経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の心

1/31の日経

2018年01月31日 | 今日の日経
 どのくらい緊縮になるかの数字を作るのは、結構な手間でね。コラムでは、さらりと書いたが、裏では、あれこれ計算している。カギになるのは、税収の見通しで、所得税、法人税、消費税、その他と四つに分けて伸び率を設定し、国については、移動平均を使って実績値を取り込んだ。結果は、2017年度については、政府の税収見込みが前年度決算比+4.1%なのに対し、当方の予想は+4.7%だから、ほとんど違いはない。2018年度については、政府が+2.3%に対し、当方による同じ手法を用いた予想は+3.3%である。地方も同様に予想しており、手間はかかったが、結果は、2017年度が+3.8%、2018年度が+3.2%と、国の伸びとほぼ同じという平凡なものだった。

 税収や補正後の予想を取り込んだ数字は図のとおり。歳出が横バイの中で税収が増しているのだから、緊縮財政によって財政再建が着実に進んで来たことが分かるだろう。毎年増えている当初予算の数字だけを聞かされているから、「もっと緊縮を」と叫びたくなるのだ。何だかんだ言って、基礎的財政収支はGDP比-3%まで来たのだから、一時の危機的な状況ではない。経済運営の選択の幅は広がっており、財政再建だけの視野狭窄から脱しなければならない。緊縮財政が緩んだ2017年4-6月期に「4%成長」を記録したことからすれば、緊縮の重荷がなければ、日本経済の伸びる余地はあると思われる。

(図)



(今日までの日経)
 人手不足 職種で差。大機・人づくりの後に・与次郎。辻一郎・暮らすだけで健康になる社会。終末期「飲食拒否」3割。マネー向かった先は不動産融資。ロイホ・元日休業響かず。
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緊縮速報・必要なのは「成長」健全化

2018年01月28日 | 経済(主なもの)
 財政を締め過ぎれば、成長を害する。それを理解しないから、「もっと緊縮」を求め続けることになる。ビジネスの視点に立つ日経は、「小さい政府」的な主張になるのも分からなくはないが、リベラルなはずの朝日が増税と歳出削減を望むのでは、庶民は救われまい。改訂された『中長期の経済財政に関する試算』の隠れたメッセージを解き、読者の木鐸となる言説を考えてはどうだろう。

………
 今回の改定で、最も意外だったのは、増税の2019,20年の実質成長率が1.4%と1.5%へ大きく下方修正されたことだ。2017,18年が1.9%と1.8%であり、2021,22年が1.7%と1.9%だから、不自然に凹む形となった。普通の理解は、1%の消費純増税による成長の減速だろう。他の要因だとしても、成長率が下がるときに増税する愚はない。仮に、2018年の1.8%が維持されたとすると、成長率の差の累積は0.7%、3.7兆円程になる。つまり、それだけ大きくなる成長を捨て、小さいままのGDPで家計から政府へ増税分の2.8兆円を移そうというわけだ。

 こんな「損」な経済政策はない。朝日は社説で「現実直視が出発点」とするが、『試算』を直視すれば、消費増税の延期という結論しか出てこない。仮に、取りやめても、基礎的財政収支をゼロにする目標が2年遅れるだけのことだ。それで、何の問題があるのか。長期金利の上昇が心配なら、利子への税率を20%から25%に引き上げて利払費を補えば良い。日経の社説は、ある意味で正しく、こんな合理性に欠ける計画が「信頼」できるはずもなく、尚早な純増税は、あり得ないとなる。

 一般に、シミュレーションの観察で大切なのは、結果を大きく動かし得る前提を見極めることだ。『試算』では、足下の2017,18年度の税収が、それに当たる。これが試算の出発点となる「発射台」になるからだ。実際、過去にも、税収の上ブレによって、財政再建の目標達成に必要な収支差が大きく縮んだことがあった。そして、足下では、景気回復により企業収益が大幅に伸びており、税収の上ブレが予想される。これを反映させたものが下図の緑線であり、目標の達成が2年早まることが分かる。

