
チョルスー・バザールの見学を終えて、地下鉄に乗ってチョルスー駅からムスタキリク・マイダニ駅に移動しました。地下鉄の各駅は、美しく装飾されていましたが、撮影禁止であったのは残念でした。
地下鉄駅から地上に上がると、ムスタキリク広場(自由広場)に出ました。コウノトリの飾りを載せたゲートが設けられていました。

コウントリは、ウズベキスタンのシンボルになっているようです。

その奥には、子供を抱いた母の像が置かれていました。ソ連時代には、ここにはレーニン像が置かれていたようです。

広場の周囲には、官公庁関係の建物が並んでいます。これは国会議事堂。


行政ビル

続いて、近くのウズベキスタン歴史博物館を訪れました。

ウズベキスタンでは、多くの施設でカメラでの撮影料金を払う必要があります。一般には、200~300円ほどなのですが、ここは20000スム(約1000円)もしました。ただ、ガイドブックにある10枚という制限については、監視人もいなくて、何枚でも撮影できる状態でした。

階段脇には、ウズベキスタン建築の特徴である彫刻の施された柱が展示されていました。

博物館内には、石器時代からの展示がされていましたが、全てに興味を持つだけの知識がありません。

興味深い金属装飾品も展示されていましたが複製で、本物はエルミタージュ美術館や大英博物館に流出してしまっているようです。

グリフォン像

この博物館の目玉というべき、クシャン朝時代(1~3世紀)のガンダーラ仏です。

穏やかな顔つきですね。



ソグド人にの壁画


石人(バルバル)。キルギスで多く見られるようで、兵士の墓として置かれたようです。

武具一式。ティムール帝国が、モンゴル帝国の末裔であることが判ります。

民族衣装も展示されていました。これらは、二階の展示物で、三階にはウズベキスタンの近代史に関する資料が置かれていたようですが、疲れも出ていたので省略しました。
地下鉄駅から地上に上がると、ムスタキリク広場(自由広場)に出ました。コウノトリの飾りを載せたゲートが設けられていました。

コウントリは、ウズベキスタンのシンボルになっているようです。

その奥には、子供を抱いた母の像が置かれていました。ソ連時代には、ここにはレーニン像が置かれていたようです。

広場の周囲には、官公庁関係の建物が並んでいます。これは国会議事堂。


行政ビル

続いて、近くのウズベキスタン歴史博物館を訪れました。

ウズベキスタンでは、多くの施設でカメラでの撮影料金を払う必要があります。一般には、200~300円ほどなのですが、ここは20000スム(約1000円)もしました。ただ、ガイドブックにある10枚という制限については、監視人もいなくて、何枚でも撮影できる状態でした。

階段脇には、ウズベキスタン建築の特徴である彫刻の施された柱が展示されていました。

博物館内には、石器時代からの展示がされていましたが、全てに興味を持つだけの知識がありません。

興味深い金属装飾品も展示されていましたが複製で、本物はエルミタージュ美術館や大英博物館に流出してしまっているようです。

グリフォン像

この博物館の目玉というべき、クシャン朝時代(1~3世紀)のガンダーラ仏です。

穏やかな顔つきですね。



ソグド人にの壁画


石人(バルバル)。キルギスで多く見られるようで、兵士の墓として置かれたようです。

武具一式。ティムール帝国が、モンゴル帝国の末裔であることが判ります。

民族衣装も展示されていました。これらは、二階の展示物で、三階にはウズベキスタンの近代史に関する資料が置かれていたようですが、疲れも出ていたので省略しました。