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経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

ポピュリズム・エリーティズム

2012年04月30日 | 経済
(昨日の掲載分)
 古代ローマの循環政体論、すなわち、君主政から貴族政へ移り、それが民主政に代わり、更に衆愚政治になってカリスマが望まれるようになり、元へ戻るというもの、これは政治学の教養としては面白くても、現実の日本政治で心配するようになるとは、一昔前には思ってもみなかった。

 不遜に聞こえるかもしれないが、政治には、エリーティズムは、欠かせない要素である。経済運営でも、社会保障でも、政策立案には専門知識が要求され、その良否を判断するのにも、相応の良識が必要である。平たく言えば、能力ある官僚が政策を作り、経験深い政治家が判断し、国民の理解を広げていくという過程になる。

 日本で問題になるのは、官僚が政策能力を失った場合である。官僚が誤った政策にはまってしまうと、それに代わる政策を示す者が居なくなってしまう。ここが米英とは異なる。一度踏みはずと、修正は非常に難しいものになる。もしかすると、破綻に至るまで、修正は不能なのかもしれない。

………
 戦後政治史では、衆愚政治は、財政赤字下のバラマキが始まった田中角栄に始まるという見方がある。確かに、放漫財政は、その象徴のようなものかもしれないが、不思議なことに、1974年のオイル・ショックから1996年のバブル後まで、日本は、先進国の中で最も良好な経済パフォーマンスを誇っていた。世界一の債権国に伸し上がったのは、この過程においてである。

 それもそのはずで、財政赤字は大きくとも、他方で社会保障基金が大きな黒字を出しており、政府部門全体で見ると、まったく問題がなかったからだ。財政破綻は、狭い視野しか持たない財政当局の強迫観念に過ぎず、マクロ経済的には、バラマキは必要なものですらあった。政治は、理由が分からぬまま、現実的な景気対策の必要性に迫られてバラマキを行い、結果的に成功を収めた。その意味で、バランスの取れた政治体制であった。

 本当の衆愚政治が始まったのは、1995年の細川政権からかもしれない。政治とカネの問題から始まった「改革」熱は、現実主義的な政治の差配を弱める。これで財政当局の観念論への重しが外れ、細川政権の国民福祉税構想から1997年の橋本政権の無謀な緊縮・増税へと進む。このハシモトデフレは、今から振り返れば、「戦後」の終わりでもあった。

 この後、日本の経済パフォーマンスは、極端に悪くなった。15年が経とうというのに、名目GDPはまったく増えていない。池田政権以来の高投資・高貯蓄の経済構造は、ここで壊されている。極端な低成長は、企業行動を変え、労働慣行を乱し、更には、社会や家庭の在り方まで異質のものとし、人口崩壊を決定的にして、国の存続までが危ぶまれるようになった。

 小泉政権になると、「痛み」を伴う改革にすら、国民は熱狂するようになる。世界的な好景気の中で、息つくことはできたが、最低のパフォーマンスに変わりはなかった。そして、カリスマが去ると、生活苦への不満が表面化し、安倍政権はネジレ国会に直面して、「戦後」を長らく担当した自民党政権は退場する。

 あとを継いだのは、実現不能のマニフェストで大人気を博した民主党政権だったが、二大政党が財政当局の焦燥感に振り回され、バッシングの的を探し回るうちに、その座は、人気獲得に特化した勢力に脅かされるようになっている。こうして、衆愚政治は、完成の時を迎えようとしている。

(本日の掲載分)
………
衆愚政治で通常イメージされるのは、放漫財政によるインフレ経済である。これに抗するのが緊縮・増税で財政規律の確立を目指すエリートという構図になる。外交分野なら、威勢はよくても実益の伴わない強硬路線と国際協調主義との対比いうことになろうか。いずれの分野にせよ、気分は最高かもしれぬが、合理性に欠けたものになる。対置されるエリート主義は、一応、現実性を象徴している。

 ところが、日本の場合、大衆が求めるのは、放漫でなく、「不公平」への攻撃である。日本は、国際的に見れば、小さい政府であり、政府からの御利益を、あまり実感できない。福祉を必要とする貧しい人たちは、どこの国でも少数派だ。名目所得がまったく増えない中において、働くことのできる大多数は、「福祉も負担も薄くしろ」ということになる。