 そうすると、財政再建の目標を、『試算』の自然体のとおり、2027年度に置いたとすれば、2018年度の税収の見込みがつく頃には、2年の前倒し達成が明らかになり、成長を凹ます2019年10月の消費純増税は、「実は不要でした」ということになる。こうした訳の分からなさは、財政再建の目標を達成年次で決める無理さ加減の証明であり、失敗を繰り返して来た理由である。財政再建は、成長に合わせ、高い時には大きく、低い時には小さく、しかし、着実に進めることが必要だ。これができない硬直した計画は有害無益であり、健全な成長と整合しなくてはならない。

(図)  



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 この際だから、緊縮財政の全体状況を確認しておこう。まず、2017年度については、国は、補正後の歳出が前年度比-1.1兆円で、税収予想が前年度決算から+2.6兆円だから、3.7兆円の緊縮だ。地方は、歳出が+0.7兆円で、税収予想が+1.6兆円なので、0.9兆円の緊縮になる。合わせてGDP比0.8%の緊縮である。次に、2018年度については、国は、補正後歳出を横バイと仮定すると、税収が前年度決算予想から+1.9兆円になるから、同額の緊縮だ。地方は、歳出が+0.6兆円で、税収予想が+1.4兆円だから、0.8兆円の緊縮になる。合わせてGDP比0.5%の緊縮である。なお、公的年金は、予算ベースでGDP比0.1%の緊縮となっている。

 『試算』では、消費増税の影響が抜ける2022年度以降、基礎的財政収支の改善幅、すなわち、緊縮幅は、毎年GDP比0.3%であるから、足下での改善ペースは、それより早いものである。そこで、日銀・資金循環における中央+地方政府の資金過不足のGDP比も、図の黄線で重ねておいた。2017年度以降は、直前8期のトレンド(毎年GDP比0.44%)で延長している。資金過不足は、基礎的収支よりGDP比で1%程は低く出るので、このペースなら、消費増税なしでも2023年度頃に財政再建の目標に届く計算になる。今後、最新の資金循環が出るたびに点検していきたい。

 アベノミクスの財政は、2012年度以来、補正後の歳出を横バイに抑制している。したがって、この間の消費増税と自然増収は、すべて財政再建に充てられた。そうでなければ、『試算』のように、GDP比で3%以上も財政収支が改善していない。これが役所の説明しない真実であり、自らデータを読まねば分からぬことである。まさに、アベノミクスは、緊縮財政と金融緩和の組み合わせなのであって、成長は輸出が主体となり、消費は低迷するという結果にふさわしいものと言える。

 財政計画の本当の争点は、これを続けるかである。日経としてはイエスだろう。しかし、朝日はどうか。例えば、一般歳出の伸びを抑えるキャップを5000億円から1兆円に緩める方法もある。これだと、『試算』のベースラインケースの名目1.8%成長で得られる税収増に見合う伸びになり、財政収支には中立で、高成長なら緊縮、低成長なら拡張となる。+5000億円で毎年リベラルな新施策をする余地もできるというものだ。ここまで塩を送ったのだし、国民のために、反緊縮で大いに論陣を張ってもらいたい。これぞ議論の健全化ではないか。


(今日までの日経)
 先進国、需要不足解消へ。外国人労働者5年で60万人増。病児・学童 受け皿拡大。米国第一 ドル安に波及。財政規律・超低金利頼み。賃金再考・額面給与の伸び>手取りの伸び。財政規律・生産性の伸び、バブル期並み。 賃金再考・配当の増加率>給与の伸び率。社説・今度こそ信頼できる財政健全化計画を。黒字化 逃げ水の試算 財政健全化、2年遅れる。朝日社説(1/26)・財政再建 現実直視が出発点だ。
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1/24の日経

