2島返還+α
2018年すなわち今年の9月12日、極東ロシア、ウラジオストク市で行われた「東方経済フォーラム」でロシアのプーチン大統領から唐突に「日露平和条約を締結しよう。ただこの場ではなく、年末までに。いかなる前提条件を付けずにやろう」という提案がされた。
日本はこれまで、北方4島が返還されて日露平和条約があった。ところが安倍首相は、「私とプーチン大統領で、領土問題を解決し日露平和条約を締結する」と前のめりだ。プーチン大統領は、1956年の「平和条約締結後に北方領土の色丹島と歯舞群島の引き渡しをうたった」日ソ共同宣言を持ち出して、ここから再交渉のスタート的なニュアンスで安倍首相に迫ったように見える。
「領土問題を解決する」という言葉を聞くと普通の日本人は4島が返還されると同義に解釈するが、プーチン大統領や安倍首相の言うのは、4島の帰属を決めましょうということ。それは、1956年の日ソ共同宣言に基づき歯舞・色丹は日本領とするかもしれないが、国後・択捉はロシア領とすることを確約することの公算が強い。要は、島の返還に関わらず、それぞれの島の帰属をはっきりさせて日露平和条約を結びましょうということ。
菅官房長官は、「政府の4島一括返還の方針に変わりはない」と言ってはいるが、どこかのタイミングで、0より2の方が現実的でしょうと修正しそうな匂いがする。
早速、元外務官僚で、日ソ交渉に当たっていた佐藤優氏や、やはり北方4島返還交渉に詳しい鈴木宗男氏などは、この機会に2島返還+αで手を打った方が得策であるような発言をしている。一方小泉元総理は「4島でなければ駄目だ」と言っている。
+αとは何か。ひとつに国後・択捉での共同経済活動の推進があるようだ。この場合、活動に日本の規則を適用することで、ロシアの管轄の中に穴を開けることになるからプラスだということらしい。しかし、それは日本側の勝手な目論みで、交渉過程でどうなるか分かったものではない。また、ロシア側からすれば帰属確定は、国後・択捉に関して今後一切日本から領土交渉で煩わされることはないと考えるであろう。取り敢えず2島、残りの2島は交渉継続というようなシナリオはロシア側には一切ない気がする。
それでも、歯舞・色丹の返還だけで取り敢えず平和条約締結を締結することの意義は、お互いの国の領土の承認がある。日本側のメリットは尖閣諸島をロシアが日本領と認めることで中国の言い掛かりを封じることができる。見返りに日本はクリミアをロシア領として認めることになるらしい。中国の軍拡に対して日露で対抗できれば、脅威は薄らぐ感じはしなくもないが、ロシアが対中国で日本の味方をする保障はない。
平和条約によって経済協力が活発になれば、日本には中東に依存する石油系エネルギー調達が多極化することで安定し、ロシア側には北極海ルートの海運に宗谷海峡や津軽海峡を利用できるメリットがあるという。
ロシア国民には一度手に入れた領土を手放すことに強い抵抗感があり、日本国民には4島返還に拘りが強い。ここらあたりの心証に、以前プーチン大統領が持ち出した「引き分け」論の根拠がある。
問題は日本国民に面積で7%の2島返還で納得させる方策として、来年の参議院選に2島返還に信を問う解散総選挙をぶつける案があること。2島返還に日本の有識者が言うような+αが本当にあるものかも分からないまま、到底政権など担えない野党連合軍との勝負となる総選挙は安倍首相のレガシー作りに手を貸すだけの気がしてならないのだけれど。
本稿は文藝春秋刊「2019年の論点100」特別企画。池上彰×佐藤優「2019年日本が直面する重要課題」を一部参考にしています。
2018年すなわち今年の9月12日、極東ロシア、ウラジオストク市で行われた「東方経済フォーラム」でロシアのプーチン大統領から唐突に「日露平和条約を締結しよう。ただこの場ではなく、年末までに。いかなる前提条件を付けずにやろう」という提案がされた。
日本はこれまで、北方4島が返還されて日露平和条約があった。ところが安倍首相は、「私とプーチン大統領で、領土問題を解決し日露平和条約を締結する」と前のめりだ。プーチン大統領は、1956年の「平和条約締結後に北方領土の色丹島と歯舞群島の引き渡しをうたった」日ソ共同宣言を持ち出して、ここから再交渉のスタート的なニュアンスで安倍首相に迫ったように見える。
「領土問題を解決する」という言葉を聞くと普通の日本人は4島が返還されると同義に解釈するが、プーチン大統領や安倍首相の言うのは、4島の帰属を決めましょうということ。それは、1956年の日ソ共同宣言に基づき歯舞・色丹は日本領とするかもしれないが、国後・択捉はロシア領とすることを確約することの公算が強い。要は、島の返還に関わらず、それぞれの島の帰属をはっきりさせて日露平和条約を結びましょうということ。
菅官房長官は、「政府の4島一括返還の方針に変わりはない」と言ってはいるが、どこかのタイミングで、0より2の方が現実的でしょうと修正しそうな匂いがする。
早速、元外務官僚で、日ソ交渉に当たっていた佐藤優氏や、やはり北方4島返還交渉に詳しい鈴木宗男氏などは、この機会に2島返還+αで手を打った方が得策であるような発言をしている。一方小泉元総理は「4島でなければ駄目だ」と言っている。
+αとは何か。ひとつに国後・択捉での共同経済活動の推進があるようだ。この場合、活動に日本の規則を適用することで、ロシアの管轄の中に穴を開けることになるからプラスだということらしい。しかし、それは日本側の勝手な目論みで、交渉過程でどうなるか分かったものではない。また、ロシア側からすれば帰属確定は、国後・択捉に関して今後一切日本から領土交渉で煩わされることはないと考えるであろう。取り敢えず2島、残りの2島は交渉継続というようなシナリオはロシア側には一切ない気がする。
それでも、歯舞・色丹の返還だけで取り敢えず平和条約締結を締結することの意義は、お互いの国の領土の承認がある。日本側のメリットは尖閣諸島をロシアが日本領と認めることで中国の言い掛かりを封じることができる。見返りに日本はクリミアをロシア領として認めることになるらしい。中国の軍拡に対して日露で対抗できれば、脅威は薄らぐ感じはしなくもないが、ロシアが対中国で日本の味方をする保障はない。
平和条約によって経済協力が活発になれば、日本には中東に依存する石油系エネルギー調達が多極化することで安定し、ロシア側には北極海ルートの海運に宗谷海峡や津軽海峡を利用できるメリットがあるという。
ロシア国民には一度手に入れた領土を手放すことに強い抵抗感があり、日本国民には4島返還に拘りが強い。ここらあたりの心証に、以前プーチン大統領が持ち出した「引き分け」論の根拠がある。
問題は日本国民に面積で7%の2島返還で納得させる方策として、来年の参議院選に2島返還に信を問う解散総選挙をぶつける案があること。2島返還に日本の有識者が言うような+αが本当にあるものかも分からないまま、到底政権など担えない野党連合軍との勝負となる総選挙は安倍首相のレガシー作りに手を貸すだけの気がしてならないのだけれど。
本稿は文藝春秋刊「2019年の論点100」特別企画。池上彰×佐藤優「2019年日本が直面する重要課題」を一部参考にしています。