経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の心

消費税無罪論とマインド

2010年04月30日 | 経済
 権丈善一先生のHPを見ると、昔なつかしい説が出ている。1997年のハシモトデフレの際の「金融不安による消費冷却説」を、記者のメールを引用する形で新たに掲載しておられた。この説は、不況の本格化の時期とアジア通貨危機後の金融危機の時期とが重なったために、当時、盛んに言われたものだ。緊縮財政を正当化する財政当局の弁明にもなっていた。

 正直言って、消費の動きについて、消費者マインドを持ち出すと、何でも説明できてしまう。筆者は、こういう説明を戒める赤羽隆夫先生の「経済学は心理学にあらず」という言葉が好きである。消費税の無罪論を根拠づけるにしても、別のものを使った方が良いのではないか。

 実は、10年も前になるが、金融不安が本当に消費を冷やしたか、家計調査で検証してみたことがある。具体的には、拓銀破綻で強い不安に見舞われたはずの北海道と、全国の消費の動きを比較してみた。結果は、全国や他の地域が落ち込んでいるのに、北海道はやや増えているという「意外」なものだった。おそらく、北海道は、景気回復が遅れていて、実収入が増えていなかったため、増税前の消費増も、増税後の消費減も、共に小さかったということなのだろう。

 前にも書いたように、ハシモトデフレは、消費税増税以外の緊縮財政を行っているので、要因を分離することは難しく、もしかすれば、消費税だけは無罪なのかもしれない。ただし、少なくとも、それをGDPデータのみで判断するのは適当でないと思う。例えば、鈴木淑夫氏のHPの月例景気見通しの1997年分を見てもらい、消費関連のミクロ統計の動きを見れば、消費税の影響がないとは、なかなか思えなくなるはずだ。

 さて、世間では、消費税の是非が言われる段階にとどまっているから、消費税増税に不安はないと主唱するのは正しいことだと思う。しかし、実際に、消費税を引き上げることになれば、どういう過程で行うかが問題になる。そこは、「景気が回復したら」という曖昧なことを許さず、経済状況の数値目標で縛れば、着実に実施させることができる。

 社会保障を充実させるには、かなり大きな財源がいる。それを考えれば、消費税は一気に上げたくなるが、焦ってはいけない。成長を確保しなければ、社会保障も財政再建もない。消費税無罪論を展開するより、景気を見極め1%ずつ引き上げるという、リスクの少ない穏健な政策の方が広く支持されるのではないか。

(今日の日経)
 日米安保・イラン、核先制不使用。ミャンマー首相新政党を結成。米ゼロ金利維持、雇用消費を上方修正。アジア7.1%成長IMF見通し上方修正。経済教室・不動産バブルの前兆・井手多加子。
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130万円の壁と解雇規制

2010年04月29日 | 社会保障
 市場機能を重視する論者は、とかく、解雇規制を緩めて雇用の流動化を図るべきだとか、雇用形態の自由化を進めてセーフティネットで対応すべきだとか言うことが多い。いつも思うのは、どうして、最もひどい規制である「130万円の壁」を問題にしないのかということである。なぜなら、これを解決することが「雇用を自由にすること」に決定的に重要だと考えるからだ。

 「130万円の壁」は、パートの年収がこれを超えると、いきなり多額の社会保険料がかかってくるという問題である。これがあるために、保険料を払わないよう仕事量を制限したり、フルタイム社員への登用を渋ったりという不合理が生じている。パートで働く人の数からして、これほど影響の大きい「規制」はあるまい。

 では、「130万円の壁」が取り払われた後は、どういう社会に変わるのか。本コラムが提案するように、保険料率が年収に応じて徐々に上がるようにすると、パートからフルタイムへとシームレスに変われるようになる。仕事が少ないときはパート、忙しくなったらフルタイムと柔軟に対応できるわけである。

 こうなると、市場機能重視派が目の敵にする「正社員の解雇規制」の緩和は、実際上は意味がなくなる。なぜなら、解雇しなくても、大幅に勤務時間を短縮することで、コストを削減することができるようになるからである。こうしたワークシェアリングの方が、スキルを持つ働き手を維持する観点から、解雇より合理的なのは明らかだろう。

