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経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

電気自動車も価格競争

2010年03月31日 | 経済
 これぞ日本の強さだろう。電気自動車(EV)という最先端の産業にもかかわらず、国内で価格競争が展開される国は、日本をおいてない。これでEVは産業として軌道に乗ることは間違いなくなった。

 今回の値付けは、予想の範囲内ではあった。5万台の生産計画やリーフ発表の際の説明からすれば、普通の人も買おうと思えるレンジの299万円以下が目標になると思っていた。しかし、電池のみをリースするといった手法で表面的に安くするだけに終るかもしれないと考えていたので、ストレートに達成したことには、正直、感動を覚えた。

 おそらく、これは戦略的な値付けで、コストを積み上げて作ったものではなく、価格設定から入ったものだろう。日産はリスクをとったのだと思う。アイミーブの三菱も更に15万円安の284万円で対抗し、個人向け販売への体勢を整えた。

 他方、トヨタは、ハイブリットユニットをマツダに提供することで競争する。マツダは超低燃費エンジンとアイドリングストップ技術を持っているから、これらを組み合わせたHVカーは楽しみである。こういう次の社会が創られていく様子を目の前で見られるというのは、日本にいる醍醐味だ。

 さて、企業はリスクを取ったが、政府はどうなのか。日産や三菱やは充電設備を販売店に備えるというが、本来、こうしたインフラを負担することこそ政府の役割ではないのか。例えば、高速道路の全SA・PA750ヵ所に、200万円の急速充電器を備えても、15億円である。それだけで全国ネットが形成されるという安心感が生まれる。

 補助金やエコカー減税にしても、各社が中期的な生産計画を作っているのだから、それに合わせてコミットメントをしたらどうか。減税はおそらく続くと期待されてはいるが、そういう先行きのリスクを解消するよう努めることが最低限の政策だろう。日産の価格発表に合わせて政策パッケージを発表するくらいの芸があってもよさそうなものだ。

 米国でのリーフの価格は、日本より税控除が大きく、実質232万円という。ここまで下がると普通のクルマと変わらない。ガソリン価格が安い米国はここまでする必要があるのだろうが、政策の戦略性を強く感じる。どうして、開発国である日本が、米国より積極的に支援できないのだろう。日本にとってEVは勝つまで戦わなければならない産業ではないのか。

(今日の日経)
 景気・年明けから住宅ローン回復。学力向上へ量も質も。日経平均1万1000円回復。公的年金運用に借入枠2兆円、取り崩し09年度3.8兆円、10年度6.7兆円。新農業基本計画財政負担1.0350兆円。民から官・中国経済圧迫。薄型TV駆け込み需要。自然エネ過疎地を救う。学びいま未来・全内容に触れないと苦情。
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変化の萌芽を見つける

2010年03月30日 | 経済
 まもなく4月。春なのだから、変化の芽吹きを探してみたくなる。芽吹きを探すにはコツがいる。可能性を考えるということだ。咲き誇る様子を思い描いて、それがどんな芽から生ずるか探るのである。

 シャープは、薄膜型の太陽電池工場を稼動させた。技術、生産性とも世界一と言って良いだろう。しかし、能力は計画の3分の1。今後、欧米の需要動向を見て引き上げを検討するという。3分咲きから、満開になるのはいつなのか。

 太陽電池の生産は、いまや設備投資競争になっている。シャープも一気に引き上げたかったはずだが、需要を見てというのは、健全な経営判断である。それなら、もし筆者が経産大臣ならば、需要を保障するオプションをシャープに与え、フル投資を要請しただろう。

 つまり、強気の需要の見通しが実現しなかった場合には、コストは賄える安値で国が買い入れることを約束する。そうなったら、公共投資で大規模な太陽光発電所を作れば良いし、ODAで途上国に援助してやる方法もあろう。

 これが普通の公共投資と違うのは、長期に渡るかもしれないが、電気代で確実に回収できるということである。しかも、電気代は環境税を導入などで国がコントロールできるものだから、「損」をしないよう制度を作ることも可能だ。

 実際は、そこまで行かなくても、太陽電池産業が順調に伸びるよう、リスクが生じた場合には、政策がサポートするとコミットメントするだけで、企業は安心して強気の投資ができるだろう。

 さて、今度は法人税を下げたとして、シャープは強気の設備投資に踏み切るだろうか。筆者は、シャープが資金に困っているとは思わないので、そうはならないと考える。企業全体で見ても、今は手元資金が潤沢になってきているし、借り入れに困る情況でもない。設備投資するかどうかは、カネより需要であろう。

