短編を読む その36

「ユーモア感」(デイモン・ラニアン)
「犯罪文学傑作選」(東京創元社 1978)

靴にペーパーマッチをさしこみ、点火するいたずらが好きなジョーカー・ジョー。だが、フランキー・フェロウシャスにも、そのいたずらをしたのはよくなかったと、多くの連中は考える。またジョーカー・ジョーの愛妻ローザがフェロウシャスのもとに走ったという因縁も2人のあいだにはあった。2人の争いはじき派手になり、ジョーカー・ジョーの仲間や弟が袋づめで発見されることに。それでもジョーの奇妙なユーモア感覚は変わらない。ジョーは、自分が袋づめになってフェロウシャスのもとにいき、やつにピストルを突きつけるといういたずらを思いつく。

「修道士(マンク)」(ウィリアム・ウォークナー)
(同上)

マンクと呼ばれた不幸な生い立ちの若者についての物語。亡くなった老婆の家にいた、まだ幼い、けもののようなマンクは、ガソリンスタンドを経営するウィスキー密造者の老人のもとで成長。老人が亡くなり、別のガソリンスタンドではたらいていたのだが、そこで男がひとり殺され、ピストルをもっていたマンクが逮捕される。のちに真犯人による自白があり、マンクが犯人でなかったことがわかったのだが、所長に献身的につかえ、模範囚となっていたマンクは出所をこばむ。ところが、そんなマンクが、よりにもよってピストルで所長を射殺するという事件が起きる。

「闇にきかせた話」(リルケ)
「神さまの話」(新潮社 1982)

語り手の〈僕〉が語った13の話をまとめた連作短編集。その最後の話が本作。12年ぶりに帰省したゲオルグ・ラスマン博士は、幼年時代に親しくつきあったクララという少女を思いだし、姉やその夫に消息をたずねる。身をもちくずしたというクララを、博士はミュンヘンに訪ねる。噂とちがい、クララは質素ながらも自足した暮らしをしていた。幸福とはいえない育ちかたをしたのに、なぜこんなにクララは華やいでいるのかと、博士は不思議に思う。

「黒猫に礼をいう」(都筑道夫)
「女を逃すな」(光文社 2003)

北海道に引っ越すことになった〈わたし〉。住んでいた西洋館の地下室をセメントで修繕していると、家の面倒をみてくれていた若者がやってきて手伝いをしてくれる。若者が、家だけでなく妻の面倒までみていたことを知っていた〈わたし〉は、若者を脅しはじめる。タイトルはポーの「黒猫」から。ジョン・コリアの「死者の悪口を言うな」と同趣向の話。いや、地下室での夫婦殺人はすべて「黒猫」のヴァリエーションだろうか。

「クレオパトラの瞳」(都筑道夫)
(同上)

宝石店のショーケースに飾られている「クレオパトラの瞳」という一対の黒真珠。それをみていた〈私〉は、「あれは自分の眼なのだ」という老人に声をかけられる。ある占い師に盗まれてしまった眼は、海外に売られ、各地を流転してきたのだと老人は語る。アポリネール風の味わい。

「支払いはダブル・ゼロ」(ウォーナー・ロウ)
「スペシャリストと犯罪」(早川書房 1984)

実直な青年がカジノのディーラーとして雇われる。青年は、客としてあらわれた老人とその若い妻の2人組の不審さを、カジノの経営者に熱心に訴えるのだが。二重の伏線に、なめらかな展開、気の利いたラストと楽しい作品。

「金銭愛」(J・I・ワゴジョー)
(同上)

舞台はケニア。軍を辞め、興信所を経営する〈わたし〉のもとに、保険会社の部長が訪ねてくる。契約者が、車にかけている保険金をだましとろうしている疑いがあると部長。〈わたし〉は警察で事故の概要を調べ、契約者の以前の勤め先である自動車会社を訪ねる。犯罪実話のような雰囲気のオーソドックスなミステリ。金銭愛というテーマでうまく話をまとめている。

「マダム・ウーの九匹のウナギ」(エドワード・D・ホック)
(同上)

舞台はバンコク。賭け闘凧(カイト・ファイティング)の名手であるアメリカ人には、ベトナム戦争当時、暗殺者に渡すべき金を着服し、逃亡したという過去があった。いつかだれかが自分を訪ねてくると思っているアメリカ人のもとに、カイト・ファイティングを教えてほしいというアメリカ人の若者がやってくる。メロドラマ調のミステリ。奇妙なタイトルは、タイでは9は縁起のいい数字で、9匹のウナギを放流すると幸運がもたらされるという習俗からとのこと。アメリカ人の恋人マダム・ウーは、カイト・ファイティングにのぞむアメリカ人の幸運を祈るため、放流用のウナギを浮浪児から買いもとめ、運河に放す。

「九時から五時までの男」(スタンリイ・エリン)
(同上)

9時から17時まで、きっちりはたらくキースラー氏の物語。几帳面なキースラー氏の犯罪生活が、細ごまと書かれる。

「お人好しなんてごめんだ」(マイクル・コリンズ)
「密室大集合」(早川書房 1984)

隻腕探偵ダン・フォーチューン物の1編。店の経営者から、共同経営者がなにかたくらんでいるので見張ってほしいとの依頼を受けた探偵。じき店内で、共同経営者が殺害される事件が起こる。宝石や金庫の中身は盗まれ、探偵に依頼をしてきた経営者は、店内の物置に閉じこめられていた。探偵をミスリードするために密室状態がつくりだされたこの事件。おかげで探偵はほぼ完敗してしまう。


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