教祖さまには 手足のシビレがある。
仕事上で 少しそれを気にしていた。
いやいや、ちゃんと、仕事になってますよ、と
皆が言ってくれるんだけど、
不安に思ってらしゃったようだ。
ある日 私は 新聞紙上で見た シビレに対処する漢方薬の話をしてみた。
あんまり、彼女が「シビレ」って言うもんだから。
いや、おっしゃるものだから。
そう、私には 教祖様の言う「シビレ」が どんなものなのか、
わからないのだ。

すると 教祖様は
「今度病院へ行ったら、先生に話してみるわ。」
と のたまった。
なんでも、不安定な場所に足をついたのに
不安定である事に 気が付かないままに体重を移動し、
そのせいで転んで 膝に怪我をなさったそうなのだ。
危ないではないか、シビレ!

次に会った時に 教祖様がお聞きになってみると、主治医は
「ああ、あれ?
あれ、効かないのよね~。
代わりの薬を出しておくわ。」
とおっしゃったそうな。
効かないのか? 漢方!

で、少しは効くはずのお薬が出ているらしいのだが、
それほど効いている様子もない。
教祖様の手の爪は そろそろ 黒く変色し始めている。
若くはないけれど、手の爪が黒いっていうのは、哀しい。
指先というのは、人の視線が注がれる場所だ。
自分の視線だって つい そこにゆく。
生死を分けるとかじゃないけど、小さな事かもしれないけど、
それは とても 哀しみが胸に降り積もる事柄だと思う。

教祖様は 今ではもう 片足10分ずつムギュムギュ、なんて事は
真面目には やってらっしゃらないみたいで、
もっと短いようだ。
だが 「やる」と「やらない」との違いは大きくて、
「やる」と しばし しびれをお忘れになっていられるのだそうだ。
「忘れていられる」だけ、というのも 哀しい。
けれど、忘れる時間もない、というのも 哀しいかと思う。

仕事上で 少しそれを気にしていた。
いやいや、ちゃんと、仕事になってますよ、と
皆が言ってくれるんだけど、
不安に思ってらしゃったようだ。
ある日 私は 新聞紙上で見た シビレに対処する漢方薬の話をしてみた。
あんまり、彼女が「シビレ」って言うもんだから。
いや、おっしゃるものだから。
そう、私には 教祖様の言う「シビレ」が どんなものなのか、
わからないのだ。


すると 教祖様は
「今度病院へ行ったら、先生に話してみるわ。」
と のたまった。
なんでも、不安定な場所に足をついたのに
不安定である事に 気が付かないままに体重を移動し、
そのせいで転んで 膝に怪我をなさったそうなのだ。
危ないではないか、シビレ!

次に会った時に 教祖様がお聞きになってみると、主治医は
「ああ、あれ?
あれ、効かないのよね~。
代わりの薬を出しておくわ。」
とおっしゃったそうな。
効かないのか? 漢方!

で、少しは効くはずのお薬が出ているらしいのだが、
それほど効いている様子もない。
教祖様の手の爪は そろそろ 黒く変色し始めている。
若くはないけれど、手の爪が黒いっていうのは、哀しい。
指先というのは、人の視線が注がれる場所だ。
自分の視線だって つい そこにゆく。
生死を分けるとかじゃないけど、小さな事かもしれないけど、
それは とても 哀しみが胸に降り積もる事柄だと思う。

教祖様は 今ではもう 片足10分ずつムギュムギュ、なんて事は
真面目には やってらっしゃらないみたいで、
もっと短いようだ。
だが 「やる」と「やらない」との違いは大きくて、
「やる」と しばし しびれをお忘れになっていられるのだそうだ。
「忘れていられる」だけ、というのも 哀しい。
けれど、忘れる時間もない、というのも 哀しいかと思う。