 逆に言えば、日本の解雇規制が厳しいのは、ワークシェアリングが難しく、解雇という特定の人に不利益が集中する方法しか取れないため、そうした事態を避けるべく、ギリギリまで堪えさせようということなのである。「130万円の壁」と解雇規制には、意外な強い結びつきがある。

 働く側から見れば、仕事が減ってしまえば、労働時間と賃金が減るのは、ある程度、仕方がないにしても、それに伴って、社会保険が国保や国年に切り替わってしまうのは痛い。特に、若い男性や独身女性にとっては、夫の社会保険に入るわけにもいかないので、受け入れ難いものだ。

 もし、「提案」のように改革されれば、社会保険が切り替わる心配はなくなり、年収の減少に伴って、社会保険料の負担は大きく軽減される。不況にあえぐ働く側と企業の双方を助けることになる。雇用に対する規制緩和は、重点対象を間違えているように思う。

(今日の日経)
 ガソリン一部で140円台。経済新論・安田洋祐。イスラエル核放棄へ会議を。経済教室・介護サービス・堀田聡子。子ども手当43%が貯蓄。
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高齢化すると財政は黒字に

2010年04月28日 | 経済
 ギリシャの財政危機がニュースになっているせいか、日本の財政破綻が雑誌の格好のネタになっている。今週のアエラでは、破綻を期待する記者に、多くのエコノミストが「ない」と答えて水を差し、記者の残念がる様子には苦笑させられた。

 リスクはあっても慌てる必要はない。国債のほとんどを国内で消化する日本については、そう見るのが当然であり、むしろ、「イタリアより悪い」と、慌てて過激な緊縮財政に走って失敗したハシモトデフレの教訓を活かすべきだろう。

 それでも、当面は良いにしても、「日本の財政は今でも大赤字、これで高齢化が進んで歳出が膨らむと財政は破綻する」と不安に思う方もいるかもしれないが、その心配も無用である。高齢化が進むと、今度は増税ができるようになるからだ。

 高齢化が進んで貯蓄を減らすようになると、確かに国債の国内消化は難しくなる。しかし、貯蓄を減らすということは、消費を増やすということであり、経済にはインフレ圧力がかかる。したがって、物価が上昇する中では、消費税の増税は容易になるし、それは物価安定の観点からも必要なことになる。

 日本の消費税率が諸外国より低いのは、国民の増税アレルギーとか、政治のだらしなさとかではなく、デフレぎみで経済的に無理があったからである。インフレ傾向になれば、賛成は得られやすくなるし、賛成が得られないとしても、インフレで購買力は削減され、財政赤字も軽減されることになる。

 前にコラムで書いたように、日本の財政赤字は、公的年金の黒字と裏腹のものであった。将来は、それが逆になるだけのことである。もっとも、厚生年金の最新の財政検証では、中期的には黒字のようなので、まだ、しばらく先のことになりそうではあるが。

 経済政策は、総需要を調整し、デフレになったり、インフレになったりしないようにすることが目的である。将来を先取りして今から緊縮財政にしたり、物価と切り離して増税しないと宣言したりするのは正しくない。国・地方の財政と社会保障を連結しつつ、時に応じて行うものなのだ。

 こういう当たり前の経済政策は、雑誌のネタになるような面白みはないが、安定を通じて日本経済を成長させ、資本と労働をフルに使う経済構造を作ることになる。これが本当に将来に備えることになるのである。

(今日の日経)
 ギリシャ格付け3段階下げ。産業ロボ・リーマン前5割強の水準。経済新論・井手英策。韓国・好況享受は一部大企業。金属熱処理「車以外」を開拓。経済教室・GSE危機・武田洋子。都内人口1300万人。
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リンクさせるべきものとは

2010年04月27日 | 経済
 経済成長というのは、あいまいな言葉だ。経済は、投資も消費も含む概念だから、需要項目のどれを増やしても成長しそうな気がする。実は、そう思うのがシロウトで、そう思わないのがクロウトということになる。

 景気が良いとは成長率が高い状態、景気が悪いとは成長率が低い状態である。その成長率を決めるのは、投資率である。つまり、投資率が高ければ成長率は高く、投資率が低ければ成長率も低い。ここまでは直感で分かるだろう。

 そして、景気の上昇過程(成長率の加速過程)では、投資率が上昇し、経済の残りの部分である消費率が低下する現象が見られる。つまり、投資の後を追って、消費は増えるということを意味しているのであり、景気や成長は、投資が主導するということだ。

