ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

Arrived QSL

2011年07月04日 | アマチュア無線
            
2月に行われた国際チーム12名によるTJ9PF(Cameroon)DXペデションのQSLが届いた。ここからはTJ3AYがTJ3FC,ICのコールサインも使い分けてアクテブに運用していたので、未交信の80m/30mのBand Newを狙っていたが、80mのパイルアップには惨敗して捕り逃し、30mCW/RTTY,20mCW/SSB/RTTYの5QSOで終了、80mは次期シーズンの晩秋からTJ3AYに賭ける事になった。
9月中旬頃までQRT(夏期休業)中。

叙勲祝い

2011年07月02日 | 手打ち蕎麦打ち
            
東日本大震災で延期になっていた春の叙勲で“瑞宝双光章”を受けた手打ちそば研究会仲間S・Aさんのささやかなお祝いを、手打ちそばと創作料理の和風ダイニング「杜」で行われた。
ここ「杜」は青葉手打ちそば教室(本部仙台)福島教室の一期生とかで、福島県内各教室卒業生の中では唯一プロとして先生のプロデュースにより開店したそうだ。自分が入校した時には既に開業していて“先生が打ったそばを食らう会”やそば研の会合でも良く利用している馴染の店だ。
おめでたい席なのに話題の中心は収束の先が見えない原発事故が八割を占め、叙勲やそばに転換しても何時の間にか再び原発に戻り、それぞれが悩みを抱え、もう全てが被害者だった。南相馬市出身のWさんは同市から身内の避難者を数日間受入れた後、自らも幼い孫を同伴して会津坂下に1ヶ月避難、夏休みには再び小学生の孫を連れて実行。一方のWさんも夏休み期間中奥会津方面への避難先を探しているそうだ。
こんな情勢の中で酒宴は不謹慎だったのか、参加者は平常の半数以下の11人だった。