翻訳味くらべ「シャーロットのおくりもの」

「翻訳入門」(松本安弘・松本アイリン 大修館書店 1986)は、いろんな翻訳を俎上にのせては、著者が誤訳を指摘し、改訳をしてみせるという趣向の本。
いままで、本ブログで、「郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす」と、ワーズ・ワースの「黄水仙」をとりあげた。
ほかにどんな本がとりあげられているのか、目次から引用してみる。

「オリエント急行殺人事件」 アガサ・クリスティ
「断絶の時代」 ピーター・ドラッカー
「言語と精神」 ノーム・チョムスキー
「葉巻とパレット」 ウィンストン・チャーチル
「走れ! ウサギ」 ジョン・アップダイク
「シンデレラ・コンプレックス」 コレット・ダウリング
「幻の女」 ウィリアム・アイリッシュ
「カリブ海の秘密」 アガサ・クリスティ
「郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす」 ジェイムズ・ケイン
「チャタレイ夫人の恋人」 D・H・ロレンス
「コスモス」 カール・セーガン
「ロリータ」 ウラジミール・ナボコフ
「風と共に去りぬ」 マーガレット・ミッチェル
「黄水仙」 ウィリアム・ワーズワース
「シャーロットのおくりもの」 E.B.ホワイト

小説、評論から詩、児童文学まで。
じつにバラエティ豊か。
「翻訳入門」をとりあげるのは、これで最後にしようと思い、今回は表紙の絵も描いてみた。
装丁挿画は井村治樹。
編集は辻村厚。

さて、本題。
今回、訳をくらべるのは、「シャーロットのおくりもの」。
いわずとしれた、児童文学の古典的名作だ。
著者たちは、作者のE.B.ホワイトから英作文の指導を受けたという。
では、「翻訳入門」の記述にあわせて、まず原文を引用し、つぎに「シャーロットのおくりもの」(法政大学出版局 1973)の鈴木哲子訳を引用しよう。

《 The night before the Country Fair, everyday went to bed early.Fern and Avery were in bed by eight.Avery lay dreaming that the Ferris wheel had stopped and that he was in the top car.Fern lay dreaming that she was getting sick in the swings.
Lurvy was in bed by eight-thity.He lay dreaming that he was throwing baseballs at a cloth cat and winning a genuine Navajo blanket.Mr.and Mrs.Zuckerman were in bed by nine.Mrs.Zuckerman lay dreaming about a deep-freeze unit.Mr Zuckerman lay dreaming about Wilbur.He dreamt that Wilbur had grown until he was one hundred and sixteen feet long and ninety-two feet high and that he had won all the prizes at the Fair and was covered with blue ribbons and even had a blue ribbon tied to the end of his tail.》

鈴木哲子訳
《市のたつ日の前の夜は、みな早くねました。ファーンとエィブリーも、8時前にねどこにはいりました。エィブリーは、市で観覧車に乗っている時、自分の箱がいちばん高い所に行った時に、急に、とまってしまった夢を見ながらねていました。ファーンは、ブランコに乗って、よってしまった夢を見ていました。
 ルーブィーは、8時半にはもう床についていました。彼は、布で作ったネコに、ボールを投げて、ほんものの、毛布をもらった夢を見ていました。ザッカーマンさんのおじさんとおばさんは、9時に、床にはいりました。おばさんは家庭用の冷凍器の夢を見ていました。おじさんは、ウィルバーの夢を見ていました。夢のなかで、ウィルバーは、116フィートの長さと、92フィートの高さにまで大きくなって、市で出た賞金をぜんぶもらって、一等賞の水色のリボンを、からだがおおわれるほどつけていました。しっぽの先にさえ、水色のリボンがひとつむすんでありました。》

「翻訳入門」の著者たちによる、鈴木哲子訳への指摘はこんな感じ。

並列部の訳出
“lay dreaming”も5回繰り返されて、心地よいリズムを生んでいるから、この部分を、例えば「ふとんの中で……の夢を見ていました」という表現に統一するのがよい。

単位
ブタの大きさを、原文直訳で「長さ116フィート、高さ92フィート」としたのでは、子供にわからない。大人でもわかりにくい。この場合は、単位換算の手間を惜しまず、「35メートル」「28メートル」としなければならない。
なお、「長さ」は「体長」、「高さ」は「背たけ」とする。

ブランコに乗って、よってしまった
読んでいて、一瞬「ブランコを吊っているくさりが撚れてしまったのか」、あるいは「片側に寄ってしまったのか」と思う。
この場合、「酔(よ)ってしまった」のように漢字にしてルビを振るか、「気分が悪くなった」、その他の表現で言い替える。

