高校生を演じた若手俳優たちも熱演している。と同時に党官僚を演じた俳優の存在感があっての感動だと思う。
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足立区議選、「NHKから国民を守る党」問題

2019年05月30日 23時45分03秒 |  〃  (選挙)
 5月26日に足立区長選足立区議選が行われた。4月末に行われた統一地方選とどうしてずれているのか。それには20年前の事情がある。1996年の区長選で保守が分裂して、共産党系候補が当選した。その後の政争の結果なんだけど、これ以上細かい話は面倒だから省略。

 先に書いたように、その日は旅行していた。(期日前投票に行った。)今年は開票が翌日になったので、旅行から帰ってネットで結果を調べてみた。そうしたら「加陽まりの」という候補が最下位で「0票」となっていた。この人の所属は「NHKから国民を守る党」となっている。先の統一地方選で候補があちこちの市区議会選で当選したことで話題になった党である。投票率は42%ぐらいで、約22万人が投票した。常識で考えてゼロのはずがない。一体何があったのだろうか。僕はそう思ったわけである。
 (加陽[かよう]候補と選挙ポスター)
 区長選の結果は一応全国紙には載ると思うけど、区議選は他地域では報道されないだろう。こんな問題も知らないだろうから、書いておきたいと思う。この後報道もされたけど、そのゼロ票の意味は足立区選管が以下のように発表している。

「選挙長が全立候補者の被選挙権の有無について調査した結果、届出番号57番の加陽まりの候補は、被選挙権が認められるために必要な住所要件(足立区内に引き続き3か月以上住所を有すること)を満たさないことが判明しました。そのため選挙長は、公職選挙法の規定に基づき、5月27日の開票において選挙立会人の意見を聞いて、同候補は被選挙権を有しないと判断し、これにより同候補の氏名を記載した投票(5,548票)を無効(得票数0)とすることを決定しました。」

 加陽候補は5548票を獲得していて、8位で当選できたはずだった。立候補受付段階では形式的な審査に止まるし、選挙期間中に発表するのは違法だと選管は言っている。この5千票は全く無意味な投票になってしまった。一体どこに問題があるのかと思ったら、こういうことだった。加陽候補は足立区選管に申立書を提出し、それに先だった都庁で記者会見した。それを報じる朝日新聞地方版の記事によると、「区外在住なので、公職選挙法の規定から得票が無効になることは承知していた」という。「区民でないと区議になれないという規定に合理的な理由が存在しない。公職選挙法を変えたいと思い、区議選に臨んだ」と話したとある。

 つまり「確信犯」だったのだ。これをどう理解すればいいんだろうか。「NHKから国民を守る党」そのものが地方の抱える課題に向き合うのではなく、ワン・イシューに絞って訴える政治党派だ。区議選は非常に大きな大選挙区制(足立区は45人)だから、小党派でも当選しやすい。だから地方議会選挙に立候補するという戦略そのものは、否定できない。だけど、当選無効になると判っていて、それを事前に明らかにしないというのはおかしいんじゃないか。あまりにも足立区民を軽視するやり方だと思う。

 今までも「在住」をめぐる争いは時々起こっている。しかし、「区外在住と判っていて立候補」というケースは聞いたことがない。住民票が足立区にないと立候補出来ないだろうから、立候補するためだけに3ヶ月以上前に住民票を移していたんだろうか。それでは「選挙違反」にならないだろうか。「区民でないと区議になれない」のは当然すぎる規定だろう。まあ特に都市部では住宅が区境と無関係に立ち並び、道路一本向こうは他の自治体と言いつつも生活実態では同じ地域ということはよくある。だから義務教育で通う学校なんかでは柔軟な対応があっていい。

 日本国憲法にはこうある。
第九十二条【地方自治の基本原則
 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。 
第九十三条【地方公共団体の議会
1 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する

 確かに議員そのものが住民じゃなければならないとは規定されていない。「地方自治の本旨」とは今ひとつ判りにくいが、「自治」とある以上は「自ら治める」わけだから、当然議員も住民に限られると解されるのではないだろうか。というか、当たり前すぎて今まで誰もそんなことを考えた人がない。どこかの自治体の議員になりたければ、居住・転居の自由はあるんだから引っ越せばいいだけだ。その地域で集めた地方税の使い道を決めるのが地方議会である。住んでないところの議員になる意味がないし、お金のムダである。本人にとっても、地方議会にとっても。NHKに言いたいことは僕にも一杯あるけど、「NHKから国民を守る」以前に「NHKから国民を守る党から地方自治を守る」必要があるようだ。
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「RBG」と「ビリーブ」、米最高裁の闘う女性判事

2019年05月29日 22時32分41秒 |  〃  (新作外国映画)
 アメリカ最高裁は非常に重大な役割を担っている。そのことはよく知っているけど、さすがに裁判官の名前までは知らなかった。ところが最近、「RBG 最強の85歳」と「ビリーブ 未来への大逆転」という2本の映画が公開されて、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg、1933~)という人の名前を覚えた。当然ながらアメリカではすごく有名で、ある種大衆的な人気を誇っているらしい。テレビ番組でモノマネされるぐらい。保守化が進む最高裁の中でリベラル派を代表する存在である。

 「RBG」はドキュメンタリー、「ビリーブ」は劇映画だが、どちらもギンズバーグ判事が若い頃から性差別と闘ってきて、法体系の中に「性差別」という概念を確立させた業績を描いている。トランプ時代の危機感を背景にして、アメリカでもギンズバーグ判事への注目が高まっていることがよく判る。もちろん両方見る方がよく判るが、「社会問題」に関心がある人には「RBG」、カップルで見ても楽しめて勉強になるのが「ビリーブ」かな。「法廷もの」としてもドラマチックである。

 ギンズバーグ判事は父がウクライナ系、母がオーストリア系のユダヤ人で、コーネル大からハーバードのロースクールに進学した。500人ほどの学生の中で女性はたった9人だったという。ここで夫のマーティンと知り合う。結婚、出産に加え、マーティンが若年性のガンで闘病生活になる。そこで多くの人は諦めると思うが、ルースは夫の支えで勉学を続けた。このマーティンという人の素晴らしさが印象的だ。ルースが生真面目な頑張り屋なのに対し、マーティンは冗談好きで社交性が高い。料理も上手で、子どもたちは父の料理を望んだという。病気から回復したマーティンは、ニューヨークで一番の税務弁護士になる。しかし、性差別を扱う妻の歴史的意義を理解して支え続けた。

 若い頃のルースはとびきりの美人だけど、なんとも素晴らしいカップルが生まれたもんだ。同時代の男性としては信じられないぐらいだ。60歳を超えて年齢的に最高裁は遠ざかったと思われていたルースだが、「RBG」を見るとマーティンの奔走が最高裁判事候補に押し上げたらしい。クリントンはルースと面談してすぐに能力を認めたという。共和党のほとんども賛成して、96対3で承認された。(アメリカの最高裁は9人の裁判官が終身で務める。大統領が指名し、上院の同意が必要。本人から辞めない限り定年はないので、長く影響力を残すため40代、50代前半ぐらいの候補者が多い。)

 ところで「ビリーブ」を見ると、最初の「性差別」判例は「独身男性が母を介護しても、福祉手当が支給されない」という問題だった。この話は「RBG」に出てこない。「妻が死んで子どもを育てている男性に育児手当が支給されない」というのは出てくる。しかし「空軍で女性には住居手当が支給されない」ケースが、「RBG」で最初に出てくる。男性が育児、介護するケースが想定されず(あるいは再婚すれば良いと思われて)、福祉の対象にならないというのはもちろんおかしい。最初のケースとして「男性に対する性差別」を取り上げた戦略も重要だ。(「ビリーブ」は強調し過ぎかもしれない。)

 ルースは優秀な成績でロースクールを卒業したが、ニューヨークで雇ってくれる法律事務所がなかった。(マーティンがニューヨークで仕事を始めたため、ルースもハーバードからコロンビア大学に移っていた。)そんなバカなという感じだが、それほど法曹界は男の仕事場だったことに驚く。そこでルースはラトガース大学で教職についた。そして自由人権協会で多くの性差別事件を扱って知られるようになっていった。そこら辺の詳しいことは、どちらの映画でも扱われている。「ビリーブ」は人生の途中までを描くが、「RBG」は今の時点で作られたドキュメンタリーだから、最高裁時代が詳しい。ニュースなどの映像も豊富で興味深い。最高裁では当初は合意を目指していたが、最近は保守派が優勢なので「反対意見」を公にすることが多い。それが非常に注目される原因だ。

