ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

VP2ELY&PJ7ELY

2015年11月15日 | アマチュア無線
             
過日JA1ELYさんから「当局がDXingに熱中していた頃、30年位も前に夢見た『いつかアンギラ島からVP2ELYでカリブ海のペデションをやりたい』という願望がかなって実現する運びとなりました・・・・」のE-Mailを受取り、今正に数日前からVP2ELYで運用中だ。
カリブ海は地球上でも日本からは電波の届き難い地域の一つで、新人時代職場の先輩でDXの師匠でもあったJA1MJからVP2A~VP2Vまでのアルバムに綴じたQSLカードを見せられて「VP2シリーズと全てQSOしてQSLを手にしたら君も晴れてDX'erだよ」と洗脳され、秋田時代の1968年からDXを本格的に始めたが、VP2DだけはVP2D**の綺麗なコールサインの局ではなくFG7AS/VP2Dのただ1局としか出来なかった。
その後これらの島々は1978~84年頃にかけて英国から独立してVP2A→V2,VP2D→J7等と半数以上も変り、VP2シリーズへの執着は自分達年代までのもので、3Y(Bouvet)やHK0(Malpelo)は運用される気配が全く無かった幻のカントリーだったからかも知れない。
JA1ELYさんも多分こんな事を体験されていて今運用が実現しているが、この機会に自分は取残していた80mとRTTY、PJ7ELYでは80/30/10mの一つでも出来ればいいかなと思っていた。
RTTY、今朝の17mではパイルアップに勝てなかったが、夕方30mでCondxがUPして文字化けが無くなり始めてから5分程Callしていたら07:47zに自分のCallsignが見えた。