 東京都のCO2排出量取引が地方を潤したり、企業内保育所が増加に転じたりと、社会が変わる萌芽は次々に現れている。この流れを確実にするには、そういう需要を発見し、育てる政策的なコミットメントが要る。法人税の安い社会というのは目標にはならない。目指す社会にふさわしい設備投資がなされる手段とは何かを考えなければならない。

(今日の日経)
 基礎収支再び目標に。手探りの回復・川上から川下。武器三原則緩和、与那国に陸自。職場に保育所・初の増加。ペルシャ湾に中国海軍。ミャンマー野党・総選挙不参加。船舶の燃料費・1割削減技術。薄膜太陽電池工場・能力3分の1。経済教室・GDP統計・深尾京司。排出量取引・地方を潤すか。
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中国と課題先進国ニッポン

2010年03月28日 | 経済
 異なるアプローチなのに、同じ結論にたどり着いている論に出会うというのは、うれしいものである。金曜日に掲載された小宮山宏先生の「経済教室」は、そういう内容を持つなかなか興味深い内容だった。 

 筆者は、中国の将来について世間は過大評価していると思っている。投資率や物価・為替の動きを見ると、1971年の日本を見る思いがするからだ。この年は、日本の高度成長のピークであり、この後、設備過剰、ドルショック、物価高、資源制約に突き当たり、成長率が屈曲することになる。そして、経済が隆盛を取り戻すのは、国営企業の改革が済んでからだ。

 他方、小宮山先生は、環境工学の専門家らしく、人口物の飽和という視点から中国の成長持続性を推定しており、飽和の時期は大方の予想より早い可能性があるとして、中国が世界経済をけん引できるのも5~10年とする。 

 その上で、世界的な人工物の飽和の将来を見据えて、日本は低炭素社会などの環境分野で創造型需要を掘り起こし、先行者利得を目指すべきだとする。それはよくある願望ではなく、「日々のくらし」における理論と技術のギャップをきちんと指摘しつつ可能性を示すもので、心強いものだ。また、高齢社会が新産業の母体になることにも触れている。

 これにはまったく同感であり、筆者も、世界各国の若者に、ライフスタイルの創造が新しい技術を作り、新技術が次の世界を創るとして、果敢に挑戦せよと説いてきたばかりだった。それは環境だけでなく、福祉や教育の分野においても同様である。

 筆者は文系の人間であり、くらしの基礎になる社会保障や社会制度の設計を研究する立場から、そうした基盤がライフスタイルの創造に役立ち、それが技術や産業も生み出すと考えてきた。具体的には、「小論」にあるような改革を行って柔軟で安定した給付が実現すれば、その需要から新しい技術や産業が花開くということだ。むろん、環境税などの制度づくりにも同じことが言える。

 小宮山先生は、「日本の強いものづくりの弱点は、何をつくるか、ものづくりの対象を自ら決められないことだ」とする。すなわち、日本をどうするかという「ビジョン」を日本のリーダーが持ち得ないことを言っている。これは、本コラムが経済や外交の政策的な観点から、強調してやまないことでもある。

 ここまでクロスするというのは不思議なものを感じる。いずれ小宮山先生といっしょにお仕事する機会も巡ってくるような、そんな予感さえした「経済教室」であった。

(今日の日経)
 日米安保50年・期待はずれの同盟、ポーランド軍アフガンへ、中国潜水艦情報に期待。新株・社債発行バブル後最高。機関投資家ドル買い拡大。バイト時給なぜ上昇。
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日本の勝ちパターン

2010年03月25日 | 経済
 日本企業の強さは、高所得で規模が大きく、性能や品質にうるさい日本市場を持つことにある。この10年のマクロ経済運営の失敗で、この基盤が揺らいだことが大きなハンデになってきた。しかし、変わりつつある。

 LED電球は、昨夏にシャープが「寿命が40倍だから、100円の白熱電球の40倍の4000円」という戦略的な値付けをして市場を開き、他社も追随して一気に価格が下がり、これにエコポイントも加わって、市場が広がった。

 1個3000円もする電球がエコを評価されて、どんどん売れることを当たり前と思ってはいけない。ハイテクでの激しい国内競争も日本の強みだ。こうした量産化で低コストを実現すれば、海外市場でも勝ち抜いていけることになる。