 これらの映画を見て判ることは、「闘った先人がいて現在がある」ということだ。あるいは「闘って敗北した先人がいて、現在の惨状がある」とも言えるか。日本だって同じである。日本でも産休もなかった時代に闘った女性労働者がいた。妊娠して解雇されたり、男女で定年年齢が異なったり、賃金で差別されたり。女性だけでなく、外国人、障害者などが差別に対する裁判闘争を起こした。今はもう当たり前になりすぎて、昔裁判で闘った過去を知らない人が多い。日本でもこういう映画やテレビドラマが欲しい。記録映画は時々あるけれど、多くの人が見るには劇映画の方がいい。学校などでの鑑賞もおすすめ。特に「BRG」は英語の勉強にもなると思う。

 「ビリーブ」(原題=On the Basis of Sex)は、ミミ・レダー監督、主演はフェリシティ・ジョーンズ。「RBG」はジュリー・コーエンとベッツィ・ウェスト監督・製作で、2018年のアカデミー賞長編記録映画賞にノミネートされた。
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画期的な布川事件国賠判決

2019年05月28日 23時28分33秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 2019年5月27日に、布川事件国賠訴訟の判決が東京地裁であった。この判決は非常に画期的なもので、その意義を簡単にまとめておきたい。布川事件は1967年に茨城県布川(ふかわ、現利根町)で起きた男性が殺された事件で、桜井昌司さん、杉山卓男さんが逮捕・起訴された。最高裁で無期懲役が確定したが、2011年に再審で無罪となった。杉山さんは2015年に亡くなっているが、桜井さんが国と県に国家賠償法に基づく賠償を求めていた。

 桜井さんは以前高校の授業で人権に関する講演を毎年お願いしていた。「明るい布川」と語って、真実は必ず勝つと力強く訴えていた。時には歌も歌って聞く者を引き込む魅力を持っている。再審判決は僕も傍聴に行ったものだ。(傍聴券に当たらず。)桜井さんは再審無罪後も多くの冤罪事件救援に全国を飛び回っている。映画「ショージとタカオ」や「獄友」にも、その様子が残されている。また本人のブログ「獄外記」で日々の活動の様子をうかがうことが出来る。

 桜井さんはブログで国賠訴訟は絶対勝てる、勝つというようなことを確信を持って書いていた。理由なく大言壮語する人じゃないから、訴訟の進行は優勢なんだろうとは思っていた。でも裁判は何が起こるか判らない。翌日の「優生保護法国賠訴訟」(強制不妊訴訟)の仙台地裁判決では、違憲と認めながら賠償は認められなかった。冤罪事件の場合、そもそも「無罪判決」が難しい。特にいったん確定した判決が「再審」で無罪になるのは、よく「ラクダが針の穴を通る」とまで言われる。「国家賠償」を求めて勝訴するというのは、それを遙かに上回る想像を絶するような難しさである。

 刑事裁判で無罪になった人は「刑事補償金」が支給される。冤罪で囚われていた日々についての「補償」である。「補償」と「賠償」は全然違う。国家賠償法は、その第1条で「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と書かれている。「故意」、つまり検察官、警察官が個人的憎しみからわざと冤罪を作り出すということは普通ないだろう。(まあ2018年に公開された某ミステリー映画はそういう筋になってたけど。)

 「故意」の立証は無理だから、「過失」の立証になる。しかし、交通事故なんかでも「過失」をめぐる認定は難しいものだ。多くの事故では両方とも悪いことが多いが、その過失の割合を決めるのは大変だ。ましてや冤罪事件の捜査に関して、誰にどのような過失があったのか、それを裁判で訴えるのはすごく大変なのは想像できる。冤罪事件で国賠訴訟を起こした例はあまり多くない。

 それは1952年に起きた北海道の芦別事件の国賠訴訟敗訴の影響が大きい。国鉄の線路が爆破され、共産党員が起訴された事件で、1962年に2審で無罪となった。その後国賠訴訟を起こし、一審福島重雄裁判長は原告勝訴の判決を出した。(長沼ナイキ裁判で自衛隊違憲判決を出した裁判官。)ところが、高裁、最高裁で「公務員が職務上与えた損害は個人が責を負わない」という論理で賠償が否定された。交通事故で最高裁で無罪となった「遠藤事件」の国賠訴訟でも、1996年に東京地裁は芦別判決をもとに原告敗訴とした。(2003年最高裁で確定。遠藤事件はウィキペディアに解説あり。)

 長く苦しい冤罪との闘いが終わって、さらに国賠訴訟に打って出る人は少ない。布川事件でも桜井さんしか訴訟を起こさなかった。遠藤事件など、もともと在宅起訴で一審も禁固6ヶ月執行猶予2年の事件である。それが最高裁で無罪になるまで、14年もかかった。その後さらに国賠訴訟を起こしたのは、お金が欲しいわけじゃなくて警察の不正を許せなかったのだ。無実の人間が捕まるんだから、誰かにミスがあったわけで、過失が認められて当然と思うだろう。しかし、警察が怪しいヤツを逮捕したのは当然、自白があったから起訴したのも当然、有罪の証拠は形式上そろっているから有罪判決も当然…そういう論理で行けば、どこにも「過失」がなくなる。結果的に間違いだったけど、ガマンしてね

 近年の事件では、鹿児島の志布志事件(選挙違反をねつ造した)は国と県の責任を認めた。富山県の氷見事件では国を除き県だけに責任を認めた。どういう意味かというと、警察官は地方公務員だから県に賠償責任があり、検察官は国家公務員だから国に賠償責任がある。志布志事件では検察官に「注意義務違反」を認めたが、氷見事件では検察官の責任を認めなかった。ところで、今回の布川事件国賠では国と県と双方の責任を認めている。無期懲役の殺人事件という重大事件捜査で、国の責任を認めたのはまさに画期的である。

 判決では警察の偽証を認めた。「(一本しか)ない」と証言していた捜査時の録音テープが他にも出てきた。知らないはずがないので「意図的偽証」である。(警官はよくやる。)これは「過失」というより「故意」に近い。もちろん「違法」である。検察官は「証拠開示請求に応じなかった」ことが裁判結果に大きな影響を与えたので「違法」とされた。これはまさに他の冤罪事件、再審請求に多大な影響を及ぼす「画期的判断」である。この検察、警察の「違法」がなければ、少なくとも2審の控訴審判決では無罪になっていたと判断したのである。

 ホントかな。絶対勝てると誰もが思うほど検察の証拠を崩しても、裁判官が勝手に(検察官も主張していない)理屈を持ち出してきて有罪にした事件なんか山のようにある。検察、警察が悪くても、裁判官がしっかりしてれば真相は見抜けたんじゃないだろうか。しかし、今まで裁判官が裁判官の「過失」を認めたことなんかない。そこは裁判で決着を付ける以上、難しいのである。だから、警察や検察がちゃんとしてたら、裁判官も無罪判決を出したはずじゃないですか、という論理で攻めるしかない。そして「証拠開示」があれば無罪だったはずという論理で勝利した。つまり「国が有罪証拠を隠していた」と言ってるのである。これは多くの冤罪事件に生きる判決で、国賠訴訟を起こした意味があったのだ。
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川治温泉から龍王峡を歩く

2019年05月27日 20時50分18秒 |  〃 (温泉)
 全国的な猛暑の中、川治温泉へ行ってきた。川治(かわじ)は鬼怒川の先にある温泉地だが、家から近いので旅情を感じにくい。職場の旅行で行ったことはあるが、家族では初めて。温泉街にそびえ立つ有名な「一柳閣本館」も今や伊東園グループの宿だ。誕生月割引があるから、まあ安くあげるには最適。伊豆に始まった伊東園も北関東に多くなってきた。後北条氏みたいな感じだな。鬼怒川、川治は少しは涼しいかと思ったら、これが全然涼しくなくて驚いた。風呂は「源泉掛け流し」を称しているが、加熱・加水して塩素殺菌もしている。大旅館だからやむを得ないだろうか。

 そうしたら川の対岸に「薬師の湯」という共同浴場があるじゃないか。旅館の部屋からも露天風呂が見える。旅館そのものが川に面しているが、川に堰のようなものがあって川音がうるさいぐらいだ。夕食後に散歩してたら、「薬師の湯」がすぐ近いことに気づいて行ってみることにした。ここは小さいながら、設備も良くて昼には食事も出来るらしい。一般は700円と書いてあったが、浴衣掛けで行ったら「日光市民扱い」で300円になった。夜だったから誰もいなくてノンビリ浸かった。こっちは塩素臭もなく、あまり知られてないだろうけど、素晴らしい共同浴場だ。露天風呂は面倒になって見るだけにした。
   (前2枚は薬師の湯、3枚目は一柳閣本館)
 家からは電車の方が早いから、一日目はさっさと宿へ入った。相撲というかトランプというか見てるうちに夕食の時間。伊東園は全部バイキングなわけだが、まあまあという感じか。2日目は僕だけ龍王峡をひたすら歩くことにした。鬼怒川温泉から2駅で東武鉄道が終わり、会津に続く野岩鉄道となる。その最初が龍王峡駅、次が川治温泉駅川治湯元駅となる。宿は川治温泉駅と川治湯元駅の中間ぐらいで、そこから下る感じで川沿いに遊歩道がある。ただ川治温泉駅のあたりがダムになっている。だから鬼怒川というか、よどんだ湖のような感じが続く。まずまず快適な山道が続くが、時々舗装道に出てトンネルまである。猛暑の中トンネルは涼しくて良かった。でも龍王峡までが遠い。
   
