経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

出世払い型の奨学金は公的年金で実現できる

2017年10月29日 | 基本内容
 昔、母に「偉い作家さんが、食糧危機に備えて、米を自宅に蓄えているそうだ」という話をしたことがある。食糧難を経験した母は感心するかと思いきや、「その作家さんは、ご近所に隠れて、ご飯を食べるつもりなのかい?」と返された。なんだか、自分だけが助かれば良いという心根を見透かされたようで、少し恥ずかしく感じた。苦難にあって、どう備えるべきか、その答えは、一人では出せないものだ。

………
 総選挙で与党が2/3を制し、消費増税の使途変更による幼児教育の無償化などの実現は確定的となった。しかし、高等教育での大幅な負担軽減は、財源が足りずに、ほとんどできないだろう。そこで、出世払い型の奨学金が実現できないか考えてみた。むろん、前回と同様、公的年金を活用することになる。結論から言うと、可能なんだけど、連帯する力を日本人がどれだけ持っているか、試されるような気がするね。

 まず、奨学金の額だが、大学4年分の学費を賄うとしよう。具体的には、入学金、授業料、施設費を合計すると、国立なら243万円、私立だと平均的には、文系で386万円、理系で522万円くらいだ。ここで「年金減額で清算するから、追加負担は不要」とできれば簡単だが、国立はともかく、私立は額が大き過ぎる。そこで、奨学金を受けた場合でも、年金を減らさぬよう、4%の上乗せ保険料を課すことにする。

 この場合、厚生年金における月収の平均は29万円なので、月1.2万円程の上乗せとなる。奨学金で減らした分の年金を取り戻すには、国立で18年、私立文系は28年、理系だと38年はかかる。賃金カーブを考えると、取り戻せる時期はもっと遅い。むろん、取り戻した後は、上乗せ保険料は無用となる。問題は、月収が平均より低い場合である。月収20万円で、月0.8万円の上乗せだと、私立文系では約40年、理系になると40年を軽く超えてしまう。

 私立理系の補い切れない138万円を、年金減額で清算すると、月7.7万円が7.1万円になる。ただし、乳幼児給付を使った人は、既に6.5万円と、最低限保障すべき額まで下がっているので、更に減らすのは困難だ。したがって、これ以上の減額になる場合は免除するものとし、税を入れて国民全体で負担するか、あるいは、保険加入者全体で負担するかを考えるべきだろう。結局、「出世払い」とは、就職後、収入に応じて負担するとともに、不運にも収入が思うに任せなかった場合、無残にならぬよう、みんなで助けるものなのだ。

………
 これには、一体、どういう意味があるのか。貧しい人にお金をあげるという単純な慈善ではない。なぜなら、貧しくなるかどうかは、働き出す頃には分からないからだ。つまり、ある種の保険なのである。何が対象かと言えば、収入に対する保険だ。収入が思うに任せなくても、惨めにならないことが保障される。保険には社会的便益があり、リスクを分散することで厚生を高める。例えば、保険がないと、怖くて車が運転できず、個人的に不便なだけでなく、社会的効率が下がり、経済全体の機会損失にもなる。

 奨学金は、人的投資であり、能力の向上を通じ、個人の所得を向上させる。そうした見込みがあるからこそ、借金をしても進学しようと考える。裏返せば、奨学金がないと、必要な人的投資がなされず、経済成長の足を引っ張ることになる。奨学金を受けるか否かの判断の際、将来の所得に万一の不安があるといって、期待値がプラスなのにリスクを避ければ、それは社会的にも経済的にも損失だ。

 こうして見ると、出世払い型の奨学金は、挑戦を応援するものと言える。合理的判断を促し、社会的効率を高め、経済成長を押し上げるのだ。奨学金の果実が税や保険料の形で還元されるかは制度設計次第だが、少なくとも、経済を大きくすることは確かである。すなわち、収入が思うに任せない場合に一定の免除をするとしても、他方で、国ないし保険者全体でのメリットもあるから、「損」になるとは必ずしも言えないのである。

 奨学金を合理的なものにするには、適切な与信がポイントとなる。その点、公的年金には大きな長所がある。ある大学の卒業生がどの程度の所得を得ているかを、保険料の納付を通じて把握しているからだ。また、保険料の上乗せで天引きするから、回収の能力も高く、低コストである。これらを活かせば、貧しく頼る者なき学生に、4年間で10万円もの保証料を課すという辛い仕打ちをしなくて済み、連帯保証をした資力の乏しい老親に返済を迫る理不尽も解消できるだろう。

