中小企業診断士 泉台経営コンサルタント事務所 ブログ

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この国の風景Ⅳ第20回

2016年01月28日 | ブログ
周辺国の風景(下)

 日経ビジネス2016.01.18号に寄稿されている米ハドソン研究所中国戦略センター所長、米国国防省顧問であるマイケル・ピルズベリー氏の中国論(覇権狙う中国の言動を見誤るな))の前稿からの続きである。

 『・・・自らの野心を隠し、実力を低く見せ、相手に警戒心を起こさせない。そして相手が油断している間に注意深く動き、その技術、知財、善意などすべての力を利用してナンバーワンになる――。これが中国の戦略なのだ。この戦略は500年にわたって政治闘争が続いた春秋戦国時代や三国志の時代の先人たちの学びを基にしている。

 米国の政治家はじめ、世界の多くの国が「脆弱な中国を助ければ民主的で平和的な大国になる」と信じ込んでいたのである。しかし、それは危険なまでに間違っている。われわれは中国観を変えなくてはならない。

 しかし、肝心の米国政府は中国観を変えていない。2016年に誰が大統領に選ばれても、米国は中国に莫大な投資を行い、中国の輸出を容認し、政府や公の組織による技術の盗用を見て見ぬふりをして、中国の支援を継続するであろう。

 ・・・中国は後進的でも脆弱でもない。米国や日本は目を覚ますべきである。中国と彼らの戦略をよく知る必要がある。・・』

 加えて『中国の経済成長率は今後も6~7%を維持し、それは米国の成長率1.5%の4倍のスピードであり、中国の狙い通り100年マラソンに勝利するであろう』。ともあるが、中国の今後の経済成長率については先のことでもあり、異論のあるところ。これまでに公表されている統計の信ぴょう性も疑わしい国であるという論もある。さらに結論として、『民主化を進め、人権を尊重し、重商主義的な貿易政策をやめるよう中国に働きかけなくてはならない。中国内の真の改革派を見分けた上で、そういう働きかけを続ければ、2049年までに中国は今とは違う中国になっているかもしれない』。と述べている。この結論であれば、従来の対中国戦略とほとんど変わることがない。他国からの働きかけで変わる中国でないことはすでにはっきりしている。しかし、これ以上の結論を現代人は公言しない。

 ピルズベリー氏の論評だけでなく、誰の世界観であろうがすべて正しいなどということはなかろうが、ただ、ピルズベリー氏が中国に対して正鶮を射ていると思われるのは、『自らの野心を隠し、実力を低く見せ、相手に警戒心を起こさせない。そして相手が油断している間に注意深く動き、その技術、知財、善意などすべての力を利用してナンバーワンになる――。これが中国の戦略なのだ』。という一節ではなかろうか。ただ、近年の中国はその野心を露わにし、米中で世界の覇権を分け合おうとまで公言している。習近平主席になって顕著だ。それだけ自信を深めているのであろう。

 能天気なのは、世界の経済界である。自社を富ませるために必要であれば、覇権国家であろうが手を組みさらにのさばらせる。自社の世界戦略の中心に中国を置きながら、安倍首相の発言の言葉尻を捉えて、「まるで社会主義、あるいは戦前の全体主義国家に逆戻りだ」*8)とまで言う経営者がいると思えば、「(中国を訪問して)一番強く感じたのは、中国政府が経済の構造改革に本気で取り組んでいるということです。・・・中国政府は都市化を進めているが、その過程では、住まい、水、電気、交通など様々な問題が浮上します。対応には技術も必要ですから、我々には大きなビジネスチャンスがあると考えています」*9)。というわが国のトップ企業のCEOのコメントもある。

 先般、インドネシアの高速鉄道でJRが煮え湯を飲まされたのは素知らぬ顔である。直接の軍需技術ではないにしても、小さなビス一本を作る技術であろうが、ミサイル開発や核爆弾製造に通じることはものづくりの常識である。なぜ、お宅に強盗に入るかもしれませんよと公言しているような国家に民生とはいえ、技術を供与しなくてはならないのか。戦後に生まれ、国家なき戦後教育しか受けなかった。多少の専門知識と英語が出来て、本人は実力と思っていようが、運よく登りつめた大会社の社長に国家観など期待することが間違っているのであろう。