 全行程3時間ほどのうち、龍王峡へ出るまでに2時間ぐらいかかる。じゃあ、龍王峡駅付近だけでいいかとなって、車で来た人は大体そうなる。確かに全行程歩いても、山の中が多くて葉も茂っている季節だから川はあまり見えない。木の間隠れに渓谷が見えているけど、写真を撮っても手前の木ばかり写ってる。渓流の音はしてるんだけど。それでも時々は渓谷が見える。奇岩怪石の中を川が流れてすごそうな感じは確かにする。遊歩道では小さいけれど柱状節理も見られた。
  >  (4枚目が柱状節理)
 「かめ穴」とか「兎はね」とか名所だという案内があるけど、下の川が全然見えない。だんだん下流になって、ムササビ茶屋まで来ると、休憩用の茶屋がこの日も開いていた。でも先を急ぐ。ムササビ橋を渡るとミズバショウなどがある。ところどころアップダウンはあるものの、比較的平坦な遊歩道。もっと涼しい日に来たかった。虹見橋を渡ると、もう駅の真下。ただそこから駐車場まで出る登りがこの日一番きつかった。虹見橋から見ると、もうかなり流れはユックリしている。でも上流を見るとまだ奇岩の中を流れてくる感じ。まあ暑かったけど、3時間で駅にたどり着いたけど、電車は出たばかり。次の電車まで1時間近くあるじゃないか。そんなこともあるわけだ。
 
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あってはならない「内奏」の政治利用

2019年05月25日 22時59分11秒 | 政治
 天皇に対して首相などが面会して国政の報告を行うことを「内奏」と呼んでいる。憲法で規定されたものではなく、法的根拠はない。帝国憲法時からの慣例で「内奏」と呼ばれているが、天皇は国政に関する権能を持たないから、「内々にたてまつる」というのは本来おかしい。天皇には国会や外交などの国事行為があるので、国政報告を一概に否定できないとも考えられる。しかし実際に会って話せば、天皇の意向(らしきもの)が首相に伝わることもあり得るので、行き過ぎると「国民主権」に反する。何にしても微妙な問題をはらむので、今まで政治家の側もあまり触れなかった。

 時には内奏に触れた大臣もいないではなかったけれど、そういう大臣は批判された。特に天皇の発言をもらした増原恵吉防衛庁長官(当時)は辞任に追い込まれた(1973年)。左右両極どっちからも批判される可能性があるわけで、天皇との関わりを公にする首相も少なかった。そもそも「内奏」がどう行われているかもよく判らなかった。初めて「内奏」の写真が公表されたのは、2013年10月に行われた安倍首相の「内奏」である。そして2回目が安倍首相による新天皇に対する5月14日の「内奏」である。もう左翼も右翼もなくなっているということかもしれないが、天皇即位から2週間、あまりにも早い「内奏写真公表」は「天皇の政治利用」そのものじゃないんだろうか。
 (安倍首相による新天皇への「内奏」)
 もっとも「内奏」の内容はもらしていない。だからいいじゃないかと思ってるんだろうが。だからこそ「自己宣伝色」を感じ取ってしまう。この「内奏」に関しては、16日付けの毎日新聞が「関係者によると,首相は『前の天皇陛下はいつも座ったままだったが,今の陛下は部屋のドアまで送って下さって大変恐縮した』と話した。」と報道したという。僕は知らなかったが、宮内庁のホームページに反論が掲載されている。(「天皇陛下に対する総理内奏に関する記事について」5月22日)

 一部を引用すると、「総理の内奏は,天皇陛下と総理二人だけの行事であり,他に同席する者はなく,その内容も室内の様子も外からは分かりませんが,「前の天皇陛下」すなわち上皇陛下が,座ったまま総理をお見送りになることはあり得ません。上皇陛下は,行事に際し,宮内庁職員に対しても必ず席を立って挨拶をお受けになっており,外から来られた方を座ったまま出迎え,見送られた例は,相手が誰であれ一度もなかったと思います。」「この度の記事は,上皇陛下が座ったままお見送りになったとの総理発言を内容とするもので,上皇陛下のこれまでの人々へのご対応とは大きく異なるものであるため,宮内庁は,官邸に記事内容の事実確認を求めましたが,総理は記事にあるような発言はしていないという回答でした。」といった内容がアップされている。

 「結果として,総理発言に基づかない上皇陛下への非礼となる内容」だと宮内庁は毎日新聞を非難している。別にまあどうでもいいような話だと思うが、「内奏」はこのように政治家として神経質に対応するべき問題だった。前天皇は高齢だったから、安倍首相だって座ったままで結構ですと言ってたのかもしれない。それが天皇も若返って、久しぶりに見送ってもらって「恐縮した」といった程度の話じゃないかなと思う。その問題自体は大したものじゃないと思うが、もともと「内奏」写真を公表した時点で「人気取り」を否定できないと思う。

 もともと「左翼」はフランス革命時の反国王勢力を指すわけで、社会主義者じゃなくても「反君主制」である。だから国民主権をないがしろにする「内奏」には批判的スタンスとなる。一方、「右翼」は「王政派」を指したわけで、日本では天皇絶対主義者となる。その立場からも、政治家が天皇を利用して人気を得ようというのは非常な「不敬行為」となる。今じゃ「左翼」は議会内に絶滅した感じだし、安倍首相は反対派を「論破」できると思い込んでいるタイプらしいから気にしてないだろう。しかし今まで安倍首相は「右派」だと思われ、右翼勢力に配慮しているかに思われていた。だけど、よく見ると「伝統的右翼」も弱体化しているのかもしれない。右翼なら、内奏写真発表やトランプ歓迎を非難するはずだから。

 天皇システムに関して多くの人が様々なことを語っている。僕にも考えがないわけじゃないが、何回も書くのが面倒で先延ばししている。ただ注意していないといけないのは、「天皇の政治利用」と「宗教的な天皇制への強制的同化」だと思っている。細かい問題だけど、「内奏」問題を書いたのはそういう理由からで、本来はマスコミや野党がもっと批判して欲しいことだ。
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象のけんかで草が傷つく-米中経済摩擦

2019年05月24日 22時34分43秒 |  〃  (国際問題)
 ケニアに「二頭のゾウが争うとき、傷つくのは草」ということわざがあるという。(東京新聞5月22日こちら特報部「八方ふさがり安倍外交」より。)これはまさに米中の経済摩擦を考えるときにふさわしい言葉だろう。ちょっと調べてみると、「トランプ政権は5月10日に、中国からの輸入品2000億ドル相当分に対する追加関税率を、10%から25%に引き上げる制裁措置を発動した。これを受けて、中国政府は13日に、600億ドル相当の米国製品への関税率を、5~10%から最大25%へと引き上げる報復措置を発表した。さらに同日に米国政府も、約3000億ドル相当の中国からの輸入品に最大で25%の関税を上乗せする案を発表した。米中は再び報復関税の応酬の様相となってしまった。」(ダイアモンド・オンライン、木内登英「米中貿易戦争で世界は分裂、日本はどう対処すべきか」太字引用者。)
 (象の喧嘩)
 さらに通信機器メーカー、ファーウェイ・テクノロジーズ(Huawei Technologies、華為技術)をめぐって、トランプ大統領が排除の動きを見せた。「アメリカ企業が安全保障上の脅威がある外国企業から通信機器を調達することを禁止」という大統領令に署名したのである。そして、アメリカ合衆国商務省産業安全保障局は、ファーウェイを同局が作成するエンティティ・リスト(禁輸措置対象リスト)に掲載し、アメリカ製ハイテク部品やソフトウェアの供給を事実上禁止する措置を発表した。(ウィキペディアによる。)さらにグーグルはファーウェイにAndroidの提供を一時停止するとし、日本でもファーウェイ社製のスマホが発売延期になるなど影響が広がっている。