………
 保険の難しい理屈は分からなくても、「家が貧乏だからって可能性を捨ててほしくない」、「才能ある仲間の挑戦を助けてあげたい」、そういう想いがあれば、この国はきっと良くなる。出世払い型の奨学金は保険であり、誰かが必ず被る不運を社会連帯で分散し、全体の利益を増やそうとするものだ。格差を予防し、成功できずとも納得できる社会づくりにも寄与する。制度改革の入り口における、「他人を助けるためのお金なんて嫌」、「どこからか財源を持ってきて」という狭い利己主義を超えられるなら、経済合理性の見地から、それは実現できる。繰り返そう、必要なのは理想である。


(今日までの日経)
 介護・保育職員「定数超」多く。建設資材 東京に集中。
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10/28の日経

2017年10月28日 | 今日の日経
 民進党の前原代表もやたら叩かれているが、短い任期で一つ大きな功績がある。消費増税を福祉に充てる政策を、与党にパクられたことだ。野党が与党の脅威になるような優れた政策を編み出せば、実現するということだね。これを指導した慶應義塾大の井出英策教授は思い切ったことをすると感服していたが、いつになるか分からなかった幼児教育の無償化という大きな成果に至った。改めて敬意を表する次第である。

 パクリに対し、野党も「純増税は反対」で応戦すれば、政策論争は深まったように思う。与党の政策を逆手に取り、「物価2%を実現までは、純増税は凍結」とかね。「1%くらいの純増税なら平気」という人もいるが、2019年は2%増税の打撃を受けるのに、還元は5歳児の無料化に限定される。還元で打撃を緩和しようという意志は感じられない。これでは、1%くらいと言って、とても任せられない。

 今回の選挙での若年層の与党支持は、雇用の回復があるので、自然なものである。回復は、消費増税の2014年秋の見送りがあればこそで、これがなければ、当時の外需減退の状況からして、かなり悲惨なことになっていた。日本では、「逆噴射」しないだけでも功績だ。そして、マスコミなり、野党が、民意を汲みつつ、「今後は、増税見送りから純増税へ路線転換される」という適切な指摘をしていれば、選挙の争点は、また違っていただろう。

 さて、昨日は、9月指標のトップを切って消費者物価指数が公表された。2%目標は遠いが、賃金と裏表の関係にあるサービス価格も、家賃と情報通信は別として、少し上向いてきた感じがする。週明けに出される商業動態や家計調査の結果が楽しみだ。消費は、4-6月期に大きく伸びて水準が高くなったので、7-9月期がプラスになるのは、なかなか難しいけれども、9月は高めになると予想されるので、どこまで戻せるかがポイントだね。

(図)


(今日までの日経)
 出国税19年度から。米経済3%成長維持7-9月期。上場160社 上方修正 4-6月営業。補正予算、建設国債発行の可能性。
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10/26の日経

2017年10月26日 | 今日の日経
 批判されて当然の選挙結果ではあるが、堕ちた挑戦者を袋叩きにするさまは、日本人の暗い側面を見せられている気もする。まあ、筆者は日本人らしくないからね。安倍首相だって、一度は地に落ちたが、返り咲きに成功し、今や一強。苦境にあって、同志を養い、政策を磨いて、ここまで来た。小池代表も同じではないのかな。おっと、ちょっとでも敗者を励ましたりすると、こっちにまで矢が飛んでくるから、この辺にしとこう。

 政治は、英米流の二大政党制だけではなく、西欧的な連立政権型もある。外交・安全保障で共通の基盤に立つ野党から、経済・社会保障に関する有力な代案を出されると、与党は脅威を感じる。与党の人気が下がると、連立の組み換えに発展しかねないからだ。その場合、代案をパクって脅威を消そうとし、一部が実現する。そういう野党の在り方もある。白黒つける対立の構図が好きな日本では受けないだろうが。


(今日までの日経)
 保育所整備、企業負担増を 32万人分3000億円。公的年金、黒字4兆円台。子育て支援に特効薬なし・辻本浩子。給料前借り急拡大、一部は脱法貸金。財政黒字化20年代早期に。

