万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ゼレンスキー大統領を止めるという発想

2023年09月19日 12時55分20秒 | 国際政治
 昨今、メディアでの多くは、ウクライナ側の反転攻勢が功を奏し、ウクライナ側によって一部占領地の奪還に成功したとするニュースが流されています。ウクライナ優勢のイメージが振りまかれる一方で、アメリカのインタヴュー番組に出演したゼレンスキー大統領は、‘ロシアが勝てば第三次世界大戦になる’と述べたと報じられております。ウクライナ側の勝利が目の前に迫っているのであれば、出てこないような台詞なのですが、同大統領によるアメリカ並びに全世界の諸国に対する警告として受け止められています。

 日本国内でも、ゼレンスキー大統領の発言を受けて、‘ロシアが勝利すれば日本国も危ない’、‘北海道も侵略されかねない’、‘中国が勢いづいて暴挙に出る’・・・といった懸念の声が上がっており、何れも、‘ウクライナ支援は日本国の安全を保障する’とする結論を導いています。しかしながら、このゼレンスキー大統領の論理展開、短絡的かつ杜撰過ぎるどころか、第三次世界大戦、並びに、核戦争を引き起こしかねないリスクが潜んでいると思うのです。

 そもそも、‘ロシア側が勝利すれば、第三次世界大戦が起きる’とするゼレンスキー大統領の発言は、あり得るシナリオの一つでしかありません。しかも、同シナリオが現実化する可能性もそれほど高いとは思えません。

 第1に、プーチン大統領は、自国の敗戦が必至と見た場合、核兵器の使用を決断する可能性があります。同ケースでは、ゼレンスキー大統領の警告を信じて同国に多大な軍事支援を実施したところ、第三次世界大戦を飛び越して核戦争を引き起こすのですから、支援した諸国は、後に深く後悔することとなりましょう。あの時、別の選択肢はなかったのか、と・・・。また、実際に、核戦争に至った場合、ゼレンスキー大統領が自らの発言に対する責任を取りきれるとも思えません。

 第2に、今日至るまで、NATOが本格的に参戦せず、第三次世界大戦に至っていない理由は、核の抑止力にあるとされています。今後も、核の抑止力が働くとすれば、たとえロシアが勝利したとしても、NATO加盟国として一先ず核の傘が差し掛けられているポーランドやバルト三国といった隣国を迂闊には攻撃できないはずです。NATO諸国等と比較して、「ブダベスト覚書」が取り沙汰されたように、ウクライナの抑止力が低レベルにあったことが、今般のロシアによる軍事介入を招いた原因でもあるのです。

 第3に、他の近隣諸国は、ウクライナにように東西、あるいは、ウクライナ系住民居住地域とロシア系住民居住地域との間で内戦状態にあるわけではありません。また、看過しがたい非人道的なロシア系住民の虐殺が起きているわけでもありません。言い換えますと、ロシアには、ポーランドやバルト三国等に対して武力行使を行なう口実がないのです。もちろん、北方領土はロシアによって既に占領されているのですから、日本国に対しても宣戦布告を行なうだけの正当かつ合法的な根拠を見出すことも困難です。ウクライナ内戦こそが戦争の主要な要因なのですから、同条件を欠く他の諸国がロシアの軍事介入を受けるリスクは格段に低下します。

 第4に挙げるべきは、ロシアによる戦争遂行能力には限界がある点です。ウクライナ一国との戦争でさえ、ロシアは莫大な戦費を費やすと共に、兵力も相当に消耗しています。経済制裁の効果の程度に拘わらず、ロシアの経済規模を考慮すれば、たとえウクライナに勝利したとしても、ロシア財政が、他の諸国との間の長期に亘る戦争に耐えられるとも思えません。しかも、仮に西部にあってはNATO軍、東部にあっては日米両軍と戦う構図となる第三次世界大戦ともなれば、ロシアが最も恐れてきた二正面戦争となりましょう。

 以上に4点ほど主要な理由を述べてきましたが、‘プーチンを止めるか、世界大戦を始めるか’の二者択一の選択を‘全世界’に迫るゼレンスキー大統領の態度は、世界権力の常套手段である二頭作戦を思い起こさせこそすれ、有事の指導者として賢明でも論理的でも、かつ、倫理的でもないように思えます。敗戦を必至とみたロシアが核のボタンを押す可能性がある以上、全人類を戦争の道連れにしても構わないとする思考の持ち主なのでしょう。当初から一貫性して脅迫とも解される同台詞を繰り返しており、もはや自分しか見えず、思考停止に陥っているとしか言いようがないのです。人類には、和平のために、‘ゼレンスキーを止める’、否、世界権力による二頭作戦から脱するために’ゼレンスキーも止める’という発想や選択肢もあると思うのです。

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