2018年01月24日 | 今日の日経
 2018年度予算が1/22に提出され、詳しい内容が公表された。これにより、公的年金は0.6兆円の緊縮になることが判明した。厚生年金は、2017年度で保険料率の引き上げが終了しているが、緊縮幅は0.2兆円しか縮まらなかった。これにより、フローでの収支差は-1.6兆円まで改善する。むろん、これにGPIF等の納付金を加えると、更にその幅は小さい。そして、決算の段階では、収支は更に改善する傾向があるので、2018年度は、フローでの収支均衡に到達できると考えられる。

 年金、すなわち、社会保障基金の動きについては、誰も注目していないけれども、本当に財政赤字が経済に悪影響を与えると心配するなら、一般政府の全体状況を把握しなければならない。2018年度は、税収上ブレが予想される国の財政を合わせると、GDP比0.5%程の緊縮になると予想される。世の中に、「もっともっと」と言う人は多いが、財政再建は十分ではないだろうか。むしろ、政府がこれだけブレーキをかけておいて、デフレ脱却は本気なのかと疑うのが普通だろう。

(図)



(昨日までの日経)
 マンション27年ぶり高値。トランプ減税どう波及。介護、ITで文書半減。賃上げ率 中小>大 市場原理が迫る。日本の賃金、世界に見劣り、生産性に追いつかず、日本だけ2000年水準下回る。
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戦間期の日本経済の構造変化

2018年01月21日 | 経済
 経済は、昔も今も、成長と平等が目標だ。どうやって実現するかと言うと、まず、輸出を増やすことで設備投資を引き出し、高投資の経済構造にして成長率を高める。これが進行し、労働需給が締まって、賃金と物価が上がるようになると、所得は広く行き渡るようになる。「輸出増で高成長」は幾つも例があるが、平等化まで到達できたのは、高度成長期の日本のみである。日本人であれば、せっかくなら、そうした観点で経済を眺めたい。

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 深尾京司、中村尚文、中林真幸の各先生が編集する岩波講座『日本経済の歴史4 近代2』には、巻末付表4「名目国内総支出の構成 1913~40年」が掲載されている。その変遷は、経済構造を観察するのに極めて有用であり、もったいないのでグラフ化してみた。これを眺めつつ、戦間期の経済政策がどういうものだったかを評価するとともに、そこから現代に活かせる教訓を探ることにしよう。

 第一次大戦時の日本経済は勃興期として知られる。『近代2』の最重要の指摘は、欧米へのキャッチアップが始まったことだ。もちろん、明治以来、近代化は進んでいたが、成長率が欧米を上回るようになったのは、ここからになる。成長率を高めるには、高投資の経済構造が必要で、これは、輸出が急増し、供給のために投資が増えたことで達成された。図では、純輸出の占める割合が拡大し、追うように民間資本の比率が上昇したことが分かる。

 残念なのは、大戦終結後、その民間資本が元へ戻ってしまったことだ。輸出景気が過ぎたのだから、当然に思われるかもしれないが、高度成長期は、少し揺り戻しがあるだけで、完全には戻らず、そのうち、次の輸出拡大を迎え、一層、高まって行き、高投資の経済構造を完成させている。戦間期は、次が来ないまま耐える時期が続いた。そうした中、好対応と評価できるのは、原敬内閣時の公的資本の拡大である。

 原敬は「我田引鉄」で有名だが、京大の伊藤之雄先生の研究では、経済性に基づくものとされている。従来のイメージは角栄政治からの照射が強過ぎるようだ。需要管理の観点からも、民間資本の減少を和らげるように伸ばしたことは適切である。原敬の透徹した現実主義が経済運営にも表れているように思える。むしろ、気になるのは、1920年代を通じた実質円ドルレートの円高傾向と、1924~26年にかけての政府支出の低下という消極性である。

(図)



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 その後、戦間期における最大の失敗である浜口内閣の金解禁に伴う緊縮財政を迎える。「伸びんがために縮む」とは裏腹に、民間資本の比率は、1929~32年にかけて、低下する一方だった。こうした政策不況の悲惨な結果を受け、高橋是清による円安への転換と積極財政が始まり、輸出は急増し、民間資本も復活する。こうした対比からすれば、1920年代に、金解禁を視野に入れた円高を追わず、より積極的な財政を行っていたらと惜しまれる。

