万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

安保法案反対者は中国の侵略を援けたい?

2015年07月19日 14時38分33秒 | 国際政治
安保法案廃案へ民主が全国行脚…「対案は」の声
 想定されるリスクに対しては、誰もが、最悪の事態を想定して安全対策を講じるものです。この点は、防衛や安全保障の分野でも変わりはなく、如何にして安全対策を万全にするかは、政府の政策課題でもあります。

 ところが、日本国の安保法案への反対論を聞いておりますと、”安全対策こそリスクである”とする倒錯した認識が見受けられます。”戦争法案”という命名は、反対論者の倒錯ぶりをよく表しています。集団的自衛権とは、諸国が協力して安全ネットを敷くことでリスクを抑止する手法であり、特に第二次世界大戦後は、国際機構や国際法の発展により安全目的に特化してきております。国連の集団的安全保障体制も、広義には集団的自衛権が制度化された仕組みですし、二国間や多国間の同盟条約締結も、防衛目的に限定されいます。言い換ますと、国際法上、”集団的攻撃権”なる権利は認められておらず、集団的自衛権の下での安全保障体制の強化は、あくまでもリスクに対する安全対策なのです。しかも、現実には、中国やロシアといった軍事大国は、物理的な強制力としての力を頼りとし、武力による現状変更を厭いません。”力には力を”という態度は反知性的であるとする批判もありますが、武力を国家目的の達成に使用しようとしている国を前にしては、力で安全を確保するしか方法がない場合もあります。とりわけ、集団的自衛権に基づく暴力抑止策の場合には、諸国が連携して囲い込む形で抑止力を働かせるわけですから、その効果は、個別的自衛権に基づく一対一のケースよりも格段に高まります。集団的自衛権とは、あくまでも防衛、並びに、安全保障が目的なのですから、その発動体制を整えることに反対する人々は、一体、何をリスクとして怖れているのでしょうか。

 21世紀という時代にあって、国際法の遵守を堅持してきた日本国が中国大陸や朝鮮半島に領土的野心を抱くはずもなく、日本国から戦争を仕掛ける動機も皆無です。その一方で、中国は、尖閣諸島や沖縄をはじめ、周辺諸国に対する領土的野心をもはや隠そうとはしておりません。反対論者たちが、本音では”日本の安全対策こそ中国のリスクである”と考えているとしますと(本音では倒錯していない…)、中国の侵略を容易にするために法案成立を阻止しようとしているようにしか思えないのです。

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コメント (2)
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