万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの大学に見る寄付問題-ユダヤ脅威論の自己証明?

2023年11月29日 11時42分40秒 | アメリカ
 寄付という行為は、一般的には、特定の活動をしている団体や個人への資金的なサポートを意味します。活動の理念や基本方針、並びに、具体的な活動内容に賛同し、善意で自らの資金を提供するというものです。慈善的なニュアンスが強いため、寄付に対しては多くの人々が好意的な印象を持つことでしょう。しかしながら、イスラエル・ハマス戦争を機に、寄付に対するイメージは脆くも崩れつつあります。

 事の発端は、アメリカの東部名門大学であるハーバード大学における、30ほどの学生団体によるイスラエルのパレスチナガザ地区に対する攻撃に対する非難声明の発表にあります。同非難声明については、アメリカ国内におけるイスラム系学生の増加に伴う親パレスチナ派の抗議活動とする見方もありますが、むしろ、大学生としてパレスチナ紛争の歴史的経緯を詳しく知るからこそ、イスラエルを非難したという側面がありました。「何もない状態で突如起きたわけではない」とした上で、「イスラエルによる暴力は75年間にわたり、パレスチナ人の存在に関わる全ての側面において構造化されてきた」と述べているのですから。学生達の非難には正当な根拠が認められるため、抗議活動は同大学を超えてコロンビア大学、スタンフォード大学、エール大学、並びにペンシルバニア大学など、他の大学のキャンパスにまで広がっていったのです。

 学生達の間からイスラエル批難の声が上がる一方で、大学側は、これに対して厳しい態度で臨みます。ユダヤ系学生に対するヘイトクライムに対する対応を根拠としながらも、ハーバード大学創立以来、初めて黒人系にして女性の学長に就任したクローディン・ゲイ学長は、ハマスによるテロの非人道性を強調し、イスラエルへの批判を封じ込めようとしたのです。ゲイ学長の声明には、元米国務長官にして元学長のローレンス・サマーズ氏、同校出身のマサチューセッツ州選出の民主党議員ジェイク・オーキンクロス氏、及び、ドナルド・トランプ前大統領からの、同学長の対応の緩さへの批判とイスラエル支持への圧力があったとされます。

 こうした政治家による大学への‘政治介入’も大問題なのですが、大学当局並びに学生達をより震撼させたのは、寄付者達からの‘脅迫’であったようです。各大学の高額寄付者には、ユダヤ系の富裕層や大企業のCEO等が名を連ねています。こうした人々の中には、イスラエル批判の声明に署名した学生の採用を拒否する方針を示す者が現れると共に、寄付の中止をも示唆したからです。ユダヤ系の人々からの寄付が途絶えれば大学の経営も傾きかねません。そこで、大学側も、こうした寄付者達の要求、すなわち、学生によるイスラエル批判の封じ込め要求を、大学側も無視するわけにはいかなかったのでしょう。

 
 そして、ここで問題になるのは、仮に寄付を受ける側が寄付者の意向に沿った行動を取らなければならないとすれば、それは、合法的な賄賂や買収、あるいは、公共物の私物化を意味するのではないか、と疑問です。アメリカの大学では、高額寄付者の子弟に対して特別入学枠を設けている点が、公平性を損なうとして批判されてきましたが、学長が、寄付者の要求に応じざるを得ない状況を齎すとしますと、大学の存在意義さえ失われかねないからです。

 寄付とは、冒頭で述べたように寄付者が寄付先を無条件で支援するという構図でこそ慈善行為となります。しかしながら、マネー・パワーによって主客が逆転し、寄付を受ける側が、寄付者の意向を忠実に実現する機関に出してしまいますと、大学の目的まで歪められてしまいます。そして、自由であるべき学究の場の私的利用や私物化が、学問の自由のみならず、言論の自由や表現の自由等を著しく損ねることは言うまでもありません。しかも、今般の介入は、国際紛争にあって、寄付先に所属するメンバー、この場合には自由意志で入学して学んでいる学生に対して、事実上、一方の側の立場のみの支持、あるいは、沈黙を強要しています。寄付者によるこの行為は、個人の政治的自由をも束縛することとなり、民主主義の危機をも招きかねないのです。さらに宗教対立が絡むとなりますと、信教の自由の保障も怪しくなります。また、ゲイ学長の就任にも、寄付者達の意向が働いたのではないか、とする私的人事介入の疑いも生じます。多くの人々は、大学は、マネー・パワーによって腐敗したと言うことでしょう。

 今般の事件が、ユダヤ系の富裕層のマネー・パワーとそのパワーの‘使い道’を人々にまざまざと見せつけたとしますと、ユダヤ脅威論を自ら証明するようなものです。陰謀論も絵空事ではなく、イスラエルによる国際法違反の行為さえ反ユダヤ主義の名の下で封じられるならば、その国の国民は、決して自由で民主的な国家で生きているとは言えないと思うのです。

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