 浜口内閣が金解禁に踏み切った理由は、「金本位心性」として語られるが、筆者には、矯角殺牛の病の一つに思われる。成長には、設備投資を引き出す需要が決定的に重要なのに、理論派ほど、それが視野になく、成長に資する副次的条件に拘り、赤子ごと湯を流すマネをしてしまう。もはや、金本位制を目指す者はいないが、固定レート、低金利維持、財政再建といったものにかかずらわり、需要を疎かにして、成長を損なう例は枚挙に暇がない。

 今のアベノミクスとて、後世の人から見たら、デフレ脱却を掲げつつ、緊縮で財政再建を進めたことは、「謎」にしか映るまい。輸出が投資を呼び、需要増による人手不足が生産性を高めているのに、これは一向に目に入らず、財政再建をしないと金利が跳ねると怯え、需要を抜きつつ産業政策で生産性を上げようとする。これでは賃金や物価は伸びない。金解禁と拘るものは違えども、需要を疎かにする点は同じだ。

 また、戦間期は格差が開いた時代でもあった。日本は未だ農業国であり、大戦後の円高は、輸入を増やし、米価を下げて、農村を疲弊させた。その上に、緊縮財政を取ったことで、貧困化による社会不安が生じてしまった。その際、ピケティ的な富裕層の肥大が見られなかったのは、バブルは大戦後に弾けており、貧困化は緊縮財政によって中間層が崩れたことで生じたからであろう。このあたりは、今に至る「失われた20年」と共通するものがある。

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 高度成長期に平等化が進んだのは、物価高もものかは、積極財政を行い、高圧経済を続け、人手不足を背景に賃金を引き上げたからである。今は、金融緩和と緊縮財政の組み合わせが当然のように行われるが、それと逆のことがなされていた。当時も、物価高に対する批判はあったが、「人間の価値が高まっているのだ」として振り切った。それだけ強い政策的自信も政治的支持もあったのだ。

 高度成長期の積極財政の成功は、戦間期の緊縮財政の失敗のリベンジとも言える。しかし、いつしか過去となり、再び成長以外の副次的な目標が大事にされるようになった。金融資産を膨らませるために必要な金融緩和を、小さな政府や財政再建に名を借り、緊縮財政を敷くことで実現する。こうした成長とも平等とも無縁な経済政策が採られている。百年前の戦間期がなぜか現在の参考になるのは、そんなわけである。


(今日までの日経)
 中国 政治主導の高成長 借金依存は深刻に。物価上昇 18年にも・内閣府。
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1/18の日経

2018年01月18日 | 今日の日経
 11月の機械受注が公表になり、景気の拡大を示す好結果だった。製造業が良いのは当然として、非製造業も、ようやく底打ちが見えた。建設業の機械受注は、2017年1-3月に伸びた後、4-6月期に落ちるという動きだったが、GDPの建設需要は、1期遅れて、4-6月期に増え、7-9月期に減るというパターンとなった。まさに、機械受注の先行性を示しているわけで、今後、GDPの方も上向いてくれるといいね。

 今回の機械受注について、日経は「システム投資に積極的な動きが出ており、建設業や運輸業・郵便業も伸びが目立った」としており、人手不足が設備投資に結びついていることが分かる。生産性の上昇が経済を成長させるのではなく、成長が生産性を上昇させる。現実の因果は理論とは逆で、今、それを目撃しているのだが、「枠組」を持たないと、現実は見えない。技術促進や利益誘導だけで、設備投資は出て来ないのである。

(図)



(今日までの日経)
 設備投資、半導体が主役。国富、16年ぶり高水準。スタートアップ・余るカネ。年金需給開始 70歳超も。次は金融所得課税、5%で2500億円。中国、元高誘導を緩和。都市圏バイト時給2.4%高、全国は4%高。

※斎藤さん、こちらこそ。毎回、レポートを楽しみに読ませてもらっています。
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2%成長と消費の行方