 さて、「増税でも成長可能」の御説だが、これが成り立つには、ひとえに増税でも投資が増えるかどうかにかかっている。つまり、消費税を上げても消費は変わらないとか、消費が減っても設備投資が増えるとかが成り立たないといけない。しかも、設備投資というのは、一時的な需要減少のショックでも、引っ込んでしまう臆病なものだ。

 筆者は社会保障のために将来の消費税増税が必要だと考えているが、増税ができるのは、景気が十分回復し、成長率が伸びてからである。普通は「成長で増税可能」なのであり、御説とは反対なのだ。逆のことをしようとするなら、しっかりした根拠が必要だろう。

 日経は「増税に伴う個人消費の冷え込みを将来不安の解消でカバーできるかは分からず、福祉や介護などを中心とした雇用の創出効果にも限界がある」とするが、そのとおりだろう。この分析記事は、昨日の日経の社説の見解とは反対であるが、今日の方が正しい。

 社会保障の不安解消は、財源確保にあるのはなく、少子化の緩和にある。それは、子ども手当の乳幼児への集中給付で可能なことである。まずは、不安解消と財源確保をリンクさせるという根拠不明の概念を捨て、まじめに保育需要を満たすことを考えなければならない。

 その上で、一定の成長率や物価上昇率が得られたら、消費税を1%ずつ引き上げるという道筋を明確にすべきだ。リンクさせるべきは、成長と増税なのである。おかしなものをリンクさせ、リンクさせるべきものは分からずじまい。一体、日本の経済政策が幻想から目覚め、現実的な論理によってなされるのは、いつの日なのだろうか。

(今日の日経)
 業績上方修正ラッシュ。工場稼動GW返上で。稼働率、金融危機前水準に。財制審・増税でも成長可能。米短期金利に上昇圧力・短期国債増発で。飼料用米買い値引き下げ千トン増やす、種もみ入手困難、トウモロコシの1.5倍。都内に中高生の児童館。フェアトレード大学生も一役。経済新論・森田京平。
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金融政策から需要政策へ

2010年04月26日 | 経済
 日経の社説が少し変化したような気がする。金融政策万能論の立場で、ひたすら日銀に金融緩和を求めるのではなく、金融政策の限界を踏まえて、広い意味での需要管理政策を求めるようになっている。そして、世界的な思潮から遅れ、相変わらず金融政策万能論を唱える政治に対し、クギを刺す形になった。

 少し引用すると、「企業は低金利で資金を調達できても設備投資に慎重だ。個人は雇用や社会保障の先行き不安からお金を使わない。『金融政策だけで需給をつくり出すのには限界がある』という日銀総裁の見方は現時点で正しい」となっている。この文の後で日経の言う政策は中身の薄いものだが、一歩前進だろう。

 日経の言う、医療分野などの規制緩和で引き出せる需要はタカが知れているし、法人課税を軽減すれば、「慎重な」企業は設備はしない一方、将来の急増が期待できる税収を失うことで長期金利を高くしかねない。また、消費税を上げたからといって、社会保障に安心して消費が増えるというものでもない。政府が日経の言うとおりの策をまとめても、失望させるだけだろう。

 では、どうすれば良いのか。第一の策は、0~2歳の乳幼児に、月額8万円の「子ども手当」を給付することである。必要な財源は約2.5兆円だ。母親が3人集まれば24万円になるから、保母1人を雇うことができる。これで保育分野の需要は爆発的に増える。今の子ども手当のような「薄撒き」では、こうした効果は期待できない。

 子ども手当の集中給付によって、少子化も大きく改善する。少子化の最大の原因は、乳幼児期の保育が不足し、仕事と両立できないことにあるからだ。少子化が緩和されれば、消費税を上げずとも、年金を始めとする社会保障は安定する。もし、若者の希望をすべて満たす出生率1.75まで戻るなら、「払った分を確実に給付する」年金制度にすることもできる。

 また、社会保険をパートなどの非正規労働者に全面適用し、セーフティーネットからこぼれる人を一掃する。その際、保険料相当額を国が反対給付することで実質的な負担増はなしとする。2兆円の財源が必要だが、それは保険会計に入り、その分保険料を下げられるので、負担が大きく増えるわけではない。新たな負担は「こぼれていた人」の分だけにとどまる。

