MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

精神外科の展望

2009-12-01 21:50:17 | 健康・病気

脳科学の進歩には目を見張るものがあるが、
人類が知り得ていることは複雑な脳機能のうち
ごくわずかに過ぎないに違いない。
一方、脳機能の異常とされる多くの精神疾患についても、
その原因はいまだ不明のものが多く、
疾患ごとに類型化されているものの
類似の病像を示す患者であれば脳内で
同様の異常を来たしているに違いないという
確証はない。
そのような状況下で、
複雑な脳内の神経回路のうち
そのごく一部を手術等で遮断することで
難治な精神疾患が軽快するとは
にわかには信じ難い。
しかしここに出てくる強迫性障害の患者では
脳深部刺激療法あるいはガンマナイフを用いて
脳の一部を焼いてしまうことで
症状の良くなるケースがあるというのだ。

11月27日付 New York Times 電子版

Surgery for Mental Ills Offers Both Hope and Risk 精神疾患に対する手術は希望と危険をもたらす

Ross

2年前に Ross さん(21)が脳手術を受けるまでは、強迫性障害により家から出ることができなかった。「その治療は私を救ってくれました」と、彼は言う

 一人はシャワーを浴びるのを拒絶する中年男性。もう一人は外出を怖がるティーネイジャー。
 シカゴ郊外に住む著述家の男性、 Leonard さんは自分の体を洗ったり歯を磨くことがまったくできなくなっていた。ニューヨーク郊外で育ったティーネイジャーの Ross さんは細菌が怖くていつも数時間シャワーを浴びていた。いずれのケースも obsessive-compulsive disorder (OCD、強迫障害)と診断され、何年間も気楽に外出することができなかった。
 しかし彼らはついに外出し、必死の思いで試験的脳手術を受けるため Rhode Island の病院を訪れた。その手術ではレーズンほどの大きさで脳深部の4ヶ所が焼かれた。
 手術後2年が経過した現在、21才になる Ross さんは大学にいる。「命を救ってもらいました。その効果を心から信じています」と彼は言う。
 1995年に手術を受けた 67才の Leonard さんは違った。「なんら変化がありませんでした。いまだに外出することができません」と彼は言う。
 この二人の男性はプライバシー保護のため苗字を使ってほしくないと希望された。
 精神疾患の治療が大きく変わるのではないかというのが、前世紀の終わりの神経科学の大きな展望だった。しかし、進歩した脳科学の最初の臨床応用は決して斬新なものではなかった。それは古くから議論の多いアプローチを正確で精密なものにバージョンアップしたに過ぎなかった。そのアプローチとは脳を直接手術する精神外科 psychosurgery である。
 この10年あまりで500人以上がうつ病、不安症、Tourette 症候群、あるいは肥満などの疾患に対して、大部分は医学研究の一環として脳手術を受けている。その成績は有望であり、1950年代にロボトミー(前頭葉白質切截術、frontal lobotomy)が不評を招いて以降初めて、食品医薬品局は今年、強迫性障害の症例の一部に対して手術手技の一つを承認した。
 現在、そういった手術の厳格な基準に合致するほどの障害を持つ人がたかだか数千人しかいない一方、うつ病から肥満までずらりと並んだ過酷な状態に苦しむ数百万人以上の人たちが、その手技がさほど試験的でなくなった手術を求めたとしてもおかしくない。
 しかし、そういった希望には危険を伴う。進歩したとはいえ、手を加えている神経回路について医師たちにはいまだ十分な理解が得られておらず、治療の結果が予測できないままである、と言う精神科医や医学倫理学者もいる。すなわち、改善するものもいれば、ほとんど、あるいは全く変化のないものや、不幸にも実際に悪化する少数例も存在する。本邦では手術の失敗により食事や、身の回りのことができなくなった患者が少なくとも一人いる。
 さらに、手術の要望が大変多いので、研究施設の監視や支援のないまま経験の少ない外科医が手術を行いかねない状況だ。
 そして、もしこういった手術が、情緒障害の一種の汎用的治療法(実際にはそうではないと医師は言うのだが)として過大に評価されたなら、大きな期待はたちまちのうちに裏切られた感じとなるだろう。
 「ほとんどやみくもな崇拝の世界ですが、進歩とはそれ自身を正当化することであり、もし期待されて何かがあるとすれば、そのまま苦痛の軽減に向かわない状態でいることができるだろうか?という考えがあります」と、Emony University の医学倫理学者である Paul Root Wolpe 氏は言う。
 医師たちがロボトミーを大きな進歩であると考えたのはそれほど昔ではなく、結果は、この手術が数千人の患者に不可逆的な脳損傷を残したことを学んだだけだったと彼は言う。「それゆえに私たちはきわめて慎重に動く必要があるのです」と付け加えた。
 Massachusetts General Hospital の神経治療部門の部長であり、Harvard の精神医学の准教授である Darin D Dougherty 医師はもっとあっさり言う。ロボトミーなどの失敗に終わった手技を考慮しながら、「もしこの取り組みがどうもうまく行かないのであれば、今後100年の間にこの方法は行われなくなるでしょう」と彼は言う。

