万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

深まるハマスに対する偽旗疑惑

2023年11月20日 12時06分18秒 | 国際政治
 ガザ地区北部に集中していたイスラエルの攻撃は、ハマスの存在を理由に南部にまで広がりを見せています。遂にガザ地区全域が攻撃対象となるに至ったのですが、南部への避難を呼びかけながら、同地域を攻撃するイスラエルの行動は‘騙し討ち’に等しく、国際社会におけるイスラエル批判の声をさらに高めることとなりましょう。そして、ここで最初に問われるべきは、イスラエルが自己正当化のために主張している‘テロリストが存在するところは攻撃しても許される’という口実の是非です。

 イスラエルをはじめ、同国を支持している政府や人々は、ハマスによる‘人間の盾’という名の作戦を人道に反する行為として厳しく批難しています。‘人間の盾’とは、無辜の人の命を奪ってはならないとする、人類共通の倫理観を前提としており、民間人を相手からの攻撃を回避するために‘盾’として使う‘卑怯’な作戦です。ハマスを攻撃しようとすれば、一般市民や人質の命が犠牲とならざるを得ませんので、イスラエル側は、ハマスへの攻撃を躊躇するものと期待されているのです。‘人間の盾’は、人命尊重の倫理観が弱みとなるからこそ、‘悪魔の作戦’なのです。

 それでは、イスラエルの南部攻撃の論理はどうなのでしょうか。実のところ、イスラエルの作戦には、‘人間の盾’の逆パターンとでも言うような反倫理性があるように思えます。‘人間の盾’では、少数の盾にされた無辜の人、あるいは人々が、後ろに隠れている多数のテロリストの命を守る構図となります。ところが、イスラエルが主張は、たった一人でもテロリストが存在していれば、区別なく全員の命を奪っても構わないとするものなのです。色彩で表現すれば、前者が黒の中に一点の白があれば、全員の命が守られるという構図であるとすれば、後者は、白い中に一点の黒があれば、全員の命が奪われるという残忍な構図となりましょう。そして、この作戦が、人道法や戦争法等の国際法に反していることは言うまでもありません。

 実際に失われる命の数は後者の方が遥かに多く、結果として全員抹殺、即ち、ジェノサイドになりかねないのですから、残虐性においては後者の方が上回っています。そして、イスラエルの言い分を迂闊に認めてしまいますと、‘ハマスあるところ全て敵地’ともなりかねず、ガザ地区に限らず、ハマスが国境を越えて全世界に離散すれば、同メンバーが居住する国もイスラエルから攻撃を受けるリスクを負うことにもなりましょう。因みに、2001年に始まるアフガニスタン戦争では、テロリストを匿ったという理由でアメリカはアフガニスタンに宣戦を布告しましたし、テロとの戦いは、‘グローバル’に展開されています。

 何れにしましても、ここに、再び‘ハマス疑惑’がもたげてきます。ハマスは、一体、誰のために戦っている、あるいは、働いているのか、という疑問です。イスラエルが、大イスラエル主義に沿って当初から南部を含めたガザ全域の掌握を計画していたとすれば、ハマスは、イスラエルに対して南部地域に対する攻撃の口実を与えていることになるからです。言い換えますと、イスラエルの攻撃目標となる場所には、必ずハマスが出没することとなりましょう。

 今日、イスラエル・ハマス戦争自体が計画された陰謀であったとするハマス偽旗説は半ば封印されていますが、現状を見る限り、同戦争を説明する仮説としては十分に検討に値するように思われます。否、むしろ、現実をより無理なく説明しているとも言えましょう。ハマスとは何者なのか、その正体の解明こそ、同戦争を終息に向かわせるための鍵となるのではないかと思うのです。

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