※これで、使途見直しの1.7兆と合わせ、2兆円になったね。
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10/24の日経

2017年10月24日 | 今日の日経
 社会保障のコラムを書いても、あまり読んでくれないのが通り相場なのだが、今回は珍しくページビューが多かったようだね。「年金は働けなくなったら貰うもの」だから、乳幼児を抱えて働けない時期にも貰える「選択の自由」を与えてはどうかというのが最も重要な部分だ。この「選択の自由」がポイントで、そうでないと、「損」だ「得」だで揉めて、議論がまったく収斂しなくなるんだな。

 例えば、乳幼児給付264万円に「割引率を適用すべきだ」なんて出てくるんだけど、何の率を使うのか。10年国債の年利0.1%だと40年間回しても275万円になるだけだが、30年国債の0.9%で回した384万だと、もったいなく感じる人もいるだろう。結局、いくらで割り引くかで見方も揺れるし、何が適当なのかで決まらなくなるだけだ。それに、絶対にマイナスにならないと、誰が言える。

 日本の公的年金は賦課方式の要素か強いので、インフレには強いとされる。給付が積み立てたお金ではなく、次世代の労働力にリンクしているからだ。労働力にリンク? そう、親世代の2/3に減少する子世代の労働力にね。「これは危うい」と思わないかね。むろん、貯蓄がロボットに化けて、人口減なんて平気なのかもしれないが、少なくとも、この国は長らく国内に投資するのを怠ってきた。

 未来のことは分からないのだから、急激な少子化という、未知の大きなリスクを孕んだものは、避けるに越したことはない。それが生きる知恵というものだ。また、乳幼児給付264万円を使って年金が心配なら、仕事に復帰して264万円の貯金を作り、年金に追納する道を選べば良いだろう。人生の局面において、そうしたお金の融通ができない現状の方が合理的とは言えまい。それで少子化が緩和したら、みっけもんだよ。


(今日までの日経)
 教育無償化「年内に具体案」。日経平均、15日続伸。保育所2万人分整備、補助金転用。電子部品受注額2年ぶり最高。9月百貨店売上高4.4%増。自公、再び3分の2。
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財源なしで大規模な乳幼児給付を行う方法

2017年10月22日 | 基本内容
 欧米で最大の社会問題は、若年失業と就業促進だ。それゆえ、負の所得税やベーシックインカムが提案される。しかし、日本には、雇用の量の問題はない。あるのは非正規労働者への差別的待遇だ。したがって、第一に考えるべきは、いかに社会保険の適用拡大を図り、公平な給付を実現するかになる。例えば、パートは、事実上、育児休業給付を受けることも、乳幼児を保育所に預けることもできない。こうした苦境を、どう変えるのか。この国に財源はある。ないのは現実に根差した理想である。

………
 問題を解決するために、公的年金を財源として、0歳の始めの6か月間は月14万円、その後、2歳になるまで10万円を給付してはどうか。総額では1人264万円になる。老後に受け取る年金の約1割を、前倒しで受給する形を採れば、新たな負担はまったく必要ない。むろん、受給したくない人は、選ばなければ、従来どおりである。この額は、正社員が雇用保険から受け取れる育児休業給付とほぼ同じだ。それを普遍化することになる。

 年間の出生数が約100万人なのに対し、育児休業給付の初回受給者は約30万人にとどまる。つまり、7割の母親には給付がない。その多くがパートなどの非正規労働者である。年金からの乳幼児給付を実現すると、育児休業給付の抜本改革も可能になる。対象者を3倍、額を1/3にすれば、乳幼児給付と合わせて、18.5万円と13.3万円となる。これだけのことが財源なしでやれる。

 十分な所得保障があれば、安心して育児に当たれるだろう。加えて、待機児童問題も一掃される。なぜなら、「保障があるなら、自分で育てたい」という人が増え、保育需要が減るからだ。また、仕事を続けたい人も、支払いの能力を得て、預け先を確保できるようになる。むろん、自治体や企業も、多く得られる保育料で、保育士の確保に全力を挙げる。加えて、2歳児の幼稚園での受入れが実現することで、劇的な効果があるだろう。

 実は、1歳児の預け先を確保するため、望まないのに、先取りで0歳児から預けようとする困った事態も生じている。0歳児保育には、都会だと月50万円近いコストがかかり、簡単には増やせない。湧いてくる需要を冷まさないと、とても待機児童を解消できない。それには、育児の社会的価値を認め、それに見合った所得保障をして、自分で育むことも、預けて働くことも、選べるようにしなければならない。