2018年01月14日 | 経済
 今週は、消費活動指数と消費総合指数が公表され、前者は前月比+0.5と予想どおりだったが、後者は+1.2にもなり、ちょっと驚きだったね。家計調査の消費水準指数(除く住居等)が+1.3だったから、活動指数よりも高いとは思っていたが、予想外だった。これで、10,11月平均は、7-9月期比で+0.5になったので、12月次第であるにせよ、10-12月期の消費は、年率2%成長になる可能性が出てきた。他の需要項目も堅調だから、むろん、GDPも2%成長があり得る。「潜在成長率はゼロ%前半」と言われてきた日本経済だが、3期連続の2%超成長でイメージを一新することになるかもしれない。

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 ニッセイ研の斎藤太郎さんが、また良いレポートを出してくれた。『日本経済のジレンマ~消費主導の景気回復は実現しない~』(1/12)である。内容は、景気回復期において、米国はGDPと消費の伸びがほぼ等しいのに対して、日本は消費の伸びが1%近く低いとし、その要因として、利子所得の低さ、税・社会保障の負担、交易条件の悪化などを指摘する。その上で、消費性向は、むしろ、高まっており、将来不安や節約志向が消費低迷の主因ではないとしている。

 こうした計測の結果は、日本の経済運営の特徴を表しているように思える。すなわち、金融緩和で円安を実現し、輸出主導で成長を浮揚させ、景気が上向いたら緊縮財政をかけるというものだ。こうしたやり方には長い歴史があるが、もちろん、アベノミクスも、その典型である。「政策の総動員」は宣伝文句でしかなく、財政は除かれており、実際、この5年間に収支は大幅に改善した。こうして見れば、消費の弱さに不思議さはなく、政策の帰結ということになる。

 2017年春からの2%成長への加速は、金融緩和の打ち手を失っていたところ、世界経済の回復によって、多少、円安になっただけで輸出が急伸する一方、「世界経済はリーマン並みの危機に瀕している」という的外れな認識で景気対策を打ち、緊縮財政が一時的に緩んだことによる。いわば、間抜けな経済運営が好結果を生んでしまった。むろん、その後は、「正常化」が図られており、2017年度予算は、3年ぶりに補正後の歳出額を前年度比-1.1兆円に絞っている。

(図)



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 12月の消費については、消費動向調査と景気ウォッチャー調査が公表されており、前者は前月比-0.2、後者も-0.2と、ともにマイナスにはなったものの、この数か月上げてきた反動の範囲内であり、水準は高い。そして、雇用関連の項目は、12か月移動平均で見ると、いずれも上昇が続いており、このところの消費性向の回復傾向も保たれそうである。消費動向調査については、全体がマイナスになった中でも、「収入の増え方」は横バイにとどまった点も注目される。

 消費を裏打ちする雇用は、11月の毎月勤労統計の常用雇用が前月比+0.1と低めではあったが、コンスタントに増加しており、四半期では0.6~0.7増えるペースが続いている。他方、現金給与総額は、この半年、足踏み状態にあったものが、11月は、前月の反動もあり、前月比+0.6と伸び、上昇の兆しがうかがえる。これが四半期で+0.3、年率では1.2%へと加速していければ、年率2%の消費増の軌道へ移れる。

 そんな折、11月の景気一致指数は、10年ぶりの水準に達した。11月の鉱工業指数が好調だったため、生産関係の項目の押し上げによるものだ。他方、消費や物価が項目に含まれる遅行指数は、10年前の水準とは、まだ差ある。こんなところにも、消費の弱い景気の様子が映し出されている。世界的には、投資が需要を呼ぶ段階に入り、株高が商品相場に波及しているようで、輸入物価は上がるだろうが、肝心の国内の物価と賃金は、ようやく芽が出たくらいである。

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 やや先走りではあるが、10-12月期は、消費が年率2%に届く可能性があり、そうなれば、他の需要項目の堅調さからして、GDPも2%超になるだろう。3期連続となれば、たまたまと言うわけにもいくまい。しかも、各需要項目が揃う、きれいな形での成長となる。そこまで上手く行っていながら、緊縮型の補正予算を打ち、成長を抑制し、消費を弱めようとするのだから、日本らしさが全開である。消費主導の景気回復は実現しないのではなく、「させない」というのが正しい理解かもしれない。


