尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ロベルト・ロッセリーニのバーグマン時代-イタリア映画の巨匠③

2016年11月30日 23時35分33秒 |  〃 (世界の映画監督)
 「イタリア映画の巨匠」のミニシリーズは3回で終わり。最後に「ネオ・リアリスモ」の代表者ともいうべきロベルト・ロッセリーニ(1906~1977)を取り上げる。ロッセリーニは、僕にとって長らく「伝説的」ともいうべき監督だった。生没年を見ると、前回書いたヴィスコンティとほぼ同じなんだけど、世界的に認められたのはロッセリーニが断然早い。そして、僕が映画を見始めたころには、新作がまったく見られなかった。フェリーニやヴィスコンティ、アントニオーニ、そしてヴィットリオ・デ・シーカだって、新作が公開されていたのに。だから、よく判らない昔の巨匠に思えてしまうのである。

 第二次世界大戦は、それまでの歴史に例を見ない巨大な災厄であり、ものすごく大量の「無惨な死」をもたらした。直接の戦場にならなかったアメリカはちょっと違うけど、ヨーロッパやアジアの各国では、文化のあり方が変わってしまった。映画でそのことを最初に示したのは、イタリアの「ネオ・リアリスモ」だったわけである。日本は占領中だったから、外国映画の受容にズレがあった。未公開作品もあった。(共産党員作家ヴィスコンティの「揺れる大地」は公開されなかった。)

 日本ではほぼ4本の映画、ロッセリーニの「無防備都市」(1945、日本では1950年ベストテン4位)、「戦火のかなた」(1946、日本では1949年ベストワン)、ヴィットリオ・デ・シーカの「靴みがき」(1946、日本では1950年ベストテン7位)、「自転車泥棒」(1948、日本では1950年ベストワン)がネオ・リアリスモの代表作と言われる。つまり、日本では「逆コース」時代に公開され、49、50と続けてベストワンになり、1950年にはベストテンのうち3つを占めた。時代相もあって、当時の人々に強い影響を与えたのは当然だ。

 これらの映画はフィルムセンターにあって、僕も若いときに見ている。それは「映画史的名作」という感じだった。しかし、その後のロッセリーニ映画は全然見られない。キネ旬のベストテンを調べると、1960年に「ロベレ将軍」(4位)、1961年に「ローマで夜だった」(8位)が入選しているが、まったく見る機会がなかった。「ロベレ将軍」は近年デジタル版が公開され、デ・シーカ主演のたいそう立派な抵抗映画だった。一方、「ローマで夜だった」の方はいまだに見る機会がない。

 その間にロッセリーニは何本も作っているけど、日本ではほとんど公開されなかった。(「ドイツ零年」などいくつは公開されているが。)そして、その間は「失敗作の時代」と言われてきた。その期間はほぼ「バーグマン時代」と言っていい。それらの映画は世界的に再評価されてきていて、日本でも90年ころのミニ・シアターブームの時に上映されたはずだ。僕も何本か見て、これは傑作だと思った記憶がある。

 ところで、今書いた「バーグマン時代」というのは、スウェーデン出身の大女優、すでにアカデミー賞主演女優賞を受けていた超人気スターのイングリッド・バーグマンと結婚して、バーグマン主演映画を続々と作っていた時代のことである。有名な話だけど、バーグマンは「無防備都市」を見て感激し、どんな映画でもいいから出演したいと手紙を送った。その結果「ストロンボリ」(1950)に出演することになり、撮影中に二人は愛し合うようになった。でも、どっちも配偶者と子どもがいた「ダブル不倫」だったうえ、アメリカは「マッカーシズム」(反共ヒステリー時代)さなかだったから、大問題になった。

 映画史上最大級のスキャンダルだったけれど、結局は撮影中にバーグマンは妊娠した。(男児を産み、その後双子姉妹がある。一人は女優のイザベラ・ロッセリーニ。)二人は1950年に結婚したが、1957年に離婚する。その間にロッセりーニは5本のバーグマン主演映画を撮っている。そして、せっかく美女を妻としながら、バーグマンをいじめ抜くような映画ばかりを作っている。それも、ストーリイもはっきりせず、現代人の不安や悩みを象徴的に描くような映画を。それは当時は全く受け入れられず、訳の分からない失敗作とされてきた。でも、今見ると、実によく判る傑作ではないか。

 「ストロンボリ」(1950)は、中でも僕は傑作だと思う。ストロンボリというのは、イタリア南部、シチリア島の北にある小火山島のこと。ここは噴火が相次ぐことで知られ、今も時々噴火している。流動性の低いマグマが間歇的に吹き上がる火山噴火を「ストロンボリ式噴火」というほど、火山学でも有名な火山島である。ここ出身の男と結婚してストロンボリ島に来てしまった女が、周囲の目に追い詰められて、ついに家出してストロンボリ火山をあてもなくさまよう…。
 (ストロンボリ)
 ほとんどトンデモ映画的な展開なんだけど、もともとバーグマンの役柄は「難民」である。リトアニアからポーランドに逃れ、ドイツ占領下で生き抜いたが、ドイツ敗戦に伴ってなんとか偽造旅券でイタリアに脱出したという設定である。難民収容所で男性棟にいた男と知り合い、求婚を受け入れてストロンボリに渡った。まさか夫の故郷がこんな絶海の火山島だと知らなかったのである。そこでは気概ある男はアメリカにわたり、残った女たちは因習のとりこになっている。外国女が奔放にふるまうと、掟破りの女として排斥され、それが夫の心も狂わせていく。火山をさまよう女としては、原節子が焼岳を登る「新しき土」、グアテマラの先住民少女が火山をさまよう「火の山のマリア」があるが、一番危険な感じ。

 続いて「ヨーロッパ一九五一年」(1952)は、アメリカ大企業の幹部夫人としてイタリアに来たという設定。だけど、忙しさにかまけて幼い息子をないがしろにすると、精神的に不安定な子は自殺してしまう。そのことで自責の念にかられた妻は、一切の家事を放棄して、個人的な「慈善」に熱中するようになる。それが行き過ぎて、精神的失調と見なされて精神病院に閉じ込められる。なんの救いもない終わり方に驚くが、そこにこそロッセリーニの精神性がうかがわれる。「子どもの自殺」や「追いつめられる母」、「こころの病」と、現代から見るとこの映画はまさに「現代の不安」を描いていて、身に迫る。これも驚くべき先見性を持っていた傑作だと思う。狂気か究極の善意か、バーグマンの演技もすさまじい。
 (ヨーロッパ一九五一年)
 そして、次に「イタリア旅行」。夫婦仲が冷えている夫婦が、ナポリの別荘を相続してイタリアにやってくる。夫はもう売り払ってしまうつもり。ローマから車でドライブしながら、途中で知り合いを訪ねたり、アヴァンチュールがありそうだったり…、いろいろありつつ夫婦仲はどうなる。という「ロードムービー」の古典で、最後がちょっと甘いが、風景も面白く、イタリアを旅行する外国人という設定も面白い。これは最高傑作という人もいるようだが、僕はそこまでは買わない。

 日本で見られるバーグマン時代のロッセリーニは、以上の3本だと思う。監督の別の映画もやっていたけど、時間が取れずに見逃した。「無防備都市」も何十年ぶりに見直したが、今も迫力たっぷりだったけど、この手の映画はその後いくつもあるなあとも思った。もう「古典」ということなんだろう。
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ルキノ・ヴィスコンティ、ブーム再び?-イタリア映画の巨匠②

2016年11月28日 21時30分55秒 |  〃 (世界の映画監督)
 イタリアの巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ(1906~1976)は、今年が生誕110年、没後40年である。もう高い評価と人気はゆるぎなく、毎年どこかで何かをやっている。「山猫」「ルードヴィヒ」などは昨年公開されたと思う。今後、12月末から「若者のすべて」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」「揺れる大地」が新宿武蔵野館で連続上映される。そして、もう40年も前になるが、日本のヴィスコンティ再評価とブームをもたらした「家族の肖像」(デジタル完全修復版)が、岩波ホールでリバイバルされる。

 いまヴィスコンティのフィルモグラフィを見ると、長編映画は生涯に14本しか作っていない。案外少ないのに驚くが、僕は全部見ている。1969年の「地獄に堕ちた勇者ども」以後はリアルタイムで見ているが、その時点では日本未公開作品作品も多かった。1971年の「ベニスに死す」がベストワンになったものの商業的には惨敗だったことから、しばらくヴィスコンティは公開されなくなった。岩波ホールが「家族の肖像」をヒットさせてから、ミニシアターブームに乗ってヴィスコンティ映画が公開されるようになった。

 ヴィスコンティはよく「赤い貴族」と言われるが、まぎれもなく貴族の家系である。ルネサンス期の歴史書を読むとよく出てくるミラノのヴィスコンティ家だが、さすがに本家ではなくて傍流らしい。それでも父は公爵で、お城で育ったという。そうした育ちからも来る、壮麗な映像世界、ヨーロッパのホンモノを知っているぞというような映画が、ちょうどヨーロッパ旅行なんかに出かけられるようになった日本人に受けたのかもしれない。だから、日本のヴィスコンティ受容は、「後期の大作」中心になったきらいがある。

 一方、ルキノ・ヴィスコンティは、戦時中の1942年に「郵便配達は二度ベルを鳴らす」でデビューした「戦中派」で、「ネオ・リアリスモ」の元祖だった。イタリア共産党に入党し、「赤い貴族」の映画作家だったわけである。そういう苛烈なまでの「リアリズム作家」という面を忘れてはいけないと思う。特に1948年の「揺れる大地」はシチリア島の漁村に密着ロケしたリアリズム映画の最高傑作で、世界映画史に残る大傑作である。とにかくすごい迫力で、圧倒されること請け合い。日本公開は遅れたが、フィルムセンターにフィルムがあって昔に2回見た。今回デジタル版で公開されるのが楽しみ。
 (揺れる大地)
 今回シネマヴェーラ渋谷でやったのは、「ベリッシマ」(1951)という第3作である。これは確か「俳優座シネマテン」で見たと思う。六本木の俳優座劇場で、演劇公演が終わった後の夜10時から映画を上映するという企画があったのである。1981年と記録にある。時間的に見るのが大変だが、若いから見に行った。そして、ずいぶんあきれ返って辟易(へきえき)した記憶がよみがえってきた。
 (ベリッシマ)
 ベリッシマというのは「最も美しい女」ということで、映画出演のための「美少女コンテスト」に娘を出そうと走り回る母親アンナ・マニャーニが凄すぎる。「無防備都市」で注目され、1955年には「バラの刺青」でアカデミー主演女優賞を取った女優である。取りつかれたように娘の売り出しに奔走する貧しい母親を全身で演じている。それは凄いが、見てる方が付いてけないぐらい。トンデモ映画に入れた方がいいけど、あくまでもリアリズムというところが凄いのである。後に活躍するフランチェスコ・ロージとフランコ・ゼッフィレリが助監督を務めている。日本にもこういう親はいそうだな。

