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秋山好古揮毫石碑紀行 26 東温市築島神社の社号額

2015年12月27日 | 伊予松山歴史散策


1.社 号 額: 築島神社
2.揮毫年月日: 不明
3.所 在 地: 東温市下林甲2616番地
4.大 き さ: 縦:1m95cm 幅:1m35㎝ 厚さ:5cm
5.参考資料 :遼陽大戦に於ける司令官戦況展望の絵馬が築島神社本殿にある。
築島神社渡部神主に秋山好古と築島神社について伺うも宮司の代が変わり諸関係不明と言われた。


私が秋山好古揮毫の石碑調査を初めた切っ掛けとなった築島神社の社号額です。
秋山兄弟生誕地の生家・好古・眞之の銅像等々の整備事業は、平成17年1月18日に完成し、NHK朝の大型ニュース番組「おはよう日本」で現地から生放送で全国に放映され紹介された。翌19日から一般公開され、来年1月18日で公開11年を迎える。
さて、平成17年5月5日、秋山兄弟生誕地で大きな出来事が起こった。大阪から来た好古ファンと言う人が、隣町(旧温泉郡重信町・現在、東温市)の神社にある好古揮毫の額について聞かれた。私をはじめ他の関係者も分からない。松山の人なら当然わかるだろうと思ったようだ。その大阪の人は短期のようであった。次のような罵声が飛んできた。「そんな事も知らんのか、バカタレが、と言う感じで罵倒された。・・最初は腹が立ったが、それならよーし、調べてやろうと思い、それ以降10年カメラを持って好古さんの揮毫を追い求めています。
調べ始めると揮毫した石碑はどんどん出て来た。松山市・西条・伊予市・今治市等々愛媛県内が多いが、東京・静岡・千葉・新潟・神奈川そして今年の9月新たに長野県安曇野市に、撮った写真は生誕地に展示すると、来館者から所在情報が集まって来た。平成21年1月7日、秋山好古生誕150年にあたり、秋山兄弟生誕地の管理母体である、公益財団法人常盤同郷会から「秋山好古揮毫の石碑写真集」として出版して頂いた。
現在全国に52基の石碑が発見されているが、長野県安曇野市の石碑は来春取材に行く予定である。
平成17年5月5日、バカタレ事件がなければ好古揮毫の石碑調査はしていなかった。
この事に付いては、週刊朝日の平成21年7月31日号に掲載して頂いた。


築島神社拝殿に奉納されている絵馬で、大阪の御仁は此の絵馬も観に来たのではないか?
絵馬の奉納者は、日露戦役に従軍し無事生還された皇軍の隊員である。
所属は、歩兵第22連隊でなないでしょうか?
絵馬は、遼陽の大戦に於ける司令官の戦況展望と題額されている。
長い顎鬚の軍人は、乃木希典司令官かも・・です。


東温市下林にある築島神社の拝殿と本殿。


境内には、南北朝時代、松山市星岡町にある星岡山を中心に繰り広げられた戦いで亡くなった方のお塚がある。


築島神社境内から見た松山方向。
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