 他方、ハイブリットのスポーツカーCR-Zも出足が好調である。低燃費とはいえ、この不況下でスポーツカーが売れるとは、正直、予想外だった。エコに対する日本人の高い評価を表していると言えよう。HVの車種が広がっていくことは、電池の量産につながるので、これも日本の競争力を高めることになる。

 また、身近なところでは、ハイテクを活かした機能性の衣料品も好調だ。日本の消費者は、安さだけでなく、品質もきちんと評価してくれる。むろん、これも日本の素材産業の強化にもつながる。

 この一年の政策的な収穫は、エコポイントと言い、エコカー減税と言い、社会ビジョンを示して日本人の高い意識を刺激する政策が大きな成功を収めたことだ。次に要請されるのは、ようやく底を打った住宅関連で、エコの追加装備が当然というビジョンを打ち出し、量産化効果を狙う政策になるだろう。

 さて、韓国の最強企業のサムスンは、中国の追い上げに危機感を持っているようだ。国内市場が狭く、自由な市場の米国は消費の伸びが期待できず、成長する中国では外資にハンデがある。そして、世界二位の日本市場の壁は厚い。危機感も当然だろう。果たして、これまでのアグレッシブな戦略が成功するかどうか。

 こうしてみれば、日本がいかに有利な位置にあるかが、お分かりいただけるだろう。日本には地力がある。マクロ経済政策で国内需要を冷やすような余計なことをせず、それを素直に伸ばせば良いだけなのである。

(今日の日経)
 LED電球2割安。2月の輸出3か月プラス、雇用・賃金への波及なるか。豪、アジアとの間合いに悩む。サムスン李会長が復帰。バンカメ資金需要なお弱く。CR-Z受注1万台。しまむら機能PBけん引。ユニクロ機能性前面に。
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おカネより保育所なのか

2010年03月23日 | 社会保障
 子ども手当よりも保育所が欲しいというのは、よく聞く話である。おカネはいいから、育休を取れるようにしてということも。生活実感としては、そのとおりだと思うが、政策を考える際には、それだけではダメだ。

 今日の日経・日本創造会議は、病時保育で有名なフローレンスの駒崎弘樹さんだ。施設を持たないというのは小売業では普通だし、会費制もサービス業ではありふれた手法だ。しかし、それを保育分野に持ち込んだというのは並外れている。

 むろん、行政が保育所に施設を持たせているのにも理由はある。補助金を出す以上、経営の安定は必須であり、それを裏打ちするものが資産となる「施設」である。行政はリスクを嫌うのだ。また、公的な施設となれば、料金などの運営にも口出しせざるを得なくなる。

 保育に限らず、福祉の分野で、補助金なしの完全な民業が成り立ちにくいのは、サービスを受けたい人がおカネをあまり持たないというのが大きい。したがって、政策的には、そういう人たちに、どうやって、おカネを持たせるかが重要だ。筆者の「小論」にある年金制度からの子供給付は、それを狙いにしている。

 今年から始まる「子ども手当」の難点は、給付の範囲が広く、額も薄いために、保育需要に結びつきにくいことである。「小論」の0~2歳に8万円というように戦力を集中投入すれば、フローレンスのようなバラエティ豊かな保育サービスが生まれてくるだろう。実際、子ども手当を目当てにして、塾などがサービスを競うようになっている。

 今日の記事では、駒崎さんの「ワークライフバランスは得、中韓の猛烈主義は過ぎた道」というのも傾聴に値する。ワークライフバランスや出産期の継続雇用は、能力の活用の上では合理的であるのに、託児場所を用意できないことが、企業にとってハードルになっている。乳幼児への集中した給付があれば、これを超えられる。

 そうなれば、企業にとっては、女性の能力を使おうとして、短時間勤務の正社員制度などが自然と普及することになる。育児休業も、短時間勤務での復帰し、その後にフルタイムに移行するというルートが確立されれば、取得しやすくなるだろう。

 社会的事業への寄付税制の拡大は、日本の風土からすると、筆者は多くを期待できないと考えている。それよりも、はるかに財政規模の大きい子ども給付を、どう社会的事業に結び付けていくかという観点が重要と考える。

(今日の日経)
 ゲイツ氏、東芝と次世代原発。財務省試算・10兆円必要、子ども手当2.5、高速0.8、雇用0.8、農家0.4、社保増1、その他自然増0.6、埋蔵金枯渇で歳入5.4減。運用難背景・国債に買い需要。米医療保険法成立へ。中国、山東省にミサイル配備。中国、今月は貿易赤字。経済教室・PCパドアン。病児保育黒字・施設を持たず会費制、WLBは得、中韓は過ぎた道。
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増税で安心の倒錯