 そもそも、月収20万円で3年働けば、年金保険料の累計は、男女2人で264万円と、1人目の乳幼児給付の総額に達する。要すれば、乳幼児給付は、貯めていた年金の受給権を払い戻すだけのものだ。自分が貯めていたお金なのに、子供を持つかどうかという、人生の肝心な時に使う自由を認めないのは理不尽だろう。しかも、これで出生率が向上すれば、年金財政も大いに助かるのである。

………
 ここで、多くの人が読み飛ばしそうな数字の話をする。まず、年金から抜いて大丈夫かだ。厚生年金における月収の平均は29万円*なので、保険料率18.3%で40年間加入して得られる受給権の総額は、29×18.3×12×40=2,547万円である。これを65歳から平均寿命の84歳まで19年間受給すると、年金額は月11.2万円になる。乳幼児給付を受けると1割減るので10.0万円になる。夫婦では2倍だから、まあまあのレベルだろう。

 より低所得の月収20万円、夫婦の年収480万円(20×12×2)の場合だと、受給権総額が1,757万円、年金月額7.7万円であり、乳幼児給付264万円を抜くと、年金は6.5万円になる。これがギリギリのラインになる。そのため、更に低所得の場合は、最低限の年金を維持するために補助を出すか、乳幼児給付を1人目に限るかといった工夫が必要だろう。これもあり、本当は、乳幼児給付は、個人の自己責任とせず、全体で受けとめるのが望ましい。

 すなわち、全員の年金額を6%程下げることで賄う方法もある。コンセンサスを得るのに時間がいるかもしれないが、こちらがベストだ。「年金給付は次世代の育成なしに実現しない」という観点から、子供のない人も分担すべきだし、給付の実現で出生率が6%より上がれば、誰の年金も減らさずに済み、全体の年金を増やせる可能性さえある。少なくとも、出生率が向上したら、まずは「投資」した人の年金の補填を優先すべきだ。

 さて、多少、詳しい人は、「全員もらえる基礎年金の国庫負担分3.3万円は、どこへ行った」という疑問があるかもしれない。実は、国庫負担も、年金積立金も、子供のない人の年金給付の穴埋めに費やされる。超長期的な年金給付の財源は、概ね、保険料が2/3、国庫1/6、積立金1/6である。近年の出生率だと、親を支える子の比率は、2/3にしかならないので、子供のない1/3の人の年金は国庫と積立金で支えないといけない。

 裏返せば、出生率を向上させると、国庫分をみんなで分け合って使えるようになる。足下で合計特殊出生率が1.44まで回復しており、1人0.9万円程になる。もし、1.67まで上げられれば、全部使えて3.3万円となる。つまり、子供のない人が全体の2割弱に収まれば、年金積立金だけで支えられるわけだ。国庫負担だって、みんなの税金だから、ここまで漕ぎ着けて、税も含めた意味での「払った分が還ってくる年金」となる。

 国庫負担は、本来、再分配に使うべきものだ。子供のない人の年金の維持に全部使うのではなく、低所得層の年金を底上げしたり、育児によって負担と貢献をする人の助けとしたりすべきである。そうした再分配をすることで、出生率は向上し、全員が救われ、社会も存続できるようになる。せめて、足元で取り戻した「0.9万円分」を使うつもりで、低所得層の乳幼児給付の補助を行い、最低限の年金を維持してはどうかと思う。

* 月収29万円は、厚生年金の標準報酬の年額の平均から導いた。年額だから、イメージ的には、月収25万円、ボーナス2か月だ。その際、女性については、男性より加入者が少ない分を収入ゼロと見なして算出し、男性42万円、女性16万円の平均を取った。

………
 全世代型の社会保障と言うと、高齢者の年金を削り、少子化対策に回すというイメージが強いが、そんな物議を醸すようなことは、まったく必要ない。今の若者が、自分の将来の年金を、目の前の子育てに使うのを許すか否かなのだ。世代間の利害調整の問題ではなく、自分たちの世代がどんな生き方をしたいかである。焦点は選択の自由にあるのに、勘違いをしたまま、打開する道を捨てないでほしい。

