語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】慌てる政府の稚拙な手法には動じない ~翁長雄志~

2015年08月18日 | ●佐藤優
 (1)菅義偉・官房長官は、8月4日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う新基地建設工事を
    1ヶ月間(8月10日から9月9日まで)停止
し、その間、沖縄県と集中的に協議する、と発表した。
 朝日新聞主催のシンポジウム(7月29日、於東京)で、翁長雄志・沖縄県知事が、埋め立て承認取り消しに踏み込むことを示唆した。
 さらに、「AERA」誌で翌30日に収録されたインタビューにおいて、翁長知事が佐藤優・作家に、「埋め立て承認取り消しは。タイミングの問題だけである」と述べた。
 かくして、知事の埋め立て中止がブラフではなく、本気であることが、日本世論に可視化された。
 新基地建設工事の1ヶ月間停止は、慌てた中央政府が、時間稼ぎをしているのだ。
 
 (2)首相官邸に具体的な戦略はない。
 とりあえずは、安倍政権に好意的なマスメディアと、日本に過剰同化した沖縄人を利用して、「このままでは普天間基地が固定化する」というキャンペーンを展開し、沖縄人を分断し、辺野古新基地建設に向けた流れを作ろうとするだろう。
 しかし、こんな稚拙な手法で分断されるほど沖縄人共同体は弱くない。

 (3)外務官僚、防衛官僚は、官僚の頭越しに首相官邸が沖縄県と極秘交渉を行ったことに衝撃を受けている。
 特に防衛官僚が、「このまま辺野古移設に努力しても、梯子を外されるのではないか」という恐れを強く抱いている。
 安倍政権の行動原理はポピュリズムだ。辺野古移設を強行することで、世論調査の支持率が下がり、政権の権力基盤が弱体化する危険がある、ということになれば、辺野古新基地計画を事実上放棄する可能性は十分にある。
 防衛省、外務省の関係者は、自分の身は自分で守るしかない。梯子を外されるのみでなく、「あいつは辺野古で頑張りすぎた。空気が読めない奴だ」と出世コースから外される危険がある。

 (4)懸念されるのは、沖縄県と首相官邸の間に入ってブローカーのような動きをする政治家が、緊急避難を口実に、
   ①普天間の海兵隊の嘉手納基地への統合
   ②下地島への移設
のような変化球を投げてくることだ。
 しかし、(1)の朝日新聞主催のシンポジウムの席で、翁長知事は、①のシナリオも②のそれも明確に否定している。
 いかなる形態であれ、米海兵隊普天間飛行場の県内移設というシナリオはない、ということを首相官邸、外務省、防衛省と東京のマスメディアに認識させることが今後の重要な課題となる。

 (5)仲井間弘多・前沖縄県知事による埋め立て承認について検証した沖縄県の第三者委員会は、承認手続きに「瑕疵が認められる」とする報告書を翁長知事に提出した。
 今回の集中協議が決裂しても、翁長知事は埋め立て承認取り消し、といった次の段階へ進めばよいだけのことだ。
 埋め立て承認取り消しは、沖縄の自己決定権を反映したものだ。
 この自己決定権を翁長知事は、沖縄にもっとも有利になるタイミングで発動することになろう。

□佐藤優「慌てる政府の稚拙な手法には動じない・翁長雄志 ~佐藤優の人間観察 第124回~」(「週刊現代」2015年8月29日号)
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【詩歌】財部鳥子「いつも見る死 --避難民として死んだ小さい妹に」

2015年08月18日 | 詩歌
 いもうとは空色の服をきて
 草むらに見え かくれ
 いもうとは顔のような牡丹の花をもって
 あ 橋のしたを落ちていく
 その とおい深い谷川の底で
 わたしは目ざめている
 いもうとを抱きとるために目ざめている
 あおい傷が
 わたしの腕をはしる

 はしる野火にまかれて
 わたしもいもうともそこにいない
 バオミイの林のなかの
 大きな泣き声は わたしではない
 わたしは目ざめて
 気づく
 夢の巨きなおとがいに
 いもうとを捨てたことを
 もう戻れない
 戻れない

 でもはしれ はしれ
 はしるたびに 傷は大きくなりながら
 牡丹の色に裂けて
 わたしは死ぬ いくども死ぬ
 死ぬあとから
 いもうとは 鳥の巣のある草むらにまぎれこんだ
 いもうとは タワン河(ホー)のきいろい水勢に
 のまれてしまった

 そしてわたしは不意に目ざめる
 戻れない 泣き声ののこる夢のあわいで
 わたしは銃声を一発 ききたくない

 *

●中村稔(『財部鳥子詩集』(現代詩文庫、1997)裏表紙のことば

 『中庭幻灯片』に収められた作品はいずれも、措辞は堅固、情感は切実、興趣は芳醇である。だが、財部鳥子の詩人としての出発である絶唱「いつも見る死」から、詩集『西游記』をへて、『中庭幻灯片』まで読みすすむと、読者は『中庭幻灯片』の詩境が、この詩人の激情、慟哭を時間をかけて純化し、沈静化し、結晶させて到達したものであることを知るだろう。同時に、肉親の死を契機とした激情、慟哭が、普遍的な魂の探求にこの詩人を向かわせたことを読者は知るであろう。財部鳥子は魂の狩人である。この詩人は、過去をまさぐり、はじめての異郷で生者と、また死者と対話し、魂を追い求める。その辛い作業から珠玉のような詩編が紡ぎだされるのである。

□財部鳥子「いつも見る死 --避難民として死んだ小さい妹に」(『私が子供だったころ』私家版、1965)
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