 1960年の「若者のすべて」はアラン・ドロン主演の大作だけど、中身は厳しいリアリズムの青春映画。ここまでが「現実を描くリアリズム作家」だった。次の「山猫」(1963)から「歴史絵巻」路線が始まる。もっとも「熊座の淡き星影」(1965)や「異邦人」(1967)は位置づけが難しい。「山猫」から「ベニスに死す」までを「文芸名作路線」とするべきかもしれない。
 (若者のすべて)
 ところで、多分上映権が切れて以来、映画館でやってないと思うのが、「地獄に堕ちた野郎ども」(1969)である。これこそ退廃の極致で、ナチスの実態を暴露するとともに、美と退廃と抵抗の狭間に生きる人間の姿を描いた傑作である。アメリカ資本で作られたから権利関係が難しいのかもしれないが、これこそリバイバルを待ち望む映画である。これに比べれば、世にあまたあるナチス映画やホラー映画など、すぐに忘れてしまうような薄い映画としか思えない。そして、遺作となった「イノセント」(1976)。僕が一番好きなヴィスコンティ映画で、典雅な恋愛映画にしてトラウマ必至の怪作でもある。とにかく、ルキノ・ヴィスコンティに比べれば、最近の映画は薄っぺらで見るに堪えないと思ってしまう。若いうちに見ておかないと。(それはフェリーニも同様だけど。)
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フェデリコ・フェリーニと初期作品-イタリア映画の巨匠①

2016年11月27日 21時49分17秒 |  〃 (世界の映画監督)
 シネマヴェーラ渋谷でイタリアの「ネオ・リアリスモ」の特集が行われていた。もう終わっているが、忙しいうえにもともと見ている映画が多いから、2回しか行けなかったのが残念。でも、ここで日本未公開だったフェデリコ・フェリーニの初期作品2作を見ることができた。もう新作がない監督は、なかなかブログに書かないから、この機会にちょっとイタリア映画の巨匠について書いてみたい。

 フェデリコ・フェリーニ(1920~1993)が亡くなって、もう20年以上経つのか。長い映画史を通じて、国内外を通じて僕の一番好きな映画監督である。「サテリコン」(1969)以後の作品は、すべて同時代に見てきた。最後のころは、どうも創作力が落ちたと思っていたが、それでもフェリーニの新作を見逃すわけにはいかなかった。今回2本見て(オムニバス映画の何本かを除き)、長編は全部見たことになる。

 フェリーニはロッセリーニの「無防備都市」の脚本を担当した後、1950年の「寄席の脚光」で監督デビューを果たす。ただしアルベルト・ラトゥアーダとの共同監督となっている。ラトゥアーダは青春映画やコメディ、文芸ものなど多数の商業映画を作り、日本でも結構公開されている。大した映画はないけど、演出力はそれなりなんだろう。
 (左がジュリエッタ・マシーナ)
 映画は旅芸人一座が列車で旅立つところから始まる。やっぱりフェリーニ的世界である。そこにスターを夢見る少女が強引に押しかけ入団にやってくる。中年の団長はジュリエッタ・マシーナという相方がいながら、美人の新人を寵愛する。お金がないから雇えないと言われながら、居座ってしまった新人女優のダンスが評判になって…。人気が出てきた新人をもっと売り込もうとする団長、見捨てられた団員たち、そして最後には…という、旅芸人もの、あるいは「新人女優のし上がりもの」の定番的展開でつづられる旅芸人と中年役者の哀歓の日々である。

 次の作品は1952年の「白い酋長」で、フェリーニ単独監督の最初。「白い酋長」っていうのは、劇中劇(映画内映画)として作られているイタリア風西部劇の主人公のことである。ローマに新婚旅行でやってきた若妻は、夫を差し置いて大ファンの「白い酋長」に会いに行く。夫はそれなりの家柄らしく、親戚がローマ教皇との面会をセッティングしているのに、妻は行方不明に。一方、妻は「白い酋長」になかなか会えず、よく判らないうちに映画の撮影現場の海に連れていかれる。酋長は彼女を船で海に連れ出す。夫は妻は病気と言いつくろってごまかすが、翌日に延ばした教皇面会に間に合うか…。この映画は、ニーノ・ロータが映画音楽を担当した最初の作品で、この後最終作まで音楽を担当した。

 まあ、今から見れば、両作とも「フェリーニ初期」という目で見て、それなりに楽しめる。だけど、当時この映画を見ただけでは、やはり日本公開は難しい。映画作品的にも、演出技法的にも、まあ普通に楽しめるといった程度だと思う。しかし、今から見て「フェリーニ的特徴」をいくつか見て取ることもできる。一つは劇としての構成。登場人物のドラマという以上に、映画内の人物が遍歴していくさまを見つめるという作品である。それは「」や「甘い生活」も同じで、「サテリコン」や「カサノバ」のような原作がある作品も同様である。イタリアの古典「神曲」や「デカメロン」にも共通するような問題で、そういう「遍歴もの」の伝統があるんだろう。

 もう一つは、旅芝居映画撮影など、自分の好きな世界、それも「見世物的祝祭空間」を描いていること。この後も、サーカスを描いた「」、「フェリーニの道化師」、映画撮影が出てくる「甘い生活」、舞台芸人を描く「ジンジャーとフレッド」など様々な作品で、同じような世界を描いている。旅芸人の映画を見ていると、やっぱりフェリーニだなあと思う。そして、どっちもジュリエッタ・マシーナが出ている。言わずと知れたフェリーニの妻であり、フェリーニの死後半年で亡くなった彼女は、脇役ではあるけど最初の映画から出ていたのである。

 フェリーニは、次の「青春群像」(1953)で自己の世界を確立し、「」(1954)で世界的巨匠となった。その後、「フェリーニのアマルコルド」(1973)まで全作品で傑作を連発し続けた。その傑作の中でも、もちろん「甘い生活」(1959)と「8 1/2」(1963)が、傑作中の傑作であり、映画史上でももっとも素晴らしい大傑作である。人生と世界の複雑さを余すところなく描き、同時に人生の哀愁、日々の倦怠を見つめ、深い感動を見る者に与える。フェリーニは見世物的な圧倒的快楽心のうち深くに通じる懐かしさを描き続けた。イタリア社会と自己の脳内の「地獄めぐり」のような作品群は永遠の輝き続けるだろう。

 フィギュアスケートのNHK杯を見ていたら、男子の田中刑事選手が、音楽に「フェデリコ・フェリーニ・メドレー」を使って流麗に滑っていた。(3位となった。)まあ、フェリーニというか、ニーノ・ロータ・メドレーだけど、今もフェリーニが生きてるんだなあとうれしく思った。2020年が生誕百年。4年後に向けて、多くの作品上映や再評価などが進むことを願う。
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フィデル・カストロ死す

2016年11月26日 23時23分16秒 |  〃  (国際問題)
 キューバ革命の指導者、フィデル・カストロが亡くなった。1926年8月13日~2016年11月25日、90歳。政治の第一線から離れて長かったし、病気もした。年齢が年齢だけに、驚きはないけれど、特に最近容体が危ないといった情報はなかったから突然の訃報という感じもある。
 
 国際情勢に大きな影響を与えるわけではないけど、やはり「英雄の死」として大きく取り上げられるだろう。少し書いておきたいと思う。国家の肩書としては、キューバ国家評議会議長(国家元首)と閣僚評議会議長(首相)を1976年から2008年まで務めた。それ以前も革命後はずっと首相だけど、1976年に新憲法が制定されて、その現体制下でずっとリーダーだったということ。また党の方では、キューバ共産党中央委員会第一書記を1965年から2011年まで務めた。

 カストロの人生とキューバ革命史には、いくつかの焦点がある。以下にいくつか挙げてみると、
なぜキューバ革命が成功したのか
②その後の反米、親ソ路線をどう評価するか。
国家建設の実態をどう評価するか。
④80年代までの「革命輸出」路線をどう評価するか。
⑤90年代の「ソ連崩壊」後のキューバのかじ取りをどう評価するか。

 ぼくはキューバ革命にそんなに詳しくないから、以上の問題に答えを持っているわけではない、。だけど、アメリカにあんなに近いところ、実質的にアメリカ資本に支配されていたところで、どうやって革命ができたのかという驚きはよくわかる。同時代的に知っているわけではないけど、「キューバ革命幻想」といったものは僕の若いころにはまだ感じられたものである。

 でも、革命のロマンティックな部分は、チェ・ゲバラが代表してしまい、フィデル・カストロは政治を実際に進める非ロマン的な政治家という印象になってしまった。カストロの統治は「一党独裁」で、国内に自由はなく、多くの国民が外国に脱出したというのも間違いない。だけど、同時に福祉や医療、教育などは充実し、格差が少ない社会を作ってきたとも言える。
 (右がゲバラ)
 政治家は誰でも大体、毀誉褒貶(きよほうへん)が付きまとうけど、カストロも一方から見れば英雄で、もう片方から見れば独裁者だった。後継者も弟のラウル・カストロである。だけど、ラウルは革命運動をともに進めてきた同志であり、革命後はずっと政府高官(国防相、党や国家の第一副議長など)を務めてきた。フィデルもラウルも男子があるが、党や政府で重要な地位には付いていない。アジアやラテンアメリカ各国に多いネポティズム(縁故主義)にならなかった。キューバ共産党も、「腐敗」が大問題になったりしていない。それを重視すれば、キューバ革命とカストロ兄弟はうまくやったと言うべきか。

 フィデル・カストロは裕福な農場主の家に生まれ、ハバナ大学を出て弁護士をしていた。バティスタ大統領独裁に抵抗し、武装組織を作り、1953年7月26日にモンカダ兵営襲撃事件を起こした。懲役15年となったが、恩赦で出獄後にメキシコに亡命。1956年12月にキューバに密航し、革命運動を開始した。国内外の強力な支援なしに、アメリカの支援を受ける政府軍を打倒したことは、「奇跡」だった。実質的にアメリカの「植民地」と言えるキューバで、なんで革命が成功したのか、僕はよく知らない。

 その時のカストロは、明確な共産主義者じゃなかったと言われる。アメリカも直ちに承認したが、訪米したカストロをアイゼンハワー政権は冷遇した。その後、次第に反米路線になっていくと言われるが、革命後にアメリカ資産を国有化することは当然だし、避けられなかった。そして、アイゼンハワー政権もそれを黙認するわけにはいかなかった。だから、いずれにせよ、米国との対立は避けがたかったと思う。のちに完全に「親ソ路線」となっていくのは、様々な理由やきっかけがあったんだろう。でも、68年のソ連によるチェコスロバキア侵攻を支持したり、70年代後半にアフリカのアンゴラに派兵したりしたのは、やはり間違っていたと思う。