2010年03月22日 | 社会保障
 この10年、世界経済が成長する中で、日本は一人負けだった。こうなったのは、日本が独自の経済政策を採ってきたからとしか言うようがあるまい。世界と日本を分けたのは、一体、何だったのか。

 世界経済の成長の大元は、米国の消費拡大にある。米国の消費が新興国や欧州の輸出を増やし、輸出需要が各国の設備投資を促した。それが所得を増やして内需を生み、内需が更に設備投資を引き出した。こうした循環で高水準の投資がなされれば、成長が高まるのは道理であろう。

 一方、日本は、輸出需要の恩恵にはあずかったものの、財政再建第一主義によって早すぎる増税や負担増をしたために、内需への波及を自ら断ち切ってしまった。そのため、経済に占める輸出の割合が高まっただけになり、リーマンショックによる輸出減で最も大きな影響を受けることになった。

 輸出から好景気というのは、世界的に見ても、歴史的に見ても、何度も実証されてきたことである。日本も、今回を例外として、過去にはまったく同じパターンで成功を収めている。デフレ下でも負担増を待てないという性急さは、今回の日本と大恐慌時の米国にだけ見られた異様な行動であった。

 なぜ、そうなるかと言えば、日本のリーダーは、「増税をすれば、将来への安心感から消費が増える」という幻想を抱いているからである。そして、「消費が減退しても、法人税を下げれば、設備投資が増える」という倒錯もある。

 まず、社会保障で安心を得るのに負担増は関係ない。正直に言って、日経の年金改革案は、お話にならない。日経が目標とする、無年金をなくし、報酬比例を積立と同様にすることは、ちゃんとした制度設計をすれば、負担増なしでも可能なのである。筆者の「小論」を読んでいただきたい。年金制度の設計への無理解を正すことが、このコラムの目的なのだ。

 他方、成長戦略の第一は、需要の安定である。どんなに低金利、低税率にしたところで、需要が弱いのに設備投資をする経営者などいない。外資にしても、日本国内の需要が見込めないのに進出してくるはずがないではないか。

 日本の苦境は「政治の貧困」にあるのではない。識者を含めたリーダーに幻想と倒錯が蔓延し、リアリティを失っていることにある。年金改革には専門知識が要る。それは「小論」で提供した。あとは実証済みの常識的な経済政策で解決できるはずである。

(今日の日経)
 自衛隊機を民間転用。核心・成長なくして安心なし・岡部直明。消費拡大へ最低賃金上げ。東南アジア格安航空伸びる。イスラエル入植強調。日比谷高、新機軸が実る。DV民間シェルター苦境。外国人農業研修トラブル多発。
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景気回復と政治

2010年03月21日 | 経済
 世論は景気の遅行指数なので、回復の実感がないという話があふれているが、各種の統計指標を見れば、急速に回復していることが分かる。特に、設備投資に底入れが見られるので、本格的な回復は既に始まっている。

 景気というと漠然としているが、一般の方は、イコール設備投資だと思ってもらえば良い。消費の動向を気にするエコノミストもいるが、GDPに占める消費率というのは、好況時には低下し、不況時には上昇するものなのだ。

 これは、戦後50年のGDP統計で確認できる不易の事実である。この現象は、投資が景気を先導しているからこそ起こる。つまり、投資が消費に先行して加速したり、減速したりするからこそ、消費率の昇降が見られるわけである。

 ケインズは、経済が成長してゆくと、慢性的に消費が不足するようになるとしていたが、事実は違う。消費率は、景気に従って、緩やかに上昇と下降を繰り返す。マクロ統計が未整備だったケインズ時代には、分からなかった事実である。

 その設備投資だが、追加的な需要の動きに従う。具体的には、粗輸出、住宅投資、公共投資という、景気全体の動きから比較的独立した需要項目を、2四半期遅れで追う形をとる。これは、バブル後の景気底入れだった1993年以来、17年に渡って一貫して見られる現象だ。

 それからすると、今後半年の設備投資の回復は、輸出増を背景にして、かなり力強いものになる。また、新規住宅着工件数から推測して、住宅投資がようやく底入れしたと思われるのも好材料だ。こうした中、早くも公共投資は撤退を始めている。またまた日本の悪い癖が出てるようだ。どうしてキープすることさえできないのだろうか。