*8)日経ビジネス2016.01.11号
*9)日経ビジネス2016.01.18号
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この国の風景Ⅳ第19回

2016年01月25日 | ブログ
周辺国の風景(中)

 台湾(中華民国)では、今年1月16日総統選挙が行われ、8年ぶりに民主進歩党が国民党から政権を奪還し、蔡英文新総統が誕生することになった。国民党は、現総統の馬英九が先般中国共産党の習近平主席との会談を実現したように、中国との経済的繋がりを強め、統合を志向し、わが国へも中韓に近い対応であったように感じていた*6)。一方、民主進歩党は現状の2つの中国の現状維持を唱え、中国共産党とは距離を置くスタンスであり、親日的である。

 香港が英国から中国に返され、実質中国に編入された後、一国二制度を建前としながら、若者の自由と民主体制維持の活動も虚しく封じられた様を見て、台湾の人々に危機意識が高まったことは当然である。まず「経済」で籠絡し政治的にも縛ってくる中共のやり方を、台湾の人々の多くも肝に銘じたのに違いない。

 台湾の民主進歩党の復権は、わが国や米国にとっては好ましいことであるが、中国が今後その軍事的圧力をどこまで本気で台湾に向けてくるか。経済制裁をどこまで高めるのか。呼応して台湾国内に反体制すなわち親中派が盛り返そうとするのか。新体制発足後の台湾から目が離せないであろう。

 中国については、日経ビジネス2016.01.18号に寄稿されている米ハドソン研究所中国戦略センター所長、米国国防省顧問で、ニクソン時代から歴代政権の対中政策に深く関わってきたというマイケル・ピルズベリー氏の論がほぼ正鶮を得ているように思う。内容(編集あり)は次の通りである。少し長いので次稿とに分けて掲載する。

 『中国は建国100年に当たる2049年に、世界の覇権国としての地位を奪還する計画を100年マラソンのような長期的戦略で着々と進めて来た*7)。このところの中国経済の減速や環境汚染、汚職、デモの多発など、世界の国々からは一部に崩壊寸前かのような報道のされかたがあるが、実際の中国は他国をしのぎ、主要な指標において世界トップの座をうかがうようになっている。

 米フォーチュン誌は毎年、売上高の世界上位500社を発表している。15年前、ここにランクインした中国企業は皆無であったが、2015年では98社に達し128社がランクインした米国に次ぐ2番目に多かった。そしてその98社は、ほとんどが国有企業である。中国は世界銀行や米ゴールドマン・サックスなどのアドバイスを受入れ、非効率で、経営状況も組織構造もお粗末だった国有企業を世界に誇るチャンピオン企業に育て上げていたのだ。

 米国のボーイング社は中国市場で大いに儲けていたが、中国は自分達で航空機を造るのに米国人のサポートが必要と考え、ボーイング社から多くの航空機を購入する一方、技術者を招き様々な技術的アドバイスを受けてきた。ここ30年間で米国から航空機製造に関する多くの技術が移転され、中国は徐々に航空機市場のシェアを上げている。

 自動車部品、鉄鋼、ガラスなどの基幹産業に関しては日本から学んだ。補助金、税控除、土地の安価提供などの重商主義的手法を駆使して世界の市場シェアを拡大しているのである。』(続く)



*6)現在も非常に親日的な李登輝元総統は、国民党から出ていた。中華民国の政党の党是の変遷については知らない。
*7)マイケル・ピルズベリー氏は2015年9月、日本で「China 2049」(原題:The Hundred-Year Marathon)(日経BP社)を出版したが、その中で指摘していることという。
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この国の風景Ⅳ第18回

2016年01月22日 | ブログ
周辺国の風景(上)

 わが国は広大なユーラシア大陸の東端に浮かぶ、西洋から見て極東と呼ばれる島国であり、日本海溝という断崖絶壁上に位置する地質学的にも極めて不安定な所にあるのだけれど、北にロシア、対岸真近に韓国、北朝鮮、中国があり、国防上も非常に危険な場所に位置すると考えられる。しかも国民は平和ボケで、マスコミや野党の無責任な言動に乗って極めて楽観的で、こちらが戦争を仕掛けない限り、平和憲法を遵守する限り、戦争は起こらないと信じているようである。すなわち日本国憲法前文「・・・日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。・・・」を信奉しているからさらにやっかいである。