(今日までの日経)
 新興国債権にバブル懸念。外国人頼み、サービス業の依存度2倍。金利、世界で上昇圧力。景気一致指数、10年ぶり水準。ヤマトHD、値上げで黒字。世界株高、商品相場に波及。財政黒字化27年度に。国債購入減受け円高、111円台。投資が強い需要・Mウルフ。消費者心理12月悪化、値上がり。東芝・のれん3500億円の呪縛。都内・1歳児待機最多。

※東芝は、一つの戦略の失敗が次々に問題を発生させるというプロセスだね。
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1/9の日経

2018年01月09日 | 今日の日経
 皆様、改めて、明けまして、おめでとうございます。『生存戦略と育児』は、いかがだったかな。まあ、結婚と出産を取り上げると、いつも非難轟々でね。センシティブな問題だから、それは仕方がない。論考の焦点は、非正規やパートの女性にも、育児休業給付金を出してほしいということ。そこだけ汲んでくれたら十分だ。以前は、少子化対策すら、「戦前の産めよ増やせよだ」と批判されたものだ。とにかく、女性は結婚や出産に容喙されることを非常に嫌う。人生での重大な選択権なのだから、当然だと思う。

 ただ、団塊ジュニアが高齢者になる頃、支え手の子世代は7割しかいない。もう、これは避けようがない。その頃、日本はずっと豊かになっていて、10/7=1.4倍の負担なんて、子世代は何とも思わないかもしれない。でも、今の団塊ジュニアのように、「世代間の不公平」を言い募るようだったら、なかなか大変だ。まさに、『逃げ恥』のユリちゃんの言う「呪い」になってしまう。そうならないよう、今できる育児支援はしておくべきだし、少なくとも、選択の自由でシングルの「生存戦略」を選んだとは、言明しないことだ。

 実際、団塊ジュニアが子供を持てなかったのは、1997年の大規模な緊縮財政で、日本がデフレ経済に転落し、雇用環境が極度に悪化したためである。ここで専業主婦になる自由を失い、引き続く緊縮財政によって、両立に必要な支援も戦力の逐次投入が繰り返された。子供を持てなかったことは、決して自己責任ではない。過去はやり直せないが、今からでも、制度を改善し、出生率を持ち上げれば、将来の負担論は大きく変わってくる。文句を言う対象を間違ってはいけないよ。自分たちのためにね。


(今日までの日経)
 保育士の配置基準巡り対立。人口減・高齢化 言い訳にせず・星岳雄。適温相場に潜む悪魔。家事代行、個人間を仲介。

※人口減だから成長しないという説がはびこっているので、星先生の数字を見て分かってほしいね。ただし、生産性向上は、改革によってではなく、人手不足によってだ。緊縮財政と組み合わせていたら、上がらないということだよ。
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生存戦略としての結婚と育児の価値

2018年01月07日 | 社会保障
 「嫁して3年、子なきは去る」は過酷だろうか。現代なら、もちろんそうだ。しかし、社会保障のない時代には、子供を持ってイエを守るだけが生きる術だったのであり、医学的にどちらに原因があるか調べられない以上、相手を変えてみるしか方法はなかった。そういう文脈で人の行動を理解しなければならない。では、現代ニッポンの「良い人がいなければ、結婚しない」という生存戦略は正しい道なのか。それは、社会保障によって、他人の子供に面倒をみてもらえる時代が続くことを前提にしている。

………
 『逃げ恥に見る結婚の経済学』是枝俊悟・白河桃子著は、タイトルからはキワモノに見えるが、多くの示唆に富む、とても面白い本だ。結果的に「人はなぜ結婚するのか」という本質に迫っているように思える。「愛や家族の価値は不変」と信じたくなるが、歴史が示す事実は変転だ。前時代の間違った価値観と切り捨てるのではなく、どうして、そんな行動をしていたのかの理由を深く考える必要がある。それは、現在を照射してくれるからだ。