 他方、日本のエリートに、現実性や合理性があるかというと、それは違う。ハシモトデフレの1997年までは物価の超安定、その後は物価の底抜けにまで至ったにもかかわらず、ひたすら、緊縮・増税の策謀をし続ける。需要不足が現実の日本経済にあって、財政規律の追求は、合理主義になっていない。

 エリートの不合理さに対して、バランスをとっていたのは、地方の伝統的な再分配勢力であった。公共事業、農業整備、商工振興にバラマキを求める人たちは、現世利益を望んだだけだったが、結果的に、正しいマクロ経済運営に貢献していた。裏にこうした合理性があったために、日本の財政は、景気悪化期の猛アクセルと回復期の急ブレーキを繰り返すことになった。これが巨額の財政赤字とデフレの共存という奇観を生むのである。

 地方勢力が衰え、都市部の大衆が勢いを増した今日、勢力均衡によって正しいマクロ経済運営が出て来ることはなくなろうとしている。 ポピュリズム、エリーティズムが共に同じ方を向き、公的部門の縮減と広く薄い負担を目指してまい進する。これが、デフレ下にもかかわらず、与党が消費税3%増を掲げるなら、野党は一気の5%アップで応じ、新勢力は公的年金のリセットさえ求めるという現実になるのである。

………
 経済政策の成功は、ほとんど運によるものだと思わされることが多い。先日、取り上げた池田勇人にしても、絶好のタイミングで、強気の経済思想の持ち主が権力を握るというのは、偶然でしかない。経済を壊した橋本龍太郎にしても、かえって凡庸な人間なら、強力な緊縮・増税はできずじまいで、事なきを得ていたかもしれない。

 そして、今また日本に、運は巡ろうとしている。震災が起こったために、しばらくは緊縮・増税ができなくなってしまったのだ。しかも、数年分の補正予算を、執行の困難な復興費に積み上げたため、両3年に渡り、緩やかに需要が流れ続けることになる。日本経済は、需要の極端な増減という悩みから、偶然にも解放されようとしている。

 大方の日本経済の見通しは、不況と震災の反動で、一時的に成長は高まるものの、半年ほどで減速に向かうとするものだ。筆者は、これと異なり、稚拙な財政運営から免れる結果、日本経済の潜在力が発揮され、高めの成長が続くと見ている。少なくとも、2014年の消費増税によって、「不公平是正」のために、みずから成長を潰すようなことをするまでは。

 大衆に根ざすことは、生活苦をもらす圧政を避けるために必要な要素である。官僚の財政均衡への志向性も、安定と公平のために欠かせない要素だ。おそらく、正しい政治とは、どちらを取るかではなく、唯一、現実主義のみであろう。要は、現下のポピュリズムとエリーティズムが奇妙にも共有する、乏しきより等しからざるを憂い、成長を見限って負担を押し付けあうことが、果たして現実を映しているのか否か、問題は、そこにあるのである。 

(昨日の日経)
 GMがいすゞに出資交渉。地球回覧・最後に笑うのはウォール街・巨額献金で選挙戦。海外論調・緊縮一本やりの是非。読書・石橋湛山論。

(今日の日経)
再生エネ買い取り拡大、既存設備分も。トヨタ営業益3500億円、今期2倍に、1兆円も。経済教室・子育て支援施策・駒村康平。出先改革・機能するとは到底思えない。

コメント (1)
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成長最優先の歴史的意味と現実

2012年04月28日 | 経済(主なもの)
 歴史では、起こったことは当然のように思われがちだ。それが、どんなに奇跡的なものであったとしても。そのため、歴史を見る際には、事実を追うだけでなく、他にどんな道があったかも考えつつ、眺めることが必要だ。そうでなければ、本当の意味で、政策を評価することはできないからである。

 昨日、連休入りということで、月次の経済指標が一斉に公表された。総じて言えば、景気の回復基調が確認されたというものであろう。筆者の注目する家計調査は、季節調整済実質指数の前月比で-0.1である。前月、うるう年の影響で、かなり高めの数字が出ていたのがキープされたわけであるから、好調な結果と見ている。これで、1-3月期のGDPが3%超の成長となる可能性は、また一つ高まったことになる。

 ここで、もし、筆者が「これは日本経済の復活を示す」と主張したら、奇異に思われるだろう。せいぜい「復興需要の本格化」くらいの評価が普通だ。それなのに、「復活の芽を育てるべく、最大限に成長を伸ばす経済運営をすべし」としたら、「ナニ言ってんの?」くらいの反応に違いない。実際、現実の経済運営は、成長に集中するのではなく、財政再建も重視する「バランスの取れた」ものとなろう。