 併せて、年収130~300万円の人の社会保険料については、徐々に保険料率が高まるように改め、「130万円の壁」を撤廃する。これで労働供給のネックが解消され、潜在成長率が高まることになる。非正規から正規への移行も容易になり、様々な差別や不合理をなくすことができるだろう。必要な財源は2兆円である。

 財源については、10年度予算は、前年度より10兆円少ないから、これらを新たに実施する余地は十分にある。その上で、成長率と物価上昇率が一定以上になったら、自動的に消費税率を1%ずつ上げる仕組みを制度化し、財政赤字への無用な不安を解消する。

 以上のようなものが、本物の需要管理政策である。ポイントは経済政策と社会保障をインテグレートすることにある。本コラムが目指す、レファレンスにすべき最先端の政策とは、こういうものだ。日経の編集委員の皆さんには、陳腐で効果の不明な政策に囚われず、社会の木鐸としての役割を果たして欲しいと思う。
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なぜ財政赤字は巨大になったのか②

2010年04月26日 | 経済
 ハシモトデフレは、緊縮財政で過激な所得の吸い上げをやった。内需が低迷し、在庫は急増、設備投資の腰を折ってしまう。また、資産価格の下落を招いて、不良債権に火をつけ、貸し渋りも引き起こした。円安にしたことで、アジア通貨危機の背景ともなる。考えられる最悪の結果と言っていい。しかも、そうなるからと、事前に内外から批判されていながら、押し切ったものだった。

 これは、財政再建を実現し、後世に負担を残さないという強い決意と善意によって行われた。まさに「地獄への道は善意で舗装されていた」のである。崇高な理念は、ときとして現実を見失わせる。こうして、日本は、自分で作った経済危機に対応するために経済対策を打たざるを得なくなり、意図とは反対に国債残高を急増させてしまう。

 その後、低レベルに嵌り込んだ経済を引き上げることは、更に困難になった。本当は、高い成長率が実現するまで、緊縮財政を我慢しなければならないのに、大きくしてしまった財政赤字を不安に思い、早々と緊縮財政に戻しては内需を低迷させるという繰り返しになった。大規模な外需に恵まれるという幸運がなければ、もっと悲惨なことになっていただろう。

 山の遭難でも、不安を抑えて好天を待つというのは尋常ならざる精神力がいる。慌てて動き回って体力を消耗し、死に至ることは珍しくない。日本は、今、そういう情況にある。日経の記事では、銀行が貸出先に困って、国債投資をせざるを得ないと書きつつ、将来のリスクを敢えて探すようなことをしている。

 いかに不安は募っても、今できることは限られている。成長を待って、需給ギャップが埋まり、物価が上昇してくるまで、増税をして所得を吸い上げることはできない。不安に負けて、経済状況に合わない急進的な政策を巡らすことを避けなければならない。10年度予算は前年度より10兆円も少なく、企業収益の上昇で法人税の増収も予想される。既に、何もしなくても、緊縮財政に向かっているのである。

 財政再建をするということは、政府が使用する貯蓄の量を減らすことである。政府が使わなければ、その代わりに企業部門が使わないと、需要が不足して経済が収縮に向かってしまう。経済学の教科書と違い、現実には、財政再建→金利低下→設備投資とはならない。そのため、設備投資の回復を待ち、企業部門が増やした分だけ、政府の貯蓄使用量を減らすという対応を取るしかない。

 迂遠に思われるだろうか。動きを見極め、すかさず打って出る「後の先」とは、剣法の極意だが、日本の経済政策に必要なのは、これである。物価が上がるまで心を静かにし、動きを見切って財政再建へと舵を切る。こうした政策を事前にアナウンスしておく技術的な鍛錬はもちろん、精神の修養なしにできるような技ではない。

(今日の日経)
 社説・構造改革あってこその政府・日銀協力。月曜経済観測・精華大センター主任。英語を選択科目に。弱者救済か成長優先か・アジア。バイオ燃料米軍が導入。50歳になったリクルート。国立研究開発機関制度の中間報告。ペーパーチェイス。
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なぜ財政赤字は巨大になったのか①