 『逃げ恥』のおもしろさは、是枝さんが徹底して経済的観点から結婚を解剖し、白河さんが女性視点で解釈しているところにある。「結婚は生存政略」というのが結論だが、新しいようでいて、筆者には、戦前と似た古い考えに思えてしまう。いわば、貧しかった時代の結婚への回帰である。恋愛は、はしたなく、生活できることを第一に考え、嫁ぎ先を親が決める。違うのは、未熟な若い本人が自分で探し求めねばならない点だ。戦後の豊かで平等な社会は、自由な恋愛と結婚という権利を裏打ちした。今は、そうでなくなったということだろう。

 仕事と子育ての両立は、戦前は当たり前だったと言いうと、意外に思われるかもしれない。それどころか、家事や子育ての「楽」な仕事は、老人や年嵩の子供の役目であり、農家の嫁は、「上司」となる姑の厳しい差配の下、山の畑に肥桶を担ぎ上げるといった、きつい野良仕事をこなさなければならなかった。高度成長は、農家に「就職」し、姑へ「出世」する以外の生き方を用意した。サラリーマンの妻となった女性の多くは、喜んで「仕事」で成功する道を捨て、村には、相手なき農家の長男が取り残されたのである。

 今の時代の重苦しさは、若年層の雇用環境の悪化で、専業主婦の座を用意できるサラリーマンが減り、仕事と子育ての両立が半ば「強要」されだしたことにある。昔に比べれは、どちらも「楽」にはなったものの、同時にこなすのは、中途半端にきつい。さもなくば、シングルで過ごすのか。しかし、老後は誰がみる。白河さんは、「ハズレの男性と結婚しない自由がある」と説くが、やせ細った団塊ジュニアの子世代が、苦労して育ててくれた自分の親以外の高齢者も平等に面倒をみてくれるだろうか。そんな「生存戦略」の成否が明らかになる頃、この世に筆者はいないけれど、寛容であってほしいと願わずにはいられない。

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 是枝さんは、専業主婦の家事労働について、『逃げ恥』の主人公のみくりと平匡を例に取って試算しており、対価として見合う19.4万円を払うには、夫の年収は600万円弱(税・社保込み)が必要という。そして、夫の年収が300万円に下がると、払える対価10.4万円に減り、時給換算では743円と最低賃金並みに落ちるとする。男性の年収が300万円未満になると、結婚の確率が大きく下がることと照応していて興味深い。結婚する際に、数字を弾いたりはしないだろうに、マクロ的には経済的な理にかなう結婚の選択を自然にしているわけだ。

 また、是枝さんは、子供が生まれて、育児が家事労働に加わると、対価は31.9万円に膨らみ、夫の年収は1062万円が必要になると計算している。その上で、夫が家事・育児の約1/3、週22~25時間を担うなら、その分、対価は少なくて済み、年収300~400万円のボリュームゾーンの人達でも釣り合いが取れるという。今は、週休二日制の時代だから、そのくらいは男もすべしと、古い筆者でも思う。もっとも、昔は、家の手伝いをし、弟妹の面倒をみるのが当たり前で、家事や育児をまったく苦にしないせいかもしれない。

 是枝さんの試算を読む際に、一つ注意がいるのは、対価が膨らむのは、未就学児がいる時期のことで、長い結婚生活の中の一部ということだ。その頃の妻の家事労働が「ブラック」であったとしても、子供の手がかからなくなってから、取り戻すこともできる。着目すべきは、負担が一時期に集中し、それを乗り越えるのは、夫婦ともに大変な苦労があるということである。それは、少子化に悩む日本にとって、政策的に解決しなければならない決定的なポイントにもなっている。

