万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

菅政権に対する高支持率の謎?-‘人から政策’の時代へ

2020年09月23日 12時43分07秒 | 日本政治

 メディア各社が実施した菅新政権に対する世論調査の結果を見ますと、支持率が軒並み60%を超えています。先日、本ブログにおいて指摘いたしましたように、この数字、かなり怪しいのですが、仮に、背後で二階幹事長が動き、旧態依然とした党内派閥の力学で誕生した政権でありながら、同政権の支持率が歴代の首相と比較して飛びぬけて高い数字をたたき出したとしますと、その理由は、首相個人に対する積極的な支持というよりも、別のところにありそうです。

 

 菅新首相は、安倍長期政権にあって脇役のイメージが強く、つい数か月前までは、誰もが菅政権が誕生するとは予想もしていなかったことでしょう。もっとも、小渕首相の前例もありますので、令和の新元号を発表する役割を担った政治家は後に首相に就任するという、国民には知られざる、密約的な慣例が政界には存在していたのかもしれません。真偽のほどは分からないのですが、少なくとも、菅新首相が国民の間で圧倒的な人気を博するようなカリスマ的な政治家であったとは言い難く、それ故に、発足時の支持率の異様な高さには違和感があるのです。

 

 メディア各社による誘導的な操作もあるのでしょうが、ここで注目すべきは、党内の総裁選挙にあって菅首相が掲げた諸政策です。新政権において推進すべき政策として、携帯電話料金の値下げ、並びに、給付金の再配布等が挙げられていたからです。その他の政策を見ますと、安倍前政権にあって構築してきた中国包囲網を壊すような対中融和政策や、弱者に冷たいどころか国民や企業一般に過酷な変化を強いる新自由主義的な政策が並んでいながらも、国民の誰もが反対しないような‘看板政策’が用意されていたのです。仮に、国民多数が菅政権を支持しているとしますと、これらの国民に直接的な利益を与える一種の‘ばらまき’政策に対する支持表明ということになりましょう。そして、この現象から、今日の政治に関する幾つかの側面が読み取れるように思えます。

 

 第一に、国民の多くは、政治家個人のパーソナリティーよりも、政策を基準として政権に対する支持・不支持を判断しているということです。仮に、菅首相以外の候補者が、国民の大半が支持するような政策を掲げて立候補し、当選した場合でも、同内閣の支持率は跳ね上がったことでしょう。国民の主たる関心は、自らの生活に直接、あるいは、間接的に影響を与える政策に向けられているのです。

 

 第二に指摘し得る点は、国民の大半が支持する政策が存在している点です。選挙とは、それが国政、地方、政党など何れのレベルであれ、一般的には候補者がそれぞれ異なる政策を国民に提示し、自らへの支持を競う形をとります。しかしながら、政策とは、必ずしも明確な対立軸を構成して賛否が分かれるわけではなく、誰もが実現を望むような政策もあるものです。現状を不条理な状態と捉える、あるいは、不合理な状況にあると認識する場合には、国民の大多数が、その改善を政策として求めるのは、至極、当然のことなのです。例えば、国際標準に照らして明らかに割高となっている携帯電話料金の値下げといった政策がこれに当たります(途上国でも、スマートフォンを使用している…)。また、NHKの受信料の値下げといった政策も、政治的な立場に拘わらず、国民の大半が支持することでしょう。こうした政策は、本来、与野党ともに実現すべき政策であり、全ての政党が公約として掲げるべきもとも言えます。現状では、国民が支持する政策を以って選挙における看板政策にしますと、‘早い者勝ち’、つまり、最初に言い出した候補者、あるいは、政党が有利となり、他の政党が同様の政策を打ち出すのが難しくなるのです。

 

 第三に指摘し得る点は、凡そ100%の国民の支持を期待し得る‘看板政策’以外の政策については、必ずしも、民意に沿ったものではない点です。いわば、公約が‘セット・メニュー方式’であり、‘支持する政策’と‘支持しない政策’が混在している場合、前者を優先しますと、同時に後者も認めたことになります。‘抱き合わせ販売’のような問題であり、有権者は、分野ごとに個別に政策を選択することができないのです。例えば、菅首相の場合には、「看板政策+親中政策+新自由主義政策」がセット化されています。もっとも、親中政策については、首相就任後に日米同盟の強化の方向に軌道修正しているようにも見受けられますが、外国人の入国規制も早々に一部を解除するとの報道もあり、無反省なグローバリズム迎合の方針は継続されるかもしれません。

 

 以上に述べてきましたように、菅政権の誕生は、奇しくも選挙において国民が選択をしているのは何か、そして、政策選択が主となるのであるならば、現行の制度は、国民の選択や要望に誠実に応える設計となっているのか、という制度上の根本問題を提起することともなりました。新政権は改革志向を表明しておりますが、政治制度改革こそ、日本国の民主主義体制を護るためにも急務の課題ように思えます。今日、‘人から政策’へと人々の政治的関心の重心が移動する時代にありまして、人類は、この変化に対応すべく、知恵を絞ってゆくべきではないかと思うのです。


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