早稲田大学の博物館めぐりをしてきた。近年各大学に様々な博物館、特に学園の歴史を振り返るような施設が作られることが多くなった。たまたま今年になって慶應義塾大学と立教大学の施設を見る機会があったので、次は早稲田大学へ。というか、久しぶりに演劇博物館(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館)に行ってみたかった。「演劇は戦争体験を語り得るのか 戦後80年の日本の演劇から」という企画展を8月3日までやっているからである。ここは前にも散歩して記事を書いたことがあるが、クラシックな建物が魅力的な日本唯一の演劇博物館なのである。入場無料。新収蔵品展もやっていて、森光子の衣装、緒形拳の行李など興味深い。
博物館施設は中で写真が撮れないことが多い。『小説神髄』などで知られる坪内逍遙は英文科の基礎を築いた人で、日本で最初にシェークスピア全集を翻訳した。全集刊行を記念して1928年に設立されたというから、もうすぐ100年を迎えるという貴重な博物館である。伝統芸能や民俗芸能に加えて、最近は映画関係展示も多くなってきた。1階には「京マチ子記念特別展示室」が出来て、映画を上映していた。今は戦争映画特集で、部屋を締め切ってないので鑑賞環境は良くないけど、まあ貴重ではある。
さて、演劇博物館という特徴から、展示企画の「戦争演劇」もポスターが多くなる。ところどころでビデオを流しているが、大昔のものはポスターや写真しかない。戦前戦中は「戦意高揚」のための演劇があり、戦後になると戦争を振り返る「新劇」、三好十郎、田中千禾夫など戦争世代の演劇が登場する。60年代になると別役実などの不条理劇、寺山修司や唐十郎など「焼け跡世代」も現れてくる。その後は井上ひさし、野田秀樹、つかこうへいなどを紹介し、近年の藤田貴大などに至る。まあ新しい歴史観を提示するというよりは、通常の戦後演劇史に沿っていると思ったが、演劇ファンならこれらのポスターを見るだけでも嬉しいだろう。
今回是非行きたかったのは「国際文学館」でまたの名は「村上春樹ライブラリー」である。どこにあるんだろうかと思ったら、演劇博物館のすぐ下にあった。4号館を隈研吾設計によりリニューアルし、2021年に開館した。しかし、コロナ禍と重なり一般入場者を制限していた時期もあり、行きたかったけど機会がなかった。今は大橋歩『村上ラヂオの版画展』をやっている。(9月21日まで。)ここも入場無料で、多くの学生が自分の勉強のため使っていた。村上春樹の本がずらっと揃っていて、手に取って読むことも可能だが、まあそういう人は少ないだろう。多くの人には、まあ建物自体の方が面白いかも。カフェが付いている。
そこから正門付近に歩いて行くと、途中の2号館に「早稲田大学會津八一記念博物館」がある。ここは前にも来ているからちゃんと調べていかなかったら、今は2階が閉鎖されていた。それは7月4日から「舞台衣装展」をやるためだという。そこでは越路吹雪や7代目松本幸四郎らの舞台衣装が展示されるという。演劇博物館所蔵のもので、ちゃんと調べていけば良かった。ここはもともと歌人、美術史家として知られる會津八一の所蔵した東洋美術の逸品をズラッと展示する施設で、見ごたえがある。
最後が「早稲田大学歴史館」。正門すぐの1号館をリニューアルして、2018年に開館した。(カフェもある。)まだ行ったことがなかったのだが、この施設はどうだろうか。施設的には慶応や立教より大きく、大層立派なものである。ほぼ「福澤記念館」的な慶応や、アメリカ宣教師が設立したキリスト教系の立教に比べると、大隈重信偏重ではなく当時の若者たちを大きく取り上げているのが面白かった。もちろん大隈を除くわけにはいかないから、大隈重信展示室で大隈の声(レコード)を聞くことも出来る。
そういう「明治の初心」のようなものは良いのだが、他は大学の発展、活躍した同窓生というスタンスの展示になる。まあ森喜朗が卒業生なのは間違いないけれど、何も東京五輪に関連して写真を載せなくてもいい。「大学歴史館」に求められるのは何だろうか。それは「平和」と「自由」の大切さを現役学生に発信することが一番の役割だと思う。前者は特に「学徒動員」で何人が出征し、学園に戻ることが出来なかったかという史実である。立教と慶応はそれがあるが、早稲田は戦争時代の苦難を展示してない。
もっともここでも4日から「学問の独立を問いなおす 戦争や権力とどのように向き合うべきか」という展示が行われる。そっちで展示するために外してあるのかもしれない。また「自由」に関しては、最初に学んだ女子大生は誰かという問題がある。映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の中で、関西大学の歴史館で河合優実が感激するシーンがあった。今の女子学生にとっても、大切な情報だと思う。「大学紛争」や「内ゲバ」、特に「川口君事件」などの説明もない。僕は卒業生じゃないから、これ以上言うつもりはないが、是非考えて欲しいところだ。
ところで、早稲田と立教、あるいは学習院、大正大学など距離的に近い大学には、美味しいレストランがあったり、歴史的建築が多い。大学博物館や建築見学は無料だし、行きやすい。修学旅行に来る高校生、キャンパスが久しぶり(あるいは初めて)の高齢者、外国人や女性向けの「キャンパス観光」を是非行政や旅行会社に取り組んで欲しいと思う。東京の名所だと思うけど、行ったことない人も多いだろう。慶応、早稲田、立教、明治などは特に許可も要らず観覧できる。