 いや困ったことだなあ。日本のGDPにも大分影響がありそうだし、株価も下がっている。もともと米中の首脳間にある程度の妥協が成立すると思われていた。トランプ大統領は「ディール」(取引)という発想が大好きで、強烈な政策を打ち出せば相手も折れてくると思っているのかもしれない。経済問題だけだったらそれもあるかもしれないが、国家間の争いになればメンツをかけたナショナリズムの争いになりやすい。中国は米国債を世界で一番保有しているから、国内には「投げ売りしちゃえ」という意見も出ているという。投げ売りは世界経済の破滅につながるから、どこかで妥協すると通常は思うわけだが、通常の経験則が通用するかは判らない。(なお、日本も世界2位の巨額の米国債を持っている。)
 (トランプ大統領と習近平国家主席)
 尖閣問題で日中関係が悪化したとき、日本人が拘束されたといったニュースが流れた。ファーウェイ問題でも副会長がカナダで逮捕されたときにカナダ人の拘束というニュースがあった。今のところ、中国国内でアメリカ人が拘束されたとか、マクドナルドにデモ隊が押しかけたといったニュースは流れていない。中国当局も事態が悪化しないようにしているんだなと思う。実際そんなことが起きたら、アメリカの反発の強さは予想できない。だが長期的に見て、アメリカ企業は中国市場で大きなマイナスを背負ったのではないか。こんなことがあったら、危なくて中国と付き合うのも大変だけど、同じことがアメリカにも言える。中国もやがて人口減になるが、それでも世界最大の消費市場がまだしばらくは成長し続けると思われるから、中国に背を向けることもできない。

 「脅し」で物事を解決しようとするトランプ流が世界ではびこるとしたら困ったことだ。関税をアップするというのも、つまりはアメリカの消費者の負担が増えることだし、アメリカの輸入業者にも大きな負担となる。こういうやり方は今は否定されているだろう。一方、中国が「知的財産権」の侵害をしている事例が多いことも間違いない。ファーウェイ製のスマホが「スパイ」をしているかどうかは僕は判らないけれど、ファーウェイが次世代の5Gと呼ばれる通信技術開発で独占的地位を築くとしたら、やはり問題も起きるんだろうと思う。しかし、どうもそれが避けがたいのかもしれない。そうなると米中それぞれが別個の技術を発展させて、世界がアメリカ陣営と中国陣営に二分されかねない。

 その時に世界の国はどういう行動を取るんだろうか。日本はどうすればいいのか。はっきりしているのは、米中双方ともに日本は手を切れないという厳然たる事実だ。アメリカが自国中心主義を強める中、アメリカにのみ依存することはアジアの国々には難しい。当面中国の「一帯一路」に、問題はあると思いつつも付き合うしかないという選択をする国がかなり多くなると思う。それはアメリカの長期的衰退につながる。トランプ政権が続投するかどうか判らないが、そういう問題とは別に、何十年というスパンで考えたときに、一体中国はどうなるのか。

 経済的に中国が成長を続けても、他国と同じような「中間層の成長による社会の民主化」が進展しない。「中国の独自性」への疲れも諸外国にはあるだろう。「アメリカの独自性」もあるし、そう考えると「世界は付き合いづらい」とも思うが、じゃあ判りきった中で暮らしていては日本も衰退する。いや、もう衰退しつつあるというのが事実だろう。とにかく世界がこれからどうなるかの大問題を「考えるヒント」が、米中摩擦にはたくさんある。じっくり見て、じっくり考えていかないといけないだろう。
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舞台「海辺のカフカ」に深い感銘

2019年05月23日 22時56分48秒 | 演劇
 赤坂ACTシアターで上演中の「海辺のカフカ」を見て、深い感銘を受けた。(6.9まで。)全員じゃないけど、久方ぶりにスタンディング・オベーションを見たから、観客もかなり満足したんだと思う。「海辺のカフカ」はもちろん村上春樹が2002年に発表した長編小説である。2012年に蜷川幸雄の演出でさいたま芸術劇場で日本初演された。「海辺のカフカ」は刊行直後に読んだときから好きな小説なんだけけど、さいたまは遠いから見なかった。2014年に東京でも再演されたが、ここでも見逃して、今回が初めて。今回はパリの「ジャポニズム2018」で公演され、今回が東京凱旋公演とうたっている。

 ちょっとキャストを確認しておく。後半で中心的な役割を演じる、高松の不思議な図書館の管理をしている女性「佐伯」は、初演が田中裕子、続いて宮沢りえ、今回は寺島しのぶ。高い席から見てるので、誰でもよく判らないんだけど、もともと舞台の寺島しのぶはうまいと思ってる。非常に良かったと思う。その図書館の司書は初演が長谷川博巳、次が藤木直人、今回が岡本健一。主役である「世界で一番タフな15歳」の田村カフカ少年は、初演が柳楽優弥だったが、再演からオーディションで選ばれた古畑新之(ふるはた・にいの、1991~)が務めている。素晴らしい存在感で要注目である。

 演出は初演時と同じく、すでに亡くなってはいるが蜷川幸雄がクレジットされている。脚本は誰だろうかと思うと、アメリカ人のフランク・ギャラティという人で、2008年にアメリカで初演されていた。村上春樹の長編小説には、二つの違った世界の物語を並行して描く話が多い。舞台の「海辺のカフカ」は、そのような原作の構造をそのまま生かしている。じゃあ、どうやって舞台化するのか、回り舞台でも使うのかと思ったら、全然違った。舞台にいくつもの透明のアクリル板で囲まれた小空間が存在する。(前面だけは開いている。)それらに車が付いていて、黒子が話が変わるたびにアクリル板空間を動かすのである。これは原作の透明感をうまく可視化するとともに、世界がいくつもの別個の小宇宙で構成されているという世界観を示しているようで、非常に面白かった。

 原作がそうなんだから仕方ないとはいえ、突飛な話がコロコロ入れ替わる。もし原作を知らない人が初めて見たらそう思うのかは判らない。僕は原作で大好きな、猫語を話せるナカタ老人木場勝己のさすがと言うべき忘れがたい名演)、トラック運転手の星野青年(高橋努)の絡みが素晴らしく面白かった。原作で忘れられないカーネル・サンダースもちゃんと「正装」で出てくる。原作だと「オイディプス王」だなと思うと同時に、「源氏物語」や「雨月物語」だなと思う箇所も多かったと思う。でもアメリカ人による脚本だからかと思うが、そういう日本の怪異イメージはほとんど見えてこない。

 その結果、ナカタ老人パートは象徴的イメージが弱まり、田村カフカ少年パートの持つ意味がくっきりと浮かび上がる。日本でもますます重大な問題と意識されている「被虐待少年」がいかに「自己の尊厳」を見つけ出すか。そして「ゆるし」を経て生き直せるかという現代人にとっての大テーマである。象徴的な意味での母、父を乗り越えて、ようやく少年に「自立」へ向かう道が開かれる。それは非常に感銘深く、この物語がまさに今を描いていると思った。

 原作では佐伯が昔書いた詩に曲を付けた「海辺のカフカ」が大ヒットしたとされている。その歌詞にある「入り口の石」を通して二つのパートは入り組みながら関連している。その曲が実際に歌われるんだけど、まあこれはどうなんだろうと思わないでもない。また村上春樹が早稲田大学在学中に起こった革マル派による「川口君殺害事件」の影が非常に濃いことに改めて強い印象を受けた。「連合赤軍事件」に大きな影響を受けた作家に大江健三郎や立松和平らがいる。村上春樹は後のオウム真理教事件(地下鉄サリン事件)との関わりが印象に強いけれど、同時代に起きた「内ゲバ」事件のもたらした衝撃も忘れてはいけないんだろうと思った。
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大雪山黒岳からトムラウシへ縦走-日本の山⑤

2019年05月21日 22時31分58秒 |  〃 (日本の山・日本の温泉)
 どうも最近は政治関係など書いても空しい感じがして、つい読書優先で投稿が昔に比べて減っているな。頑張って現実世界を書く前に、月末になってきたので思い出の山シリーズ。今までで一番大変で、同時に一番充実していた山行を書いてみたい。それは北海道大雪山黒岳から登って、山中泊しながらトムラウシを目指すという大縦走である。本州だと縦走コースの多い日本アルプスや八ヶ岳などは、夏は山小屋で泊まれるし食事も出ることが多い。でも大雪山だとけっこう人は多いんだけど、無人の避難小屋しかない。だから食料を全部持たないといけないし、テントも必要だ。荷物がものすごく重くなって、一度座ると立ち上がれないぐらいだった。30年ほど前の話。
 (白雲岳から見たトムラウシ)
 大雪山のあたりは周囲にいくつも温泉がある。どこから登っても温泉から登ることになる。大雪山の、というか北海道の最高峰は大雪山の旭岳だが、そこはまた後で登りに来た。このときは夜行列車で北海道に行き、旭川から層雲峡温泉へ。一日目は大函・小函などの柱状節理の壮観に見入った。次の日に黒岳ロープウェイリフトで一気に高度を稼いで七合目まで(1500m)。大雪山には旭岳と黒岳にロープウェイがあるが、荷が重いのでロープウェイを使わないと大変すぎる。そこからエッチラオッチラ一歩ずつ慎重に登って、黒岳頂上(1984m)へ。そこではシマリスがいっぱいいて心和む。
 (黒岳のシマリス)
 その日は黒岳石室のキャンプ地泊まりなので、まずテントを作って重い荷物を置いて散歩。そんなに起伏もなくて、北鎮岳のあたりまで。ホントは一気に旭岳までいければと思ってたんだけど、時間も迫るし地形的に一度下るので、まあいいやと黒岳に戻った。次の日は気持ちのいい歩きで白雲岳避難小屋まで。半日もかからないコースだが、実は日にちを一日勘違いしていたのである。下山した日の宿を取るときに一日先を予約してしまった。だからこの時は後から気づいて山中泊5日という長い登山で、食料が重いわけ。その分ゆっくりノンビリお花畑を楽しみながら進む。