 革命後のキューバ経済は、ソ連に市場価格より高い価格で砂糖を買ってもらうことで成り立っていた。だから、ソ連が市場価格での取引を求め、その後91年には崩壊してしまったら、キューバは持たないはずである。多くのソ連圏の国々は、一党独裁を放棄し、事実上の資本主義化を行って、経済を立て直した。キューバ経済もかつてない停滞に落ち込み、国外脱出者が多くなった。土地の私有化信仰の自由(国民は基本的はカトリック)を認め、1998年にはローマ教皇がキューバを訪問した。

 そうやって経済的苦境を乗り切って、今もなお一党独裁体制を堅持しているんだから、カストロ兄弟には政治的能力があるんだろうと思う。フィデルには国民を魅了するカリスマ性が、ラウルには実務家的才能があるんだろう。それをどう評価するかは別にして。でも、レイナルド・アレナス原作を映画化した「夜になる前に」(2000)を見ると、キューバで同性愛者がいかに厳しい環境に置かれてきたか、キューバ政治犯の実情も伝わってくる。人権上の問題はやはり否定できないけど、アメリカ資本に飲み込まれない国づくりを半世紀以上継続してきたということはすごいと思う。僕の評価はアンビヴァレント(二律背反)的なものになってしまう。
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ペドロ・アルモドバル監督「ジュリエッタ」

2016年11月24日 21時29分23秒 |  〃  (新作外国映画)
 スペインの映画監督、ペドロ・アルモドバルの新作「ジュリエッタ」が公開されている。あまり大きな公開ではないから、見てない人が多いと思うけど、これは久方ぶりの傑作だった。人生という深い謎を見事に描いている。喪失の痛みと後悔が人の一生をどれほど傷つけてしまうか、その思いの痛切さに心揺さぶられる。特に「赤」を強調する映像美と美しい風景も見ごたえがある。

 原作はカナダの「短編小説の女王」、アリス・マンロー(2013年ノーベル文学賞)の短編3つを合わせたもので、日本でも「ジュリエット」(新潮クレストブックス)として最近刊行された。監督は初の英語映画を撮ろうと、メリル・ストリープ主演、原作どおりのバンクーバーロケで企画が進行していたらしい。でも、それが流れて結局はスペインで撮ることになった。脚色は原作と少し違うらしいけど、とてもうまくできている。もともとハチャメチャに流れ過ぎるきらいがあるアルモドバル作品としては、なんだか文学的香気を感じさせる映画になっていて、いつも通り「女性映画」としても感動的な出来。

 冒頭で中年女性ジュリエッタはマドリードを引き払って、ロレンソといっしょにポルトガルに移住しようとしている。だけど、町で娘の親友だったベアに偶然出会って、娘アンティアの消息を聞く。それから、ジュリエッタは移住をやめて、娘にあてて「読まれない手紙」を書き始めるのだった。娘に伝えられずに終わったジュリエッタの過去。若いときに古典の臨時教師をしていて、夜行列車で見た「死」、そして夫となるショアンとの出会い。漁師だった彼と結ばれ、娘をもうける。田舎に住む父に見せに行くが…。

 親との関係、夫との関係、娘との関係、それぞれよく伝えずに生きてきた。ジュリエットの人生は、でも多くの人の普通の人生と言えるだろう。それが純粋な娘に大きな傷を残したのだろうか。「死」と「秘密」が人生を蝕んだのだろうか。あるとき、18歳になった娘はピレネーに瞑想に行くと出かけたまま、母からも親友からも姿を消してしまったのだ。そして、10数年が経ってしまった。

 原作はラストの展開がないということだが、映画としてはこの方がいいだろう。人生の様々な曲がり角について、いろいろと思いふけってしまう映画だ。だけど、そこはスペインのアルモドバル。原色をちりばめた映像美と流麗に進む編集リズムに乗せられて、まったく退屈しない。ジュリエッタ(スペイン語だから、フリエッタと発音している)は若い時の過去と年とった現在を、二人の女優が演じ分けている。書いてわかるような人じゃないから、主要キャストは書かない。かつてのアルモドバル作品常連だったロッシ・デ・パルマ(「ピカソの絵の女性はリアリズムだった」とある人が書いていたほど独特の風貌の女優)が家政婦役で悪魔的な役をやっているのが、懐かしくてご愛敬。

 ペドロ・アルモドバル(1951~)は、1988年の「神経衰弱ぎりぎりの女たち」が翌年に日本公開され、そのぶっ飛んだ面白さにはまって以来、全部見てきた。「オール・アバウト・マイ・マザー」(1999、カンヌ監督賞、アカデミー外国映画賞)と「トーク・トゥ・ハー」(2002、アカデミー脚色賞)が圧倒的な大傑作だった。もう生涯の最高傑作を作ってしまったのか、それ以後はあまりパッとしない。「抱擁のかけら」(2009)はゴチャゴチャしていて、「私が、生きる肌」(2009)はさすがにやり過ぎで楽しめない。前作の「アイム・ソー・エキサイテッド!」(2013)に至っては、何の面白みもない失敗作だった。

 それでも見てきた僕も、われながら見捨てずに来て偉かった。今度はいいと思う。やはり企画と脚本がしっかりしてないと、いい映画はできないという見本だろう。僕も(誰も)人生で何年か経った後で、初めて聞かされた話があると思う。この映画はそういう感慨を誘う。映画に出てくるマドリードの町も興味深いけど、ショアンの住む港町はどこだろう。とっても美しくて忘れがたい。海岸のようすがリアス式っぽいかなとガリシアあたりと思って見ていたら、やはりスペイン北西部、大西洋岸のリアス・カルタスというところで撮られたという。ピレネー山脈の風景も美しい。
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「スタッズ・ターケル自伝」を読む

2016年11月22日 20時40分53秒 | 〃 (さまざまな本)
 「スタッズ・ターケル自伝」(原書房、2010、3400円)という本を読んだ。440頁を超える重い本で、ずいぶん時間がかかってしまった。スタッズ・ターケル(1912~2008)といっても、すぐに思い浮かぶ人は少ないだろう。アメリカ現代史の「オーラル・ヒストリー」(口述の歴史)をいっぱい書いたことで知られる人。この本を読むと、それだけでなく実に様々な活動に関わってきたことが判る。

 6年前に出た本だけど、トランプが大統領に選ばれるような時代にまず読むべき本だと思って、読み始めた。最近アメリカ文学をいろいろ読んでいるので、その流れで現代アメリカをもっと知りたいと思ったのである。その期待に十分に応えてくれる本で、考えさせられるし、勇気を与えられる。高くて厚いけど、多くの人に一読を薦める本。金原瑞人、築地誠子、野沢佳織共訳で、文章はすごく読みやすい。注がいっぱい付いていて、全部きちんと読むと大変。でもアメリカの大衆文化に詳しくなれる。

 ターケルは本名はルイス・ターケル。ニューヨーク生まれだけど、ホテルを経営する両親とともにシカゴに移り、ずっとシカゴで活動した。シカゴ大学で法律を学ぶが、大恐慌時代だから就職が難しい。親の仕事のホテルを手伝ったり、ニューディール時代の失業者救済組織で働いたりした。その後、演劇に関わり、ラジオでディスクジョッキーをする。ある舞台に立つとき、ルイス名の役者が3人いて、区別のために「スタッズ」を名乗り始める。ディスクジョッキーとしては、ジャズやクラシック、フォークソングなどをジャンルを問わず流す番組を始めて、ものすごく受けた。そういう聞き方は当時はなかったのである。

 だけど、ずっと左派として活動していたから、第二次大戦後には「非米活動委員会」から目を付けられる。番組がなくなり、すごく困った時代が続くが、いろんな幸運も続いて、人々をインタビューした本が売れるようになったのである。いろんな仕事の人をインタビューした「仕事」や第二次大戦の記憶「よい戦争」、皆が忘れかけていた「大恐慌」、あるいは「アメリカの分裂」、「人種問題」など多くの本をまとめた。これらは80年代に日本でも翻訳され大きな影響を与えた。日本でも同種の本が出されたと思う。でも、時間が経って今はあまり新刊としては残ってない。(他にも「ジャズの巨人たち」という本もある。)

 思い出に残る多くの有名、無名の人々の姿。結婚相手のアイダは、すぐれたソーシャルワーカーで、誰にも親しまれた。アイダが言い出して、ワシントン大行進に参加する列車に参加したのである。ターケルはFBIに就職しようとしたこともあるが、不採用になった。そのFBIは後にターケルを監視する。ラジオ番組でビリー・ホリデイを掛けたから。信じがたいバカバカしさだけど、そんな時代だったのである。

 有名なジャズ歌手のマヘリア・ジャクソンがラジオに登場し、司会のターケルが番組後に食事に誘うと、有名な店だけど彼女は行きたがらない。店で(人種問題で)トラブルが起きるのが心配なのである。そんな時代に、中心部にありながら人種を問わず受け入れていたのが、「リックの店」。この名前と主人が「カサブランカ」のモデルになったという話。ガムで有名なリグレーが店の敷地を持っていて、地価が下がると文句を言ってくる。でもリックは突っぱねた。

 実に感動的なエピソードがいっぱい出てくる。「アメリカ民衆列伝」みたいな本だけど、中でもこんな人。ペギー・テリーというアーカンソー州出身の女性である。父親がKKK(クー・クラックス・クラン)に属していたので、小さいころから黒人に偏見を持っていた。アラバマ州モントゴメリーに住んでいた時、キング牧師が指導するバス・ボイコット運動が起きた。そして、キングが刑務所から出てきたとき、白人多数にリンチされるところを目撃した。これが転機になったのである。無抵抗のキングに殴りかかる白人を見て、「白人は卑怯なことをしない」という信念が崩れたのである。

 やがてペギーは人種平等会議に入って、自分も刑務所に何度か入る活動家になった。そしてターケルは1968年に、ある会合でペギーがスピーチするのを聞いた。聴衆はほとんどがアフリカ系である。「白人女のわたしが、なんでわざわざ黒んぼなんかといっしょに刑務所に入ったんだって聞かれたから、こう答えてやったわ。『あそこに入ったからこそ、教育もろくに受けていない貧乏白人が、ノーベル賞受賞者と握手できたんだよ』ってね。」もちろんノーベル賞受賞者というのはキング牧師である。

 ターケルはほとんど一世紀近くを生きて、最後に依頼されて自伝を書いた。(原著出版は2006年。)記憶違いもあって、それは訳者が判ったところは注を付けている。全部は書けなくて、以前に書いたものを抜粋した箇所もある。一世紀近くの間には多くのことがあり、ターケルは大恐慌を、大戦を、「赤狩り」を生き延びてきた。だから、アメリカ人は「国民的健忘症」に掛かっていると言う。さらに「認知症」だとまで非難している。大恐慌の時代に、祖父たちが「大きな政府」で生き延びたというのに、金持ちになった孫の世代は「小さな政府」がいいと言う。歴史を忘れたのだと言う。

 これは全く今の日本人にも言えることだろう。戦争の時代、貧困の時代を忘れただけでなく、つい数年前のことも忘れてしまう。パソコンどころか、車の運転も生涯しなかったほど機械が苦手なターケルが、ただ二つ何とか使いこなせたのがタイプライターとテープレコーダー。だから残せた20世紀の貴重な証言で、歴史について、人間について、アメリカについて、学ぶことの多い本だった。
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戸定(とじょう)邸(旧徳川昭武庭園)を見る

2016年11月20日 22時44分54秒 | 東京関東散歩
 爽快な小春日和の一日、松戸市にある戸定(とじょう)邸に行ってきた。知ってる人は多くないかもしれないが、徳川昭武という人が作った屋敷と庭園。家は重要文化財、庭園は名勝に指定されている立派なものである。でも、歴史的な出来事が起こったわけでもなく、都内から少し出ているから松戸市以外の人には知らない人が多いんじゃないか。僕もそういうのがあるとは知っていたが、初めて。庭園を復元する工事が行われるため、11月30日から庭園に下りられないと東京新聞に載っていたので、行ってみる気になった。(5と10の日に公開されるので、25日は庭に行ける。なお、戸定はこの地の地名。)
   
 庭から見た全景が一番判りやすいので、最初に写真を載せておきたい。ここは、千葉県松戸市の松戸駅から徒歩10分ぐらい。JR北千住駅から常磐線快速で1駅、あっという間である。東口を降りて、町中を通って南の方に向かうと案内表示が出てくる。丘の上に立つお屋敷で、こんなところがあったのかという感じだった。徳川昭武(1853~1910)は水戸藩最後の藩主である。徳川斉昭の18男で、御三卿の一つ清水家を継いだ。つまり、最後の将軍・徳川慶喜の実弟である。

 なんとなく名前に記憶があったけど、将軍慶喜の名代として、1867年のパリ万博に派遣された人物だった。渋沢栄一が随行員に入ってた時である。欧州各国を見て回り、ナポレオン三世やヴィクトリア女王にもあったという。年齢を見ると、今の中学生の年である。そんな人もいたわけだ。しかし、帰る前に大政奉還になってしまった。そして水戸藩主の兄も亡くなり、若くして「内戦」で疲弊した水戸藩主になった。でも、今度は廃藩置県で藩もなくなり、陸軍に仕官したり外国へまた派遣された。
  
 何で松戸にあるの? と思ったけど、ここは水戸街道第二の宿場町だった。(最初は千住宿で、日光街道と同じ。これは今の鉄道とも同じである。)だから、もともと水戸家にゆかりがある土地柄で、昭武はここを隠居所として、1884年に屋敷を開いたという。1890年には庭の整備も終わり、兄の慶喜もたびたび訪れた。写真という共通の趣味があり、富士山と江戸川が望める景勝の地だったのである。多くの皇族も滞在したという。そんな屋敷が市に寄贈され、今は「戸定歴史館」(上の最初の写真)も併設されている。徳川慶喜公爵家に関する展示を行っていた。慶喜に子どもが多いんでビックリした。

 すぐ近くに「戸定邸」がある。歴史館と邸宅は有料。(共通券240円。)靴を脱いで上がる。結構広大なお屋敷で、こういうところは時々見るけど、なかなか立派な方だと思う。トイレがあちこちにあるけど、客人と主人一族、使用人とみんな別々なんだろう。客間が庭に面して立派。奥の方にも離れがあり、思ったより広い。昭武は1883年に妻が産後に亡くなると、隠居して松戸に住んだ。1892年に次男が子爵を授けられ、「松戸徳川家」といま呼ばれる家が成立した。ここはその本拠地だった。
   
 上の写真3枚目、4枚目は屋敷内から見た庭で、3枚目は南側の庭園を、4枚目は西側を見たもの。4枚目は富士山が向こうに見えるときがあるという方向。下の2枚目はお風呂場で、こんなだったのか。
   
 3枚目と4枚目は客人向けの部屋で、入り口から入ってすぐ左にある。コウモリの欄干は、縁起がいいものなんだという。最初に書いたけど、庭に出られるのは今しかない。というのも、完成当初から庭園の様子もかなり変わってしまったので、それを復元するんだという。最初の様子がなんでわかるかというと、昭武は写真マニアだったから残っているわけである。まあ、そんな長い工事でもないようで、来年半ば過ぎには終わるようだ。屋敷の周りは「戸定が丘歴史公園」として無料エリアとして公開されている。ちょうど紅葉が進んできて、かっこうの散歩道として親しまれているようだった。
   
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村上春樹、小澤征爾と語り合う-村上春樹をちょっと③

2016年11月19日 23時12分27秒 | 本 (日本文学)
 村上春樹は「作家」として、ほぼデビュー時から読んできた。読みなおした本もあるし、もう一回読みたい本もある。でも、そうなるとかえってハードカヴァーで全部持っているのがめんどくさい。「羊をめぐる冒険」なんか、文庫で買いなおして読んだぐらい。(ものすごく面白かったなあ。)

 翻訳家としての村上春樹も、相当(「ほぼ」と言ったほうがいいか)読んでいるのは、1回目の記事に書いた。違和感を感じた本もないではなかったけど、大部分は大好きな訳だった。僕のお勧めは、レイモンド・カーヴァーの本はすごくいいのと、ティム・オブライエンの本が大好き。「グレート・ギャツビー」やチャンドラーの本は、勧めるまでもなく読書好きなら読んでるだろう。サリンジャーは、僕は野崎孝訳で親しんだから、何も村上春樹じゃなくてもいい気がしちゃう。ノンフィクションのマイケル・ギルモア「心臓を貫かれて」もものすごい本だった。死刑囚の弟が書いた本である。

 という具合に、大体は読んできたんだけど、村上春樹にはライト・エッセイ紀行のような本、絵本絵本の翻訳、あるいは回文集かるたのパロディまである。「うさぎおいしーフランス人」というんだから、人を食っている。およそ、ノーベル文学賞候補に毎年上がるような作家がやることかといった本をいっぱい出している。(ノーベル物理学賞受賞者のファインマンさんだって、冗談みたいなことをいっぱいやってたから、もちろんいいわけである。ちなみに、朝永振一郎と一緒にノーベル賞を受けた人で、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」などが岩波現代文庫から出ている。)

 そんな村上春樹だから、よほどのファンでも全部読んでるという人はいないんじゃないかと思う。僕も長編小説以外は読んでないものがかなりある。(先の回文もかるたも読んでない。)時々文庫になったら買って、まとめて読んだりすることもある。「雑文集」(新潮文庫)が去年文庫化されたので、読んだのをきっかけにちょっとまとめて読んだ。読み始めたのががもう一年前くらいで断続的にいろいろ読んでみた。その中で圧倒的に素晴らしかったのが「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(新潮文庫)だった。2011年に出て、2014年に文庫になったけど、買ってなかった。

 クラシック音楽は、まあ他のジャンルよりはよく聞くけど、もうコンサートに行くことはない。若いときは「一度は聞こう」などと思って、カラヤンもべームも来日公演に行ってるし、フルートやヴァイオリンなんかも聞きに行ってた。だけど、小澤征爾は一度も聞いてない。チケットは高いし、あっという間に売り切れてしまう。松本までサイトウ・キネン(今はセイジ・オザワ松本フェスティバル)に行きたいと毎年のように思ってきたけど、そういう機会は作れなかった。だから、本が出た時も買わなかった。

 でも、最近初めてこの本を読んで、これはすごい本だと思った。クラシック音楽に詳しくない人でも、読んでみる価値がある。最初はベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番の話が延々と出てきて、ちょっとどうかなと怖気づくんだけど、第3章の「1960年代に起こったこと」で語られるレナード・バーンステインの「アシスタント指揮者」をしてた時期の話が素晴らしい。大体、アシスタント指揮者ってなんだという感じだが、バーンステインという人もすごいなあと感心する。

 続いて、マーラーの評価の話。70年代ごろから、世界的なマーラー再評価が進んでいくが、その頃のことは何となく覚えている。ケン・ラッセルが映画「マーラー」を作ったのは、今調べると1974年である。マーラーへの関心が高まっていたことを示している。そして、オペラの話。聞いてない曲、聞いたことがない演奏家がいっぱい出てるから、なかなか大変だったけど、充実した読書体験になる。そして、最後に「厚木からの長い道のり-小澤征爾が大西順子と共演した『ラプソディ・イン・ブルー』」という絶対に一度は読むべき文章が掲載されている。大西順子というジャズ・ピアニストがいたことも知らなかったが、本当に圧倒される文章である。いやあ、これだけ読むためでも、文庫を買う意味がある。

 ところで、村上春樹がインターネットで読者からの質問を受け、それに答えたものをまとめた「村上さんのところ」が2015年に出た。安西水丸が亡くなったということで、フジモトマサルがイラストを担当したけど、そのフジモトも2015年11月22日に亡くなってしまった。この本には答えが全部載ってるわけではないけど、4段組み250ページもあって、ずいぶん長い。倉敷の書店に名前を付けたり、小諸の動物園のライオンの話など、ずいぶん有名になった話もある。「原発より自動車の方が危険」という質問への答えもぜひ読んでほしいもの。僕が面白かったのは、「村上さんはヤクルト・スワローズのファンだというのは有名ですが、やっぱり東京音頭に合わせて傘を振ったりして応援しているんですか」といった質問。いやあ、実は僕もちょっと聞きたかった質問だ。答えが気になる人は自分で探してください。
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村上柴田翻訳堂②-村上春樹をちょっと②

2016年11月18日 21時30分00秒 | 〃 (外国文学)
 前回は「結婚式のメンバー」の話だけで終わってしまった。新訳のもう一冊、柴田元幸訳「僕の名はアラム」は、ウィリアム・サローヤンの作品。名前で判るんだけど、アルメニア人である。カリフォルニアに住んでいた少年時代の話。昔、「わが名はアラム」として読んだから、今回はまあいいかと思って買ってない。サローヤンは昔はずいぶん訳されていて、僕も何冊か持っている。

 次からは復刊作品が6冊出ている。ラインナップが発表されてから、僕が一番期待していたのが、8月末発売の2冊。一つはジェームズ・ディッキーの「救い出される」である。昔「わが心の川」として翻訳が出たけど、文庫化は今度が初めて。映画「脱出」(1972、ジョン・ブアマン監督」の原作である。「脱出」という邦題の映画は、ヘミングウェイ「持つと持たぬと」の映画化作品(ハワード・ホークス監督)もあるわけだけど、今じゃそれをしのぐカルト映画として有名になっている。