2010年04月25日 | 経済
 他人の失敗を見ると、その人がバカだったからと思いがちだ。これを「バカだから理論」という。そう思ってしまうのは、問題の難しさに無知で、自分なら上手くできると根拠もなく過信しているだけのことである。そして、原因を学ぼうとしないから、自分も同じ失敗をしてしまう。

 日本の財政赤字の原因を「バラマク政治家、ヨロコブ国民」の構図によると思ったら、現実を見誤ってしまう。財政赤字を膨らませた時代に戻り、その経済状況で「健全」財政ができたかを考えれば、容易でないことが分かる。景気が悪くて、とても無理だったからだ。

 例えば、リーマンショック後に、経済対策をすべきでなかったという人は、今はいないだろう。それは景気の悪さが記憶に新しいからで、おそらく、後世の人は、それを忘れて財政赤字を膨らませたことを批判するに違いない。前回の経済危機、ハシモトデフレ後の小渕政権の対策はバラマキと批判されているからだ。

 財政赤字の原因は、経済の需要不足にある。需要不足を放置するか、財政赤字で補うかの選択を迫られ、やむなく、財政赤字を膨らませてきた。需要不足を放置すれば、米国の大恐慌のような経済収縮を起こして大きな打撃を受けかねない。現実を目の前にすれば、そういう選択は、あり得ないことなのである。

 それでは、なぜ需要不足だったのか。その理由は二つある。一つは、社会保障基金、具体的には公的年金が大規模な需要吸い上げを行って、巨大な積立金を形成してきたからである。意外に思われるかもしれないが、これはGDP統計を見れば容易に確かめられる。

 例えば、オイルショック後の不況対策で、福田政権は要求以上の公共事業予算を付けるという「悪名高い」積極財政を行ったが、その赤字のGDP比は、社会保障基金の黒字とほぼ同じである。何のことはない、公的年金で所得を吸い上げていなければ、経済対策も無用だったのである。

 ハシモトデフレ前の財政赤字は、これで大半が説明がつく。それゆえ、ハシモトデフレ前は、表面上の国債残高は巨大でも、社会保障基金の「貯金」を差し引いたネットで見れば、諸外国と比較しても、まったく問題のない水準にあった。財政赤字は大きいのに、日本がインフレと無縁だった理由もここにある。

 ハシモトデフレの悲劇は、これを理解できない財政当局が、過激な緊縮財政を行って、みずから経済危機を作ってしまったことにある。財政再建は必要としても、焦って過激なことをする必要性は少しもなかった。そして、財政赤字が巨額になった二つ目の理由は、この過激さにあるのである。(続く)

(今日の日経)
 社債金利、国債並みに。日本不信・米欧市場じわり。日経B=鉄・最強の永久磁石。2018年、金利急騰の悪夢。2020年も主流はガソリン車。経済学の復活はあるか。
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小さな政府と所得再分配

2010年04月23日 | 社会保障
 社会を変えるには、「どうすれば」が重要だ。市場主義とか、福祉社会といっても、それらにどんな制度があるのかが分からなければ選びようがない。むしろ、有効な制度が積み重なって社会ビジョンが形成される。「新しい公共」もそうしたものではないか。日経の経済教室は、3日続けて社会ビジョンに関する論文を掲載した。紙幅の関係もあろうが、具体策に乏しい感は否めない。

 水曜のC.ホリオカ・神田玲子論文では、自由主義的なセーフティネットとして、ノンリコースローン、リバースモーゲージが挙げられていたが、こうした金融機関にリスクを持たせる制度は、政府による再保険の制度設計が必要に思う。

 また、雇用契約の多様化、差別をなくす法律強化、保育サービス充実、世代間の公平配分を挙げた上で、給付は真に必要とする人に限るとするが、どうすれば良いのかが具体的でない。これらを実現するには、社会保険の制度設計が欠かせないだろう。

 昨日の八代尚宏論文にも同様のことが言える。求められる規制改革が列記されており、医療・介護需要の増加が内需拡大の好機になると言うが、やはり、需要側の支払能力を確保する社会保険をどうするかの問題が残される。

 今日の根本祐二論文も、切り口は非常に興味深く、今後の展開も期待できると思うのだが、具体的な手法の開発という点では、効率化の源泉をどこに置くのか、人件費の削減にあるのか、過剰品質を見つけての公共投資の節約にあるのか、まだこれからという感じである。

