少子化は、これが原因とは言いがたい。複合的な要因によって生じ、それらの重みも時期と場所によって変化してきている。したがって、現実を見極めるには、データを総合的に見るセンスが欠かせない。そして、複雑なだけに、何のために知ろうとするのかという問題設定が極めて重要となる。
筒井淳也先生の『仕事と家庭』は、新書らしい質を保った分かりやすさで、こうした難しい現実をクリアにした好著である。むろん、学部生や一般の方にもお薦めだが、盛り込まれている内容を一通り分かっている専門家にとっても、認識が整理されるだろう。ムダな議論を避け、問題の解決に向けて注力できるよう、広く読まれてほしいと思う。
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日本社会が進むべき先について、筒井先生の結論は明確だ。終章にあるとおり、共働き社会への移行である。高齢化の中で、社会的サービスを提供するには多くの人手が必要になり、他方で、女性の有償労働への参加は、カップルの経済力の向上を通じて、出生にプラスの効果を及ぼすようになっているのだから、若い人達が共働きを選択できるよう、制度を変えて行くことは、自然な流れである。
こうした共働き社会への移行という理解が、小さな政府で自由主義的な米国と、大きな政府で社会民主主義的なスウェーデンという、ある意味、両極の国において、共通して少子化の克服に成功しているという「パズル」を解くカギになる。これが『仕事と家庭』のおもしろさであり、異なるアプローチでもって社会の持続可能性が達成されるところに、政策の読みの深さがある。
新書の『仕事と家庭』は、さらりと読めるので、あえてサマライズしない方が魅力を伝えられるかもしれない。各章の「日本は今どこにいるのか」、「なぜ出生率は低下したのか」、「女性の社会進出と日本的な働き方」、「お手本になる国はあるのか」といったタイトルを並べるだけで興味が湧くだろうし、その期待に応えるだけの充実した内容となっている。
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さて、共働き社会への移行が必要になったのは、1997年の過激な緊縮財政によって、日本がデフレ経済に転落し、雇用が質量ともに悪化したからである。夫が正社員で妻が専業主婦かパートという「片働き」では、結婚して子育てをすることが難しくなった。男性の正社員が少なくなり、女性は適当な相手に出会えない。これでは、少子化が進み、社会の持続可能性が失われることになる。
一番良いのは、経済を好転させ、正社員を増やすことかもしれないが、日本の財政当局は、少し景気が上向くと、すぐに緊縮を始め、回復の芽を摘むことを繰り返してきた。これが1997年以来の「失われた18年」の実態であり、直近の例が、異次元緩和で経済を浮上させておきながら、一気の消費増税でチャンスを潰したアベノミクスである。
そこで、次善の策として、男女とも、正社員でなくても、一定以上の待遇を確保し、これに社会保障の支援を加えることで、カップルを形成しやすくし、子供を持てるようにする方法が考えられる。これによって、結婚できる人の裾野を広げ、少子化を克服しようというわけである。これが共働き社会への移行の焦点となる。
それでは、「一定以上の待遇」とは具体的にどんなものか。男女ともに6時間未満のパートでは、とても家計は維持できない。そのため、いすれもが正社員手前の8時間弱まで働けることが必要となる。ところが、日本では、この8時間弱働くことが非常に難しい。それは、「130万円の壁」という大きな障害が社会保険制度にあるためだ。
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会社側からすると、130万円の壁によって、パートは社会保険の適用外であるが、これを正社員にすると、いきなり27%もの保険料がかかってくる。したがって、労働時間を抑制して、パートに押し込めようとする。逆に、正社員にするのであれば、8時間どころか、無限定な残業を受け入れ、とことん働いてもらうのでなければ、割に合わない。