 ところが、昔は違っていた。戦後の高度成長を実現した池田勇人は、成長を最優先にした「バランスの悪い」経済運営を行って、高度成長に必要な経済構造を打ち立てたのである。当時も、既に始まっていた高めの成長は、戦災復興によるものとされ、成長は鈍ると考えられていた。それを、「勃興期」と主張して、物価や国際収支を危険にさらし、財政の余裕をすべてなげうって、成長最優先を実行した。行われたから異様に思えないだけで、普通でない経済思想だったのである。

………
 先日、遅ればせながら、東洋大の藤井信幸先生の「池田勇人・所得倍増でいくんだ」を手に入れた。池田勇人関連の本は色々と読んでいるので意欲が湧かず、後回しになっていたが、これがなかなかの良書であった。殊に、池田の経済思想については、簡潔にして要点を衝いた記述で、他者との違いも浮き彫りになっており、感じ入った次第だ。さすが、中村隆英先生に代わって執筆されただけのことはある。

 学部生にもお勧めの読み易さだが、内容は豊富だ。こうした良書に出会うと、現在的な意義に引き付け、より深い読み方もしてみたくなる。それで、池田が置かれていた状況を実感してもらおうと思い、前節を書いてみた。池田の経済思想は、「日本の潜在的な成長力を引き出したこと」と簡単に記述できるのだが、それに注力するというのは、昔も今も、容易ならざることである。

 せっかくだから、ここでデータも出して、付加価値を増そう。高成長には、高投資・高貯蓄の経済構造への変革が必要だが、途上国の経済開発を思えば分かるように、これを実現するのは難しい。今でこそ、外資導入による輸出主導型の成長モデルが確立されているが、世界で最初に成功させたのは、日本の池田であり、しかも、外資に頼らない、より難しい形で達成している。

 日本経済が高投資・高貯蓄へ変化したのは、1956年から1961年にかけてである。中でも、1957、60、61年が著しい。これは、池田が石橋内閣の蔵相だった時と池田内閣の始めである。この時の経済運営に対する一般的評価は、「やり過ぎ」で国際収支を悪化させたというものだが、それと引き換えに、高度成長の基礎たる経済構造の確立に成功している。この構造ができれば、あとは自然体で高成長が得られるわけで、むしろ、「やり過ぎ」こそが評価されなければならない。ここはポレミックなところだが。

………
 経済政策において、成長が最も大事であることは、誰もが頭では分かっている。ところが、物価や国際収支、財政再建とどちらを優先すべきかに直面すると、たちまち曖昧になってくる。昨日、日銀総裁は、金融緩和をしておきながら、財政再建にも言及した。日銀が緩和するから、緊縮財政は大いにやれというサインなのだろうか。もちろん、成長を達成した暁には、ただちに増税ができる体制を準備しておくことは絶対に必要だが、そうとはハッキリ言わない。

 政治家も「デフレ脱却が第一」と口にするが、6月には5000億円規模の年少扶養控除の廃止が行われ、10月には7000億円規模の年金給付の減額も行われる。前者は、財政再建につながるものの、後者は、年金特会の話なので、直接、財政再建とは関係ない。世代間の不公平とやらが、成長よりも優先するらしい。成長すれば、自然に年金は減額される仕組みになっているのだから、本音では、成長など信じていないのである。

 今年、3%超の成長が実現すれば、昨年の震災による落ち込みもあり、税収は大幅に伸びることが予想される。池田の経済運営の特徴は、自然増収をせき止めず、成長のために充当していくことだった。おそらく、今においては、一定以上の成長の達成を待つことなく、さっそく財政赤字の削減に使われ、成長を鈍らせてしまうだろう。かくのごとく、種々への恐れから、成長はワンノブゼンとされる。ひるがえって、成長を最優先とした池田の功績は、当たり前のように見えて、実は偉大なものなのである。

(今日の日経)
 東電を7月にも実質国有化、家庭向け10%値上げ。日銀総裁・財政健全化へ注文。米2.2%成長に減速。米軍再編・拠点は点から網状に。自民が保守色全面の憲法改正案。バーナンキ・財政の崖。東ガスが発電事業拡大。10年債0.885%に低下。東京・求人倍率1倍回復、建設、サービス増。