 次の日は忠別岳避難小屋、そしてヒサゴ沼避難小屋は2泊。超ユックリである。まあ起伏がないわけじゃないけど、割と気楽に進める。忠別岳もヒサゴ沼もキャンプ指定地が下ったところにあるので、そこが少し大変。でもヒサゴ沼周辺など、本当に夢のように美しい大自然だったなあ。山奥すぎて、ちょっともう行けないと思う。大変なのは風呂がないことで、夜はけっこう涼しいけれど、やはり昼間は夏だから行動すれば汗をかく。速乾性のTシャツはいいが、パンツは替えたいな。そんな山の中なんだけど、僕は本がなければ生きてけない。重いから何冊も持てないが、この時は岩波文庫「カフカ短編集」(池内紀訳)を持っていって山のテントで読んだことをよく覚えている。
 (ヒサゴ沼)
 そして、いよいよ最終日。その日は憧れのトムラウシに登って、一気に天人峡温泉へ下る。順調に行っても、休憩を入れれば半日ぐらいかかる。最初のうちは残雪を横切って快調で、「日本庭園」と呼ばれる美しい景観に見とれつつ進む。お花畑の中に奇岩怪石が続き、飽きない風景の連続。気持ちがいい、面白いという点では日本でも有数の山だと思う。やがて岩だらけになって、いよいよトムラウシ山頂(2141m)へ。北海道にはアイヌ語由来の山名がいくつかあり、なんとなく北方への憧れを誘う。「トムラウシ」をウィキペディアで見てみると、「花の多いところ」とも「水垢の多いところ」とも言われるとある。ロックガーデンみたいな場所が多いので、ナキウサギが住む。声はすれども、ほとんど姿が見えない動物で、数回見たけどすばしこすぎて写真は撮れなかった。
 (トムラウシ遠望)
 そこからの延々の下りはあまり思い出したくない。ただ下ればいいわけだが、この日の行動時間が長すぎて途中で水が尽きた。道は歩きにくく、もう足が疲れてしまう。上の方は涼しいんだけど、下るにつれて暑くなりヘトヘトになって天人峡温泉にたどり着いた。まずは水分補給。その頃飲んだことがなかったアセロラ飲料やグアバジュースの缶が自販機にあって、立て続けに飲んだときの体のうれしさを今もよく覚えている。天人峡は素晴らしい温泉で、疲れが飛ぶ感じがした。次の日に洞爺湖温泉まで行き、次は函館の湯の川温泉と終わった後の北海道観光も楽しかった。
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レイモン・ラディゲを読む

2019年05月19日 22時54分02秒 | 〃 (外国文学)
 フランス文学を相変わらず読んでいて、レイモン・ラディゲ(1903~1923、Raymond Radiguet)を初めて読んだ。わずか20歳で死んだが、残した2作「肉体の悪魔」「ドルジェル伯の舞踏会」で永遠に読まれ続ける伝説の作家である。若い時は何となく敬遠してたんだけど、今でも生き生きとした同時代小説であることにビックリ。「夭逝」「神話」「奇跡」と言った言葉がこれほど似合う作家は他に思いつかない。

 今読んでも、素晴らしく面白くて、今でも衝撃的だった。「ドルジェル伯」を先に読んだんだけど、ここでは発表順に「肉体の悪魔」から。翻訳も数多いが、最近よく買ってる光文社新訳文庫の中条省平訳。この小説は「早熟」の恋愛小説として知られている。何しろ主人公の「」は小説の始まりで15歳。相手役の「マルト」は19歳である。しかもマルトは婚約中で、すぐに結婚する。夫のジャックは兵士で第一次世界大戦に従軍している。出征中の兵士の妻の「姦通小説」って、あまりにも大胆不敵。それも男の方がずっと年下なんて、すごい設定だ。しかし、これはラディゲの実体験なのである。ホントはラディゲ14歳で、相手のアリスは10歳年上の24歳というんだから、現実の方がぶっ飛んでいる。

 そんな状態で学校はどうなるんだというと、ラディゲ本人も小説内の「僕」も途中で(日本で言えば高校一年で)退学している。そのまま詩を書いたりしてコクトーなど文学仲間に認められ、大戦後のパリ文壇の周囲で暮らしたのである。「肉体の悪魔」は16歳で書き始め、18歳で書き終え、1923年20歳で出版された。背徳的な内容に批判も多かったようだが、文学賞も取って認められた。親もいるしお金もない二人が一体どうやって会い続けるのか。それは小説の読みどころでもあるが、なかなかスリリングである。そして二人はまさに「肉体」の愛に取り憑かれてゆく。ちゃんと性的に結ばれた描写もあるし、その後も夜に彼女の部屋を訪ねている。避妊手段がある時代じゃなく、マルトは妊娠する。

 およそ30年後の1954年、フランソワーズ・サガンは18歳で「悲しみよこんにちは」が世界的ベストセラーになった。でもこれは父親の愛人をめぐる物語で、自分の恋愛じゃない。マルグリット・デュラスは1984年に70歳で書いた「愛人」でゴンクール賞を受けた。これは15歳の少女がインドシナで華僑の青年と性的に結ばれる物語だが、内容はともかく著者はすでに老大家だった。それを思うと内容も作者も「肉体の悪魔」が飛び抜けている。しかしこの小説は若々しい青春小説と言うよりも、フランス伝統の恋愛心理小説の系譜にある。心理描写は見事で、古典的完成度を示している。驚いてしまうしかない。今でも新鮮で面白い。恐るべき才能だ。

 「ドルジェル伯の舞踏会」はラディゲが20歳で腸チフスで亡くなった後で出版された。小説は完成していて、最初の校正も終わっていた。しかし最終稿完成前に亡くなって、友人のコクトーらが手を入れたものが出版されたという。それと別に20部だけ作られたラディゲ校正版を元にした本が近年になって出版された。それを本邦初訳したのが渋谷豊訳の光文社古典新訳文庫である。どこに違いがあるかはよく判らないけど、これもまた「恐るべき才能」を存分に示した傑作だ。恋愛小説といっても、「赤と黒」など多くの小説は恋愛を通して時代や社会を描く。ラディゲにはそこが不満で、「純粋な恋愛小説」というものを書いてみたいと思ったという。それが「ドルジェル伯の舞踏会」である。

 批評家のチボーデがこの小説をチェスに例えて、「象牙の駒と駒がぶつかる乾いた音」が聞こえると評したと解説に出ているが、それは本当である。まさに名言で、読み終わると確かにそんな気がする。(ちなみにすごく長い解説が付いてて、この小説に関して詳しく理解できる。)青年貴族フランソワとドルジェル伯夫妻、およびその周辺の人物の心理だけを微細に描くが、決してつまらないということがない。チェスというか、むしろカーリングかもしれないが、投じたストーンがぶつかり合って意外に動き、ストーンが微妙に動いてしまう。そのことで次の一投にも変化が生じる。その心理戦が細かく描かれてゆく。チェスや将棋はコマどうしをぶつけるわけじゃないから、「心理的カーリング」の方が適当かな。

 この「ドルジェル伯の舞踏会」は日本にも大きな影響を与えてきた。堀辰雄「聖家族」大岡昇平「武蔵野夫人」などだが、これらは面白いけれども失敗作だろう。だから御本家も読まずに来たが、フランスという風土、および第一次大戦後というパリで「失われた世代」のアメリカ人作家たちがうごめいていた時代、そういう背景の下では、この究極の心理小説が成立するのである。話が浮かないで現実味も感じられる。「肉体の悪魔」の若き疾走を取るか、「ドルジェル伯の舞踏会」の硬質な恋愛ゲームを取るか。難しいところだが、とにかく今も面白いのでビックリ。ラディゲという天才を生んだフランス文学はさすがに奥が深い。
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「大仙古墳」(伝仁徳天皇陵)、世界遺産への疑問