A Last Resort 最終手段

 強迫性障害の診断を受けた患者のうち 5~15%は標準的な治療で効果が得られない。Ross さんが他の大勢の人たちより手を洗うのに時間がかかることに気付いたのは12才の時だったという。やがて彼は一日に数回、きれいな服に着替えるようになっていた。そしてついにほとんど部屋を出なくなり、仮に出たとしても、その時には触わるものに用心した。
 「状態はきわめて悪くなり、人と一切接触したくなくなりました。両親とすら抱きあうことができなくなりました」と彼は言う。
 著作業に転向する前は、Leonard は健康でやり手のビジネスマンだった。その後いつのころからか昆虫やクモへの恐怖に襲われるようになった。その恐怖症を克服した彼だったが、今度は入浴に対する強い嫌悪を抱くようになった。彼は身体を洗うことをやめ、歯磨きや髭剃りもできなくなった。
 「わたしはただきたなく見られていました。長く醜いあごひげでしたし、皮膚は黒ずんできました。そして公衆の面前にさらされるのを恐れていました。私は路上生活者のようでした。もしあなたが警察官だったら、私を逮捕していたでしょう」、と彼は言う。
 両人とも Prozac などの抗うつ薬やその他の様々な薬が試された。強迫性障害に対する標準的な精神療法に多くの時間を費やしたが、たとえばカビだらけのシャワー室など、恐ろしい状況に徐々に曝されることになったり、不安を鎮めるために認知療法やリラクセーション療法が行われた。
 しかしすべては徒労に終わった。
 「一時的には効果がありましたが、決して続きませんでした。やはり、自分の人生は終わったと思うしかありませんでした」と、Ross さんは言う。
 しかしもう一つの選択肢があると医師から告げられた、最終手段だと。Harvard、University of Toronto、そして Cleveland Clinic など近隣や海外にある少数の医療センターでは、高解像度の画像技術によるガイド下に、ほとんどは強迫性障害やうつ病に対して様々な試験的手技が行われていた。いくつかの装置を製作している企業がこの研究を支援しており、医師たちに金を出して手術に取り組んでもらっていた。
 帯状回切除 cingulotomy とよばれる一つの手技では、頭蓋骨にドリルで穴をあけ、前帯状回と呼ばれる領域に針金を刺入する。両側大脳半球内で、脳深部の情動中枢と意識的発案の中枢である前頭葉皮質とを連絡する神経回路に沿って存在する狭い領域を特定し破壊する。
 重篤な強迫性障害の患者ではこの回路が過活動状態にあると考えられており、この手術によってその活動性が抑えられることが画像による研究で示されている。内包切除 capsulotomy というもう一つの手術は、さらに深部の内包と呼ばれる領域に進み、やはり過活動状態にあると考えられている場所を焼くものである。
 これらの手技は異なるものの総じて脳深部刺激 deep brain stimulation (DBS) と呼ばれ、術者は脳内に針金を刺入し、それらを留置する。ペースメーカーのような装置がこの電極に電流を流し、強迫性障害(そしてまた重症のうつ病)の患者で活動が亢進していると考えられている回路を確実に遮断する。電流を上げたり下げたり、あるいは切ることも可能なため、深部脳刺激は調節でき、ある程度可逆性もある。
 さらにもう一つの手法では、頭蓋内に放射線のビームを当てる MRI に似た様な機械の中に患者を置く。ビームが集中する点を除いては損傷を受けることなく脳内を通過する。強迫性障害に関係する回路の領域を放射線で焼き、手術と同様の効果を得ることができる。ガンマナイフと呼ばれるこの方法を Leonard さんとRoss さんは選択した。
 各施設は治療の対象者の選別に厳格な倫理的審査を行っている。
 障害は重症で日常生活に支障をきたしていなければならない。またすべての標準的治療が施さされていなければならない。さらにこの手術が試験的であり、成功が保証されていないことがインフォームド・コンセントの文書に明記されているのである。
 また絶望感それ自体は適格とするに十分ではないと、ロードアイランド州、Providence 市の Butler Hospital で審査過程を監視している Richard Marsland 氏は言う。この審査過程は Leonard さんと Ross さんが手術を受けた Rholde Island Hospital の外科医とも連携している。
 「一年間に数百件の要請がありますが、行われるのはわずかに一例か二例です。我々が却下した人の中には悪い状態の人もいます。しかし、我々はあくまで基準にこだわります」
 手術により好結果が得られた人たちから見るとこういった徹底的なふるい分けは行き過ぎに思えるだろう。「そういった選別が行われる理由はわかります。しかし、これは多くの人たちにとって生きるか死ぬかの違いを生むような手術なのです」と、Gerry Radano 氏は言う。彼女は著書 “Contaminated: My Journey Out of Obsessive-Compulsive Disorder” ( Bar-le-Duc Books, 2007 年)で自身の苦悩と手術で得られた長期間の回復について記述している。彼女はまたウエブサイト freeofocd.com を持っており、世界中の人たちが彼女に相談を寄せている。
 しかし、このプログラムを実行している医師たちにとって、この選別は重要である。「もし患者が不完全に選ばれたり、十分な追跡がなされなければ、不幸な結果に終わる症例数が増加し、この分野の期待がしぼんでしまうことになるでしょう」と、Butler でこのプログラムを担当している精神科医の Ben Greenberg 医師は言う。
 ガンマナイフ治療、あるいは深部脳刺激のいずれかを受けた患者の約60%は有意な改善を示しているが、残る患者ではほとんど、または全く改善を認めなかったと、Greenberg 医師は言う。彼は今回の記事のために、良い結果が得られなかった一人、Leonard さんに記者が連絡をとることに同意してくれた。

