「キス・キス」「夜の旅その他の旅」

大きな災害や災難が訪れると、フィクションを読むのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
電車に乗っても、目に入る広告など凄まじく白じらしい。
そうだった、惨事が起こるとこういう気分になるんだったと思い出した。

じゃあ、最近は小説を読んでいないのかというとそんなことはない。
むしろ、いままで以上に、なかばムキになって読んでいる。

最近読んだのは、「異色作家短編集」のこの2冊。

「キス・キス」(ロアルド・ダール 早川書房 1974)
訳は開高健。
収録作は以下。

「女主人」
「ウィリアムとメアリイ」
「天国への登り道」
「牧師のたのしみ」
「ビクスビイ夫人と大佐のコート」
「ローヤル・ジェリイ」
「ジョージイ・ポーギイ」
「誕生と破局」
「暴君エドワード」
「豚」
「ほしぶどう作戦」

「夜の旅その他の旅」(チャールズ・ボーモント 早川書房 1978)
訳は小笠原豊樹。
収録作は以下。

「黄色い金管楽器の調べ」
「古典的な事件」
「越してきた夫婦」
「鹿狩り」
「魔術師」
「お父さん、なつかしいお父さん」
「夢と偶然と」
「淑女のための唄」
「引金」
「かりそめの客(チャド・オリヴァーと共作)」
「性愛教授」
「人里離れた死」
「隣人たち」
「叫ぶ男」
「夜の旅」

じつは、チャールズ・ボーモントのほうは読んだものの、あんまりピンとこなかった。
タイトルは素敵だし、うまいのはわかるんだけど…という感じ。
このなかで好きなのは、闘牛を題材にした「黄色い金管楽器の調べ」くらいだ。

いっぽう、ロアルド・ダールのほうは堪能した。
短編集で、こんなに粒がそろっているのはめずらしいと思うくらい、どれも読みごたえがある。
ユーモラスなのは、奇想天外な方法でキジの密猟をたくらむ「ほしぶどう作戦」くらい。
あとはどの作品も、冷酷で残酷で不気味。


まず面白かったのは、若い男が部屋を貸している女主人と出会う「女主人」
不気味なほのめかしかたがじつに見事だ。

それから、フォスター老夫妻のあいだに起こったできごとをえがいた、ミステリ風味の「天国への登り道」
ワン・アイデア小説なのだけれど、よく読ませる。

日曜日ごとに牧師に化けて、田舎町をめぐっては骨董家具をみつけて買い叩くポギス氏の物語、「牧師のたのしみ」は素晴らしい完成度。
ダールは、すぐに通になるタイプのひとだったのか、ウンチクの多い作品がよくあって、これもそのひとつ。
読んでいて、別にポギス氏に肩入れするわけではないのだけれど、結末がみえてくると思わず脈が早くなる。
本書中、随一の一篇だ。

愛人から手切れの品として、とても高価なミンクのコートを贈られたビクスビイ夫人。
夫に怪しまれないように、コートを質に入れ、質札をタクシーで拾ったように偽るのだが…という、「ビクスビイ夫人と大佐のコート」も、夫婦もので、皮肉の効いた一篇。

あんまり不気味すぎるのは、個人的にダメだった。
「ウィリアムとメアリイ」とか「ローヤル・ジェリイ」とか。
最初、童話めいた語り口で楽しく読んでいたら、最後にとんでもないオチがつく「豚」もあんまり。

訳者あとがきで、開高健は小泉太郎氏と常盤新平氏に感謝を記しているけれど、小泉太郎は、生島治郎の本名じゃなかったかと思う。
そして、「キス・キス」は下訳を小泉氏がやり、開高健がこのままでいいといって、ほとんど下訳を完成稿として出版したという逸話が、ハヤカワミステリにかかわっていたころを題材とした生島治郎の回想小説、「浪漫疾風録」(講談社 1996)に書いてあったような気がする。

初期のハヤカワミステリに興味のあるひとは、この小説を読むときっと面白い。
田村隆一が、支離滅裂ながら、なにやら格好良よかったのが印象的。

長年の懸案だった、「手元の異色作家短編集をぜんぶ読む」は今回の2冊でついに終了。
読み終わった本はみんな手元から放したけれど、「キス・キス」だけはとっておこうかと、いま悩んでいるところ。


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王手飛車取り (タナカ)
2012-07-10 22:27:50
先日、DVDで「王手飛車取り」(ジャック・リヴェト監督)という短篇映画をみていたら、
――この話は知っているぞ。
と、思った。

たいてい、知っているぞと思っても、なにで読んだのか思い出せないのだけれど、このときは思い出せた。
――ロアルド・ダールの「キス・キス」だ。

で、「キス・キス」を確認。
「王手飛車取り」とよく似ている話は、「ビクスビイ夫人と大佐のコート」だった。
もちろん、細部はちがうけれど、基本的なアイデアは同じといっていい。
どちらかがどちからの原作なのだろうか。
それとも、似ているのはたまたまか。

それにしても。
今回思い出せたのは、ブログでメモをとっていたおかげだなあ。


 
 
 
三谷幸喜さんも (ユウコ)
2013-01-18 20:24:38
1月19日付の朝日新聞朝刊で三谷幸喜さんもタナカさんと同じ事を書いていました。
 
 
 
明日? (タナカ)
2013-01-18 21:52:22
ユウコさんこんにちは。
三谷さんはどんなことを書いているのでしょう。
確認してみます。

三谷さんといえば、はじめて「笑いの大学」の舞台をテレビでみたときは、あんまり面白くて、友人たちにしゃべりまくったおぼえがあります。
 
 
 
拝見しました (タナカ)
2013-01-20 15:30:15
三谷さんのコラム、拝見しました。
ダールの「ビクスビイ夫人と大佐のコート」と、短篇映画の「王手飛車取り」がそっくりだ、という話でしたね。
両方知っていれば、だれしも気づくことですが、両方知っているひとは案外少ないのかなと、三谷さんのコラムを読んで思いました。
でも、「ビクスビイ夫人と大佐のコート」が、「ヒッチコック劇場」や「ロアルド・ダール劇場」としてドラマ化されていたとは知りませんでした。
さすが、三谷さんはよく知っていらっしゃる。

さて、真相はいかに、というところですが、ダールはあんまり他の作品の影響を受けないタイプの作家ではないかと思うので、オリジナルはダールなのではないかと愚考します。
あるいは、たまたま似てしまっただけか。
映画からダールの流れは、まずないんじゃないかと。
ちがうかな?

でも、映画と小説をくらべると、個人的には映画の「王手飛車取り」のほうが好きです。
白黒の映像が美しいし、短くて、さっぱりしている。
ダールはやっぱりコクがあるんですよね。
そのコクがあってこそ、「牧師の楽しみ」の完成度に達するわけですが。

 
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