 今日の日経にもあるように、景気回復は、企業収益を増加させ、最終損益は前年の11.6兆円のマイナスから5.2兆円のプラスになると見られており、これは法人税の税収を大きく回復させることになるだろう。財政再建の観点からは、前年並みの歳出をキープし、自然増収を待つ段階だろう。緊縮や増税にはまだ早い。

 景気回復は、政治的には、与党に追い風になろう。野党の自民党からは、財政再建派や上げ潮派が分かれて新党を作ろうという動きがあるようだが、自然増収や景気回復は、彼らの旗印を薄れさせることになるのではないか。経済だけで政治は動くものでないのは言うまでもないが、もしかすると、彼らは世論という遅行指数に従っているのかも知れない。

(今日の日経)
 上場企業の配当底入れ。新日石、設備削減前倒し。耕作放棄地にニチレイ飼料米。
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数学が広げる経済の認識

2010年03月20日 | 経済(主なもの)
 数学が古典的な幾何学から脱して非ユークリッド幾何学を確立したことが、一般相対性理論が創られる基礎になったというのは有名な話である。数学的な新たな認識がないと、現実の宇宙を深く理解することはできなかったというわけだ。

 経済学をやっていると、経済現象を十分理解するのに、数学が不足しているのではないかと強く感じる。「経済学は理論と実証を旨とし、数学の活用も進んでる」と言う方もいるが、それは驕りだろう。他の文系と比べても実証が甘いと思うこともあるし、理系とは比較にもならない。

 特に疑問に思うのは、「個々人が利益を最大化する行動をとり、しかも相互に影響がない」という前提を置くのは、現実にそうだからというのではなくて、数学的に扱いやすいからではないかということだ。

 筆者は、「個々人の行動は、利益最大化からわずかなズレがあり、相互に影響する」と考えているから、こういう前提を置くと、数学的にとたんに難しくなる。非線形の数学を使わなければならなくなるからだ。理系でも非線形の現象を扱うのは大変で、まだまだフロンティアの部分がある。

 また、こういう数学を使ったところで、皆が知りたいマクロ経済の予測に使えるかというと、これはまた別の話だ。決定論的なモデルであったとしても、初期値の少しの違いによって大きく変化するために、実際のデータと照らし合わせて実証することが困難なケースも予想される。

 むろん、経済学でも古典派から脱しようという試みは始まっている。個々人の行動については、行動経済学が実際の姿を調べようとしているし、ミクロ経済では、膨大なデータが利用できるので、これを解析する経済物理学の研究が進められている。そもそも、複雑系の一つであるフラクタル幾何学は、こうした経済現象の解析から生まれたものだ。

 とは言え、まだまだ道は遠い。マクロ経済の運営のツールになるのは、いつになるかも分からない。したがって、今、経済運営をする者に必要なのは、謙虚さと実際性ということになる。新古典派の経済学の認識の外にも真実がありうると心得て、理論にとらわれずに現実を直視して対応策を考える態度が必要なのだ。需要管理を無視したり、金融政策万能論に心を奪われているようではいけない。

(今日の日経)
 日銀国債保有残高50兆円超す。医療保険へ背水、米大統領アジア歴訪再延期。バングラ中国と協力。日清紡、太陽光パネル製造装置計画凍結。大口電力2月17%増。DS使いバイト研修。
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死すべき人間の経済理論

2010年03月19日 | 経済(主なもの)
 ケインズ理論に対する批判に「ミクロ的基礎がない」というものがある。これは、利益を最大化しようとする個々の人を前提にすると、ケインズの言うようなマクロ経済の不合理な動きを説明できないというものだ。個々の人が合理的であれば、それが集まった全体でも、失業や余資のようなムダが発生するはずがないというのも、もっともなことである。

 これに対して、個々人は、得られる情報が完全ではないし、計算能力にも限界があるのだから、合理性は限定的だと反論するというのが定番だ。ところが、こういう反論は不十分である。一時的にはそうであっても、次第に情報が行き渡ったり、計算能力の劣った者が淘汰されていけば、合理性に近づいていく、つまり、失業や余資も時間が解消してくれるというわけである。

 筆者のミクロ的基礎は、「人生には時間の制約があるので、リスクがあると、少しずつ機会利益を捨てる不合理な行動をとらざるを得ない」というものである。しかも、そういう小さな不合理が相互作用によって増幅されていく。誰かがリスクを感じて設備投資を控えると、それが需要に対するリスクを増やし、更なる手控えを引き起こしてしまうわけだ。