 そして、是枝さんは、「専業主婦の育児の対価は0円なのか?」と鋭く指摘する。その趣旨は、配偶者控除と3号被保険者免除は子供の有無とは関係がなく、児童手当は保育所利用とは無差別であるのに加え、育児休業給付金は継続雇用でなければもらえず、共働きなら0~2歳児の保育に月9~17万円もの財政負担があるのに対し、専業主婦が自宅で子供をみていると「タダ」になるということである。つまり、制度は、女性の就労には価値を認めても、育児をするだけでは、当然のごとく価値を認めず、社会的に報いていないのだ。

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 日本が少子化であるのは、育児そのものには報いないから。これ以上、分かりやすい理由があるだろうか。例えば、育児休業給付金を、継続雇用の女性だけでなく、出産を機に退職せざるを得ない非正規の女性まで広く支給するには、約6900億円の財源が必要とされる。多額ではあるが、多くの共働きの女性が恩恵を受ける幼児教育無償化よりは少ない。財源だけの話なら、どちらでも選べるはずだ。なぜ、前者は選ばれないのか、就労がプラスされないと、価値を認めがたくなるからだろう。

 白河さんの「生存戦略」を用いる際に危いのは、女性でさえ、育児の価値を低く見定めるおそれがあることだ。賦課方式の社会保険では、数理上、子供のない人には、2倍の保険料を払ってもらい、支え手の子供の代わりにお金を積んでおかないと、ペイしない。むろん、制度をそうすべきだと言っているのではなく、そのお金を誰が背負うかで、将来、必ず議論になる。こんなリスクまで見通して適正な判断するのは極めて難しい。ミクロ的には、「状況に適応せよ」としか言いようがないとは思うが、「愛情搾取を掲げつつ、家事分担を夫と話し合う」だけでは、とても突破できない制度の囲みが存在する。

 家事の押し付け合いをして、上手く行かずに恨みの「デスノート」を書いてしまうのは、正規と非正規の「壁」があり、労働時間の調節が困難で、いったん非正規に落ちたらキャリアは終わりという現実に追い込まれるからである。会社だって、社会保険の適用の「壁」がある以上、正規と非正規を分けざるを得ない。そして、正規なら熾烈な保育所争い、非正規なら報われない育児が待っている。これは、押し付けに嫌気を差すフラリーマンのせいなのか。女性も、もう少し政治経済に目を向け、そもそも、専業主婦という選択の自由を奪ったのは誰なのかを考えてみてはどうか。

 制度をどう直せば良いかは、『財源なしで大規模な乳幼児給付を行う方法』(10/22)で記しており、負担論については解決済だ。ポイントは、0,1歳児を抱える女性に広く所得保障を行い、加えて、低所得時の社会保険料を軽減して「壁」を取り払い、育児と労働の時間配分を柔軟に変えられるようにすることである。こうして、乳幼児期の短期的な難所を取り除いてやらないと、老後までの長期的観点からは危い選択である「結婚しない自由」を安易にしてしまう。「逃げるは恥だが、役に立つ」どころか、ツケを後に送るだけになる。「小賢しさ」の「呪い」を自分でかけさせてはいけない。

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 今の日本で本当に難しいのは、育児の価値を知ることだ。「生き抜く」ことと、子供を持つことは、現実には、ほぼ同義だ。それが見えていたから、昔のイエの時代の人々は必死だった。今も人生と社会を支えるのは子供という本質は変わらないのに、社会保障のベールに包まれて、分からなくなっている。だから、制度は、育児起点の発想にはなっていないし、企業は、人材の再生産を収奪してでも収益を上げようとする。「育児は大切」と、誰でも口にはできる。しかし、将来のための財政再建とか、成長のための両立支援とかより、優先すべきと思っているだろうか。結婚も、子供を持つことも、素直な気持ちのままに選べる、そんな自由な社会にしたいものだ。 みくりと平匡の話し合いが楽に済むような。


(今日までの日経)
 国内不動産に海外マネー。アジア経済 進む中国化。平成元年からの視線・少子化の先 見据え。米韓、軍事演習を延期。頭脳は場所を選ばない。米中ITの二都物語。女子刑務所 収容改善へ 急増は高齢女性の窃盗再犯。人口減でも増える労働力 18年最多へ、女性けん引。
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