 映画を数十年前に見た時から、原作を読みたいと思っていた。でも、文庫にならなかったし、読む機会がなかった。今度読んでみて、時間が経って読みにくいなあというのが実感。「弓術」って何だっていう感じで、多分「アーチェリー」のことだろうと思うわけ。主人公たちが「冒険旅行」に出かけるまでが長くて閉口した。アメリカ南部ジョージア州で広告会社を営む主人公は、友人に誘われて「カヌーイング」に行く。カヌーイングというのは、カヌーで川下りをすることだけど、この本が出た時代にはそういう言葉は日本ではなかったから使われてない。ダムができる前に、地図もない川に出かけるところが、もう無謀としか言いようがないけど、それが思わぬ悲劇的な展開につながっていく。

 まあ、その次第を全部書いたら面白くないけど、巻末に村上・柴田の解説対談が付いていて、これが滅法面白い。自然描写の話などもなるほどと思ったけど、結局この物語は「ベトナム戦争の時代」なんだと言われて納得した。同じころに作られたペキンパーの映画「わらの犬」と似た部分があり、「人間の中に潜む暴力性の発見」なのである。また、コンラッドの「闇の奥」、それに基づく映画「地獄の黙示録」なんかにも似ていると言える。ずっしりと読みごたえがあるが、途中でカヌーがどんどん流れていくあたりから、読んでる方も勢いがついてきて止まらなくなる。

 同じ時に、リング・ラードナー「アリバイ・アイク」も出た。この本も初文庫化。もともとスポーツ・コラムニストだった人で、自分の書いてるものが「文学」だと思ってなかったらしい。しかし、その饒舌体のユーモアが大評判になり、本にまとめられた。ホントの話なのかどうか、今となってはどうでもいいけど、大リーグの野球に材をとった表題作が笑わせる。しかし、だんだん読んでいくと、シリアスというか、それを超えたブラックユーモア、あるいはほとんどホラーに近い作品もある。たくさんあって、ちょっと飽きてくる感じもするが、この本はアメリカを知るためにも必須の本ではないか。

 これも解説対談が非常に面白く、ラードナーの位置づけがよく判る。マーク・トウェインもジャーナリストから「作家」になったわけだが、同じような経歴だという。ヘミングウェイやフィッツジェラルドら「ロスト・ジェネレーション」以前の作家として、「自我」に悩まずに爆笑トークを繰り広げる。面白いのは間違いない。なお、息子のリング・ラードナー・ジュニアは、脚本家として有名。ロバート・アルトマンが朝鮮戦争を題材に戦争をコケにした「M★A★S★H」の脚色でアカデミー賞を受賞している。

 さて、野球を描いたアメリカ小説と言えば、フィリップ・ロス「素晴らしいアメリカ野球」が一番。僕はこの小説が集英社の世界文学全集から出た時に、すぐ読んだものだ。ムチャクチャとしか言えない話で、爆笑に次ぐ爆笑で読み終わった思い出がある。フィリップ・ロスは近年読んでいて、ここに記事を書いた。だから、これも読み直して記事を書こうかと思って、全集を持ち出してきたものだ。だけど、悲しいかな、もう字が小さくて、どうも取り組み元気が出ない。そうこうするうちに、今回新潮文庫で復刊された。

 ああ、でも、ちょっと予想が外れたなあ。現在の僕の「PC」(政治的公正さ)感覚からすると、ちょっと笑えないジョークが多すぎないか。「愛国リーグ」なる第三のメジャーリーグをでっち上げ、架空球団の歴史を物語る手際は実に鮮やか。でも戦時中に手が足りない球団に属する選手たちの設定は、どうも今ではやり過ぎで面白くない。そんな気もしてしまったわけである。でも、読書好きなら一度は読んでおくべき名作(迷作)に違いない。

 ところで、前回村上春樹、柴田元幸両氏の新訳本は11月末に出ると書いたけど、今日翻訳堂サイトを見たら、来年2月刊行と延びていた。まあ、翻訳とはそういうもんかと思うが。そういえば、本についてあまり書いてないと昨日述べたけど、映画や教育、政治などの記事に比べて、閲覧数がグッと落ちるんだということを忘れていた。求められてないことは少なくなるということなんだけど、まあブログ順位を競う気もないので、好きなことを書く方がいいなと思う。本の話を書いてる方が、自分では面白い。
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村上柴田翻訳堂①-村上春樹の本をちょっと①

2016年11月17日 23時27分41秒 | 〃 (外国文学)
 米大統領選の話はまだ続くのだが、ちょっと置いて本の話。(ところで、米大統領選の開票作業はまだ続いている。どういうことなのか判らないけど、両候補の得票数も毎日少しづつ変わっている。クリントン票はついにトランプ票を100万票も上回った。選挙人数は変わらないけど。でも、ホントどうなってるんだろう。確認作業や海外の投票などが加わったりしているんだろうか。)

 このブログを見ている限りでは、僕はニュースや映画の記事が多いなと自分でも思う。でも、本当は「本を読む」方が日々の暮らしでは大事なのである。本を読まない日はないし。だけど、映画は一日で完結するから、感想も書きやすい。本の場合、長編は読み終わるまでずいぶん長くかかる。それに、自分だけで大切に読んでいたいといった思いもしてきて、つい書かずじまいになることもある。いま、ちょっとこのブログの「カテゴリー」整理をしてるんだけど、本のことはあんまり書いてないなあと思った。

 ということで、最近読んでるアメリカ文学の話である。今年はずっとアメリカ大統領選のニュースが続いた。政治や経済も大事だけど、その国の文化を知りたいなあと思うと、本を読みたくなる。アメリカの場合、音楽や映画も大事だけど、僕はやっぱり本が読みたいのである。だから、ずっとアメリカ文学を読みたいと思ってたんだけど、やっと10月から取り組んでいる。

 大統領選というより、「村上柴田翻訳堂」の本がたまってきたので、早く読んでしまいたいということが大きい。これは新潮文庫で1月から刊行されている米英文学の新刊、復刊シリーズである。村上春樹柴田元幸がそれぞれ新訳を2冊刊行し、残り6冊が復刊される。いま一番信用できる翻訳家(の何人か)に入る両人が新訳に取り組む意義は、リンク先の「ごあいさつ」を読んでほしい。

 僕は昔からアメリカ文学が大好きで、村上春樹が営々と翻訳しているアメリカの作家は、ほぼ全員をそれ以前の訳で読んできた。フィッツジェラルドサリンジャーカポーティチャンドラージョン・アーヴィング…。もちろん村上春樹しか訳していないレイモンド・カーヴァーなんかは村上訳で初めて知ったわけだが、他の人は前から読んでいた。ずいぶん前のフィッツジェラルドはともかく、戦後の作品は数十年前の翻訳が残っている。サリンジャーやチャンドラーなんか、ずっと従来の本が読まれてきた。

 でも、確かにチャンドラーの前の訳は古くなっていた。全訳じゃないのもあったし、40~50年代のカリフォルニアの生活様式が、50年代の日本では理解不能だったこともある。マンションやスーパーマーケット、マイカーなんかがない社会では、チャンドラーは完全には理解できなかったのである。だから、今後は「ロング・グッドバイ」(最高傑作)や「大いなる眠り」は村上訳がベースとして読まれていくだろう。

 カポーティの「ティファニーで朝食を」も同様。名前だけ映画の原作として知られているが、実は第二次大戦中のニューヨークを舞台にした「不思議な女の子」の話である。この小説の面白さ、奥深さは村上春樹訳で初めてよく判った気がした。実に面白いんでビックリした。こんなに面白かったのか。新潮文庫は「冷血」でさえ新訳を出しているんだから、ここはぜひとも「遠い声、遠い部屋」も新訳して欲しい。数年前に、昔大好きだったこの本を再読したら、翻訳が古びてしまっていたことに愕然とした。

 さて、今度の「村上柴田翻訳堂」で村上春樹がまず訳したのは、カーソン・マッカラーズだった。1967年に50歳で亡くなった南部の女性作家である。カポーティやフラナリ―・オコナー、そして巨匠フォークナーなんかも入れることがある「南部ゴシック」系の作家である。昔はほとんどが文庫に入っていたけど、気づいてみれば今は一冊もない。僕もほとんど読んでいる好きな作家で、確かにこれはもったいない事態だった。そこで村上春樹訳で「結婚式のメンバー」が刊行されたわけである。

 あれ、これは読んでなかったかなあ、名前に記憶がないなあ。と思ったら、加島祥造訳で今はなき福武文庫から出ていた「夏の黄昏」という本で読んでいた。まさに夏の黄昏に展開される、12歳の少女の物語である。フランキーは南部の町で大人になりつつある。「思春期」の訪れを持て余している。自分の世界の中に、大人の女が育ちつつあることを受け入れられない。まだ世の中の仕組みも、セックスのことも、何もよく判っていない。そんなちょっと変わった少女が、兄の結婚式を控えて、一緒に家出するんだと決意する物語である。そしてどうなるか?

 実に新鮮で、この小説は新しく日本でも多くのファンを獲得するだろう。いやあ、これもこんなに面白かったっけとあらためて感心した。ちょっとエキセントリックでもあるマッカラーズの文学世界。その下に潜んでいる「永遠の少女」性が、今もなおこれほど新鮮だったのか。自分が世界で受け入れられていない、ここから出て行かなくてはいけないと思い込んでいる、世界中の多くの若い(あるいは年老いた)人々に捧げられたような物語である。でも、読んだ人は、そのイノセントな世界がどれほど残酷に「現実」というものに傷つけられるかを知って、「畏れ」を感じざるを得ないだろう。

 いかにも、南部の夏の夕方というムードを漂わせる描写もうまい。「南部ゴシック」を改めてちゃんと読み直したいなあという気にさせる小説だった。こうなったら、デビュー作「心はさびしい狩人」(映画化題名「愛すれど心さびしく」)もぜひ新訳を出してほしいと思う。かつて新潮文庫に河野一郎訳で入っていた。他の訳者の翻訳もあるらしいけど、それがいいのならそれでもいい。アメリカ文学が好きな人には、それなりに知られている作家だけど、一般的にはそんなに知名度はないだろう。でも、とてもユニークな作家で、それはフラナリー・オコナーにも言えるけど、忘れがたい作家なのである。

 アレレ、これだけで長くなってしまったので、他の小説は次回に回したい。最後に、11月末に刊行されるはずの、村上春樹新訳の本について。それは新潮社のサイトに数か月前に予告が出ていて、柴田元幸はナサニエル・ウェスト「イナゴの日/クール・ミリオン」となっている。「イナゴの日」は映画化されているし、ウェストは「孤独な娘」が岩波文庫に最近入って、僕も読んだ。だけど、村上訳はジョン・ニコルズ「卵を産まない郭公」だって出ている。誰、それ? 何、それ? さっそく検索したけれど、どうも作家についてはよく判らない。(刊行は2017年2月の予定。)