Country Fair
米国では、毎年郡のきまった場所で、きまった日時に「農業博覧会」が開かれ、農作物や家畜を出し合って賞金を競い大騒ぎする。
また、遊園地が併設され、子供たちはお祭り騒ぎで前夜はねむれない。郡規模のものをCountry Fair、州規模のものをState Fairという。
原訳の「市」は、「朝市」「瀬戸物市」「市がたつ」の「市」で、原文の「博覧会」の意味はない。不適切である。

a Navajo blanket
アメリカインディアンで最も人口の多いのがナバホ族である。ナバホ族の織る幾何学模様の毛布をナバホ毛布という。原訳のように「ほんものの毛布をもらった」(「うその毛布」があるのだろうか)では意味不明。日本語訳では登場人物の名前を日本名に変えたのにあわせて、「アイヌの手織物」とでもする。

a Blue ribbon
原義は、英国のガーター勲章の青いリボン(水色ではない)のことで、最高の栄誉である。そこで、コンテストの一等賞をブルーリボンという。

ボールを投げて…
原文がbaseballとなっているから、ただの「ボール」でなく、「野球のボール」とする。「一般語」よりも「特定語」を用いるほうが、文が生き生きして、読者の頭に鮮やかなイメージを結ぶ。

代名詞の訳出
英語では代名詞がよく発達していて、一度代名詞が出ると、そのあとは代名詞で受け、名詞をくり返すことはしない。Lurvy was in bed by eight-thity.He lay dreaming that…における、Lurvyとheの関係がそうである。ところが日本語では代名詞を多用しない。そこで、基本方針としては、(1)文意が曖昧にならないかぎり代名詞は訳出しない。(2)文意が曖昧になるおそれがあるなら同じ名詞をくり返す、ということにしておけばよい。

…まだまだ指摘はあるのだけれど、これくらいに。
でも、ひとつだけ見逃せない指摘がある。
人名についてだ。
著者は、外国人の名前は子どもにはむつかしすぎるから、日本名に変えたらどうかと、こんなことをいっている。

「少女の名前Fernは、植物のシダ(fern)の意味であるから、「しだ子」とする。
少年の名前Averyは、古英語でboar(猪)+favor(贔屓)の意であるから、「いのきち」とする。

男性名LurvyはLeviとスペルと発音が近い。Leviはヘブライ語でjoining(接合)を意味するから、「つぎお」。
Zuckermanはドイツ系の名前で「砂糖屋」を意味するから、邦訳のなかでは「佐藤さん」になってもらう。

男性名Wilburは、古英語でWill(意志)+Fortified place(要塞)の意であるから「つよし」に置きかえる。
女性名CharlotteのニックネームはLottie(指小辞)であるから、くもの「ちび子」とでもする」

しだ子といのきちですか!
何度もいうけれど、この本が出版されたのは1986年だ。
明治のはじめには、サンタクロースが「三太」と訳されたというけれど、1986年は、まだこんなことがいえる時代だったのか。
たとえ、子どもの本だからといえ。

さて、以上の指摘を反映した改訳はこうだ。

改訳
《郡の農業博覧会の前の晩は、みんな早くねました。しだ子といのきちは、8時にはもうふとんにはいっていました。いのきちは、ふとんの中で、乗っていた観覧車がとまってしまって、一番上のかごにとじこめられている夢を見ました。しだ子は、ふとんの中で、ぶらんこに乗って気持ちが悪くなる夢を見ました。
つぎおは、8時半にはもうふとんにはいっていました。つぎおは、ふとんの中で、布で作ったまねきネコに野球のボールを投げて、幾何学模様の美しい本物のアイヌの手織物をもらった夢を見ました。佐藤のおじさんとおばさんは、9時にはもうふとんにはいっていました。おばさんは、ほしいほしいと思っている冷凍冷蔵庫の夢を見ました。おじさんは、ふとんの中で、ブタのつよしの夢を見ました。つよしが、どんどん大きくなって、しまいに体長が35メートル、背たけが28メートルになり、博覧会の賞をみんな取ってしまい、一等賞のブルーリボンを体中にかけてもらって、もうかけるところがなくなり、しっぽの先にもブルーリボンを一つ、ゆわえてもらっている夢を見ました。》

うーん、これは…。
著者たちが教わったという、E.B.ホワイトがこれをみたら、なんというんだろう(日本語読めないだろうけど)。

長くなってきたので、今回はここまで。
続きます。

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