万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ハーバード大学は‘世界の縮図’?

2023年07月06日 13時07分41秒 | 社会
 アメリカでは、先日、アメリカの連邦最高裁判所が、社会・経済的に不利な立場にあったアフリカ系並びにラティーノ系の人々を対象に実施されてきたアファーマティブ・アクションを違憲とする判決を下したばかりです。同判決への‘意匠返し’なのでしょうが、今度は、チカ・プロジェクト、ニューイングランド経済開発アフリカン・コミュニティ、並びに、ボストン都市圏ラティーノ・ネットワークの三人権団体が、教育省に対してハーバード大学が長年に亘り行なってきた白人優遇入学選考制度の撤廃を要求するという、思わぬ展開を見せています。双方とも、入学選考における‘優遇措置’を問題にしているのですが、同大学における一連の異議申し立ては、‘世界の縮図’のようにも思えてきます。

 今日、グローバリズムの進展の中で中間層の崩壊が進むと共に、何れの国でも、富が極めて少数のグループに集中し、社会的流動性も低下傾向にあります。二極化の現象は日本国内でも指摘されていますが、とりわけ富裕層が多数居住しているアメリカではこの傾向は強く、アフリカ系やラティーノ系のみならず、今では、かつて中間層を形成してきた人々の多くもホワイト・プアーとして貧困層に属するようになりました。全世界の人々に希望を与えてきたアメリカン・ドリームも、もはや、過去の夢でしかないのが現状です。

 先進諸国に見られる中間層の崩壊という現象は、グローバリストの富と権力への飽くなき欲望の結果とも言える側面があります。何故ならば、世界経済フォーラムをもって‘世界政府’とも称されたように、各国政府に対して自らの政策、即ち、中間層を消滅に導く政策を実行させるほど、マネー・パワーが威力を発揮するようになったからです。そして、その戦略の基本には、富裕層に特権を与える一方で、マイノリティーを優遇するという、上下からの挟み込み作戦があったものと推測されます。今般のハーバード大学の入学選考制度をめぐる一連の出来事は、同戦略に綻びが生じてきた兆候であるのかもしれません。

 因みに、アメリカの大学では、入学選考に際して「ALDC(Athletes, Legacy, Dean’s interest list, and Children of faculty and staff)」という特別枠があり、略字のそれぞれは、スポーツ推薦、両親のどちらかが卒業生の子女、学部長リスト登載者(大口寄付者の子女)、教授・大学職員の子女を意味します。報道されている記事を読む限り、今般の異議申し立てでは、LとDとCの三つの枠が問題視されているようですが(大学が教育・研究機関であることを考慮すれば、スポーツ推薦だけは‘お目こぼし’なのも不自然なのでは・・・)、ハーバード大学入学者の内訳をみますと、凡そ40%の白人系入学者の内、「ALDC」入学は43%程度を占めるそうです(もっとも、アメリカの大学は、入学は容易なものの卒業は難しいとされていますので、入学者の全員が卒業証書を手にすることができるわけではない・・・)。なお、かくも多方面からの優遇措置が存在しながら、ハーバード大学がグローバル・大学ランキングで上位校の常連であるのも、不思議と言えば不思議なのです。

 かくして、今般、上下両者に対する優遇措置が問題となったのですが、仮にこれらの制度が廃止されば、アメリカの中間層が復活するチャンスともなるかもしれません。現行の制度にあって、最も不利益を被っているのは、富裕層でもなければマイノリティーでもない一般のアメリカ国民であるからです。現行の制度では、特別枠を利用できない学生の多くは、狭き門となる上に、有名大学の何れも学費が高額であるため、たとえ勉学に励んで合格したとしても、入学の時点、即ち、十代の若さで巨額の借金を負わされることとなります。高い学費がハードルとなって、入学志願を諦めざるを得ない若者も少なくないことでしょう。

 そして、この問題の先には、高額の学費や有償の奨学金制度等を含め、大学、否、教育とはどうあるべきか、という基本問題も見えてきます。何れにせよ、志願者が公平に評価され、真に学びたい人々が入学し、かつ、学問やテクノロジーの発展に貢献するようになれば、極少数のグローバリストの目指す‘中間層がいない世界’とは違った未来が訪れるのではないかと思うのです。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする