新たな発見をするときに、思わず口を衝く言葉は、「わかった」ではなく、「おかしいな」だとされる。既存の考え方の枠組に矛盾するような現象との出会いこそ、セレンディピティである。日本の公債残高はGDPの2倍にもなろうというのに、なぜ、インフレの気配もなく、デフレに沈んでいるのだろう。ここで「いずれ必ず破綻する」と唱え続け、「おかしいな」と考えなければ、何も見つからない。せっかく、奇妙さに直面しているというのに。
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少し遅れたが、6/27公表の1-3月期日銀・資金循環では、4期移動平均で見た「中央+地方政府」の資金過不足のGDP比は-2.0%と、前期から若干の低下だった。これにより、2018年度内4期の平均は-2.3%となり、前年度より1.1%改善した。加えて、社会保障基金(主に公的年金)の資金過不足も0.2%改善しているので、いわば、財政収支の赤字は、GDP比で1.3%も縮小したことになる。これだけ緊縮すれば、年度の名目成長率が0.5%に低迷もしよう。
一方、7/1に2018年度の国の税収が公表され、60.4兆円と、前年度比1.6兆円の増であった。所得税に0.4兆円の特殊要因が含まれるとされているが、バブル期の過去最高額を更新することとなった。こうした国の状況を踏まえると、税収規模が42兆円の地方は、国の7掛けの1.1兆円程の増収になっていると考えられ、保険料収入が31兆円の厚生年金も、1.2兆円の増収が予定されている。
財政破綻論が喧しいにもかかわらず、なぜ、財政収支は改善するのか。それは、毎年の国の当初予算の歳出増を5000億円に抑制しているために、成長率が0.8%を超えようものなら、税収増が歳出増を上回って、緊縮の強いブレーキがかかるからである。地方では、地方税が増えても、不足を補う国の財源措置が減って、歳出が膨らまないようになっており、年金でも、賃上げや雇用者の伸びで増収になる中、給付はマクロ経済スライドで抑制される。
こうした仕組みで財政収支は改善する。その半面、内需にデフレ圧力が加わり、いつまで経っても物価が上向かない。名付けて「デフレ・ギャランティ・プログラム」(DGP)である。MMTでは、物価を安定させる仕組みとして、雇用で調節する「ジョブ・ギャランティ・プログラム」」(JGP)が提唱されているのだが、既に、日本は、インフレ抑制どころか、物価を低迷させるほどの仕組みを完成させており、異様な実績を上げているわけだ。
(図)
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MMTの弱点は、物価や金利を安定させる仕組みに具体性が乏しいことである。ところが、日本をよく観察すれば、これに代わる無駄に強力な仕組みが既に実証されている。こうした隠れた「制度」の存在が、海外のMMT論者に、巨大な財政赤字も問題にならない実例と誤認させている。デフレ脱却を望むなら、MMTを導入してJGPを整えるといった迂遠なことをするより、自らを顧みてDGPを緩めてはどうだろう。
必要なのは、ネオリベ、リフレ、MMTへと処方箋の「セオリー・ホッピング」をするのではなく、つぶさに実態を把握し、意図せざるデフレ構造を認識することだ。日銀・資金循環を見れば、着々と財政収支が改善しているのだから、デフレにはなっても、財政破綻なんてあり得ないと分かる。しかも、消費増税の2014年以降も改善しているのだから、緊縮になる仕組みが存在しなければ「おかしい」。そこで気づくべきなのだ。
最近、財政破綻論の新刊を目にしたが、財政収支の改善トレンドが一時的に消えた2017年頃の状況を基に、GDP比3%の財政収支の赤字が続くという前提で、公債残高の発散を導き出していた。むろん、最新の状況では、またトレンドが復活しているので、こうした投射は、実態に合わなくなっている。年金を含めれば赤字が2%を割る今の状況なら、MMTのような極論はともかく、0.7兆円程のDGPの緩和なら、破綻の心配など無用だろう。
参院選が始まり、野党は消費増税の凍結を掲げ、代わりに法人税等を上げるという主張のようだ。しかし、毎年、0.7兆円程の財源が出て、新たな施策が打てると分かっていれば、公約に並ぶ施策は変化するだろうし、実現の可能性が段違いとなる。0.7兆円は小さく見えて、幼児教育や高等教育の無償化の大きさだ。参院選で政権交代はないにしても、現実味ある施策の提案は、与党の不安を高めて取り込む動きを呼び、日本の政策を変容させていく。
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本コラムの主張はシンプルなものである。最新の財政収支を把握し、地方や年金も含めた全体像を理解し、性急すぎる緊縮の緩和を提案する。そのため、今回のように必要な統計データを迅速に紹介するようにしている。裏返せば、この国では、そんな常識的なことができていない。更新なき過小な税収見込みを用い、国の赤字ばかりを強調し、度合いを慮らずに緊縮を渇望する。どうしたら、ここから抜け出してくれるのか。移り変わるのは、理論ばかりである。
(今日までの日経)
建設市場 陰る五輪特需。判断「下げ止まり」。協会けんぽ、18年度5948億円の黒字 過去最高に。
※健康保険は、あまり貯蓄をしないので、通常、デフレ要因にならないが、2016年度0.5兆円、2017年度0.45兆円、2018年度0.6兆円と、この3年は大きめの黒字を出している。