2019年05月17日 22時45分00秒 |  〃 (歴史・地理)
 5月13日にユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」(もず・ふるいち・こふんぐん)の世界遺産登録を適当とする勧告を発表した。正式決定は6月30日から7月10日にかけてアゼルバイジャンのバクーで開かれる世界遺産委員会で行われる。とはいえイコモス勧告で大体方向性が決まるので、まあ世界遺産に登録されるのだろう。これを受けて日本のマスコミは「仁徳天皇陵 世界遺産へ」(東京新聞5月14日朝刊一面下の見出し)と大きく報じている。僕はこの報道や国内の動きに懸念があり、いくつかの疑問を持っている。
(大仙古墳、伝仁徳天皇陵古墳)
 僕は昔大阪府堺市にこれを見に行ったことがある。もちろん中へは入れないが、日本史が専門なんだから一度は遠望しておきたい。堺市は戦国時代の「自由都市」与謝野晶子の生地、そして百舌鳥古墳群と歴史ファンには魅力的な町である。大古墳の周囲を一周しようかと思ったけど、半周したところで飽きてしまった。古墳は堀の向こうで木しか見えないし、周りはずっと住宅街でホテルまであった。歴史的風景のたたずまいとしては、奈良県の「山辺の道」にある「行燈山(あんどやま)古墳」(伝崇神天皇陵)周辺に比べるべくもない。世界遺産への疑問の一つはそこにある。

 何でも近畿地方の各府県の中で世界遺産がないのは大阪府だけだと言う。確かに京都府、奈良県、兵庫県、和歌山県、三重県、滋賀県にはすべて世界遺産がある。(それが何かはじっくりと思い出してください。ちなみに三重県は「東海地方」とされることも多いけど、教科書的には近畿地方である。なお関東地方はあるけど、関西地方はない。)初めての世界遺産にめどが付き、大阪を支配する「維新の会」も大歓迎している。安倍政権としても指定に向けバックアップしてきて、その成果が今回のイコモス勧告に結実したらしい。つまり、IR(カジノ)、万博、G20サミットなどと同じように、「改憲に向けた維新支援策」が「世界遺産」なのである。これが疑問の第二。

 今回の世界遺産指定が天皇代替わりと重なったのは、偶然だろうか。世界遺産への推薦は「狭き門」になっていて、今は一年に一件に限られる。数年以上前から「順番待ち」状態だから、意図的かどうかは判断できないが、「天皇退位」が現実のスケジュールになってからは、合わせようという意図もあったのではないか。今回のニュースに関して、産経新聞は社説(「主張」)で「仁徳陵が世界遺産 国の成り立ち考える機に」と主張している。「令和への御代替わりで皇室の歴史に国民の関心が高まる中での朗報」であって、「日本という国の成り立ちを考え、広く陵墓や古墳に親しむきっかけにしたい」と言うのである。このように古代の史跡が「天皇制の政治利用」につながっている。疑問の第三。

 ところで「世界遺産」とは何だろうか。主管官庁である文化庁のホームページを見ると、「文化遺産及び自然遺産を人類全体のための世界の遺産として損傷,破壊等の脅威から保護し,保存することが重要であるとの観点から,国際的な協力及び援助の体制を確立すること。」が世界遺産条約の目的と書かれている。つまり、「観光」や「国威発揚」が目的なのではなく、「人類全体のために」「保護・保存」するのが世界遺産の目的なのである。従って指定に当たっては国内法での保護が必要である。かつて「原爆ドーム」の世界遺産推薦に際して、事前に「史跡」に指定したことがある。時代が近いため難しかったが、規定の方を改めて戦時中の史跡も保護対象にしたわけである。

 しかし、これらの古墳群は「文化財」としては何の保護対象にもなっていない。それは「古墳」じゃなくて、「皇室の財産」として「信仰の対象」だからである。実際に何か重大事があれば、例えば今回の新天皇即位などは、そのたびに「皇祖皇宗」に「報告」しているはずである。だから「文化財」として本格的な調査対象にもならない。近年になって多少研究者が近づけるようになったが、それでも墳丘そのものには近づけない。この現状は、今回の指定対象がけっして「人類全体」のものではないことを示している。最低限、「史跡」に指定することが世界遺産の前提ではないだろうか。疑問の第四である。

 そして疑問の第五、最後のものは「最大の前方後円墳」である「大仙古墳」を、多くのマスコミがカギ括弧もつけずに「仁徳天皇陵」と書いていることである。これは全くの間違いで、研究が進めば進むほど「大仙古墳は仁徳天皇陵ではない」ことがはっきりしてきている。「」(りょう、みささぎ)は天皇・皇后等の墓を指す言葉だから、そもそも文化遺産を指すには不適当だ。戦後の歴史学、考古学では地名で呼ぶように変わってきて、「大仙古墳」とは堺市の地名から付けられている。文化庁のホームページでは「百舌鳥・古市古墳群」と学術的な書き方をしているが、マスコミは「仁徳天皇陵」と書く

 神話上の天皇を含めて、第16代に当たる天皇(大王=オオキミ)が仁徳(にんとく)天皇だ。大きな古墳があるんだから、そこに当時の国家リーダーが葬られているのは間違いない。それは時代的に中国南朝の「」に朝貢した「倭の五王」であることも確かだろう。かつては地方政権論などもあったが、「埼玉古墳群」から出土した「稲荷山鉄剣」にあった文字の解読で消えたと言っていい。鉄剣にある「ワカタケル大王」が「宋書」にある倭王「」であることは、今では疑えないと判断している。
 (宋書と記紀の「五王」の比較表)
 この「ワカタケル」は21代雄略天皇と判断できるから、雄略天皇こそが「日本史上最初の実在の人物」と考えていい。「仁徳天皇」になると、その実在性自体から異論もある。しかし、まあ誰かがいたわけである。古墳はあるんだから。問題は順番で、進展した研究による古墳の順番と天皇の順番が合わない。もっとも古墳の順番そのものも、墳丘部自体を発掘できないんだから絶対確実とまでは言えない。天皇陵は長い間忘れられていて、江戸時代末期に「尊皇思想」が高まってから決められたものだ。いい加減に決めたわけではなく、当時の研究水準を反映してそれなりの判断をして決められた。しかし、今では間違いだろうという「治定」(ちじょう=陵の決定)が多い。

 宮内庁は「治定」のやり直しをするべきだが、実際には難しくて手を付けないだろう。新天皇は歴史学を専攻したんだから、そこら辺は判っているはずだが、家族で神武天皇陵を訪問しているぐらいだから変化は難しいんだろう。そうなると、科学的に全く誤った内容の史跡が世界遺産に指定されてしまうことになる。それは恥ずかしいことだと僕は思うけど、思わない人が多いという現実が恐ろしい。
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映画「主戦場」、慰安婦問題を追う記録映画

2019年05月15日 22時50分02秒 |  〃  (新作外国映画)
 慰安婦問題をめぐって多くの論者にインタビューした記録映画「主戦場」を見た。(渋谷のシアター・イメージフォーラムで、4月20日に始まって終了未定。今後全国で公開予定。)これはインタビュー映像や公文書だけでなく、ネット上の映像なども広く集めて興味深く編集している。面白いといえば面白い。慰安婦問題が大きな政治問題になり、いわゆる「河野談話」が発表されたのが1993年。すでに四半世紀以上も前となれば、この問題を詳しく知らない人が多くなっても当然だ。作った監督ももともと詳しくない立場で話を聞き始めている。この問題をよく知らない人が見てこそ意味がある映画だ。

 監督は1983年生まれのミキ・デザキ。フロリダ生まれの日本系男性アメリカ人である。ミネソタ大学で医大予科生として生理学の学位を取得。その後、外国人英語教育補助員として山梨、沖縄の中高校で5年間勤め、その間ユーチューバーとして日米の差別問題の映像を投稿。それからタイで仏教僧の修行をして、2015年からは上智大学大学院に入り、この映画はその「卒業制作」だったらしい。  
 (ミキ・デザキ監督)
 ずいぶん多彩な経歴というか、放浪の青春を送った人みたいだが、これらは全部「弱いものを助けたい」という共通点があると自身で語っている。(パンフによる。)だからこそ、差別問題の映像をYouTubeに投稿していた。そして2014年の元朝日新聞記者植村隆氏へのバッシングを知り理由を探りたくなった。原題が「Shusenjo The Main Battleground of the Comfort Women Issue」だが、これは「歴史修正主義者」が「アメリカこそ主戦場」と言ってることを指している。アメリカ人として、なぜアメリカが「メイン・バトルグラウンド」なのか知りたいとも思ったという。

