ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

究極の酒“どぶろく”

2008年01月03日 | 福島のうまいもの
味覚には個人差があり、更に下戸の自分が他人様にお薦め出来る資格もないし、今回は番外編。
“どぶろく”との初対面は青春時代に過ごした酒どころ秋田だった。日本酒は全く呑めなかったが、酒の国秋田の住人となっては必然的に、何とかコップ一杯までには成長した。そんな環境の中で、ごく稀に先輩や同僚が裏口?ルートから入手して来ると、大々的に100円会費の祝勝会が始まり、貴重品だと皆んなは日本酒で割って飯碗で飲んだ。自分は呑めないので「オマエは贅沢だ」と言われながら、原液をお茶の茶碗に半分も貰えば十分に堪能出来た。以後秋田を離れてからも、結構過疎地の旅館などで口にする事があって、下戸なのに何時しか“どぶろく”はどんな優れた銘酒より旨いと思う様になった。
裏で極秘にしか飲酒出来なかった“どぶろく”も、法律改正で確か2年前だったと思う、飯館村の主婦が農家レストランの茶屋を開店、何とその“どぶろく”を店の一番の看板にしてしまった。
“どぶろく酒造免許”を取得した県内の第1号とかで、当時民放のTV放送や新聞でも紹介され、早速求めたいと思ったが、始めたばかりで製造量も少なく“どぶろく”だけの販売はせず、事前予約で食事に来た人限定との事だったので、手にする事は出来ず終いだった。そんな“どぶろく”時が過ぎて、何と元日から今日まで県物産館で出張販売が行われ、待望の“どぶろく”を手にする事が出来た。いろいろ聞いてみたいと思って出掛けたが、TVで視た本人ではなく若い娘さんだったので、通り一片の答えしか得られなかった。
夜早速味わってみた。独特の風味とコクが堪らないほど美味なのに、何故か超辛口、自分のイメージを壊しかねない“イマイチ”は下戸の評価、案外銘酒なのかも知れない。