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経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

アルゴリズム思考術からの経済学

2019年05月19日 | シリーズ経済思想
 主流派経済学の根本的な欠陥は、ヒトの時間の制約を考えないことである。ヒトは利益を最大化するよう行動することを公準に据えているが、人生は限られていて、分散が効かず、変動リスクの下では、大損を避けようと、期待値に従わずに、敢えて収益の機会を捨ててしまう。これが相互作用を経て自己組織化を起こし、不況というマクロでの不都合な現象を生じさせるのだ。こうした時間の有限性や不可逆性、環境の変動性や複雑性、情報の不確実性や不完全性が存在する現実に対して、どんな行動が理に適うのか。B・クリスチャン&T・グリフィスの『アルゴリズム思考術』は、最善の在り方を教えてくれる一冊だ。

………
 「探索と活用」の章では、「最良のものを選ぼうとすることが必ずしも最も合理的な行動方針でないのはなぜか」と投げかける。最良を求めての挑戦と、現状に止まっての利活用とは、トレードオフの関係にあり、どこかの時点で見切りをつける必要があるからだ。これに対する戦略は、トライアルの残り時間によって決まってくる。そして、興味深いのは、心理学や行動経済学の実験において、探索成果の確率が一定の場合の数学的な最適値より、過剰に探索する傾向があることだ。ヒトは世界は確率が変動すると見定めているのかもしれない。

 こうしたことからすれば、設備投資をするに当たって、需要動向を懸念し、決断を遅らせたり、やり直せるかを勘案しながら、慎重に進めたりする行動は、至極、自然なものに思える。ポイントは、そうした利益を最大化しない「不合理」な行動も、時間の有限性や環境の変動性が在るなら、最善のものになり得ることだ。結局、「不合理」なものを無視して、世界を単純化すれば、現実が見えなくなるだけで、緊縮で需要リスクを与えつつ、金融緩和で成長を実現できると、夢想することになる。

 「ベイズの法則」の章では、事前に持った考え方と目の前の証拠を結び付けて確率を計算するベイズ推定において、事前の予想をどう持つかが極めて重要になるが、実験をすると、ヒトは、証拠と予想を結び付けるに際し、乗法、平均、加法の三つの予想ルールを使い分けているらしい。各ルールは、ベキ分布、正規分布、アーラン分布に対応するから、ヒトは、事象がどんな分布に属するかを、直観的に見分けているわけだ。これがベイズ推定の強力さの理由なのである。

 言うまでもなく、経済は、「金持ちはさらに金持ちになる」といった、優先的選択によって生じるベキ分布に溢れている。ベキ分布では、平均や分散が無意味なので、当然、期待値に従って行動することは不可能だ。需要リスクに対して、ヒトが加速的な変動を経験的に予想しているとすると、過去はそうだったのだろうし、未来もそうだろうと行動する。つまり、金利をよすがに、利益を最大化すべく、需要減退下でも設備投資に打って出るといった「合理的」な行動を取ることは、あり得ないことになる。

 「ネットワーキング」の章では、指数バックオフが紹介される。競合する通信が影響し合う場合に、混雑が加速する輻輳を避ける手法で、「競合の数が不可知で絶えず変動し、構造が不明なネットワークに、有効性が期待される一つしかないスキーム」とされる。また、流れ制御と渋滞回避のアルゴリズムとして、加法的増加・乗法的減少も出てくる。これは、最大限の通信量と輻輳回避を両立させるため、「少しずつ増やして、詰まったら思い切り減らし、また少しずつ増やす」という手法だ。

 経済運営においても、「投資が投資を呼ぶ」といった混雑した状況を制御しなければならない場合がある。むろん、その際は、消費税を1%だけ上げて需要を冷やし、再び投資が伸びるのを待つことをすれば、インフレを加速させずに、安定した成長を実現できる。もし、これを低水準の状況ですると、いつまでも物価が上向かず、低成長が続くことになる。まさに、失われた20年において、日本が陥ったものだ。成長の好循環のためには何が必要か、金融緩和だけではないことは明らかだろう。

………
 くどくなるので、もう、このくらいにしておこう。『アルゴリズム思考術』は、どの章でも、経済を考える上で裨益する知見が多くある。久々の「シリーズ経済思想」のコラムになったけれども、新たな数理的な知見を取り入れなければ、思想を深められないと、常々、感じているところだ。少なくとも、利益最大化の公準からの展開のみでは、複雑な現実は解明できない。その公準には拠らない別の空間が存在するのである。そして、現実にマッチした経済運営は、常識的なものだということだ。それを見えなくするだけの思想であってはなるまい。


(今日までの日経)
 人民元、ドル覇権に一石 独自決済、89カ国・地域。上場企業2期連続減益へ。非製造業は増益。ファーウェイ供給網に打撃 米、排除強化で圧力。


※ようやく、3月の消費総合指数が公表され、1-3月期の前期比は-0.2となった。月曜のGDP公表で更新されるが、設備投資だけでなく、消費も崩れるとなると、本物の景気の悪化だよ。そこへ消費を圧殺する増税をしようというのだから、常識を失っている。米国が中国を本気で潰しに行ってるのに、中国の景気対策で輸出が上向くから、増税も平気なんて、この国は、何が起ころうと、財政再建しか眼中に入らないのだろうな。

(図)



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Unknown (きんぴー)
2019-05-19 11:18:22
消費総合指数に対してGDPの方は、多少上方になる事が多いので、もしかしたらプラス化はするかもしれません。ならないかもですが。
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マルテンサイト千年ものづくり (グローバルサムライ鉄の道)
2024-08-14 00:01:58
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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雲伯油屋ストライベック (グローバル鉄鋼エンジニア)
2024-12-27 16:48:25
「材料物理数学再武装」なつかしいですね。トライボロジーにおけるペトロフ則とクーロン則を関数接合論でつなげてストライベック曲線を作成する場合、関数の交点近傍でなくても繋げることができる関数としてAI技術の基礎となるシグモイド関数が出てくるあたりがとても印象的でした。ちなみにストライベック曲線(シュトリベック線図・Stribeck curve)は、ドイツ人研究者のRichard Stribeck(リヒャルド・シュトリベック)が20世紀はじめに、すべり軸受の摩擦特性や、転がり軸受の静的負荷能力の実験から、導き出した軸受定数G(ゾンマーフェルト数;無次元数の一種)に対する摩擦係数の挙動を示す特性曲線です。
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神の数式、KPI競合モデル (キャピタルアナリスト)
2024-12-27 20:11:03
「材料物理数学再武装」か。関数接合論ですね。
1/h^n=1/f^n+1/g^n、
第一式おもしろい着想ですね。財務省関連でマクロ経済学のホットな話題として財政均衡主義と現代貨幣理論(MMT)の競合モデルの方程式やインフレ率の関数なんてものはできないのでしょうかね。
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今年のノーベル賞 (パワーソリューション)
2024-12-27 22:17:41
日経クロステックの記事に今年のノーベル賞は「「AIの父」ヒントン氏にノーベル賞、深層学習(ディープラーニング)の基礎を築いた業績をまとめ読み」と題して紹介されていましたが、物理学賞、化学賞ともにAIがらみあったんですね。しかしながらブラックボックス問題の解明には至っていないようです。
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