 でも、この作品については判った。これは1969年のアメリカ映画「くちづけ」の原作である。そんな映画知らないぞって言われるかもしれない。同名の映画が日本にもあった(2013年、堤幸彦監督)。増村保造のデビュー作も「くちづけ」である。それじゃやない。ライザ・ミネリの本格的映画主演第一作である。ジュディ・ガーランドとヴィンセント・ミネリの娘であるライザ・ミネリは、20歳になる前からブロードウェイのミュージカルスターだったけど、歌もダンスもない一般映画の女優も始めたわけである。でも、少し後の「キャバレー」があんまり素晴らしくて、もう「くちづけ」なんて映画は誰も覚えてないに違いない。

 でも、僕はこの映画を見ている。忘れられないというほど大好きではないけど、検索して出てきたら映画のことは思い出した。多分、文芸座のオールナイトで見たんじゃないか。学生時代はそんなこともできたのである。結構傷つき、傷つけあうシビアな青春映画だったと思う。アメリカ青春映画によくあるような、「心を病む」展開だったと思う。この小説を村上春樹が選んだ理由はなんだろう。映画を見てないことはないだろう。それにしても、この作家は全然知らない。いやあ、期待はするんだけど、ちょっと心配もあるような…。
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映画「湯を沸かすほどの熱い愛」

2016年11月15日 23時00分17秒 | 映画 (新作日本映画)
 ちょっと一日休もうかと思ったんだけど、今日見た日本映画「湯を沸かすほどの熱い愛」が素晴らしかったので、紹介。宮沢りえがものすごく良くて、今年一番「勇気をもらえる」映画(こういう表現は嫌いだけど、あえて)になっている。中野量太(1973~)監督の商業映画デビュー作で、とても面白い自作のオリジナル脚本を映画化したもの。監督の名前は知らないと思うけど、ぜひ記憶しておきたい。

 題名がなんかトンデモっぽいけど、この名前になる理由は最後の最後に判る。地方都市の銭湯、幸の湯。旦那(オダギリ ジョー)は一年前に家出して行方不明。妻・双葉(宮沢りえ)は風呂屋を閉めて、パン屋のパートで家計を支えている。娘・安澄(杉咲花=とても魅力的)は学校でいじめられている。そんな日々の様子がテキパキと描写されていくが、その演出や編集のリズムが素晴らしい。映画世界にあっという間に飲み込まれる。大した力量である。

 ところが、双葉は体調不良で倒れてしまう。検査すると、もう末期ガンで余命僅かという。(これはちょっと作り過ぎの設定だろうが、これなくてはドラマが成立しないから、見ているときに違和感はない。)双葉には生きている間にやらなければいけないことがいっぱいあった。まず、探偵に依頼して、夫を探す。すぐに見つかったが、他の女との間にできた女の子と一緒にいる。二人とも引き取り、銭湯を再開する。子どもたちに熱く語りかけ、「新しい家族」を作り上げていく。

 ラスト近く、双葉は二人の子を連れてドライブに出かける。途中で出会ったヒッチハイクの青年(松坂桃李)に対しても、生き方を示していく。それにしても、重い病を抱えながら、なんでけっこう長いドライブ旅行に娘を連れて行くのか。それはここでは書かないけど、双葉には大きな背負っていたものがいくつもあったのだ。そして、生きたいという強い思いを抱きながら、今生でやらなければならないことをやりきろうとしている。登場人物たちも「すごい人」と呼んでいる双葉の姿は、見る者の心に深く響く。
 
 何と言っても素晴らしいのは、主演の宮沢りえ。演技力を超えた、熱い思いで登場人物たちの人生を変えていってしまう。舞台やテレビでも活躍し、映画でも昔の「たそがれ清兵衛」「父と暮らせば」、最近だったら「紙の月」などがすぐに思い浮かぶが、今後はまずこの映画が思い浮かぶことになると思う。そのぐらいの存在感で、見る者の心を動かす。

 最初は学校に行きたがらず、不登校寸前に見えた安澄が、途中から自ら「戦う」ことに踏み出していく。それもこれも、双葉の存在があってのこと。「勝負下着」の場面は、学校映画史上に残るすごい名場面だと思う。また、道で困っていた人の手話を手助けするシーンがある。何となく見ていると、実はこれが大変な伏線だった。真相を知ってみると、感動という言葉では済まない人生の重さに圧倒される。そんな強い双葉にも、それまで生きてきた人生の謎があったのだ。そこで最近亡くなったりりィが、ほんのチョイ役だけど出ていて、人生のむずかしさを示している。これが遺作。

 撮ってる町はどこかなあと思ってみていると、途中で「とちぎ」ナンバーの車が出てくる。何となく山の様子なんかから足利かなあと思うと、やっぱり町の部分のロケは足利だった。足利市のサイトにロケ地情報が出ている。ただし、物語の肝心かなめの銭湯は、内部は東京都文京区目白台にあった「月の湯」が使われた。2015年5月に営業を停止して、その後の期間に撮影され、現在はもう解体されてしまった。銭湯の外見は足利市にある「花乃湯」が使われたという。カニを食べに行くシーンは西伊豆の戸田(へた)港だという話。

 脚本・監督の中野量太という人は、去年「チチを撮りに」という自主製作した長編が評判を呼んだ。僕は見てないけど、名画座でも上映してたから名前は知ってる。日本映画学校卒業後、映画やテレビで仕事しながら、自主製作で短編映画をたくさん作ってきたという。最近は新しい才能がどんどん出てきて、追いかけるのが大変なぐらい。奇をてらうような作りは全くなくって、ウェルメイドな映画の楽しさを堪能できる。と思うと、ラストにアッと驚く「奇想」が出てくる。これがやりたかったのか。相当の才能である。確実に人生の宝物になる映画
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「隠れトランプ票」の意味-「反乱」か「PC疲れ」か?

2016年11月14日 23時51分24秒 |  〃  (国際問題)
 米大統領選のデータは大体見たので、その意味を考えてみたい。書いていて思ったけど、僕はやっぱりデータを調べているのが好きだと思う。そうじゃなきゃ、あんなに書かないし。もっとも票の出方だけではよく判らない点が多い。いずれにせよ、今回は両候補とも6千万票を獲得した。リバタリアン党の得票も相当伸びたけど、それでも「二大政党」なのである。

 というか、「アンチ」が過熱して、反対票を入れにいったということかもしれない。カリフォルニアの得票で見たように、結果がほぼ見えている州では、棄権も増加していた。もし、全米での得票総数で決まる選挙だったら、もっと多くの人が投票したのは確実だろう。

 今回は僕もクリントン優勢かと踏んでいた。現地の様子はマスコミでしか判らない。マスコミ報道では、事前の調査結果に基づき、クリントン優勢の州が過半数近いという話だった。「接戦州を全部取る」のが「トランプ勝利に必要」だということだった。それ自体は確かに間違いではなかった。「クリントンが過半数を押さえた」という報道ではなかった。そして、現実に「トランプが接戦州をほとんど押さえる」ということが起こったのである。

 そういう情勢報道もあるけど、もう一つ大事なことがあった。それは現職のオバマ大統領の支持率が5割を超え、経済指標も決して悪くないということである。ブッシュ政権末期の「リーマンショック」から政権を引き継ぎ、オバマ政権を通してアメリカ経済は着実に回復基調にあるとされる。もちろん、「アベノミクス」によく言われるように、日本でもアメリカでも「景気回復の恩恵に浴さない」層がたくさんいるだろう。それでも、こういう時は「とりあえず現職の後継者を選ぼう」という意識が働くのではと思った。

 トランプのセクハラ問題などがあり、一時は支持率に相当の差がついた時期があった。その後、クリントンのいわゆる「メール問題」が再燃し、支持率の差が急速に縮まった。今回は「期日前投票が4割」と言われるから、ちょうど期日前投票に一番人が行く時期に、トランプの「支持率急増」がぶつかった可能性が高い。そう考えると、今回は「奇跡の逆転」ということになり、FBIの対応が選挙のカギになったことになる。だけど、そうではないという見方も強い。

 もともと「隠れトランプ票」というのがあり、各マスコミの支持率調査の数字そのものに誤りがあったという理解である。そうなると、「クリントン有利」とされた時期も、実は「両候補伯仲」が実際の情勢だったということになる。そんなことがあるのだろうか。東京新聞でトランプ有利説を打ち出していたコラムニストの木村太郎氏は、「隠れトランプ票」は存在し、約3%程度だと述べている。そうなると、ペンシルバニアやフロリダなどの接戦州の結果は「隠れトランプ票」が決めたということになる。

 このような「マスコミ調査に答えない支持者」というのは日本にもいるとされている。だから、各新聞社などは今までの調査と実際の選挙結果を見て、独自の調整係数のようなものを作っているらしい。特に昔は共産党や公明党の支持者は隠れていると言われていた。まあ、今は公明と自民の選挙協力も長くなったし、共産党も他党と選挙協力する時代だから、前ほどは隠さないかもしれないが。それでも、日本の職場環境では、「思想」や「宗教」はあまり人前では語れないことではないか。

 アメリカでは、マスコミや芸能人でも党派的な支持を公然と打ち出すのが普通である。「自分の意見を言わない」という方がおかしく見られるのだろう。でも、一般庶民はそうでもない。特に誰にも意見を聞かれない普通の人は、周りに合わせたふりをして、実は反対党に入れるということになる。「隠れトランプ」はトランプが移民排斥、セクハラ疑惑などで、人種差別主義者、性差別主義者と激しく非難されたときに、特に多くなったのだろう。だから、「隠れトランプ」は「反移民」だったり「反女性大統領」である可能性が高いだろう。(反対に農村部に住む同性愛者など、「隠れ民主党」もいるだろう。)

 だけど、接戦と言われたオハイオやウィスコンシンなどは相当に差がついていて、「隠れトランプ票」だけでは説明できない。そこで言われるのは、「白人中産階級の反エスタブリッシュメント反乱説」である。オバマ政権の進めるTPPなど自由貿易志向は、アメリカの中産階級を没落させると恐れを抱いて、政界の異端児トランプの「ホンネ」に希望を託したというのである。これは一定の説得力はある。でも、そういう理由なら隠れている必要もなく、事前調査にもっと反映されてもいいのではないか。

 それぞれの州の独自の政治風土があり、一律には語りにくい。ウィスコンシンはここ何回かは大統領選では民主が勝っているが、知事はしばらく共和党強硬派である。下院議長ポール・ライアンの地元で、ライアンはトランプを批判していたが、傾向としては共和党に支持が傾きつつあるのかもしれない。そういう事情を各州ごとに詳しく調べてみないと、なんとも言えないところがある。