※5%で6年間ではダメなのか。筆者なら5%から始めて上げて行くよ。※バーナンキは、緊縮財政を戒めているのに。長期金利が抑えがたくなることしか頭にないのか。※米国は、そんなに悪くない。前期の設備投資が出来過ぎ。※秋田さんの分析は的確。米国に従っただけとはいえ、自民政権下を超える外交だ。※他方で自民はライト・ポピュリズムとは情けない。※債権は行き過ぎだよ。※東京まで見てる人は少ないかな。
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4/27の日経

2012年04月27日 | 経済

(今日の日経)
 東ガスが40万kw発電増強。日銀、増額5兆円軸。北朝鮮ミサイル・米軍情報で発信すべきだった。大衆薬ネット販売認める。再エネ買い取りの家計負担月120円。嶋田氏が東電取締役に。新増設なしで原発依存度13~15%。FRB議長発言に微妙な揺れ。オリエンタルランド最高益。日航・幹部の慢心を警戒。アルバック希望退職。コマツ脱中国進む。10年債0.910%に低下。経済教室・中国の地域格差・加藤弘之。大事なのはその先・三浦和良。

※東電火力をすべて売却するという「規制緩和」をすれば、東ガスに限らず、多くの設備投資が出て来よう。季節や時間帯で明確な値付けをすることも同様。分離される社員だって原発と心中するよりマシ。「新自由主義」や「市場原理主義」の皆様は、こうした効果の望める「規制緩和」を高唱してしかるべきだろう。独占の打破は、法人減税や労働規制の緩和と並んで、基本的な主張ではないのか。それとも、ビジネスに優しいだけかい。

※日経も煽るねぇ。日銀は追い込まれないとしないから、追い込んでみるというわけか。ここまでやられると、筆者はアマノジャクをしたくなる。もちろん、可能性が高いというわけでなく、歪みが出てるのではないかということ。総裁の頭の中を予想するよりも、今日発表の景気指標が楽しみだ。

※この程度の想定もしてないとは、何たる底の浅さ。官の劣化を真面目に心配せんといかん。※買い取り価格の高さがネットで流通している。さて、どうなるか。※各社の決算は意外に良い。※コマツの動きはホント勉強になる。※世界は違えど不思議な共感がある。なぜかね。
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4/26の日経

2012年04月26日 | 経済

(今日の日経)
 東電が経費削減3.3兆円・総合計画。社説・再エネ買い取りはきめ細かな設計で。新日鉄・長年の疑惑に突如証拠。ガソリン値下がり基調。生活保護費の過剰診療を監視。ヘッジファンド・米国債・円などで安定収益。乗用車、国内生産盛り返す。シーマ・HVで復活。先端サービスは日本で使えず。経済教室・中国の地方債務・内藤二郎。

※小口ならまだしも、メガソーラーまで固定価格で買い取る必要はあるのか。買い取り枠を入札にするなど、競争を働かせるための制度設計が必要。確実に儲かるなら、利権となる。電波利用権などの先行研究も豊富なはず。ミクロ学者の出番だよ。筆者は疲れ気味。一周遅れで政策を直輸入というのが、日本らしいがね。
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厚労省はタブーを破れ

2012年04月25日 | 社会保障
 厚労省は、「こんなに次世代が細っているのに、社会保障に影響が出ないはずがない」という国民の素朴な疑問にストレートに答えるべきである。その答えは、「細った分は、今ある積立金と税負担で支えられる範囲内だから心配ない」だろうし、「その税負担が嫌だと言うなら、子供のない人への給付はできない」のであって、それを避けるには「少子化を緩和するしか道はない」と説明すべきである。

 前段の制度の持続可能性については、厚労省も長々と説明はしている。しかし、それは、理解するのに多くの時間を割かなければならないので、平均以上の理解力を持つ新聞記者でさえ、スッキリと納得はできない。むしろ、言いくるめられたような、ぼんやりとした疑念が残り、それが一部の年金破綻のトンデモ論に耳を傾けることにつながっている。

 問題は後段の「負担の意味」を説く部分で、世代間の負担である賦課方式では、支える世代を持たない「子供のない人」には、別途の負担がなければ、給付ができないという「原理」をハッキリ言わないことだ。なぜなら、子供のない人、特に、持ちたくても持てなかった女性たちから、猛烈な感情的反発を受けるためだが、これをオブラートに包んでいては、何が問題で、どうしたら解決できるかに行き着けない。