 北のロシアは2014年、国際的にウクライナの領土と見なされているクリミア自治共和国などをロシア連邦の領土に加えた。国際連合やウクライナ、そして西側諸国は主権・領土の一体性やウクライナ憲法などに照らしてこれを認めず、現在、編入は国際的な承認を得られていないという。わが国も西側諸国の一員として、かつ隣の中国の領土・領海拡張政策にも通じる行動を容認するわけにゆかず、西側諸国に同調している。

 個人的には同じ柔道人であるロシアのプーチン大統領は好きな政治家の一人で、恐らく安倍首相も個人的にプーチンさんを嫌いでなく、プーチンさんも米国のオバマ大統領や中国の習近平主席より数段安倍首相に好感を持っているように視ている。もっとも国際関係が首脳同士の個人的な好悪だけで決まるものでないのは当然で、プーチン大統領が北方領土の解決を望んでいたとしても、常にロシアの国益が優先される。しかし、北方領土解決の前進はプーチン/安倍時代を逃せばさらに遠のく。

 北朝鮮は、金正恩第一書記が近々抹殺されるような話まであるようだけれど、内情は分かり難い。この国の政権が崩壊すれば、難民が韓国、中国そしてわが国にも押し寄せる懸念からその体制を、周辺国は批判しながらも繋ぎとめていたいようなところがある。

 わが国には、北朝鮮が核実験やミサイル実験をやることへの批判よりも、拉致の問題を解決したい国内圧力が強い。金正恩第一書記は恐らくわが国のことを格別嫌っているわけではなく、というより無邪気な憧れさえあるのではないかと見ている。従って北朝鮮の国民も韓国人ほど反日ではなかろうと思う。現状の関係において北朝鮮がわが国を攻撃してくる懸念は薄い。しかし、第一書記がその側近であっても簡単に処刑するような性格からして、他人の痛みに鈍いというか、家族的な愛情や恨みつらみに無頓着で、従って拉致被害者家族の痛みを十分理解できていないのではないか。そこに拉致問題解決の難しさがあるように思う。

 韓国は、朝鮮戦争の莫大な犠牲よりも、その前のわが国の植民地支配への恨みを優先させているけれど、長い朝貢と中華秩序の慣習から中国には付き従うが、日本に支配される謂われはなかったと考えるのであろう。しかし、資源も何もなかった朝鮮半島をわが国が併合しても、得た物は帝政ロシア(ソ連邦)からの脅威の緩和だけではなかったか。中国など昔の中国ではなく、現代は中国共産党の私有物に過ぎない。(続く)



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この国の風景Ⅳ第17回

2016年01月19日 | ブログ
日本が危ない

 日経ビジネスの2016年最初の発行号(2016.1.11)のテーマは「日本が危ない」。日経ビジネス社が独自に調査した世界の企業の成長率ランキング100で、上位にアジアとりわけ中国の企業が並ぶ中、トヨタも日立も圏外であったことに対する危機感からこのテーマが生まれたようだ。

 要は、最近の大企業の経営者の多くがサラリーマンで、プロの経営者が育っていないことに危機感を募らせているようだ。この国の現在のところ成功しているように見える経営者だって明日はどうだか。サラリーマン的経営者は論外であるとしても、創業者で会社を大きくして儲けているといばっていても一寸先は闇。一代で会社を全国区にしながら晩年結局は実質倒産に追い込まれた実業家もいる。どうも最近の経営者の多くは、人間的に底が浅く見えてしようがない。

 われわれ団塊の世代が社会に出た頃のトップはとっぷりと戦前の社会、教育制度の中で成人した層であった。現在ご存命であれば100歳を超えておられる。この世代が戦後の復興の第一線でリードされたのだけれど、人間的にも骨太感があった。単に儲け第一主義ではなかったように思える。

 この国の現代の経営者も有力と聞く若い政治家もそうだけれど、根幹を成す国家観が希薄なことからくる底の浅さゆえの印象ではないか。だからこの国は、あらゆる組織で危険な時期を迎えていることは間違いがない。平和が長く続いていると、どうしても世の中既得権者向きのシステムとなり、泥の中から芽を出してくるようなアウトサイダーでタフな人材が生まれ難い。たとえば中国などでは、市場開放で国有企業にあっても資本主義的経営をはじめて間がなく、皆が創業時の泥沼を体験していると思われ、それらとの競争ではやはり世知辛さが違う。片や「おぼっちゃん」では、太刀打ちが難かしいのは当然である。