 もともと人権感覚が高い監督が作っているから、映画内の発言紹介は当初は公平だが、やがて「歴史修正主義者」の言い分には問題を感じていく。そこから慰安婦問題を離れて、その背後の政治問題に踏み込んでいく。やがて「日本会議」の存在を知り「明治憲法復活」を目指す団体として批判的に紹介する。また、様々な歴史修正主義団体の黒幕的存在として加瀬英明氏を見つけインタビューに行く。これらは監督には「そう見えた」という情報としては面白いけど、やっぱり無理があるだろう。

 なんと言っても興味深いのは、右派論客たちが存分に持論をまくし立てていることだろう。ケント・ギルバート杉田水脈藤岡信勝櫻井よしこ(出番は少ない)、「テキサス親父」としてネット右翼に知られるトニー・マラーノなどの面々である。「卒業制作」としてインタビューし、公開される映画だとは伏せていたと製作側を非難する人もいるようだが、製作時点では無名の院生だから一般公開は想定されていない。この映画は「右派」がストレートに差別意識を暴露しているから興味深くなり、そのため一般公開にこぎ着けたのであって、「右派」が自分自身で上映価値を高めたわけである。

 まあ大学院生相手と公開予定映画で言うことが違ったらおかしいわけだが、それにしても杉田水脈(自民党所属の衆議院議員)氏など、ここまで無防備にベラベラ言いまくって大丈夫なんだろうかと思うぐらい。明らかに矛盾しているし、ダブル・スタンダードというしかない。(映画内で示されている例を挙げると、杉田議員は韓国人慰安婦の証言に証拠がないと非難する一方、アメリカで慰安婦像が建設されたため日本人児童がいじめられているという主張を証拠に基づかずに国会質問をしている。)多くの「右派」論客がセクシスト(性差別主義者)やレイシスト(人種差別主義者)であることを言葉の端々に示している。(場内には時々笑いが起こる。)そこが貴重といえば貴重で希少価値がある。

 一方その分「慰安婦問題」そのものに関して言えば、問題をある程度知っている人には周知のレベルだと思う。慰安婦の人数問題、あるいは「強制連行」をどう捉えるかの問題、「性奴隷」を巡る定義問題などは、概ね納得できるレベルで語られている。だから最新の慰安婦問題研究というより、「初心者」向けであり、むしろ「日本の知的風土の見取り図」というような映画だ。(ちなみに、「慰安婦は公娼」だという人がいるが、「公娼」制度下の娼妓は現在の定義では「性奴隷」だろう。また「強制連行」を狭義に解釈することは、日本政府の「拉致問題」の定義と矛盾する。)

 アメリカが主戦場であるという右派論者の問題設定から、この映画はアメリカでの慰安婦増設置に関する議論をかなり取り上げる。アメリカは監督の出身地なんだから関心が深くても当然だ。しかし、その分韓国やフィリピン、インドネシアなどで名乗りを上げた「当事者」の扱いが少なくなる。また日本のナショナリズムを批判しても、この問題に大きな関係がある韓国のナショナリズムをどう理解するかがあまり語られない。韓国で問題が「再燃」したきっかけのイ・ミョンバク政権下の最高裁判決にも触れていない。日本で数多く起こされた戦後補償裁判も全く触れられていない。(慰安婦問題に限らず、すべてが最高裁で原告敗訴に終わった。)法的立場の相違は現在の日韓関係理解に不可欠だと思う。

 まあ2時間超の映画ですべてが語られるはずがない。90年代に世界的に問題化したには当時起こった悲劇的な「ボスニア戦争」が大きい。「戦時性暴力」が決して過去の問題じゃないことを世界に示したのである。「戦時性暴力」の研究が以後どんどん進んでゆく。藤岡信勝が「国家は謝罪しない」と言ってるが、戦時に日系人を収容した過去を謝罪し補償するレーガン大統領の姿を見せる。これが編集の力だ。ドメスティックな視点しか持てないものの悲哀を感じた場面だった。
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行き詰まる安倍外交

2019年05月14日 23時08分04秒 |  〃  (安倍政権論)
 内政では経済の先行きが怪しくなっているものの、「改元」「即位」を利用して安倍政権の支持率がむしろアップしてる不思議。「10連休」やら近づく「五輪」などで浮かれているうちに、つい忘れてしまいがちだが安倍内閣の外交が完全に行き詰まっている。国会も開かれず、やぶ蛇に終わったアメリカ訪問などがきちちんと追求されないままだ。米中経済摩擦が大きくなりすぎ、当面日米経済問題は後回しかもしれないが、大統領選前に再度持ち出されるのは確実だ。
 (4月27日の安倍・トランプのゴルフ)
 安倍首相はトランプをもてなしておけばなんとかなると思っているのか、今度は新天皇下の最初の国賓に招くという。天皇の政治利用の極致だろう。それに大相撲も見に来るという。「同盟国」の首脳が「国技」を見に来る。拒否はできないかもしれないが、それなら貴賓室で見ればいいだろう。何でも升席に椅子を設置する方向らしいが、ちょっと特別扱いがすぎる。それに特別にトランプ杯を作って自ら優勝力士に授与したいらしい。ここまで来れば、その目立ちたがりにさすがとも思うけど、そんなトランプを大相撲千秋楽に合わせて招く安倍外交こそ批判しないといけない。

 本来なら参院選前にでも「北方領土問題」に一定のめどを付ける想定だったはずだ。しかし、全く解決の兆しもない。僕は秘密情報を持たないから、首相が何度もロシアを訪問しているぐらいだから、何らかの感触はあるのかもしれないと思っていた。しかし多分何の進展もないまま、6月の「G20サミット」を迎えるしかない。もう弊害の方が大きくなっているから、すっぱりと諦めた方がいいと思う。プーチンを怒らせないように、日本だけロシアに何も言えない、言わない

 さらに外務省が「外交青書」から「北方四島は日本に帰属する」との表現を削除した。日本の公的な主張が外交青書にないんだったら、そもそも交渉する意味が判らなくなる。それなのに、教科書では領土問題で日本の主張を伝えよと検定でうるさく指摘される。一体日本の主張とはなに? 今後は北方領土は教えなくてもいいということか。(僕が言いたいのは、政府の方針に矛盾があるということである。日本の「領土問題」はいずれも辺境にあって、どこも日本人の住民がいない。様々な教育的課題がある中で領土問題だけをことさら重視すること自体がおかしい。)

 そんな安倍首相が新たに言い出したのが、「キム・ジョンウン委員長と前提条件なしに向き合う」との言葉だ。あれだけあっちこっちで「対話より圧力を」と言い続けてきたのが安倍首相だ。トランプ大統領がキム・ジョンウン委員長との会談に踏みきって以来、すこしずつスタンスを変えてきた。しかし全然日朝首脳会談のめどが立たないまま、思い切って「無条件」と踏み込んだ。方針が変わったわけじゃないと強弁しているが、明らかに方針転換である。だが、そんな新方針も相手にされてないのか、答えが「弾道ミサイル発射」である。逆に北側から条件を付けているとの観測もある。

 ということで、難しい外交課題に参院選前の進展は難しい。せっかくG20サミットがあっても、米中の間を取り持つこともできず、たいしたことも出来なさそうだ。しかし、海外首脳の中に立って会議をリードする姿を見せることで、なんだかエラそうな雰囲気を醸し出すんだろう。だが、実は日本外交は危機にある。サミットや五輪などのイヴェントに外国首脳は来るだろうが、それだけだ。トランプと親密と言っても、イラン問題やパレスチナ問題で何も言えない。米中経済摩擦でもWTOを無視する高関税を批判できない。何かうまくいきそうな感じを与えてきた分、安倍外交の行き詰まりはむしろ安倍支持層に疑念を呼ぶんじゃないだろうか
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ガス・ヴァン・サント監督「ドント・ウォーリー」

2019年05月13日 22時30分25秒 |  〃  (新作外国映画)
 ガス・ヴァン・サント監督の新作「ドント・ウォーリー」が公開された。アメリカではまだ公開されてないらしく、日本の方が先になった。過激な風刺で知られた漫画家ジョン・キャラハン(1951~2010)の自伝の映画化。すごく大きな問題をいくつも含んだ物語だが、実によく出来た感動作。キャラハンはアルコール依存症で、自動車事故により一生車椅子の生活になる。そんな彼がどう生きたか。アメリカ西海岸のオレゴン州ポートランドに住み、電動車椅子で街を駆け回る様子が素晴らしい。同地に長く住んで生前のキャラハンを何度も見たというガス・ヴァン・サント監督が見事に映像化している。

 もともとロビン・ウィリアムズが主役を熱望して映画化権を獲得していたという。監督は当初からロビン・ウィリアムズが主演した「グッド・ウィル・ハンティング」のガス・ヴァン・サントに依頼されていた。しかし2014年にロビンが亡くなり、脚本も書き換えてホアキン・フェニックスが主演した。素晴らしい名演で、けっしていい人じゃなかったキャラハンを等身大に演じて、すごく深いものを感じさせる。