 内閣府のレポートは、試算方法は精緻でも、先行研究の世代間負担の原理を知らないので、その意味するものを取り違えている。解決策を探る政策論としては落第と言って良い。他方、厚労省の反論ペーパーも、多言を弄するばかりで、原理的な部分が曖昧になっており、これでは、内閣府側に、「自分たちのような観点だってある」と言われて、終わりになるだろう。

 内閣府のレポートのバックボーンになっている世代間格差論のおかしさは、11/28「世代間の不公平を煽るなかれ」に記したとおりである。格差は、世代間での負担と給付の違いにあるのではなく、世代間で少子化に違いがあるからでしかない。格差の本当の理由が分かっていないのだ。厚労省は、そうした内閣府の未熟さを衝かなければならない。

 団塊ジュニア世代は、30歳代を終えようとしていて、もはや、彼らが十分な次世代を確保することは不可能になっている。それでも、次々世代を増やせるなら、まだ「損」を少なくすることは可能だ。それには、タブーを恐れず、広く本質を知らしめて、一刻も早く、危機感を持って、少子化に取り組むことである。少子化対策そっちのけで、負担と給付の是非ばかり論ずる現状こそ、破綻への道である。

(今日の日経)
 年金の世代間格差に疑問・厚労省、内閣府に異議、現状肯定には疑問も。企業業績は今期回復へ。消費改善プラス間近・日経DI。高機能品生産を日本に移管・富士ゼロ。需要変動対応へトヨタ先端技術。経済教室・管理型の金融政策・河合正弘。

※今期が最高益となると税の自然増収は大幅なものになるだろう。※緊縮財政がなければ、消費は伸びる。震災ショックで各種統計の前年比が読みがたい状況で、DIの動きは貴重。
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4/24の日経

2012年04月24日 | 経済
 権丈善一先生が、HPで「胴上げ・騎馬戦・肩車という話」を取り上げているが、こうした財政当局が流す「分かりやすくって、間違っている説明」には、本当に悩まされる。野田総理がこれを口にし始めた時、「また始まった」と思ったよ。分かりやすさが善とされる民主主義の社会では、仕方ないのだろうか。

 世代間の負担の理論については、社会保障の11/28「世代間の不公平を煽るなかれ」のとおりだが、わずかA4一枚の説明でも、一般の方に、これを読み取ってくれと言うのは無理だろうなあ。せめて、専門外なのに、社会保障について論評する「有識者」には、受け入れなくても良いから、目は通してほしいね。不用意なことを言うと危ういというのだけは、分かるから。

(今日の日経)
 電力不足は西日本で3.6%。アジア開銀が基金1兆円増。コマツの来期は最高益に匹敵。緩和は当然、日銀の苦悩。第一生命・議決権行使の基準厳しく。排出量価格が日欧で低迷。植物成長、LEDで2~3倍に。

※だから日銀も前回しておけば。政治性がありすぎが財政なら、なさすぎが日銀。
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財政は肥大化しているのか

2012年04月23日 | 経済(主なもの)
 先日、取り上げたJMMだが、竹中平蔵先生の「矛盾を拡大させる消費増税」(日経ビジネス・デジタル)という論考への評価というスタイルになっている。その中で、竹中先生は、「要するに約10兆円は、政権交代のどさくさで歳出が肥大化した」とするのだが、数字にこだわる筆者としては、いかがかと思う。

 まず、2012年度の予算規模が膨らんだ要因には、復興費と年金1/2国庫負担の交付国債がある。復興費への一般的な認識は、「やむを得ない」というもので、「肥大化」の対象ではなかろう。また、年金は、特会で措置されていたものが移されたからであり、これも「肥大化」とは言い難い。いずれにせよ、これらは一般会計の外になる。

 そこで、2006年度と2012年度の一般会計(当初)を比較してみる。確かに、79.6兆円から90.3兆円へと10兆円以上「肥大化」しているわけだが、内訳をみると、印象は変わる。まず、社会保障費が6兆円増である。これは、高齢化によって年間1兆円ずつ伸びてきたものだ。これについては、竹中先生も、やむを得ないものとしておられるようだ。

 次いで伸びているのは、地方交付税交付金で、3兆円の増である。しかし、地方がムダ使いを始めたというわけではない。地方財政の全体を決める地方財政計画は、概ね横ばいになっている。つまり、これは、地方税の落ち込みを補填しているものなのだ。これをしてなければ、地方は大変なことになったろうし、景気回復の暁には、おそらく戻されるものである。今後、国の財政を好転させる要因ともなろう。