 オリンピックで日本が勝つと欧米人はその競技のルールから変えてくる。中国人もつながった大陸の住民だから同じアジア人でも欧米人に近い。真っ当な競争は初めからないと考えておいた方がいい。その上で国家として企業としての戦略を構築する必要がある。

 グローバル化によって、企業経営者に求められる資質の基本的な要素も変化している。英語に堪能であることというのが加わったこともこの国の経営者層を細らせている要因のひとつだ。本来外国語と経営力に何の相関性も相乗効果もない。だって、米国や英国の経営者にたとえば「ラテン語に堪能なこと」などという条件が付与されることはないと思う。日本人の経営者だけが、外国語を強要され、不得手であれば経営者の候補から外される。

 経営者だけではない。従業員も「わが社の公用語は英語」などという経営者が大手を振る時代。少なくとも管理職になるにはTOIEC650点以上などというハードルを付けたりするけれど、あらゆる部署で英語が必要な国内企業などあるわけはない。ビジネスマンは英語でコミュニケーションが取れて当然とは聞くが、英語と云うツールが企業価値を高めることに通じているわけでは無かろうと思う。

 危ないという危機意識だけではなく、この国に、真に必要なものは何か。今一度考察し直す必要があると言いたい。


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この国の風景Ⅳ第16回

2016年01月16日 | ブログ
インバウンド

 最近「インバウンド」という言葉をよく聞くようになった。もともと「入ってくる」とか「内向きの」という意味だそうだが、最近では、外国人旅行者を自国へ誘致すること。海外から日本へ来る観光客を指す言葉として定着しているようだ。

 ここ数年、わが国への外国人観光客数はうなぎ登りで、2020年に2000万人目標は、今年にも達成しそうである。その多くは、中国、台湾、韓国や東南アジア諸国からの観光客で、周辺国の所得の向上が大きく寄与していると思われる。

 訪日客が増えることは歓迎すべきことなのだけれど、中国人の爆買などと、免税店を多くして兎に角お金を落させる算段に囚われるのは如何なものかと思う。爆買を当て込んで設備投資をするはいいが、一時的なブームに便乗すると裏切られるのも常なることだ。

 東京オリンピックも見据え、ホテルも観光バスも不足だと、増設・増産すれば反動が目に見えるようだ。人生少し足りないくらいが丁度いいのだ。後から代替できる用途も考えて設備投資を考えた方がいい。

 外国人観光客の増加に伴って、テレビでは外国人を巧みに使った日本礼讃番組も増えて人気を博しているようである。確かに日本人さえ知らないような優れた日本人の業績や職人技、ジャパンブランドを定着させた工業力、伝統文化や自然など、紹介されるものに日本人として誇りを感じるし、これらを見た子供たちや若者が、自分達の進む道を見いだせればまことに結構なことで、番組に文句はない。ただ、礼讃は「褒め殺し」に通じる。今の日本を築いてきた人々はどんどん老いて、引き継ぐべき子供の数は非常に少なくなっている現状からして、10年先、20年先を考えると、同時に今のわが国に潜む問題点も指摘する必要があるように思ってしまう。

 インバウンドも同じ。観光バスが不足だとすでに使っていなかった旧式のバスを使えば、事故の確率は高くなる。宿泊所の手当で空き家を解放して外国人を泊めれば、生活習慣の違いから周辺住民とのトラブルが生じたり、何でも下水に流すような方々が使えば、マンション全体の下水トラブルに発展する。空港や港での出入国管理のための要員も不足気味で、来日客の長時間の留め置きはおもてなしに背き、不評を買うことは必然であるが、そうは云ってテロリストや麻薬・銃器の密売、窃盗団や凶悪犯などの入国は水際で阻止する必要がある。

 観光ビザでこの国に滞在しながら、政治的、軍事的、産業的にスパイ行動を成す者もいないとは限らない。加えて外国人の不動産などの取得制限も必要ではないか。

 訪日客が増加すればするほど、悪意の人々が紛れ込む懸念も増加する。この国が平和で比較的犯罪も少ないのは、秩序を重んじるこの国の人々の伝統に拠るところが大きい。多様性は重要であるが、他人をないがしろにする自由は誰にもない。

 サポーターが大暴れするようなスポーツは本来それだけでスポーツと呼ぶことはできないのだ。スポーツに対しても純粋な価値観をこの国の人々は自然のうちに備えている。だからサポーターの若者が、観客席のゴミを誰に言われるまでもなく拾って帰れるのだ。この国の美しい風景は、人々のそんな心根が醸しだすものなのだ。インバウンドで汚させてはならない。



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この国の風景Ⅳ第15回

2016年01月13日 | ブログ
敵は北朝鮮なのか

 年明けて北朝鮮が水爆実験を成功させたと報じた。米国などはその爆発の威力から水爆ではないとの所見である。しかし、少なくとも核爆弾であることには間違いないようで、核拡散の懸念から米韓を中心に今回は中国を加え、わが国も猛抗議の姿勢で一致している。国連決議も当然に北朝鮮に厳しい。

 しかし、北朝鮮が声明を出しているように、彼らにすれば自衛の手段であり、本来他国が干渉するべきことではない。もっとも自衛の手段であろうが核爆弾の問題は別で、どこの国であろうが実験は国際社会から糾弾されるしきたりになっている。新しい核兵器保有国を増やさないこと、特に無国籍のテロ集団が核兵器を入手することのないようにするためにも、国際社会は厳しく歯止めを掛けようとしている。北朝鮮への国際社会の対応は間違ってはいない。

 特にわが国は世界で唯一の被爆国として、核爆弾廃絶にはもっとも先鋭でなければならない建前がある。しかも、北朝鮮と異なりわが国は日米同盟によって米国の核の傘の下にある。当面自前で核兵器を作る緊急性はない。非核三原則は建前であって、日本国内の米軍基地、軍港に出入りする原子力潜水艦や空母などに核兵器が搭載されていないわけはないであろう。個人的にはそれは日米同盟上当然のことと思うし、国民の多くも恐らくそう思っている。真に守らねばならない国際社会の取り決めは他にある。

 全くの私見であるが、今回の北朝鮮の核実験の決行は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党第一書記の中国からの独立志向によるものではないかと考えている。中国は近年韓国との距離を大幅に縮めた。反日で共闘し、経済的つながりを深めてきたように視ている。昨年9月の「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」と銘打った記念式典に、韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は出席したが、北朝鮮の金正恩第1書記は訪中しなかった。ロシアのプーチン大統領、朴槿恵大統領が習近平主席と肩を並べて歩く中、代理であろう北朝鮮要人は末席でしか遇されなかったようだ。

 中国にとって北朝鮮は今やお荷物でしかないのではないか。そのことを敏感に感じ取っている金正恩第一書記は上から目線の中国に反発しているように見える。韓国は経済的に北朝鮮より遥かに大国だ。付き合うことで西側の情報や技術も入手できる。反日共闘は戦前・戦中の日本軍の有ること無いことを世界に吹聴し、中国のわが国の領土領海や太平洋進出の言い訳とも成り得る。

 すなわち、わが国が本当に世界に向かって批判の矛先を向けねばならないのは、北朝鮮ではなく、中国ではないのか。国際社会で真に守らねばならない取り決めとは、他国の領土・領海を犯さないことである。

 しかるにわが国の排他的経済水域における中国調査船による無許可の海底調査や尖閣諸島海域における頻々とした領海・領空侵犯がある。

 日中関係は一時期に比べて良くなっているような評価も目にするけれど、単に自国が経済で行き詰まり、以前のようにわが国に強気一辺倒で対処できなくなっただけのことである。南シナ海を埋め立てての軍事基地化の目論みは米国までもの反発を招き、チベットでは未だ中国統治への抗議の焼身自殺者が絶えず、香港では本土批判本の発行者や販売者が消息を絶ったという。

 一党独裁国家が信用に値しないことなど言うまでもないに関わらず、わが国の企業人はどこ吹く風で13億人の経済効果に依存し、庶民は平和憲法がある限り、戦争は起きないと信じている風景が見え隠れする。