 あわせて、若い人には、非正規で厚生年金に入れない同世代の仲間をどうしたいかを考えてほしい。低所得層の保険料を軽減すれば、ほぼ全員が入れるようになる。代わりに、再分配によって、全体の年金水準は数%下がるかもしれないが、このまま貧困な仲間を放置すると、いずれ、税で面倒を見ざるを得なくなる。結局、負担は同じだ。そうであれば、今から容易に入れるようにし、時間の制約なく働けるようにして、能力を活かすべきだ。そうして仲間を助ける方が確実に「得」になる。おまけに、所得や出生率の向上で、年金水準が復元し、上回る希望さえある。

 繰り返そう。この国に希望がないのは、財源がないからではない。理想が欠けているためだ。その理想とは、仲間を切り捨てず、弱いながらも精一杯がんばってもらい、全体として豊かになろうとする道である。雇用が回復した今なら、十分に選び得るはずだ。難しい社会保障の政策論は、分からないかもしれないが、この世の中の仕組みは、目指すべき生き方で決まってくる。その理想の生き方は、単純かつ明快、誰にでも分かるものなのである。

参照:小林未希「待機児童が減らない本当の理由」(wedge infinity 2017/4/10~5/19)


(今日の日経)
 衆院選、きょう投開票。日本の海外資産 初の1000兆円に、5年で5割増。

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10/21の日経

2017年10月21日 | 今日の日経
 選挙もあって、各紙とも財政規律の論議が喧しいが、滝田洋一さんは、「債券市場に税収上振れという歯止め役」(電子版10/17)で最新の状況をきちんとを指摘してくれている。本当に財政赤字を心配して、状況の把握に努めている人が他にどれだけいるのかと思う。同時に、当初予算の税収57.7兆円を達成するたけで、かなりの財政再建、すなわち、緊縮財政になることを認識している人も、ほとんどいないだろうね。

 やたら財政再建を言い募るのは、社会福祉を圧縮して、「小さい政府」というイデオロギーを貫徹したいという意図なのかと疑ったりもする。現実には、この数年で、財政収支は大幅に改善した。あまりに「財源、財源」とうるさいから、明日は、財源なんかなくても、ここまでできるということを見せてやろう。社会的連帯の考え方は合理的でもある。だから、それで行きたいというのなら、制度設計の知恵を絞れば道は開けるのだ。

 さて、昨日は、8月毎勤が出て、実質賃金の前月比は-0.5となった。それでも、前月の高い伸びもあって、緩やかな上昇局面が続いている。常用雇用は相変わらず堅調で、賃金×雇用の7,8月平均は前期より1.0も高い。8月の消費は低調だったが、先行指標からは9月の反動増も予想される。また、10/19の9月貿易統計では、実質輸出は減だったものの、7,8月の貯金が効き、7-9月期の前期比は高い。今期のGDPは外需が牽引してくれそうだ。

(図)



(今日までの日経)
 子育て政策 五十歩百歩。人民元ショック 消えぬ不安。サービス業、採用計画未達。マイナス金利、海外中銀にプラス。ネット求人、時給千円では学生も集まらず。FT・ポピュリズムに克つには。
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政治家のための財政運営の基礎講座

2017年10月15日 | 経済
 政治家は新聞くらいしか読まないし、忙しい新聞記者は財政当局の説明をそのまま流す。日本の財政当局は金庫番的発想しかないので、マクロ経済を運営をする上で、緊縮なのか、放漫なのかも分からない内容だ。それゆえ、「アベノミクスは大規模な財政出動をしていて、バラマキをやめれば、財政再建はできるはず」といった、事実に合わない誤った言説が横行したりする。

 筆者も政治家に説明した経験があるが、政治家は思い込みが強く、誤った認識を正すのは一苦労だ。正直、頼まれても、遠慮したい。とは言え、誤った認識のままでは、この国のためにならないので、今日は、ポイントだけを、かみ砕いて書くことにしよう。選挙の行方はどうなるにせよ、終われば直ぐに、補正予算と来年度予算への基本方針を決めなければならない。何も分からないままデフレ予算にして欲しくない。

………
 アベノミクスが始まった2012年度予算の補正後の歳出額は100.5兆円、そして、4年後の2016年度は100.2兆円だから、実は、減っている。その間、税収の決算額は、消費増税もあり、43.9兆円から55.5兆円へと11.6兆円増えているわけで、当然ながら、財政赤字は縮小した。したがって、アベノミクスの本質は、金融緩和+緊縮財政だと、正確に認識する必要がある。良いも悪いも、まずは事実に立脚しなければならない。

