ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

一周忌

2007-04-15 | なんでもないこと
娘がプチ*ウルルンから帰ってきて
息子の卒業式があって
義弟の長男の大学入試の合格発表があって

それから義母の一周忌をした。

3月の中旬だった。

亡くなったのは2月の末だったけど
甥は入試の最中だったりと
身内の都合がつかなかったので
命日よりもだいぶ遅れた一周忌だ。


花が全部咲ききって 
私の窓から 事務所へと 出世を果たした(笑)ミニ胡蝶蘭。





どの地域でもそうだろうか?

田舎では 
法要は 命日よりも先にすべき、という意識が強いらしい。

四十九日の場合は
閻魔様の前での裁き?に間に合うように
四十九日めが来る前に追善供養をするが

その他は 集まってくれる身内の都合も もっと優先されていいと
私は思っている。

近しい人が来れない法要を営むくらいなら、
一日、二日、一週間くらい 
遅れたっていいじゃないか。

でも 今回は ちょっと遅めかなあ。。。(苦笑)



今年も ムクドリ・ヒヨドリは 食欲旺盛で 
あちこちで色んなものをついばんでくれた。
雑草ならいいんだけどね。。。
で、針金の鳥よけの登場(笑)。





今回は ようやくお墓が出来上がったので
お墓の開眼供養も兼ねている。

墓地はどこに造るか?

これは大きな悩みだったに違いない。

10年前に家を新築した長男、
新築マンションを購入して官舎から移った次男。

息子達はふたりとも故郷を離れて暮らしている。

ひとりぐらしの義父が選んだのは
自分が住む家のそばに お墓を造ること。

当然と言えば 当然。

でも亭主は 仕事を請け負ってくれた石屋に

「近い将来 お墓を移すことになると思う。

 その時に 一旦くずななければならないから、
 くずしやすいように。」

と告げている。

そして このことは 義父には内緒だ。



だって それはつまり
義父の寿命が もうそれほど長くはないことと(80代だし)

義父の身に何かあっても
自分達はこのイバラキの山の中の実家には
戻らない、ということを意味する。

とにかく、お墓は 義父の思い通りに造ってもらった。


そしたら、あっという間に 花盛りに!
落ちているのを拾ってきたんだけど、針金に感謝!(笑)





一周忌は 四十九日と同じ、お寺の本堂で。

忘れてた、ここの本堂には椅子がない。。。

頑張って、動かなかった、正座して。

最近の私は 足がしびれると、間もなく、つってしまう。

これが、つらい。

だから しびれても 動かすのは足の指くらいにして
モジモジしたりせずに じっと我慢(汗)。

だからおかげで つったりもせずにお焼香に行けた。

(しびれは即座に治す術を心得ておる。エヘン!)

その他大勢は 香炉を回す<回し焼香>だったけど
私たち身内は 正面に出て行っての焼香だったから
これはもう それだけで大成功なのだ!!!



そしたら 終了直後、
私の真後ろに座っていた姉が
「あんたぁ。靴下、穴あいでっとぉ!」

え~~~っ!

びっくり!

でも良く見たら 薄くなってるだけで 穴はあいてなかった。

おねえちゃん、これは 私にとっては 現役の靴下だよ(笑)。







法要の前から降り出した雨が
終わる頃には大粒になり、強い風が吹いてきた。

義母のお墓の開眼は 寒さに凍えながら雨の中で行われた。

(私の姉は 本堂で待っていた。

 風邪を引いたら大変だから。。。)

開眼って、なんだかよくわからないことが いろいろあって。

必死で寒さと戦いながら なんとか傘をさし続けて。

とにかく、順繰りにお線香を手向けて。

それからバスに乗って 町の結婚式場でお清め。

そういえば 私、いったい、何を考えていたんだろう?
ご法要のお経がどんなだったか、ちっとも覚えていない(苦笑)。



鹿島アントラーズのサポーターをしている亭主の従兄弟は
四十九日の時 
「きょうは大分と試合があんだよなあ。」
と繰り返していたが
お清めが終わる前に
「帰っから。」
と途中で帰っていった。

時間を計算してみると
キック・オフには間に合う時間だった。

今回の一周忌、彼は欠席。

私たちは

「きょうは、アントラーズの試合があるからな。

 あんちゃん、スタジアムに行ってんだよ、きっと。」

と噂していた。



そのアントラーズ、
昨日ようやく今期初の勝ち星を挙げてくれたので
彼もほっとしてるだろう(笑)。