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この国の風景Ⅳ第14回

2016年01月10日 | ブログ
雇用問題

 わが国の失業率は昨年11月時点で3.3%。失業者数で前年同月に比べて10万人減少し、これは66カ月連続の減少とのこと。雇用者数は前年同月に比べて39万人、就業者数は8万人それぞれ増加している。雇用者が39万人も増えているのに就業者全体では8万人しか増えておらず、失業者も10万人しか減少していない。勘定が合わないようだが、これは商店主など自由業者の人口が大幅に減少したためと推測する。失業率の場合母数である求職者数の増減も関わってくる。定年後の高齢者が新たな職を求めるのか、年金生活を良しとするかも関わってくるのだ。

 兎も角失業者が減少し、その率も世界の先進国の中で低位の部類であり、この国の経済政策の成果の一端とは思える。世の中失業者が増えれば社会不安は煽られる。働き盛りの年代の人々にとって仕事がないことは、単に収入の問題だけでなく辛いことだと思う。

 ただ、問題は雇用の中身である。近年わが国で、所謂非正規雇用労働者の割合が増加の一途を辿っていることは非常に深刻である。厚生労働省の統計によれば、平成26年の非正規雇用労働者は1962万人で、役員を除く雇用者全体の37.4%を占めている。平成21年からの5年間に235万人も増えているのだ。

 高齢者の非正規雇用が増加するのは、高齢者が増えていることでもあり仕方がないし、主婦もしかり短時間のパートやアルバイトでも、働きたい人に負担の少ない働き口があることは良いことである。問題は一家を背負うべき若者が正社員になれない社会になっていること。

 人件費を固定費から変動費化することは、景気の変動に対応するための今や常套手段かもしれないが、儲かればいいという経済勘定だけで企業経営はうまくゆくものではない。人心への配慮の無い経営は空疎である。近視眼的な経営者の頭脳の軽薄さが透けて見える。派遣人材に頼るのはプロジェクト遂行のために、ITなどの専門技能者を一時的に雇い入れることなどに限定すべきなのだ。

 近年わが国では製造業などの海外進出で、製造業に従事する労働者数は減少し、その受け皿を小売業や飲食業などの第三次産業が担った。どうしても賃金は安くなるし、パートやアルバイト雇用が増える。

 また大企業は、福利部門や物流部門を分社化し、プロパー社員採用によって、本体より安い賃金で本体社員同様に働かせる。そのような会社では当然に派遣やパート従業員も多用する。昔、経団連会長の関連会社の派遣切りが問題になったが、長く米国などで仕事をしておれば、企業経営とはそういうものとしか考えていないのではないか。

 なぜ若者の派遣やパート・アルバイトという雇用形態が問題なのか。第一は教育。働く場における人としての成長が正社員に比べ劣るであろうこと。第2に賃金が低い上に厚生年金加入や退職金制度が無い場合が多いこと。これらは老後の生活不安を増加させる。第3に雇用不安。すなわちいつ馘首されるか分からない不安が付き纏うこと。人は安心な環境でこそ、その能力がフルに発揮されるものなのだ。

 合併などを経験し、業績の悪かった企業の社員と接してみると、つくづく企業業績は社員の力の総和で決まるものだと思った。元を辿れば経営者の責任に行き着くけれど、仕事への取り組み方の微妙な癖(企業風土)の違いが、業績に結び付くのだ。

 日本を取り戻すためには、企業は可能な限り正社員の割合を増やし、全員参加による企業経営を遂行すべきなのである。



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この国の風景Ⅳ第13回

2016年01月07日 | ブログ
年末・年始の風景

 年末恒例は大掃除。普段やらないタンスの後ろとか、窓のサッシの掃除とか結構時間を取られる。子供の頃は、小さな家ではあったが、すべての畳を上げて庭で干し、下敷きの新聞紙を交換して蚤取粉を散布していたことが印象深い。蚤は随分前からお目に掛らなくなったけれど、ダニやゴキブリは確実に家の中に棲息しているようで、繁殖を封じるためにも家の掃除は欠かせない。

 東京上野のアメ横商店街の年末風景も毎年テレビで紹介されるので、代表的な年末風景となっている。アメ横に限らず、正月用品といって主に食料品を求める人々でショッピングセンターなど大賑わいだ。店内で押し合いへし合い商品を探す風情が、何となく同族の連帯感みたいなものを醸して、落ち着くのかも知れない。