Surgeryformentalills_2

精神外科:標準的治療の力の及ばない重症の強迫性障害に対する最後の手段としていくつかの試験的脳手術が少数の医療センターで行われている。

Cingulotomy:針が脳内に刺入され前帯状回のある場所を破壊する。これにより情動中枢 と意識的発案の中枢とを連絡する回路を遮断する。

Capsulotomy:針が脳深部に刺入され内包前脚の一部を加熱破壊し重症の強迫性障害の患者で過活動となっている回路を遮断する。

Deep brain stimulation:内包切断の変法として電極を脳の一側あるいは両側に永続的に留置する。ペースメーカー様の機器から調節された電流を通電する。

Gamma knife surgery:MRIに似た装置が脳内の一点に数百本の微細な放射線のビームを集中させ微小な範囲で組織を破壊する。

The Danger of Optimism 楽観主義に潜む危険性

 手術の真の意義は、特定の症状への効果だけでなく、その人の人生への総体的な効果である、と医学的倫理学者は言う。
 第二次世界大戦後の精神外科の初期、医師たちはロボトミーがいかに精神障害による症候を緩和したかについて詳述した多くの論文を発表した。1949年、ポルトガルの神経学者、Egas Moniz 氏はこの手技を編み出したことでノーベル生理学・医学賞を受賞した。
 しかし注意深い追跡調査により暗い面が明らかとなる。1975年にジャック・ニコルスンが演じた Ken Kesey の小説『カッコーの巣の上で』で反抗的な主人公 McMurphy のロボトミー術後の状態がドラマティックに描かれる。自発性の喪失、救いようのない無関心状態に陥った人間の姿である。
 現代の新しい手術は、精密に位置決めされた特定の回路上の標的を正確に目指すものであるのに対し、前頭葉のロボトミーは、目の後ろの脳におおざっぱな切り込みを入れるに等しく、そこにある線維や回路が何であれそれらを盲目的に切断することだった。さらに、手術を施す神経回路に対する医師らの理解度にも大きなギャップが存在する。
 昨年発表された論文で、スウェーデンの Karolinska Institute の研究者たちが強迫性障害に対して最も行われていた手術を受けた患者の半数に、強迫性障害の重症度スケールでは点数が下がったものの、数年後に無気力や自制心の低下といった症状が見られたと報告した。
 「ほとんどの研究に潜む固有の問題は、自分たちの方法を信ずるグループによって進歩が独り歩きし、それによってほとんど避けがたいバイアスを招いてしまうことです」と、この論文の筆頭著者である Christian Ruck 医師はEメールのメッセージで述べた。この施設の医師たちは、他の施設が行ったより明らかに多くの組織を焼いていたが、彼の報告したこの成績も一因となって、もはやこの手術は行われなくなった、と Ruck 医師は言う。
 米国では少なくとも患者一人が強迫性障害に対する手術で日常生活に支障を来たすほどの脳障害を残した。このケースでは、手術を行った Ohio hospital に対して2002年に750万ドルを支払う審判が下された(同病院ではもはや手術は行われていない)。
