こほろぎ
肩すそさせのこほろぎは
秋の夜ごとに涙をさそうが
あなたがそばにゐたときは
それはやっぱり唄だった
あなたがゐないことしの秋
肩させや 裾させや
心ありげなその鳴き声は
刺青(ほりもの)の針と肌にしみる
あなたのみないことしの秋
着物は人に頼みもしよう
わたしの胸のほころびを
誰が 誰が縫ってくれる 詩集(藁科)
『中勘助は、明治18年(1885年)東京神田に生まれた。父は維新後藩主とともに東京に移住した岐阜県の旧今尾藩士で、勘助は次男に生まれた。一高、東京大学英文科で夏目漱石の講義を受けた。
著名な物理学者で、名随筆家でもあった寺田寅彦(1878-1935)と小説家で、児童文学者としても大きな業績をのこした鈴木三重吉(1882-1936)と並んで、漱石門下の三羽烏とうたわれた。処女作「銀の匙」が漱石の激賞うけて朝日新聞に連載され好評を博したが、文壇ジャーナリズムを意に介せず、孤高の詩人として終始したため、世間的にはあまり知られなかった。以後主力を注いだ一連の日記的随筆(「沼のほとりで」)は、深い愛の生活記録で、一字もゆるがせにしない文章とともに、識者の間で高く評価されている。
兄の病気もあって一家の重荷を担うことともなり、長く不遇であった。詩集には「藁科」の他「稂玕」「機の音」「海にうたはん」「飛鳥」などを残し、昭和40年(1965年)病没した。』
ところでこの詩の解説、『秋のわらべ唄に「寒さが来るから 肩させ裾させ つづれ(ボロ)させ」というのがあり、「させ」とは針で縫えの意。すなわち、こほろぎが鳴きはじめると、「ああ、肩させ、裾させと鳴いている。そろそろ冬のきものの支度をしなくては・・・」と思ったものだという唄。勘助の詩もこの唄に倣っている。秋の夜に、肩させ、裾させと鳴くこほろぎの声は、なんとなくあわれで、いつの年でも涙をさそわれるが、あたたが居た時は、それは音楽だったのに、あなたが居ない今年の秋は、ほんものの針のように肌にしみる。と詩っているのである。』
私などが子供の頃には、こおろぎは近くの野原にも家の周囲にも一杯いたものだ。この地では、いつの頃からから外来種の虫の鳴き声に代わってしまい、こおろぎの鳴き声は少なくなった。家庭で繕いものをすることもほとんどなくなったのではないか。
今年の9月も終わる。残暑はあれど秋の気配はすでに濃い。読書の秋に、世の移ろいはあれど日本の名詩は味わい深い。
本稿は、榊原正彦氏編「日本の名詩」金園社昭和42年刊からの引用によりますが、一部編集しています。
勝手な引用は著作権(作者の死後50年間有効)に触れる恐れがありますが、エッセーの趣旨に鑑みご容赦ください。
肩すそさせのこほろぎは
秋の夜ごとに涙をさそうが
あなたがそばにゐたときは
それはやっぱり唄だった
あなたがゐないことしの秋
肩させや 裾させや
心ありげなその鳴き声は
刺青(ほりもの)の針と肌にしみる
あなたのみないことしの秋
着物は人に頼みもしよう
わたしの胸のほころびを
誰が 誰が縫ってくれる 詩集(藁科)
『中勘助は、明治18年(1885年)東京神田に生まれた。父は維新後藩主とともに東京に移住した岐阜県の旧今尾藩士で、勘助は次男に生まれた。一高、東京大学英文科で夏目漱石の講義を受けた。
著名な物理学者で、名随筆家でもあった寺田寅彦(1878-1935)と小説家で、児童文学者としても大きな業績をのこした鈴木三重吉(1882-1936)と並んで、漱石門下の三羽烏とうたわれた。処女作「銀の匙」が漱石の激賞うけて朝日新聞に連載され好評を博したが、文壇ジャーナリズムを意に介せず、孤高の詩人として終始したため、世間的にはあまり知られなかった。以後主力を注いだ一連の日記的随筆(「沼のほとりで」)は、深い愛の生活記録で、一字もゆるがせにしない文章とともに、識者の間で高く評価されている。
兄の病気もあって一家の重荷を担うことともなり、長く不遇であった。詩集には「藁科」の他「稂玕」「機の音」「海にうたはん」「飛鳥」などを残し、昭和40年(1965年)病没した。』
ところでこの詩の解説、『秋のわらべ唄に「寒さが来るから 肩させ裾させ つづれ(ボロ)させ」というのがあり、「させ」とは針で縫えの意。すなわち、こほろぎが鳴きはじめると、「ああ、肩させ、裾させと鳴いている。そろそろ冬のきものの支度をしなくては・・・」と思ったものだという唄。勘助の詩もこの唄に倣っている。秋の夜に、肩させ、裾させと鳴くこほろぎの声は、なんとなくあわれで、いつの年でも涙をさそわれるが、あたたが居た時は、それは音楽だったのに、あなたが居ない今年の秋は、ほんものの針のように肌にしみる。と詩っているのである。』
私などが子供の頃には、こおろぎは近くの野原にも家の周囲にも一杯いたものだ。この地では、いつの頃からから外来種の虫の鳴き声に代わってしまい、こおろぎの鳴き声は少なくなった。家庭で繕いものをすることもほとんどなくなったのではないか。
今年の9月も終わる。残暑はあれど秋の気配はすでに濃い。読書の秋に、世の移ろいはあれど日本の名詩は味わい深い。
本稿は、榊原正彦氏編「日本の名詩」金園社昭和42年刊からの引用によりますが、一部編集しています。
勝手な引用は著作権(作者の死後50年間有効)に触れる恐れがありますが、エッセーの趣旨に鑑みご容赦ください。