これを女性の立場から見ると、残業まみれの正社員か、短時間のパートか、どちらかしか選べないことになる。その中間となる8~6時間の労働は、家計と育児の両立がしやすいにもかかわらず、望みがたいのだ。当然ながら、出産や介護などの生活状況に合わせ、労働時間を伸縮させることも難しく、退職と就職を繰り返すしかない。
男性にしても、正社員となり、残業だらけで家庭を顧みないか、非正規のまま、結婚できないかの岐路に立たされる。また、繁忙期には、パートと仕事を分担できないため、残業が正社員に集中するし、逆に仕事が減り過ぎると、残業のない正社員の価値はガタ落ちで、リストラにさらされることになる。ハイ&ローの組み合わせは、極端さを一層深めてしまう。
保険者の立場では、保険料の軽減は保障の削減に結びつくことになる。低所得層の年金は、決して手厚くないので、なかなか踏み切れるものではない。低所得者に高率の保険料を課すことの厳しさは分かりつつも、痛しかゆしだ。すなわち、保険料を軽減するなら、その分を財政で補って、保障を維持するしかないのである。
結局、悪いのは財政当局である。欧米では、保険料の軽減をする代わり、給付型の税額控除という形で、低所得層の負担が過重にならないようにしている。高齢化で社会保険料の負担が増す中、福祉国家として当然になさねばならなかった施策を怠り、消費増税ばかりを追い求めてきた。それが今の有様になっているのだ。
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これから、日本はどうすれば良いのか。まずは、財政破綻に怯えて過激な緊縮に走る性癖を改める必要がある。2014年度のように、増税し過ぎて-0.9%成長にしたなんて、話にならない。正確な計量に基づく、安定的なマクロ経済運営によって、着実に成長を確保し、雇用を拡大させることなくして、健全な社会の形成はない。
次いで、成長の基礎となる労働力供給のボトルネックであり、より多く働いて自立することを妨げている「130万円の壁」を、税の投入でもって、解消すべきである。具体的な方法は、「
ニッポンの理想」に記したとおりだ。雑多な成長戦略を並べるより、「一利を興すは一害を除くに如かず」である。税と社会保険の垣根を越えて改めねばならない。税収上ブレで分かるように、足りないのは財源ではなく、在るべき社会の理想である。
そして、適切な再分配は、安定的なマクロ経済運営を支えることになり、これによる着実な成長は、税収増による財政再建にも結びつく。これは、現在における、無理な緊縮→成長の停滞→貧困の増大→財政の圧迫という悪循環を逆転させることを意味する。日本は、不合理なことをしてデフレにはまっているのだから、理に適う策を取るだけで、おのずと事態は開ける。これが、働くことを機軸とする連帯を強め、社会的分断を癒す道となろう。
(昨日の日経)
東芝を監視委が調査へ。公的年金の運用益が最高の15兆円。上海株が大幅続伸4.5%高。所得税改革は社会保障と一体で・民間税調が注文。
※年金のためにも株価は落とせなくなったね。これだけあれば軽減なんて安いのだが。
(今日の日経)
ギリシャ再支援へ調整。
[蛇足]
・本コラムでは、「
女性にとってのプロクルステスの寝台」(4/26)などで、出産年齢の上昇という要因を分離し、経済的影響を浮き彫りにしたことがあった。筒井先生も、1990年代後半を境に、晩婚化ではなく非婚化が生じたとしている(新書P.47)。なお、境は、経済史的には、1997年のハシモトデフレと言えよう。
・筒井先生は、少子化の原因を丹念にたどりつつも、「より重要な問題は、どう対処したらよかったのか」(新書P.54)としている。こうした態度は社会科学では非常に大切である。有為転変の人の営みを観察する社会科学では、真実の追求のみならず、問題の解決への示唆も求められよう。
・家事負担の平等化はなぜ進まない(新書P.171)については、日本では、女性が家計を預かる習慣が影響しているのではないか。家事で重いのは食事の支度、それには食材購入が欠かせず、食費は家計の最大項目だから、サイフを握る必然性がある。労力と権限は裏表の関係だ。逆に、欧米の女性が働くことに拘るのは、そうしないとお金を持てないからである。