 推移を詳しく見ると、補正後の予算規模は、リーマンショック対策でジャンプアップした2009年度から概ね100兆円で、長らく変わらない。2010年度、民主党政権は、前年度補正後より10兆円も少ない当初予算でスタートしたが、前年度がいかに例外的とは言え、一気に10兆円も減らせば、景気に影響しないわけがなく、案の定、年度後半に後退に見舞われ、慌てて4.4兆円の景気対策を追加した。

 こうした急ブレーキと猛アクセルは、やってはいけない財政運営の典型で、初めから、子ども手当でも実現しておけば良かったのだ。こうした需要管理への無知が、後々まで民主党政権の悪評に結びついている。おそらく、当事者は、何がどう悪かったのか、未だに理解していないと思う。反省がなければ、より良い運営にはならないのだから、他山の石にしてもらいたい。

 他方、アベノミクスは巧みだった。2012年度補正で10兆円の景気対策を打ち、100兆円程度に「戻した」だけだったが、「大規模」な財政出動をしているという印象を植え付けることに成功した。実際は、財政出動と言えるのは、その時くらいで、あとは、看板どおり「機動的」に抑制されている。酷いのは、2014年度で、たった0.9兆円の増だった。消費増税で8.1兆円もの負担増をしていたから、デフレ圧力で景気は悪化し、負担の痛みに対する恩恵の薄さが国民の消費増税への忌避感を強くしてしまった。

(表)



………
 では、今年度の補正予算はどうするか。2017年度当初予算は97.5兆円で、前年度補正後より2.8兆円少ないので、この分を追加しないと、デフレ予算になってしまう。おそらく、財政当局は、「景気も良好だし、他方で税収の上ブレは乏しく、赤字国債が必要」と見送りを勧めるだろう。しかし、デフレ脱却を第一の政策目標にするなら、歳出を縮小させる選択はない。ここで大事なのは、何に使うかだ。

 続いて、財政当局は、「補正予算は、そのとき限りのものだけ、建設国債で公共事業を」と言って来るはずだ。そこで一時金のバラマキで妥協したりするから、「政府はムダ使いばかり、身を切る改革が必要」という批判を浴びるのである。補正予算では、災害対応や地方交付税の措置も必要だから、政策的に使えるのは1.7兆円くらいだろう。それでも、消費増税の使途変更で実現するという、保育や教育の拡充分にはなるはずだ。

 結局、選挙後に与野党が協議すべき焦点は、バラマキ補正を廃止し、1.7兆円を財源として来年度当初予算に組み込むかになる。1.7兆円をどう使かうかの議論は、前向きで将来に希望の持てるものになるだろう。消費増税への忌避感、バラマキへの虚無感、人的投資への絶望感、いずれも一理はある。実際には、消費増税は不可欠だし、バラマキは限られ、人的投資も少しはなされているが、そう理解されないのは、財政運営のあまりの拙さによる。

 来年度予算を1.7兆円増やしても、補正後という本当の歳出規模で見れば、まったく膨らんでいない。加えて、保育と教育の拡充のために消費増税を敢行しなければならないという、切迫した理由も失われる。2年後、財政再建だけのために純増税をするか否かは、物価上昇などの経済情勢で判断すれば良い。あるいは、消費増税と福祉拡大をセットで行うかだ。補正のトリックで誤魔化さず、真の姿を表に出してこそ、国民の理解は得られよう。

……… 
 一方、財政再建は大丈夫なのか。実は、今年度の税収は、前年度決算額より、かなり増えることが予想される。その額はおよそ2.7兆円である。したがって、歳出を前年度並みにする以上、財政収支はGDP比で0.5%も改善する。これだけすれば、十分ではないか。万一、「景気が良いから、補正をしないで財政再建」なんてことをすると、合わせてGDP比で1.0%もの緊縮財政になる。こういう需要管理を考えない財政運営をしたりするから、「景気は回復すれど、実感は伴わず」に陥るのである。