 三つの論文に共通するのは「小さな政府」を目指す観点であり、筆者も、政府が実施に当たるのは最小限にする必要があると考えている。政府による実施は、硬直的な公務員給与やリスクを恐れた過剰品質になりがちだからだ。他方、政府は、所得再分配の役割は果たさなければならない。これは政府が効率的にできることでもある。

 本コラムでは、年金制度から保育需要の裏づけとなる所得再分配を引き出したり、非正規労働のセーフティネットを張りなおすために、賃金労働者内での負担の再配分による社会保険の適用拡大を提案したりしている。こうしたマクロ的な基盤があってこそ、ミクロ的な自由市場の機能が有効に働くのである。

(今日の日経)
 電子部品再び増産投資。農家所得保障1兆円バラマキ色濃く。日本の安保意識試す中国軍。国内排出量取引・制度設計政府内で綱引き。中国海軍、東方へ活動拡大。米消費・復調は本当か。電ガス6月値上げ・2月連続。マツダ危機前水準に。海外注文断る・新日鉄。20年債入札好調・生保需要。経済教室・PPP・根本祐二。新宿区・福祉委託にも最低制限価格。
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消費率の安定性とその解釈

2010年04月22日 | 経済
 東洋経済の今週号「成長のための負担増」は良い内容だ。それだけに、問題のある箇所については指摘をしておきたい。それは「公的負担が増えても、家計消費は減らない」とするものだ。消費率は安定しているから、消費税を増税しても問題はないとする趣旨だが、これは危険である。

 なぜなら、この安定性は、何らかの理由で消費が減ると、需要の減少に応じて設備投資も減り、消費の割合は元に戻るというメカニズムが働くことによるからである。つまり、割合が元に戻るという意味で安定はしているものの、消費も設備投資も共に減った結果であって、経済は悲惨な状況に変化するわけである。したがって、消費率の安定性があるから、増税しても大丈夫とはならないのだ。

 教科書的な経済学では、消費が減ると、金利が下がり、設備投資が増えることで、経済全体が縮小することなく、新たな均衡に移行する。その代わり、消費の割合は変化することになる。現実の経済において、消費の割合がほとんど変わらないということは、金利による貯蓄と投資の調整機能が十分に働いていないことを示している。現実の経済は、需要によって決まるというケインズ的なものだ。

 消費率の安定として編集部が引いている「非食料費支出比率」の安定は、赤羽隆夫先生が見つけたもので、伊東光晴先生も高く評価する重要な事実である。その面白さは、東洋経済刊の「日本経済探偵術」をご覧いただければと思う。ただ、これに一つ加えるとするなら、非常に安定しているように見える「比率」も、中期的な景気変動に従い、わずかな昇降を繰り返しているということである。むろん、好況時に下がり、不況時に上がる。経済にとっては、この微妙な変動が重要になる。

 さて、随分とデータや理論について述べたが、ジャーナリストは、それらに頼り過ぎてはいけない。時論で時代状況を読み込むのも、ジャーナリストの大切な仕事である。消費税引き上げ当時の「東洋経済・論争」(1997年3月号)の鈴木淑夫さんの論考「橋本政権の5つの改革は失敗する」(鈴木氏のHPに掲載されている)を読めば、ハシモトデフレは事前に予想され、そのとおりに展開したことが分かる。

 時評を含む多様な情報を総合すれば、データや理論からいくつも引き出される結論の中から、現実離れしたものを避けることができる。それをしてこそ、「学問の実生活への応用」を説いた石橋湛山の末裔であろう。

(今日の日経)
 保育所の利用用件撤廃と指定制を検討、財源は一括交付金。誰もがソフト開発者。財務省租特減収額を提出。GDP5年で7割増めざすインドネシア。原料高再び市況産業に新日鉄。経済教室・八代尚宏。
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消費税増税の目的とタイミング

2010年04月21日 | 経済(主なもの)
【消費税と景気】
 経済学は理論と実証だと言われる。確かに、理論の方は花盛りだが、実証となると、他の学問分野に自慢できるようなものではないのが実態だ。特に、マクロ経済となると、統計データを自由に統制できるわけではないから、実証といっても、そう解釈できる程度にとどまり、疑問の余地なく証明とは、なかなかいかない。