 あとは、国債費が3.2兆円、予備費が1兆円弱の伸びだが、これらの項目は、「肥大化」とは違う。文教科学費は微増、防衛費は微減、そして、公共事業費は2.7兆円の減である。こうしてみると、政権交代後にバラマキが始まって肥大化したという評価を、数字で裏付けることはできないのではないかと考える。

 政権交代後の2010年度予算は、補正後で比較すれば、リーマンショック対策が抜け落ちた結果、10兆円の緊縮予算になっており、これが年度後半の景気失速と円高の理由となった。もし、民主党政権が前年度並みの予算規模を維持するといった「本物のバラマキ」をしていたら、景気回復の勢いは続き、大きな税収増が得られていたかもしれない。

 筆者は、民主党の支持者でも何でもなく、むしろ、保守派の人間だが、数字でつづれば、以上のとおりになる。こういう面倒な数字の話を、あえて持ち出したのは、多くの人が、財政運営をイメージでしか捕らえないからであり、JMMのメンバーの誰も触れていないのが若干、気になったためである。若い人には、財政については、必ず数字をチェックすることを勧めたい。

(今日の日経)
 抗がん剤の保険適用拡大。太陽光買い取り42円。消費に団塊特需の兆し。サムスン・設備過剰の危険を知り抜く。米企業、配当積み増し、投資に慎重。対中依存度・鈴置高史。経済教室・新体制北朝鮮・木村幹。

※こうした妥協が自由診療解禁の極論を抑える。※再稼動と比べ時間のかかること。※おもしろい見方だが、保険医療の伸びではないか。これも内訳が大切。※米国も日本も同じ。
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一害を除く経済政策

2012年04月21日 | 経済
 今週のJMMは非常に興味深かった。正直、「異論」好みの筆者は、北野一さん以外の書き手に魅力を感じていなかったのだが、今回ばかりは、すべて読ませてもらった。内容の良し悪しより、日本のエコノミスト、そして、世の中の雰囲気がどんなものか、分かるような気がしたからだ。

 大雑把にまとめると、「経済成長は望ましいが、どうすれば実現できるか分からない。したがって、低成長で増税するのも仕方ない。」というところだろうか。書き手の皆さんは、筆者より若いと思うのだが、随分とあきらめが良いのだな。そして、成長の方法が分からないというのは、エコノミストとは「他愛もなく無用なもの」なのかなとも思える。

 結核は、その昔、不治の病であり、栄養と休養を十分に取り、体の治癒力を高めることだけが治療法であった。デフレを前にして、金融緩和と規制緩和しか唱えられないのでは、特効薬ストレプトマイシンがなかった頃の医者のようなものである。まあ、それらで劇的に治ると言い張らないだけ、良心的なのかもしれない。

 以前、政府で経済政策の衝にある方と話をしたおり、「どうしたら成長するのですかねぇ」と本音を漏らすのを聞いたことがある。むろん、公式の場で、そんな弱気な発言をすることはないわけだが、悩みは深いと、不思議に共感できたものである。さらには、「生産性向上は永遠の課題」なんてことも言っていたな。実際に政策を運営し、悪戦苦闘している人の実感だと思う。

………
 さて、JMMの中で異彩を放つ、北野一さんの論考から見てみよう。北野さんの処方箋は、煎じつめると、高収益の事業にしか投資しようとしない、日本企業の経営者の志向を変えるというものだ。経営者が低収益の事業にも対象を広げ、より多くの投資をするようになれば、おのずと経済は成長することになる。

 この問題、難しいように見えて、古い人間には、すぐに答えが出せる。なぜなら、30年前の日本経済は、そうだったからである。成長していた頃の日本経済では、企業はシェア争いに明け暮れていた。シェアを奪うために、収益性を落としても設備投資することは、ごく当たり前の行動であり、学者には理解しがたい「悪弊」ともされていた。

 学者には不合理に見えるこの行動には、れっきとした理由があった。生産性の向上は、設備投資を通じて得られるため、設備投資をしないと、長い目で競争力を落としてしまうのである。また、規模を大きくしてこそ、研究開発費も得られるというものだ。ライバル企業に負けないためには、収益性を犠牲にしても設備投資をするのは、正しい戦略であった。

 北野さんの説と因果は逆で、「投資しないから、成長しない」ではなく、「成長しないから、投資しない」のである。かつての日本や新興国のような成長する経済、あるいは、需要が底を打った景気の局面では、設備投資をしないことの方が、むしろ、リスクになる。これは、経験豊かな経営者なら、聞かれれば、そう答えるはずだ。そうねえ、コマツの坂根会長にでも聞いてみたら良い。