 そうして迎えた大みそかは、一杯飲(や)りながら紅白歌合戦を見て、行く年来る年で除夜の鐘を聞いて、早速初詣に繰り出す人も、すでに寝静まる人も居よう。そんな中、渋谷ではカウントダウン騒動で逮捕者まで出たようだが、取り締まりの警察官などには迷惑な話であろう。先にはアルゼンチンのサッカーのサポーターの大群が大阪から東京と股にかけて暴れたようだが、一般市民に危害を及ぼさなくとも、公道を占拠するなどすでに犯罪行為である。東京オリンピックを控え、外国人に限りはしないけれど、集団行動を取り締まる法制度に不備はないか。その罰則は適切なものか点検が必要である。

 明けて、4日は東京証券取引所の新年最初の取引である大発会。昨年末の米株下落や中国経済の悪化懸念を受けて大幅反落したようだ。日経平均株価はほぼ全面安の展開となり、昨年最後の終値と比べ一時、500円を超えるほど下落した。約2カ月半ぶりの安値であったとのこと。テレビでは中国株式市場の低迷を伝えていた。中国のバブル崩壊は今に始まったことではないが、未だに中国頼みの企業や国家もあり、それは情報が正しく伝わっていないからでもあろう。初めから日本企業の中国進出はリスクが大き過ぎると見ていたけれど、案の上で撤退したくとも出来ない企業もあるようだ。中国のさらなる軍備拡張の流れを食い止めるためにも、中国頼みの経済政策はどこの国も止めた方がいいとさえ思う。

 5日の早朝には築地市場の初競りがあったが、このニュースも新年の定番だ。今年は生鮮本マグロ1本の最高値が200kgの大間産(青森県)で、1400万円だったそうだ。今秋に江東区豊洲への移転を控え、築地での最後の初競りであった。

 公務員や一般企業の仕事始め(御用始め)のニュースも年始風景のひとつだ。今年はオリンピックイヤーで、しかも2020年の東京オリンピック・パラリンピックも控え、スポーツ庁長官と東京五輪組織委員会会長の年頭訓示の映像がテレビに流れていた。建前は参加することに意義のある大会ではあっても、やはりメダルの数は気になるところ。選手がその実力を遺憾なく発揮できるようにサポート組織の活動に期待したい。昨年のゴタゴタを繰り返してはならない。
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この国の風景Ⅳ第12回

2016年01月04日 | ブログ
1強批判の風景

 昨年は3年毎に行われる自民党の総裁選挙の年であった。前回2012年の総裁選挙は民主党政権下に行われたが、野田首相が近く総選挙を行うことを宣言しており、その政権が崩壊寸前であることは誰の目にも明らかで、自民党総裁選挙は事実上次の総理大臣を選ぶことになった。地方党員を含む一回目の投票でトップだった石破さんが、2回目の議員投票で安倍さんに敗れるという逆転劇があった。石破さんは一度自民党を飛び出したことがあり、そのことが議員票の少ない最大の要因と思われる。

 そして現在に至り、安倍一強時代という評価が定着することになる。事実安倍首相はこの国のかじ取りをしっかりやっていると思う。経済面から外交まで広範囲に、しかも政治の機微まで弁えておられるように思う。その意味で確かに他の追随を許さぬ独走状態であることは間違いない。今回総裁選挙が行われたとして、石破さんが立ったとしても一回目の投票で決まりとなったであろう。地方票でも安倍さんはすでに石破さんと同等の支持を得られたと思う。諸般の情勢から石破さんは総裁選挙に名乗りを挙げなかった。新しい派閥を旗揚げすることによって次の機会を伺う立ち位置を確保したに過ぎない。

 だからと言って、党内に多様性が失われているなどという批判は当たらない。自民党長老と呼ばれる有力者の中には、総裁選挙はやるべきだなどという意見もあり、資格があるとは思えない人物が総裁候補に名乗りを上げたりしたけれど、それらは、自民党内部に対する考察だけの判断での意見や行動であった。諸般の状況を鑑みても安保法制を成立させなくてはならない時期であり、党内の多様性は封印してこそ政権政党の面目である。
 
 ものごとの分析は、企業のSWOT分析に代表されるように、必ず内部の強み、弱みと共に外部環境における機会と脅威を考察する。要は、物事の現象には内部要因と外部要因があるということ。

