翻訳味くらべ「シャーロットのおくりもの」(承前)

続きです。

「シャーロットのおくりもの」は、2000年にあすなろ書房から、さくまゆみこさんの訳でも出版された。
その該当部分を引用してみよう。

さくまゆみこ訳
《品評会のまえの晩は、みんな早くねました。ファーンとエイヴリーは、八時に寝床に入りました。エイヴリーは、じぶんがてっぺんにいったところで大観覧車がとまってくれる夢を見ました。ファーンは、ブランコに乗っているうちに気分がわるくなる夢をみました。
 ラーヴィーは、八時半に寝床に入りました。そして、ネコのぬいぐるみにうまいことボールをあてて、ほんもののナヴァホ族の毛布に賞金をもらう夢を見ました。ザッカーマン夫妻は、九時に寝床に入りました。おばさんは、急速冷凍冷蔵庫の夢を見ました。おじさんは、ウィルバーの夢を見ました。夢のなかのウィルバーは、体長三十五メートル、高さ二十八メートルにまで成長して品評会の賞をひとりじめにし、青いリボンをかざってもらっていました。しっぽの先にまで、青いリボンが結んであるのでした。》

さすが、さくまさんの訳は読みやすい。
「翻訳入門」の著者が問題にしていた、並列部もちゃんと訳されている。
代名詞の部分も、「そして」でつなげてなんなくクリア。
それから、「エイヴリーは、じぶんがてっぺんにいったところで大観覧車がとまってくれる夢を見ました」となっているのが面白い。
鈴木哲子訳では、「急に、とまってしまった」。
「翻訳入門」だと、「とまってしまって…とじこめられている」。
観覧車がてっぺんで止まるのはうれしいことだ、というのが、さくまさんの解釈なのだろう。

おそらく、今後「シャーロットのおくりもの」といえば、さくま訳が定番になるだろうと思う(もうなっているか)。
でも、鈴木哲子訳を最初に読んだひとは、鈴木訳に愛着があるもの。
「子どもの本を選ぶ」の71号(ライブラリー・アド・サービス 2009.5)を読んでいたら、「受け継がれる翻訳児童文学の古典」と題して、滋賀県立草津市立図書館の、二井治美さんというかたが、こんなことを書いていた。

「シャーロットのおくりもの」の、物語のクライマックスをちょっとすぎたあたりで、ガチョウがんなことをいう場面がでてくる。
「おめで、おめで、おめでとう! でかしゃった!」
さくま訳では、こう。
「おめでとう、おめでとう、おめでとう! よくやったね!」
この訳について、二井さんはこういう。

「私ははじめて鈴木哲子訳を読んだとき、この「でかしゃった」に強烈なインパクトを受けたことをおぼえています」

「でかしゃった」は、翻訳当時は日常につかわれていたのかもしれない。
語感と文脈から、理解することはできたけれど、現代の子どもたちにはむつかしいだろう。
また、鈴木訳は、訳が体言止めになっていたりと読みにくい点が多い。
でも、主人公の女の子ファーンがお父さんのことを「おとうちゃん」というように、鈴木訳のほうが、時代背景や物語の雰囲気がよくつたわるものが多くあるように感じる。
と、二井さん。

そして、図書館としてはどちらが良い悪いを問うのではなく、どちらも用意されていることが大事なことだ、と続けている。

「図書館へいけば、旧版・改版の両方がそろっているということは市民にとって大きな魅力であり、財産です」

さて。
以下は、余談。

「シャーロットのおくりもの」は、一度原文を読んでみたことがある。
もとより、英語は読めないので、辞書を片手によちよち読んでみた。
すると、冒頭でいきなりつまった。

この小説は、間引きされそうになった仔ブタを、ファーンが助けだすところからはじまる。
その、斧をもったお父さんを、ファーンが必死で説得する場面。
お父さんが、「おれはおまえよりブタについちゃ詳しいんだから、あっちへいってなさい」
というようなことをいうと、ファーンがこういう。
“But it's unfair”

これがわからない。
なんだって、ここでアンフェアがでてくるのか?
この状況で、8歳の女の子がいうセリフだろうか?
でも、こう書いてあるのだから、仔ブタが殺されそうなとき、アメリカでは8歳の女の子が「そんなの不公平だ」というのだろう。

今回、この記事を書くために、「シャーロットのおくりもの」を読んでいたら、この部分はこう訳されていた。
「だって殺すなんていけないことだわ」(鈴木哲子訳)
「でも、かわいそうよ」(さくまゆみこ訳)
さくま訳では、もうちょっと先にいくと、「不公平」という言葉がでてくる。
でも、これで納得。
やっぱり日本語だと、「いけない」とか、「かわいそう」とか、主観的な言葉になる。

それから。
雑誌「図書」の2010年4月号だったか、5月号だったかに、「成長した「本の虫」の幸せ」と題された、マーク・ピーターセンさんのエセーが載っていて、「シャーロットのおくりもの」について触れられていたので、最後にそれを紹介したい。

ピーターセンさんが小学校低学年だったころ。
ある日、ミス・メンキーという新米の先生が、「今日からみんなに物語を読んであげることにしました」といいだした。
それが、「シャーロットのおくりもの」。
3年生なら自力でもぎりぎり読めるかもしれないが、1、2年生がひとりで読むにはむつかしい本。

こうして、毎日、昼休みの後、先生が一章ずつ読んでくれることになった。
すると、2日目からはもう、皆が必ず早目に席にもどって静かに待っているようになった。
そして、最後の第22章が読まれた日、先生が“The End”といって本を閉じると、教室はしばらくシンと静まり返り、そのうち泣き出す子が何人かでてきた。
それは、エンディングが悲劇的だったからではなく、ただ純粋に、終わってほしくなかったからだった。

続けて、ピーターセンさんはこう書いている。

「今思えば、あのときわれわれは、生まれて初めて本物の文学がもつ力に気づき、毎日が本によって特別な時間になっていたことを知ったのだろう」


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