………
 今のような議論は、成長のために、成長が必要というような循環論に聞こえるかもしれないが、経済というのは、一つの設備投資が需要を追加し、次の設備投資を呼ぶといったサーキット・メカニズムを持っている。いまや、途上国の経済開発では、輸出型外資の導入が定石である。それを起点に内需が広がり、国全体が豊かになっていくのだ。

 反対に、日本の場合のように、まったく成長しないことの方が異様である。何か異様な政策が行われているのではないかと疑わなくてはならない。その政策とは、「殺さず生かさず」の財政運営である。どうも、日本のエコノミストは、日本の財政は大赤字という先入観が強いようで、財政の毎年の動きをデータで確認せず、当局の発表物で満足し、いつもインフレ圧力がかかっていると思い込んでいるようだ。

 実際には、猛アクセルと急ブレーキの繰り返しである。例えば、リーマンショックの時には、先日、日経が報じたように、地方が使い切れずに巨額の繰り越しをするほどバラマキをするかと思うと、2010年には、景気対策をぶった切って、駆け込みと反動減で景気を撹乱したりする。今回の震災でも、大規模な復興費は、執行に無理があって、積み上げられたままだ。こうした稚拙な財政運営が必要以上に財政赤字を累積させている。

 GDP比で200%にもなろうという政府債務の累積は、ある意味、異常である。財政赤字をたれ流せば、そこまで行く前に、インフレに見舞われるからだ。そうならないよう積み上げるのは至難の業である。景気が落ち込むときには、もの凄いバラマキをするのに、回復の芽が出ると、すぐに需要を吸い上げて、設備投資増の循環を断ち切ってしまう。こういう所業でもしてないと、なかなか実現できるものではない。

………
 JMMの書き手の皆さんは、すっかり成長をあきらめているようだが、皮肉なことに、この1-3月期の成長率は、3%を超える数字が出るかもしれない。前期だって、外需が足を引っ張らなければ、2%台後半だった。今期は、既に貿易統計が公表されて、外需がマイナスにならないことが確認されている。どうしたら成長させられるか分からないまま、足元では、「勝手に」経済は成長しているのである。

 もちろん、不況の反動ということもあろうし、復興が遅れて出たに過ぎないかもしれない。しかし、全国的に消費を中心とした景気回復が始まっていることは確かである(東北の被災3県のGDPは日本の4%足らずだ)。これは、震災によって、財政当局による大規模な緊縮財政が「一時停止」になっていることが背景にあるのではないか。

 いずれにせよ、この回復の芽を大切に育てることである。かつての高度経済成長だって、始まった当初は、戦災復興が要因であり、次第に減速するという見方も強かった。それを勃興期と評価し、潜在力をフルに引き出す積極的な経済運営をしたのが、下村治であり、池田勇人である。今の日本人が忘れた「日本はやれる」という思いが、そこにはあった。

 筆者は、メニューばかりが多い、お役所の成長戦略など、まったく信用していない。そんな世話を受けずとも、回復の芽を摘むような稚拙な財政運営さえされなければ、日本経済は、本来の伸びる力を発揮する。伸び始めれば、企業行動を変え、人材確保が始まり、若者も未来を信じるようになって、少子化と人口減さえ和らぐだろう。耶律楚材の格言のごとく、成長策の「一利」を捜し求めるのではなく、「一害を除くにしかず」なのである。
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4/20の日経

2012年04月20日 | 経済
 ダイヤモンドO.Lに、鈴木博毅さんが「超入門・失敗の本質」を連載しており、4/17の第4回で、『空気の醸成とは、本来可否の判断に「関係のない正論」を持ち出して、判断基準を歪めることで間違った流れを生み出すこと』としている。今日の日経の社説を読んで、そのことを思い出した。

 今日の日経の社説は、「貿易赤字で財政破綻」という、いつもの構図である。これも、一つに数えられるのだが、財政当局は、「家計の貯蓄が足りなくなれば財政破綻」とか、「世代間の不公平を正すのに緊縮増税が必要」とか、一面の真理は含まれるものの、それを以って判断しては誤ってしまうものを、次から次へと繰り出してくる。