 今日は、1997年の消費税の引き上げが景気を失速させたという話をするが、このハシモトデフレの際は、消費税だけでなく、公共事業の大幅削減、特別減税の廃止、社会保険料の引き上げも行われ、さらに、信用収縮の発生、アジア通貨危機まであって、どれが主因なのかを証明するのは困難である。

 その意味で、消費税が主因であったか否かは、論者によって、どちらも取り得るところだ。ただし、消費税の影響がまったくなかったとする論者はほとんどいない。すなわち、主か従かの議論はあっても、無視はできないのである。したがって、政策論としては、「消費税の引き上げは、景気に悪影響を与えぬよう、慎重に行うべき」という主張を否定はできないはずだ。

【増税の方法論】
 それは具体的にどういうことなのか。例えば、消費税の引き上げは、「過去1年の物価上昇率が平均2%以上で、かつ直近3か月に上昇傾向にある場合にのみ、1%だけ引き上げる」という政策に対し、デフレでも上げろとか、一気に4%上げろといった主張はないだろうということである。まして、経済状況と切り離し、「2013年度には10%へ引き上げ」といった計画経済を行うかのような決定など論外ということになる。

 これは、消費税増税と社会保険料の負担減などを組み合わせた場合も同様である。組み合わせには必ずラグがあるし、影響は一過性であっても、消費にはショックを与える。これで意図せざる在庫増が発生し、設備投資が抑制されることが起これば、それだけで景気は崩れてしまう。ショックを最小限にする工夫は、するに越したことはない。

 消費税の引き上げで財政再建を目指すとしても、その究極の目的は、インフレや長期金利高騰の防止であろう。物価に連動して引き上げる政策を採れば、それで十分に目的を達せられるはずであり、マーケットの無用な不安も抑えられる。それ以上の急速な財政再建、「5年以内のプライマリーバランス赤字の半減」といったことを達成しなければならない理由はどこにもない。

【ハシモトデフレの実態】
 さて、1997年の消費税増税の影響だが、これを見るには、家計調査まで分け入る必要がある。増税の影響は、増税後でも消費が増えたかどうかを調べるだけでは十分でない。仮に、消費が増税後に少し伸びていたとしても、所得の伸びより小さければ、それは消費不足になるからだ。企業から見れば、生産を伸ばして賃金を渡したのに、同じ程度に消費も伸びなければ、在庫が増えてしまうことになる。

 はたして、1997年の4月の増税後、消費の伸びは、賃金の伸びを大きく下回ることになった。秋になって消費がいったん戻るものの、これは医療費の自己負担が増えた影響である。結局、全般的な消費の低迷は続き、本格的な不況へと至る。むろん、この間に在庫は急増し、企業は生産調整から設備投資の抑制へと動いた。

 当時の状況を体験した筆者にとって、消費税の影響がないとは、とても思えないのが実感だが、統計的に述べるなら先のとおりである。消費税は、バブル真っ盛りの1989年に導入したときは、増減税同額とされていたが、それでも当時の実質的な物価上昇率を、ほぼゼロに抑える効果を発揮している。目の前の値段が上がることが、いかに消費者行動に強く影響を及ぼすかという、価格メカニズムの強さを示す好例であろう。

 そもそも、消費から景気が失速するというのは、異例の事態である。通例は、景気が過熱し、金融の引き締めによって、設備投資が崩れ、そこから所得、消費へと波及する。消費から先に崩れるのは逆であり、そこには何らかの特別な動き、この場合は増税があると考えなければならない。

【おわりに】
 むろん、以上のような説明については、反論も可能とは思う。しかし、政策としては、財政再建自体を目的として、再度、危険を犯す必要はないはずだ。ハシモトデフレ後、不況によって、自殺者数は8000人も跳ね上がり、文字通り「悪夢の人体実験」となった。消費税の増税が経済に及ぼす影響を否定できない以上、リスクは最小限にとどめるべきであり、それが血で贖った教訓を生かすということであろう。

(今日の日経)
 財政健全化2案・法案原案増税にじむ。法人税引き下げ・民主、公約で方針。債権・国内投資家の買越額09年9月以来の大きさ。中国が豪社にサイバー攻撃。中国不動産融資残高44.3%増。住友鉱山ニッケル能力6割増。ブルーシール、香港に。太陽電池、価格競争が激化。敬座教室・社会で公平負担・神田玲子。都心の公有地に福祉施設。
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