 安倍首相批判の筆頭は、憲法違反の疑念がある安保法制を強行したということ。しかし、字面解釈しかできない憲法学者の説など、まさに二次元的発想に過ぎない。「シールズ」とかいうほとんど勉強などしていないのではないかと見えてしまう学生グループと一緒になって、「戦争法案反対」と猛る野党の党首連中の節度のなさは、民主党など100年先まで2度と政権は取らないと言っているようなものである。すなわち批判側に現状の世界情勢、すなわち外部要因を把握したうえでの真っ当な視点が全く無いのである。

 年が明けて早速に中国は軍組織を強化するためにロケット部隊を創設したというニュースがあった。2020年を目標に軍事力で米国と並ぶ為の施策であるという。原子爆弾なども増産配備しているようで、彼らは何週か遅れの帝国主義を実践している。

 民主国家も経済で動く。米国の国家戦略が常にわが国に都合よく構築されるとは保障の限りではない。加えてこの国の中にも、中国の経済圏で生き延びることを志向する勢力がある。人権のない国で腹を満たして何の幸福があるのだろうか。1強であろうがなかろうが、真っ当なリーダーであれば皆で支えて、この国の国体を堅持すべき時なのである。
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この国の風景Ⅳ第11回

2016年01月01日 | ブログ
従軍慰安婦

 昨年暮れの日韓外相会談によって、長年の日韓の間に蟠っていた従軍慰安婦問題が解決したという報道があった。米国の強い圧力があって両国首脳も何らかの体裁を繕う必要があったのであろう。もっとも、韓国の国民感情は抜きにして、中国の失速で韓国の経済は、当面日本に頼らざるを得ない状態ではなかったのか。交渉の裏側でどのようなやり取りがあったことかと思う。

 早速に元従軍慰安婦という人達からは強い反発があるようで、米国など韓国民への説得は、韓国政府の仕事だともっともなことを言っているけれど、政権が変われば元の木阿弥というのが透けて見える。

 それにしても、戦争という極限状態での出来事を、全世界で同様の制度が運用されていたようなことを、現在の法律に照らして、その尺度で人権を主張すること自体おかしな話だ。だって、元従軍慰安婦の方々は戦後70年も生き延びている。赤紙一枚で招集され、過酷な任務を背負い、戦地で死んでいった兵士たち。国内では焼夷弾に焼かれ、また原爆では一瞬にして消滅した人も居たと聞く。いずれにしても遺族の限りない悲しみがあった。さらに戦後の食糧難を多くの民は必死に耐えて復興に力を寄せた。

 日本は韓国にも中国にも戦後補償を含め多くの援助を続けてきた。そのことへの敬意は払わず、自分達の過ぎ去った不幸を強調する。何十年も前に国家間の約束事として決着した筈の問題を蒸し返しているのだ。そのような人々、国家とは本来付き合う必要はない。というより韓国や中国との友好条約など事実上機能していない条約は解消すればいいのではないかとさえ思う。その上でもう一度ゼロから仕切り直ししたらどうか。

 従軍慰安婦像の撤去など、はっきり言ってどうでもいい。作りたければ、どんどん作って貰って設置すればいい。日本大使館前に置くのが不都合であれば大使館を閉鎖すればいいのだ。朴大統領がどのような告げ口外交をやろうが気にする必要などない。気に掛けるのは後ろめたい気持ちがあるからだろうということになる。告げ口外交など、当人の品位を落とし自国の尊厳を自らが汚しているだけのことだ。世界はすでに70年前の日本など見ていない。この国の美しい風景が汚されることなどない。

 韓国では最近、駐留米軍への売春問題で国家(韓国)を訴えた女性の集団があった。かと思えば、売春を禁止する(韓国の)法律は職業選択の自由を奪うものだと訴えた女性が居たようにも聞いた。太平洋戦争当時、わが国が強制的に女性を従軍慰安婦として徴用したという事実が確認されなかった以上、個人が何と言おうとすでに国家の責任ではない。とは言って、不幸な女性のために基金という形での支援を提案し実施してきたように聞いている。それでいいではないか。

 今回の日韓の合意を受けて、早速台湾や中国がわれわれの国の従軍慰安婦への補償をという要求をし始めたようだ。当時従軍慰安婦には上級公務員並みの給料が支払われていたという。何を今更である。恥という文化を持たぬ国とは付き合いたくないものだ。


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