 専門家には、そのおかしさは分かるし、指摘もする。しかし、財政当局の宣伝は「分かりやす過ぎる」ために、世の中の空気は、「財政再建待ったなし」となり、一気の消費増税のような危険な政策を望むようになる。「満蒙は日本の生命線」と唱えて、対米戦争に踏み切った戦前と変わってないということだろう。

 正直、経済コラムを書いていて、「家計でも、借金を返すには、切り詰めるしかないでしょう」といった「分かりやす過ぎる」宣伝には、抗すべくもないと感じることがある。「切り詰め過ぎたら、収入が減る」という、家計にはないマクロ経済の論理を理解してもらうには、長い説明がいるからだ。日経にあるように、スペインは今日もそれで苦しんでいる。

 「ライターを持つ人に肺ガンが多いから、ライターを撲滅すべきだ」という説を聞いたら、おかしいと思うだろう。むろん、ライターは喫煙者を示しているに過ぎないからだ。ところが、いわゆる世代間の不公平は、世代によって少子化の度合いに違いがあるために生じているのに、肝心の少子化は放置し、緊縮や増税で不公平を撲滅しようとしたりする。

 とにかく、緊縮や増税に役立ちそうなものは、何でも引っ張り出されるのである。それをモグラたたきのように否定していっても、とても追いつかない。財政当局は、空気の醸成のために、誤りと分かっていても宣伝に使っているのだろうか。それとも、かれら自身も信じ込んでいるか。ふと、疑問に思ったりもする。

(今日の日経)
 メガソーラー投資拡大。授業時間を揃えるだけで20年。中途採用12%増、非製造業けん引。社説・貿易赤字が日本に促す改革。グアム移転、負担額維持。南欧銀行の不良債権比率が高水準、スペイン17年ぶり8%超、景気低迷による返済の滞りで、国債消化に影。日銀資産・金利1%上昇で、銀行評価損6兆円。60病院が共同購入。使用済み核燃料は再処理やめると割高。JXエネ・独で家庭用燃料電池、価格1/5。経済教室・食品企業・井上光太郎。

※公定価格より入札だと思うね。家庭向けには必要でも、メガソーラーは違う。他方、燃料電池の買取りはなく、JXがドイツで開始とは。※緊縮財政をすれば、成長低下から資産価格が下がり、金融機関を圧迫する。これはハシモトデフレで日本が経験したこと。※保有債権の平均残存期間が2.5年だから、2年かけて1%上昇なら問題ない。※再処理をしても、長期的には施設の廃止費用が必要なのに、直接処分だけに載せている。
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対抗戦略まで読むということ

2012年04月19日 | 経済
 昨日、相手をバカにせずに戦略を読む抜こうとする態度の大切さを書いたが、ビジネスの場合の応用も書いておこうかね。取り上げるのは、液晶パネルでの敗北だ。日本企業は、大規模な設備投資とブラックボックス化した高い技術力で必勝を期したにもかかわらず、台湾企業に敗れてしまった。それはなぜか、一つの仮説である。

 超低金利と行政の支援の下、巨大工場を完成させた日本企業は、「勝った」と思ったことだろう。この戦略は、半導体での手痛い戦訓を生かしたものだ。韓国企業への技術流出で悩み、思い切りのよい設備投資競争で差をつけられたことを、今度は日本がしようとするものだ。まあ、大事な戦略を、二番煎じで済ませる時点で、不安を覚えなくてはいかんのだが。

 技術のない台湾企業にとって、取り得る対抗戦略は何か。一つは、性能は劣っても、コストで競える中低級品で勝負すること、もう一つは、アップルのような大口顧客は、利益を度外視しても絶対に手渡さないことである。いわば、勝てなくとも、負けない戦略である。こらえつつ相手の消耗を待つ戦略と言っても良い。

 日本企業に必要だったのは、ナポレオンに抗したロシアの焦土作戦のように、利益ある土地に火を放って相手に与えず、大規模な投資を重荷にさせる戦略が取られることを読んでおくことだったと思う。自己の戦略に驕らず、相手がどういう対抗戦略を講じるかまで考えねばならない。強者とて楽には勝てぬのである。

(今日の日経)
 国主導で土地境界画定。東電会長に下河辺氏起用へ。教養人の育成、いま再び。ホンダ・金融が下支え。全日空・貨物拡大。消費増税の影響軽減で住宅減税の拡充検討。伊の財政均衡は1年先送り。有機ELの装置材料は韓国に結集。経済教室・森林保全・大沼あゆみ。帽子を脱がない覚悟。
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