 治療結果が良好であろうとなかろうと、効果の大部分は早期には顕著には認められなかった。術後に脳が完全に適応するまで数ヶ月あるいは数年かかることがある。Karolinska で治療を受けた患者の実情から、「有害な症候については直接対面して評価することの重要性が示された」と Ruck 医師と彼の共同研究者たちは結論した。

The Long Way Back これまでの長い道のり

 Ross さんによれば、術後数ヶ月は何ら変化を感じなかったが、ある日、彼の兄が地下室でテレビゲームをしないかと尋ねると、彼は階下に降りて行ったという。
 「単純にそれをしたいと思ったのです。それまではそこに降りていこうとしたことは一度もありませんでした」と、彼は言う。
 彼によれば、この手術によって心理療法セッションが機能するようになり、昨年の夏には順調にそれを中止することができるまでになったという。彼は今、勉強し、教室に通い、リラックスするためにちょっと変わったテレビゲームを楽しむ毎日を過ごしている。手術について友人に話したが、「彼らはそれについては全然OKでした。今すべてを知っています」と彼は言う。
 一方、Leonard はまだもがき苦しんでいる。それは誰にもわかってもらえないという理由で。夜は一晩中働き、日中の大部分は寝ているという不規則な生活を送っている。彼によれば不幸ではないが、身体を洗うことへの同様の嫌悪は続いており、依然世捨て人のような生活を送っているという。
 「なぜわたしがこんな風なのかいまだにわかりません。これからも役立ちそうなことは何でも試みるつもりでいます」と彼は言う。「しかし現時点では手術の有効性については懐疑的です。少なくとも私にとっては」
 自身の回復についての本を書いた Radano 女史は、手術について最も重要なことは、それが患者にチャンスを与えたことだと言う。「こういった状況下にあるすべての人たちが望むことなのです。そういう状況にいたからこそ私にはわかるのです」と、つい先日の午後、車に乗っている時に彼女は言った。
 助手席には除菌用の手拭きの容器が置かれていた。それを指さして彼女は笑った。「そうね。すっかり縁が切れるってわけにはいかないでしょ」

脳深部刺激(DBS)は、もともと難治性疼痛や
パーキンソン病、ジストニアなどに対する
外科的治療法として行われ始めた。
近年、その対象疾患が拡大し、
難治性うつ病、強迫性障害、摂食障害などの治療にも
応用されるようになり、
日本でも一部施設で行われ始めている。
さらにアルツハイマー病などの記憶障害に対しても
その効果が期待されているところである。
それにしても廃人を作り出すことで悪名高い
ロボトミー手術の考案者がその功績で
ノーベル生理学・医学賞を受賞しているとは驚きだ。
(このエガス・モニスという御仁、脳血管撮影の開発という
功績はあるのだが、ロボトミーでの受賞はまずかった)
いつの時代でも、
時の重大な発見が必ずしも真理とは限らないことを
思い知らされる史実である。

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