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閑話つれづれパートⅡその12

2009年10月04日 | Weblog
マニフェストの怪(下)

 現政権のマニフェストの「子供手当て」と称する現金支給には、私は選挙前からこれは新手の選挙買収ではないか、また実施すれば、それは国民の精神を堕落させることになるのではないかと再三危惧を訴えて来た。同様の批判はマスコミ評論家諸氏から全く上がっていないけれど、私は単なる自身の感性だけから批判しているわけではない。

 長年産業界では、従業員のやる気と給与をはじめ昇進・昇格制度、作業環境等諸々との関連を研究してきた。それは一部「中小企業白書を読む第9回-仕事のやりがいを求めて-」に書いた。ハーズバーグ「動機づけ-衛生理論」などである。

 関連して、面白い話がある。東京大学21世紀COEものづくり経営研究センターの藤本隆宏先生の著書で「ものづくり経営学」光文社新書2007年3月20日初版、に紹介されている話である。第1部第3章に「人は金のみのために働くにあらず」とあり、『誤解を恐れずに明言すれば、給料を上げれば勤労意欲が高まるというナイーブなアイディアは科学的根拠のない迷信である』とあり、有名な心理学者であるエドワード・L・デシの実験を紹介している。

 「実験室に大学生一人ずつを入れてパズルを解かせるもので、途中に一定の休憩時間を設けて、その間は何をしてもいいことにした。当然報酬を払う約束はなかったが、一方のグループにはパズルを解いた数に応じて報酬を払うようにする。すると、そのグループの学生の方が休憩時間に休むことが多くなり、無報酬のグループの方が休憩時間にもパズルを解いている時間が長かったという。いろいろパターンを変えて実験を行ったが、結果は同じだった。金銭的報酬をもらうと、本来は面白いはずのパズルであっても、自由時間を休憩するようになる」。

『実は、お金はモチベーションに効果がないのではない。逆にインパクトが強すぎるのだ』。続いて「ものづくり経営学」には、デシが引用しているという次のような話を紹介している。その部分をそのまま引用させていただく。

『第一次世界大戦後、ユダヤ人排斥の空気が強い米国南部の小さな町で、一人のユダヤ人が目抜き通りに小さな洋服仕立て屋を開いた。すると嫌がらせをするためにボロ服をまとった少年たちが店先に立って「ユダヤ人!ユダヤ人!」と彼をやじるようになってしまった。困った彼は一計を案じて、ある日彼らに「私をユダヤ人と呼ぶ少年には10セント硬貨を与えることにしよう」と言って、少年たち一人ずつに硬貨を与えた。

 戦利品に大喜びした少年たちは、次の日もやってきて「ユダヤ人!ユダヤ人!」と叫び始めたので、彼は「今日は5セント硬貨しかあげられない」といって、再び少年たちに硬貨を与えた。その次の日も少年たちがやってきて、またやじったので、「これが精一杯だ」と言って今度は1セント硬貨を与えた。すると少年たちは、2日前の10分の1の額であることに文句を言い、「それじゃあ、あんまりだ」と言ってもう二度と来なくなった。』

 「もともとは内発的動機づけの状態で、仕事(やじること)と満足はくっついていた。つまり「仕事それ自体が報酬」の状態だったわけだ。それはパズル実験でも同じだった。ところが、そこに金銭的報酬が投げ込まれると、インパクトが強烈なので、仕事と満足の間に割り込んで両者を引き離してしまい、満足を報酬の後に追いやってしまう・・・報酬のインパクトが仕事の喜びを奪ってしまう」。子育ての喜びや苦労の中に現金を投げ込んではいけないのである。

 「子育て」は「パズル」や「嫌がらせ」とは質が違い、また国からの手当てと報酬では異なるとの反論もあろうが、現金支給ということに変わりはなく、そのインパクトが心に与える影響の強さを省みる必要があることに変わりはない。政治家や社会的強者の位置にあるマスコミ評論家諸氏にとっては、たかだかの額と思えるものであっても、平のサラリーマンを長くやった私は、月間数万円の価値を知っている。だからそのインパクトの大きさが伝わってくる。私が再三再四現政権のマニフェストなるものを批判する論拠なのである。