 まだ何者でもなかった21歳のとき、すでに彼はアルコール依存症だった。しかし夜も車で遊び回り、友人とバカ騒ぎ。デクスター(「スクール・オブ・ロック」のジャック・ブラック好演)が運転する車が事故を起こして、彼が奇跡的に無傷なのにキャラハンは脊椎損傷で一生歩けなくなる。元をたどれば、母親に捨てられ、もらわれた家でも居場所がない。子ども時代から酒を覚え、もう手放せなくなっていた。障害者となったキャラハンは、苛立ちと怒りの日々を送っている。

 ヘルパーとケースワーカーに頼らざるを得ないキャラハン。思ったように酒も飲めない毎日にイライラしていたが、一念発起して断酒を決意。地区のAA(アルコホーリクス・アノニマス)に参加して、多くの人に出会う。特にリーダーのドニーを演じたジョナ・ヒルが名演。神をチャッキーと呼びながら皆を見守るが、実は一番大きな悩みを抱えている。「老子」を読むように勧めるドニーが出てきて、この映画は格段に深みを増してゆく。そしてキャラハンは風刺漫画を書くようになり、それが次第に売れてゆく。
 (実際のキャラハンが書いた漫画)
 そんな彼に課されたミッションが「ゆるすこと」だ。人生で出会った多くの人々に会いに生き、ゆるしを請うのである。事故後に一回も会わずにいたデクスターにもキャラハンから出かけていった。彼も事故後は苦しい思いを抱いて生きていた。しかし、多くの他人をゆるすことができても、恵まれない人生に苛立って酒に逃げていた自分自身を自分でゆるせるか。これが最後のミッションとも言える。このあたりのホアキン・フェニックスの演技が素晴らしい。

 原題の「Don't Worry, He Won't Get Far on Foot」は、「心配するな、遠くには行けないから」。荒野で車椅子が転がった様子を見て、追いかけたカウボーイが言う。こういう自虐ネタの漫画を書くことが彼を支えている。映画は時間を自在に行き来して、ジョン・キャラハンという人物をあぶり出してゆく。「障害者」として、性の問題、福祉の問題など大きなテーマも出てくる。それらも重要だけど、「依存症」という問題に向き合うとき、いろんなことに躓きながら生きている人に示唆することが多い。人間はどういう風に変われて、また変われないかという大問題に真っ正面から向き合っている。
 (ガス・ヴァン・サント監督)
 ガス・ヴァン・サント監督(1952~)は、「ドラッグストア・カウボーイ」や「プライベート・アイダホ」などで注目された。アメリカでは珍しい作家性の強い監督だが、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」や「ミルク」などアカデミー賞で大きな評価を受けた映画も作った。また銃乱射事件を描く「エレファント」はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した。最近の「永遠の僕たち」や「追憶の森」を見逃したので、なんだか久しぶり。編集にもクレジットされているが、確かな技量を実感できる。ポートランドの「空気感」も素晴らしい、またボーナス的に出てくるルーニー・マーラが相変わらず素晴らしい。
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アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯」を読む

2019年05月11日 23時30分54秒 | 〃 (外国文学)
 アレクサンドル・デュマ・ペール(Alexandre Dumas、père、1802~1870)の「モンテ・クリスト伯」(Le Comte de Monte-Cristo、山内義雄訳)全7巻を読み終わった。ちなみに今書いた「ペール」は「父」という意味。「椿姫」の作者として有名な同名の息子は、「アレクサンドル・デュマ・フィス」(息子)と呼ぶ。あるいは「大デュマ」「小デュマ」と言ったりする。読んだのは大デュマの方である。

 「モンテ・クリスト伯」は大長編で、4月28日に読み始めて5月10日に読み終わった。1冊が4百頁を超えるので、全部で3千頁ほど。13日間で読んだから、平均して一巻に2日掛かってない。最初はちょっともたついたけど、4巻、5巻あたりでスピードに乗った。登場人物になじみが出て、作者の構想も予測できるようになってくる。面白いのは間違いないけど、今となると中身も翻訳も相当古い。

 読んでみた感想を簡単に。「モンテ・クリスト伯」は1844年から1846年にかけてフランスの大手新聞に連載され、続けて出版された。「ダルタニャン物語」(第一部が有名な「三銃士」)に次ぐ一大エンターテインメント小説である。大デュマの小説は大ベストセラーになり、「モンテ・クリスト城」という豪邸を建てた。書かれたのは七月王政末期の頃で、内容は1815年のナポレオン「百日天下」の頃に始まり、23年後のパリで進行する。つまり「復古王政」時代の物語だ。

 僕は「モンテ・クリスト伯」が無実の囚人の復讐物語だとは知っていたが、詳しい内容は知らなかった。単なる刑事事件ではなくて、主人公エドモン・ダンテスは「無実の政治犯」だった。しかも復古王政派からナポレオン派(ボナパルティスト)と目され、裁判も経ずに重罪犯監獄島の地下牢に収容された。昔日本で「吉田巌窟王事件」と呼ばれた事件がある。1913年に起きた殺人事件で無期懲役が確定した吉田石松が半世紀後の1963年に再審で無罪判決を受けた。「巌窟王」(がんくつおう)というのは、明治時代に黒岩涙香が「モンテ・クリスト伯」を訳したときの題名。だから、僕は本家の「モンテ・クリスト伯」も無実が証明される話かと思っていたが、そもそもエドモン・ダンテスは有罪判決を受けてない。

 だから、この小説の時代設定は重大である。フランス革命からナポレオンの帝政、ナポレオンの没落と「百日天下」、復古王政、七月革命というフランス史の大激動が背景になっている。大デュマは若い頃は恵まれなかったが、オルレアン公ルイ=フィリップ(1830年の七月革命後の国王)の秘書室に勤めて世に出た。大デュマの出自は複雑で、ちょっとビックリしたんだけど、軍人だった父親はカリブ海のハイチでフランス貴族と黒人奴隷の間に生まれた。そのことで孫の代の大デュマも人種差別を受けていたという。だから復古王政に批判的で、ナポレオンに同情的な感じがある。復古王政期には書けなかった話で、七月王政末期になって昔を振り返ることが出来るから成立している。
 (アレクサンドル・デュマ・ペール)
 ただ復讐するんだったら付け狙って殺せばいいわけだが、そうじゃなくてエドモン・ダンテスは巧みに仕組んで自滅を誘う。主要な敵は3人いる。事件をもみ消してダンテスを投獄した検事代理が、検事総長になっているのはまあ理解可能だ。でもその当時は船の会計士や漁民だったのが、突き止めてみればどっちも貴族になってる。村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」では、付き合いが途絶えた高校時代の友人数名を10数年後に訪ねる。それなりに生きているけど、いくら何でも国会議員になったり大社長になったりはしてない。そんな設定だったら現実感がなくなる。今じゃありえない階級変動が激動のフランスではあり得たのだ。戦争と革命の連続だから、付く側を間違えなければ出世し、間違えれば没落する。
 
 エドモン・ダンテスは14年後に脱獄し、その後モンテ・クリスト島なる岩礁で巨万の宝を見つける。その後島を買い取り、「モンテ・クリスト伯」なる称号を名乗る。そして東方で何年か多くの体験を積み(化学や毒物の知識が半端じゃない)、ローマの山賊も彼の手下にある。そして満を持してパリに乗り込み、社交界の花形となる。そして何人もの人物になりすまし、復讐を仕込んでいく。それは「コン・ゲーム」(信用詐欺 confidence game)みたいな内容だ。「モンテ・クリスト伯」が面白いというのは、復古王政期の上層階級の内情をあからさまに描き出しながら「コン・ゲーム」を仕掛けていくからだろう。

 上流階級のスキャンダルはいつの時代も大人気だ。単なる復讐じゃなくて、そっちが人気の理由だと思う。しかし復讐する以上は、それは「神の報い」とされる。だがさすがに大エンタメ作家のデュマである。登場人物が作者のロボットに止まらず、どんどん物語が自動展開していく。そこでどこまで復讐するべきなのかという問題が起きる。「赦し」はありうるのか。基本は勧善懲悪の物語で、それは日本の曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」と似ている。「八犬伝」は1814年から1842年までに書かれたから、ほとんど同時代である。しかし、フランスでは政治変動や宗教的な赦しの問題が正面から問われることが日本と違うところだと思った。

 なお、小説内に日本がいっぱい出てくることに驚いた。まだ日仏国交はない時代である。オランダ東インド会社によって輸出された日本の陶磁器がフランスでも珍重された様子がうかがえる。まだ浮世絵なんかは入ってない。しかし後のジャポニズム流行の素地がすでに形成されていたのかと思う。
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