 次に、2018年度は、どんな財政運営にすべきか。一般歳出を前年度比0.5兆円に抑えることが既定方針になっており、他方、税収は、成長率が今年度と同じ名目2.5%なら、約1.5兆円の増収が見込める。差し引き、財政収支は、約1兆円、GDP比で0.2%弱の改善になる。財政再建は、いつまでに達成するかより、足下で着実に改善していることが重要だ。そして、今年度のように、税収が成長率以上に伸び、GDP比0.3%超の収支改善となれば、2019年度の歳出増に振り向けるのも一案となる。

 このように、財政運営の基本方針は、成長の果実を、財政再建と福祉充実にバランス良く配分するものでなければならない。世の中に蔓延する閉塞感は、際限の見えない財政再建、最低限の対応だけの福祉・教育という、展望と希望のなさから来る。日本をダメにしたのは、無暗に緊縮するしか能のない財政である。これを改めるだけで、かなり将来は明るくなる。マクロの経済運営さえ間違わなければ、着実に成長するので、ミクロの「成長戦略」の方は、好きにしたら良い。

 さて、日本には、もう一つ改革しなければならないことがある。それは少子化の克服だ。これには、大規模な再分配が必要になる。普通の発想なら、消費増税をして財源を確保ということになるだろう。しかし、公的年金を使えば、新たな財政負担なしでできる。それは、なぜなのか。どうするのかについては、稿を改めるとしたい。政治家がお手軽に理解できるほど、簡単ではないのでね。


(今日までの日経)
 日本の製造業に綻び、不正相次ぐ。街角景気に勢い。日経平均21年ぶり高値。企業型保育所2万人分増設。機械受注、外需も復調。

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10/10の日経

2017年10月10日 | 今日の日経
 今日は新聞休刊日だったが、滝田洋一編集委員の「小池劇場、内部留保課税のカチカチ山」(電子版10/10)は時宜を得た良いものだったね。これは、消費増税の代替財源として考えるから、バカらしくなる。法人事業税の外形標準の資本割を拡充する話だと矮小化して解釈すれば、大して驚きもない。二重課税の問題も、外国子会社の配当は95%が益金不算入なのだから、この保有株式を対象にすることで避ける方途もある。もっとも、実現しても、数千億円規模の税収にしかならないだろうが。

 内部留保課税の意味付けとしては、投資促進は、期待したらいけないと思う。やはり、法人税率が引き下げられる中で、資産課税の適正化の観点から、利子・配当課税の強化とともに考えるべきものだ。投資を促進したかったら、緊縮財政をせずに、消費を増やすしかない。国内の売上げが増えないのに、企業に投資をせよと言う方が無理筋だ。法人減税や投資減税でアメを与えても空振りに終わったのだから、ペナルティをかけても変わりがないと考えるのが普通だろう。


(今日までの日経)
 保育所利用できない母親「諦めて申し込まず」4割。名刺で仕事をするな・池上彰。ノーベル経済学賞にセイラー氏。
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財政再建の仕組みと消費増税の怖さ

2017年10月08日 | 経済
 日本の財政当局は、当初予算の前年度比を社会保障の+5000億円のみに抑制している。ここまでは報道もされるが、その意味は、どこまで知られているのか。他方、税収は約55.5兆円だから、1%成長なら5500億円増える。つまり、1%成長なら財政収支が悪化しない仕組みにしてあるということだ。実際は、2017年度の成長率の見通しはもっと高く、名目で2.5%だし、税収は成長率以上に伸びるのが普通だから、そうなると財政収支は改善される。

 こうした説明を公式にしてくれたら、国民は安心すると思うんだがね。裏返せば、5000億円を超える福祉や教育の充実は、財政収支を現状より悪化させるから、増税とセットということも腑に落ちる。そして、1%以上の成長を果たしたら、努力を喜び、果実を財政再建と福祉・教育にどう配分するか議論したら良い。世の閉塞感は、際限の見えない財政再建、最低限の対応だけの福祉・教育という、展望と希望のなさから来るものだ。

 財政の仕組みを理解していれば、1%以上の成長なら、着実に再建がなされることが分かる。2020年度の財政再建目標には数年遅れるかもしれないが、それで信用が揺らぐわけではない。むしろ、消費増税を断行し、成長を失う方が怖い。GDPの最大項目の家計消費は、3年経っても増税前水準を超えられずにいる。これで輸出が伸びていなかったら、どんなに酷いことになっていたか。財政再建の上でも、消費増税は合理的な選択ではない。