 不合理の根本が「人生はリスクを平準化して飲み込めるほどには長くない」というところにあるのなら、時間が問題を解決してくれないことは明らかだろう。財政支出などによって、リスク増幅の悪循環をせき止めないと、経済は大収縮へと向かう。1930年代の大恐慌は、税収減に驚いて財政までが緊縮に走り、リスクを加速した結果だったと言えよう。

 人生の時間制約は、バブルの説明にも有効だ。人間はチャンスがあると思うと、余分に投資をしてしまうものなのだ。こういう不合理さが増幅しあって、資産高騰へと結果するわけである。人間は、ギャンブルで勝ち逃げするという誘惑には勝てないのだ。

 マクロ経済には、こうした不合理な基礎があるため、不況やバブルへ転がりだすと加速する性質を持つ。いわば、経済は、カマボコの上の玉のようなもので、真ん中にあると安定しているが、少し外れだすと加速的に外れていく。もし、個々人が合理的だと、丸樋の中の玉のように真ん中に戻ろうとする力が働くはずだが、そうはならない。

 結局、死すべき人間というのは利益を最大化できない。「Mortals cannot maximize on profits」というわけである。

(今日の日経)
 日本発の光技術実用化へ。一括交付金に各省異論。規制・バス停、医療器具承認、家族ビザ、サーバー税制。中国沿海部、最低賃金上げ。アフガン作戦大詰め。工作機械日中逆転。塾・保育所各社が学童保育を強化。経済教室・技能蓄積と生産性に的を・佐藤孝弘。
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韓国に負けるな

2010年03月18日 | 経済
 中東やインドでも韓国企業が目立つ。サムスン、LG、現代の広告塔は至るところにある。ビジネスだけでなく、米国の大学の韓国人学生もアグレッシブだ。日本のバブルの時代の栄光を知る者にとっては、少し悔しい思いもする。彼我の差はどうしてついたのか。

 一番の原因は、日本が自ら転んだということである。韓国にしても、中国にしても、日本は、この10年、名目でほぼゼロ成長なのだから、追いつかれるのは当たり前である。いわば一人負けだ。デフレ下で財政再建を優先するような異常なことをしていなければ、こうはならなかっただろう。

 日韓の明暗を分けた契機は、ハシモトデフレだった。1990年代末から、サムスンは半導体などの積極投資で追いつくのだが、日本は自ら作り出した経済危機で、企業は積極投資どころではなかった。マクロ政策がダメだと、企業にはどうしようもない。ハシモトデフレで企業はリストラを余儀なくされたが、それは韓国へ技術者が流出することにもなった。

 一方、韓国は、同時期にアジア通貨危機に見舞われたのだが、これでウォンが大きく減価し、輸出企業には有利な条件となった。この10年は総じてウォン安基調であり、これも韓国企業の存在感を高めた理由の一つと言えるだろう。

 さて、これからである。日経は、本紙や日経ビジネスで、「韓国企業に学べ」というような特集を組み、その積極性や国際性を賞賛しているが、国際性などは、日本も素直に学ぶべきものだろう。ただし、往々にして、賞賛される頃にはピークを迎えているもので、今後、ウォンが高くなっていくにつれ、競争力が剥落していくだろうから、割り引いて見る必要がある。

 近頃、韓国はアブダビの原発受注で話題をまいたが、こういう大規模、超長期のプラント受注はリスクも大きい。日本企業も過去に痛い目にあっている。資材価格の高騰、すなわち、ドル安は要注意である。成功か否かの答えは、まだ先だ。

 それに、日本には、日本の勝ち方というものがある。日本企業は、世界で最も高所得で、米国に次ぐ規模の日本市場で力を蓄え、世界に打って出るのを得意技としてきた。これで円高なども克服してきたのである。国際市場に頼らざるを得ない韓国とは違う。

 日本が財政再建を急ぐというような余計なことをせず、現実的で漸進的なマクロ経済運営をすれば、日本企業も復活する。日本は自分自身が思っているよりも大国だ。横綱相撲で勝てるのである。

(今日の日経)
 日銀が追加緩和、動かぬ日銀返上狙う。政府与党内、追加経済対策が浮上。規制・地熱、コンテナサーバー、福祉ロボット。二つの台湾。株式高速売買、一瞬で急騰・急落も。法人税のパラドックス。
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