 ここしばらく、現職が2期務めて、その後反対党に政権が渡るということが続いている。クリントン、ブッシュ、オバマという具合。1期目の現職は「現職の強み」がある。もう一期はやらせてみるかとなる。政策の継続性の訴えが効く。しかし、アメリカを取り巻く情勢は厳しく、経済も外交も完全にうまく行くことは考えられない。そうすると、現職大統領の任期8年(憲法で規定されている)が終わると、有権者はそれまでの失敗をずべて与党に負わせて、反対党をリーダーに選ぶという「法則」かもしれない。

 「白人中産階級反乱説」に立つと、民主党はヒラリー・クリントンではなく、バーニー・サンダースを選んでいたら勝利の可能性が高かったのではないかという人もいる。それはどうなんだろうか。「隠れトランプ」票があるという政治風土で、明確に「より左」のサンダースを立てていたら、南部、中西部ではもっと大差で敗れていただろう。カリフォルニアやニューヨークは勝てるかもしれないが、では今回サンダースだったら共和党から奪えたと思える州はどこなんだろう。オハイオやペンシルバニアはそうだと言うかもしれないが、やはり選挙人の過半数は見通せないのではないか。

 ぼくはそれより「PC疲れ」票もあるのではないかと考えている。PCというのは、パソコンではなく、「ポリティカル・コレクトネス(政治的に正しい言動)」のことである。「クリスマス」はキリスト教行事だから、政治的には「シーズンズ・グリーティング」と言わなければならない、とか。オバマ政権は大統領自身が有色人種なんだから、「理想主義」的であり、「平等主義」的な言動が多くなる。いや、オバマ支持者からすれば、バラク・オバマは政治的に妥協しすぎる現実主義者だと非難され続けたが、共和党支持者から見れば「タテマエ重視」の8年間に耐えてきたのである。

 前回2012年は、オバマの2期目である上に、対立候補のロムニーがモルモン教徒だった。正統的な白人優先主義者的な世界観からすれば、ある意味オバマ以上に異端とも言える存在だった。ところが、今回オバマの後継者がヒラリー・クリントンである。まあ、「ぶっちゃけトーク」するならば、「黒人の次に女かよ」という人々も一定程度いたはずである。民主党がそう来るならば、穏健な共和党候補なんかいらない。過激に「ホンネ」を言いまくるトランプが共和党候補になったのは、逆に考えると民主党の候補がヒラリー・クリントンになりそうだという情勢があったからではないか。

 こういう情勢を今になって考えてみると、僕はヒラリー・クリントン陣営は選挙戦略を間違えたということが大きいと思い。つまり、情勢有利と見て、「逃げ切り」を図り、仲間内の票固めに集中してしまった。オバマ政権の後継を打ち出さざるを得ないから、「攻めの経済政策」を打ち出せなかった。トランプが候補者としての的確性にあまりにも欠けていたから、テレビ討論も大統領の資質問題に集中してしまった。テレビ討論では勝利したはずだが、「隠れトランプ層」には逆にタテマエ重視のクリントンへの反発を増すだけだったろう。最終盤には、マドンナとかレディ・ガガとかビヨンセとかが出てきて女性に訴えていたが、女性票はもともとクリントン有利なので、かえって保守的男性票を逃すだけだったに違いない。

 ところで、テレビ番組で「ラストベルト」(Rust Belt=「さびついた工業地帯」)の白人男性労働者の嘆きを取り上げていたのを見た。ブッシュでもオバマでもダメで、保護主義のホンネを語るトランプに賭けてみたいという気持ちは判らないではない。でも、見ていると明らかに「肥満」という感じの人が多い。アメリカ人の肥満がずいぶん前から問題になっているが、男女ともにずいぶん太っている人が多いように思った。仕事ももちろん大事だが、オバマケアが改悪されてしまったらもっと困るんじゃないのと他人事ながら思ってしまった。(オバマケアはそれ自体としてはずいぶん妥協して作られたものだと思うが、トランプが改悪するのは間違いない。)
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クリントンとトランプの得票は-数字で見る米大統領選②

2016年11月13日 23時02分18秒 |  〃  (国際問題)
 前回に引き続き、アメリカ大統領選挙の結果を数字で見てみる。日本の新聞にはさすがに載ってないので、またニューヨークタイムズのHPで「ELECTION 2016」をクリックしていってデータのページを出す。「クリントンとトランプ」と書いたけど、そう今回はクリントンの得票の方が多かった

 全米の得票数は、以下の通り。
Hillary Clinton    62,391,335votes (48.0%)
Donald J. Trump  61,125,956 votes (47.0%)
 94万7584票ほど、クリントンの方が多い。全体票に比べたら小さいが、ついに126万票を超えた。獲得選挙人数は今回は72ほど違ってきそうだ。(数字は、11.19現在で改定)

 得票と選挙人数の多数が不一致になることは、19世紀に2回あった。その後ずっとなかったが、2000年の選挙で再び起こった。その時は、ブッシュが選挙人271、ゴアが選挙人266と5人差だった。
 得票は、ゴアが50,999,897票、ブッシュが50,456,002票で、543,895票差である。得票でも獲得選挙人数でも、差は今回より小さい。連邦国家の特殊性ということで、何となく「そんなもんかな」と思ってしまう程度に収まっていた。

 だけど、ブラジルロシアなどの連邦制国家では、大統領選挙は全土の得票で実施している。(ドイツやインドなども連邦制国家だが、議院内閣制なので大統領は議会で選出することになっている。)州ごとの独自性を重んじる連邦国家と言えど、州ごとに移住したり、経済活動を行うのは自由なんだから、「州ごとに選挙人を総取りする」という現行のやり方は、あきらかに時代に反している。他国の制度とはいえ、やはりおかしいと思う。これでは負けた側が納得することができない。

 どうしてそうなるかというと、各州の選挙人数の決め方に理由がある。僕も今度初めて知ったのだが、各州の選挙人は「その州が選出している上下両院議員数と同じ」と決められている。下院議員の数は、一応人口比で決まっている。最多のカリフォルニアは、下院議員を53人選出する。(53の小選挙区がある。)上院議員は2人だから、合わせて55人がカリフォルニアの大統領選挙人となる。上院議員は人口に関係なく、各州で2人と決まっている。だから、下院議員1人の人口の少ない州、ワイオミングやモンタナ、アラスカなんかの州でも、「選挙人3」を与えられるのである。

 そして、人口の少ない農村部の州は、軒並み共和党の地盤である。都市部の州は、確かに下院議員数は多く、そのため選挙人数も多いように見える。でも、上院議員2人分のプラスが、小さな州に有利なので、全体としては共和党に多く配分されることになる。言ってみれば「アメリカ版一票の価値の不平等」という問題があるのだ。

 先ほど2000年の得票数を見たけれど、ブッシュもゴアも同じく5千万票台だった。今回はトランプもクリントンも6千万票台である。2000年は投票率が51.3㌫と低かったし、その後人口増もあるんだろう。でも、「どっちも嫌われ者」と言われた割には、双方ともに結構得票が多かったのである。

 2004年には、ブッシュが6200万票と大きく得票を伸ばし、ケリーの5900万票に差をつけた。あの時は「ブッシュでなければ誰でもいい」(ABB)と言われつつ、イラク戦争があっても現職の強みは大きかったのである。2008年のオバマはさらに得票を伸ばし、6949万8516票を獲得した。ほとんど7千万票に迫るこのときの得票は米大統領選挙史上の最多得票である。この時は直前にリーマンショックがあり、経済がガタガタになっていたことが大きく、共和党のマケインに約1千万票差を付けた。

 2012年の前回は、オバマが6591万5795票で、共和党のロムニーが6093万3504票だった。リバタリアン党のジョンソンは、約127万票。そうすると、今回クリントン票は、民主党としてみると500万票ほど減っているが、オバマ票自体が2008年に比べて350万票も減らしていた。オバマ票は定着せず、その後の「ティーパーティー」運動などに足を引きずられていった。

 今回民主党は、前回獲得したフロリダ(29)、ペンシルバニア(20)、オハイオ(18)、ウィスコンシン(10)、アイオワ(6)を失った。カッコ内は選挙人の数。この5州が、言ってみれば全世界を変えたのである。そこでこの5州の得票を前回と今回で比べてみたい。

フロリダ  (リバタリアン党=2.2%)
民主 2012 4,237,756  ➡  2016 4,487,657 (約25万票増)
共和 2012 4,163,447  ➡  2016 4,607,146 (約44万票増)
ペンシルバニア (リバタリアン党=2.39%) 
民主 2012 2,990,274  ➡  2016 2,817,409 (約17万票減)
共和 2012 2,680,434  ➡  2016 2,890,633 (約21万票増)
オハイオ  (リバタリアン党=3.16%)
民主 2012 2,827,710  ➡  2016 2,320,596 (約50万票減)
共和 2012 2,661,433  ➡  2016 2,776,683 (約11万票増)
ウィスコンシン  (リバタリアン党=3.61%)
民主 2012 1,620,985  ➡  2016 1,383,926 (約24万票減)
共和 2012 1,407,966  ➡  2016 1,411,432 (ほぼ同じ)
アイオワ  (リバタリアン党=3.77%) 
民主 2012 822,544   ➡  2016 650,780  (約17万票減)
共和 2012 730,617   ➡  2016 798,923  (約7万票増)

 フロリダは両党ともに伸ばしている。しかし、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシン、アイオワなどの民主票の減少は非常に大きい。これらの州はリバタリアン党の得票が比較的少ない。5%以上を取っている州もかなりあるが、これらの州は2、3%である。極端な「小さな政府」を主張するリバタリアン党は、共和党により近いと言えるから、リバタリアン党が少ないと共和党に有利になるように思う。

 全部の州をこうやって比べてみるのは大変すぎてできない。一応、大きな州ということで、民主が強いカリフォルニアとニューヨーク、共和が強いテキサス州を見ておきたい。
 カリフォルニア州は前回の民主党は、7,854,285票。今回は5,488,261票なので、200万票以上減らしている。共和党は4,839,958票から2,969,532票へ。こちらも200万票近く減っている。リバタリアン党は倍増させ、緑の党も1%以上取っているが、合わせても数%。結局カリフォルニアでは「どうせ民主が勝つ」ということで、どっちも棄権が増えたんだろう。
 ニューヨーク州は、民主は4,485,741票から4,145,376票へ。共和は2,490,431票から2,638,135票へ。トランプの地元だけあって、勝敗に影響は与えないけど、共和党は増やしている。
 
 テキサス州は、民主は3,308,124票から3,867,816票へ。共和は4,569,843票から4,681,590票へ。テキサスはゴリゴリの保守州のように思ってしまうが、下院選などはそこそこ民主党も取っている。「国境に壁を作る」という政策で一番影響を受ける地帯である。トランプ票も少し増えているが、クリントン票は50万票以上伸びている。ヒスパニック系を中心に、反トランプ票が相当出たということが判る。このようにアメリカ各地でかなり違いが見られることが判る。では、この票の出方の背景には何があるのか。次にはその問題を考えてみたい。
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数字で見る米大統領選挙①投票率と第3党