………
 消費増税の怖さは幾つもあるが、その一つに消費性向の低下がある。「消費低迷は、将来不安のため」とまことしやかに言われるが、今回の消費増税では、将来の社会保障に安心して消費を増やすどころか、ますます消費を委縮させることになった。論より証拠で、家計調査における勤労者世帯の消費性向を12か月後方移動平均で見ると下図のとおり。どんどん下がり続け、増税前の水準を割り、大震災後の景気後退期よりも低くなり、今年に入って、ようやく底入れした。

 消費性向は何で動くかと言うと、将来を見通した合理的判断ではなく、目の前の景気に対する見方で動いている。これが端的に分かるのは、消費動向調査の雇用環境への態度のパラレルな動きからだ。要するに、景気が上向くとカネ使いが荒くなり、悪くなると財布が締まるということだ。金利が低下する景気後退期に、消費を減らして貯蓄を増やすなんて、教科書的な経済理論には反しているが、現実は庶民感覚どおりだ。

 インフレ時ならともかく、消費増税で景気を冷やすと、駆込み後の激しい反動減に加え、雇用不安が輪をかけて消費を落としかねない。住宅投資の先食いで金融緩和も効かず、公共投資は増税前の持ち上げで力尽き、公的年金は、どこ吹く風で、支給開始年齢の引き上げと給付切下げをかます。そして、長引く金融緩和による円安で貿易黒字が溜まっており、米国の政策一つで円高に見舞われようものなら、目も当てられぬ惨状となる。成長を失ったら、信用が崩れ、本物の財政危機を招来する。

(図) 


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 現状の財政の仕組みで着実に財政再建が進む中、今回の消費増税の「実験」によって、将来不安が消費を委縮させているという説が誤りと分かり、反対に増税が消費を委縮させるという恐るべき事実が判明したにもかかわらず、安倍政権は、今から2年後の純増税を決行すると宣言し、総選挙に打って出た。しかも、消費増税の使途変更による福祉と教育の拡充は、補正予算の組み換えで十分に賄える程度に過ぎない。

 それをすれば、政治的争点にする必要はないし、従来の財政再建の計画も書き換えずに済む。このくらいのことも、日本の財政当局は、首相に説明しなかったのだろうか。まさか、解散を先に決め、後付けで消費増税の可否を総選挙の理由にしたわけではあるまい。純増税を抱えて国民に信を問うのは、政治的に極めて危険な行為であり、案の定、そこを希望の党に突かれてしまった。さらに構図をクリアにされたら、もうマクロ政策では勝ち目がない。

 1%成長で財政再建ができる実態を知り、消費増税の怖さが分かれば、もはや、選択を迷う余地はない。景気に悪影響を与えないようにするためには、少なくとも、消費増税と同じだけの福祉と教育の拡大がいる。何がなんでも純増税に引きずり込もうと画策するのではなく、福祉と教育の拡大と見合いの増税が必要というシンプルな説明を国民にすべきだ。結局は、それが着実な財政再建の道にも通じるのである。


(今日までの日経)
 過酷な16時間配送、7割は積みおろし。

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10/7の日経

2017年10月07日 | 今日の日経
 マスコミ的には、「希望の党の首班候補は誰か?」というのが面白くて、出て来ないと批判もしたくなるのだろうが、自民党が参議院の単独過半数を持っている以上、そんなのは意味がない。仮に、希望の党が衆議院で過半数を制したとしても、自民党と連立しない限り、1本も法案が通らずに野垂れ死にだ。連立の最大の武器は、首班を譲ることなのだから、希望の党が首班候補を持たないのは、むしろ合理的とさえ言える。

 シナリオとして考えるべきは、自公が過半数割れした場合、希望の党は、比較第1党の自民党から首班を出させ、代わりに目玉の政策を呑ませるというものだろう。したがって、消費増税凍結と原発ゼロの実現は想定しておかなければならない。それどころか、「誰がなるかより政策だ」と言って逆手に取り、「首班は捨てても、凍結とゼロだけは、必ず認めさせるから支持して」と国民に訴えられたら、自公には大変な脅威になるだろう。


(今日までの日経)
 財源手当てなき公約競争。社説・増税凍結と原発ゼロだけでは無責任だ。増税、雇用・為替も条件 官房長官、再延期に余地。読書・動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか。
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