2016年11月12日 23時49分59秒 |  〃  (国際問題)
 アメリカ大統領選挙に関して、得票数などの数字を調べてみたい。論を立てる前に、データを確認しておかないといけないから。「投票率」「得票数」を調べてみたいと思うけど、なかなか思ったようなデータが見つからない。特に、全国的な投票率はまだ出てないのではないかと思う。

 というか、大統領選挙も上院選も下院選もまだ最終的には決着していない。上院選は今回改選のルイジアナ州が決まってない。調べてみると、ここは「決選投票」を行うのである。大政党は2つしかないんだから、決選するまでもないはずだが、なんと上院選に共和党から二人出ている。共和党の一人が脱落して、12月に共和、民主で決選投票をする。(だけど、共和党が勝つんだろうから、上院は共和52、民主48になるだろう。)下院も同様にルイジアナで2議席が未定。一方は共和党同士で決選投票。

 大統領選に関しては、選挙人数がトランプ=290、クリントン=228で、ミシガン(選挙人16)とニュー・ハンプシャー(選挙人4)が決まっていない。いや、開票は済んでいるので、多分僅差の場合は確認するという決まりなんだろう。アメリカでは、大統領選挙時に、連邦上下両院だけでなく、州の知事、上下両院、たくさんの住民投票なども一挙に投票している。当然、「機械開票」をしているはずだ。州ごとに投票方法が違うようだが、機械でやらないとこんなに早く開票できない。そこで、僅差の場合は人間による確認作業を行うと決めてある州があるんだと思う。

 そもそも、アメリカには中央選挙管理委員会にあたる国家組織がないようだ。聞いたことないし。よく世界の選挙では「選挙管理委員会の発表によれば…」なんてニュースがある。でも、今回はよく見てみると「大統領選挙でトランプ氏の当選が決定した」とかニュースに出ている。アメリカの国家的な仕組みとしては、誰が当選するかは「大統領選挙人が投票するまで決まってない」ということなんだろう。今はあくまでも各州が大統領選挙人を決めたという段階である。だから、各マスコミが各州の発表を独自集計して、「当選者が決まった」と報じることになる。その大統領選挙人の投票は、ウィキペディアによれば「12月の第2水曜日の次の月曜日」と決まっているそうだ。

 さて、今回の大統領選は、事前にどちらの候補も「好感度が低い」と言われていた。トランプは共和党主流派が支持せず、クリントンは(サンダースを支持した)若者票を獲得できない。だから、棄権したり、他の候補に入れる人が多くなるかもという話が事前にあった。それを確かめてみたいと思う。

 過去の大統領選投票率はウィキペディアに出ている。それによると、前回2012年は、54.87%。その前の2008年は56.8%だった。オバマが当選したこのときは、90年代以後では最高の投票率である。過去を見ると、60%に行っていた時もあるが、現在は大体50%半ば程度である。(1996年のビル・クリントン再選時は、49%と5割を割っている。)

 2012年を見ると、有権者数は2億3500万ほどになっている。総人口は3億1694万人程度(2013年)である。人口比で75%ほど。日本は人口比で8割ぐらいになるので、やはりアメリカの方が若い国なのである。2012年の有効投票数は、1億2900万ほどだった。この4年の間に、劇的に人口変動は起こってないだろう。今回の両候補及びリバタリアン党のジョンソン候補を足してみると、1億2500万票ぐらいになりそうだ。そうすると、誤差を見込んで、53~54%程度の投票率ではないかと思う。過去3回より多少低いけれど、案外棄権者は増えていないということか。

 では、第3党の得票は増えただろうか。第3党というのは、リバタリアン党である。今は全米で立候補できる少数党はリバタリアン党だけだという。アメリカ緑の党は、大多数で立候補するけど、少し抜けているらしい。多くの州では、立候補に際して一定の有権者の署名が必要で、二大政党以外は立候補しにくい。それでも、アメリカ立憲党とかアメリカ党、アメリカ連帯党なんていうのもある。社会主義政党もある。無所属でも出ることはできる。だから、31人も候補者がいたというが、全員が各州で立候補できたわけではないということである。

 1992年には、無所属で出馬した実業家、ロス・ペローが1974万票も取ったことがある。(得票率18.9%)これはブッシュ(父)が落選し、ビル・クリントが当選する決め手となった。ペローは96年にも「アメリカ改革党」から出て、800万票を得た。この改革党は、2000年にはコラムニストのパット・ブキャナンを立て、45万票だった。むしろ、この時は緑の党のラルフ・ネーダーが288万票(2.74%)も取って、アル・ゴア落選をもたらしたと言われた。この時の、ブッシュ(子)とゴアの得票率合計は、96.3%。つまり、第3党以下は合わせても3.7%だった。

 ネーダーは2004年も立候補したが、45万票しか取ってない。これはブッシュ政権を打倒するために、前回のネーダー支持者もケリーに投票したということだろう。2004年の両党得票率は99%に達している。2008年も98.6%、2012年は98.4%。つまり、ブッシュ、オバマ政権時代を通して、アメリカの政治的分断が進み、とにかく反ブッシュ、とにかく反オバマということで、当選可能性のある二大政党に得票が集中するようになったのである。そこで、2000年選挙時にもあったけど、第5党だったリバタリアン党というのだけが、第3党に昇格してきたわけである。

 リバタリアン党は、2012年に元ニューメキシコ州知事、元共和党のゲーリー・ジョンソンという一定の知名度がある候補を立て127万票と得票を倍増させた。このジョンソンは今回も立候補している。全体の得票数が判らないので、今個人的に集計して見たところ、約420万票以上は取っている。今回のクリントン、トランプの合計得票率は、95.1%である。そうすると、第3党以下の得票は4.9%。これは前回の3倍を超えている。つまり、クリントンもトランプも忌避した有権者はかなり多かった。ペロー以来の二大政党以外の得票数である。ということで、次に二大政党の得票を検討する番だけど、けっこう長くなってしまったので、ここで切って2回に分けることにする。
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山下脱力ムーヴィーの傑作「ぼくのおじさん」

2016年11月11日 21時42分42秒 | 映画 (新作日本映画)
 アメリカ大統領選の結果については、まだまだ書くことはあるけど、毎日だとちょっと疲れるので今日はお休み。トランプ勝利で世界はどうなるなどマジメに悩んでいる人は、ぜひ見るべき傑作映画「ぼくのおじさん」。トランプが当選しても「おじさん」の日々は変わらないだろう。世界で何が起こっても。

 「ぼくのおじさん」というのは、北杜夫原作のジュニア小説である。もともとは1962年から「中二時代」(旺文社)に連載されたものだという。そういえば、そんな雑誌があったもんだ。「中三時代」に続けて連載されたが、本になったのは1972年。その後新潮文庫に入ったけれど、僕は読んでない。北杜夫はずいぶん読んでるけど、この小説は知らなかった。

 「おじさん」(父の弟)は「ぼく」の家の居候だけど、何もしない。「哲学者」だということで、実際に大学で教えているけど、それは週に一回非常勤講師してるだけ。後は家でダラダラしてマンガを読んでたり…。「現代の哲学者はポップ・カルチャーにもくわしくないといけない」から大変である。もっとも「ぼく」の買った漫画雑誌を取り上げて読んでるんだけど。そんなおじさんは、お母さんからは怒られっぱなし。

 学校で「家の人」をテーマに作文を書く宿題が出て、ぼくはいろいろ悩んで「おじさん」を取り上げる。これが先生に受けて、コンクールに出されて…。その前にお母さんの姉から、見合い話が持ち込まれ、しぶしぶ写真展に行ってみたら、そこでハワイ出身の写真家のエリーさんに一目ぼれ。ついにハワイに押しかけて珍道中を繰り広げる。ぼくはそんな「おじさん観察日記」を付けてるんだけど…。

 いい加減で社会不適応のこの「哲学者」を、松田龍平が圧倒的な存在感で名演。子どもたちのサッカーに混ざって見せる「運動オンチ」シーンは、よほど運動神経が良くないとできないだろう。実に見事な「トンネル」だった。父親の松田優作も、時には脱力系の演技を見せていたけれど、ベースはあくまでもアクションスターだった。一方、松田龍平はコメディタッチの映画で、ぼけっとした感じをうまく出す。「まほろ駅前」シリーズとか「モヒカン故郷に帰る」とか。代表作「舟を編む」もちょっと違うが似てる。

 「ぼく」を演じる大空利空少年は、先に書いた「永い言い訳」の藤田健心少年と並んで、今年の子役演技賞。エリーさんが真木よう子。母が寺島しのぶ、父が宮藤官九郎、母の姉がキムラ緑子、小学校の先生が戸田恵梨香…と脇を固める役者面々もそろっていて、見てて充実感がある。でも、何よりも「おじさん」と「ぼく」が名コンビで、とにかくおかしい。見てるだけでおかしいという点では、今年最高。

 まあ、簡単に言えば、「無用」の男の面白さ。見たからどうなるという、社会派、芸術派の深刻味はない。だけど、こういうのが、人生のスパイスではないか。北杜夫だって、父親である斎藤茂吉一族の重さに正面から取り組んだ小説「楡家の人々」や評伝「茂吉4部作」もあるけど、その合間に抱腹絶倒の「どくとるマンボウ」シリーズや「怪盗ジバゴ」なんかを書いていたわけである。僕の世代では、このマンボウシリーズで読書の面白さを知った人が多いと思う。

 監督の山下敦弘(のぶひろ)は、この手の脱力系ムーヴィーの名手である。初期の「リアリズム生活」(つげ義春原作)が最初に見た映画。次の「リンダ リンダ リンダ」(2005)こそ大傑作で、高校文化祭映画の最高峰。「天然コケッコー」は純然たる名作で、「マイ・バック・ページ」や「苦役列車」は原作に引きずられ過ぎだった。「もらとりあむタマ子」(2013)でおバカ路線に戻った感じがする。

 「超能力研究部の3人」「味園ユニバース」なんて作品まで、確かここで書いてるから、僕は山下監督のファンなのである。そして、今年「オーバー・フェンス」という名作と「ぼくのおじさん」という脱力映画と2本見られた。だけど…近くのシネコンは平日と言ってもビックリするほどガラガラだった。東映系映画館ではもっと上映されるだろうが、シネコンなんかは一週間でもう上映は夜一回ぐらいになっている。でも、これはぜひ多くの人に見て欲しい映画。原作もきっとそうだと思うが、精神のリラックス、「心のストレッチ」の映画なのである。と同時に、もしヒットすれば、今度はおじさんが戸田恵梨香の先生に失恋する続編を作って欲しいなあと思っているのである。
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